第440話 北海道も動く
第440話 北海道も動く
後半35分。
材木座義輝のゴールによって、エストレヤスタジアムの空気は再び大きく変わっていた。
3対3。
後半28分に林卓也のゴールで2対3とされた時には、北海道フェニックスFCがそのまま試合を持っていくかにも見えた。
しかし、その六分後。
途中出場の材木座が森川佑のパスから今季二点目を決め、千葉は再び北海道へ追いついた。
もっとも、千葉の選手たちに同点を喜び続けている余裕はない。
このまま終われば北海道が優勝する。
必要なのは、もう一点。
3対3から4対3へ。
最後に北海道を追い越さなければ、ここまで追いついた意味はなかった。
◇
再開直後から、千葉は明らかに前への圧力を強めた。
笹森正義が中央の後方を支え、その前でエミリオ・アルバレスが高い位置を取る。
エミリオが前へ出るようになったことで、ダニエル・ロドリゲスとの距離も近くなっていた。
そして最前線には材木座。
ベニテスのように何度も背後へ走るのではなく、カストロを背負って中央に残る。
北海道の守備陣にとっては、明らかに前半までとは違う対応を要求されていた。
後半36分。
宇津木健太から笹森へボールが入る。
神谷直人が前から寄せたが、笹森は無理に持たず、すぐにエミリオへ預けた。
エミリオは一列高い位置で前を向く。
カサーツノが対応へ出る。
その背後でダニエルが動き、さらに材木座がカストロを背負った。
千葉の中央に、少しずつ人が集まり始める。
エミリオからダニエル。
ダニエルはワンタッチで左へ。
森川。
そこへ葉山隼人が外から追い越す。
北海道の右サイドが二人へ対応しようとしたところで、森川は葉山を使わず、自分で内側へ運んだ。
前半終了間際に一度決めている形。
当然、北海道も簡単には打たせない。
中央から一人が寄せる。
森川はシュートを諦め、材木座へ縦パスを入れた。
材木座が背負う。
カストロが身体を当てる。
それでも材木座は倒れず、ボールを足元へ残した。
そこへダニエルが近づく。
落とす。
ダニエルが右足を振ろうとした瞬間、カサーツノが滑り込むようにコースを塞いだ。
シュートは打てない。
ダニエルは右へ逃がした。
川崎大志。
そこから毛利良一が外を回る。
毛利のクロスがゴール前へ入ったが、石原一成が落ち着いて前へ出てキャッチした。
「惜しい!」
スタンドから声が飛ぶ。
得点にはならなかった。
それでも、千葉は確実に北海道ゴールへ近づいていた。
◇
北海道も、その変化を感じ取っていた。
後半37分。
石原はすぐに前へ蹴らず、ボールを持ったまま味方を落ち着かせる。
「急がなくていい!」
最終ラインが広がる。
カサーツノも下がり、神谷がその少し前で顔を出した。
北海道にとって、3対3は悪いスコアではない。
むしろ。
このままなら優勝できる。
千葉の勢いに合わせて試合を速くする必要などなかった。
石原から最終ライン。
そこからカサーツノ。
神谷。
林卓也。
一度前へ出たところで、無理なら戻す。
千葉を走らせながら時間を進める。
ただ、千葉も簡単には下がらなかった。
材木座が中央を切り、ダニエルが神谷へのコースを見る。
森川と川崎も以前より高い位置を取り、北海道がサイドへ逃げたところへ圧力を掛ける。
北海道はボールを持ててはいる。
しかし、前半のように余裕を持って千葉陣内へ入れるわけではなくなっていた。
◇
後半38分。
今度は千葉が右から攻める。
川崎がタッチライン際で受けた。
毛利が外を追い越す。
ダニエルは内側へ寄り、北海道の中盤を中央へ引きつける。
川崎は毛利へ出すと見せて、自分で内側へ持ち込んだ。
そこへカサーツノ。
川崎は無理に突破せず、エミリオへ戻す。
エミリオから笹森。
そして笹森が左へ大きく展開した。
森川。
前には葉山。
千葉は右から左へ一気に北海道を動かす。
森川が受けた瞬間、北海道の右サイドバックが遅れて寄せる。
森川はその外を葉山へ通した。
葉山が前へ出る。
ゴール前には材木座。
ダニエルも入ってくる。
葉山がクロス。
材木座とカストロが競り合う。
材木座がわずかに先に触った。
ヘディング。
しかし、ボールはゴール左へ外れた。
「くっ……!」
材木座が悔しそうに両手を叩いた。
その様子を見ながら、北海道ベンチが動いた。
◇
後半39分。
北海道フェニックスFCが交代を準備する。
一人ではなかった。
二人。
しかも。
交代するのは、左右のサイドバックだった。
第四審判のところへ二人の選手が呼ばれる。
北海道は、両サイドを同時に入れ替える。
「両方か」
佐藤智成が呟いた。
八幡もすぐに意図を理解した。
「バランスを取り直しますね」
ここ数分。
千葉は明らかにサイドから押し込み始めていた。
左では森川と葉山。
右では川崎と毛利。
さらに中央には材木座が入り、カストロをその場へ縛りつけている。
中央だけを固めても、千葉は外から入ってくる。
そしてサイドバックが疲れて対応を遅らせれば、森川や川崎が内側へ切れ込む余裕まで生まれる。
北海道はそこを放置しなかった。
左右のサイドバックを同時に交代。
新しい脚を入れ。
両サイドの守備強度を戻す。
それと同時に、攻撃へ出すぎないように役割も整理する。
「完全に守るわけじゃない」
八幡が言った。
「でも、両サイドを安定させて、中央も崩さない」
中村敏三郎が頷く。
「3対3でいいからな」
「はい。こっちみたいに無理して人数を前へ掛ける必要がない」
北海道にとって重要なのは。
千葉の勢いに付き合わないことだった。
◇
交代が行われる。
左右のサイドバックがピッチを離れ、代わって二人の新しいサイドバックが入った。
その二人へ、石原がすぐに声を掛ける。
神谷も近づき、簡単に位置を確認した。
入ってきた二人は、いきなり高い位置を取らない。
まず最終ラインへ並ぶ。
森川と川崎を見る。
その外側には葉山と毛利。
どこまで出るか。
誰に渡すか。
北海道は、そこをもう一度整理した。
試合再開。
千葉はすぐに左へ運ぶ。
森川が受ける。
だが。
先ほどまでより。
北海道の寄せが早い。
新しく入ったサイドバックが距離を詰め、その内側にはカサーツノが戻る。
葉山が外を追い越しても、簡単に二人を引き離せない。
森川は一度戻した。
「早速か」
佐藤が言う。
八幡は返事をせず、反対側を見る。
右。
川崎にも。
同じ。
北海道は。
左右を新しい選手へ入れ替えたことで、もう一度守備の幅を取り戻していた。
◇
後半40分。
スコアは3対3。
エストレヤ千葉は、材木座の投入から一度流れを引き戻した。
そして。
北海道は。
その流れが大きくなる前に。
両サイドバックを同時に入れ替えた。
千葉が一つ動けば。
北海道も。
また動く。
北海道は。
同点でいい。
千葉は。
勝たなければならない。
残り。
五分。
プラス。
アディショナルタイム。
八幡は時計を確認してから、もう一度ベンチへ目を向けた。
北海道が両サイドのバランスを整えた以上同じ攻め方だけを続けても最後の一点は簡単には生まれない。
3対3。
あと一点。
その一点を奪える時間はいよいよ少なくなっていた。