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第五十一話 ちぐはぐセレクション - 選抜と責任の行方 -

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第五十一話 ちぐはぐセレクション - 選抜と責任の行方 -

放課後の音楽室には、秋の気配を含んだ冷たい風が細く吹き込んでいた。ついこの間まで肌にまとわりついていた夏の湿気はすっかり影を潜め、開け放した窓から差し込む西日でできた窓枠の影が、日ごとに長く伸びるようになっている。グラウンドから届く運動部の威勢のいい声が、少し早くなった夕暮れの静寂をかすかに揺らしていた。

九月十九日の北山の植物園での演奏会をもって、これまで北宇治を支えていた三年生二十名が事実上引退し、部に残されたのは、一・二年生あわせて三十九名。部長の私、副部長の美波、ドラムメジャーの未来を中心に、新体制が走り出してからまだ数日。迎える最初のイベントは、十月中間考査後の日曜日に開催される「黄檗秋の音楽祭」だ。黄檗にあるお寺の境内に特設ステージが用意され、地元高校の吹奏楽部が秋空の下で音を響かせる、地域に根差した賑やかな催しである。新生北宇治吹部としての初陣に向け、私たちはステージで演奏する曲の練習を積み重ねていた。また、それと並行して、十二月の期末考査後に行われるアンサンブルコンテストの校内予選に向けた準備も進めなければならない。

空いていた家庭科室で机を挟み、先輩幹部が残したノートを参考に、美波や未来とあーだこーだ言いながらアンコンの打ち合わせをしていたその時、カラカラと教室の引き戸が開かれた。

「幹部のみなさん、ちょっといいですか?」

ひょっこりと顔を出したのは丸尾先生だった。

「は、はい。なんでしょうか」

私が返事をすると、パタパタとサンダルの音を従えながら私たちのところにやってきて、机の上に一枚のプリントをパサリと置いた。

「音楽室に行けば、皆が家庭科室で打ち合わせしていると言うのでね……何の話をしてたんです?」

「はい、十二月のアンコンまでの段取りを確認していたんです」

「ああ、それもしなきゃいけないですね……じつは、ちょっとお願い事が発生したので持ってきたんですよ。この書類なんですけどね、同じものを幹部の皆さんにはさっき送りました」

丸尾先生は、私たちの間に置かれた一枚のプリントに指を指す。その印刷された文字を目にした瞬間、息が喉の奥でキュッと詰まり、思考が一瞬フリーズして、文字通り二度見、いや三度見してしまった。

「り、立華高校と合同演奏……ですか?」

裏返った私の声に反応し、私の対面に座っていた美波と未来が小さく首を傾げた。

丸尾先生は目尻に優しいシワを浮かべ、穏やかだが揺るがぬトーンで話を続ける。

「ええ、今度の音楽祭ですが、例年通りの各校単独ステージに加え、そのフィナーレとして『特別合同ステージ』が急遽追加されることになったそうです。参加四校の代表による、総勢約六十名のスペシャル合同バンドです」

耳を疑うような話だったけれど、私の視線はその下、主催者側の条件と演目が記された項目の中に、釘付けになって離れない文字が並んでいた。

【合同ステージ指揮……立華高校吹奏楽部副顧問:塚本久美子】

……お母さん!?

頭の中で悲鳴が上がった。なんで? なんでお母さんが全体の指揮を執るの――!?

