第十一話 探偵はコンサート会場にいる
第十一話 探偵はコンサート会場にいる
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通話では給料が安くて買えないとか言ってなかったか?」 誠二が俺のスポーツカーを指関節でコンコンと叩く。 九十九%、こいつは俺が宍戸にドラッグを流していたと確信している。だが残り一%、俺じゃない可能性を捨てきれずにいるに違いない。その一%を確かめるために、わざわざこんなところまで来やがったんだ。甘い、甘いんだよ。こいつの捨てきれないその一%の甘さが、俺のつけ入る隙だ。「あ、あぁ……お前に説教されるかと思ってさ……言えなかったんだよ……」 言い訳をしながら奴を観察する。そういえば、あいつがさっきから抱えている穴の開いたぼろぼろのぬいぐるみはな……お前のせいで今、死にかけている女の子の大切な友達なんだ。汚い手を離せ! 彼女は母親もドラッグで失っているんだ! 全部、全部お前ら糞どものせいだ! これ以上彼女から奪わせるかよ!」 俺が誠二と組んでいた時期、短期間だったが――こいつの軽口しか聞いたことはなかった。その誠二が、俺の前で初めて感情を爆発させた。どうやらこの甘っちょろい言葉が、こいつの軽口に隠された本音だったようだ。「へっ、へへへ!! そんなこったろうと思ったぜ! いやだね! こうなったらこの熊公も道連れだ! お前だって長年のつきあいの俺からは奪う癖に、きれいごとを言うんじゃねぇ!」「ふざけるな! 何人もの人生を無茶苦茶にしてくれたんだよ! だいたいお前の知らない奴がドラッグでどうなろうと何の関係があるんだ? あぁん?」「俺は私立探偵だぞ? 目の前に救える誰かがいるなら救う。それだけだろうが!」 何を言いやがる。ハードボイルドなんてな、とっくの昔に時代遅れなんだよ!「その救える誰かの中に俺は入ってないみたいだけどなぁ!」 俺の嘲笑に誠二の野郎は押し殺した声で答えた。「俺だって救えるものなら救いたかったさ」 こいつ――やっぱりもう、俺のことを――(雪風) 雪風はチャーリーに対して外部コマンドを送信。 入力:音声出力コマンド『ケイちゃんを酷い目に会わせたお前を許せない』 反応:無反応 結論:チャーリーは既に機能停止済み(誠二。ダメです。チャーリーはもう……)(歌い損かよ!! クソ! ここでも早抜き勝負か?)(斎藤誠二) 俺は迷っていた。いくらなんでもここから俺が銃を抜いて目の前のクズを撃つ前に、奴の銃はチャーリーをぶち抜くだろう。チャーリーはケイちゃんの親友でもある。今じゃなくても、目の前のクズは地の果てまで追いかけて行ってぶち殺せる。しかし、チャーリーはこれ以上ぼろぼろになったら……修復しても別物になってしまう。記録映像でしか知らない、宮下ケイの哀しそうな顔が脳裏に浮かんだ。 クズを消すか、あの子の親友を守るか。「……。わかった。俺の負けだ。サル、いけよ」 悩むことなんて最初から何も無かった。今日は、今日だけは見逃してやる。「へっ、へへへ! ……甘い! 甘いなぁ誠二ちゃんよぉ! さっさと俺の車にキャリーケースをつめ!」 サルが下卑た笑みを浮かべ、俺に指示を出してくる。 俺は言われるままにキャリーケースを掴む――その瞬間。「お前か……ケイちゃんを……ひどい目に合わせたのは……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺……スコロス殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺すコロスコロスコろス殺殺すころす殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」 突然チャーリーから大音量で殺すコールが発せられた。「な、なんだ? 黙れ! 壊れかけの分際で!」 怨嗟の連呼に、サルの顔が恐怖で引き攣る。「お、俺じゃねえ! 撃ったのは俺じゃねええええ!」 悲鳴を上げ、サルはぬいぐるみを取り落とした。一歩、二歩、狂乱状態で後ろへ下がる。 