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第434話 追いつかれた千葉

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第434話 追いつかれた千葉

後半開始を告げるため、エストレヤ千葉と北海道フェニックスFCの選手たちが再びピッチへ戻ってきた。

スコアは2対1。

前半終了間際に森川佑が決めた勝ち越しゴールによって、エストレヤ千葉が一歩前に出ている。このまま試合が終われば、J2王者となるのは千葉だ。

しかし、その差はわずか一点しかない。

北海道があと一点を奪えば2対2。勝ち点は同じままとなり、得失点差で上回る北海道が首位を守る。

つまり千葉にとって、このリードは守れば優勝へつながる一点であると同時に、いつ消えてもおかしくない危うい一点でもあった。

残り四十五分。

このまま守り切るのか。

それとも、さらに一点を奪って北海道を突き放すのか。

主審が両チームの配置を確認し、笛を吹く。

今季最後の四十五分が始まった。

◇

後半開始直後、千葉は前半と同じように後方から落ち着いてボールを動かした。

長谷川智樹から宇津木健太へ。そこから戸塚彩加、エミリオ・アルバレスへとボールを繋ぎ、北海道が前から圧力をかけてきても無理に縦へ急がない。一度後ろへ戻し、相手が動いたことで生まれたスペースを探していく。

そして、最初に狙ったのも前半と同じだった。

最前線のマティアス・ベニテス。

中央でボールを受けたエミリオが顔を上げると、ベニテスがカストロの前へ少し下がった。

「マティアス!」

縦パスが入る。

ところが、ベニテスへ届くよりわずかに早く、横からカサーツノが寄せてきた。

「っ」

ベニテスは身体を入れてボールを守ろうとする。カサーツノも離れず、前を向かせない。

その後ろでは、前半ならベニテスの下降に合わせて前へ出ていたカストロが動かなかった。最終ラインに残り、ベニテスの背後へできるスペースだけを見ている。

ベニテスは前を向けず、仕方なく戸塚へ戻した。

ベンチ脇からその一連を見ていた八幡が、小さく呟く。

「……変えてきた」

佐藤智成もすぐに気づいた。

「カストロが出てこないな」

「はい」

前半は、ベニテスが足元へ下がればカストロもついてきた。そのため、カストロが空けた背後をダニエルや森川が使うことができた。

だが後半は違う。

ベニテスが足元へ下がればカサーツノが見る。

裏へ走ればカストロが対応する。

二人で同時に追うのではなく、役割を分けて受け渡していた。

「マティアスの受ける場所を限定してますね」

八幡はピッチを見たまま言った。

「前半みたいに、カストロを簡単に引っ張り出せない」

佐藤も頷いた。

北海道はハーフタイムで、はっきりと修正を入れてきていた。

◇

後半2分。

今度はダニエルが中央でボールを受けた。

カサーツノはベニテスへのパスコースも見ながら、ダニエルとの距離を詰める。

その瞬間、ベニテスが背後へ走った。

だがカストロは迷わず下がる。

ダニエルは縦を見たものの、通せない。

そこで一度右へ逃がし、川崎大志から毛利良一へ繋ぐ。

毛利が前へ運ぶと、林卓也もすぐに戻ってきた。クロスを上げようとするが、コースを作らせてもらえない。

仕方なく川崎へ戻し、そこからさらにエミリオへ。

千葉はもう一度中央から組み立て直した。

ボールは持てる。

だが、前半のようにベニテスを起点として最終ラインを動かせない。

「ベニテスを潰しに来たな」

中村敏三郎が言う。

「ですね。ただ、二枚で張り付いてるわけじゃないです」

八幡が答える。

「カサーツノは足元、カストロは背後。二人とも自分の場所を崩さずにマティアスを受け渡してる」

「だから一人を止めるために守備人数を余計に使わなくていい」

「そういうことです」

佐藤が小さく息を吐いた。

「面倒だな」

「かなり」

八幡も素直に認めた。

◇

さらに北海道は、ボールを奪った後の攻撃にも変化を加えていた。

後半3分。

カサーツノがダニエルへ入るパスを引っかけ、そのまま神谷直人へ繋ぐ。

神谷は前半ほど低い位置へ下がらず、戸塚とエミリオの前に立っていた。

そこで前向きに受ける。

「来るぞ!」

長谷川の声が飛ぶ。

神谷は左足で左へ展開した。

林卓也。

毛利がすぐに前へ出る。

卓也は前半よりもはっきり縦を意識して一歩運び、毛利を後ろ向きにさせる。

毛利も食らいついたが、卓也は無理に抜き切らず、一度中央へ戻した。

神谷。

そこへ戸塚が寄せる。

しかし神谷はダイレクトで右へ振った。