思考がグルグル回っている感覚を必死で抑えながらその次の項目を見ると、その合同ステージで演奏する曲が指定されている。

【合同ステージ演奏曲目】

1. 宝島

2. Let's Swing 〜 Sing, Sing, Sing(各パート・ソロあり特別編成)

吹奏楽好きなら誰もが知っている、超有名曲。野外の境内で、生の管楽器が弾けるようにスウィングする情景が脳裏に浮かぶ。けれど、同時に「ソロあり」という文字が、プレッシャーとなって圧しかかってきた。

動揺で指先をこわばらせる私に、丸尾先生の落ち着いた声が追い打ちをかける。

「この合同ステージにあたり、そこに書いてあるように、うちからは各パート合計十六名の選出が指定されていましてね。……もちろん、通常の単独ステージとは別に、です。メンバーの選出については、幹部の皆さんにお任せします。よろしいですか?」

「あ……は、はい……」

「うん。では、お願いします。期限は今週いっぱいです。わからないことがあったら、また聞いてください」

そう言い残すと、丸尾先生は穏やかな笑みをたたえたまま、家庭科室から去っていってしまった。

静まり返った家庭科室。丸尾先生が置いていったプリントを手にすると、紙の重みが妙に生々しく皮膚に伝わってくる。

現在の北宇治の部員数は、三年生が抜けて三十九人。そのうち、他校との合同ステージに立つのはわずか十六人。パートごとの人数がプリントに書かれているが、だいたい一人から三人。しかも、指揮台に立つのは他でもない我が母で、その指揮で演奏する曲は、観客を巻き込んでのノリが良い吹奏楽の鉄板曲たち。

「……うそでしょ」

思わずこぼれたつぶやきに、未来は私の手からプリントを取り上げ、美波と一緒に眺めだした。

「単独ステージに加えて、フィナーレで合同ステージ……か。うちからの人数は計十六人かぁ。なかなかにエグい話やん」

美波は眉を下げて苦笑すると、未来が眼鏡の縁をスッと押し上げ、冷ややかな手つきで曲目欄を指差した。

「曲目もえげつないな。『宝島』に、ソロ回しありの『Let's Swing』から『Sing, Sing, Sing』か。野外でやったら絶対盛り上がるけどな…………生半可な吹き方したら、立華の音圧とリズム感に全部喰われるで」

未来の言葉は、相変わらず容赦なく核心を突いていた。立華のパワフルで華やかなサウンドに対抗しつつ、スウィングの跳ねるようなノリを完璧に作れる精鋭を揃えなければ、北宇治の音はあっけなく飲み込まれてしまう。

「で、問題は……この十六人をどうやって選ぶか、や」

未来が眼鏡の奥のシャープな瞳をこちらに向けた。夕暮れの家庭科室の静けさの中に、その問いが重たく横たわる。

「幹部だけで上から指名して決める……っていうのは、やっぱり違うよね」

私がポツリと言うと、美波も小さくうなずいた。

「うん。三年生が抜け、新体制になったばっかりやしな。ここで急に幹部だけでパシっと指名したら、選ばれた子も選ばれへんかった子も、部内の雰囲気がギスギスしそう」

「じゃあ、どうする? 各パートで立候補でも募るか? それやと絶対に揉めるか、逆に遠慮し合って決まらんかの二択になりそうやけど」

未来が肘をつき、細い指先でトントンと机を叩く。

私は深く息を吸い込み、自分の中で固まりつつあった考えを二人に伝えた。

「……選出方法は、各パートのパートリーダーに一任したいと思ってる。パートごとの人数枠だけを提示して、誰を出すかはパート内で話し合って決めてもらうの」

「パーリーに丸投げってこと?」

「丸投げっていうか……信頼して任せたい。みんなで北宇治、を目指したいし。それに、選考基準も『全員実力順』って一律に縛らなくていいと思ってる」

「ほう?」

未来が興味深そうに目を細めた。美波も黙って私の言葉に耳を傾けている。

「例えば、『北宇治を代表して立華と張り合えるベストメンバー』っていう基準で二年生中心に選ぶパートがあってもいいし、逆に『これからの新チームのために、イベントの場数を踏んで成長してほしい』っていう理由で一年生を起用するパートがあってもいいと思う。それぞれのパートの今の課題とか雰囲気に合わせた判断を、パーリーたちに託したいんだよね」