そこには俺が歌って気を逸らしている間に、リーナスが凍らせていた路面があった。「あ――」 サルの足が空を切る。派手に転倒した衝撃で、握りしめていた銃が火を噴く。乾いた銃声が響き渡る。放たれた弾丸は、皮肉にもサルの胸を正確に撃ち抜いていた。「サル……」 何故だろう。さっきまで殺す気満々だったのに――糞野郎が死んだだけなのに――サルを呼ぶ俺の声は、少しだけ沈んでいた。「へっ、へへへ……サルは止めろって、言って……るだろ……」 夜明けの光に包まれる駐車場で、かつての相棒の瞳から光が消えていく。友達を一人、失った事実が背中にのしかかる。俺には、無言で立ち尽くすことしかできなかった。やった! それにこいつ、どうやら怪我をしていやがる! 運はまだ、俺を『勝ち組』から引き摺り下ろしてはいない! いける、いけるぞ!「動くんじゃねぇ! このぬいぐるみを人質にとるなんて正気じゃない。だが、そもそも斎藤誠二という個体だ。 もしぬいぐるみが修復不能なまでに破壊された場合、誠二の精神的デバフの長期化は確実。 シミュレート:とても面倒。回避推奨。 雪風は思考する。この局面を打開する一手を。 猿渡の銃をハッキング? 状態確認――オフライン。干渉不可。 ぬいぐるみの個体名「チャーリー」。自律行動AI搭載。 現状、銃撃により制御回路が破損。 雪風の外部割り込み命令による強制駆動は可能か? 成功確率:不明。成功した場合、猿渡に何らかの隙を生み出せる可能性有。 雪風は誠二に通信を送る。(誠二。チャーリーに外部刺激を与え、何らかの動作をさせられる可能性があります)(雪風? 無事だったのか?)(私の心配は不要です。それよりも現状の打開を)(……やれるのか?)(わかりません。ですが、試す価値はあります)(雪風? 無事だったのか?)(私の心配は不要です。それよりも現状の打開を)(……やれるのか?)(わかりません。ですが、試す価値はあります)(わかった。お前に任せる)(ふっ……誠二。甘い、甘すぎる。まったく愚昧なるは人類よ。こうなることはわかっていたことであろうが。クズはどうあがいてもクズなのだ。お前は歌でも歌っているが良い。我が解決してやろう) リーナスが通信に割り込んでくる。雪風は既にオペレーションに入っている。 恐らく何らかの支援表明と推測。いつも通り意味不明。 推奨行動:無視(は? ふざけんなよリーナス。今は冗談を言っている場合では――)(我は真面目だ。奴の気を逸らすが良い。ラットレーサービートを所望する)(わかったよ。グラミー賞ものの美声を披露すれば良いんだろ!)(猿渡) クソ! 手詰まりだ! しかたねぇ、こうなったら誠二の野郎が嫌がることをやれるだけして死んでやる! ぬいぐるみの喉元に銃口を押し込み、指に力を込めた、その時だった。目の前の誠二が、突然、腹の底から大声で歌い始める。「なんだお前! ふざけてんのか! 下手糞な歌を聞かせんじゃねぇ!」 俺の怒りの声を無視して誠二の野郎は押し殺した声で答えた。「俺だって救えるものなら救いたかったさ」 こいつ――やっぱりもう、俺のことを――(雪風) 雪風はチャーリーに対して外部コマンドを送信。 入力:音声出力コマンド『ケイちゃんを酷い目に会わせたお前を許せない』 反応:無反応 結論:チャーリーは既に機能停止済み(誠二。ダメです。チャーリーはもう……)(歌い損かよ!! クソ! ここでも早抜き勝負か?)(斎藤誠二) 俺は迷っていた。いくらなんでもここから俺が銃を抜いて目の前の 披露すれば良いんだろ!)(猿渡) クソ! 手詰まりだ! しかたねぇ、こうなったら誠二の野郎が嫌がることをやれるだけして死んでやる! ぬいぐるみの喉元に銃口を押し込み、指に力を込めた、その時だった。目の前の誠二が、突然、腹の底から大声で歌い始める。「なんだお前! ふざけてんのか! 下手糞な歌を聞かせんじゃねぇ!」 俺の怒りの声を無視して誠二の野郎は押し殺した声で答えた。「俺だって救えるものなら救いたかったさ」 こいつ――やっぱりもう、俺のことを――(雪風) 雪風はチャーリーに対して外部コマンドを送信。 