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第三十八話 学生の本分 −学びの心について−

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第三十八話 学生の本分 −学びの心について−

一学期の中間考査が終わって一週間後、全体の結果が返ってきた。

自分の感想は、成績を元に戻せてよかったぁ……の一言に尽きる。と言うのも、前回の、三学期の期末考査の結果がダメダメだったものだから、今回は成績の回復を目標として、早めに準備して試験に臨むこととした。その結果、目標達成となって胸を撫で下ろし……だって、前回みたいに、また母に叱られたくないしねぇ。

結果が返ってきたのは、29日の金曜日のホームルームの時。中間考査が終わってから、ちょうど一週間後だった。

「今から中間考査の成績を配信します」

電子黒板前の担任の大林先生がそう言うや否や、私のタブレットが小さく震えた。画面の右上に”成績一覧が配信されました”という通知が浮かび上がり、その文字を見た瞬間、胸の奥がきゅっと締まった。

「うわぁ、来たよ来たよ」

私は恐る恐る成績表のアイコンをタップすると瞬時に画面が切り替わり、各科目の点数と順位が並んだ一覧が表示された。

真っ先に総合順位を探し、目を凝らしてその数字を見ると……。

「よかった、戻ってる……」

数字の”9”を見た瞬間、肩に入っていた力がふっと抜けていくのがわかった。

もう、自分の感想としては、成績を元に戻せてよかったぁ……の一言に尽きる。だって、前回の三学期の期末考査の結果がダメダメだったものだから、今回は絶対に成績を回復させるって決めて、早めに準備して試験に臨んだのだ。その結果がこうして画面に表れていて、胸を撫で下ろしたというか……いや、正直に言うと、前回みたいに、また母に叱られたくなかっただけなんだけどね。

教室のあちこちでは、それぞれの画面上に表示されている成績表を見て小さく歓声を上げたり、ため息をついたりしているのが聞こえる。

「はい、静かに。いつも言ってるように、単発の定期考査の結果で、一喜一憂をしないこと!要は自身が持つ夢や希望や目標に対して、どのように計画し、どのように実行し、その実行結果を評価し、当初の計画の改善をしていくか、です。今はその結果を評価し、計画の改善を考えると言うフェーズですので、各自それぞれ、冷静に自分の目標と今回の結果とを突き合わせて考えるようにしてください」

そう言われても……今は純粋に嬉しさを噛み締めさせて欲しい。

自分の成績結果をむふふと見返していると、隣の席の未来は私の方をちらっと見て、「お、目標達成したんやね」と軽く笑ってくれた。でも、その安堵の奥には、あの日の夜の記憶がまだ静かに沈んでいる。前回の試験結果が返ってきた日のことを……。

……私は母から頭ごなしで叱られた覚えがない。小さかった時、叱られる時はいつも真正面に母の顔があった。最近は叱られる時「ちょっとここに来なさい」と言って、リビングのローテーブルの前で正座して、私がそばに行くまでじっと待っている。そして、渋々母と向き合う形で私も正座して母の言葉を待つ、という風にパターン化がなされている。

叱られると言ってもそんなに頻繁ではなく、大幅に成績が落ちた時、予定より帰宅が遅くなる際連絡しなかった時、瑛斗と喧嘩した時といった程度だと思う。……まぁ、瑛斗と喧嘩した時っていうのは、もう最近はないか。

そんなわけで、前回の試験結果が出た時は辛かったなぁ……成績の大幅ダウンは、母のお叱りを受ける対象案件だったから……。あの時のことを思い出すと、今でも胸の奥がずぅんと重くなる。成績表を開いた瞬間、背中にじわっと嫌な汗がにじんだのを覚えている。タブレットに表示された、各科目の点数や全体順位の数字を見つめたまま、しばらく呆然としてたと思う。

学校を出た時、夕方の風がやけに冷たかった。その日はどちらかと言うと暖かい日だったはずなのに。いつもは仲間たちと賑やかな帰り道なのに、その日ばかりは周りのみんなの声が全部遠くに聞こえた。スクールバッグも、大した物を入れてないのに普段の倍くらいに感じられて、肩にずしんと食い込んでくるし。

