第一話 探偵はカフェにいる
第一話 探偵はカフェにいる
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過ぎない。 気が付くとコーラのコップが揺れていた。危ない、中身がこぼれるところだったぜ。いかんいかん。落ち着け誠二。コーラは砂糖がドバドバ入っているからな。手が濡れるとべたべたして大変嫌な気分になる。わざわざ嫌な気分をおかわりする必要はあるまい。よし……なら今できることをしよう。「何てことだ! 俺が億万長者ならすぐに振り込むのに! いや、このなけなしの金を……」 腕に装着したホロリンクを操作。ニュースに表示された振込先口座に俺の電子マネー口座から振り込みの手続きを開始。瞬間、カウンターでグラスを磨いているアビシニアンのマスターからアイスピックで突き刺すような視線が飛んできた。振り込むために立ち上げた口座を俺は慌てて消す。「誠二。マスターへのつけが溜まりすぎています。もしそのお金を振り込めば、あなたがここを生きて出られる確率は三%を切ります」 雪風が血も涙もない現実を突き付けた。「それに、その程度のはした金では治療費は賄えません」「これだから心が機械仕掛けのオレンジAIは! 良いか? あの可哀そうな少女を見ろ! 俺が救わなくてどうする!」 ニュースを指さした途端、番組が切り替わりロボットアニメのオープニングが始まる。俺の足元から出てきた黒猫が流れるような動作で机に飛び乗り、そのままかぶり付きでアニメのオープニングを見始めた。「おいリーナス。主題歌に合わせてしっぽをメトロノームのように振るのをやめろ。加えて言うならば、俺はあのニュースを見ろよ!」 歌番組が終わり、入れ違いでニュースが始まる。その変化を逃がさず、ホロテレビを指して注意を逸らす。旗色が悪い時は話題を変える。それが俺の探偵術その二だ。 薄いピンク色のスーツを着て、金髪をロングにしたグラマラスなエルフ美女がニュースを読み上げていた。、切れ長の瞳がエメラルドグリーンに煌めく。いつだってニュースは誰かの不幸で出来ている。『午後十一時になりました。新西京二十四時の時間です。本日の午前十時頃、宮下ケイさん(十歳)が銃で撃たれるという事件がありました』 事件現場らしき工場跡地が画面に映る。そして宮下ケイと思われる少女の画像も映った。黒髪をロングヘアにしたエルフの少女。やや垂れ目の黒い瞳が美しい。『誰が、何故、彼女を撃ったのでしょうか? 彼女は現在新西京中央病院で緊急手術を受けています。しかし治療費が足りていません。もし彼女へ募金したいのであればこちらまでお振込みください』 言葉と共に、視界の右端に振込先口座が拡張現実で表示された。またか。週に一回はこういったニュースが届けられる――週刊誌か何か? 定期購読を頼んだ記憶はないんだがな。この手のニュースを見るたび、胸の奥が痛む。手の届かないところで奪われていく無垢な命。何もできない自分の無力さを毎週毎週突きつけられる。しかも、報道されるのは氷山の一角――ごく一部に過ぎない。 気が付くとコーラのコップが揺れていた。危ない、中身がこぼれるところだったぜ。いかんいかん。落ち着け誠二。コーラは砂糖がドバドバ入っているからな。手が濡れるとべたべたして大変嫌な気分になる。わざわざ嫌な気分をおかわりする必要はあるまい。よし……なら今できることをしよう。「何てことだ! 俺が億万長者ならすぐに振り込むのに! いや、このなけなしの金を……」 腕に装着したホロリンクを操作。ニュースに表示された振込先口座に俺の電子マネー口座から振り込みの手続きを開始。瞬間、カウンターでグラスを磨いているアビシニアンのマスターからアイスピックで突き刺すような視線が飛んできた。振り込むために立ち上げた口座を俺は慌てて消す。「誠二。マスターへのつけが溜まりすぎています。もしそのお金を振り込めば、あなたがここを生きて出られる確率は三%を切ります」 雪風が血も涙もない現実を突き付けた。「それに、その程度のはした金では治療費は賄えません」「これだから心が機械仕掛けのオレンジAIは! 良いか? あの可哀そうな少女を見ろ! 俺が救わなくてどうする!」 ニュースを指さした途端、番組が切り替わりロボットアニメのオープニングが始まる。俺の足元から出てきた黒猫が流れるような動作で机に飛び乗り、そのままかぶり付きでアニメのオープニングを見始めた。