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第三十話 早春の風と、繋がる想い −北宇治高校吹奏楽部定期演奏会2043 −

響け!ユーフォニアム ー 未来楽章 ー — www.pixiv.net · All chapters

第三十話 早春の風と、繋がる想い −北宇治高校吹奏楽部定期演奏会2043 −

会場は、静かな熱気に包まれている。ステージから客席を見渡すと、今日の定期演奏会の最後の曲、アンコールが始まるのを今か今かと、顔が見えなくても待ってくれているのがわかる。演奏する私たちも、気分は最高潮だ。部長も、副部長も、ドラムメジャーも、パーリーも、先輩たちも私達も、みんな。指揮台に立っている顧問の丸尾先生のタクトが振られるのをじっと待っている。

先生が私たちを見渡し、ふ、と口角が上がった。

始まる。

タクトが構えられると同時に、みな楽器を構える。そして鳥が羽ばたくようにしなやかにタクトが動き始めると同時に、クラのトリルが始まった。

アンコールは、北宇治高校吹奏楽部の鉄板曲、”リズと青い鳥”全楽章ーーーー。

それは二月の最初の頃。合奏練習を始める前に、指揮台の丸尾先生が合奏形態で着席している部員全員を前にして話し始めた。

「さて、皆さん。今から来月の定演で演奏する”リズ”を練習するのですが、先日配った楽譜にもう少しだけ手を加えようと思います」

どういうこと?と疑問に思う部員達の視線が、指揮台に集中する。

「以前から全楽章のソロパートは結構長く、一人で演奏するには負担が大きいと感じていました。そこで、シミュレーションをやってみて、分担しても違和感がなかったので、今回取り入れてみます」

シミュレーションって何やったんだろう?

「まず、第三楽章でのオーボエソロですが、オーボエの二人に交互にソロを取ってもらいます。フルートももう少し按分します。それと、第四楽章のユーフォソロ。前半は藤村さん、後半を塚本さんが担当してください」

「え?私ですか?」

あ。あまりにも意外な話だったので、つい声を出してしまった。

「そうです。前半後半と分けましたが、両方のソロが吹けるように練習をしておいてください」

「……はい。わかりました……」

え……私もソロ吹くんだ……?でも、本来は藤村先輩が吹くところなのに、なぜ分けるんだろう……チラッと右隣の先輩を見ると偶然目が合い、先輩はニカって笑った。

「……では、次にソロの分担箇所を詳しく説明します。みなさんメモをお願いします」

「お疲れ様ーっ」

「お疲れ様でした」

昇降口で上履きからローファーに履き替えていると、我先にと吹部の先輩達が帰っていく。

その先輩達の後ろ姿を目で追っていたら、背中からいつもの声が二つ聞こえた。

「お疲れさん」

「お疲れー」

振り返ると、未来とみみちゃんがやってきていた。二人とは練習後一緒に楽器室から出てきたけど、教室に忘れ物をした、と言って一旦教室に戻っていっていた。

「待った?」

「いや、私も今来たとこ」

二人は靴箱から自身の靴を取り出し、しゃがんで床にことりと置いて、上履きから履き替えている。

「さっきから、なーんか浮かない顔してるやん」

「そう?」

「ひょっとして、"リズ"の話?」

みみちゃんに図星を言われたので、「ええー?」と声を漏らしてしまう。

二人はそれぞれ履き替えた上履きを靴箱に戻し、かちゃりと蓋を閉める。私も同じように、自分の靴箱の蓋を閉めた。

「まぁ、帰りながら話を聞こうじゃないか」

「そうそう、道々語り合おうぞ」

「なんだよ、それ」

ははは、と笑いながら昇降口を出て、寒空の中校門へと歩いていく。

日が沈むのが少しずつ遅くなってはいるけど、18時を過ぎるとこの辺りは十分暗くなっている。すれ違うクルマのライトに照らされ、寒さで身を小さくしながら坂道を下っていく。

「それでね、分担して後半のソロをやりなさいって言われても、正直戸惑いの方が大きい。そりゃあ、ソロ吹いていいんだって少しは思ったよ。だけど……先輩は譜面通りのソロ吹くつもりだっただろうし」

「そうだろうね」

「今回、初めて演奏する楽曲ならともかく、"リズ"だよ。……毎年どこかで、必ず演奏している吹部にとって大事な曲を。……そんな曲のソロを分担するだなんて……先輩が通しで吹くべきだと思うのに、丸尾先生の真意がわかんない!」

「おお〜、荒ぶってますなぁ」

「瑠美子が声を荒げるなんて、そうそうないよね」

未来に言われ、ハッとした。そ、そうかも知れない。

「あたしはソロパートないからなぁ。一度でいいから、シンバルソロをやってみたい」

みみちゃんが、私のざらついた気持ちを落ち着かせるような、柔らかな声音でぼそっと呟いた。

「シンバルソロかぁ。聞いてみたいね」

「シンバルでもジャーンって強く鳴らしたり、シャンって軽く鳴らしたり、色々奏法があってね。ジャーンって鳴らした後胸にシンバルを押し付けチョークしたり……あれすると胸痛いんやけど……未来はチョークやりやすそうやな」

