004 二度の別れ
004 二度の別れ
爺さんは倒れたまま動かなかった。駆け込んできたバルが抱え上げてベッドへと運ぶと、またしても咳き込んで少量の血を吐いた。「バル! 医者を! 医者を呼んでくるんだ!」「……呼ぶには及ばん……。それよりも……お前たちに頼みがある……」 ウィンの言葉を遮り、爺さんが薄目を開けて僕らに話しかける。「確か爵位継承の立会いは複数の騎士がいれば認められたな……?」「は、はい。後日、国王陛下の許可が必要になりますが、継承された証人としては騎士級以上の者が最低二人いれば……まさか……!」「うむ……。我、ニュースリー・スターレインは本日この時をもって、養子、スノウに爵位と全財産を譲る……。その後見人としてリフレット王国第一王女、フラウ姫を指名したい……」 え? え? どういうこと? 困惑する僕をよそに、ウィンが息を呑むのがわかった。「あ、ありがとうございます! これで姫様にも……!」「よい……せめてもの、な……。スノウを頼む……」「ちょ、ちょっと! どういうこと? 爵位を譲るってなに!?」 ウィンと爺さんが話を進めていくのをバルの肩の上から見ながら、僕はやっと口を挟んだ。その僕に対し、二人ではなくバルが答えてくれる。「つまり、姫様がお前さんの面倒をみるかわりに、スターレインの名を使っていいとおっしゃっているのだ。星の賢者殿を尊敬している魔法使いや文官は多い。そのスターレイン殿が姫様を自分の息子の後見人にして下さったのだ。これで味方がぐっと増える」 バルの解説に僕は呆れた。一国の姫様を後見人にとか……爺さん、あんた何様だよ! ああ、魔王を倒した勇者様か! っていうか、僕、息子にされたの!?「スノウ……」「なんだい、爺さん……」 バルの肩から下りて、爺さんの枕元に立つ。さっきより顔色が悪い。「勝手なことをしてすまんな……。しかしワシがしてやれるのはここまでじゃ……。あとはお前さんがその目で見て、聞いて、考えて、決めなさい。お前が気に入らないと思ったら、あとは好きにするといい……」「最後までウィンとバルを脅すなっての。この二人は僕を裏切ったりしないよ。ねえ?」 僕はベッドの横に立つ二人へと視線を向ける。僕も脅しているようなもんだ。僕を裏切ったりしたら、スターレインの威光はなくなるどころか敵に回るとしっかりと覚えてもらわないと。「騎士の名にかけて必ず約束は守ります」「自分も同じく」 二人とも拳を胸に当て、誓いのポーズをとる。まあ、二人なら裏切ったりしないと信じているけどね。「すまんな……。少し……眠る……。スノウ……達者でな……」「爺さん……」「スターレイン殿!」「スターレイン殿……安らかに……」 爺さん……星の賢者、ニュースリー・スターレインは、二人の騎士と一匹のスノーラットに見守られて、その長い生涯を閉じた。 ウィンとバルには泊まっていってもらうことにした。遅くなってしまったからというのもあるが、なんとなく家に一人でいるのが嫌だったってのもある。 屋根の上で爺さんと出会ってからのことを考えていたら、月が高く昇っていた。 明日には爺さんを埋葬して墓を作り、僕はこの村を出る。爺さんが遺した本や魔導具なんかは、全部収納球に入れて持っていくつもりだ。この家はガランとした空き家になるが、管理はあのお手伝いのおばさんがしてくれるらしい。 爺さんと出会ってから二年ちょっと。楽しかったな。いろんなことを教えてもらったし、生きる術も身につけることができた。感謝してもし足りない。「お礼のひとつもできなかったなあ……」 僕にできることといえば、継がせてもらったスターレインの名を汚さないようにすることぐらいだ。 爺さんが亡くなると同時に【契約】の紋様も消えてしまった。契約解除ってわけだ。 最後にもう一回だけ会っておこうと、屋根裏を抜けて爺さんの部屋の上に来たとき、部屋の中に誰かがいることに気がついた。 本棚の上に下りてみると、ウィンがベッドの上で安らかに眠る爺さんを静かに眺めていた。