LNCrawler

005 スノウ、王都に立つ

雪ネズミの魔法使い — novelup.plus · All chapters

005 スノウ、王都に立つ

「ふひゃあ~……」 ウィンのフードから顔を覗かせて、何度目かのため息をつく。 暮れなずむ中でも王都の大きさはよくわかった。村とは大違いだ。 石畳が敷き詰められた通りに、多くの店が並んでいる。そこにある様々な看板に僕は目を奪われた。 人も多い。人間だけじゃなく、獣人、エルフ、ドワーフ、ドラゴニュートまでいるぞ。 雑多な人たちが歩き、いろんな馬車が行き交う王都をキョロキョロと眺めていると、ウィンの後ろにいたバルが馬を寄せてきた。「スノウ殿、街中ではあまり喋らない方がよいと思う。変に目立つと厄介な輩が寄って来るかも知れぬからな。むろん、我らが手を出させはせんが、余計な災いを引き寄せる必要はない」 言われて気付いたが、バルの言う通りだ。喋るネズミということで、どこかの盗賊崩れが高値で売り払おうと狙ってくるかもしれない。ま、そんな奴らは返り討ちにしてやるけど、わざわざトラブルを背負い込むことはないだろう。「とりあえず騎士団の兵舎へ向かおう。団長と副団長に説明しなければならないからね」 ウィンがそう言って馬を向かわせた先は、大きなレンガ造りの建物だった。ほとんどが三階建てで一階は厩舎になっているらしく、たくさんの馬がいる。一角だけが四階建てで高く造られていた。 門のところにいた二人の騎士に軽く手を挙げてウィンとバルは馬に乗ったままそこを素通りした。 厩舎にいた従卒の子供に二人とも馬を預けると、兵舎へと入り、階段を登っていく。どうやらあの突き出した四階建ての一角を上っているようだ。 兵舎の中は質実剛健といった造りで、煌びやかな部分などほとんどない。ちょっと意外だったな。フードの中で揺られながら僕がそんなことを考えていると、ウィンが四階の一室前で立ち止まった。「一番隊所属、ウィンター・ローデヴァイク、バルザック・ガルべイン、只今戻りました」「入れ」 重厚な扉を開けて、二人が中へと入る。その部屋の奥には黒檀でできた机と椅子が見えた。 壁にはこの国周辺の地図が貼られ、部屋の隅には鎧が、地図と反対の壁には二本の剣が飾られていた。 手前のソファには小さなテーブルを挟んで、向かい合うように二人の男女が座っている。 一人は髭を生やした壮年の男。そしてもう一人は若くて美人だが、少し目つきが鋭い女性だ。二人に対し、ウィンとバルがビシッと敬礼のポーズをとる。「報告します。星の賢者、ニュースリー・スターレイン殿がお亡くなりになられました」「なにっ!?」「まさかそんな……いったいなにが!?」 ウィンが爺さんのことを報告すると二人とも顔を真っ青にして立ち上がった。うわあ、いたたまれない。爺さん、本当は生きてます。 ごめんなさい。「ニュースリー・スターレイン殿は亡くなる直前に、我らの立ち会いのもと、その爵位と全財産を、養子とされたスノウ・スターレイン殿に譲り、その後見人としてフラウ姫を御指名なされました」「なんだと……! では……」「はっ。スターレインの名を姫様のために使っても構わぬとおっしゃられ、我らにスノウ殿を託し、 身罷 ( みまか ) られました」 ウィンの話を聞いて、二人の上司は目を瞑り天を仰ぐ。「スターレイン殿……。かたじけない……」「星の賢者よ、どうか安らかに……」 うーむ。爺さんってば思ってたより尊敬されてたんだなあ。本当は引き篭もりの偏屈ジジイなのにな。「して、その養子となられたスノウ殿は? スターレイン殿の村にいるのか?」「はっ。我らと共に今日ここにお連れ致しました……が、その、スノウ殿は少し変わったお方でして、なんといいますか、驚かないでほしいのでありますが……」「なにをわからんことを言っている。その方の存在無くして姫様の未来はないのだぞ。爵位を受け継ぐのなら貴族になられる方でもあるし、丁重に出迎えねばならん。どこにおられる。下か?」「スノウ殿。出てきてもらえますか?」 ウィンの言葉に従い、フードの中から彼の肩へと上る。「こんちわ。スノウです。