第417話 インタビュー受けたよかんばっち
第417話 インタビュー受けたよかんばっち
仙台戦から二日後。
深夜。
全国ネットで放送されているサッカー応援番組――**『神林SC』**。
スタジオ中央の大型モニターには、第33節を終えたJ2の順位表が映し出されていた。
その前に座るのは、番組MCを務める人気お笑い芸人・神林康孝、25歳の局アナウンサー、そして元日本代表MFの原口敦。
番組も後半に入り、神林が手元の台本を閉じた。
その動きを見ただけで、局アナが少し嫌そうな顔をする。
「神林さん、台本を閉じないでください」
「いや、ここから台本いらないから」
「一番必要な時間です」
「何でだよ!」
原口が隣で笑う。
神林はそんな二人を無視して、正面のカメラへ身体を向けた。
「さあ! やってまいりました!」
急に声量が上がる。
「『神林SC』の人気コーナー!」
局アナも慣れた様子で続けた。
「試合直後の選手インタビューを見ながら、スタジオの三人で好き勝手に話す――」
「好き勝手ではありません」
「細かい!」
神林が勢いよく右手を上げる。
「**インタビュー受けたよかんばっち!**」
軽快なジングルとともに、モニターいっぱいにコーナータイトルが現れた。
原口が拍手しながら笑う。
「久しぶりですね、このコーナー」
「久しぶりですよ!」
「最近、尺の都合で飛ばされてましたからね」
「言うな! 人気コーナーなんだから!」
局アナが冷静に補足した。
「今日は二人です」
「そう!」
神林の表情が変わる。
「しかも、二人ともエストレヤ千葉!」
大型モニターに映し出されたのは、仙台戦後の二人だった。
背番号25。
小林庄雅。
そして。
背番号23。
宍道務。
神林が画面を指差す。
「片方は久しぶりに大きな注目を集める活躍をした29歳! もう片方はプロ公式戦初出場でいきなりアシストした19歳!」
原口が頷いた。
「対照的な二人ですね」
「そうなんですよ。しかも小林選手は、まさかのDMF」
「そこが一番驚きでした」
局アナが説明を加える。
「小林選手はこれまでFWとして長くプレーしてきましたが、仙台戦ではアンカーとして先発。仙台の縦パスを何度もカットし、先制点の起点にもなりました」
神林が首を振る。
「スタメン見た時、俺も間違いかと思ったもん」
「多くの方がそうだったと思います」
「原口さんは?」
「僕も驚きましたよ」
「専門家でも?」
「公式戦で材料がありませんからね。予想しろと言われても難しいです」
神林が満足そうに頷いた。
「よし。じゃあまず、その小林選手から見ましょう!」
◇
画面が切り替わる。
試合終了直後のバーバリスタジアム。
まだアウェーゴール裏から千葉サポーターの声が響いている。
その中で、ユニフォーム姿の小林庄雅がインタビュアーの前に立っていた。
汗はまだ引いていない。
表情には疲労が残っているが、どこか穏やかだった。
『小林選手、お疲れさまでした』
「お疲れさまです」
『今日は驚きのDMFでの先発でした』
小林が少し苦笑する。
「まあ、皆さん驚いたでしょうね」
スタジオ。
神林がすぐに声を上げた。
「驚いたよ!」
原口が笑う。
「VTRに話しかけないでください」
「だって本人分かってるじゃん!」
映像は続く。
『ご自身としては、どのくらい準備していたのでしょうか』
「練習ではしばらくやってました。今日いきなり言われて、いきなりやったわけではないです」
『では、ご自身の中ではそれほど驚きはなかった?』
「先発って言われた時は驚きましたけどね」
小林が笑う。
「練習でやるのと公式戦でやるのは別なんで」
神林が大きく頷く。
「そりゃそうだ」
原口は画面を見ながら、少し真剣な表情になっていた。
『今日は何度も相手の縦パスをカットしていました。特にダニー・フォーレン選手へのパスをかなり止めていましたが、意識していたのでしょうか』
小林は少し考えてから答えた。
「人をずっと見るというより、どこへボールが入りそうかを見る感じです」
『パスコースを?』
「そうですね。自分、ずっとFWだったんで」
少し間を置く。
「FWがどこで欲しいかとか、どこに出されたら前向きやすいかとか、そういうのは何となく分かるんですよ」
スタジオの三人が同時に反応した。
「ほら!」
神林が原口を見る。
原口も笑いながら頷く。
「やっぱりそこはあるんですね」
局アナも少し驚いた様子だった。
「試合後からかなり言われていた部分ですね。元FWだからこそ、受け手の感覚を逆に守備へ使っているのではないかと」
原口が画面を指差した。
「これは本人が言ってくれたので、かなり腑に落ちますよ」
神林が身を乗り出す。
「つまり、FW小林庄雅の経験が、DMF小林庄雅に繋がってる?」