そこまで一気に話すと、美波の表情がふっと和らいだ。

「ええやん、それ。各パートの今の空気とか状態は、やっぱりパーリーがいちばん近くで見ているわけやしな」

美波はプリントに視線を落としながら、いつもの優しい声で微笑んだ。

「瑠美子がそうしたいなら、わたし賛成する。パーリーたちも任されたら責任感湧くと思うし、みんなで納得して決めた方が、新チームとしても一歩前に進める気がする」

未来はしばらく無言で考えを巡らせていたが、やがて「ふっ」と小さく息を漏らし、その細い指先で眼鏡の位置を直した。

「ええんちゃうかな。パーリーに責任と信頼を預けるわけやな。幹部が強権発動するより、ずっと北宇治らしいやり方やわ。……ほんま、瑠美子は良い部長になりそうやな」

「な、なに言ってんの……」

唐突な未来の言葉に、喉の奥がかゆくなるような照れくささがこみ上げてくる。私は誤魔化すように小さく咳払いをした。

「じゃあ、これでやってみようか。今すぐにでも、各パートリーダーを集めて緊急会議を開こう。事情を説明して、今週末……明後日かぁ……そこでメンバーを決めてもらうように頼んでみる」

「了解。あたし、各パーリーに声かけてくるわ」

「んじゃ、うちも。ペットから呼んでくるわ」

美波が頼もしく立ち上がり、未来もノートをパタンと閉じ、席を立った。

二人が家庭科室をあとにする背中を見送りながら、私は手元のプリントに再び目を落とす。他でもない我が母が指揮台に立つという個人的なプレッシャー。そして、三年生が抜けたばかりの時に、イレギュラーな案件。

私たちが選んだこのやり方で、みんな一緒に前を向いてくれるだろうか……。

夕闇がじわじわと迫る家庭科室で、私はプリントと不安をぎゅっと握りしめた。

十数分後、どうした何があったとか言いながら、各パートリーダーが家庭科室に集まり、それぞれ椅子に座って私たちの方に視線を向ける。

クラの千紗、サックスの凛々、ホルンの陽菜、フルートの神瀬さん、ペットの真帆ちゃん、トロンボーンの高瀬くん、低音の藤堂くん、パーカスの鈴木くん、と集まった二年生たちの顔には、急な呼び出しに対する緊張と戸惑いが色濃く浮かんでおり、招集した私も心の奥でチクチクするものを感じてしまう。

「みなさん、集まっていただいてありがとうございます。また、急に声をかけて申し訳ありません」

私は皆の前に立ち、まっすぐな視線で全員を見渡した。

「十月の『黄檗秋の音楽祭』について、丸尾先生から大切なお知らせがありました。今年の音楽祭では、北宇治の単独ステージの他に、フィナーレとして他校との合同ステージが追加となりました」

室内に小さな動揺の波が広がった。私は深く息を吸い込み、本題を告げる。

「そして、北宇治に要請された人数は合計十六名です。そして、演奏する曲目は『宝島』と、各パートのソロ回しがある『Let's Swing 〜 Sing, Sing, Sing』と決められています」

「ソロありの、シング……!?」

サックスの凛々が大きく目を見張り、クラリネットの千紗も息をのんだ。

「各パートの割り当て人数は、今送ったファイルの通りです。そして……この十六名の選出方法は、各パートリーダーの皆さんに一任します」

私の宣言に、パーリーたちの間に目に見えるほどのピリッとした緊張が走る。

「選考基準もパートごとに任せます。『北宇治を代表するベストメンバー』として実力で選んでもいいし、『今後の成長を見据えて場数を踏ませたい』という理由で一年生を選出してもいい。各パートの今の状況に合わせて、一番納得のいくメンバーをパート内で話し合って決めてください」

そこまで一気に伝えきると、凛々が「わたしらの判断に任せてくれるんやね」と真剣な眼差しで力強く頷き、陽菜も「うちのパートも、しっかり話し合って決めるわ」と腹をくくったような声で答えてくれた。

