第三十五話 Birthday − 17歳になった私 −
第三十五話 Birthday − 17歳になった私 −
夏も近づく八十八夜――。
お馴染みの、唱歌”茶摘み”。この時期のお茶摘みをしている情景を歌ったもので、宇治田原町に伝承される歌が元だと言う説もある、と何かで読んだことがある。
学校への通学路途中にもある、朝日を受けて柔らかな緑色に光る、蒲鉾形に刈り揃えられた茶樹の畝。その間では、茶葉の匂いがあたり一面に漂う中、作業着姿の人たちが腰をかがめて新芽を摘んでいる。バリカンのような機械で刈り取る区画もあり、その光景を通学のたびに何度も目にしてきた。また、黒い覆いがぴんと張られている茶畑もあり、緑の海の中に黒い島が浮かんでいるようで、不思議と印象に残る。
ある茶園では茶摘み体験を受け付けたりしているが、繁忙期には体験だけではなく、茶摘みの手伝いを募集するところもある。茶道部の部員たちは、この時期茶摘みのボランティアに参加することもあるそうだ。
そんな”緑ですぅ”色に染まる季節の中……いや、吹部のOGにそんな言い方をする人がいたって聞いたもんで……巷ではゴールデンウィークでお休みが続いているけど、我らが北宇治高校吹奏楽部はその連休中もしっかり練習を続けている。お休みは5月3日の日曜日だけで、それ以外は吹奏楽コンクールに向けての課題曲や自由曲の練習を行っている。
5月2日の土曜日の練習が終わった後のこと。私は仲間たち5人に背中を押されつつ、六地蔵駅近くのカラオケルームに連れていかれた。そして、予約していたであろう一室のソファーに座らされ、”わたしが主役だ!”と大きく書かれたタスキをかけさせられている。
みんなニコニコしている中、私だけが微妙な表情をしているのだけど、そんなことはお構いなしに、みみちゃんは未来に合図を送っている。
「飲み物も届いたところで準備が整いましたので、それでは未来さんお願いします」
「えー、ご指名ですので、僭越ながらワタクシから。みなさん、ご唱和願います。瑠美子誕生日、おめでとーっ!」
『『おめでとーっ!』』
すぱぱぱーん!、とみんな手にしていたクラッカーの紐を引いて、強烈な破裂音を部屋の中に響かせる。両手で両耳を塞ぎ、クラッカーの硝煙の匂いを嗅ぎながら、私は「ありがとーっ」とお礼の言葉を告げた。
そう、5月2日は私、塚本瑠美子の誕生日。17歳になった。
みんなで拍手をしている時、千紗と陽菜は可愛らしいストロベリーのホールケーキを私の目の前に置き、小さくて細いキャンドルを七本、それより大きめのキャンドルを一本ケーキの上に立て、細長いライターで火を灯していく。
「OK、準備できたよ。みみちゃん電気消して」
「はいよ」
タブレットを操作し部屋の照明を落としていくと、カラオケ機器の明かりだけが眩く光る。
「じゃあ、次は凛々ちゃん」
「はいはい。それじゃ皆さん、ご一緒に。せーのっ、
♫ハッピバースデー トゥ ユゥー、
ハッピバースデー トゥ ユゥー、
ハッピバースデー ディア 瑠美子〜。
ハッピバースデー トゥ ユゥ〜♫」
手拍子を取りながら合唱し、歌い終わるとみんなで拍手。
「ほら瑠美子、キャンドルを吹き消して」
「あ、うん」
凛々ちゃんに促され、鼻から息をすーっと吸ってから、一気にふーっ!と合計八本のキャンドルを一息で吹き消した。
「誕生日おめでとう!」
「みんな、どうもありがとう」
五人からの温かい拍手をもらいながら、座ったままで頭を下げた。それにしても、いつの間に用意してくれてたんだろうか。
「その……ほんと、ありがとう。みんな忙しいのに、こんな風に祝ってもらって……嬉しいです。ありがとうございます」
「去年は瑠美子の誕生日のお祝い、せぇへんかったしな。その分今年はちゃんとやろうって、みんなで話しててん」
「去年の今頃って、まだちょっとよそよそしかったやんか、うちら。正直言って、まだ様子見というか」
「すぐ仲良くなったグループもあったみたいやけどね」
「……振り返ると、こうやってあたし達が一緒に行動するようになったんは……やっぱ、あの伝説のプール回?」
「そうそう、瑠美子の更衣室籠城事件」
え?……それってつい最近、未来に言われたような……。
「あははは、思い出した!いつまで経っても水着に着替えないし、着たら着たでバスタオル手放さないし、タオル手放させたら更衣室から出ないし」
千紗ちゃん、思い出さなくていいから。
「結局、うちらが瑠美子を囲んで一緒に更衣室出て、木陰までずっと一緒で。あれ周りの人、妙な集団やって思ったやろね」
「そのくせ、プールの中に入ったら一番はしゃいでるし」
うう……あの時の忘れたい行状、この先もずっと言われてしまうんだろうな。