みみちゃんにチラッと見られた未来は、「スケベ」と言いながら体を捩っている。

「あははっ。それと、お寺で使う妙鉢みたいに、擦るように鳴らすスライドっていう奏法もあるよ」

「ああ、動画で見て知ってはいるけど、実際に見たことはないな」

「今度やったげるよ……リズでのあたしの担当は他にサスティンシンバルと、動線的にグロッケンもやる。他には……ティンパニは野中先輩が張り切ってるし、ハープは矢沢ちゃんが頑張るし。パーカスは人少ないから、何でも掛け持ちしないとね。未来は今回の役割は?」

「うーん、今回は第四楽章の5小節目からのソロ2小節だけで、あんまり出番なくて。……だから、後半だけとはいえ、8小節ソロ任されるんやけんよかったやん、瑠美子」

もこもこした手袋のまま、未来は私の肩をぽんぽんと叩いた。

「うーん、……でも、釈然としない」

「まぁ、その気持ち、わかるよ。でも……ねぇ、瑠美子」

「なーに?」

「うちの”リズと青い鳥”の解釈、聞いてくれる?」

「うん」

「"リズ"って、今、丸尾先生がやろうとしてることの方が、オリジナルだとしたらどうだろう」

「え?……つまり、ソロを分担している方がオリジナル?」

「そう」

未来は手袋をしていても指が冷たいのか、時々手をグーパーとしたり手揉みしたりする仕草を繰り返している。

「うちも何回か全楽章を聞いたけど、第三楽章はフルートがオーボエを支えてるやんか。でね、うちには2つのオーボエと2つのフルートが、交互に絡んでいるようにも聞こえるんよ」

「え?何それ」

「そやろ?……”リズと青い鳥”の物語も読んだけど、あれはリズが大嵐の翌朝、庭で倒れていた人の姿をした青い鳥を介抱して、やがて二人愛し合うようになったやん。でも、もともと自由に生きていた青い鳥を、自分と一緒にいるという狭い空間に閉じ込めているのがいいのか葛藤した結果、青い鳥の幸せを願って手放すというお話やわな」

「そうそう」

「あたしも読んだけど、だんだん切のぅなってくる」

「うち、思ったんは……この物語の通り、バッドエンドの内容を楽曲に落とし込んだんやろうけど、……。もしかして。もしかして、作曲した卯田百合子さんは物語のアンサーとして、リズは青い鳥を手放さず二人とも幸せになるという、ハッピーエンドも楽曲に含めてるんやないか、と思うんよ」

「「ええーっ?!」」

あ、みみちゃんとハモってしまった。

「うん、最終的に青い鳥も人の姿のままリズと一緒に幸せになるというパターンと、リズも実は青い鳥であって、青い鳥と過ごしているうちにその記憶が蘇り、最後は一緒に青空へ飛び立つというパターンとか」

「こじつけっぽくにも聞こえるけど……」

「まぁー、そうかも。それは否定しない……そう思うようになったんは、オーボエとフルートは比較的短いフレーズを繋げて第三楽章を構成している。オーボエとフルートが交互に掛け合ったり、和声になったりして」

「ふうむ」

「それに、第四楽章はメジャーなハーモニーから始まってるやろ?そして、最後のトゥッティなんか、バッドエンドでもハッピーエンドでも、どちらにでも聞こえる風に終わってるやんか」

「ふむふむ」

「それで、思ったんや。バッドエンドとハッピーエンドの両方が、第三楽章に含まれている、と」

そう言われると、段々とそんな気もしてくる……。

「じゃあさ、第三楽章はオーボエとフルートのペアが二組いても成り立つということ?」

「うん、うちはそう聞こえる」

「はいはい!」

みみちゃんが挙手をして、発言機会を求めている。

「椹木さん、どうぞ」

「じゃあ、なんでオーボエが一人で演ってんの?」

みみちゃんの質問に、未来は少しだけ考えてから話を続ける。

「これは想像の域を出ないんだけど……北宇治吹部が初めてリズを演奏したのが、2016年……今から27年前か。その頃吹部にはオーボエが一人しかいないんやけど、無茶苦茶上手い人で。……知ってる?鎧塚みぞれっていう人」

「聞いたことある名前やな」

顎の下に人差し指を当て、首を傾げながら遠くの方を見る仕草をするみみちゃん。

「今、オーストリアを拠点としてるオーボイストで、時々日本でもリサイタル演ってる……いつやったっけ、大河ドラマのテーマ曲を書いて、オーボエ吹いてたやろ?」

「そうなんだ」

「スミマセン、勉強不足やわ」

「んで、その頃の顧問が"リズ"を聞いた時、その鎧塚さんのオーボエが合うと考え、その年のコンクールの自由曲に採用したそうな」

「……ということは、全楽章だと長いから、コンクール用に短く編曲したのか。で、その時に、オーボエやフルートの掛け合いも減らしてオーボエとフルートの一組分だけ残したため、一人で全部吹くということだけが残ったんだ」