「おいリーナス。主題歌に合わせてしっぽをメトロノームのように振るのをやめろ。加えて言うならば、俺はあのニュースを見ていたのだが?」「誠二よ。まったくもって貴様は愚昧な人類代表であるな。エーリッヒ・ツァンにも奏でられぬであろう、この至高の調べが理解できんとは」 黒猫の赤い首輪から重々しい声が漏れ出る。「そもそも猫にロボットアニメが理解できるのか? 今が何年か知ってるか? 西暦二千百年だ。そいつは百年以上前のアニメだぞ。最早化石といっても過言ではない」「何を言っているのだ! 貴様が後生大事にしているカビの生えた三文小説の百倍は我が心を動かす。この素晴らしさが理解できぬとは……所詮は猿か」 このあまりにも無礼な黒猫は、TVを見ながら尻尾を振り回した。奴の毛が空中に舞う。コーラに毛が入らないか心配になってきた。そういうトッピングは頼んでないんだがな…… その時、パリッとした黒いスーツを着たオールバックの五十過ぎの落ち着いたヒューマンの男性――アビシニアンのマスター――が近付いて来るのが視界の端に映る。「誠二さん、実は店にこんなメールが届きまして」 マスターがメールを転送。俺の視界に重なった拡張現実の隅に封筒マークが表示される。頭の中で開封を命じるとメールが開いた。 俺の目に飛び込んできたのは『助けて!』 それのみだった。「ふむ。何も分かりませんね」 まったく勉強をしないで試験に臨んだときくらい自信たっぷりに言った。「ただの悪戯だと思うのですが……こういうのはあなたの領分でしょう。しかもこのメッセージ……どうやら無差別に送られているようです」 それだけ言うと、マスターはカウンターへと戻っていく。 俺は少し考えにふけった。ただの悪戯でこんなメッセージを送るだろうか? ……普通はありえない。罠ならもう少し魅力的に化粧を施すはずだ。エルフの美女、ドラゴンの隠し財産、大企業の役員のスキャンダル――いくらでもある。助けて! だけで助けに行く奴なんてこの街にはいやしない。だが――俺の私立探偵としての勘が何か、違和感を囁きかけてきていた。無差別に送ったという他のアドレスを確認してみる。 成程……|アンダー《裏社会のプロ》がたむろしている店ばかり。とはいえ、だ。まともなアンダーならこんなメッセージ、相手にしない。 しかし俺はアンダーではない。誰が何と言おうと私立探偵だ。それに今の俺は本当にたまたま、偶然、まずありえない、とても珍しいことだったが、暇だ。なんとまぁ、引く手あまたのこの俺に、迷い猫探しの依頼しかないタイミングでこんなメッセージが舞い込んでくるとは。少し調べてみて……悪戯なら放っておけばいいし、本当に助けを求めているなら――助けたらいい、シンプルな話だ。幸い、こちとらくだらないトラブルには巻き込まれ慣れている。「むしろ助けて欲しいのは俺の懐具合だが……しかし、こんなときハードボイルドな私立探偵ならどうする? 当然助ける。そして俺はハードボイルドな私立探偵である。つまり俺はこのメッセージの差出人を助ける必要がある。これがロジカルシンキングってやつだよ。わかるかね君達?」 そういってリーナスを見やる。だが奴はこちらに尻を向け、相変わらず尻尾をメトロノームのように振りつつアニメに夢中だ。この馬鹿猫はアニメが終わるまで話を聞きそうにもない。 返事をしない雪風の状態を呼び出す。『デフラグ中』の表示。 こいつら……とりあえず今のところリーナスは置いておこう。だが雪風は必要だ。「オホン! そういえば……アーセナル社のガンオイル……今度買おうかなぁと思っていたんだよな。やはり命を預ける銃の手入れには、良い物を使わないとなぁ」 と、わざとらしく独り言を言ってみる。「誠二。ようやくその真理に気づきましたか。いささか遅いですが、今すぐ注文をするべきです。私が代理で一ダースほど注文しておきましょうか? あぁ、遠慮する必要はありません。これは純粋に私からの好意です」 突然、『デフラグ』中だったはずの雪風がいつもの二倍速の速度で話をし始めた。更には俺の目の前にオンライン注文画面が勝手に動いている。 分割払いで購入しますか? →はい 注文有難うございます! 購入した ものを。「リーナス、どうしてここが解ったんだ?」 赤いコートを着た|間抜け《斎藤誠二》が声をかけてくる。そしてその手にはなぜか薄汚れた熊のぬいぐるみを抱えていた。「フン、我を置いて何やら面白いことを企んでいるようだがそうはいかぬ! 