第430話 前半最後の一撃
第430話 前半最後の一撃
前半30分。
1対1。
先制したのはエストレヤ千葉。
追いついたのは北海道フェニックスFC。
スコアだけを見れば振り出しに戻った。
しかし、この同点が持つ意味は両チームでまったく違う。
このまま終われば。
J2王者は北海道。
千葉には、もう一点が必要だった。
それでも。
エストレヤ千葉の選手たちに焦りは見えない。
前半は、まだ十五分以上残っている。
後半もある。
無理に一度の攻撃ですべてを決めようとすれば、北海道ほどの相手はその隙を逃さない。
「もう一回、落ち着いて!」
戸塚彩加が手を叩いた。
後方では長谷川智樹も味方へ声を飛ばす。
「まだ前半だ! 急ぐな!」
同点にされた直後だからこそ。
千葉は。
自分たちの形を崩さなかった。
◇
前半32分。
北海道がボールを持つ。
カストロ。
カサーツノ。
そして神谷直人。
神谷が中央で受けると、戸塚がすぐに距離を詰めた。
エミリオはその後ろ。
佐々木俊郎への縦パスを警戒する。
神谷は左足の裏でボールを止め、一度だけ身体を右へ向けた。
林達也を見る。
葉山隼人も反応する。
しかし。
出さない。
神谷は逆。
林卓也。
毛利良一が前へ出た。
卓也は左足で受けると、今度は素早く縦へ運ぶ。
毛利。
ついていく。
「中!」
川崎大志も戻る。
卓也はクロスを上げず、一度中央へ戻した。
カサーツノ。
そこから。
もう一度。
神谷。
北海道の攻撃は。
簡単には終わらない。
右。
左。
中央。
何度もボールを動かし。
千葉の守備を少しずつ動かしてくる。
「出るな!」
長谷川の声。
前半27分。
少しずつ動かされた末。
最後は佐々木にこぼれ球を拾われた。
同じことは。
繰り返せない。
神谷が中央で前を向こうとした瞬間。
エミリオが一歩前へ。
神谷は左足を振らず。
佐々木へ縦。
だが。
今度は。
長谷川が読んでいた。
「そこだ!」
佐々木の前へ身体を入れる。
インターセプト。
そのまま。
戸塚へ。
千葉ボール。
スタンドから大きな拍手が起こった。
◇
前半34分。
戸塚からエミリオ。
エミリオは前を向くと、右へ展開した。
川崎。
北海道の左サイドが寄せる。
毛利が外から追い越す。
川崎は一度、毛利へ出そうとした。
しかし。
途中でやめる。
中央。
ダニエル。
ダニエルにはカサーツノ。
前を向かせない。
ならば。
ワンタッチ。
左。
森川佑。
森川の前へボールが入る。
北海道の右サイドが寄せる。
葉山が外側を走った。
森川は葉山を使わず。
内側へ。
一歩。
相手を引きつける。
そして。
ダニエルへ返す。
ダニエル。
今度は少しだけスペースがある。
前。
ベニテス。
カストロ。
背後。
ベニテスが走る。
ダニエル。
浮かせる。
「マティアス!」
ベニテス。
胸。
収めようとする。
だが。
カストロが後ろからついている。
ベニテスは身体を入れる。
カストロも離れない。
ボールが少し前へ流れた。
そこへ。
石原一成。
出る。
速い。
ペナルティーエリア内。
ベニテスが足を伸ばすより先に。
石原が抱え込んだ。
「くそっ」
ベニテスが悔しそうに息を吐く。
石原は寝たまま数秒。
ボールを胸へ抱える。
そして立ち上がると。
すぐに。
カストロへポルトガル語で何かを伝えた。
続いて。
中盤へ向かって声。
北海道。
同点になったことで。
時間を急ぐ必要はない。
だが。
露骨に時計を進めるようなこともしなかった。
まだ。
自分たちも勝ちに行っている。
◇
前半36分。
その北海道が。
再び千葉ゴールへ迫った。
神谷。
中央。
戸塚を引きつける。
左。
卓也。
毛利が出る。
神谷は出さない。
一瞬。
溜める。
その瞬間。
右の達也が。
葉山の背後へ走った。
「隼人!」
宇津木の声。
神谷。
