第五話 梅雨となる前に(前編) ーあがた祭にてー
第五話 梅雨となる前に(前編) ーあがた祭にてー
「へぇー、思ってた以上に人の流れがあるんだ」
太陽が西の山の端に沈もうとしている頃、ようやく昼間の暑さが和らいできた。私は宇治橋西詰交差点にある紫式部像の側で、ある人と待ち合わせをしている。この近辺には、私と同じように待ち合わせをしている人がちらほらと見ることができる。
毎年、6月5日から6日にかけ、平等院のすぐ南西にある縣神社のお祭り、あがた祭が行われ、宇治市内はもとより市外からも人がやってくるので、宇治橋からJR宇治駅、そして縣神社をめぐる辺りはかなりの賑わいになる。
私は小学生の頃、両親に一、二度連れてきてもらっている。その時は今ほど丈夫ではなかったから、人が多すぎて人に酔ってしまい、少し屋台を見た程度の思い出しか残ってない。今年は、折角宇治に住むようになったんだから行ってみたいなぁ思っていたところに、未来が声をかけてきた。
田中未来は私の同級生で机が隣同士、しかも部活も同じ吹部でトランペットを吹いている、ボブヘアーでスレンダーな可愛いメガネっ娘。私より少し背が高いかな。彼女はトランペットがとても上手く、三年生を含めても一番手だと私は思っている……まぁ、その未来が一緒に行こうと誘ってくれたので、こうして待ち合わせ場所で、わくわくしながら彼女が来るのを待っているところ。
「未来遅いなぁ……早く着いたのも悪いんだけど」
時計を見ると、約束の時間を10分ほどすぎている。
未来は三室戸駅の方に住んでいて、宇治川から西へは来ることがないため土地勘が無いとか言っていたから、道に迷ったのかそれとも事故にでもあったのか……。紫式部像の前でネガティブなことばかり色々考えていると、横断歩道の方から私に向かってスタスタと歩いてくる女性が二人いる事に気づく。髪を後ろでまとめている人と、ロングヘアーの人と。これって、私に用があるのかな……私何かしたのかな……。
「やあ!黄前ち……じゃ……ない?……かぁ……」
「へ?おうまえ……?」
おうまえって、黄前かな。
「ほら、やっぱり人違いじゃない!どう見ても、高校生じゃないの。もー、ちゃんと見てからにしなさいよ……ああ、お嬢さんごめんなさいね」
「いやぁ、ぱっと見、間違い無い、と思ったら体が先に動いたんでね」
「バッカじゃないの?」
「お嬢さん、ごめんねー。あなた、昔世話になった人によーく似てたんでね。ごめんね、それじゃ……」
髪を束ねた方の人が、手を振り私の前から去ろうとしたので、ひょっとして、と思い、私は勇気を出して聞いてみることに。
「あ、あのっ!」
「ん?なに?」
「は、母を、ご存知なのですか?」
「え?」
「母?」
「黄前は……私の母の旧姓ですが……で、私と似ているというなら……ひょっとして、と思いまして……」
お二人、顔を見合わせた後、髪の長い人が私に尋ねてくる。
「じゃあ、あなた。よかったらだけど……お名前は?」
「つ、塚本、と言います……塚本、瑠美子と言います……」
二人は再び顔を見合わせ、とても驚いている様子。
「え!!あなたが?娘さん?黄前ちゃんの?」
「塚本ぉ、……さんの娘さん?」
「やはりご存知でしたか……」
「うわー!嬉しい!瑠美子ちゃんに会えたよ!」
「ヒャイッ!」
髪を束ねている人からいきなりハグされて、びっくりする私。
この光景、側から見たら何と思われているだろうな。
「こら、離れなさいよ。いきなりハグしてどうすんのよ。……あ、ごめんなさいね、いきなりオバチャンが抱きついたりして」
「オバチャンは無いでしょうが」
「いえ、だ、大丈夫です……」
「あ、あたし名乗ってないね。えーと、こういう者です」
ショルダーバッグの中から、名刺を取り出して渡してくれる。
