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第415話 絶対何かあるだろ

やはり俺のスカウト人生は間違っている。 — www.pixiv.net · All chapters

第415話 絶対何かあるだろ

試合終了後。

バーバリスタジアムのロッカールームへ続く通路を、安西清勝は重い足取りで歩いていた。

ユニフォームは汗で身体に張りつき、呼吸もまだ完全には整っていない。最後の十五分ほどは、自分でも分かるくらい脚が動かなかった。

そして何より。

腹が立っていた。

自分たちの出来に対しても。

二度目の敗戦に対しても。

だが、それ以上に。

エストレヤ千葉というクラブに対して。

「……絶対、何かあるだろ」

思わず口から漏れた。

近くにいたチームメイトが振り返る。

「何が?」

安西は足を止めずに答えた。

「千葉だよ」

「千葉?」

「あいつら、絶対うちに何か恨みあるだろ」

相手は一瞬ぽかんとしたあと、苦笑した。

「またそれ?」

「またって何だよ」

「スタッフもさっき似たようなこと言ってたから」

「ほら見ろ」

安西は真顔だった。

冗談のつもりも、半分くらいはある。

しかし残り半分は、本気でそう思いたくなるほどだった。

◇

前回対戦。

第16節。

0対7。

あの試合もそうだった。

始まる前から「今日はこういう形で来るだろう」とある程度の予想はしていた。

だが、実際に試合が始まると。

千葉はまったく違うものを持ってきた。

仙台がボールを入れたい場所へ、わざと入れさせる。

そこで奪う。

そこから一気に攻める。

最初は偶然だと思った。

二度目で嫌な感じがした。

三度目には。

完全に狙われていると分かった。

だが、その時にはもう遅かった。

結果。

七失点。

安西にとっても、忘れたい試合の一つだった。

「普通さ」

安西はロッカールームに入りながら、近くにいたフォーレンへ声をかけた。

「一回変な戦術ぶつけたら、次はもうちょっと普通にやるだろ」

フォーレンが疲れた顔で振り返る。

「普通?」

「そう。普通」

「その普通が分からない」

「俺も今言ってて分からなくなった」

フォーレンは小さく笑った。

安西も一瞬だけ笑う。

だが、すぐに表情が戻った。

「でもさ。なんで毎回うちなんだよ」

今度は本気だった。

◇

今日。

スタメン発表の時点から妙だった。

小林庄雅。

DMF。

最初に見た時は、本当に表記ミスかと思った。

昔からJリーグを見ている人間なら、小林がどういう選手だったかくらい知っている。

高校時代から得点を量産し、将来を期待されたFW。

怪我をして。

以前のようなプレーが難しくなって。

ここ数年は明らかに苦しんでいた。

そんな選手を。

よりによって。

今日仙台戦でアンカー起用。

「なんで今日なんだよ……」

安西はベンチへ腰を下ろしながら呟いた。

フォーレンが隣に座る。

「俺も聞きたい」

「しかも普通のアンカーじゃなかっただろ」

「ああ」

安西は今日の光景を思い出す。

小林は激しく来なかった。

ぶつかってこない。

足元へ強くタックルにも来ない。

それなのに気づけば、仙台の縦パスが小林のところで何度も止まっていた。

フォーレンへのパス。

CFへ入れようとしたボール。

中央でテンポを上げようとした瞬間。

そこに小林。

「FWだろ、あいつ」

「元々はな」

「なんであんなにパスコース読めるんだよ」

フォーレンは少し黙った。

今日、最も小林に苦しめられた一人だ。

「……受け手の感覚を知っているからかもしれない」

「やっぱそう思う?」

「俺が欲しい場所に、先にいた」

安西は天井を見上げた。

「最悪じゃん」

FWとして長く生きてきた経験。

それを今度は、相手FWや攻撃的MFを止めるために使う。

そんなもの試合前にどう予想しろというのか。

◇

そしてそれだけではなかった。

CF、宍道務 十九歳。

プロ公式戦初出場。

安西も、試合前にはほとんど知らなかった。

それが始まってみれば、前線から何度も走ってくる。

ただ追いかけているわけではない。

中央を切る。

CBからSBへ追い出す。

GKへ戻れば、また角度を変える。

仙台が後ろから落ち着いて組み立てようとする度に、目の前へ現れる。

「初出場の十九歳を、うちのビルドアップ潰すためだけみたいに使うか?」

安西が言う。

フォーレンが肩をすくめた。

「結果、一つアシストもした」

「それも腹立つ」

「そこまで言うな」