左足。
長い。
正確なボール。
右サイド。
達也。
走りながら。
胸で前へ。
葉山が戻る。
しかし。
達也が一歩早い。
ペナルティーエリア右。
そのまま。
右足。
低いクロス。
中央。
佐々木。
長谷川。
二人が入る。
佐々木が前。
長谷川が身体を寄せる。
佐々木。
右足。
触る。
シュート。
「玉縄!」
近い。
玉縄幸三。
左足。
咄嗟に出した。
ボールが当たる。
ゴール前へ跳ねる。
「セカンド!」
宇津木。
先に。
大きくクリア。
スタンドから。
大歓声。
玉縄はすぐに立ち上がる。
「大丈夫です!」
長谷川が振り返った。
「ナイス!」
「はい!」
危なかった。
前半27分と同じ。
佐々木は。
また。
ゴール前へいた。
ほんの少しでも自由にすれば。
二点目を奪われる。
北海道の9番は。
得点したあとも。
何一つ変わっていなかった。
◇
「佐々木、嫌ですね」
八幡が呟いた。
佐藤が苦笑する。
「試合前から知ってただろ」
「知ってるのと実際にやられるのは別ですよ」
「それはそうだ」
マルコは二人の会話には入らない。
腕を組み。
ピッチだけを見ている。
北海道が押し込む時間。
千葉が押し返す時間。
どちらか一方が。
完全に試合を支配しているわけではない。
だからこそ。
一つのミス。
一つの判断。
一つの個人技。
それだけで。
試合が動く可能性がある。
◇
前半38分。
今度は千葉。
宇津木から戸塚。
戸塚は佐々木の寄せを受ける前に。
エミリオ。
エミリオが一度。
右へ身体を開く。
川崎を見る。
北海道も反応。
だが。
パスは左。
森川。
森川が受ける。
葉山が外側。
ダニエルが中央から左へ寄ってくる。
三人。
北海道の右側へ集まる。
森川。
葉山へ。
葉山。
ワンタッチでダニエル。
ダニエル。
前を向く。
カサーツノが出る。
その背後へ。
森川。
走る。
「佑!」
ダニエル。
縦。
森川が受けた。
ペナルティーエリア左手前。
中。
ベニテス。
右には川崎。
森川は。
一度。
シュートの姿勢。
相手が寄る。
そこで。
横。
ダニエルへ。
ダニエル。
右足。
ミドル。
石原。
正面。
キャッチ。
「ああっ!」
スタンドから声が漏れる。
ダニエルは。
少しだけ顔を歪める。
石原の位置が良かった。
難しいシュートにすら見せない。
試合前。
八幡たちが確認した通りだった。
◇
前半40分。
残り五分。
1対1。
北海道にとっては。
このままでも首位。
千葉には。
まだ一点が必要。
その状況を。
スタンドの誰もが理解している。
「もう一点!」
「前半で取ろう!」
「行け千葉!」
声が大きくなる。
だが。
ピッチの選手たちは。
その熱に飲まれない。
エミリオがボールを持つ。
カサーツノ。
寄せる。
一度。
後ろ。
長谷川。
北海道の前線も。
無理に飛び込まない。
佐々木が。
中央へのコースを切る。
神谷が戸塚を見る。
卓也。
達也。
左右。
長谷川は。
右。
毛利。
毛利から川崎。
川崎。
足元。
卓也も戻ってくる。
川崎は。
一対一。
身体を揺らす。
右へ行く。
と見せ。
内側。
卓也がついてくる。
そこへ。
毛利。
外。
川崎は今度こそ使った。
毛利。
前へ。
クロス。
中央。
ベニテス。
カストロ。
競る。
カストロ。
頭。
クリア。
その先。
戸塚。
拾う。
すぐ。
森川。
左。
森川。
中へ。
カサーツノがスライド。
ダニエルへの道が消える。
森川は無理に通さず。
葉山へ戻した。
千葉は。
また。
やり直す。
◇
前半42分。
北海道。
神谷が中央から少し左へ流れた。
戸塚も。
距離を保ちながらついていく。
その空いた中央。
カサーツノが前へ。
エミリオ。
出る。
カサーツノから。
佐々木。
足元。
長谷川。
背後。
宇津木。
佐々木が受ける。
