第四話 母と私、それぞれの母の日 ーHappy Mothers Dayー
第四話 母と私、それぞれの母の日 ーHappy Mothers Dayー
5月第2日曜日朝。今日は夕方から雨、と天気予報が言っていたけど、リビングの窓越しに見える外の天気は、曇り空だけど陽の光を感じる明るい曇り空だ。午前中はこのまま天気が保つのかもしれない。
日曜日は基本宿題とか自分に課している勉強とか、時々同級生や吹部の友人とで遊びに出かけたりして過ごしているけど、父や母が言うには、北宇治に通っていた頃、定期考査の前日とか、学校行事のため校内出入り禁止といった時以外は、日曜日も祝日も吹部の練習のため学校に行っていたとか。
今では考えられないなぁ。
私は毎週日曜日や祝日では、イベント参加時以外は学校に行かないし、というか行けないし、土曜日も毎週ではなく隔週で部活のため学校に行くという風になっている。
さて、今日は”母の日”。昔々から延々と続いている全国的なイベント。
私の”母の日”は、この日の家族4人分の夕食を作ることで、母に”休息”というプレゼントをすることとしている。いつも走り回っている母なので、たまにはゆっくりと過ごしてほしくて、中学生になってから毎年やり始め今回で4回目。3年前初めて実行した時はうまく作れず、結局母に手伝ってもらって逆に手間を増やしてしまったのだけど、時々母と一緒にキッチンに立っておかずの一つや二つは私が作ることを繰り返していたら、昨年は全部自分で作ってみんなに食べてもらうことができた。あれは母に喜んでもらうというより、自分が嬉しかったな。
……友達の中には料理が得意な子もいて、毎日のように食事作ってる子もいたりする。私は料理好きだけど、まだまだなんだなぁ。
で、今日は何を作るかというと、オムライスとスープとサラダ。毎回同じメニューで代わり映えがしないのだけど、卵大好き星人の母には丁度いいかな、なんて思ってたりする。
毎回普通のオムライスでは進歩がないので、今日はふわとろオムライスに挑戦の予定。なぜか、父がこれを作るの上手なんだよね……。
スープはキャベツ、ジャガイモ、人参、タマネギ、ソーセージのポトフ風スープ。これはもう出来たも同然。私よく作ってるから。
サラダは何にしよう……よし、これも代わり映えが無いけど、私が好きなポテトサラダにしよう。瑛斗も好物だから、多めに作って。それもマスタードを入れたやつで。
よし、決定。
では、お買い物に行きたいけど……お母さんどうするのかな。
「お母さん、今日ってお買い物に出かけたりする?」
母は朝食の片付けを終えた後でも、そのままキッチンに立って何やら作っている様子。
「出かけてもいいけど、何?」
「今日ね、母の日だから私が夕飯全部作ろうと思って……」
「あら、今年もしてくれるの?……嬉しいな、ありがとね」
「えへへ」
「何作ってくれるの?」
「いつもと代わり映え無いけど、オムライスとスープとサラダ。オムライスはふわとろのをやってみる予定」
「うわー、ありがとう。それお母さん大好きだから、期待するわね」
「あまり期待しないで……」
「それだったら、今ある野菜とかで……卵が足りないかな。瑠美ちゃん、ちょっとこっち来て。これだけ食材あったら足りる?」
「あ、はいはい」
リビングのソファーからキッチンにいる母の側に行き、野菜ストッカーにストックしている野菜たちや冷蔵庫の中身を確認する。
「ポテトサラダしたいから、ジャガイモが足らないな。あとソーセージも欲しいし……マスタードあったっけ?」
「まだあるんじゃない?」
冷蔵庫の中のチューブのものを見ると……心許ない。
「これも欲しいです」
「そうだね……じゃ、もうちょっと待って。今ね、おばあちゃん家に持って行くおかずを作ってるから、それが一通りできたらお買い物に行こう」
「なんだ、それ作ってたの?」
母はこくんと頷いた。
「お母さんも”母の日”したいからね。黄前のおばあちゃん家にも持って行くから」
ああ、おばあちゃんはお母さんのお母さんだから……そりゃそうか。お母さんにも、母の日にお祝いをしたい人がいる。