「締切は今週末……明後日までに、私たちに伝えてください。単独ステージの練習と並行になって申し訳ないけど、合同演奏でも北宇治の音を届けたい……みんな、よろしくお願いします!」

私が頭を下げると同時に、両脇の美波と未来も深く礼をした。

話が終わり、パートリーダーたちがガタガタと机や椅子を動かし、それぞれの練習場所へと戻っていく。その様子を、私は「これでよかったのかな」と思いながら見つめる。

やがて、残ったのは私たち三人になった。

「さあ、うちらも練習に行こうや」

「うん」

未来の声を合図に、私たちは机の上を片付け、椅子を整えて家庭科室を後にする。

「スムーズにことが運んでくれたら、ええんやけどな」

美波の呟きに、私は「うん」と答えるしかできなかった。

翌朝。京阪六地蔵駅の改札を出ると、薄雲広がる秋空の下、まだ角が丸い少し冷たい空気が肌を撫でた。

いつものように六人で、駅から学校へと続く坂道を上がっていくが、今朝はいつもと少々雰囲気が違っている。普段なら、新チームの課題や宿題のことや、昨日見たTV番組の話で賑やかにおしゃべりが弾む時間帯。けれど、今日の坂道はやけに静かだった。

前を歩く私の耳に届くのは、自分たちの足音と、背後からかすかに聞こえるローファーがアスファルトを擦る音ぐらい。気になってちらりと後ろを振り返ると、千紗と陽菜と凛々は、いつものような弾けた笑顔を見せることもなく、どこかうつむき加減で歩いていた。お互いに顔を見合わせては小さく視線を交わし、何か言いかけては口をつぐむような、やや重たい空気を纏っている。肩にかけたスクールバッグのストラップをぎゅっと握りしめる凛々の指先には、あきらかに迷いと困惑の色が滲み出ていた。

住宅街の中の坂道にかかったところで、私のすぐ隣を歩いていた美波が、そっと肘で私の腕をつついてくる。振り返ると、美波は口元に小さく手を添え、私と未来にしか聞こえないほどの小声で囁いてきた。

「凛々達、なんかちょっと変やない? 表情むっちゃ暗いねんけど」

「うん……」

「……あの顔、嫌な予感が当たったみたいやな……」

未来が眼鏡のフチを指先で直しながら、声を潜めて呟く。美波は私と視線を合わせると、優しく、でも確かな目つきで言った。

「うちがちょっと話聞いてみるわ。瑠美子達は気にせず普通に歩いていって」

「え……あ、うん。わかった」

美波は自然な動作で歩くスピードを緩め、少し後ろを歩いていた三人との距離を縮めていく。

「お三人さん、なんか今朝はおとなしいんやない?」

いつもの柔らかい声をかける美波を背中を感じながら、私は未来と並んで坂道を歩き続けた。後ろからぽつりぽつりと話し声が聞こえてくるけれど、内容までは聞き取れない。

気になりつつも歩みを進めると、やがて校門をくぐり、階段を上がって昇降口へとたどり着いた。下駄箱の前で上履きに履き替えていると、少し遅れて美波たちがやってくる。千紗たちは「じゃあ、また放課後ね」「はーい、バイバイ」とぎこちなく手を振り合いながら、それぞれの教室へと向かっていった。

下駄箱の扉を閉めながら、私は待ちきれずに美波の顔を覗き込んだ。

「美波、どうだった……?」

美波は一瞬だけ困ったように眉の八の字を深めたが、すぐにポンポンと私の肩を優しく叩いた。

「うん……ちょっと、いろいろあったみたい。でも、ここで立ち話するのもあれやし、まとまった時間が取れるお昼休みにゆっくり話すわ。未来も一緒にな」

「う、うん……わかった」

美波の言葉に頷きつつも、下駄箱の扉を閉める金属音が妙に耳の奥に高く響いた。

午前の授業中も、プロジェクターの微かなファンノイズや先生の淡々とした声がどこか遠くに聞こえていた。手元のノートの端に意味のない波線を描きながら、頭の中では『昨日のメンバー選抜の話がうまく進んでいないのかもしれない』という不安がぐるぐると渦を巻く。窓の外を流れる雲を眺めては溜息を堪え、何度も時計の針を気にするうちに、ようやく四時間目の終了を告げるチャイムが校内に響き渡った。