あ、スノウ・スターレインになったんだっけ? とにかくよろしく」「「ネズミが喋った!?」」「ネズミじゃありません。スノーラットです。雪の女神ネーヴェの眷属で聖獣の」 驚きに目を見張る上司にウィンが説明する。そこからはバルも加わり、僕がどうやって爺さんの助手となり、養子となったかを順を追って説明し始めた。「……ううむ。スノーラットを跡継ぎに、か。確かに爵位を継ぐ者は人間でなければならないとは決められてはいないが……この場合はどうなのだ?」「きちんと意思が伝わり、こうして会話も可能。しかもスターレイン殿の場合、領地もなく、さして問題はないとも言えます。あるとすれば、侯爵派がスターレイン殿の名を厄介に思うことぐらいですが、今更でしょう。我々フラウ派の強力な看板となりますよ」 上司二人が腕を組んで唸りながら話し合っている。どうでもいいけど、自己紹介してくれないかな。「これは失礼した。私はランティス・ストラトス。このリフレット王国騎士団の騎士団長を務めている」「同じく副団長を務めるアリエス・フレイザーです。よろしく、スノウ殿」 髭の人が団長さんで、女性の方が副団長さんね。うん、覚えた。「とにかくウィンは伝令を使って姫様にこのことを伝えよ。今日はもう遅い。明日、スノウ殿を連れていくとな」「はっ!」 ウィンはバルに僕を手渡し、一人部屋を出ていく。伝令を捕まえに行ったのだろう。あまり遅くなると城に入れてもらえなくなるからな。 団長さんと副団長さんは深く息を吐きながらソファに座りなおした。「さて、スノウ殿。聞きたいことは山ほどあるが、一つだけ確認を。君は『スターレイン』の名を継いだ。ということは……」「爺さんの魔法はほとんど使えるよ。もちろん『スターレイン』の魔法もね。爺さんには余程のことがなければ使うなって言われたけど」 団長と副団長が顔を見合わせて深く頷く。「星の賢者の魔法、知識、技術、それらを全て受け継いだ、と我らは考えていいのかな?」「全て、ではないけど九割くらいは。……使えない魔法もあるし」 爺さんが生涯をかけて作り出した次元の門を開くあの魔法。爺さんの故郷、『地球』にいくための転移魔法だけは、今の僕には無理だ。あといくつか、ネズミのこの身では使うのが無理な魔法もある。「なにか私たちにその力の片鱗を見せてはもらえないでしょうか?」 副団長さんがそんなお願いをしてきた。証拠を見せろってわけね。まあ、ネズミが『魔法を使えます!』と言ったところで信じられないよね。 うーんと、なにがいいかな……。「バル、剣を抜いて持っててもらえる?」「? 構いませぬが……」 肩からテーブルの上に降りた僕の前で、バルが腰から 長剣 ( ロングソード ) を抜いて手に持った。「そのまま持っててね。危険はないから。【霧よ来たれ、腐食の誘発、ラストミスト】」「むっ!?」 バルの剣のまわりだけ霧が発生する。もちろん僕の魔法である。霧が剣にまとわりつき、その刀身に水滴を宿すと、たちまちその銀色の刃が赤茶けた色に変わっていった。「こっ、これは!?」「おお……! なんということだ……!」 バルの持つ剣には錆が浮き始め、刀身がボロボロと剥がれ落ちていく。やがて自分の重みに耐えられなくなったのか、根元からボキンと折れて、床にその刀身がゴロリと転がった。「信じられん……。剣があっという間に錆びたぞ……!」「正確には錆びたわけじゃなくて、腐蝕の魔素粒子が食い散らかしたんだけどね。普通の金属しか効果はないけど。あ、あと魔法金属や付与のかかったやつには効かないみたい」 折れた刀身を団長さんが持ち上げると、まるで 土塊 ( つちくれ ) のようにその刀身はあっけなく崩れ落ちた。エヘン、どうだい。 ふとバルを見ると、なんともいえない哀しい顔をしていた。あ、しまった。「あ、ええっと……剣をダメにしてごめん! あ! そ、その代わり、これを使ってよ!」 誤魔化すように、首の収納球から一本の剣を取り出す。飛び出したその剣は絨毯の上にガランと落ちた。バルがなにげなくそれを手に取り、驚きの声を上げる。「なっ、なんだこの剣は……! 軽い……本当に金属なのか!?」