「言ってくれれば手伝うのに」
「うん……声かけようかと思ったけど、瑠美ちゃん机に向かって何かしてたみたいだったからね」
「……コンクールの自由曲の譜読みしていただけだったから……手伝うよ」
「それなら、タッパーに詰めるのやってもらおうか」
「はーい」
私は食器棚の中に置いてある、角形の手のひらサイズのタッパーをいくつか取り出し、出来上がってカウンターに置かれた両手鍋や片手鍋の蓋を開ける。筑前煮だったり、筍の炊いたんだったり、肉じゃがだったり。お母さんって、手間のかかる煮物をよく作ってくれる。
「これ、このサイズのタッパーに入れていい?」
「んー……そう、それにお願い。二つずつ入れてね……へぇ、北宇治ってもう自由曲決まったんだ」
「あれ?お母さんのとこは?……立華はまだなの?」
あたしはやや大きめの木匙でお鍋からタッパーに移し替えながら、返事をする。
「うん、今年は課題曲の発表が遅かったからね……それに合わせて数曲用意したけど、あとは幹部の子達の選択待ち。先週のお休みの時もずーっとイベント続きだったし……明日には決めてくれるでしょう」
「そうだってね。先月末のサンフェスの時、北宇治は立華の一つ前だったから、立華の子で仲良くなった子がいたんだけど、”イベントばかりで大変だけど楽しい”って」
「あら、誰だろう?」
「同じ一年でユーフォの松下さんって子……」
一つのお鍋のものを2つのタッパーに入れ替えて、次のお鍋のものを次のタッパーに移していく。
「松下さん……ああ、あの髪がショートカットで眼鏡の子ね。彼女も小学生からユーフォしてたって言ってたかな」
「うん、言ってた。で、お母さんのことすぐバレた」
「ええ、どうして?」
「似てるし、名前同じだしって言われて」
あははっと笑う母。
「まぁ、そうだろうね。瑠美ちゃんが髪を後ろで束ねてたら、後ろ姿を見たお父さん間違えて声かけそうになったって言ってたし」
「ええー、そんなに似てるかなぁ」
「そうらしいよ……ごめんね」
「私は別に構わないけど」
「ふふふ……さぁて、できたかな。これはこのまま置いておいて、その間に買い物に行こうか」
「うん、ちょうど今タッパーに分け切ったところ」
母は手元に置いてあった台拭きで、シンク周りを手早く拭いていく。
「あ、ありがとう。まだ温かいから冷蔵庫に入れずに、蓋をしてしばらく置いておこう。じゃ、出かける準備をしようか……あれ、うちの男どもは?」
リビングの方を見ても父と瑛斗の姿はなく、テレビがつけっ放しになっている。変だな?と思ってソファーを覗くと、二人とも横になって寝ている。
「寝てるよ、二人とも」
私の報告を聞いて、腕組みして嘆息する母。
「遅くまで本読んでたな、あれは……しょうがない。放っておいて、私たちだけで出かけよう。テーブルの上に大きく書き置き残せばわかるでしょ。昼には帰ってくるし」
「はいはい。じゃあ、裏が白いチラシにマジックで書いとくね」
【お母さんと出かける。昼には帰る。キッチンのタッパー、食べたらダメ!! るみ】
「1勝3敗だったかぁ……悔しい」
キッチンで夕食後の食器たちを洗いながら、今日のふわとろオムライスの成功率の低さの反省をする私。
「なんでなのかなぁ。うまくなりたい……もっと、うまくなりたい……」
「姉ちゃんの作ったので、今日のは美味かったけどな」
「今日のは、か。あんたポテサラばかり食べてたじゃない。自分の分だけ追いマヨしたくせに」
「バレてたか」
私が洗った食器を隣の父が布巾で拭いてくれ、拭いた食器を瑛斗が食器棚に戻していってくれている。母にはソファーに座ってもらって、食後のお茶を楽しんでもらっているところ。
今日はお昼までに買い物から戻って、昼食は家族みんなで父が作った焼きそばを食べた。
その後、母は午前中に作ったおかずを入れたタッパー達と、京阪三室戸駅すぐ前の花屋さんで買ったカーネーションの花束を持って、父を従えて違うフロアーのおばあちゃん家と、黄前のおばあちゃん家に出かけて行った。ついて行こうかなと瞬間思ったけど、今日はなんだか遠慮しといた方がいい気がしたので行かなかった。瑛斗も同じ考えだったみたい。両親はそれぞれの”母の日”のお祝いをしてきたようだ。
