第429話 譲らない両者
第429話 譲らない両者
前半15分。
0対0。
最初の十五分を終えても、エストレヤスタジアムの緊張感は少しも薄れていなかった。
千葉がボールを持てば、北海道が前へ出る。
北海道が神谷直人へ入れれば、戸塚彩加とエミリオ・アルバレスが中央を締める。
互いに引かない。
互いに様子見を終えている。
優勝決定戦は、少しずつ試合の速度を上げ始めていた。
◇
前半16分。
北海道が左から組み立てる。
カストロからカサーツノ。
カサーツノは背後からダニエルが寄ってくるのを確認すると、無理に前を向かず、ワンタッチで左へ逃がした。
林卓也。
毛利良一が距離を詰める。
卓也は左足でボールを止めたまま、毛利の動きを見る。
縦。
行くように見せる。
毛利は重心を崩さない。
「中もあるぞ!」
戸塚の声。
その瞬間、卓也は中央へ短く預けた。
神谷。
戸塚がすぐに寄る。
だが、神谷は受けると同時に右へ展開した。
林達也。
葉山隼人が待つ。
北海道が左から右へ。
ほんの数秒で千葉の守備を横へ揺さぶる。
達也は一度縦へ出ようとしたが、葉山が早い。
ならば中央へ戻す。
再び神谷。
そこへエミリオ。
北海道は無理をせず、またカサーツノへ。
「長いな」
ベンチから佐藤が呟く。
北海道はボールを失わない。
攻め急がず。
千葉を動かしながら、空く場所を探している。
だが。
千葉も焦れなかった。
「出なくていい!」
長谷川智樹が後ろから声を飛ばす。
北海道がボールを回すなら回させる。
中央。
最後のところだけは。
空けない。
◇
前半17分。
その北海道の攻撃が切れた。
神谷から佐々木俊郎への縦パス。
長谷川が前へ出る。
佐々木の足元へ入る直前。
長谷川が先に身体を差し込んだ。
ボールがこぼれる。
戸塚。
拾う。
「前!」
森川佑が左から走り出した。
戸塚はすぐにエミリオへ。
エミリオ。
ワンタッチ。
中央。
ダニエル。
北海道の選手たちが戻る。
カサーツノが正面。
ダニエルは持ちすぎない。
右。
川崎大志。
川崎が受けたところへ、北海道の守備が寄る。
毛利が外を走った。
川崎は毛利を一度見る。
だが。
出さない。
身体を内側へ向ける。
その動きに相手が一歩つられた。
川崎。
中央へ低いボール。
ダニエル。
背中に相手を背負う。
ワンタッチ。
前へ。
ベニテス。
カストロがついてくる。
マティアス・ベニテスは前を向けない。
なら。
一度戻す。
ダニエル。
そこへカサーツノ。
右足。
シュート――。
ブロック。
北海道の選手に当たったボールが、ペナルティーエリア内へ転がった。
一瞬。
誰のボールでもなくなる。
そこへ。
真っ先に動いたのは。
背番号9だった。
◇
前半18分。
「マティアス!」
ベニテス。
こぼれ球。
右足。
迷わない。
振り抜いた。
石原一成も反応する。
だが。
近い。
低いシュートが。
石原の伸ばした手より先に。
ゴールへ突き刺さった。
ネット。
揺れる。
一瞬の静寂。
その直後。
エストレヤスタジアムが爆発した。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
前半18分。
エストレヤ千葉。
先制。
得点者。
背番号9。
マティアス・ベニテス。
1対0。
◇
ベニテスはゴールを確認した瞬間、大きく両腕を広げた。
「Vamos!」
そのままホーム側スタンドへ走る。
ダニエルが追いつく。
川崎。
森川。
戸塚。
次々と集まる。
ベニテスは拳を握った。
夏。
アルゼンチンから来たストライカー。
今季途中加入。
その男が。
優勝決定戦。
前半18分。
先制点。
スタンドではタオルマフラーが激しく揺れている。
「マティアス!」
「ベニテス!」
「よっしゃあああ!」
ベンチでも。
選手たちが一斉に立ち上がっていた。
材木座義輝。
塩川康文。
小林庄雅。
戸部翔。
全員。
手を叩く。
だが。
マルコだけは。
一度だけ拳を握ると。
すぐにピッチへ声を飛ばした。
「戻れ!」
まだ。
前半18分。
優勝したわけではない。
