003 爺さんの願い
003 爺さんの願い
「お前さんたちもしつこいのう。ワシはすでに隠居した身。王宮のゴタゴタに巻き込まれるのはまっぴらじゃ」「そこを曲げてなんとかお願いできないでしょうか。姫様にはスターレイン殿の助けがいるのです」「たわけ。本来ならばそれこそ騎士団員たるお主らの役目であろうが。こんなじじいに助けを求めて情けないとは思わんのか?」「うっ……。それは面目次第も……」 なんかよくわからんが、爺さんが騎士たちを一喝している。ひょっとして爺さんって偉いのか? 応接間の本棚の上で、話の邪魔をしないようにこっそりと三人を覗き見る。「しかしこのままでは姫様は……」「そのためにささやかなワシの老後を犠牲にしろ、というのか? いったい何度お前さんたちの国に手を貸したと思っとる。先先代の国王には義理もあった。故に何度か力も貸した。ヤツが死んだ後の曾孫の代まで面倒は見きれんよ」「ですがスターレイン殿も王国の者として、」「小僧、勘違いするでないぞ。確かにワシはこの国に爵位をもらっておる身じゃが、忠誠を誓ったつもりはない。いつでもこの国を出ていってもいいのだぞ?」 爺さんが放つ眼光に二人の騎士が息を呑む。おお、こわ。しかし爵位って。やっぱり爺さんって偉い人?「もともと押し付けられた爵位じゃ。領地もないし、なんの未練もない。そうじゃ。弟子を跡継ぎにして爵位も譲ろうかの」「お弟子さんをとったのですか?」「うむ。これ、スノウ。上にいるな? 下りて来てくれ」 あっ、バレてる。ちぇっ、下りていかないとチーズのランクを下げられるかもなあ。 【契約】によって、爺さんは僕に毎日食事を与えなければならない。けれど、『美味いものを』毎日与える、とは契約していないのだ。 変なものを出されてはかなわない。僕は素直に本棚の上からするりと爺さんの手元まで下りていった。「むっ! スターレイン殿、ネズミが……!」「慌てるな。これはネズミではない。スノーラットじゃ。スノウ、挨拶を」「こんちわ」「「ネズミがしゃべった!?」」「ネズミではないと言っとるだろうが」 大きく口を開けてポカンとしている二人をよそに、僕は爺さんに話しかけた。「さっきの本気なの? 僕を跡継ぎにして爵位を継がせるって」「ホッホッホ。適当に言っただけじゃが、できんことはないかもしれんぞ。長年仕えた奴隷の獣人に爵位を譲った例もあるしの。お前さんは聖獣じゃし、きちんと言葉も話せる。問題はないはずじゃが」「いやいやいや。それはいくらなんでも」 爺さんの言葉に呆れる。僕は聖獣といっても、見た目ネズミなのは変わらないし。 獣人ってあれだろ? 耳とか尻尾だけ獣であとは人間と変わらないって種族だろ。そんなのと比べる方が間違いだわ。「……本当に話せるんですね。スノーラットは私もよく知っていますが、話せるとは知りませんでした」「こやつの場合は最初に翻訳魔法で意思の疎通をさせたからのう。あっさりと覚えたわ。魔法も次々とな。知識欲が旺盛すぎて、朝から晩まで本を読んどる変な奴じゃが」「残念でしたー。最近は魔法の自主練習もちゃんとやってますー」 人を、いやネズミを、引きこもりみたいに言うなっての。アンタだろ、それは。「えっと、スターレイン殿の弟子ならスノウ殿、と呼べばいいのかな? 王国騎士団所属、ウィンター・ローデヴァイクと申します。ウィンとお呼びください」「同じく王国騎士団所属、バルザック・ガルべイン。自分のことはバルと」「ウィンにバルね。うん、覚えた。僕はスノウ。この気難しい爺さんの弟子兼助手だよ」「気難しいは余計じゃ」 金髪の坊ちゃんがウィン、熊さんがバルね。ネズミの僕に対しても礼儀正しいのは騎士の鑑だね。それとも爺さんの心証を良くしておきたかったのかな? それからウィンとバルは再び爺さんの説得を始めた。