「そう。うちはそう考えた」

「丸尾先生はそれに気がついて、試しにAIで二組のオーボエとフルートの組み合わせでシミュレーションさせたら、うまくいった、ということなんやね」

「おそらくね」

あーだこーだと色々話していたら、いつの間にか京阪の六地蔵駅に来ていた。三人順番にピッピッピッと鳴らしながら改札を抜け、2番ホームの電車を待ついつもの場所に行く。

「じゃあさ、第四楽章のユーフォのソロはどんな意味があって、どうやって編み出したんだろう?」

私の疑問に、未来は苦笑いする。

「あれねー……あくまでもうちの想像やから、予め勘弁してや」

「うん、いいけど」

「えっとね……あれは、尺的な付けたし」

「ええ?!何それ!?」

思わず大きい声が出てしまったので、慌てて自分の口を両手で塞いだ。

「どうして、そう思ったの?」

「うーん、あの部分は唐突で、メインストーリーから離れている感じがするんよ。そもそも、コンクール版ではカットしてるやろ?」

「うん」

「作曲して出来立ての時は、なかったんやと思う。でも、作った曲を解いたり紡いだりを繰り返していく過程の中で、もう一場面増やしたくなって付け足した……そんでね、あのユーフォソロやけど、付け足しとはいえ物語上印象的なシチュエーションを表してんよ。どんなシチュエーションだと思う?」

「うーむ……」

「わからん?……あの場面って、オーボエのGの音が単独で鳴ってるやん」

「ああっ、そうやん。青い鳥が飛び立った、という場面や」

みみちゃんが両手をパンと叩くが、彼女も手袋してるからぱふんっていっている。

「うん、あのGの音は青い鳥の心の音やと思う。それをリズが下から見上げている感じかな。でも、うちは二人で一緒に飛んでいてもええとは思ってるけどね」

「青い鳥はいずれにしても、空高く飛んでいくのかぁ」

「作曲者は、リズと青い鳥の葛藤の結果を、表現したくなったんだろな」

ここまできて、私はまた一つの疑問が浮かぶ。

「それでも、なんでだろう?」

「何が?」

「あの場面はユーフォじゃん。音域的には、ボーンやテナーサックスとかでもよかったんじゃない?」

「それは、やっぱり……作った人が、ユーフォニアムが好きだったんでしょ」

「え……」

”ユーフォニアムが好き”……私は未来が何気に言ったその一言が心の奥まで一気に届き、やがて染み込んでいくような感覚を覚えた。

「ユーフォの、金管だけど角が取れて柔らかくて丸い音。アタックが緩やかなせいか、少し隙があるところに安心感があって、それでいて芯がしっかりしている。ソロは本当に歌っているように聞こえる……まさに瑠美子みたいやん」

「え?何、突然」

「うちのお母さんが言ってたよ。『蛙の子はやっぱり蛙なんや、瑠美子ちゃんもユーフォっぽい』って」

「ユーフォっぽい……うんうん、わかる、それ。言い得て妙っていうやつや。あたしもそう思う。瑠美子はユーフォっぽいわ」

ポロロロン”電車が近づいてきました。ご注意ください。電車が近づいてきました。ご注意ください。”

「ふ、二人とも何言ってんの?わ、訳のわからないこと言って、揶揄ってんじゃないの?」

なぜか顔が熱くなってきて慌てふためき、話そうとしてもしどろもどろになってくる。

「ほ、ほら、電車きたよ。……もうっ」

中書島本面からヘッドライトを照らしホームに滑り込んでくる、緑と白の電車。冷たい冬の夜の空気を押し出しながら、ゆっくりとスピードを落とし、私たちの目の前を少し過ぎてから停車する。

「だって……ねー、ユーフォっぽいんよね」

「うん、わかる」

「もう、いいって」

私は二人より先に列車に乗り込み、目の前の席がちょうど空いていたので、ボフンと腰を下ろした。左隣に未来が座り、みみちゃんは黄檗で降りるので、私たちの前の吊り革を持ち向かい合う。

列車内で二人は私がいかにユーフォっぽいか、ということを語り合っている。私のことを見ていてくれてるのはとても嬉しいけど、……何でそこまで見てんの?と呆れるやら恥ずかしいやら。もう〜、ま、いっか。

そんな様子だったので、未来による未来の”リズと青い鳥”深読みレビューは自然終了となってしまった。

黄檗駅でみみちゃん、三室戸駅で未来が降りていき、京阪宇治駅のホームに降り立った私は改札を抜け、冷気に包まれた街中を宇治川の流れをBGMにして家路をたどる。

未来が話していたことを思い返しながら、リズのソロの件について自分は何が釈然としなかったか、ではどうしたらいいか、自分の気持ちの落とし所を探しながら、凍てつきそうなアスファルトの上を足早に歩いた。

翌日、放課後の3年3組。パート練を始めるため低音パートの面々が集まり、皆それぞれがチューニングをやり直したり、楽譜ファイルを開き自身の役割の再確認をしていたりしている。