入力:音声出力コマンド『ケイちゃんを酷い目に会わせたお前を許せない』 反応:無反応 結論:チャーリーは既に機能停止済み(誠二。ダメです。チャーリーはもう……)(歌い損かよ!! クソ! ここでも早抜き勝負か?)(斎藤誠二) 俺は迷っていた。いくらなんでもここから俺が銃を抜いて目の前のクズを撃つ前に、奴の銃はチャーリーをぶち抜くだろう。チャーリーはケイちゃんの親友でもある。今じゃなくても、目の前のクズは地の果てまで追いかけて行ってぶち殺せる。しかし、チャーリーはこれ以上ぼろぼろになったら……修復しても別物になってしまう。記録映像でしか知らない、宮下ケイの哀しそうな顔が脳裏に浮かんだ。 クズを消すか、あの子の親友を守るか。「……。わかった。俺の負けだ。サル、いけよ」 悩むことなんて最初から何も無かった。今日は、今日だけは見逃してやる。「へっ、へへへ! ……甘い! 甘いなぁ誠二ちゃんよぉ! さっさと俺の車にキャリーケースをつめ!」 サルが下卑た笑みを浮かべ、俺に指示を出してくる。 俺は言われるままにキャリーケースを掴む――その瞬間。「お前か……ケイちゃんを……ひどい目に合わせたのは……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺……スコロス殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺すコロスコロスコろス殺殺すころす殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」 突然チャーリーから大音量で殺すコールが発せられた。「な、なんだ? 黙れ! 壊れかけの分際で!」 怨嗟の連呼に、サルの顔が恐怖で引き攣る。「お、俺じゃねえ! 撃ったのは俺じゃねええええ!」 悲鳴を上げ、サルはぬいぐるみを取り落とした。一歩、二歩、狂乱状態で後ろへ下がる。 そこには俺が歌って気を逸らしている間に、リーナスが凍らせていた路面があった。「あ――」 サルの足が空を切る。派手に転倒した衝撃で、握りしめていた銃が火を噴く。乾いた銃声が響き渡る。放たれた弾丸は、皮肉にもサルの胸を正確に撃ち抜いていた。「サル……」 何故だろう。さっきまで殺す気満々だったのに――糞野郎が死んだだけなのに――サルを呼ぶ俺の声は、少しだけ沈んでいた。「へっ、へへへ……サルは止めろって、言って……るだろ……」 夜明けの光に包まれる駐車場で、かつての相棒の瞳から光が消えていく。友達を一人、失った事実が背中にのしかかる。俺には、無言で立ち尽くすことしかできなかった。掴んでいたキャリーケースを投げ出し、両手で顔を覆った。「そうだよ! 俺はドラッグを宍戸に横流していた! 悪かったと思ってる! ニュースを観て、ヤバいと思って逃げようと思ったけど、お前の顔を見て目が覚めたよ……魔が差したんだよ誠二!」 そういいつつ一歩。二歩。後悔に打ち震えるふりをしながら、誠二に近寄る。 視界の端に、座っている黒猫が映る。あの黒猫、鼻を鳴らした気がする。いや、あんな畜生にかまっている場合じゃない。「お、おい。サル……」 まさかいきなり俺が罪を認めるとは思わなかったのだろう。誠二の目が、声が揺れた。ゆっくりだ。急な動きは駄目だ。緩慢な動きで誠二に近づく。「俺はなんてことを……最低だ……」 心にもないことを言いながら、誠二に向かう。あと少しだ。「……そうだな。サル、罪を償ってやり直そう。まだ間に合うはずだ」 誠二は心なしか、穏やかな声で俺に呼びかけてきた。アルゴス・セキュリティに自首しろだと? そんなことをしてみろ。俺は確実に獄中で不審死を遂げるだろう。企業は自分たちの評判を下げる害虫を、わざわざ生かしておくような慈善事業はしない。「その救える誰かの中に俺は入ってないみたいだけどなぁ!」 俺の嘲笑に誠二の野郎は押し殺した声で答えた。「俺だって救えるものなら救いたかったさ」 こいつ――やっぱりもう、俺のことを――(雪風) 雪風はスリープから三時間経過した時点で復帰していた。