クラス委員の号令が終わると同時に、美波と未来が机を引き寄せて私のもとへとやってくる。

「お待たせ、瑠美子。お昼にしようか」

私の机を挟んで座り、お弁当箱を取り出す二人。今日はピザを五枚ぐらい重ねたような大きさのおにぎりのラップを解きかけた美波が、周りの喧騒から遮断するようにふっと声を落とし、登校中に聞いた話を切り出した。

「昨日、パート練習のあとに話し合いをしたんやけど……やっぱり、すんなりとは決まらんかったらしいねん」

「……すんなり決まらない、っていうのは?」

私が尋ねると、美波は困ったように眉を下げ、もう一段声をひそめた。

「凛々も千紗も陽菜もな、パーリーとして部長の気持ちを汲んで、なんとかパートをまとめようとしてくれたんよ。……他のパートはなんとか持ちこたえてるか、決めかねて頭抱えてる状態なんやけど、この三人のところは特に選ばれへんかった子からチクチク言われてしもたみたいで」

「チクチク……」

「うん。『なんであの子が選ばれるの?』とか『パーリーの贔屓なんちゃうん』とか……。特に一年生が入っているパートは、『なんで二年生を置いて一年生を出すの』って、空気があからさまに悪くなったところもあったらしくて」

「え〜……」

思わず息を呑んだ。選ばれた者と、選ばれなかった者。十六人という狭き門だからこそ、必ず生まれる不満や葛藤。パーリーたちはそれを一人で受け止めようとしてくれていたのだ。

「三人ともな、『幹部を支えたいから、もっとうちらでみんなを説得してみる』って言ってくれてるねん。でも……『正直、うちらの言葉だけじゃ納得してくれへんと思う』って、辛そうな顔しとった」

美波は手にしていた特大のおにぎりをパクっと頬張った。一口もぐもぐと噛みしめてから、どこかすまなさそうに視線を落とす。

「……それに、うちのパートの鈴木くんもそうやし、ペットの真帆ちゃんや低音の藤堂くんも同じやと思う。うちら幹部が同じパートにおるからこそ、余計に『愚痴なんか言えへん』って一人で抱え込ませてしもてたんやな」

私の判断が、彼女たちを追い詰めていたのか……。パートの課題に合わせて一番納得のいくメンバーを決めてほしい——そう言って信頼して任せたはずの言葉が、ただの重荷となってパーリーたちの肩にのしかかっているという事実。……そんな風になるという想像ができなかった自分が情けなくて、視線が手元の弁当箱へ落ちる。

「……やっぱりな」

ボソリと呟いたのは、対面で淡々とお箸を動かしていた未来だった。

未来はお弁当箱のふたをそっと閉じると、一度眼鏡を外し、目頭を指先で強く揉んだ。珍しく苦く重い息を吐き出す。

「未来……こうなるって、分かってたの?」

「半分な。……いや、うちの大きな見誤りや」

眼鏡をかけ直した未来の瞳には、自分自身に対する苛立ちのような色が滲んでいた。

「パーリーに託すっていうのは聞こえはええけど、現場の目線からしたら『選んだ責任』を一人で背負わされるだけやんか。毎日顔を合わせる仲間から、不満やら嫉妬やらをダイレクトにぶつけられる。……部員数が少ないし物分りのええヤツが多いから何とかなるやろって、うちが高をくくっていた。……瑠美子、美波、判断を誤らせて申し訳ない。ごめん」