「だって、あの時は恥ずかしかったから……その節は、ご迷惑をおかけしました」
テーブルにぺたんと平身低頭となる私。
「いいって、いいって。あん時、普段の優等生っぽい瑠美子とのギャップに、うちらやられてしもうてんから」
「そうそう」
「なんだよ、それ。もうその辺りで勘弁してよぉ〜。ほら、このケーキみんなで食べようよ」
「はーい、それじゃケーキを切り分けますよー」
みみちゃんは持っていたバッグの中から、人数分の小さめの紙皿と使い捨てフォークを取り出して並べ、ホールケーキの箱に付いていたプラスチックのナイフで手際よく、キャンドルを取り除いたホールケーキを6等分に切り分けていく。
「ははぁ、上手だねぇ」
「あたしん家、たまーにホールケーキ買って、あたしが家族分を切り分けたりするから……慣れやな」
そう言いつつさくさくと切り分け、6つの紙皿にひょいひょいと載せていく。
「名前が書かれてあるチョコのプレートは瑠美子のんやで……はい、できました。みんなどうぞ」
「ありがと」
「うまくスパッと切れるもんやなぁ」
「ほんま、断面キレイ。お店で売ってるみたいや」
「みんなに行き渡ったかい?」
みみちゃんが尋ねると、紙皿を手にした全員が頷く。
「それじゃあ、いただきます。瑠美子、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
「「いただきまーす」」
フォークを入れた瞬間、スポンジがふわっと沈む。その柔らかさだけで、なんかもう嬉しくなってしまう。
一口分に切り分けパクッと頬張ると、甘さは控えめで“誕生日の味”がした。イチゴの酸っぱさが先にきて、そのあとで生クリームのやさしい甘さが追いかけてくる。派手さはないけど、こういうケーキがいちばん落ち着くんだよな、うん。
「ん、これ美味しいな」
「わかる。シンプルなんが逆にええね」
「生クリーム軽いし、イチゴの酸味とよく合ってるやん」
「これ選んで正解だったね」
「あそこのケーキ屋、チーズケーキも美味しいんやって」
みんなの口々に言う声が、なんだか耳に心地いい。ケーキの味そのものより、みんなで一緒に食べてるっていう事実のほうが、胸の奥にじんわり染みてくる。
フォークをもう一度入れながら、ああ、今年は本当に……いい誕生日だ、って思った。
「そうそう、アレ今渡しとくわ」
陽菜が、膝の横に置いていたトートバッグをガサゴソと探り、その中から小さく折りたたまれた紙包みを取り出した。
「瑠美子、手を出して」
私はフォークを紙皿の端に置き、両手で受け取る。
「これはみんなからです」
「?」
「ひよっとしたら、もう持ってるかも知れんけど……まぁ開けてみて」
「うん」
紙包みをそっと開くと、中から小さなゴールドのユーフォニアムのミニチュアチャームが現れた。
「あ、ユーフォだ」
「瑠美子が持ってるの見たことなかったから、これにしたんやけどね」
「そう、持ってないんだよ。アルプラの2階の雑貨屋さんに楽器のミニチュアシリーズがあったんだけど、そこには無くて……ありがとう!嬉しいです。大切にします」
思わず胸の前でチャームを握りしめると、みんながほっとしたように笑った。
「よかったよかった」
「ちなみに……どこのお店にあったのか教えて?」
紙包みを畳みながら尋ねると、陽菜が少し得意げに顎をしゃくる。
「実は……未来が見つけてきてん」
「未来が?」
未来はケーキをつつきながら、照れたように肩をすくめた。
「うん、時々でしか行かないんやけど、三室戸駅からちょっと行ったところの道沿いに、三葉楽器って楽器屋さんがあるんやけど、知ってる?」
フォークを持ったまま、私は首を左右に振る。
「そっかぁ。まぁ、そこで以前に見かけた記憶があったんで、試しに行ってみたらあったってわけ」
「そうなんだ……ありがとう。じゃ、早速……何に付けようかな」
プレゼントされたチャームをビニール袋から取り出し、少し迷った末スマホに取り付けてみる。
ストラップホールに取り付けたミニチュアのユーフォが、指先で揺らすたびにきらりと光る。その光を見るたび、胸の奥で“私はユーフォ吹きなんだ”って、そっと背中を押されるような誇らしさが湧いてくるような気がした。
カラオケルームにいる割にはあまり歌いもせず、吹部のこと、勉強のこと、学校のこと、家族のこと、いろいろみんなと話をしていると、タブレットの画面に[残り10分です]のポップアップがふっと浮かび、未来がそれに気付く。
「そろそろ時間のようやな。じゃあ……瑠美子に締めてもらいましょう」
「「賛成」」
拍手の中、私はみんなの前で立ち上がった。今の気持ちを自分の言葉で、正直に伝えようと思ったから……そうせずにはいられなかったし。