大きなサイドチェンジ。

林達也が胸で収め、そのまま前へ向く。

対応する葉山隼人は、簡単には飛び込まない。

前半途中から掴んだ間合いを保ち、達也の一歩目を警戒する。

達也が縦へ仕掛ける。

葉山もついていく。

だが、達也は抜き切ろうとはしなかった。

一度中央へ戻し、カサーツノへ預ける。

そして、その直後。

達也はもう一度走った。

「もう一回来る!」

葉山も反応する。

だが、戻した直後の二度目の走り出しは、一歩目から速かった。

◇

後半4分。

カサーツノから、再び達也へボールが出る。

葉山の外側。

縦。

葉山も全力で追う。

しかし、一度ボールを戻してから再び走った分だけ、最初の一歩でわずかに前へ出られていた。

達也がペナルティーエリア右へ入る。

宇津木が中央から寄ろうとする。

その瞬間、佐々木俊郎が長谷川を引き連れながらゴール前へ入っていった。

葉山は達也の右足を警戒する。

その意識を見たのか。

達也は内側へ一歩切り込んだ。

「中!」

戸塚が戻る。

だが、間に合わない。

達也の右足が振り抜かれる。

低く、速いシュート。

玉縄幸三が反応し、横へ飛びながら手を伸ばした。

それでも、ボールはその先を抜けていった。

ゴール左隅。

ネットが揺れる。

一瞬遅れて、アウェー側スタンドが爆発した。

「うおおおおおおおおおおおおっ!!」

北海道フェニックスFC。

同点。

背番号19、林達也。

後半4分。

スコアは2対2となった。

◇

ゴールを決めた達也は、そのままゴール裏へ向かって走った。

「っしゃああああああ!!」

両腕を大きく広げる。

最初に追いついたのは卓也だった。

「達也!」

「おう!」

そこへ神谷、カサーツノ、佐々木も次々と集まってくる。

最後尾の石原一成も、自陣ゴール前で大きく拳を握った。

これで2対2。

北海道にとっては、再び優勝へ必要なスコアへ戻したことになる。

一方、ホーム側のスタンドでは、ほんの一瞬だけ声が落ちた。

前半終了間際に森川のゴールで掴んだリードが、後半開始からわずか四分で消えた。

葉山は悔しそうに唇を噛む。

「悪い」

その横へ宇津木が寄った。

「切り替えろ」

長谷川もすぐに声を飛ばす。

「まだ同点だ! 下向くな!」

玉縄もゴールからボールを取り出しながら叫んだ。

「もう一回行きましょう!」

スコアだけを見れば同点。

しかし、順位条件は同じではない。

このまま試合が終われば、得失点差で北海道が首位のまま。

千葉がJ2優勝を勝ち取るためには。

もう一度。

あと一点が必要になった。

◇

ベンチ前で、マルコ・ベッルーニは腕を組んだままピッチを見ていた。

八幡も同じように、失点までの流れを頭の中で追っていた。

「達也、変えてきましたね」

八幡が言う。

「前半みたいに一発で抜き切ろうとしなかった」

中村も頷く。

「ああ。一回戻して、もう一回走った」

「葉山が距離を取ることを逆に使われました」

前半の達也は、一対一になればそのまま一度で抜き切ろうとすることが多かった。

だから葉山は距離を取り、最初の加速を受け止める形で対応していた。

ところが後半は、その距離を逆手に取られた。

一度戻す。

葉山が少し前へ意識を向ける。

その瞬間に、もう一度走る。

北海道は、千葉が前半に見つけた守り方に対して、さらに一つ答えを返してきた。

しかも攻撃だけではない。

ベニテスへの守備も変わっている。

「向こう、かなり具体的に修正してきたな」

佐藤の言葉に、八幡は小さく頷いた。

「はい。前半と同じやり方をそのまま続けてない」

誰がどの修正を提案したのかは分からない。

それでも、北海道がハーフタイムで千葉の狙いを整理し直してきたことだけは明らかだった。

◇

後半6分。

千葉はすぐに攻撃へ出る。

戸塚からエミリオ。

そこからダニエルへ。

中央で受けたダニエルは、前方のベニテスを見る。

ベニテスが足元へ下がると、カサーツノがすぐについてきた。

背後から身体を寄せ、前を向かせない。

ベニテスはボールを収めたものの、反転する余裕がない。

そしてカストロは、後ろから無理に飛び込まない。

最終ラインへ残りながら、ベニテスが反転できるスペースだけを消している。

「マティアス!」

左から森川が声を出した。

ベニテスは一度森川へ落とす。

森川が前を見る。

中央にはダニエル。

だが、その頃には北海道の中盤が戻っていた。

カサーツノもベニテスから離れ、すぐに中央へ復帰している。

ダニエルへ入るコースが消える。

森川は無理をせず葉山へ戻した。

そこから長谷川、宇津木へ。

千葉はボールを持てている。