「スターレイン殿……。スノウ殿は必ず我らが守ります。安心してお眠り下さい……」 例の騎士の誓いをしながらウィンがそうつぶやいて部屋を出ていく。 なんというか、真面目なヤツだなぁ……。疲れるぞ、そんなんだと。ま、ありがたいけどさ。 本棚を下りてベッドの上に辿りつく。爺さんはただ眠っているように見えた。しかしその目が開くことはもうない……。 僕がそんな切ない気持ちに浸っていたとき、驚くべきことが起きた。 部屋の中にある大きなクローゼットが静かに開き、中から人が出て来たのだ。泥棒かと思い杖を構えたが、出て来た人物を見て、僕は顎が外れるかと思うほど口を開いてしまった。「ふぅ……。やっと行ったか。あやつは真面目過ぎるところが難点じゃのう」 声を出すのも息をするのも忘れた。 爺さんだ。五体満足な爺さんが目の前のクローゼットから出て来た。 首をひねって、ベッドの上で眠る爺さんを見る。首を戻してクローゼットから出て来た爺さんを再び見る。爺さんが二人いる!?「ん?」 月明かりの中、クローゼットから出て来た爺さんと僕の目がバッチリ合う。 爺さんの額から滝のように汗が流れ、顔が引きつっていった。「ち、ちゃお」「じッ……!」「おっと【 沈黙 ( サイレンス ) 】! 爺さん! と、叫ぼうとしていた僕に沈黙の魔法がかかり、言葉が声にならない。間違いなく爺さんの魔法だ。「騒ぐでない。あやつらが起きる」 シーッ、と言うように爺さんは人差し指を口の前に立てる。 僕は目の前の爺さんとベッドに眠る爺さんを交互に指差して、どういうことなのか説明しろと、ジェスチャーを送った。「わかったわかった。説明してやるから地下に行くぞ」 苦笑いをしながら爺さんは僕をつまみ上げ、地下の魔法陣が描かれた部屋へと向かった。 内側から鍵をかけてから、爺さんは僕の【 沈黙 ( サイレンス ) 】を解き、かわりに部屋全体に【 沈黙 ( サイレンス ) 】を施した。「まさか最後の最後で見つかるとはのう。『立つ鳥跡を濁さず』とはいかないもんじゃな」「爺さん、生きてたのか!? それとも生き返ったのか!? まさか幽霊か!? どういうことかちゃんと説明してくれ!」「落ち着け。まず、ワシは死んどらん。上のは身代わりに作った精巧な魔法生命体の……まあ人形じゃ。つまり死んだふりをしていたということじゃな」「なんでそんなこと……!」「この世界から消えるには、それが一番だと思ったからじゃよ」 この世界から消える? 元からわけのわからないことをよく言う人だったが、一体なにを言っているのかさっぱりわからない。とうとう本当にボケたか? 精巧な人形まで使って死を偽装しようとは……。血まで吐いて(どうせ偽物だろうが)芸の細かいことをしおってからに。「とにかくわかりやすいように説明してくれ」「そうじゃな……。まずワシはこの世界の人間ではない。こことは別の世界……『地球』というところから来た異世界人じゃ」「全然わかりやすくない……」 爺さんの本名は 蒲生 ( がもう ) 新三 ( しんぞう ) と言うらしい。魔王がこの世界で暴れていた時代、とある国に伝わる『召喚』の秘儀でこちらの世界へ呼び出されたんだと。 しかしその国はあっさりと滅び、わけのからぬまま、爺さんはこの世界で一人で生きていくことを余儀無くされた。 たまたま出会った魔法使いに魔法を学び、素性を隠して旅をしながら世界を回ったという。 そのうち、元の世界へと戻る秘儀の断片を魔王が持っていることを掴み、勇者パーティに参加。ついに魔王を討ち果たし、『送還』の秘儀のかけらを手に入れた。 その後、この国の宮廷魔術師となり、いろいろなツテを使って、『送還』の秘儀の下地をついに完成させた。「それからずっとここに篭り、長い間実験を繰り返し、ようやく『地球』へと戻れる完璧な送還陣を構築した。しかし細部を作り込むことができなんだ。