1点。
先に取っただけだった。
◇
「これで順位は逆転ですね」
八幡が言う。
佐藤も頷く。
「ああ。このまま終われば千葉が首位」
だが。
誰も。
その先を口にしなかった。
北海道は。
引き分けでも優勝できる。
つまり。
千葉が先制したことで。
北海道の目的も。
より明確になった。
一点。
取り返せばいい。
◇
試合再開。
北海道の反応は早かった。
前半20分。
神谷が中盤まで下りてボールを引き出す。
戸塚がついていく。
しかし神谷は。
いつもより低い位置で受けた。
そのため。
戸塚も簡単には前へ出られない。
神谷。
左。
卓也。
毛利。
寄せる。
卓也は縦へ行かず。
また神谷へ。
今度は。
神谷が大きく右。
達也。
葉山。
対面。
達也はファーストタッチで前へ。
「縦切れ!」
宇津木の声。
葉山がついていく。
達也。
一度止まる。
そして。
中央。
佐々木。
長谷川が身体をつける。
ボールは入らない。
達也は後ろ。
カサーツノ。
北海道がもう一度作り直す。
千葉は。
先制しても。
ラインを極端に下げなかった。
まだ守り切る時間ではない。
むしろ。
押し込まれ続ければ。
北海道の前線に好きなだけ触らせることになる。
◇
前半22分。
北海道。
カサーツノ。
神谷。
卓也。
三人で左側を動かす。
毛利が卓也を見る。
川崎も戻る。
二対二。
そこへ。
神谷。
三人目。
卓也が内側へ。
毛利が迷った。
その一瞬。
神谷から外。
北海道の左サイド。
そこからクロス。
中央。
佐々木。
宇津木と競る。
頭。
だが。
わずかに高い。
玉縄の頭上。
ゴールの上へ抜けた。
佐々木は悔しがらない。
すぐに戻る。
長谷川が宇津木の肩を叩く。
「次も同じだ」
「分かってる」
佐々木は。
まだ。
一度も決定的なシュートを打てていない。
だが。
少しずつ。
ゴール前へ入る回数が増えていた。
◇
前半24分。
今度は千葉。
戸塚から森川。
森川。
左。
葉山が外を追い越す。
卓也も戻る。
森川は中央へ。
ダニエル。
カサーツノ。
寄せる。
ダニエルがボールを引く。
その間に。
ベニテスがカストロの外側へ走る。
ダニエル。
スルーパス。
ベニテス。
カストロも追う。
また。
二人。
並ぶ。
ベニテスは今度。
無理に前へ出ない。
一度。
身体を入れる。
カストロも押し負けない。
ペナルティーエリア左側。
ベニテス。
足元へ。
カストロ。
離れない。
最後は。
石原まで出てきた。
「石原!」
キャプテン。
GK。
判断が早い。
ベニテスより先に。
ボールを抱える。
チャンス。
ならず。
石原は立ち上がる。
そして。
即座に。
前を見る。
「戻れ!」
長谷川が叫んだ。
石原から。
速いリスタート。
北海道。
カウンター。
◇
前半25分。
右。
林達也。
葉山が戻る。
達也。
縦。
一気に加速。
葉山も並ぶ。
達也が外。
葉山。
食らいつく。
そこで。
達也は。
中央へ。
神谷。
戸塚が戻る。
神谷は。
ワンタッチ。
左。
卓也。
千葉の守備が。
今度は逆へ振られる。
毛利。
卓也の前へ。
卓也。
ボールを止める。
中を見る。
佐々木。
中央。
長谷川。
宇津木。
二人。
そこへ。
神谷も入ってくる。
卓也は。
クロスを上げると見せ。
後ろ。
神谷。
左足。
ダイレクト。
シュート。
宇津木。
ブロック。
ボールが。
ペナルティーエリア内へこぼれた。
佐々木が反応する。
だが。
長谷川が先。
クリア。
「よし!」
スタンドから拍手。
しかし。
北海道の圧力は止まらない。
◇
前半26分。
こぼれ球をカサーツノが拾う。
再び北海道。
右へ。
達也。
葉山。
寄せる。
達也が中央へ持ち出す。
エミリオも近づく。
なら。
戻す。
カサーツノ。
そのまま。
左。
卓也。
北海道は。
何度も。
何度も。
千葉を左右へ動かす。
先制されて。
焦っているようには見えない。
神谷が戻っている。
カサーツノがいる。
石原が後ろから全体を動かしている。
だから。
一点を追っていても。
チームの形が崩れない。