何故我を置いて行った?」「いや……何か楽しそうにアニメ観ていたから?」 我は舌打ちをした。「良いか? アニメが終わるまで待ってから、我に伺いを立てて出発するべきだったと言っているのだ。そのようなことも分からんとは愚かな……」「確かにその意見には十分の一理あります」 雪風の援護射撃である。 よいぞ! もっと言ってやるがいい! ん? 何か違和感があった。十分の一理ってどういうことだ? まさか我を数学のできない間抜けな猫と思っておらぬか?「おいおい、メッセージの内容は助けて! だぞ? 緊急かもしれないだろう?」 と、誠二が再び惰弱極まりない言い訳をしだした瞬間。我らの聴覚にぬるりと、バールよりも強固な実体を伴った響きが入り込んできたのだ。それは実体を持っておるにも関わらず微かで、深い水底から囁くような声でもあった。「そのぬいぐるみ……私の……だよね……?」ドンパチしなくてはならない。いや、厳密には一人と一匹と……AIは何だ? 一AIか? まぁ何でもいい。数える気にもならないが、相手の数は二十人以上。対してこちらはサブカル狂いの正体不明の喋る黒猫と、口うるさいAIだけが味方だ。数においてはこちらが有利だが――死ぬわけにはいかない。なにせ俺が死んだら世界中の女性たちが喪に服す羽目になるからな。 何でまた、命がけでこんなことをする羽目になったのだろうか……答えはシンプル。俺が私立探偵だからだ。普通はこんなことで命を賭けたりはしないだろう。完璧にいかれている。俺だってそう思う。つい数時間前の事を思い返すと確実に自己責任な気がする。だが、悪いのはあの『助けて!』とだけ記された謎のメッセージであることは間違いなかった。 約二時間三十分前―― 午後十時五十分 新西京三区ダウンタウン カフェ『アビシニアン』(斎藤誠二) その日、俺はカフェ『アビシニアン』の指定席……一番奥のボックス席にいた。今日の内装は落ち着いた茶色で統一されている。店内に居るのは俺達だけ。BGMはから垂れ流される歌番組の歌だった。『正義なんかいらないだろ? 守りたい物の為にいつも 手を伸ばして 誰かが待つ』 昨年あたりだったか。電撃引退した伝説の歌姫、シーリーの歌が店内に響く。斎藤誠二の探偵術その一。迷い猫を探して欲しいという依頼を受けた時。すぐにその猫が見つからないときはポスター作戦が有効だ。『特別な力なんかいらない それでもこの手は放さないよ 明日を撃ち抜いてくから』 シーリーの芸術的な歌で、俺もアーティスト気分になってきた。それをアピールすることにする。「ふむ。芸術的な出来栄えだと思わないか? これはピューリッツァー賞をもらえるかもしれん」 俺は感嘆の声を上げ、自らを労うためにコーラのコップを掲げる。腹も減った。良い労働の後には良い食事を。マルゲリータも手に取る。「誠二、いくらなんでも自分に甘すぎでは? あなたはピューリッツァー賞をなめています。もはや芸術に対する侮辱といえるでしょう」 腰のホルスターの銃から声が響く。雪風め、無粋な突っ込みをしやがって。「いやいや、AIにはね。真に理解することはできんのだよ。人類が生み出した無駄を愛するという概念、即ち芸術をね」 やれやれと首を振って否定。「種族差別発言ですよ誠二。そもそもあなたがしたことは、依頼人から渡された猫のホロの下に文言を入れただけですが?」 くそっ、またいつものロジハラか!「おっと、あのニュースを見ていたのだが?」「誠二よ。まったくもって貴様は愚昧な人類代表であるな。エーリッヒ・ツァンにも奏でられぬであろう、この至高の調べが理解できんとは」 黒猫の赤い首輪から重々しい声が漏れ出る。「そもそも猫にロボットアニメが理解できるのか? 今が何年か知ってるか? 西暦二千百年だ。そいつは百年以上前のアニメだぞ。最早化石といっても過言ではない」「何を言っているのだ! 貴様が後生大事にしているカビの生えた三文小説の百倍は我が心を動かす。この素晴らしさが理解できぬとは……所詮は猿か」 このあまりにも無礼な黒猫は、TVを見ながら尻尾を振り回した。奴の毛が空中に舞う。コーラに毛が入らないか心配になってきた。そういうトッピングは頼んでないんだがな…… その時、パリッとした黒いスーツを着たオールバックの五十過ぎの落ち着いたヒューマンの男性――アビシニアンのマスター――が近付いて来るのが視界の端に映る。