「あの……みんな、今日はありがとう。こんな風に私の誕生日を祝ってくれて、とても嬉しいし、とてもありがたいし……私ね……わがままでかなりの人見知りだから、吹奏楽をしたくて去年北宇治に来たのに、ちゃんと高校生活送れるんだろうかと不安で不安で、仕方がなかったんだ。それが……同じクラスということで未来やみみちゃんに、吹部に入ったことで千紗や陽菜、凛々ちゃんに出会えて……そんな不安なんか、いつの間にか無くなってて……一緒に練習して、一緒に音を追求して……一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に悔しがって、一緒に喜んで……私、仲間に恵まれてとても幸せ者なんだなーって、今思っているし、この先ずっと思い続けるし……だから……えーと……その……と、とにかく、みんなありがとう。みんな、大好きですっ!これからも、よろしくお願いしますっ!ほんとに、今日はありがとうございますっ!」
私は今の気持ちを言い切った後、深々と最敬礼した。
すると、静けさが部屋全体を覆い、カラオケのモニター画面がどこか知らない国の海や山の景色を表示し続けている。
「……ははっ、なにそれ。反則やん」
最初に声を出したのは未来だった。笑っているのに、どこか目が潤んでいるように見える。
「そんな真っ直ぐ言われたら……こっちこそ、よろしくって言うしかないやんか」
「うちらのほうこそ、ありがとうやで。瑠美子がおってくれて、ほんま楽しいし、色々助かってるし」
陽菜に続いて凛々ちゃんが、ふわっと微笑んで言う。
「うん。これからも一緒に頑張ろな。吹部も、学校も、なんでも」
「ってかさ、そんなん言われたら……泣くで、普通。……ありがと。うちらも大好きやで」
千紗が照れ隠しのように鼻をこすってると、最後にみみちゃんが、軽く手を叩いてまとめるように言った。
「はい、決まり。これからも6人で仲良くやっていきます。……よろしく、瑠美子」
みんなの気持ちを聞いていると胸の奥がじんわり熱くなり、私は思わず一人一人の笑顔を見つめた。
「……よろしくお願いします」
「でもな、瑠美子」
「ん?」
未来が私を見上げ、静かな口調で話しだす。
「……せっかく、思ってることを言ってくれたんやけど、そのタスキのおかげで感動が薄れてしまうんよなぁ」
「え……あっ?!」
そこでやっと、”わたしが主役だ!”と大きく書かれたタスキを肩からかけたままだったことに気づいた。……気がついた途端、さっきの自分の正直な気持ちが、とても間が抜けたもののように感じてしまった。
「いや、その……あー、もうっ!雰囲気台無しっ!最悪っ!」
なんだか悔しくなってその場で地団駄を踏むと、みんなさっきまで目に涙を浮かばせていたのに、一転、今度は大笑いしている。すると未来は立ち上がり、私にぎゅうっとハグをしてきた。
「笑ってごめんな。大丈夫やって、瑠美子の思いはみんなに届いてるから。心配いらんって……いつも、ありがとな」
「うん……」
ハグを解かれると、こんどはみみちゃんが抱きついてきた。
「へへ、大好きのハグ。これからもよろしく」
「あ、うん、私こそよろしく……」
みみちゃんの次は千紗。……陽菜と凛々ちゃんも待ち構えてくれている。
「瑠美子が頑張っている姿を見てたら、私も頑張れるんよ。ほんとありがと」
「千紗……ありがと」
そして、次の陽菜が大きく手を広げてから、きゅっとハグしてくる。
「いつも、話を聞いてくれてありがとう。それだけでも嬉しいから……だから、これは大好きのハグ」
「私もだよ。ありがと」
最後に凛々ちゃんが、ふんわりとハグをしてくる。
「ほんと、いつも瑠美子に助けてもらってばっかりで。心から、ありがとう」
「ううん。私のほうこそ、だよ」
一人一人の想いが感触となって伝わってくる……みんなの気持ちが私の背中を押してくる。立ち止まらないで、前へ進めと言っているようだ。
「……じゃ、時間のようだから、片付けてこの部屋から出よっか」
「「了解」」
みんな手分けしてテーブルに広げていたお皿などは小さいゴミ袋に入れて持ち帰るようにし、飲み物が入っていたグラスはテーブルに集めておく。
それぞれが自分のバッグを持ってカラオケルームから出て、お会計してから外に出る。
「未来ね……」
「何?」
「ほんと、今日はありがとう……なんか、ありがとうばっかり言ってるな、今日って」
「……そう言う日やない?誕生日って。うち、誕生日は感謝の日やって思っているから」
……未来が言うと、とても説得力がある……。
「そうだね……感謝の日だね。両親や家族にも感謝だし」
「うん……それに、瑠美子」
「なーに?」
「もう外に出たんで、そろそろ、そのタスキ外そっか」
え??
「ああー、まだタスキしたままだった!」