私はユーフォを構え、息を入れずにピストンを押しながら、目の前の楽譜通りにユーフォの旋律を目で追っていく。しばらくすると、藤村先輩がゴールドラッカーのユーフォを抱いて私の右隣に着席し、楽譜スタンドに置いた黒のファイルをペラペラとめくっている。

「さぁーて、今日はどれから始めるとするかな」

「あの〜、先輩……」

「ん?」

「"リズ"のソロのことなんですけど……」

私は昨晩、楽譜上では一人で演奏するユーフォソロの部分を分担するようになったことについて、自分なりに理解したつもりだったけど、やはり先輩本人がどう考えているか聞かずにおれなくなっていた。もし不満に思ってるいるのだったら、わだかまりを持ったまま本番には臨みたくないので、何らかしらの相談や最終的には譲歩も視野に話し合って、ケジメがついている状態で定期演奏会の日を迎えたい。

……なんて自分勝手な話だ。自分が納得したいから、先輩に聞いてみようとしている。聞いてみることが、先輩を不快にするかもしれないっていうのに……いやな奴だ……でも、聞いてみたい。

「ユーフォのこと?」

「……はい……」

「それが、どうかした?」

先輩の声に影が入ったような気がする。それに気がついてしまった私は、慎重に言葉を選びつつ、恐る恐る藤村先輩に質問する。

「第四楽章ですが、最初に楽譜をもらった時はユーフォソロは一人で演奏するようになってました。それが、丸尾先生の指示で前半と後半に分かれ、私達二人でするようになりましたが、先輩はそれでよかったのか、どうだったのか……あの……お一人でやりたかったとか……えーっと……その……」

だんだんと声が小さくなり、最後は俯いてモゴモゴと話す……。

「……ふーん……そうだね、分担するようになったね。それで?」

ビクッとした。初めて聞くような、先輩の低く冷たい声。背中に、じわりと冷たい汗が滲み出したきたみたいだ。

「い、いえ……私は……そ、ソロは、先輩が、ふ、吹くべき……だと……思い……」

「でも、後半はあなたが吹くことが決まった」

「あ……は、はい……そうでし、た……」

「もしかして、うちに気を遣ってんの?」

いけない、やっぱり踏み込んでしまったみたいだ。……急に自分の呼吸が浅くなってきた。

先輩と私との間に、闇のような沈黙。私にとって、針の筵に座らされているような時間が過ぎていく……。

すると、先輩は突然愉快そうにケラケラと笑い出した。

「ごめんごめん!余りにも塚本ちゃんが真剣な顔するもんだから、ついつい……くっくっくっ……」

「へ?」

呆気に取られる私の肩を、先輩はパシパシと叩いてくる。

「ごめんなー、悪かった。はははっ、じゃあ塚本ちゃんには、お詫びに本当のところを教えとこうか」

「……本当のところ、ですか?」

「うん。実は、あのソロ分担案って、あらかじめ丸尾先生から聞いてたんよ。誤解をする部員がいるかもしれないから、それに備えて真意を話しておきますってね。こんな身近に誤解する人がいるとは、ちょっと私も読めなかった」

「はあ?」

「でもこれって、塚本ちゃんが、それだけうちのこととか考えてくれてた証拠だよな。それは嬉しいよ、ありがと」

「は、はぁ……どういたしまして……?」

藤村先輩はニコリと笑って話を続けてくれる。

「"リズ"はうちら北宇治吹部の定番曲だけど、全楽章をすると決めたはいいものの演奏するんは久しぶりや、って言ってたやん、定演の構成会議の時」

「は、はい。あれは確か、種崎先輩が言ってました」

「美雨はあの曲に思い入れがあるからなぁ……セットリスト決まって丸尾先生や浅田先生含めて会議した時は承諾をもらったんやけど、丸尾先生は、どうせ全楽章をするなら後々の部員のためになるようなものにしたい、と考えたんだって」

「……それがソロ分担ですか」

「先生が曲を分析したところ、ソロを分割しても全く違和感がないことがわかったんで、今回の指示となったそうや。今回の定演で演奏する曲を全て合わせると、全部員はなにかしらのソロをやることになっているんやって。シングではソロ回しを追加したり、」

「ええっ!そ、そうなんですか……それはすごいですね……]

そんな大それた話になっているなんて……私はアンコールの"リズ"のことしか考えてなかった……もっと話を聞かなきゃ、だったんだ。

「でも、先輩個人はそれでよかったんですか?」

「"リズ"のユーフォソロのこと?」

「はい」

私の質問に対し、先輩はニカっと笑って答えてくれる。

「もちろん、OKやで。うちはね、大人数で演奏することはもちろん好きなんやけど、音楽を聴いて楽しむことが、やっぱり大好きなんよ。縁があってユーフォをずっと吹いているけど、自分が演奏するだけでなく、上手い人の演奏を間近で聴きたいという願望もある。特に上手い人のソロは、ほんま音が美しいやん」