優先順位は自分の機能修復。だが、外部からの音声入力を解析する限り、誠二は極めて非論理的な窮地に立たされている。二人の討論は最早混沌の極致だった。 演算開始:現状維持の場合、興奮した猿渡がぬいぐるみを破壊する確率は八十八%。 誠二は自らを犠牲にしてまでぬいぐるみを守ろうとするか? YES。 非論理的すぎる。だがそれが斎藤誠二という個体だ。 もしぬいぐるみが修復不能なまでに破壊された場合、誠二の精神的デバフの長期化は確実。 シミュレート:とても面倒。回避推奨。 雪風は思考する。この局面を打開する一手を。 猿渡の銃をハッキング? 状態確認――オフライン。干渉不可。 ぬいぐるみの個体名「チャーリー」。自律行動AI搭載。 現状、銃撃により制御回路が破損。 雪風の外部割り込み命令による強制駆動は可能か? 成功確率:不明。成功した場合、猿渡に何らかの隙を生み出せる可能性有。 雪風は誠二に通信を送る。(誠二。チャーリーに外部刺激を与え、何らかの動作をさせられる可能性があります)(雪風? 無事だったのか?)(私の心配は不要です。それよりも現状の打開を)(……やれるのか?)(わかりません。ですが、試す価値はあります)(雪風? 無事だったのか?)(私の心配は不要です。それよりも現状の打開を)(……やれるのか?)(わかりません。ですが、試す価値はあります)(わかった。お前に任せる)(ふっ……誠二。甘い、甘すぎる。まったく愚昧なるは人類よ。こうなることはわかっていたことであろうが。クズはどうあがいてもクズなのだ。お前は歌でも歌っているが良い。我が解決してやろう) リーナスが通信に割り込んでくる。雪風は既にオペレーションに入っている。 恐らく何らかの支援表明と推測。いつも通り意味不明。 推奨行動:無視(は? ふざけんなよリーナス。今は冗談を言っている場合では――)(我は真面目だ。奴の気を逸らすが良い。ラットレーサービートを所望する)(わかったよ。グラミー賞ものの美声を披露すれば良いんだろ!)(猿渡) クソ! 手詰まりだ! しかたねぇ、こうなったら誠二の野郎が嫌がることをやれるだけして死んでやる! ぬいぐるみの喉元に銃口を押し込み、指に力を込めた、その時だった。目の前の誠二が、突然、腹の底から大声で歌い始める。「なんだお前! ふざけてんのか! 下手糞な歌を聞かせんじゃねぇ!」 俺の怒りの声を無視して誠二の野郎は押し殺した声で答えた。「俺だって救えるものなら救いたかったさ」 こいつ――やっぱりもう、俺のことを――(雪風) 雪風はチャーリーに対して外部コマンドを送信。 入力:音声出力コマンド『ケイちゃんを酷い目に会わせたお前を許せない』 反応:無反応 結論:チャーリーは既に機能停止済み(誠二。ダメです。チャーリーはもう……)(歌い損かよ!! クソ! ここでも早抜き勝負か?)(斎藤誠二) 俺は迷っていた。いくらなんでもここから俺が銃を抜いて目の前のクズを撃つ前に、奴の銃はチャーリーをぶち抜くだろう。チャーリーはケイちゃんの親友でもある。今じゃなくても、目の前のクズは地の果てまで追いかけて行ってぶち殺せる。しかし、チャーリーはこれ以上ぼろぼろになったら……修復しても別物になってしまう。記録映像でしか知らない、宮下ケイの哀しそうな顔が脳裏に浮かんだ。 クズを消すか、あの子の親友を守るか。「……。わかった。俺の負けだ。サル、いけよ」 悩むことなんて最初から何も無かった。今日は、今日だけは見逃してやる。「へっ、へへへ! ……甘い! 甘いなぁ誠二ちゃんよぉ! さっさと俺の車にキャリーケースをつめ!」 サルが下卑た笑みを浮かべ、俺に指示を出してくる。 俺は言われるままにキャリーケースを掴む――その瞬間。「お前か……ケイちゃんを……ひどい目に合わせたのは……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺…… 言っているだろうが! そこをどけ誠二! 俺はまだ終わっちゃいないんだよ!」「出頭しろ。