「そういうことですね。ただ、それだけでパスカットできるわけではありません。試合を読む力、味方との距離、それから前の選手がどこを消しているか。全部必要です」
「簡単じゃない?」
「全然簡単じゃないです」
◇
インタビュー映像では、さらに質問が続いた。
『守備の際、かなり冷静にプレーされていた印象があります』
「無理に全部取りに行かないようにはしてました」
『というと?』
「間に合うなら取る。間に合わないなら、次に使われそうなところを消す。戸塚とかエミリオもいるので、一人で全部やる必要はないですから」
原口が、そこで静かに笑った。
「これですね」
神林が見る。
「何が?」
「今日の小林選手で一番良かったところです」
「パスカットじゃなく?」
「もちろんそれもです。でも、“全部取ろうとしてない”んですよ」
原口は大型モニターに映る小林を見ながら続けた。
「アンカーを初めて公式戦でやる選手って、どうしても頑張りすぎる可能性があります。自分が止めなきゃ、自分が奪わなきゃ、と。でも小林選手はそうじゃなかった」
局アナが頷く。
「味方に任せていた」
「そうです。自分が中央を守って、外へ出たら戸塚選手やエミリオ選手に渡す。だからチームの形が崩れなかった」
神林が感心したように息を吐く。
「29歳で初めてやるポジションとは思えないね」
「そこは僕も驚きました」
◇
映像。
インタビュアーが最後の質問をする。
『今後もDMFでプレーしたいですか?』
小林が少し困った顔をした。
「それ、俺が決めることじゃないですよね」
スタジオが一斉に笑った。
神林が机を叩く。
「正論!」
局アナも笑いを堪えながら続きの映像を見る。
『ご自身としては?』
「必要ならやりますよ」
小林は少しだけ考える。
「FWでもDMFでも、試合に出られるなら」
一瞬。
表情が柔らかくなる。
「今日みたいにチームの役に立てるなら、どこでもいいです」
そこで映像が終わった。
スタジオが少し静かになる。
最初に口を開いたのは神林だった。
「……これ、昔から小林選手知ってる人は来るものあるね」
「ありますね」
原口もすぐに頷いた。
「高校時代は得点を取る選手として、本当に大きく期待されていましたから」
「選手権得点王で、年代別代表もあって」
「その先まで期待されていた選手です」
局アナが静かに続ける。
「その後、大きな怪我があって、以前と同じようなプレーが難しくなった時期も長く続きました」
神林は腕を組んだ。
「昔に戻ったんじゃないんだよな」
原口が横を見る。
「そうなんです」
「別の形を見つけた?」
「今のところは、その可能性を見せた一試合ですね」
原口はそこだけ慎重だった。
「まだ一試合です。相手が変われば、求められる守備も変わります。ただ、選択肢が一つ増えたことは大きいでしょうね」
神林が頷く。
「じゃあ次も注目と」
「はい」
「よし!」
神林が手を叩く。
「続いて19歳!」
◇
モニターに映った瞬間。
神林が笑った。
「若い!」
そこに立っていたのは宍道務。
試合直後。
まだ緊張が抜けていないのか、インタビュアーの横で少し姿勢が硬い。
『宍道選手、プロ公式戦初出場、初先発でした。今の気持ちは?』
「……疲れました」
スタジオ。
三人とも吹き出した。
「第一声それ!?」
神林が大笑いする。
原口も肩を揺らす。
「まあ、あれだけ走ればね」
局アナが笑いながら画面へ目を戻した。
映像のインタビュアーも少し笑っている。
『かなり前線から走っていましたからね』
「はい。前半、思ったよりキツかったです」
『緊張は?』
「試合前はかなりしました。でも始まったら、やること決まってたんで」
『その“やること”というのは?』
「相手のセンターバックに自由に持たせないことと、中央へ簡単に入れさせないことです」
原口の表情が変わる。
「ちゃんと分かってますね」
「十九ですよ?」
神林が言う。
「十九です」
「初出場ですよ?」
「初出場です」
「俺、十九の時こんなしっかりしてなかったよ」
局アナが即座に返す。
「今もしっかりしているかは審議が必要です」
「おい!」
スタジオに笑いが広がった。
◇
インタビューは続く。
『後半には塩川選手のゴールをアシストしました』
その瞬間。
宍道が少し照れた。
「はい」
『あの場面は狙っていたのでしょうか』
「塩川さんが見えたんで、返した方がいいかなって」
『ご自身で反転する選択肢もあったと思いますが』
「いや、あれは無理です」
即答。
スタジオ。
また笑い。
神林が指を差す。
「正直!」
「でも正しい判断です」
原口は笑いながらもすぐに評価した。
映像の宍道は続ける。
「後ろに相手いましたし、自分で無理に行くより塩川さんの方が前向いてたんで。それで返しました」
『結果的にプロ初アシストになりました』
「それは嬉しいです」
少しだけ笑う。
「でも、できれば点も取りたかったです」