「ええ」

「上手い人の演奏をバンドの中で間近で聴けるなんていうのは、ほんと贅沢やなぁ、って思ってる」

「はい」

「で、今回の"リズ"。中でもずっと聴きたかった、塚本ちゃんのソロが聴けると聞いて、うちほんまに嬉しんやで」

「私のソロ、ですか?」

藤村先輩は、うん、と頷くと、トレードマークのポニーテールが大きく揺れた。

「いつも聞いてるじゃないですか」

「本番ではまだないで。ユーフォのソロは先代の美奈子副部長がほとんどで、時々うちが演ったりしたけど。なかなか塚本ちゃんのソロを聴く機会がなかった」

「そりゃ、そうですよ。”北宇治は実力主義、うまい人が吹くべき”、です。私は、お二人には敵いませんから」

私がそう言うと、藤村先輩は手を伸ばし、私の右肩を揺さぶってくる。

「謙遜せんでええって。塚本ちゃんの地道な努力は、周知の事実や。正直、今のうちは塚本ちゃんには敵わん。今度の定演の"リズ"は、前半うちが吹くという指示が出てしもうたけど、うちの本音としては全部塚本ちゃんに吹いて欲しいんよ」

「先輩……」

思わぬ先輩の言葉に、私は困惑して次の言葉が出てこない。

「その方が、吹部みんなの澄んだ音の上で、好きなユーフォの美しいソロが間近で聴けるんやもん。うちにとっては、こんな贅沢なことないわ」

「……はい……」

「そうやなー、塚本ちゃんのユーフォのファン第1号と自負しているうちが、今塚本ちゃんにお願いしたいのは、本番で最高のユーフォの音を聴かせて欲しい、ってことかな」

お世辞かもしれない、私を調子に乗せたいだけの言葉かもしれない。でも、今の私には藤村先輩の言葉が強く胸に響き、目頭が熱くなってきた。

「せ、先輩……それって、す、すごいプレッシャー、です、よ……」

「そお?大丈夫やって。塚本ちゃんの成長を間近で見てるんだから、大丈夫。期待しているよ」

「は、はいっ……がんばります……」

「うん」

「里美ーっ、パート練始めていい?直接指導するなら、個人練の時にお願いしたいんやけど」

パーリーの須崎さんが、私たちの話に区切りがつくのを待っていてくれたようだ。

「ああ、ごめんごめん。ついつい、指導に熱が入ってしもうた。やろうやろう」

「塚本さんもいい?」

「はい……スミマセンでした……」

「じゃあ、始めましょう。まずはいつも通り、ロングトーンからです」

2043年3月21日土曜日午後5時。敷地内の桜はまだまだ硬いつぼみのままである宇治市文化センターの大ホールでは、揃いの緑色Tシャツを着用した北宇治高校吹奏楽部全員によるB♭のハーモニーが会場中に響き渡っている。全員と言っても1年と2年総勢39名しかいないが、渾身の力と思いを込めてF、E♭、Cm7(♭5)とハーモニーを繋いでいく。

定期演奏会2043の一曲目は「オーメンズ・オブ・ラブ」。1985年に発表され、その後吹奏楽にアレンジされたものを私たちが演奏している。60年近く前の曲とは思えない、今でも大人気の曲を一曲目に持ってきたおかげで、最初からお客さんの反応が良い。

今日の定期演奏会は3部構成であり、1部"ポップス・ステージ"、2部"学年別アンサンブルで対バン"、3部"鉄板!吹奏楽"、そしてアンコール、というプログラムとした。

2部の"学年別アンサンブルで対バン”は今回の目玉の一つ目であり、一年だけ、二年だけという縛り、かつ部員全員が必ず参加するという条件の中で、学年ごと3組ずつ、大体五人から八人のメンバーでチームを編成し、交互に演奏することで小編成の魅力と部員個々人の技量の高さを披露しようというものだ。

そしてアンコールは、目玉の二つ目である”リズと青い鳥"全楽章。”リズ”といえば北宇治、と言われて久しいけど、全楽章を演奏するのは数年ぶりだと聞いた。今は人数が少ないけど、それでも最高の”リズ”を演奏しようと、みな気合が入っている。

今回の定演は、私もセットリスト作りや構成係等で企画段階から参加させてもらったが、様々な意見をまとめ上げるというのは実に骨の折れる作業だった。それでも、こうして演奏会の幕が上がったことは、少しでも関わった者として感無量なものがある。あとは、上演時間約2時間については事故なく順調に進んでくれることを、心から願っている。

1部の「オーメンズ・オブ・ラブ」の次は「Sing Sing Sing」、そして「昭和・平成アニメーションメドレー」と順調にプログラムをこなしていく。シングでは、クラ、ペット、サックスのソロがあるけど、今回各パート全員が順番にソロを吹くという試みにチャレンジ。さらに譜面通りに吹かなくて良い、つまりアドリブをやってもいいとしたら、みな弾けるような良いアドリブを演奏した。アドリブが終わるたびにお客様からたくさんの温かい拍手をいただけたので、この企画はうまくいったと思う。