身体を入れる。
強い。
長谷川も負けない。
佐々木は。
自分で前を向けないと判断した。
落とす。
神谷。
そこへ戸塚。
神谷は。
ダイレクト。
卓也。
左。
毛利。
寄せる。
卓也。
左足。
クロス。
ファー。
達也。
葉山と競る。
達也が頭で中央へ戻す。
佐々木。
また。
そこへ入っている。
だが。
宇津木。
「させるか!」
身体を投げ出し。
先に足。
クリア。
今度は完全に外へ。
スローイン。
長谷川が宇津木を見る。
「ナイス!」
「まだ来るぞ!」
「ああ!」
北海道も。
前半の最後を。
このまま静かに終えるつもりはなかった。
◇
前半44分。
北海道の攻撃が続く。
卓也。
神谷。
カサーツノ。
左で三角形。
川崎も深い位置まで戻っている。
毛利。
戸塚。
千葉も人数を掛ける。
神谷が中央へ入り直す。
卓也から。
神谷。
左足。
ワンタッチで。
佐々木。
縦。
長谷川が前へ。
佐々木が背負う。
落とす。
カサーツノ。
ミドルを狙う姿勢。
エミリオが出た。
カサーツノは打たない。
右。
達也。
葉山。
一対一。
達也。
縦。
葉山。
ついていく。
クロス。
低い。
玉縄。
前へ出る。
両手。
キャッチ。
佐々木が飛び込む前に。
しっかりと抱えた。
「ナイス!」
長谷川が手を叩く。
玉縄は。
ボールを持ったまま。
一度。
前を見る。
時計。
44分を過ぎている。
それでも。
千葉は。
前へ出る。
玉縄。
投げる。
左。
葉山。
葉山から。
森川。
前半最後。
千葉の攻撃が始まった。
◇
前半45分。
森川が左で受ける。
北海道も。
すぐに守備を整える。
森川は後ろ。
葉山。
葉山から戸塚。
戸塚。
エミリオ。
中央。
北海道の前線が戻る。
その時。
第四審判がボードを掲げた。
**2**
前半アディショナルタイム。
二分。
「あと二分!」
スタンドから声。
1対1。
このまま前半を終えれば。
北海道が首位の状態で。
後半へ入る。
エミリオが。
右。
川崎。
川崎が毛利へ。
毛利。
前へ運ぶ。
卓也が戻る。
毛利は止まる。
後ろ。
宇津木。
北海道も。
焦って奪いに来ない。
宇津木から。
長谷川。
さらに。
左。
葉山。
大きく。
ピッチを使う。
葉山。
前。
森川。
森川が足元へ受ける。
相手が一人。
寄せる。
森川。
後ろへ戻すと見せ。
身体を反転。
内側。
一人。
かわす。
「森川!」
スタンドの声が大きくなる。
中央には。
ダニエル。
ベニテス。
カサーツノも。
カストロも。
戻っている。
森川は。
そのまま。
左から中央へ運ぶ。
北海道の選手が。
もう一人。
前へ出る。
森川。
一度。
止まる。
ダニエルへ出すように。
身体を向けた。
相手の重心が。
わずかに中央へ寄る。
次の瞬間。
森川は。
自分で行った。
◇
前半46分。
ペナルティーエリア左角付近。
森川佑。
右足で。
ボールを内側へ置く。
一歩。
シュートコース。
カストロが中央から寄ろうとする。
別のDFも。
前へ。
その間。
ほんのわずか。
ゴール。
見えた。
森川。
右足。
振り抜く。
シュート。
低い弾道。
北海道のDFの間を抜ける。
石原。
反応。
一歩。
横へ。
手を伸ばす。
届くか。
その指先。
僅かに。
届かない。
ボールは。
ゴール右隅。
ネットへ。
突き刺さった。
一瞬。
時間が。
止まったように見えた。
そして。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
エストレヤスタジアム。
爆発。
前半46分。
エストレヤ千葉。
勝ち越し。
背番号10。
森川佑。
2対1。
◇
森川は。
シュートが入ったのを確認すると。
その場で。
右拳を強く握った。
「っしゃあああああ!!」
普段。