早い話が爺さんに王宮に来てもらい、お姫様の後ろ盾になってほしいって話らしい。 なんと爺さんは、昔、この世界を支配しようとしていた魔王を、仲間たちと一緒に倒した大魔法使いだった。 その仲間の一人であったこの国の王子に請われて、宮廷魔術師として働いていたこともあったとか。爺さん、とんでもない人だったんだな……。ボケかかった引きこもり老人だと思っててゴメンよ……。 その割には村人たちは爺さんと普通に接していたと思ったが、どうやらみんなは爺さんの正体を知らないらしい。隠居した普通の魔法使いの爺さんだと思っているようだ。 この場所も王様と姫様以外は知らないんだって。よっぽど外界と関わりたくないんだな。やっぱり偏屈な爺さんだ。 結局爺さんが二人の頼みを引き受けることはなかった。また来ます、と言い残し、騎士二人は去っていった。「助けてやればいいのに。爺さんならなんとかできるんだろ?」 肩を落として去っていく二人がなんとなくかわいそうで、僕は爺さんに思わず言ってしまった。「悪いが時間がない。溜め込んだ残り少ない魔力を僅かでも無駄にはできん。ワシにも譲れぬものがあるのじゃよ。どうしてもアレを完成させねばならん」「完成させねばって、あの地下の魔法陣のこと?」「ああ、そうじゃ。もう諦めとったんじゃがのう……。だが、お前を見つけた。神様が最後の最後にプレゼントしてくれたんじゃろう。じゃからワシはやらねばならん。なにを犠牲にしてもな」 鬼気迫るような声で爺さんが話す。よくわからないが、爺さんにもするべきことがあって、それを優先させたにすぎないんだ。別にあの二人に意地悪をしているわけじゃない。 世の中ままならないものだな、とその夜、僕は屋根の上で月を見上げながら思った。 それから週に一度はウィンとバルがやってきて、毎回肩を落として去っていった。いい加減諦めればいいのになあ。気の毒だけどあの爺さんは頑固だよ?「なんだってそんなに爺さんの力が必要なのさ?」「この国の国王陛下が病を患って寝たきりなのは知っているかい? すでに国の後継者を決めようと貴族たちが動き始めているんだ。候補者は二人。陛下の側室であったフローラ様が生んだ第一王女フラウ様と、国王陛下の妹君で侯爵家に嫁いだ、ジュリエッタ様が生んだジョルジュ様だ」 いつものように爺さんにけんもほろろに追い返されたウィンたちを呼び止めて、僕は彼らの事情を聞くことにした。 話だけ聞くと普通に第一王女が後継者じゃないかと思うんだが。王様の娘なんだろ? 別にこの国は必ず男子が王位に就かなきゃならないってわけじゃないみたいだし。「亡くなった姫様のお母上は、かなり身分が低くてね。それを理由にいろいろと蔑む奴らも多い。対してジョルジュ様は王妹殿下と侯爵家に生まれた由緒正しき血筋。さらに親戚筋には宰相閣下もいらっしゃる」「血筋ねえ……。そんなの国を治めるのにはあんまり関係ないような気がするけどなあ」「貴族たちにはそれが重要なのさ。はっきり言って姫様の方がかなり分が悪い。向こうはほとんどの上級貴族を味方に付けて、姫様を支持するのは我ら騎士団と一部の下級貴族だけなんだ。そこで未だ伝説を残すスターレイン殿が姫様側に付いてもらえれば、と……」 なるほど。そうすれば残りの日和見貴族たちを取り込めると考えたのか。でもねえ、あの頑固ジジイは折れないと思うよ。お姫様には悪いけど。自己中だから。「姫様は我々と幼馴染でね。昔はよく一緒に遊んだもんさ。三人で騎士団によく遊びに行ってたから、団長や副団長も可愛がってくれた。今でも姫様の強い味方さ。だけど、貴族子女との繋がりは薄い。お母上の身分の低さやジョルジュ殿とのこともあり、やはり敬遠されている。『ネズミ王女』なんて陰で言われたりしてね……」「ネズミ王女?」