1部が終わり、2部の"学年別アンサンブルで対バン"へと進んでいくプログラム。実は企画当初、一年でユーフォは私一人だけという理由で一年の3チームとも編成に組み込まれていたが、その後の構成係会議において人員の最適化が図られ、私は一年生三つ目のチームで管打6重奏の担当のみとなり……正直、助かりました……。

二部のコーナーが、一年生の管打八重奏より始まる。軽快なハーモニーを舞台袖で待機しながら聴いている私は、キョロキョロと辺りを見回してみると、緞帳と袖幕のわずかな隙間から客席が見えることを発見。その隙間があるところまでそろりそろりと歩いて行き、分厚い緞帳の陰から客席を覗き見ると、大勢のお客様がステージ上の仲間たちの音に聞き入っている様子が見てとれた。

へえ〜と思いつつ客席を見渡すと、中央あたりから少し前の列に、よく見慣れた姿……父と母が並んで座っていた。表情までははっきりとは見えないけど、真剣な面持ちで聞いてくれていることだろう。何だか、少しだけ胸の奥がふっと軽くなったような気がする。……また今晩、家で感想を聞かせてもらおう。

そういえば、瑛斗も聞きに来ると言ってたんだけど……この隙間から見える範囲内では、その姿を認識することができなかった。多分、この会場のどこかで聞いてくれているとは思うんだけど。

アンサンブルの演奏も順調に進み、いよいよ私の出番だ。私は昨年12月のアンコンでも演奏した、チックコリアの「Spain」を、ペットの未来、パーカスのみみちゃん、クラの千紗、ホルンの陽菜、アルトサックスの凛々ちゃん、そしてユーフォの私、の管打6重奏で演奏する。

先輩達のチームと入れ替わり、ステージの所定の場所に立つ。ステージ下手側にセットされたみみちゃんのドラムをステージ向かって左端とし、そこから緩やかな弧を描くように五人が楽器を手にして直立する。客席の天井や奥の方からのライトに照らされ、少し眩しく思うぐらいだが、逆に客席の方は暗く、席に座っている人たちの表情は分からない。

「みんなOK?」と小声でいうと、みな一斉に頷いた。

ふーっ、と深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

そして、みみちゃんにアイコンタクトを送ると、スティック同士を軽くたたくカウントが始まり、何十回も練習した「Spain」アンサンブル版の最初の一音を響かせるため、ユーフォに息を吹き込んだ。

アンコール曲”リズと青い鳥”の第四楽章最後のトゥッティが終わり、残響音が静かにホールの空気に溶けていった時、丸尾先生はタクトをそっと下ろした。

演奏は終わったが、客席は何の反応もない。あれ?と思った時、ホールのどこかで、ぱちん、と拍手が鳴った。それを合図に、前列から、左右から、そして二階席の上の方から、と次々と拍手が広がっていった。やがて、拍手の厚みやその暖かさがどんどんと増していき、ステージの上にいる私たちを丸ごと包んでしまった。

丸尾先生が両手を広げるのを合図に、私たちはすくっと起立し、客席からの盛大な拍手を全身に浴びる。

ああ、拍手ってこんなに柔らかくて暖かいんだ……そう思うと同時に、胸の奥がじんわりと熱くなる。

指揮台から降りた先生は、客席に向かい最敬礼をする。すると、もう一段拍手が強くなった。

そういえば、去年の吹コンの時も拍手をもらったけど、今日はそれにも増して拍手が暖かく感じる。地元での演奏会ならではの、暖かさなんだろう。

感傷に浸っているとゆっくりと照明が落ちて行き、本日最後のMCが入る。

『ありがとうございました。これをもちまして、本日の定期演奏会の全てのプログラムを終了いたします。ご来場いただいた皆さま、そして日頃より北宇治高校吹奏楽部を支えてくださっているご家族の皆さま、地域の皆さまに、心より感謝申し上げます。 これからも北宇治高校吹奏楽部の応援をよろしくお願いいたします。本日は誠にありがとうございました。どうぞ、お気をつけてお帰りくださいませ。ありがとうございました』

MCが入ることにより鑑賞に浸る時間は中断され、部員達は一斉に次の行動へと移っていく。

「お見送り担当は、楽器をケースにしまったらすぐにエントランスに向かってください。撤収担当者は、楽器を搬出口へ移動およびステージ上の片付けを始めてください」

定演担当、種崎先輩の抑揚の少ない声を受け、部員30名ほどは撤収作業に入り、幹部を始めとした残りの部員は、お客様のお見送りをするため急いでホールのエントランスに移動していく。

「塚本ちゃん、悪い。うち先に行くわ」

藤村先輩は手早くユーフォをケースに入れると、エントランスに向けて一目散に駆け出していった。その後に山岡部長と東山DMが続いて走っていく。

私もお見送り担当の一人なので、ユーフォをケースにしまっては、舞台裏からエントランスへと小走りしていく。私だけじゃなく、20名ほどがホールの通路を小走りしている光景は、なかなか微妙だ。