魔法陣のサイズを大きくしてしまうと火星あたりに出るかもしれんしな……」 『火星』がどこかはわからないが、どうしても魔法陣のサイズはこれでなければならなかったらしい。「そこに僕が現れた?」「うむ。これぞ天の助けと思ったな。お前のおかげでワシは生まれ故郷に帰れる。畳の上で死ねる。そのお礼はせねばならんと思って、全財産を譲ることにしたのじゃ。そのためにはワシがポックリいった方がいろいろと手続きも楽じゃし、後腐れもないかと……」「話はだいたいわかった。────結局はお別れなんだね」「ま、そういうことじゃ」 爺さんは困ったような笑顔を向ける。この魔法陣は今夜の月の位置が一番安定して起動できるんだそうだ。今日を逃せばまた数年待たねばならないらしい。老い先短い爺さんには生きて『地球』に戻る最後のチャンスってわけだ。 爺さんが生きてた。それだけで充分じゃないか。僕は笑顔で送り出すことにした。 爺さんが白い杖を振るう。魔法陣に魔力が集まり、輝く魔素の粒子が宙に漂い始めた。今まで溜め込んだ爺さんの魔力が部屋中に満ちる。なんだこりゃ。とんでもない魔力量だな。どれだけ溜めたんだか。 魔法陣が起動する。『地球』への道が開いたらしい。「じゃあ、爺さん。……元気で」「うむ。スノウもな。ワシが言うのもなんじゃが、お前さんは天才じゃよ。スノーラットにしておくには実に惜しい。残した本できちんと勉強すれば間違いなくワシを超える魔法使い……いや、賢者になれるぞ?」「やだよ、賢者なんて。厄介ごとばかり来そうだ。僕は毎日チーズを食べられて、本が読めればそれでいいよ」「ほっほっほ。欲がないのう。そうそう、最後に置き土産をやろう」 置き土産? なに? チーズ? 僕の予想を裏切り、爺さんが、とん、と僕の額に指で触れ、なにやら呪文を唱えた。「ワシの記憶と知識の一部を転写した。これからお前さんにはいろいろと困難が立ち塞がることじゃろう。その時にいろいろと役に立つはずじゃ」「うん? よくわからないけどわかったよ」 とりあえずわかったってことにしとこう。よくわからないが。「では、さらばじゃ。スノーラットの小さな魔法使いに幸運の星があらんことを!」「故郷へと帰る星の賢者に幸運の星があらんことを!」 手を振りながら爺さんは魔法陣の中へと入り、星の賢者は光の中に消えていった。 爺さんがいなくなると、まるで風に舞い上がるかのように、地面の魔法陣が光の粒となって同じように消えていく。 こうして僕はニュースリー・スターレイン……いや、蒲生新三という地球人と二度目のお別れをした。一度目とは違い、僕の心は寂しくはあったが、晴れやかであった。「よし、じゃあ王都へ向けて出発しよう」 次の日、爺さんの遺体(人形だけど)を棺桶に入れて、朝早く墓へと埋葬を済ましたウィンたちが馬を連れてやってきた。「王都まではどれくらいかかるの?」「馬で急げば夕方ごろには着くよ。とりあえず今日は騎士団兵舎に泊まって、明日姫様と会見だね」 ふうん。距離的にはそんなもんなのか。 僕は頭の中でこの国の地図を浮かべ、村の位置と王都の位置を確認した。まあ僕は馬を操ることはできないから、運ばれるだけだけどね。 ウィンの手に乗り、そのまま肩へと移動する。ウィンが馬に跨ると同時に、僕は彼の背中にあるフードの中へと転がり込んだ。ここなら馬から落とされる心配もあるまい。「ではスノウ・スターレイン殿。王都へと向かいますぞ」「はいよー。行っちゃって」 ウィンのふざけたような仰々しいセリフに軽く答える。 パカラパカラと馬が歩き出し、やがて駆け足となって走り出した。 おおお、けっこう揺れるなあ!「【風よ包め、静かなる抱擁、エアスフィア】」 空気のクッションを周囲に作り、衝撃を吸収する。周りが激しく動いても僕は中心に固定されたまま宙に浮かんでいる。うん、だいぶ揺れなくなった。 ふああ~……。……ひと眠りするか。昨日は爺さんのせいでよく眠れなかったし。起きたら王都に着いてるといいな。 蹄が奏でるリズムを子守唄にしながら、僕はウィンのフードの中で眠りについた。