感情を爆発させることが多い選手ではない。
それでも。
今日だけは。
声が出た。
そのまま。
ホーム側スタンドへ向かって走る。
最初に追いついたのは。
ダニエル。
「ユウ!」
後ろから抱きつく。
川崎。
葉山。
ベニテス。
戸塚。
エミリオ。
次々と集まる。
「ナイス!」
「森川!」
「よく決めた!」
キャプテンの長谷川も。
後方から。
大きく拳を握った。
ベンチ。
全員。
立っている。
塩川が両手を上げる。
材木座が叫ぶ。
小林も。
戸部も。
中田も。
鬼塚も。
黒崎も。
そして。
郷田京も。
大きく手を叩いていた。
マルコは。
強く。
一度だけ。
拳を握る。
八幡の横では。
佐藤が大きく息を吐いた。
「……前半の最後に来たな」
「でかいですね」
八幡は。
スコアボードを見る。
**2-1**
このまま。
試合が終われば。
J2優勝。
エストレヤ千葉。
だが。
まだ。
前半すら。
終わっていない。
◇
北海道の選手たちは。
すぐにセンターサークルへ戻った。
石原一成が。
ゴール前から。
大きな声を飛ばしている。
「切り替えろ!」
カストロ。
カサーツノ。
神谷。
全員へ。
手を叩く。
失点。
それも。
前半終了直前。
普通なら。
精神的に大きなダメージを受けてもおかしくない。
それでも。
北海道のキャプテンは。
下を向かせない。
神谷も。
森川を一度見たあと。
すぐに中央へ戻る。
かつて年代別代表で同じ中盤に立った二人。
今日は。
J2優勝を懸けて。
反対側にいる。
森川も。
喜び続けない。
センターサークルへ戻りながら。
一度だけ。
神谷と視線が合った。
言葉はない。
互いに。
そのまま。
位置へ戻った。
◇
北海道ボールで再開。
前半46分を過ぎている。
残り時間。
わずか。
それでも北海道は。
前へ出た。
カサーツノ。
神谷。
神谷が左足で前へ。
佐々木。
長谷川がつく。
佐々木。
落とす。
達也。
葉山。
寄せる。
達也がクロスを狙う。
葉山が足を出す。
ボール。
タッチラインの外。
北海道。
スローイン。
時計。
47分。
北海道が素早く投げる。
神谷。
中央。
戸塚が寄る。
神谷。
左。
卓也。
毛利。
前。
卓也がクロス。
宇津木。
頭。
大きく。
クリア。
その瞬間。
主審が時計を確認した。
そして。
笛。
ピーッ!
前半終了。
◇
エストレヤスタジアムから。
大きな拍手が降り注ぐ。
スコア。
**エストレヤ千葉 2-1 北海道フェニックスFC**
前半18分。
マティアス・ベニテス。
前半27分。
佐々木俊郎。
そして。
前半46分。
森川佑。
一度は追いつかれた。
このままでは北海道が優勝する。
そんなスコアに戻された。
それでも。
前半終了直前。
千葉の背番号10が。
もう一度。
試合を動かした。
選手たちがロッカールームへ向かう。
森川も。
ダニエルも。
ベニテスも。
戸塚も。
誰一人。
浮かれてはいない。
まだ。
半分。
残っている。
北海道は。
あと一点取れば。
再び。
優勝できる状況へ戻る。
一方。
千葉は。
この一点差を守るだけなのか。
それとも。
三点目を奪いに行くのか。
後半。
北海道が。
どう出てくるのか。
神谷の状態。
林兄弟。
佐々木。
カサーツノ。
北海道には。
まだ。
十分すぎるほど。
試合を変えられる選手がいる。
ベンチ前。
八幡は。
ロッカールームへ戻っていく選手たちの背中を見つめていた。
「前半は取った」
佐藤が横で言う。
「はい」
「あと四十五分」
八幡は。
一度だけ。
スコアボードを見上げる。
2対1。
今。
順位表を動かしているのは。
エストレヤ千葉だった。
「ここからですね」
八幡が答える。
優勝まであと四十五分。
だが北海道フェニックスFCがそのまま終わらせてくれるはずなどなかった。