京阪宇治駅からの家路はいつもより静かで、やけに長かった。おまけに歩くたびに、母の顔が頭に浮かんでくる。

「どう言われるんだろう……」

「なんて言い訳しよう……」

そんなことばかり考えてたら、ますます気が重くなり胸の奥がぎゅっと締めつけられた。

自宅マンションにたどり着き、普段なら安心するはずのマンションから放たれる灯りが、その時だけは妙にまぶしい。胸がざわつくまま玄関の前で一度立ち止まり、深呼吸をしてみても、心臓の鼓動は全然落ち着かなかった。

意を決して玄関を開け、中に体を滑り込ませ「ただいま」と言った時、「おかえり」と母が振り返ったその言葉が、いつもより静かでどこか冷たく感じた瞬間、あぁ……今日はダメだ、と悟りつつ、予測通りリビングのローテーブルの側で正座している母の正面に、項垂れながら正座した私だったのです……。

「今回の成績を見ました。試験の最終日は体調を崩したこともあって、英語と数学というメイン教科が残念な結果になってますね。それ以外の科目についても、もう一つ準備不足だったんじゃないでしょうか」

「はい」

「今回の試験結果について、瑠美子はどう思いましたか?」

……どう思いましたかって……なんて言おう。言葉を探す間の沈黙が耐え難い。

「……自分でも、なんでこうなったのか分からなくて。でも、この結果にはちゃんと向き合わなきゃいけないのは分かってます」

「ふむ。……今回の試験の、目標は何でしたか?」

「順位を一つでも上げることです。最低でも現状維持」

「そうでしたね。今回はどうでしたか」

「27位です……」

改めて自分の順位を口に出すと、降り積もる雪のように敗北感と自責の念が積み重なってくる。

「あくまでも、順位はただの目安なのですが……この結果、どのように向き合いましょう」

「ええ〜……」

どのようにって言われても……今回こんなに成績落ちたのって、中学二年の一学期以来だからなぁ。

母のことだから、今回お叱りがあるのはわかっていたし……家で学校の先生と話しているみたいだ……。いや、母は学校の先生だからそう言う口調になるのは仕方がないにしても、母の機嫌を損ねると、家と学校の区別がなくなってしまう気がするので、そうならないように日々頑張っていたりするんだ、私は。

じーっと項垂れたまま話せないでいると……母の嘆息を吐く音が聞こえた。

「まずは、原因を確認しましょう。前回と今回とを比較し、日々過ごしていた中で大きく違っていたと思うことはありませんか?」

「二月期末考査と、三月期末考査という違いしか……」

そこまで言うと、母は頭を振った。

「そういう事じゃなくて……今回は瑠美子、吹部の定演の準備で忙しかったんでしょ?ほぼ毎日、寒い中遅くまで頑張ってたじゃない」

「あ、そ、そうです。定演の準備を、先輩達とやってたんです。でも、遅く帰ってきても毎日のルーチンは欠かしませんでした……」

すると、母は腕組みし、私の眼を真っ直ぐに見る。

「瑠美子。相変わらず、やるべきことを全部一斉にしようとしてるでしょ?この前の三者面談で、授業中の居眠りが気になると大林先生が仰ってた時、時間は有限だから、やるべきことはリストアップして順番をつけてやろうって話をしたじゃない」

「……はい」

「実行してたように見えたけど、実際どうでしたか?」

「……お正月を過ぎてから、元に戻ってしまったような……」

「やっぱり」

「……」

私はただ俯くことしかできない。理由としては、易きに流れたから。リストアップして、やることの順番を決めて取り掛かったりはしていたけど、ずっと続けていたルーチンの方がやりやすかったから……それだと、いつもより用事が増えているのに処理しきれないのは早い時点でわかっていた。でも、なんとかなる、と思っちゃったんだよなぁ……。

「うーん、今までやっていたやり方を急に変えようとすると、うまくいかなくなるのはわかります。お母さんも、そんなのしょっちゅうだから」

「お母さんも?」

「そりゃそうだよ、身体は一つしかないんだから。だから、やらなければならないことを一度全部テーブルに並べて、無理矢理にでも手をつける順番を決めてしまう。中にはやっていて初めて、当初考えてたものと内容が違うことに気がついた場合は、面倒くさがらずに再度順番入れ替えの検討をする。そうやって、課題をクリアしていくもんだからね」

