第428話 優勝決定戦
第428話 優勝決定戦
11月28日。
エストレヤスタジアム。
両チームの選手たちがピッチへ姿を現した瞬間、スタンドから地鳴りのような歓声が降り注いだ。
ホーム側を埋め尽くす紺と金。
その向こう、アウェー側には北海道フェニックスFCのサポーターが陣取っている。
すでに両クラブのJ1昇格は決まっていた。
それでも今日、この場所へ集まった誰一人として、消化試合だとは思っていない。
北海道フェニックスFC。
勝ち点71。
首位。
エストレヤ千葉。
勝ち点71。
二位。
得失点差で北海道が上。
つまり北海道は引き分けでも優勝。
千葉は勝利だけが優勝への条件だった。
そして、その二チームが最終節で直接対決する。
これ以上ないほど分かりやすい優勝決定戦だった。
◇
センターサークル付近。
キャプテンマークを巻く長谷川智樹が、北海道の選手たちを一度見渡した。
前線には佐々木俊郎。
左には林卓也。
右には林達也。
その一列後ろには、長期離脱から戻ってきた神谷直人。
さらに中盤の底にはカサーツノ。
最終ラインにはカストロ。
最後尾では、キャプテンの石原一成が味方へ声を飛ばしている。
前半戦でも警戒した主力たち。
ほとんど、そのまま揃っていた。
「最初から来るぞ」
長谷川が宇津木へ声を掛ける。
「分かってる」
宇津木が短く返した。
右サイドでは毛利良一が林卓也を確認し、左では葉山隼人が林達也との距離を測っている。
中央。
戸塚彩加とエミリオ・アルバレスの視線の先には神谷。
そして最前線。
マティアス・ベニテスの正面にはカストロが立っていた。
今季最後の九十分。
主審が時計を確認する。
スタジアムの空気が、一瞬だけ張り詰めた。
そして。
笛が鳴った。
エストレヤ千葉対北海道フェニックスFC。
J2優勝決定戦。
キックオフ。
◇
開始直後から先にボールを落ち着かせたのは、北海道だった。
最終ラインから短く繋ぐ。
カストロがボールを持つ。
ベニテスが前から寄せた。
だが、カストロは慌てない。
右へ出すと見せて、一度中央。
カサーツノへ縦につける。
「出た!」
ベンチ脇で八幡が反応する。
カサーツノはすでに周囲を確認していた。
戸塚が近づくより早く、ワンタッチで後方へ落とす。
そして、もう一度。
今度は逆側へ展開。
千葉の一列目を横へ動かす。
「追いすぎるな!」
マルコの声が飛んだ。
千葉も分かっている。
カサーツノのところへ一人ずつ飛び込めば、簡単に外される。
北海道はそこから再び中央。
そして前半2分。
最初に神谷へボールが入った。
エストレヤスタジアムがわずかにざわめく。
神谷。
中央。
左足。
戸塚が寄せる。
しかし、神谷は背中を向けたまま受けると、ボールを一度だけ足元へ置き、戸塚が身体を寄せ切る前に左へ流した。
林卓也。
毛利が前へ出る。
卓也は縦へ行かない。
毛利を一歩引きつけてから、左足で中央へ低いパス。
佐々木。
長谷川と宇津木の間。
「前!」
長谷川が声を上げる。
佐々木は背負いながら収めようとするが、長谷川が身体を寄せ、宇津木が前から挟む。
簡単には前を向かせない。
佐々木も無理をしなかった。
神谷へ落とす。
神谷が左足を振りかける。
そこへ。
エミリオ。
一歩。
早い。
コースを塞いだ。
神谷はシュートをやめ、右へ展開する。
林達也。
今度は葉山。
「来い」
葉山が腰を落とす。
達也は止まらない。
一気に縦。
一歩目。
速い。
「速っ……!」
スタンドから声が漏れた。
葉山もすぐに反応したが、完全には前へ出られない。
達也が外を取る。
そのままクロス。
低い。
ニア。
佐々木が入る。
だが。
「俺だ!」
宇津木。
右足。
先に触った。
ボールはゴールラインの外へ。
北海道。
最初のコーナーキック。
開始3分。
早くも。
前線四人の特徴がそのまま出た攻撃だった。
◇
「やっぱ神谷いると違うな」
ベンチで佐藤智成が呟く。
八幡もピッチから目を離さない。
「受けた瞬間に左右両方使えますからね」
卓也。
達也。
佐々木。
そこへ神谷。
四人が別々に動いているのではない。
神谷へ入った瞬間。
全員が一つの攻撃として繋がる。
北海道のコーナー。
神谷が蹴る。
左足。
アウトスイング気味のボール。
中央。
カストロが上がっている。
高い。
長谷川と競る。
頭。
触ったのは。
長谷川。
クリア。
