002 魔法使いの弟子
002 魔法使いの弟子
爺さんはそれから同じように僕に本を見せ続けた。 食べ物とかだけじゃなくて、『走る』とか、『見る』とかの記号も覚えた。 そのうち僕はこの記号が全部で26個の記号から成り立っていることに気付いた。それを並べ替えて意味のあるものにしているのだ。 『椅子』『に』『座る』とか、『チーズ』『を』『食べる』とか、複数の記号を並べて意味のある言葉にできるってのもわかった。 次に爺さんは絵と記号が一緒に書かれた本を僕に見せてきた。それは一つの物語になっていて、なかなか面白いものだった。『絵』『本』というらしい。そのまんまだな。 そういった本を何冊か読まされた後で、僕に不思議なことが起こった。 爺さんの話している言葉がなんとなくわかるのだ。全部はわからないけど、時折、理解できる言葉があるのがわかる。ほら、いま『本』って言った。 僕を相手にしていない時は、あまり爺さんは喋らないからよくわからないんだけど。「o¥m@#e%、n@m+@e*h@€@r$u¥no=k〆@?」 今も何かを僕に話しかけているがよくわからない。聞こえる時と聞こえない時があるからなあ。「o¥m@#e%、n@m+@e*h@€@r$u¥no=k〆@?」 さっきと同じことを言ってるってのはわかるんだけど……何を言ってるんだろ。っていうか、ネズミに話しかけてるって時点で、ちょっとおかしい爺さんだよね。「お前、名前*h@€@r$u¥no=k〆@?」「!」 聞こえた! 『お前、名前』って言った! そうか、僕の名前を聞いてたのか!「僕の名前はスノウだ!」「ほっ?」 爺さんの言葉がわかったのが嬉しくて、思わず答えてしまった。爺さんにネズミの言葉がわかるはずがないのに。「ほっほっほ。もう 魔術経路 ( パス ) が繋がったか。そうかそうか、お前さん、スノウという名前かい」「えっ!?」 突然笑い出した爺さんに驚く。今までで一番はっきりと言葉の意味がわかった。なんで!?「ぼ、僕の言葉がわかるの?」「ああ、わかるぞ。お前さんもワシの言葉がわかるじゃろ?」 こくこくと頷く。どうやら爺さんの方も僕の言葉がわかるようだ。いったいどうなってんの!?「さすがにスノーラットじゃな。覚えが早い。まさかこんなに早く繋がるとはのう。一年はかかると思っとったんじゃが」「ど、どうして急に言葉がわかるようになったの?」「正確にいうと今もわかってはおらんよ。ワシとお前さんの間に翻訳魔法の 魔術経路 ( パス ) が開いたのじゃ。だからこうして話ができる」 こんにゃく魔法の……なんだって?「翻訳魔法じゃ。言葉がわからない者同士が、意思の疎通をするための魔法じゃ。もっともお互いが行使せねばならんから、魔力のない者とは繋がることができんがのう」「魔力? ぼ、僕も魔法を使ってるっての⁉︎ 僕はただのネズミだよ!?」「なにを言っとる。スノーラットはネズミではない。魔獣じゃぞ?」「えええっ!?」 ちょ、待って! スノーラットって魔獣だったの!? どっからどう見ても白いネズミでしかない僕が魔獣? 「正確には聖獣じゃな。雪の女神ネーヴェの眷属と言われておる」「雪の、女神」「だいたい普通のネズミが文字を理解したり、二本足で歩いたりはせんじゃろ。自分でおかしいとは思わなかったのか?」「いや、よく変わってるなとは言われたけど、種が違うからそういうもんかと……」 ネズミじゃなかったのか、僕……。いや、雪ネズミって言うらしいからネズミではあるのかもしれないけど。 爺さんが言うには、スノーラットは聖獣の中ではかなり頭のいい種だということだ。「ところでじゃな。お前さん、ワシと【契約】する気はないかね?」「けーやく? なにそれ?」「なに、ちょっとワシの手伝いをしてくれということじゃ。その代わり、食い物をたらふく食わせてやるぞ」「それって、チ、チ、チーズも……?」「ありとあらゆる種類のチーズを食わせてやる」 ゴクリ。見たこともないチーズがたくさん……。【契約】がどんなものかよくわからないが、悪い話じゃない気がする。 あ。「爺さん、魔法使いだよね?」「そうじゃな。まあ、一応魔法使いじゃ」「じゃあ僕に魔法を教えてくれるかい?」