「うーん」

「……話を聞いてわかりました。今回の原因は、するべきことが増えた時の順序づけが上手くいかなかったから、ということにしとおきましょう。では、次に今からどうするかです。……どうしたらいいでしょうか、瑠美子サン?」

……サン付けで呼ばれる時って、いい感じがしないんだよ、いつも……。とりあえず、答えなきゃ。

「は、はい。やるべきことリストを常に確認するようにします。期限があるものや、すぐやらなければいけないものを優先して、取り掛かる順番を決めるようにします」

「うん、そうですね。その方法で取り掛かるようにしてください。あと、注文が一つあります」

え?な、なんなの?

「睡眠時間を確保すること。……試験期間の時に体調を崩したのは、睡眠時間を削っていた蓄積だと思います。やるべきことリストの作成や実行や、目標の設定は瑠美子に任せます。ただ、寝る時間はちゃんと取ること……それはお母さんからのお願いです……わかった?」

「……はい」

「うん……じゃ、頑張んなさい」

すると母は立ち上がり、私の肩をポンと叩いてキッチンの方へと移動して行った。

母のお叱りを受けた余韻を心に残したまま、夕食を食べ、お風呂にも入って自分の部屋に戻った時、張りつめていたものがふっと緩んで、自分でも驚くほど大きなため息をついた。机の上には、開きっぱなしのノートと、途中まで書いたままの問題集。それを見たら、胸の奥がじわっと痛くなった。

ベッドに腰を下ろして、また深く息を吐く。叱られた言葉が、頭の中で何度も反芻される。

「順番をつけてやりなさい」

「睡眠時間を削らない」

母の声は静かだったのに、どうしてあんなに胸にぎゅっとくるんだろう。

ベッドに倒れ込み天井を見上げると、部屋の明かりが少し滲んで見えた。泣いているつもりなんてなかったのに、気づいたら目の端が熱くなっていた。悔しいのか、情けないのか、自分でもよくわからない。ただ、胸の奥がずっと重くて、呼吸が浅くなる。

しばらくして、机に向かおうと立ち上がったけれど、椅子に座った途端、シャープペンシルを持つ手が止まった。文字が全然頭に入ってこない。ぺらりぺらり、と指でページをめくる音だけが、やけに大きく響く。

結局、その夜はほとんど勉強にならなかったし、諦めて布団に入っても、なかなか眠れなかった。床の丸テーブルにあるアナログ時計の秒針の音が、いつもより大きく聞こえて、時間がゆっくりと沈んでいくようだった。

あの夜の重さは、今でも忘れられない。

……そんなことがあり、私はしなければならないことを書き出して、急ぐことや重要なことから順番をつけてから動くようにした……もちろん夜は早めに寝るために余剰だったと思われる行動は削り、削った分は日々の作業に按分するといったことを頑張ってやっていると、勉強も捗るし、何しろ寝起きが良くなった。寝起きが良いと体調も良いし、部活や勉強もより効率的にできるようになった気がした。その結果が今回の中間考査の成績回復につながっていると、今は思っている。

これを続けていくことが、今の私の課題ですね。

また、今回は私だけではなく、椹木美波さんも一緒にやることリストプロジェクトに参加、田中未来さんをアドバイザーに招聘しコツコツと取り組んだら、みみちゃんも成績が上がったとのこと。よかったよかった。

未来はというと、……連覇達成。彼女はいつ勉強してるんだろう?ほんと、未来は特別だと思う。中間考査前に受験した模試も、あんなもんやろうって言ってたから、相当な成績が返ってくるんだろう。

私も皆と一緒に模試受けたけど、何とかなったとは思うんだ……多分。そして、この模試の結果を受けて担任の先生と面談するそうだから、もうすでにドキドキしてしまってる……。

……まぁ、ドキドキしても仕方ないや。私は地道にコツコツとするしか出来ないし。

次も胸を張って結果を見られるように、またコツコツやっていきましょう。