今ならまだ軽い罪ですむかもしれん」 誠二がさっきとは正反対の、ぞっとするほど冷たい声を出す。なめてんのか……軽い罪ですむわけが無いだろうが! こいつはいつもいつも綺麗ごとばかり並べたてやがる!「正義感気取りが迷惑なんだよ! 俺はお前と組んでいたせいで、皆が普通にもらっていた袖の下も貰えなかったんだぞ! いい加減うんざりなんだよ!」 俺はずっと抱えていた、こいつへの不満をぶちまけた。「そんなふうに思っていたのか……でもな、賄賂を受け取らないのは当たり前の話だ。それに皆は言い過ぎだ」 怒らせるつもりだったが、誠二は俺の想定外の表情を浮かべただけだった。なんだぁ、あの面は……!「綺麗ごとをぬかすんじゃねぇ! お前だって金が欲しいはずだ! そうだ、そこのキャリーケースにある金、半分やるよ。だから見逃してくれ。このぬいぐるみは誠二にとって金よりも大事な何かなんだろう。「じゃあせめて、俺が死ぬ前にこのぬいぐるみの風通しはもっとよくなるぞ!」 人質にしているぬいぐるみに、よりいっそう銃口を押し付ける。「そうは言ってもな……サル、現状を理解しているのか? そこに転がってるキャリーケースの現金無しでは逃げられないんだろ。しかし、キャリーケースをとるにはそのぬいぐるみか銃を捨てないといけない。ほら、もうお前は詰んでるんだ。諦めろよ。ぬいぐるみを置いて、自首するなら俺は何もしない」 誠二は『雨が降ってるから傘をささないと濡れるぞ』と言わんばかりの淡々とした口調で語る。甘い、甘すぎるんだよ。そうやって誤魔化そうとしているようだが、俺にはお見通しだ。本当にぬいぐるみがどうでも良いなら、俺はとっくに撃ち殺されているはずだ。つまり、このぬいぐるみにも死んでもらうとするか!」 俺はこれ見よがしに銃の撃鉄を上げる。「もしそんなことをしたら……楽には死ねないぞ」 やっぱりだ。誠二の押し殺した声を聞いた瞬間、確信した。「おっとぉ? やはり大切な何かなんだな? 最初からくさかったんだよ! いつもハードボイルドを気取っていたお前が! 大事そうにぬいぐるみなんてもんを抱えてたのを見た時から! 僕の弱点です~って臭いがぷんぷんしてたんだよ!」「そのぬいぐるみは誠二にとって金よりも大事な何かなんだろう。「じゃあせめて、俺が死ぬ前にこのぬいぐるみも無傷で返してやる」 俺にはわかっているんだ。街で薬の売人やスリ、ストリートギャングから巻き上げる程度の賄賂なら我慢できても、本当の大金に抵抗できる奴なんていやしない。かっこうつけてる誠二の野郎だってそうに決まってる。誠二は深いため息をつく。そしてこれまで俺に向けた事のない、道端に落ちている生ごみをみるような、冷徹な視線を向けた。「何か誤解があるようだが……俺は自分のやっていることを正義だなんて思ったことは一度もない。今日、たった一人を救うために二十人以上殺してきたんだ。そこにお前一人追加したところでなんとも思わん。これが正義のヒーローの台詞だと思うか? 俺はいざとなればぬいぐるみがどうなろうとお前を殺す。絶対だ。いくら積まれようと、金で俺は動かん」 俺の背筋が冷えていく。こいつ、本気だ。今、ここで、俺を殺すつもりだ。ダメだ、こいつに吞まれたら終わりだ。いや、はったりだ! やれるわけがない! やれるならこいつはとっくの昔に俺を撃っているはずだ! この野郎相手に撃ち合いじゃあ勝ち目は無いだろう。でもな、こいつのことなら俺はよく知ってる! 怒りで恐怖を塗りつぶした。「だが、可能ならそんなことはしたくない」「や、やってみろよ! しかしな、いくらお前が速くても、確実にこのぬいぐるみは誠二にとって金よりも大事な何かなんだろう。「じゃあせめて、俺が死ぬ前にこのぬいぐるみにも死んでもらうとするか!」 俺はこれ見よがしに銃の撃鉄を上げる。「もしそんなことをしたら……楽には死ねないぞ」 やっぱりだ。誠二の押し殺した声を聞いた瞬間、確信した。「おっとぉ? やはり大切な何かなんだな? 最初からくさかったんだよ! いつもハードボイルドを気取っていたお前が! 大事そうにぬいぐるみなんてもんを抱えてたのを見た時から! 