「姫様もスノーラットを飼っているんだよ。あ、いや、ごめん。君は飼われているわけじゃないか。『ルーチェ』ってスノーラットでね。もう何年も一緒にいる。君のことを話したら、姫様もルーチェに言葉を覚えさせるって頑張ってたよ」 へえ。僕と同じスノーラットか。ちょっと興味あるな。一度会ってみたいけど、王都まで爺さんが行くわけはないし、無理だろうなあ。 それからもウィンとバルは飽きることなく爺さんに王都へ来てくれるよう頼んでは断られた。 そのたびに僕は断られた二人を捕まえて、王都のことや、お姫様のことなんかを聞いていた。王都の話は面白い。お姫様もなかなか面白い人のようだ。 おかげですっかり二人とは仲良くなり、ちょっとした剣術なんかも教わったりした。僕の剣は時計の針をちょっと加工した剣だったけど、虫ぐらいならひと突きで殺せるようになったよ。 二人の話を聞いているうちに、だんだんと僕もお姫様に同情するようになってしまった。なんとか爺さんを説得できないかと考えてはいるんだけど……。 そして今日も僕と爺さんは、地下の魔法陣を完成させるために作業を進めていた。 もうすでに魔法陣はほぼ完成に近いらしい。最終的なチェックや起動確認とか細々としたものがあるらしいが、最近じゃ僕の手伝いも減っていた。 地下室から出て、ずっと疑問に思っていたことを僕は爺さんに尋ねる。「ねえ、爺さん。この魔法陣が完成したら僕はどうなるの? 御役御免かい?」「ん? ああ、【契約】か。そうじゃな……契約が終了したら、お前さんの好きにするといい。ここに住み続けてもいいし、出て行ってもいい。もうそれだけの知恵と力はあるじゃろ? 星の賢者、ニュースリー・スターレインの弟子を名乗れば、どこかで雇ってくれるかもしれんぞ」「悪い奴らが寄って来そうだね」「ホッホッホ。否定はできんなあ」 否定しろよ。おっかなくて名乗れやしないだろ。 なにせ魔王を倒したほどの魔法使いだからなあ。その弟子なんて名乗ったらどうなるやら。信じずに馬鹿にするか、信じても捕まえようとするか……。どちらにしろ碌なことにならないような気がするぞ? 僕が苦笑していると、爺さんはこちらをまっすぐに向いて、静かに口を開いた。「スノーラットだろうがなんだろうが、お前さんはワシの弟子だ。唯一無二のな。それを利用しようとする悪党どもなど吹き飛ばしてしまえばいい。そこらの中途半端な悪党では、お前さんをどうにかなどできんよ。それだけの力は教え込んだつもりだからの。その力をどうするか……それは自分自身で考えるんじゃ。しっかりとな。ワシから最後に言えるのはそれだけじゃ」「……爺さん?」 なんだよ、最後って。縁起でもない……。一応、まだ厄介になるつもりだぞ。ここなら毎日チーズを食べられるからな。 そんなことを思ったとき、爺さんがその場に崩れるように倒れた。……え? ゴフッ、と爺さんが小さく血を吐く。「おい……。ちょっと、嘘だろ? 爺さん!? 爺さん!?」 僕は慌てて倒れた爺さんへと駆け寄り、収納球から杖を取り出して、爺さん直伝の回復魔法をかけた。 賢者と言われるだけあって、爺さんは回復魔法や補助魔法、神聖魔法まで使える。それを僕にも教えてくれたのだ。 だけど、回復魔法をかけても爺さんは目覚めない。どうしたらいい!? どうしたら……! パニックになっていた僕の耳に、聞き慣れたいつもの来訪者を告げるベルがチリリンと鳴った。「ウィンター・ローデヴァイクでございます。ニュースリー・スターレイン殿は……」「ウィン! 爺さんが倒れた! 手を貸してくれ!」 叫ぶと同時に僕は魔法で扉の施錠を外した。扉が開き、二人の騎士が急ぎ足で部屋の中へとやってくる。 その足音を聞きながら、僕は爺さんの肩を一生懸命揺すっていた。