[ ラビ・パブリッシング チーフ・エディター 中川夏紀 ]
「中川さん、ですね」
「うん。で、こっちが吉川ね」
「指を刺すなって言ってるでしょ……私は吉川優子って言うの、よろしく……っていっても初対面じゃ無いのよ」
「え?どういうことでしょ?」
「あははは。いやー、あたし達、あなたに会ったことあるんよ」
「??」
中川さんは腕組みをして遠い目をする。
「そうだね、あれは、北宇治吹部の夏の合宿だったかな。野外活動センターに差し入れを持って行ったら、ちょうど黄前ちゃんと塚本くん……いや、あなたのご両親がね、あなたを連れてきてたところだったんよ。二人も差し入れに来たとかで」
「あの頃、あたし達もまだ定期的に差し入れしてたわね。塚本さんが産休前まで副顧問してたから、縁が残ってたし」
「そうそう。でね、その時にあたし達、あなたに挨拶したんよ。あなた、お母さんの腕の中で寝ていた時だったから、覚えちゃいないだろうけど」
「はぁ、そうですか。ということは、お二人も吹奏楽部のご関係で」
「うん、あなたのお母さんの一つ上でね。あたしがその時副部長で、こっちが部長してたんよ」
「指を刺すな」
「ははは……じゃあ、お二人とも私の先輩ですね」
二人の顔がニコッと微笑んだ。
「ということは、あなたも?」
「はい、北宇治高校でユーフォニアムをしています」
「そうかー、そいつぁあ、いい!いつの日か、じっくり話を聞かさせてね、瑠美子ちゃん。親子二代で吹奏楽っていい話ができそうだよ」
「夏紀、仕事モードは止めなよ」
「……しかし、ねぇ優子、時の流れを嫌というほど見せつけられるね……」
「うん、あの時の赤ちゃんが、こんな立派なお嬢さんになって……」
「はは……」
「瑠美子ー!ごめーん、遅くなったー!」
右の方から大きい声で呼ばれたので声がする方を見やると、待ち人の未来だった。
「あ、お友達?」
「はい」
「ああ、それじゃあ、お邪魔してごめんね。お母さんとお父さんにもよろしく言っといて。そうだ、ちょっとさっきの名刺貸して」
「あ、はい」
先ほど受け取った中川さんの名刺を手渡すと、中川さんはバッグの中からペンを取り出し、名刺の裏に何やら数字を書きだした。
「プライベートの方の電話番号書いておくから、いつでも連絡してって言っといてくれるかな」
「はい、わかりました」
さらさらっと名刺の裏に電話番号を書き、再び私に手渡してくれる。そこには番号以外に”久しぶり!娘さんに会ったよ!よかったら電話して 中川”と書かれている。
「じゃあ、色々ありがとうね、時間とらせてしまって」
「偶然会えて、嬉しかった。じゃあね!お気をつけて!」
「はい、ありがとうございました」
「じゃ、またね!」
手を振りながら、お二人は一緒にJR宇治駅の方へと去って行かれた。
「あれ?さっきの人たちって?うち、瑠美子が補導されているのかと思ったよ」
「違う違う。私のお母さんのお知り合いって人たち。北宇治吹部の部長さんと副部長さんだったって」
「へぇー、じゃうちらの先輩やん」
「そいうことになるね」
「それはそうと、瑠美子ごめん!遅くなって。家から出る時お母さんが何やかや言うもんだから、遅くなってしまって」
「いや、いいよいいよ。でももう5分遅かったら電話しようと思ってたところ」
「あー、ごめん!」
両手をパチンと合わせ、拝むようにして私に謝る仕草をする未来。
「いいって。……さぁどう行こうか?順当にこのまま参道を行って、縣神社にお参りしようか」
「うん、お任せする。よろしくお引き回しのほど、お願い奉りまする」
「言い方がくどいね、どうも」
あはははっと二人して笑い、私たちは人の流れに乗って鳥居の下をくぐり、あがた祭の懐に飛び込んで行った。
(続く)