こぼれ球を戸塚が拾う。
「出せ!」
前。
ベニテス。
カウンター。
戸塚からエミリオ。
エミリオが顔を上げる。
右へ。
川崎大志。
北海道の選手たちが戻る。
川崎はすぐには仕掛けず、ボールを持ったまま内側へ運んだ。
そこへダニエル。
ワンタッチ。
再び川崎。
右サイド。
毛利も上がる。
「大志!」
毛利。
外。
川崎は使わない。
中へ。
ダニエル。
その瞬間。
ベニテスがカストロの背後へ走った。
ダニエルが見た。
縦。
速いパス。
ベニテス。
抜けかける。
だが。
カストロが反転。
追う。
速い。
ベニテスが一歩前へ出たはずだった。
それでもカストロが横へ並ぶ。
「来たな」
ベニテスが小さく呟く。
肩を入れる。
カストロも負けない。
二人。
そのままペナルティーエリア右手前。
ベニテスが右足へ持ち替えようとする。
そこへカストロが足を出した。
ボールだけ外へ。
スローイン。
スタンドから大きなため息。
だが同時に拍手も起きた。
「やっぱ速いな、カストロ」
佐藤が言う。
「ベニテスの最初の一歩についていきましたね」
八幡も頷く。
前半戦から分かっていた。
それでも実際に目の前でやられるとその能力の高さが改めて分かる。
◇
前半6分。
今度は千葉がボールを握る時間が続いた。
長谷川。
宇津木。
戸塚。
エミリオ。
急がない。
北海道は引き分けでもいい。
だからといって、最初から自陣へ引きこもってはいなかった。
佐々木が前から動く。
パスコースを限定する。
その後ろ。
神谷も戸塚へのコースを意識する。
林兄弟もサイドバックへ出る準備。
「ちゃんと来ますね」
八幡が言う。
「引き分け狙いじゃないな」
中村が答える。
その通りだった。
北海道は勝ち点1だけを取りに来たサッカーをしていない。
首位として千葉を直接倒し優勝する。
そんな入り方だった。
だが千葉も簡単に押し込まれるつもりはない。
宇津木から葉山。
葉山が左へ運ぶ。
前には森川佑。
林達也が戻る。
森川一度足元。
葉山が外を追い越した。
北海道の右サイドが少し広がる。
その瞬間森川は中央へ。
戸塚。
ワンタッチ。
ダニエル。
神谷の背後。
ダニエルが前を向く。
カサーツノが寄せる。
「ここだ」
ダニエルは一歩だけ右へずらした。
カサーツノもついてくる。
そこで左。
森川。
もう一度ボールを受けた森川がペナルティーエリア左手前まで運ぶ。
中を見る。
ベニテス。
カストロの前。
川崎は逆サイド。
ダニエルは中央。
森川。
低いクロス。
ベニテス。
右足。
合わせる――。
その直前。
「カストロ!」
最後尾から声。
ポルトガル語。
石原だった。
カストロが一歩前へ出る。
ボールへ。
クリア。
ベニテスの足より。
ほんの一瞬早い。
そのクリアをカサーツノが回収した。
そこから北海道。
すぐに前へ行かない。
カサーツノは神谷へ出すと見せ。
一度後ろへ戻す。
「切り替え!」
戸塚が叫んだ。
千葉も全員すぐに守備位置へ戻る。
◇
前半8分。
神谷が再び中央で受けた。
今度はエミリオが前から寄せる。
戸塚は少し後ろ。
佐々木への縦を見ている。
神谷が左足のアウト側でボールを動かした。
一瞬エミリオの身体が左へ流れる。
そこから逆。
右。
達也。
長いパス正確だった。
「葉山!」
宇津木が声を飛ばす。
葉山はすでに戻っている。
しかし達也がファーストタッチで前へ。
そのまま加速。
葉山ついていく。
縦を切る。
達也が止まった。
今度は内側。
右足。
カットイン。
葉山も身体を入れる。
達也。
シュート。
ペナルティーエリア外。
低い。
ファー。
玉縄。
横へ動く。
両手。
キャッチ。
「ナイス玉縄!」
スタンドから拍手。
玉縄はすぐに立ち上がったが。
急いでは蹴らない。
前を確認。
北海道もすでに戻っている。
「落ち着け!」
長谷川。
玉縄が短く宇津木へ出した。
前半戦でも感じた。
北海道の強さ。
それが最終節でも変わらずピッチにあった。
◇
前半10分。
スコアは0対0。
だが静かな試合ではない。
互いにすでに相手のゴール前へ入っている。
千葉は中央、ダニエル。
北海道は神谷。
互いのトップ下が。
少しずつ試合へ入り始めていた。
今度は戸塚からエミリオ。
エミリオが一列前へ運ぶ。
カサーツノが出てくる。
ダニエルはそこから離れた。
右。
川崎の内側。