「お前さんにか? ふむ……」 爺さんはしばらく考えるそぶりを見せていたが、やがて「それも一興か」とつぶやいた。「よかろう。魔法を教えよう。だが魔法とは危険な力。決して悪事に使ってはならんぞ。いいな」「はいっ!」「よし、では【契約】じゃ。ワシはお前さんに魔法を教え、日々の糧を与える。代わりにお前さんはワシを手助けする助手となる。よいかな?」「いいよ」「よし。ここに契約は成された。【闇よ契れ、堅き鉄の契約、コントラクト】!」 爺さんと僕の周りに円形の模様が光とともに浮かび上がる。やがてその光が消えたとき、僕の右手の甲に変な紋様が現れていた。 爺さんの手にも同じような紋様が浮かんでいる。「それが【契約】の証じゃ。約束を違えると呪われるぞ。気をつけろよ」「いいっ!?」 ニヤリと爺さんが笑う。そんなに重いの!? 逆に言えば爺さんも約束を守らないといけないわけだけど。……早まったかもしれない。 こうして僕は爺さん、魔法使いのニュースリー・スターレインの弟子兼助手となった。 爺さんに魔法を習う前に、まずは人間の言葉を話せるようにならなきゃいけないって言われた。じゃないと爺さんの教える呪文を唱えられないんだってさ。 本来魔獣は『獣魔法』という系統の魔法を使うらしいが、当然ながら人間の爺さんはそんなものは使えない。 人間の魔法を使えるようになるには、言葉を覚える必要があるんだって。聖獣たるスノーラットなら人の言葉も話せるとか。ホントかね? 初めは『チュー』『キュー』『キョー』としか発音できなかったんだけど、そのうち『シュキョー』が『シュノー』になり、『スノー』『スノウ』と話せるようになってきた。 発音が良くなるようにと爺さんは歌も教えてくれた。聞いたことのない歌ばかりだったけど、おかげですぐにうまく話せるようになった。 その後はちゃんとした文字を教えられた。僕が最初に覚えたあの文字は爺さんの故郷の文字で、絵本も爺さんが作ったんだと。 この国だと通じないからって、この国の文字をまた一から覚えなきゃいけなかった。まあ、言葉は話せるようになってたから、すぐに覚えられたけど。 それから爺さんにはいろんな本を読まされた。 初めは面倒くさいなと思っていたけど、いろんなことを知ることはとても楽しかった。 人間の歴史や国の成り立ち、調理の仕方、いろんな計算、兵法書……どれもこれも面白くて爺さんの部屋にある本を片っ端から寝る間も惜しんで読み漁った。ちょっと爺さんが呆れていたけど。 爺さんは何万冊と本を持っていて、それを時空魔法を施した本棚に入れている。この本棚はいくらでも本を収納できるし、また読みたい本を探してくれるのだ。 そうそう、ガラス箱から解放されてすぐに屋根裏にいるはずのグレーラットたちに会いに行ったけど、そこにはもう人っ子一人、いや、ネズミっ子一匹いなかった。 どうやら僕が捕まったのを知ってみんな一斉に逃げたようだ。たぶん死んだと思われたんだろうなあ。チャーリーにチーズを食べさせてやりたかった……。 爺さんは料理が趣味とかで、いろんな料理を知っていた。その作る料理はどれもこれも見たことのないものばかりで、そして美味い。 その中でも『チーズフォンデュ』という夢のような料理が僕は大好きだ。 爺さんはこういった料理のレシピを細かにノートに書いていて、僕にもいくつか教えてくれた。 ただ、残念なのはネズミの身ではなかなか調理できないってことだ。魔法を使えばできなくはないらしいので、僕は絶対に爺さんから魔法を覚えることを心に決めた。「【氷よ貫け、氷結の尖針、アイスニードル】」「【氷よ貫け、氷結の尖針、アイシュニードル】」 爺さんの手のひらから無数の氷の針が飛び出す。 一方、僕の方はと言えば、氷の針ではなく弱い水鉄砲のようなものが出ただけだ。「『アイシュ』ではない、『アイス』だ。この言葉は『氷』という意味で肝心な部分じゃ。しっかりと発音するようにせい」「わかった」 庭で爺さんに魔法を教わるのは楽しい。僕は魔法を使えるようになって、嬉しくて仕方がなかった。ひとつの魔法を覚えると、すぐに次の魔法を爺さんに教えてくれるようせがんだ。 最近、速読の魔法を覚えてからは魔法書を読むスピードも段違いになった。