「誠二さん、実は店にこんなメールが届きまして」 マスターがメールを転送。俺の視界に重なった拡張現実の隅に封筒マークが表示される。頭の中で開封を命じるとメールが開いた。 俺の目に飛び込んできたのは『助けて!』 それのみだった。「ふむ。何も分かりませんね」 まったく勉強をしないで試験に臨んだときくらい自信たっぷりに言った。「ただの悪戯だと思うのですが……こういうのはあなたの領分でしょう。しかもこのメッセージ……どうやら無差別に送られているようです」 それだけ言うと、マスターはカウンターへと戻っていく。 俺は少し考えにふけった。ただの悪戯でこんなメッセージを送るだろうか? ……普通はありえない。罠ならもう少し魅力的に化粧を施すはずだ。エルフの美女、ドラゴンの隠し財産、大企業の役員のスキャンダル――いくらでもある。助けて! だけで助けに行く奴なんてこの街にはいやしない。だが――俺の私立探偵としての勘が何か、違和感を囁きかけてきていた。無差別に送ったという他のアドレスを確認してみる。 成程……|アンダー《裏社会のプロ》がたむろしている店ばかり。とはいえ、だ。まともなアンダーならこんなメッセージ、相手にしない。 しかし俺はアンダーではない。誰が何と言おうと私立探偵だ。それに今の俺は本当にたまたま、偶然、まずありえない、とても珍しいことだったが、暇だ。なんとまぁ、引く手あまたのこの俺に、迷い猫探しの依頼しかないタイミングでこんなメッセージが舞い込んでくるとは。少し調べてみて……悪戯なら放っておけばいいし、本当に助けを求めているなら――助けたらいい、シンプルな話だ。幸い、こちとらくだらないトラブルには巻き込まれ慣れている。「むしろ助けて欲しいのは俺の懐具合だが……しかし、こんなときハードボイルドな私立探偵ならどうする? 当然助ける。そして俺はハードボイルドな私立探偵である。つまり俺はこのメッセージの差出人を助ける必要がある。これがロジカルシンキングってやつだよ。わかるかね君達?」 そういってリーナスを見やる。だが奴はこちらに尻を向け、相変わらず尻尾をメトロノームのように振りつつアニメに夢中だ。この馬鹿猫はアニメが終わるまで話を聞きそうにもない。 返事をしない雪風の状態を呼び出す。『デフラグ中』の表示。 こいつら……とりあえず今のところリーナスは置いておこう。だが雪風は必要だ。「オホン! そういえば……アーセナル社のガンオイル……今度買おうかなぁと思っていたんだよな。やはり命を預ける銃の手入れには、良い物を使わないとなぁ」 と、わざとらしく独り言を言ってみる。「誠二。ようやくその真理に気づきましたか。いささか遅いですが、今すぐ注文をするべきです。私が代理で一ダースほど注文しておきましょうか? あぁ、遠慮する必要はありません。これは純粋に私からの好意です」 突然、『デフラグ』中だったはずの雪風がいつもの二倍速の速度で話をし始めた。更には俺の目の前にオンライン注文画面が勝手にポップアップ。お前、デフラグ中だったんじゃねーのかよ! と言いたいがここは我慢だ。なにしろ俺の忍耐力は寒い中、デートで三時間待たされても怒らないクラスのタフさを誇る。「あぁ。だがまだその時ではない。そういう訳でこのメールの発信先を突き止めてくれ。メールの発信者を助けた報酬で購入しようじゃないか」「なるほど! それは良い提案ですね! 仕方ありません、私が追跡してみましょう」 ふっ、ちょろい奴だ……もし何らかの報酬が入ったとしても俺は復刻再翻訳されるボストンの私立探偵小説を買うつもりだということを、理解できていないらしい。お前を整備するガンオイルなんていつもの安いやつで良いんだよ! 天才的頭脳を誇るAIといえど、人間様の相手にはならんな! などと俺が考えていると、おかしなことに気が付いた。表示したままにしていたオンライン注文画面が勝手にポップアップ。お前、デフラグ中だったんじゃねーのかよ! と言いたいがここは我慢だ。なにしろ俺の忍耐力は寒い中、デートで三時間待たされても怒らないクラスのタフさを誇る。「あぁ。だがまだその時ではない。そういう訳でこのメールの発信先を突き止めてくれ。メールの発信者を助けた報酬で購入しようじゃないか」「なるほど! それは良い提案ですね! 仕方ありません、私が追跡してみましょう」
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