カサーツノがエミリオへ出たことで。
一瞬、中央に空間。
エミリオ、そこを見る。
パス。
ダニエル。
前を向く。
北海道のCBが一人。
出るか。
出ない。
その間ベニテスが裏へ。
「今!」
ダニエル右足でスルーパス。
ベニテス。
今度はカストロの横抜けた。
「行け!」
スタンドが立ち上がる。
ペナルティーエリアへ。
ベニテス、右足でシュート。
低い。
ニア。
だが石原、一歩すでに寄っていた。
身体の正面。
両手。
弾かない。
抱える。
「うわあああっ!」
スタンドから大きな声。
ベニテスは両手を叩きながら、悔しそうにゴールを見る。
石原は何事もなかったように立ち上がった。
そしてすぐに最終ラインへ声を飛ばす。
カストロへポルトガル語。
その隣のDFにも。
日本語。
さらに。
カサーツノへイタリア語。
次々と守備位置を修正していく。
「ほんと一人で何役やってるんだよ」
八幡が呟く。
ベンチの佐藤が苦笑した。
「三十八歳の仕事量じゃないな」
◇
前半12分。
今度は北海道。
石原から短く。
カストロ。
カサーツノ。
神谷。
三人で千葉のプレスを外していく。
ダニエルがカサーツノへ寄る。
カサーツノはワンタッチで神谷に。
戸塚が出る。
神谷は受ける前から左を見ていた。
卓也。
毛利がついている。
なら右。
達也。
葉山が近い。
そして中央。
佐々木。
長谷川と宇津木の間。
一瞬佐々木が下がった。
長谷川はついていかない。
その代わり戸塚が後ろを確認。
神谷そこへ縦へ。
佐々木はワンタッチで落とす。
再び神谷。
「来る!」
エミリオ寄せる。
神谷、左足で今度は迷わないシュート。
ペナルティーエリア手前。
鋭い。
ゴール右。
玉縄。
飛び、右手触る。
ボールが外へコーナー。
「玉縄!」
大歓声神谷はシュートを打った位置で。
一度だけ小さく息を吐いた。
その表情復帰戦だからといって様子を見るつもりはない。
そう言っているようだった。
「やっぱり普通に打ってくるな」
佐藤が言う。
「少なくとも左足の感覚は悪くなさそうですね」
八幡も答えた。
◇
前半13分。
北海道のコーナー。
神谷。
左足。
中央。
カストロ。
佐々木。
どちらも入っている。
千葉は長谷川。
宇津木。
ベニテスまで戻る。
神谷が蹴る。
ファー。
カストロ。
高い。
ベニテスと競る。
頭でボールが中央へ折り返される。
佐々木反応し右足で合わせようとする。
だがその前長谷川身体を入れた。
「打たせるか!」
佐々木と競りながら。
ボールを外へ。
戸塚拾う。
前を見る。
北海道が前へ人数を掛けている。
「カウンター!」
ダニエル。
中央へ走る。
川崎。
右。
森川。
左。
戸塚からダニエル。
ダニエルが持ち上がる。
目の前カサーツノ。
一人。
ダニエルが右へ。
カサーツノもついてくる。
左へ切り返す。
それでも離れない。
「しつこいな」
ダニエルが小さく笑った。
無理に抜かない。
右。
川崎。
川崎。
内へ。
毛利が外を今度は使う。
毛利。
右サイド。
クロス。
中央。
ベニテス。
カストロ。
二人。
跳んで、頭で合わせる。
触ったのはベニテス。
ゴール方向。
石原動く。
だが枠の上。
「ああっ!」
前半14分。
千葉にも再びゴールへ近づく場面が生まれた。
◇
時計が15分を示す。
0対0。
まだスコアは動いていない。
しかし両チームともすでに相手の武器をぶつけ合っていた。
北海道。
佐々木俊郎。
林卓也。
林達也。
神谷直人。
カサーツノ。
カストロ。
石原一成。
前半戦から警戒してきた主力たちが。
最終節でもその力を見せている。
対する千葉も引いてはいない。
戸塚とエミリオが中盤を支え。
ダニエルが中央で前を向き。
森川と川崎が左右から入り。
ベニテスがカストロの背後を狙い続けている。
そして後方では長谷川と宇津木が佐々木とぶつかり。
毛利が卓也を見て。
葉山が達也を追う。
どこを見ても一つひとつの勝負が重い。
ベンチ前。
八幡は腕を組み静かにピッチを見ていた。
「前半戦より、ちゃんと試合になってるな」
佐藤が横を見る。
「そりゃそうでしょう」
八幡は視線を動かさない。
「あの頃とは、こっちも違います」
首位北海道フェニックスFC。
二位エストレヤ千葉。
同じ勝ち点71。
引き分けなら北海道。
勝てば千葉。
優勝決定戦の最初の十五分、互いに一歩も譲ってはいなかった。