普通この魔法を覚えるだけでも大変らしいが、割と簡単に覚えることができた。 僕が魔法を覚える早さに爺さんは呆れていたけど、おかげでたくさんの魔法を使えるようになったよ。 僕はスノーラットにしてもかなり魔力が高く、爺さんと同じくらいあるんだって。ってことは、人間と比べたらそんなに大したことはないってことかな。 いろんな魔法を爺さんは教えてくれたが、危険な魔法は教えてくれても、使用は禁止された。どうしようもない時以外は使うなって。まあ、僕も即死魔法なんかは使いたくはない。 きちんと毎日、爺さんはチーズもくれた。【契約】だから、僕も爺さんを手伝わねばならない。 爺さんの手伝いとは魔法の実験だった。なんでも長年研究している魔法があるらしい。 家の地下室に描きかけの大きな魔法陣があって、それを完成させる手伝いをしている。「ここにこれと同じ文様を描いてくれ」「わかった」 爺さんに手渡された大きな紙を見ながら、地面に描かれている僕の手のひらほどの魔法陣の隙間に文様を書き込んでいく。確かにこんな細かい作業は爺さんには無理だ。 爺さんは僕に少し書き込ませては、何やら呪文を唱えて確認をし、それが終わるとまた僕に書き込ませる。 おかげで作業はあまり進まない。だけど万全を期すにはこの方法が一番なんだって。絶対に失敗できないからって。そんな作業をもう二年近く続けている。 一日の作業は三時間くらい。それと魔法を教えてくれる時間以外は自由に過ごしていいって言われてる。 だから爺さんが部屋に閉じこもって、明日の魔方陣に書き込む部分を整理している間、僕は本を読んでいるか、村から少し離れた森で自主的に魔法の練習をしたりしていた。「【氷よ来たれ、青蓮の氷槍、アイシクルスピア】」 手にした杖から大きな氷の槍が庭の木に向かって放たれる。狙い違わずそれは目の前の木に突き刺さった。「うん、やっぱり杖があった方が威力の調整も簡単だし、狙いも正確になるな」 僕は手の中の白い杖を握りながら一人つぶやいた。 爪楊枝くらいの大きさのこの杖は、爺さんが作ってくれたものだ。先端に魔石と呼ばれるものが嵌め込まれていて、魔法の威力や効果を高めてくれる。 これと一緒に爺さんがもう一つ僕に作ってくれたものが、首にかけられた小さな水晶の球だ。これは収納魔法が付与されていて、長い杖をしまっておくこともできるんだ。 杖をしまい、爺さんの家へと帰る。屋根へと登り、収納球から取っておいたチーズを取り出した。僕のおやつだ。練習してお腹が減ってしまった。 最近は柔らかい白カビのチーズを食べている。口に含むと濃厚で上品な味が、トロリと広がる。やっぱり美味い。このクリーミーな感じがなんとも……。 僕が舌鼓を打っていると、チリリン、と玄関の方でベルが鳴った。おや? 珍しいな。来客なんて。 爺さんは村外れのこの一軒家に住んでいる。ここにはお手伝いのおばさんが週に二回来るぐらいで、ほとんど誰かが訪ねて来るなんてことはない。そして今日はお手伝いのおばさんが来る日ではなかったはず。 僕は残りのチーズを口へと押し込んで、訪問者を覗き見るべく、屋根を渡り、庭から玄関の方へと回った。 そろりそろりと家の陰から玄関の方を覗く。 そこにいたのは二人の青年だった。 一人はまだ幼さを残した、金髪の青年。どことなく生まれの良さが感じられる。もう一人はその金髪よりも背が高く、がっしりとした熊のような大男。短めの茶髪で堅く口を一文字に閉じている。 どちらも白銀の鎧に身を包み、背中には盾、腰には剣を差していた。 本で見たことがあるぞ。あれは騎士だ。間違いない。「ウィンター・ローデヴァイクでございます。ニュースリー・スターレイン殿はご在宅でしょうか」 金髪の青年が扉へ向けて声を発すると、ギィ、と軋みをあげて玄関の扉が開き、爺さんが姿を現した。「またお前さんたちかい」「はい。度々申し訳ありません。是非とももう一度話を聞いていただきたく……」「……ま、入りなさい」「失礼します」「お邪魔いたします」 爺さんが中へ引っ込むと、二人の騎士も家の中へと入った。いったい騎士が爺さんに何の用なんだろう? 好奇心を抑えきれなかった僕は、急いで応接間の方へと向かった。