006 フラウとルーチェ
006 フラウとルーチェ
騎士たちの朝は早い。 早朝から訓練場で木剣を持ち、やあっ、たあっ、とおっ、と模擬戦を繰り広げている。……はっきり言ってうるさい。 ウィンはすでに起きて早朝訓練へと行ってしまった。 僕はクッションの上からのそのそと起き上がり、窓から見える訓練場を見下ろす。 ウィンの部屋は二階にあり、ここからでも下で訓練している騎士たちがよく見えた。「けっこういるなぁ……」 パッと見ただけだけど、百人以上はいるんじゃないか? 王都を守るための騎士団である。実際はもっと多いのだろうけど、この宿舎にいるのはあれだけってことかな。 昨日の晩ウィンにいろいろ聞いたけど、騎士団でも全ての人間が王女派、というわけではないらしい。 貴族たちの次男、三男坊が騎士になるというのはよくある話で、上級貴族ともなれば、それなりに付き合いもある。実家の意向に従い、騎士団員でありながら、侯爵派、という者もいるのだとか。全体の約一割ほどらしい。 リフレット王国の騎士団は、騎士団長、副団長、ときて、その下に五人の番隊長がいる。一番隊から五番隊まで、ちなみにウィンは一番隊の隊長なんだそうだ。そこそこ偉かったのね。バルは一番隊の副長だとか。 さっき述べた上級貴族のボンボンたちはほとんどが三番隊に所属しているようだ。と言っても三番隊の全員が侯爵派というわけでもない。王女派の者もいれば、中立派の者もいる。「いろいろと複雑だね」 僕は収納球からキューブ状のチーズを取り出してモグモグと朝食をとる。今日はお城へ行ってお姫様とご対面だ。 僕の後ろ盾……まあ、向こうも僕というか、スターレインの看板を後ろ盾にしようとしているから同じだけど、とにかく後ろ盾になってくれる人なわけだし、初対面は印象を良くしなきゃな。 【クリーン】の魔法で身を綺麗にし、軽く毛並みを整える。王女殿下もスノーラットを飼っているらしいから、そこまではしなくてもいいと思うけど清潔感は大事だろ。 やがて訓練を終えたウィンが帰ってきて、朝食にと食堂へ誘われた。だけどもう食べてしまったし、食堂へ行って事情を知らない他の騎士たちに騒がれるのも避けたかったので遠慮することにした。 しばらくして騎士団長さんと、副団長さん、それにウィンとバルの四人と一緒に、宿舎にあったけっこう高そうな馬車に乗り込んだ。馬だけでパカラパカラと城に行くわけにはいかないんだってさ。「まず、スノウ殿と姫様を会わせ、そののち、姫様のお力添えを得て、国王陛下にお会いになっていただきます。現在、病の床にあり謁見かなわぬ陛下ですが、姫様がお会いになることくらいはできます。スノウ殿にはお見舞いの花束にでも隠れていただいて……」「花束は勘弁して。匂いがキツいから。とにかく王様に会って、爵位継承の件を許してもらうように頼めばいいんだろ?」「そうです。まずはそこからです。陛下に爵位継承を認めてもらえれば、侯爵とはいえ大っぴらにスノウ殿に危害を加えることはできなくなります」 副団長さんのいう通り、侯爵派たちが僕という切り札に気付くまでが勝負なのだ。ここで爵位を認めてもらえなければ僕はただの雪ネズミ。侯爵派にとって恐れる存在ではない。 まあ、爵位なんかなくても魔法使いの雪ネズミとして、ウィンたちの味方をするつもりではあるけど、得られる力は多ければ多い方がいいよね。 馬車は城の跳ね橋を渡り、城内へと入った。馬車を降りる時点で、僕はウィンの背中にあるフードの中へと隠れる。 城に入ったらしいが、顔を出すわけにはいかない僕には辺りの状況がさっぱりわからない。 魔法を使えばわかるとは思うけど、ここはもう城の中。魔法感知の魔道具が設置されている可能性もないとはいえない。余計なことはしないに限る。 階段を上ったり、角を曲がったり、しばらく揺られているとウィンたちがやっと止まった。