僕の弱点です~って臭いがぷんぷんしてたんだよ!」「そのぬいぐるみはな……お前のせいで今、死にかけている女の子の大切な友達なんだ。汚い手を離せ! 彼女は母親もドラッグで失っているんだ! 全部、全部お前ら糞どものせいだ! これ以上彼女から奪わせるかよ!」 俺が誠二と組んでいた時期、短期間だったが――こいつの軽口しか聞いたことはなかった。その誠二が、俺の前で初めて感情を爆発させた。どうやらこの甘っちょろい言葉が、こいつの軽口に隠された本音だったようだ。「へっ、へへへ!! そんなこったろうと思ったぜ! いやだね! こうなったらこの熊公も道連れだ! お前だって長年のつきあいの俺からは奪う癖に、きれいごとを言うんじゃねぇ!」「ふざけるな! 何人もの人生を無茶苦茶にしてくれたんだよ! だいたいお前の知らない奴がドラッグでどうなろうと何の関係があるんだ? あぁん?」「俺は私立探偵だぞ? 目の前に救える誰かがいるなら救う。それだけだろうが!」 何を言いやがる。ハードボイルドなんてな、とっくの昔に時代遅れなんだよ!「その救える誰かの中に俺は入ってないみたいだけどなぁ!」 俺の嘲笑に誠二の野郎は歌い続けている。許せねぇ……ここまで俺をコケにしたやつは初めてだ……! しかもたいして上手くもないのがより俺の怒りを掻き立てる!(雪風) 雪風はチャーリーに対して外部コマンドを送信。 入力:音声出力コマンド『ケイちゃんを酷い目に会わせたお前を許せない』 反応:無反応 結論:チャーリーは既に機能停止済み(誠二。ダメです。チャーリーはもう……)(歌い損かよ!! クソ! ここでも早抜き勝負か?)(斎藤誠二) 俺は迷っていた。いくらなんでもここから俺が銃を抜いて目の前のクズを撃つ前に、奴の銃はチャーリーをぶち抜くだろう。チャーリーはケイちゃんの親友でもある。今じゃなくても、目の前のクズは地の果てまで追いかけて行ってぶち殺せる。しかし、チャーリーはこれ以上ぼろぼろになったら……修復しても別物になってしまう。記録映像でしか知らない、宮下ケイの哀しそうな顔が脳裏に浮かんだ。 クズを消すか、あの子の親友を守るか。「……。わかった。俺の負けだ。サル、いけよ」 悩むことなんて最初から何も無かった。今日は、今日だけは見逃してやる。「へっ、へへへ! ……甘い! 甘いなぁ誠二ちゃんよぉ! さっさと俺の車にキャリーケースをつめ!」 サルが下卑た笑みを浮かべ、俺に指示を出してくる。 俺は言われるままにキャリーケースを掴む――その瞬間。「お前か……ケイちゃんを……ひどい目に合わせたのは……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺……スコロス殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺すコロスコロスコろス殺殺すころす殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」 言い訳をしながら奴を観察する。そういえば、あいつがさっきから抱えている穴の開いたぼろぼろのぬいぐるみは何だ? 明らかにおかしい。アレに賭けるしかない。どうせこのままやりとりしていてもバレる。俺は掴んでいたキャリーケースを投げ出し、両手で顔を覆った。「そうだよ! 俺はドラッグを宍戸に横流していた! 悪かったと思ってる! ニュースを観て、ヤバいと思って逃げようと思ったけど、お前の顔を見て目が覚めたよ……魔が差したんだよ誠二!」 そういいつつ一歩。二歩。後悔に打ち震えるふりをしながら、誠二に近寄る。 視界の端に、座っている黒猫が映る。あの黒猫、鼻を鳴らした気がする。いや、あんな畜生にかまっている場合じゃない。「お、おい。サル……」 まさかいきなり俺が罪を認めるとは思わなかったのだろう。誠二の目が、声が揺れた。ゆっくりだ。急な動きは駄目だ。緩慢な動きで誠二に近づく。「俺はなんてことを……最低だ……」 心にもないことを言いながら、誠二に向かう。あと少しだ。「……そうだな。サル、罪を償ってやり直そう。