「嫌な時間ですね」
八幡が言った。
佐藤が腕を組む。
「ああ。押し込まれてる」
前半18分。
千葉が先制。
そこから。
八分。
試合の主導権は。
少しずつ。
北海道へ傾いていた。
◇
そして。
前半27分。
北海道。
左。
林卓也。
毛利が前へ出る。
卓也は。
縦へ行かない。
中央へ。
神谷。
戸塚。
寄せる。
神谷が。
ワンタッチで。
右。
達也。
葉山がつく。
達也は。
そのまま縦へ。
一歩。
葉山。
並ぶ。
クロスを上げさせないように身体を寄せる。
達也は。
無理に上げない。
中央へ戻す。
そこへカサーツノ。
さらに。
逆。
再び卓也。
千葉の守備。
左右へ振られる。
卓也が。
今度は。
迷わず左足。
クロス。
中央。
長谷川。
宇津木。
佐々木。
三人。
競る。
長谷川が先に頭へ当てた。
だが。
完全には外へ出せない。
ボールが。
ペナルティーエリア内へ落ちる。
「セカンド!」
戸塚の声。
宇津木が足を出す。
その前。
佐々木俊郎。
いた。
右足。
振り抜く。
玉縄。
反応。
だが。
間に合わない。
ゴール。
ネット。
揺れる。
アウェー側。
北海道サポーターが。
一斉に立ち上がった。
前半27分。
北海道フェニックスFC。
同点。
得点者。
背番号9。
佐々木俊郎。
1対1。
◇
佐々木は。
派手に走り回ることはしなかった。
両拳を握る。
そこへ。
神谷。
林兄弟。
カサーツノ。
次々と集まる。
まさに。
佐々木俊郎らしい。
ゴールだった。
綺麗に崩し切ったわけではない。
最初のクロスは。
千葉の守備が触っている。
それでも。
完全に処理できなかった。
その瞬間。
誰よりも早く。
こぼれた場所へ入っていた。
「……やられた」
佐藤が呟く。
八幡も。
何も否定しなかった。
試合前。
佐々木について。
何度も確認した。
相手DFの一瞬の処理ミス。
こぼれ球。
そこへ真っ先に入る。
まさにその形。
「分かってても来ますね」
八幡が低く言う。
マルコはピッチへ声を飛ばした。
「下を向くな!」
まだ前半27分。
「同点だ! もう一度行け!」
◇
千葉の選手たちもすぐに中央へ戻った。
ベニテス。
ボールをセンターサークルへ置く。
長谷川はゴール前から戻りながら宇津木へ声を掛けた。
「気にするな」
「悪い」
「次止めるぞ」
「ああ」
玉縄も後ろから手を叩く。
「切り替えましょう!」
1対1。
このまま終われば優勝するのは北海道。
得失点差で首位に立っている北海道にとって。
引き分けは十分な結果。
千葉にとっては足りない。
だから試合の条件は先制する前と同じところへ戻った。
勝たなければならない。
◇
前半29分。
千葉が再び前へ出る。
戸塚。
エミリオ。
中央。
ダニエル。
神谷も戻る。
ダニエルは。
前を向く。
カサーツノ。
正面。
右。
川崎。
左。
森川。
ベニテス。
カストロの前。
ダニエル。
右へ。
川崎。
毛利が外を追い越す。
川崎。
毛利。
縦。
毛利がクロス。
中央。
ベニテス。
カストロ。
競る。
ボールは。
そのままファーへ流れた。
森川。
拾う。
右足。
一度中央へ持ち出す。
シュート。
だが。
北海道のDFがブロック。
ボールは外へ。
千葉。
コーナーキック。
ホーム側から。
大きな拍手が起こる。
「行け!」
「もう一回だ!」
「まだまだ!」
同点に追いつかれても。
エストレヤスタジアムの声は。
落ちなかった。
◇
前半30分。
1対1。
千葉。
前半18分。
マティアス・ベニテス。
北海道。
前半27分。
佐々木俊郎。
両クラブの背番号9が。
一点ずつ。
決めていた。
優勝決定戦。
開始から三十分。
一度は千葉が首位へ立つスコアになった。
しかし。
九分後。
北海道が。
再び。
首位を取り戻すスコアへ戻した。
ベンチ前。
八幡は。
ピッチを見ながら呟いた。
「簡単にはいかせてくれないな」
佐藤が隣で笑う。
「だから言っただろ」
「ええ」
八幡も。
ほんの少しだけ口元を上げた。
「でも、まだ三十分です」
残り六十分以上。
千葉はあと一点必要だった。