「いや、良い選手なのは分かってるよ。でもなんで今日なんだよ」

結局そこへ戻ってくる。

小林の初DMF。

宍道の初出場初先発。

それをなぜ仙台戦で同時にやるのか。

「他でも試せよ」

安西は本気で思った。

◇

さらに前半終了間際。

仙台はようやく答えを見つけた。

フォーレンが右へ流れた。

小林は追ってこなかった。

そこから。

縦。

決定機。

玉縄に止められはした。

だが通じた。

だからハーフタイム。

これだと思った。

右。

フォーレン。

自分。

右SB。

そこへ人数を集める。

小林から離れる。

中央のアンカーを無効にする。

後半いける。

本気でそう思った。

ところが始まってみれば。

フォーレンが右へ来た瞬間。

戸塚。

左へ行けば。

エミリオ。

中央に戻れば。

小林。

全部いた。

「あれはマジで腹立ったな」

安西が言う。

フォーレンも、すぐに何のことか分かった。

「後半?」

「そう。こっちはハーフタイムで『これだ』ってなってんだぞ」

「ああ」

「で、後半やったら全部待たれてるんだぞ」

「……あれは俺も驚いた」

「驚くとかじゃない。怖いだろ」

フォーレンが苦笑する。

安西は笑えなかった。

自分たちが何かを見つける。

その瞬間にはもう相手も次を用意している。

それを二試合続けてやられるとさすがに勘繰りたくもなる。

◇

そして極めつけ。

後半三十八分。

森川佑。

安西は思い出すだけで顔をしかめた。

自分の脚はもうかなり来ていた。

前半から走った。

攻撃で。

守備で。

フォーレンが右へ来れば、その関係を作るためにまた動いた。

塩川にも対応した。

高山も見た。

その積み重ねで。

もう一歩目が遅れていた。

そこへフレッシュな森川。

「……あれ絶対嫌がらせだろ」

安西が真顔で言った。

フォーレンがまた笑う。

「戦術だろ」

「分かってるよ」

「ならいいじゃないか」

「良くねえよ」

森川は無理に一回で抜こうとしなかった。

仕掛ける。

安西が追う。

戻す。

またしばらくして仕掛ける。

また追わされる。

止めても何も終わらない。

むしろ少しずつ足がなくなる。

最後には分かっていてもついていけなかった。

「俺が疲れてるの、絶対見てただろ」

「見ていたと思う」

「で、森川だぞ」

「そうだな」

「恨みあるだろ」

「そこに戻るのか」

◇

ロッカールームの中。

他の選手たちも静かに話している。

負けた悔しさはある。

だが0対7だった前回とは違う。

今回は守備も戦えた。

決定機も作った。

それでも。

最終的には0対2。

内容まで含めればまた千葉に先を行かれた。

安西はスパイクを脱ぎながら、長く息を吐いた。

「……いや、本当に何なんだよ」

今度は誰に言うでもなく呟く。

前回。

新しい罠。

今回。

新しいアンカー。

新しいCF。

新しい守り方。

途中でこちらが変えれば。

また次の形。

「毎回毎回、うちに新しいことぶつけてくんなよ……」

キャプテンとして。

本来ならこんなことを言っていてはいけない。

相手が何をしてこようと。

上回らなければならない。

それも分かっている。

でも感情は別だった。

◇

安西は今日の小林を思い出す。

試合前。

DMF。

見た瞬間。

何だこれ。

そう思った。

試合開始。

一度。

パスカット。

偶然。

二度目。

嫌な感じ。

三度目。

狙ってる。

気づけば前半だけで中央ほとんど使えなくなっていた。

そして自分たちは外へ逃げた。

そこまで読まれた。

「……ほんと、何なんだよ」

安西はもう一度呟く。

隣でフォーレンが少しだけ笑った。

「次は、こっちが驚かせればいい」

安西は横を見る。

「簡単に言うなよ」

「でも、そうするしかない」

少し沈黙。

安西は最後に苦笑した。

「まあな」

そう。

結局それしかない。

次に当たるなら今度は仙台が千葉の予想を外す。

先に仕掛ける。

◇

それでも今だけは思わせてほしかった。

エストレヤ千葉。

あいつら絶対仙台に何かある。

そうでなければ説明がつかない。

いや本当は分かっている。

恨みなどない。

ただ相手を研究し弱点を見つけそこへ最も嫌なものをぶつけてくる。

今回、その相手が仙台だっただけ。

それでも二度も続けば言いたくもなる。

「……次は普通に来いよ」

安西がぼそりと言う。

フォーレンが即座に返した。

「多分、来ない」

安西は数秒黙った。

そして深くため息をついた。

「だよなあ……」

今日一番納得したくない、納得できる答えだった。