神林がすぐに反応する。
「FWだ!」
原口も頷く。
「そこはやっぱりFWですね」
『次に出場する時の目標は?』
「点取りたいです」
今度は迷わない。
「今日、守備の仕事はできたと思うんですけど、FWなんで。次はゴール取って勝ちたいです」
そこでVTRが終わった。
◇
神林はしばらくモニターを見たあと、感心したように頷いた。
「いいねえ」
「いいですね」
原口も同意する。
「今日の試合だけを見ると、宍道選手は“守備をするFW”という印象が強くなると思います。でも本人はちゃんと点を取りたいと思っている」
「そりゃFWだもんな」
「はい。ただ、初出場でまず監督から求められた仕事をやり切った。その上でアシストまでついた。かなりいいデビューだったと思います」
局アナが資料を見る。
「84分まで出場しました」
神林が目を丸くする。
「初出場で84分!?」
「はい」
「それだけ任されたってことだよね」
原口が頷く。
「前半だけの奇襲なら、もっと早く代えてもいいですからね。それでも後半まで使ったということは、ベンチから見ても役割を続けられていたということでしょう」
「しかも後半はちょっと走り方変わってたよね?」
神林の言葉に、原口が少し驚いたように見る。
「よく見てましたね」
「俺だってサッカー番組何年やってると思ってんの!」
「たまにちゃんと見てますね」
「たまに言うな!」
また笑いが起こる。
◇
原口は大型モニターを使い、後半の宍道の動きを振り返った。
「前半はかなり強度高く行っています。でも後半は、全部を追うわけじゃないんです。相手が中央へ入れようとした瞬間や、GKへ戻した時にスイッチを入れている」
「省エネ?」
「というより、効率ですね。プロの試合で九十分走るための感覚を、試合の中で少し掴んだように見えました」
「一試合の中で?」
「そう見えましたね」
神林は腕を組み、感心したようにモニターを見る。
「十九歳かあ……」
「まだ十九です」
「今後楽しみだね」
「ただ」
原口が一度言葉を切る。
「次も出られる保証はありません」
神林が横を見る。
「厳しい」
「千葉のCFにはベニテス選手も材木座選手もいます。栗林選手もいる。今日は仙台に対して宍道選手の特徴が合ったから先発した可能性が高い」
「じゃあ今日活躍したから次もスタメン、とは限らない」
「はい。でも、選択肢には入りました」
その言葉に。
神林が大きく頷いた。
「それが大きいよな」
◇
局アナが二人の写真を並べる。
29歳。
小林庄雅。
19歳。
宍道務。
十歳差。
一人は長くプロで戦い、怪我を経て、新しい役割を見つけようとしている。
もう一人は、ようやくプロとして最初の一歩を踏み出したばかり。
神林は二枚の写真を見比べた。
「面白いね」
「何がですか?」
「同じ一試合でさ」
少し考えながら言葉を選ぶ。
「片方は“まだこんなことできたんだ”って驚かれて、片方は“これから何ができるんだ”って期待されるんだよ」
原口が静かに頷いた。
「確かにそうですね」
「小林選手は29歳で新しい可能性。宍道選手は19歳で最初の可能性」
「対照的ですけど、どちらも今日の千葉に必要だった」
「そこだよね」
神林が笑った。
「しかも二人とも、試合前は『なんでこの二人?』って思われてたんだよ」
局アナも頷く。
「結果的には、小林選手が中盤で仙台の攻撃を止め、宍道選手が前線から守備を行い、さらにアシストも記録しました」
「千葉のスタッフ、してやったりだろうなあ」
原口が苦笑する。
「たぶんそうでしょうね」
◇
神林は最後にカメラへ向き直った。
「というわけで、今日の『インタビュー受けたよかんばっち』は、エストレヤ千葉の小林庄雅選手と宍道務選手でした!」
拍手。
「29歳の新しい挑戦と、19歳の最初の一歩!」
原口も拍手しながら言う。
「どちらも次が楽しみですね」
「ただし!」
局アナが神林を見る。
嫌な予感。
「神林さん」
「何?」
「そろそろ次のコーナーへ行かないと時間がありません」
「え?」
「押してます」
「何分?」
「三分半です」
神林が目を見開く。
「誰が押した!?」
原口が即答した。
「あなたです」
「俺!?」
「ほぼ全部あなたです」
「嘘だろ!?」
局アナは何事もなかったようにカメラへ向き直る。
「それではCMの後、J2優勝争いはいよいよ最終節へ。北海道フェニックスFCとエストレヤ千葉、勝ち点で並ぶ二クラブの条件を整理します」
「切り替え早っ!」
神林の叫び声とともに。
スタジオに笑いが広がる。
そして大型モニターには。
再び。
二人の写真。
小林庄雅。
宍道務。
一人は失ったものを抱えたまま、新しい場所へ。
もう一人はプロとして、ようやく最初の場所へ。
仙台戦で突然並んだ二人の名前は試合から二日が経っても。
まだ、サッカー界の話題の中心に残っていた。