頭を下げてくる未来に、私は慌てて首を振った。

「ううん! 未来が謝ることなんてないよ! 私が……私が『パーリーに任せるのが一番いい』って言い出したんだから。私の考えが浅かったせいだよ」

「瑠美子だけのせいちゃうよ。あたしも『いいやん』って賛成したんやし」

美波も身を乗り出すようにして同意する。

未来はゆっくりと顔を上げると、まっすぐに私を見つめた。その瞳には、すでにいつもの冴えた光が戻っていた。

「反省はここまでや。……で、これからどうする、部長? パーリーたちは今、選ばれへんかったヤツらの不満の矢面に立たされて窒息しそうになってる。あの子らを助けてやるには、どうしたらええと思う?」

「あの子たちを……助ける……」

未来の言葉が、思考の隙間を容赦なく突いてくる。

信頼という綺麗事の陰で、私はただ一番嫌な役目から逃げていただけだったんだ。

「文句が出るのは……『パーリーが決めた』からだよね」

手元の弁当箱を見つめながら、言葉を一つひとつ紡ぎ出す。

「同じパートの仲間に選抜の重荷を背負わせちゃダメなんだ。パーリーには、パート内の推薦案だけを出してもらって……最終的に十六名を選ぶ決定は、私がやらなきゃ」

「……不満の矛先を、自分に向けるんか?」

未来が意図的に試すようなトーンで尋ねてくる。私はハッと顔を上げ、未来と美波の目を順番に見つめ返した。

「うん。『部長が全体のバランスを見て決めた』っていう形にすれば、不満は全部私のところに来る。……パーリーを盾にするんじゃなくて、私がパーリーを守らなきゃダメなんだよ」

言い切った瞬間、自分の中にあった迷いは綺麗に消え、未来の口元が、ふっと柔らかく緩んだ。

「……言うてくれるやん。不満を引き受ける覚悟ができるんなら、それが一番効く」

「……瑠美子」

美波が私の手にそっと自分の手を重ねてきた。温かい体温が皮膚越しに伝わってくる。

「瑠美子一人に背負わせたりせえへんよ。決定の責任は、幹部三人で分け合おう。パーリーたちを、これ以上困らせたくないしな」

「美波……未来……」

自然と背筋が伸びた。そこまで言ってくれるんだ。もう迷っている場合じゃない。

「ありがとう……二人とも。今日の放課後、もう一回パートリーダーを集めよう。私から、改めてちゃんと説明する」

その日の放課後、夕暮れの光が斜めに差し込む家庭科室に、再び八人のパートリーダーが集まった。

昨日の今日ということもあり、二年生たちの顔には疲弊と緊張、そしてどこか申し訳なさそうな色が色濃く滲み出ている。特に凛々や千紗、陽菜の三人は、私と目を合わせづらそうに視線を落としていた。

私はみんなの前に立ち、ゆっくりと息を吐き出した。そして、集まった全員の目を順番に見つめ、腰を深く折って頭を下げる。

「……みなさん、忙しいのに集まってくれてありがとうございます。そして、つらい役目を押し付けてしまって、本当にごめんなさい」

室内が一瞬、静まり返った。机を動かす音すら止まり、パーリーたちが驚いたように顔を上げる。

「瑠美子……? なんで頭下げるん……?」

千紗が戸惑ったような声をこぼす。私はゆっくりと顔を上げ、みんなの目をまっすぐ見つめて言葉を継いだ。

「昨日、十六人の選抜を『パーリーに一任する』って言いました。でも、それは私の間違いでした。各パートのことを一番分かっているみんなを頼りにしたつもりだったけれど、結果として、選ぶ責任も部員からの不満も、全部みんな一人ひとりに押し付けてしまっていたんです」