「姫様はおられるか?」「はっ! すでにお待ちでごさいます」 団長さんの声と、一緒にやってきた誰でもない声がする。女性だ。おそらく部屋を警護する女性騎士だろう。 ガチャリという重々しい音がして、ギギッ、と扉の軋む音が続く。 ウィンたちが中に進み、バタム、と今度は扉の閉じる音がした。「おはようございます、フラウ姫」「おはようございます。ストラトス卿。アリエス、ウィンにバルも。久しぶりですね」 透き通るような綺麗な声が僕の耳に届く。この声の人がお姫様かな?「それで、その……スターレイン様を連れて来て下さいましたか? どこにいらっしゃるのですか?」「はっ。ここに。スノウ殿」「あいよ」「まあ!」 ウィンの声に答えて、フードからその肩に上る。 ウィンの真正面に銀髪の髪を結い上げた、真っ白なドレスのお姫様がいた。二つの瞳は蒼く澄んでいて、可憐な唇はにこやかに微笑んでいる。綺麗な子だな。まるで雪の女神様みたいだ。「初めまして、お姫様。スノウ・スターレインです。以後、お見知り置きを」「まあまあまあ! 本当に人の言葉を話せるのですね! すごいです!」 お姫様がウィンの下へと駆け寄る。視線は僕へと向けられているのに、なんでかウィンが顔を赤くしていた。変な奴だな。「あ、すみません。リフレット王国第一王女、フラウ・レ・リフレットです。スノウ様……とお呼びすればよろしいのかしら?」「呼び捨てでもかまわないけど?」「いいえ。スターレインの名を持つ者は国王陛下以外に下ることはありません。それは王女である私も同じ。ケジメはしっかりとしなくては」 思ったより真面目なお姫様らしい。正確に言うとまだ爵位を継いではいないんだけどな。「スノウ様はスノーラットなのですよね?」「そうです。そういえば姫様もスノーラットを飼っていると聞きましたけど」「はい! ルーチェという女の子のスノーラットです。いま紹介しますね!」 そう言ってお姫様は窓際へと走っていった。 女の子なのか。自分以外のスノーラットに会うのは母さんが死んでから初めてだな。ちょっと緊張してきた。 やがてお姫様は窓際に置いてあった小さな箱を持ってきた。 簡易的ではあるが、装飾が施された宝石箱のようなその中にはクッションが入っていて、その上には僕より少し小さいスノーラットの女の子が不思議そうに僕とお姫様を交互に見ていた。「この子がルーチェです。仲良くして下さいね」「やあ、ルーチェ」『あなたは誰?』 ルーチェは当然ながら人間語ではなくネズミの言葉で話してきた。つい、人間語で話してしまったな。僕もネズミの言葉で自己紹介をする。『僕はスノウ。スノウ・スターレインだ。そこのお姫様……フラウに呼ばれてやってきたんだ』『フラウの? さっきも見てたけど、あなたフラウと話せるの?』『話せるよ。これでも魔法使いの弟子だからね』『やっぱり!』 スノーラットは聖獣。頭はいい。どうやらこのルーチェもお姫様と言葉は通じないなりに、自分たちの名前くらいは意思の疎通があったようだ。『あのねあのね! フラウに「いつもありがとう」って伝えて! 「大好き!」って!』 ルーチェが手を大きく振って叫ぶが、人間たちにはキューキューと鳴いているようにしか聞こえないだろう。「ルーチェもスノウさんに会えて嬉しいんでしょうか?」「ああ、違うよ。ルーチェが君に『いつもありがとう』『大好き!』って伝えてくれって言ってるのさ」「まあ……」 箱からルーチェを手のひらに乗せて取り出し、フラウはルーチェの喉元を優しく撫でた。「私もルーチェが大好きよ。こちらこそありがとう」『フラウも君を大好きだってさ。ありがとうって』 僕がルーチェにフラウの言葉を伝えると、スノーラットの女の子は嬉しそうに目を細めた。 