母と父が出かけている間、私は瑛斗と一緒に夕食の下拵えを行って、いざ本番を迎えたのだけど、結果は不本意なものに。
「やっぱり、オムレツがうまくまとまるかどうかみたい。最初のはうまくまとまって、チキンライスの上に乗せてナイフで真ん中を切ると、いい感じでオムレツが開いたのに。その後の3連敗は、調子に乗ったのがダメだったのかなぁ」
最初のうまくできたオムライスはもちろん母の分とし、後の3敗分は父と瑛斗と私の分とした。味は良かったと思った分、オムレツがうまくできなかった事が残念だ。
「コツはやっぱり火加減と卵をまとめる速さなんやって」
上手な人は、そう簡単に言うけど。
「それはわかってるんだけど……うーん、お父さんどうして上手にできるの?」
「そりゃ、昔、かなり練習したからな」
「昔って?」
「……昔やわ」
「いつの話?」
「それは……まぁ、な」
頭をぐしゃぐしゃとかき回しながら、口籠もる父。すると、聞き耳を立てていたのか、母はソファーから立ち上がり父の正面に来てニヤニヤしている。
「私に食べさせたかったから、でしょ?お父さん」
「え……まぁ……そう、やな……」
「お父さん、私が卵料理好きなこと昔から知ってたもんだから、卵たくさん買ってきて練習してくれたんだよね、学生時代ね」
「そんな昔のこと……忘れたわ」
「一体、いつの話なの?」
「……もう、にじゅう……よん、24年前かな。お父さん、家から通うのが億劫になったって言って一人暮らし始めてね。そこにお母さん呼ばれて、オムライスと茶碗蒸しご馳走してくれてね」
「よく覚えてんな、そんなこと」
「忘れられないよ、失敗作も結構食べたからね、あの時。その後しばらくは卵控えたもん、私」
「お母さんが控えたなんて……よっぽどだね」
「そうしたら、お父さん、無理せんで食べんでいいとか言いながらね…………」
「はーいっ、ストップストップ!お母さん、それ以上はいいから。二人の世界はまたにして。聞いてると恥ずかしくなる」
私がそう言うと、二人は照れたように笑い始める。それをジト目で見ている私と瑛斗。
いつまで経っても仲良いんだ、私の両親は。どれだけ好きなんだろうか、もうっ。
食器を洗い終えて手を拭いていると、テーブルの上に何かが無いことに気づく。
「あれ?」
朝からの自分の行動を振り返ると……しまった。料理のことばかり考えていたものだから、肝心なことを忘れていた。
「ちょっと、瑛斗こっち来て!」
「なんだよ」
慌てて自分の部屋に行き、窓際に置いていた小さめの鉢植えのカーネーションを手にする。
「忘れてた」
「そうだ、忘れてた」
お小遣いから出し合って、駅前の花屋さんで昨日部活後に買っておいたカーネーション。昨年までは切り花を買ってプレゼントしていたけど、今回は育ててみたくなって、小さいポットに植えられているカーネーションにしてみた。
「じゃ、瑛斗持って。瑛斗からお母さんに渡して」
「うん、わかった」
「行こう」
二人してリビングに戻って、父と笑いながら話しをしている母の前に並ぶ。
「はい、お母さん、母の日のカーネーションです。いつもありがとうございます」と瑛斗がカーネーションを差し出しながら、口上を言う。
「ごめんなさい。朝一番に言わなきゃいけないことを、今頃になってしまいました」
ちょっと驚いたような表情をしたけど、母はすぐにっこりと笑ってくれた。
「ううん、ありがとう。瑠美子。瑛斗。母の日、と思ってくれるだけで、十分嬉しいよ」
そう言いながら、瑛斗から受け取った鉢植えのカーネーションをじーっと眺める母。その姿を見守るかのように静かに見つめていた父が、母にそっと声をかける。
「よかったな、お母さん」
「うん……二人とも、ありがと」
その時、母の目が潤んでいたように見えたけど……喜んでくれたから、よかったな。
本当に、いつも忙しそうにしているお母さん。
でも、私たちのことをいつも考えてくれているお母さん。
……私、わかってるよ。だから、体には気をつけてね。
……いつまでも、大好きだよ。