凛々が息をのむのが分かった。

「十六名を選ぶことの本当の責任は、——部長の私にあります。みんなに嫌な役目を押し付けて、本当にごめんなさい」

「いやいや、そんなこと…… 瑠美子たちがうちらを信頼してくれたから……」

陽菜が申し訳なさそうに眉をひそめて言おうとするのを、私はゆっくり首を振って制した。

「だから、選考のやり方を変えさせてください」

私は息を整え、美波や未来と一緒に考え直したやり方をはっきりと告げた。

「各パートで話し合ってもらうのは、『誰を推薦したいか』という希望案をまとめることだけにしてください。選抜の決定と発表の責任は、私と幹部が引き受けます」

「え……」

「もし選ばれなかった部員から不満が出たら、全部『部長が決めたことだから』と言って私のところへ来させてください。パーリーのみんなが一人で抱え込む必要は一切ありません。みんなは、自分のパートの今の課題や『こういう意図でこの人を推薦したい』という想いだけを、私に教えてくれればそれでいいんです」

言い切った瞬間、室内に重く立ち込めていた空気が、すっと軽くなった感覚があった。

凛々の張っていた肩の力がふっと抜け、千紗がゆっくりと息を吐く。陽菜の目からも重苦しい色が消え、そこには確かな安堵の光が宿っていた。

「瑠美子……」

凛々が少し目元を潤ませながら、力強い笑みを浮かべた。

「……ありがとう。正直、パートの中でどう説明したらええか、一人で抱え込んで息し辛くなってん。『部長が決める』って言ってもらえるなら、うちらも気兼ねなくパートの意見をまとめて持ってこれる」

「うん、うちのパートも……それならしっかり話し合えそうやわ。部長、ありがとう」

陽菜も深く頷いてくれた。高瀬くんや低音の藤堂くんたち男子部員も、どこか誇らしげに小さく頭を下げている。

「期限は明日まで。……大変だと思うけれど、みんなが一番納得できる『推薦案』を待っています。よろしくお願いします!」

私がもう一度頭を下げると、隣の美波と未来も深く礼をした。

「「よろしくお願いします」」

椅子を引く音を残してパートリーダーたちが立ち上がり、それぞれの練習場所へと戻っていく。その背中には昨日の迷いはなく、前を向く確かな足取りに変わっていた。

誰もいなくなった家庭科室に静寂が戻り、開け放した窓から流れてくる秋風が、私の火照った頬を撫でていく。

「……瑠美子、ええ顔になったやんか」

「ほんまにな。瑠美子、かっこよかったよ」

隣で未来が眼鏡のフチを突いて小さく笑うと、美波も嬉しそうに目元を緩め、私の肩をポンと叩いた。

「……ふたりが背中を押してくれたからだよ」

二人の優しさに照れくささを覚えながら、私は手に持ったノートをそっと抱きしめた。

これから決まる十六人の選抜。選ばれる者と選ばれない者の間で生まれる波風や不満は、きっとこれから私がすべて受け止めることになるのだろう。けれど、二人がそばにいてくれる今の私には、不思議と恐れる気持ちはなかった。

翌土曜日。職員室へと続く渡り廊下を進むと、校舎の隙間から吹き抜ける秋風が、火照った頬を心地よく撫でていった。音楽室や各教室からは、基礎練のロングトーンやフレーズが、途切れ途切れに風に乗って運ばれてくる。メンバー選抜を巡る重苦しい空気が綺麗に払われたせいか、聞き慣れたその音が、いつもより少し透き通って聞こえた。

カラカラと音を立てて職員室の引き戸を開けると、独特の紙とインクの匂いが鼻腔をくすぐる。土曜日の午後は出勤している先生も少なく、室内はどこかのんびりとした空気が漂っていた。