僕はテーブルの上に飛び降り、そこに言葉を覚えた時の爺さんお手製のボードと小さい単語カードを取り出した。 これである程度意思の疎通ができるようになれば、僕が翻訳魔法を使って 魔術経路 ( パス ) をつなぐことができるかもしれない。「それができれば私とルーチェも……!」「うん。話すことができる。それだけだと二人が話せるだけだから、ルーチェにはそこから人間語の発音を教えないといけないけどね」『やるわ! 私、頑張ってフラウと話せるようになる! ありがとう、スノウ!』 どうやらルーチェとも仲良くなれそうだ。ルーチェが話せるようになったら、ちょっとした護衛の魔法を教えた方がいいかもな。騎士団が警備しているとはいえ、一国の姫様だ。なにがあるかわからないし。「姫様、お楽しみのところ申し訳ないのですが、そろそろ……」「あ、いけない。嬉しくてつい……。え、えっと、お父様のところへスノウさんを連れていって、爵位継承の承認をいただくのですよね?」 騎士団長さんの言葉に赤くなりながら、フラウは慌ててこの後の内容を確認する。「はい。我々はなんとしてもスノウ殿に爵位を継いでもらいたいのです。うまくいけば日和見な貴族たちもこちら側に取り込めるかもしれません」 あんまりそういうやつらは信用できないけどな。その時の時勢であっち行ったりこっち来たりするから。だけど数は力ってのはわかる。そこらはネズミの世界も同じだし。「わかりました。スノウさん。この箱に入ってもらえますか?」 フラウが持って来たのは装飾が描かれた厚紙で出来た箱のような物だった。「いつもお父様のお見舞いに行くときは花束とこの箱にお菓子を入れて行くんです。お父様はあまり食べられないので少量ですけど。これならスノウさんが入っていてもわからないと思うんですが」 花束の中に隠れるよりは遥かにいい。僕は言われるがままに箱に入り、蓋をされた。箱の一部に小さな穴を開けて、外を見られるようにしておく。「では姫様、よろしくお願いします」「はい。ではストラトス卿、行きましょう」「スノウ殿、ご武運を」「あいよー」 王様のところに行くのは団長さんとフラウだけだ。団長さんも部屋の前までらしい。 現在王様に会えるのは娘であるフラウと主治医、そして宰相、あとは世話係の数名のメイドのみだとか。「王様の容体ってそんなに悪いの?」「医者の診立てではだんだんと身体が動かなくなっているそうです……。はじめは足が動かなくなり、徐々に全身に広がっていって……。今では左手と首から上だけが……。それなりに話すことはできるんですけど……」「状態回復魔法は?」「教国から大司祭様に来てもらいましたが、効果はありませんでした……」 ううむ。教国から呼んだ大司祭ならイカサマ師ってことはないだろう。それがダメとなると、いったいどんな病なんだろうか。爺さんの記憶の中にいくつかの病気を治す方法があるけど、果たして効くかどうか。 箱の中で 一匹 ( ひとり ) 唸っていると、ピタッ、と お姫様 ( フラウ ) が立ち止まった。ん? どうしたんだろうと僕が声をかけようとすると、それより先に外から男の声が聞こえてきた。「おや、王女殿下ではありませんか。ご機嫌麗しゅう」 そのギザったらしい声に穴からそっと覗くと、フラウの前に金髪ロン毛の優男が立っていた。ひらひらした高級そうな服を着て、細身の剣をぶら下げている。男のくせに香水を付けているのか、キツい匂いがここまで漂ってきた。 左右には煌びやかな赤と青のドレスで着飾ったケバケバしい二人の女を侍らせている。「ご機嫌よう、ジョルジュ」 感情のこもらない声でフラウが返す。ジョルジュ? どっかで聞いたような……あ! フラウと継承権争いをしているっていう、侯爵家のボンボンか! 再び穴から覗いたそいつは、馬鹿にしたような笑みを浮かべてこちらを見ていた。 あ、僕こいつ嫌い。