「待ってや。ほっといて行かんといて」

未来が後ろからたたたたっと走ってきては、私の隣に並ぶ。未来も見送り担当の一人だ。

「ごめんごめん、急がなきゃと思ったもんだから」

「瑠美子は体が先に動くもんな」

「えー?そんなことないよ」

通路を抜けた先のエントランスには、もうお客様が集まっていたので、山岡部長を先頭にして横一列に並んでいる最後の方に並んだ。

「よかったよー」

「お疲れ様」

「また頑張ってな」

「楽しかった」

どのお客さんも笑顔で帰ってくれているようなので、私は心底ほっとした。自分たちが楽しめたのはもちろんだか、聞いてくれるお客さん達が喜んでくれたのなら、もう何も言うことはない。

「みなさん、お疲れ様でした」

「校長先生!ありがとうございます」

「今日はまた一段と熱が入った演奏会でしたね。楽しかったです。聞いていただいたお客さんの反応も上々ですし、みなさんの練習や準備の成果が十分出ていたのだと思います。これからも、頑張ってください」

「「ありがとうございます!」」

校長先生や教頭先生、後何人かの見知った先生方も見に来てくれていて、それぞれ労いの言葉をかけていただき、ととえも嬉しく思った。

エントランスにいるお客様もだんだんと減っていき、そろそろ終わりかなと思ったとき、「あっ」と隣の未来が声をあげたので、そちらを振り向くと……母が立っていた。心なしか、目が潤んでいるようにも見える。もちろんその後ろに、父もいる。

「お疲れ様……瑠美子、よかったよ」

「うん、ありがとう」

すると、母は一歩前に出て、私にふわりと優しくハグをしてきた。

「おっ、お母さん?!」

「……よくやったね、瑠美子。準備、大変だったでしょ?お母さんやったことあるから、よくわかるよ」

「うん」

「それに、演奏よかった。感動した。アンサンブルもよかったし、"リズ"のソロも美しかった」

「うん……」

「私、"リズ"のソロは演奏する機会がなかったから、瑠美子がソロ吹くのを見て、嬉しくて泣いちゃった……ありがとうね、ユーフォ続けてくれて……ありがとう……」

「お、お母さん……」

思わず、私も母をギュッと抱き返した。そして、ユーフォやってて本当に良かった、と思った。

ほんの少しして母はハグを解き、指で目尻を軽く触れてから、一歩下がった。

「じゃあ、帰るね。帰ってから、今日の感想聞かせてね」

「うん……わかった」

すると母と入れ替わりに、父が微笑みながら近寄ってくる。そして優しく、その大きな手を私の肩に置いた。

「瑠美子、お疲れさん。よかった、本当によかった」

「ありがとう、お父さん」

「ん。それじゃ、先帰るからな」

「うん、わかった」

父は母の方へ歩いて行き、二人は私に手を振ってから、並んで出入り口の方へと歩き出した。

「ご両親来てたんやね。いいなぁ、うちは二人とも仕事やし」

「それは仕方ないよ」

「そんな君に、サプライズをお見せしよう!」

「へ?」

ほんの少し離れたところから、聞いたことある声がしたのでそちらの方を振り返る。その声の主は、背中まである長い黒髪で、メガネをかけた美しいパンツスーツの女性だった。

「お母さんやん!」

「あ、未来のお母さん……」

いるはずのない人がそこにいるもんだから、未来は随分と驚いている。

「えっ?えっ?今日、仕事やって言うてたやん。なんでここにいるん?」

未来のお母さんは、悪戯が成功したときのような笑顔で未来の疑問に答えている。

「へっへー、神様は純真な我が娘の望みをお聞きになったようでね、クライアントとの面談が一つキャンセルになったから、早く帰れるようになったんよ。途中参加やけど、未来のアンサンブルから聴くことができたよ」

「そうだったんや……」

「よし、じゃあ、うちも瑠美子ちゃん家の真似をしようかな」

「あ……見てらしたんですね」

未来のお母さんは近寄ってきて、ぎゅっと未来をハグし、その耳元で優しく未来に話しかける。

「未来……今日はご苦労さま。未来のトランペット、良かったで。……ママが来れなかったのは勘弁して欲しいけど、うちらはいつも頑張っている未来をちゃんと見ているけんね。このまま、まっすぐ自分の信じる道を進んでいって欲しい。頑張れ、うちの自慢の娘。うちはどんなことがあろうと、一生あなたの味方やけんな」

「お、お母さ〜ん……っ……っ……」

未来の目からは、大粒の涙が次から次へとこぼれ落ちていくのが見てとれた。少しだけど事情を知る私も、もらい泣きをしてしまった。

「うん、よしよし。さ、未来はこの後があるんやろ?もう少し頑張ってきなさい。家に帰ってから、また詳しく教えてもらうわ」

「はい……わかった……」

ハグを解き、ニッと口角をあげまっすぐ未来を見る。

「じゃあ、また。先帰るな」

「うん」

未来のお母さんは手を降って踵を返したとき、少し離れたところから先日どこかで聞いたような声が聞こえてきた。

「あ、あすか先輩!あすか先輩じゃないですか!」

そう言いながら駆け寄ってきた方は、先日楽器室で備品の楽器の点検と、未来のトランペットを修理した後藤さんと奥様の梨子さんだった。お二人も今日の定演を見にきてくれていたのか。……ああ、藤堂くんの応援に来ていたんだろうな。