奥のデスクでPCに向かっていた丸尾先生が、私たちの足音に気づいて顔を上げる。

「おや、幹部のみなさん。どうしました?」

「先生、お忙しいところすみません。先ほどメールでお送りした『黄檗秋の音楽祭』の選抜メンバー十六名について、ご報告にきました」

「ああ、このメールですね。ちょうど今、見ていたところですよ。もう少し待ってください」

丸尾先生はそう言ってモニターへ視線を戻すと、メガネの位置を指先でクイと直した。

画面をスクロールするかすかな操作音とともに、ディスプレイの光が丸尾先生のメガネのレンズに反射する。手元の画面に映し出されているのは、私たちが家庭科室で精査し、先ほど送信したばかりの「選抜案」だ。パートごとの選考理由、上級生と下級生のバランス、そして何より各パーリーたちの切実な想いが詰まった十六名のリスト。

丸尾先生の視線が上から下へとゆっくり動いていく間、私たち三人は無言のまま固まっていた。自分の脈打つ音が、耳の奥で嫌なほど大きく響く。家庭科室で「これで大丈夫」と確かめ合ったはずなのに、顧問の判断を待つこの数十秒間は、まるで永遠に続くようにさえ感じられる。

チラリと隣を見れば、美波は制服のスカートの脇でぎゅっと小さな拳を握りしめ、生唾を飲み込んでいる。いつも冷静な未来でさえ、どこか硬い表情のまま、何度もメガネのフチに指を伸ばして息を潜めていた。

私たちを支配する沈黙。遠くから聞こえるロングトーンの音だけが、かすかに耳の鼓膜を揺らしている。

「……うん、これでいいんじゃないでしょうか」

静寂を破り、丸尾先生の口元に優しい笑みが浮かんだ。先生はモニターから私たちへと視線を向け、満足そうに深く頷く。

「各パートの現状と課題を、よく考えて選んでいますね。パーリーの皆さんともしっかりコミュニケーションが取れているようですし、文句のつけようがありません。では、北宇治からはこの十六名で主催者側に正式提出しておきますね」

「はい! よろしくお願いします!」

喉の奥に引っかかっていた最後の塊が、ようやくすんなりと落ちていった。

これで本当に、大きな一山を越えたのだ。幹部として、そして部長として、最初の課題をみんなで乗り越えることができた——。内側からじんわりと湧き上がる安堵感に、思わず隣の美波と視線を合わせ、小さく笑みを交わした。美波もほっとしたように小さく息を吐き、未来も眼鏡の奥で満足そうに目を細めている。

肩の荷を下ろし、背中の力をふっと抜いたまさにその瞬間だった。

「あ、そうそう。言わなければいけないことがありました」

丸尾先生は思い出したようにパチンと指を鳴らすと、何でもない雑談でも始めるような軽やかなトーンで、言葉を続けた。

「メンバーが決まったら伝えようと思っていたのですがね、本番は十月十八日ですが、立華高校さん側の意向もありましてね、一回だけでいいから事前に全体で合奏を合わせておきたい、ということになりまして」

「え……?」

「来週の土曜日、この決定した十六名で立華高校さんへ伺って、そこで合同練習を行ないます。その旨、メンバーに周知しておいてください」

「……は?」

思考が、完全に停止した。

らいしゅう……?

りっかにいって……ごうどうれんしゅう……!?

「それと、楽器の運搬とかは別途指示しますので……」

丸尾先生が何か言っているけれど、その声はまるで水の中に潜ったかのように遠く朦朧と響くだけだった。さっき解けたはずの身体中の筋肉が、一瞬でガチガチにフリーズする。指先からすうっと血の気が引いていくのが分かった。

立華高校。あの全国常連の、パワフルなマーチングと圧倒的なサウンドを誇る名門。そして何より、そこには指揮台でタクトを振る母がいる。

「瑠美子……?」

驚きで固まった私を心配そうに覗き込んでくる美波の声も、隣で「まじか……」と絶句している未来の気配も、今の私には遠い出来事のように感じられた。

夕暮れの光が差し込む職員室の真ん中で、私はただただ、信じられない思いで目を丸くして立ち尽くすことしかできなかった。