だが、前へ進めない。

「詰まってるな」

佐藤が言う。

「はい」

八幡はピッチ全体を見る。

ベニテスへ簡単には入らない。

ならばダニエル。

しかしカサーツノが中央へ戻るのが早く、ダニエルが受けても前を向けるスペースが小さい。

森川や川崎へサイドチェンジすることはできる。

北海道もそこまでは許している。

ただ、そこから先へ進ませない。

クロスを入れようとすれば中央にはカストロがいる。

その後ろには石原が構えている。

「マティアスを消されると、ダニエルも前向きづらくなる」

中村が言った。

「前半はマティアスの裏があるから、北海道の最終ラインが下がってましたからね」

八幡が続ける。

「今はカストロが無闇について出ない。だから最終ラインが崩れない」

北海道の守備は、ベニテス一人を消したことで終わっているわけではない。

ベニテスを消しながら、その影響でダニエルまで窮屈にしていた。

◇

後半8分。

今度は川崎が右でボールを持つ。

外側を毛利が走り、中央にはダニエル。

ベニテスがまた足元へ下がると、カサーツノも対応する。

川崎は一度ベニテスへ入れようとしたものの、直前でやめた。

代わりに外の毛利へ。

毛利は縦へ運び、そのままクロスを上げる。

しかし中央ではカストロが待っていた。

高く跳び、ヘディングで弾き返す。

こぼれ球はエミリオが拾った。

もう一度左へ。

森川。

中央へ一歩持ち込もうとする。

だが今度はカサーツノがその進路へ入った。

森川は打てない。

後ろの葉山へ戻し、そこから戸塚へ。

また後方からやり直すことになった。

スタンドからも、少しずつ焦れた声が漏れ始める。

「行け!」

「前!」

「もう一点!」

千葉にあと一点が必要なことは、誰もが分かっている。

それでも。

前へ出したくても。

出口が見つからない。

◇

後半9分。

北海道がカサーツノのところでボールを奪い、神谷へ繋いだ。

今度の神谷は、すぐには前へ急がない。

スコアは2対2。

このままなら優勝できるのは北海道だ。

だからといって守りへ入るわけではない。

ただ、無理をする必要もなかった。

神谷は左の卓也へ預ける。

毛利が寄せる。

卓也は一度縦へ仕掛け、毛利を後ろ向きにさせてから中央へ戻す。

再び神谷。

今度は中央へ下がってきた佐々木へ入れる。

長谷川がつく。

佐々木は背負ったまま神谷へ落とした。

エミリオが寄せる。

神谷はシュートを選ばず、右へ展開する。

達也。

つい数分前に同点ゴールを決めた男。

葉山も今度は簡単に縦へ行かせない。

達也は無理をせず止まり、後ろのカサーツノへ戻した。

北海道も慌てていなかった。

追いついたことで、むしろ試合のテンポを自分たちで選べるようになっている。

千葉が焦れば焦るほど。

北海道は落ち着いていた。

◇

後半10分。

55分。

スコアは2対2。

千葉は前半18分にマティアス・ベニテス、前半46分に森川佑が決めた。

北海道は前半27分に佐々木俊郎、そして後半4分に林達也。

四人が一得点ずつを奪い、試合はもう一度並んだ。

だが、優勝争いの条件まで同じ位置に戻ったわけではない。

このままなら、北海道フェニックスFCが首位を守ってJ2王者となる。

千葉には、あと一点が必要だった。

しかし、その一点を奪わなければならない千葉の攻撃は、後半に入って明らかに停滞していた。

ベニテスが足元へ下がればカサーツノが対応し、背後へ走ればカストロが見る。

ベニテスが自由に動けなくなったことで、その周囲にいるダニエルも前を向きづらくなっていた。

森川と川崎はサイドでボールを受けられる。

だが、そこから最後のところへ入れない。

北海道はベニテスだけを止めているのではない。

ベニテスを消すことによって。

千葉の攻撃全体から、前半にあった連動を奪っていた。

ベンチ前で八幡は腕を組んだまま、しばらくピッチを見続けた。

「完全にマティアスを起点から外しに来てる」

佐藤が隣から尋ねる。

「どうする?」

八幡はすぐには答えなかった。

ピッチ上の選手を順番に見る。

ベニテス。

ダニエル。

森川。

川崎。

戸塚。

エミリオ。

そして北海道側のカサーツノ、カストロ、神谷。

誰がどこへ立ち、誰がどのスペースを消しているのか。

それをしばらく見たあと。

八幡はようやく口を開いた。

「このまま同じこと続けても、たぶん変わらないですね」

55分。

2対2。

千葉が優勝するためにはあと一点。

だが、その一点を奪うためには、前半に上回った北海道を今度はもう一度、後半の中で上回り直さなければならなかった。