「えっと確か……ミスリル製だったかな」「「「ミスリル!?」」」 爺さんが家の蔵に保管していた剣の一本だ。なんで魔法使いの爺さんがこんなに剣を持っていたのかというと、どっかの 地下迷宮 ( ダンジョン ) を踏破した時にいろいろ拾ったんだって。後で売るつもりだったようだが、面倒でそのままにしてたらしい。「こっ、こんな剣をもらうわけには!」「いや、でも僕が持っててもさ……」 剣を返そうとしたバルの手が止まる。ネズミの僕がそんな剣を持っていても宝の持ち腐れなのが理解できたのだろう。「……ありがたく使わせてもらいます。この剣に相応しい騎士になれるよう、一層の努力をすることを誓いましょう」 バルが真剣な顔で剣を見つめながらそう呟く。うーん、そんな重く取らなくてもな。同じ剣が百本近く収納球の中に入ってるんだけど。「希少な魔法金属であるミスリルの剣……。スノウ殿、むやみやたらにそういった剣を出すのは控えた方がいいですよ。欲の皮が突っ張った奴に狙われかねません」「そうだね。気をつける」 副団長さんのいう通りだな。これらのものを狙って、僕のことを拉致しようとか考える馬鹿が出てこないとも限らない。「そういえば、爺さんの……いや、もう僕もだけど、スターレイン家の爵位ってどのくらいなの?」「スターレイン家は先先代の国王陛下から伯爵の地位を賜っている。スターレイン家はこの国では特別な地位にあって、領地もなければ私兵を持つことも許されてはいないが、国王陛下以外の貴族に頭を下げることはないとされている。もちろん、無礼討ちにされることがないというだけで、横柄に振る舞えば恨みを買うし、おすすめはしないがね」 伯爵か。意外と上だったな。横柄な態度とかとる気はないけど、こっちはネズミだからねぇ。向こうが横柄に来るんじゃないかな。「姫様と王位継承争いをしてるってのは侯爵家だっけ?」「うむ。王妹であるジュリエッタ様が嫁いだブライトン侯爵家だね。そこの嫡男である、ジョルジュ・ブライトン殿が姫様と王位を争う相手というわけだ」 ふむふむ。つまりは 従兄妹 ( いとこ ) 同士ってわけだな。「当然姫様の方が位は高いわけだが、向こうはこちらを持ち上げながらも馬鹿にした態度を取ることが多いな。特に取り巻きどもがね。姫様に嫌味をぶつけつつ、ジョルジュ殿がそれをやんわりと止める、といったような」「自分で仕向けておきながら白々しい男だ。おかげで姫様は部屋に籠もりがちになってしまった。向こうはもう王位を継いだ気でいるのがまた腹立たしい」 副団長のアリエスさんが顔をしかめながら説明してくれる。よほど嫌いなようだな。聞く限りでは、ジョルジュってやつは話していてあまり楽しい人物ではなさそうだ。「王様は病気なんだっけ? 僕の爵位継承って認めてもらえるのかな?」「病気ではあるが、話をすることくらいはできるそうだ。姫様が毎日看病に行っているし、大丈夫だと思う。姫様は心配をかけたくないと陛下の前では明るく振舞っているらしい。それがまたいじらしくてな……」「姫様のそんな優しい心を『点数稼ぎ』などと抜かす奴らもいる。実の父親を心配するのは普通のことだろうに!」 病気か……。怪我や傷を治す魔法はあるけど、病気はな……。いくつか爺さんの残した薬はあるけど、症状を聞かないことにはなんともなあ。 それから僕はウィンが戻ってくるまで、バルを含め、侯爵側へ対する三人の愚痴をたっぷりと聞かされた。おかげでいろいろとわかったが、その中で僕の……というか、スターレイン家の重要さを思い知り、少し爺さんを恨めしく思ったのは秘密だ。これってかなりの面倒ごとだぞ、オイ。 それから僕はウィンの部屋にあるクッションの上で寝た。姫様との謁見は明日無事にできるそうだ。公式なものではなくて、顔合わせというか、挨拶するようなものだけど。 そういや姫様のところには同じスノーラットがいるんだっけか。確か名前はルーチェ、だったかな? 仲良くなれるといいんだけど。 とっておきのチーズをプレゼントするか? いや、王宮で暮らしているんだ、チーズなんか食べ飽きているか。 そんなことを考えているうちに、僕は眠りの世界へと誘われていった。