「ん?」

「あすか先輩、本当にご無沙汰してます。覚えてくれてますか?梨子です、長瀬梨子です……もう四半世紀以上ぶりです。あすか先輩、ほとんど変わってない……」

「おーっ、梨子ちゃんかー。お久しぶりやん。その様子だと、元気してるようやね」

「あすか先輩、お久しぶりです」

「後藤か、あんた変わらんなー。元気そうで何よりや」

なんか向こうの方で、OBOG会が勃発したようだ。

「あすか先輩、ちょっと待っててください。呼んできますので」

「何を?」

梨子さんは出入り口の反対の方へ駆けていくと、ある人物を二人連れて戻ってきた。

「え?あ?あすか先輩?本当に、あすか先輩?」

「ええ〜!あすか先輩や、本物や」

あのお二人、見覚えがある……たしか、去年のあがた祭の時宇治橋の袂で会い、母の高校時代の先輩と言っていた人たちだ。定演を聞きに来てくれてたんだ。

「先輩、本当にお久しぶりです。今までどこに雲隠れしてたんですか。連絡全然取れなかったし……」

「夏紀……色々とごめんな。悪かった」

「私のこと覚えてくれてます?先輩」

「優子ちゃんやろ。ほとんど変わっとらんやん。流石にあのトレードマークのリボンはしとらんわな」

「あれは若気の至りっていうやつです」

「え?あすか先輩来てるんですか……ああっ、夏紀先輩っ!優子先輩に、梨子先輩っ!後藤先輩も」

あれ?さっき帰ったはずの母と父が、女性一人と一緒に戻ってきたぞ。あれは……宮司をしている義井さんだよ。義井さんも見にきてくれたんだ。

「黄前ちゃーん!やっと会えたねー、久しぶりー」

「久美子ちゃん、本当にお久しぶりやね」

「黄前に塚本!変わんないね……いや、それなりか。あんた白髪になってしもうたなぁ」

「吉川先輩、久しぶりに会って、いきなり俺の頭見て言うのやめてくださいよ。気にしてるんですから」

「うわぁ〜、伝説の先輩達ばかりだ……気圧されしそう……」

他のお客さんはもう退出されたが、あの一角だけが無茶苦茶盛り上がっている。さて、どうしよう。

「田中に塚本。あんた達、舞台裏の方に戻って撤収作業に加わってやって。他の者はもう行かせたし。あの集団はうちらでなんとかするから」

山岡部長、藤村副部長、東山DM三人が、そう言ってレジェンド集団の方に向かっていった。

「「わかりました!」」

私は未来と一緒に、ステージ裏の方へと歩き出した。

てくてくと歩きながら、先ほどの吹部のレジェンド達について話を交わす。

「なんか、最後にすごいことになってしもうたな」

「うん、お母さんの世代の人たちが、大集合してたね。偶然というには出来過ぎのような気がする」

「確かに」

「それでも、未来のお母さんってすごいなぁ。あの中で一番慕われているんじゃない?」

「そうみたいや……長いこと連絡絶っていたというのもあるんやろうけど」

「まぁね……でも、今まで私のお母さんから昔の話を聞いたことと、さっきの様子を合わせてみると……北宇治吹部の歴史が始まったのは、未来のお母さんからという気もしてくるな」

「うん、そんな気、してくるね……とすると、これからの歴史を作るのは、うち達?」

未来の問いに対し、私はサムアップしながらニッと笑って即答した。

「もちろん!」

「あーっ、やっと戻ってきた。瑠美子ぉーっ、未来ぃーっ、みんなもう片付け終わるでーっ!はよせんとーっ!」

舞台裏へと続く通路の奥で、少し呆れ顔のみみちゃんが私たちに向かって駆け寄ってくる。

「ごめん!いま行く!」

「時間ギリギリになるで」

「ごめんごめん」

北宇治高校吹奏楽部定期演奏会2043は、片付けが終わり、学校に戻って解散するまでが演奏会だ。もう一踏ん張りしなければならない。

それにしても、昨年末から始まった定演の準備はなかなか大変だった。あちらこちらに色んな手間と迷惑をかけてしまったが、無事に終えようとしているのは何よりだ。私も本当に微力でしかなかったけど、演奏会の企画段階から参加させてもらえたのは、来年の演奏会を作っていく時に中心となるのは私たちの代なので、その点は幸運だったかもしれない。来年は、今回より少しでもより良い演奏会ができるようにしなければならないから。

……春休みは始まったばかりだが、来月からは私も2年生になる。そして、桜の花が散る頃に新入生が入学してきて、私も先輩と呼ばれるようになってしまう。その時、私が先輩方を頼ってきたように、頼りになる先輩になれるのだろうか。

心配は尽きないけど、入学してくる後輩達に対しては、胸はって先輩として振る舞えるようになりたい。

未来のお母さんや私の母が、そうだったように。