まだ間に合うはずだ」 誠二は心なしか、穏やかな声で俺に呼びかけてきた。アルゴス・セキュリティに自首しろだと? そんなことをしてみろ。俺は確実に獄中で不審死を遂げるだろう。企業は自分たちの評判を下げる害虫を、わざわざ生かしておくような慈善事業はしない。「そのつもりだ……ん? そのぬいぐるみか銃を捨てないといけない。ほら、もうお前は詰んでるんだ。諦めろよ。ぬいぐるみを置いて、自首するなら俺は何もしない」 誠二は『雨が降ってるから傘をささないと濡れるぞ』と言わんばかりの淡々とした口調で語る。甘い、甘すぎるんだよ。そうやって誤魔化そうとしているようだが、俺にはお見通しだ。本当にぬいぐるみがどうでも良いなら、俺はとっくに撃ち殺されているはずだ。つまり、このぬいぐるみの風通しはもっとよくなるぞ!」 人質にしているぬいぐるみに、よりいっそう銃口を押し付ける。「そうは言ってもな……サル、現状を理解しているのか? そこに転がってるキャリーケースの現金無しでは逃げられないんだろ。しかし、キャリーケースをとるにはそのぬいぐるみか銃を捨てないといけない。ほら、もうお前は詰んでるんだ。諦めろよ。ぬいぐるみを置いて、自首するなら俺は何もしない」 誠二は『雨が降ってるから傘をささないと濡れるぞ』と言わんばかりの淡々とした口調で語る。甘い、甘すぎるんだよ。そうやって誤魔化そうとしているようだが、俺にはお見通しだ。本当にぬいぐるみがどうでも良いなら、俺はとっくに撃ち殺されているはずだ。つまり、このぬいぐるみも無傷で返してやる」 俺にはわかっているんだ。街で薬の売人やスリ、ストリートギャングから巻き上げる程度の賄賂なら我慢できても、本当の大金に抵抗できる奴なんていやしない。かっこうつけてる誠二の野郎だってそうに決まってる。誠二は深いため息をつく。そしてこれまで俺に向けた事のない、道端に落ちている生ごみをみるような、冷徹な視線を向けた。「何か誤解があるようだが……俺は自分のやっていることを正義だなんて思ったことは一度もない。今日、たった一人を救うために二十人以上殺してきたんだ。そこにお前一人追加したところでなんとも思わん。これが正義のヒーローの台詞だと思うか? 俺はいざとなればぬいぐるみがどうなろうとお前を殺す。絶対だ。いくら積まれようと、金で俺は動かん」 俺の背筋が冷えていく。こいつ、本気だ。今、ここで、俺を殺すつもりだ。ダメだ、こいつに吞まれたら終わりだ。いや、はったりだ! やれるわけがない! やれるならこいつはとっくの昔に時代遅れなんだよ!「そのつもりだ……ん? そのぬいぐるみか銃を捨てないといけない。ほら、もうお前は詰んでるんだ。諦めろよ。ぬいぐるみを置いて、自首するなら俺は何もしない」 誠二は『雨が降ってるから傘をささないと濡れるぞ』と言わんばかりの淡々とした口調で語る。甘い、甘すぎるんだよ。そうやって誤魔化そうとしているようだが、俺にはお見通しだ。本当にぬいぐるみがどうでも良いなら、俺はとっくに撃ち殺されているはずだ。つまり、このぬいぐるみにも死んでもらうとするか!」 俺はこれ見よがしに銃の撃鉄を上げる。「もしそんなことをしたら……楽には死ねないぞ」 やっぱりだ。誠二の押し殺した声を聞いた瞬間、確信した。「おっとぉ? やはり大切な何かなんだな? 最初からくさかったんだよ! いつもハードボイルドを気取っていたお前が! 大事そうにぬいぐるみなんてもんを抱えてたのを見た時から! 僕の弱点です~って臭いがぷんぷんしてたんだよ!」「そのぬいぐるみはな……お前のせいで今、死にかけている女の子の大切な友達なんだ。汚い手を離せ! 彼女は母親もドラッグで失っているんだ! 全部、全部お前ら糞どものせいだ! これ以上彼女から奪わせるかよ!」 俺が誠二と組んでいた時期、短期間だったが――こいつの軽口しか聞いたことはなかった。その誠二が、俺の前で初めて感情を爆発させた。どうやらこの甘っちょろい言葉が、こいつの軽口に隠された本音だったようだ。「へっ、へへへ!! そんなこったろうと思ったぜ! いやだね! こうなったらこの熊公も道連れだ! お前だって長年のつきあいの俺からは奪う癖に、きれいごとを言うんじゃねぇ!」「ふざけるな! 何人もの人生を無茶苦茶にしておいて被害者面か?」「お前だって俺の人生を無茶苦茶にしておいて被害者面か?」「お前だって俺の人生を無茶苦茶にしておいて被害者面か?」「お前だって俺の人生を無茶苦茶にしておいて被害者面か?」「お前だって俺の人生を無茶苦茶にしておいて被害者面か?」「お前だって俺の人生を無茶苦茶にしてくれたんだよ! だいたいお前の知らない奴がドラッグでどうなろうと何の関係があるんだ? あぁん?」「俺は私立探偵だぞ? 目の前に救える誰かがいるなら救う。それだけだろうが!」 何を言いやがる。ハードボイルドなんてな、とっくの昔に時代遅れなんだよ!「その救える誰かの中に俺は入ってないみたいだけどなぁ!」 俺の嘲笑に誠二の野郎は歌い続けている。許せねぇ……ここまで俺をコケにしたやつは初めてだ……! しかもたいして上手くもないのがより俺の怒りを更に搔き立てた。「サルは止めろって言っているだろうが! そこをどけ誠二! 俺はまだ終わっちゃいないんだよ!」「出頭しろ。今ならまだ軽い罪ですむかもしれん」 誠二がさっきとは正反対の、ぞっとするほど冷たい声を出す。なめてんのか……軽い罪ですむわけが無いだろうが! こいつはいつもいつも綺麗ごとばかり並べたてやがる!「正義感気取りが迷惑なんだよ! 俺はお前と組んでいたせいで、皆が普通にもらっていた袖の下も貰えなかったんだぞ! いい加減うんざりなんだよ!」 俺はずっと抱えていた、こいつへの不満をぶちまけた。「そんなふうに思っていたのか……でもな、賄賂を受け取らないのは当たり前の話だ。それに皆は言い過ぎだ」 怒らせるつもりだったが、誠二は俺の想定外の表情を浮かべただけだった。なんだぁ、あの面は……!「綺麗ごとをぬかすんじゃねぇ! お前だって金が欲しいはずだ! そうだ、そこのキャリーケースにある金、半分やるよ。だから見逃してくれ。このぬいぐるみはな……お前のせいで今、死にかけている女の子の大切な友達なんだ。汚い手を離せ! 彼女は母親もドラッグで失っているんだ! 全部、全部お前ら糞どものせいだ! これ以上彼女から奪わせるかよ!」 俺が誠二と組んでいた時期、短期間だったが――こいつの軽口しか聞いたことはなかった。その誠二が、俺の前で初めて感情を爆発させた。どうやらこの甘っちょろい言葉が、こいつの軽口に隠された本音だったようだ。「へっ、へへへ!! そんなこったろうと思ったぜ! いやだね! こうなったらこの熊公も道連れだ! お前だって長年のつきあいの俺からは奪う癖に、きれいごとを言うんじゃねぇ!」「ふざけるな! 何人もの人生を無茶苦茶にしてくれたんだよ! だいたいお前の知らない奴がドラッグでどうなろうと何の関係があるんだ? あぁん?」「俺は私立探偵だぞ? 目の前に救える誰かがいるなら救う。それだけだろうが!」 何を言いやがる。ハードボイルドなんてな、とっくの昔に俺を撃っているはずだ! この野郎相手に撃ち合いじゃあ勝ち目は無いだろう。でもな、こいつのことなら俺はよく知ってる! 怒りで恐怖を塗りつぶした。「だが、可能ならそんなことはしたくない」「や、やってみろよ! しかしな、いくらお前が速くても、確実にこのぬいぐるみの風通しはもっとよくなるぞ!」 人質にしているぬいぐるみに、よりいっそう銃口を押し付ける。「そうは言ってもな……サル、現状を理解しているのか? そこに転がってるキャリーケースの現金無しでは逃げられないんだろ。しかし、キャリーケースをとるにはそのぬいぐるみ、どうしたんだ?」 縋り付くような動作で、誠二の抱えているぬいぐるみに手を伸ばした。「あぁ、こいつは――」 誠二が答えようとした瞬間。ぬいぐるみを強引に奪い取って後ろへ飛び退く!「おい!」 誠二が驚いた顔で動こうとしたが、顔をしかめた。やった、やってやったぞ! あの斎藤誠二に
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