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第450話 それぞれの祝い方

やはり俺のスカウト人生は間違っている。 — www.pixiv.net · All chapters

第450話 それぞれの祝い方

J2優勝を決めた夜。

エストレヤ千葉の選手たちは、長い一日を終えてそれぞれの家へ帰っていった。

スタジアムでは全員が同じ歓喜を味わった。郷田京が掲げた優勝トロフィーの下で肩を組み、飛び跳ね、声が枯れるほど叫んだ。

だが、ユニフォームを脱ぎ、玄関の扉を開けた先に待っている時間は一人ひとり違う。

川崎大志にも。

戸部翔にも。

スタジアムとは違う、それぞれの家族との夜が待っていた。

◇

## 川崎家

「ただいまー」

川崎大志が玄関の扉を開けた。

北海道フェニックスFCとの激戦を終え、表彰式に参加し、チームメイトたちと散々騒いでからの帰宅である。さすがに身体には疲労が残っていたが、その表情は明るかった。

シーズン最後を八連勝で締め、J2優勝。

そして来季のJ1昇格。

これ以上ない終わり方だった。

「おかえりー」

リビングから返ってきたのは、妻の姫菜の声だった。

川崎姫菜、二十四歳。

小説家として活動しながら、三歳になる息子を育てている。

大志がリビングへ入ると、姫菜はソファに座ったまま笑顔を向けた。

「優勝おめでとう、大志」

「ありがとう」

「いやー、凄い試合だったね」

「見てた?」

「もちろん。息子と一緒に」

「最後まで?」

「途中で寝そうになってたけど、最後の最後で目覚めた」

「戸部さんのフリーキック?」

「そうそう。私も叫んだから」

大志は一瞬黙ったあと、ソファの端で毛布に包まれて眠っている息子を見た。

「……それ、姫菜の声で起きたんじゃないの?」

「否定はできない」

悪びれる様子もなく笑う妻に、大志も苦笑した。

息子はすでに完全に眠っている。大志は自然と声を落とし、荷物を置いてからその前へしゃがみ込んだ。

「……ただいま」

「聞こえてないよ」

「いいんだよ」

「パパだねえ」

「父親なんだから当たり前だろ」

そう返しながら、大志は眠る息子の頭をそっと撫でた。

◇

着替えを済ませてリビングへ戻ると、姫菜は今日の試合を録画した映像を見ていた。

「まだ見るの?」

「資料」

「何の?」

「小説の」

「サッカー小説書いてないだろ」

「人間観察」

「急に作家っぽいこと言うなよ」

大志が隣へ座ると、ちょうど前半の千葉の攻撃が映っていた。

右サイドでボールを受けた大志が、北海道の選手を背負いながら前へ運んでいる。

左右どちらの足でも扱えることが川崎大志の特徴ではあるが、純粋なスピードに優れた選手ではない。

むしろ足は遅い部類だ。

その代わり、簡単には身体を崩されない。

相手との間へ身体を入れ、ボールを隠し、ぶつかられても強靱なフィジカルで耐えながら前進する。それが高校時代から磨き続けてきた大志の形だった。

「大志ってさ」

「ん?」

「改めて見ると、本当に足遅いよね」

「帰ってきて早々に悪口?」

「いや、映像見て思っただけ」

「自分が一番分かってるよ」

「なのに抜けるの不思議なんだよね」

「速さで抜けないから、身体使ってるんだよ」

置き去りにできないなら、相手より先に良い場所へ身体を入れる。

正面から当たられても簡単にボールを失わない。

派手なドリブラーとはまったく違うが、大志はそれでプロのサイドハーフとして生き残ってきた。

「高校の時からあんな感じだったの?」

「だいたいな」

「八幡君たちの二つ下の世代だよね」

「そう」

「戸部さんも八幡君たちと同じ二つ上?」

「ああ。戸部さんも俺より二つ上」

姫菜が少し面白そうに笑う。

「ちゃんと戸部さんって呼ぶんだね」

「そりゃ先輩だからな」

「スタジアムだと普通に大声で指示し合ってるから、そういう上下関係忘れる」

「試合中は別だよ。いちいち敬語で指示出してたら遅れるだろ」

「なるほど。体育会系だ」

「サッカー部出身なんだから当たり前だろ」

◇

映像は後半へ進んでいった。

後半43分。

川崎大志がピッチを離れ、代わって戸部翔が入る。

ダニエル・ロドリゲスは右SHへ移り、戸部が本職のトップ下へ入った。

そして後半46分。

森川佑が倒される。

ゴールまで約二十一メートル。

やや左。

千葉のフリーキック。

「ここ!」

姫菜が少し身体を起こした。

「分かってるって」

「何回見ても凄いよね」

「俺もベンチで見てたけど、入った瞬間は何が起きたか分かんなかった」

北海道の壁の中には、視界を遮るため千葉の選手も二人入っていた。

戸部が助走へ入る。

右足を振り抜く。

美しい放物線を描いたボールは壁を越え、石原一成の伸ばした指先の先を通り抜けてゴール右上へ吸い込まれた。

4対3。

「うわぁ……」

録画だと分かっているのに、姫菜が感嘆の声を漏らす。

「これ、戸部さん絶対何回も見るでしょ」

「俺も本人に言ったよ」

「何て?」

「百回くらい見返しますよねって」

「戸部さん、何て?」

「否定してたけど、たぶん見る」

「私でも見るもん」

「本人じゃないじゃん」

二人で笑った。

だが、少しして姫菜は画面から夫へ視線を移した。

「でもさ、大志もよかったよ」

「何が?」

「今日の試合」

「俺、ゴールもアシストもないけど」

「また数字の話?」

姫菜が横目で見る。

「前半からずっと右で身体張ってたじゃん。毛利君とも何回も崩してたし」

「……結構ちゃんと見てるな」

「夫の試合だからね」

「サッカー詳しくなったよな」

「何年見てると思ってるの」

姫菜はサッカーの専門家ではない。

それでも長い間、夫の試合を見続けてきた。

だから、どんなプレーを得意としているのか。

どんな時に苦しんでいるのか。

数字に残らなくても、良い試合だったかどうかくらいは分かる。

「来年、J1だね」

「ああ」

「地元に残って正解だった?」

その質問に、大志は少しだけ目を細めた。

高校卒業時。

冬の全国高校サッカー選手権で活躍した大志には、複数のJ1クラブから声が掛かっていた。

条件だけを考えれば、そちらへ進む選択肢もあった。

それでも、大志は地元でプレーすることを選んだ。

エストレヤ千葉に加入した。

「正解だったよ」

迷わず答えた。

「今ならな」

「今なら?」

「入る時点で正解かどうかなんて分かんないだろ。プロで試合に出られるかも分からなかったし、クラブがJ1に上がれるかも分からなかった」

「まあ、そうだね」

「でも今、ここで優勝してJ1に上がれる」

大志はテレビへ視線を戻した。

画面では郷田京が優勝トロフィーを掲げている。

「だから、残ってよかった」

姫菜は何もからかわず、嬉しそうに笑った。

◇

「……ぱぱ?」

突然、小さな声がした。

二人が同時に振り返る。

毛布の中で眠っていた息子が、目を擦りながら身体を起こしていた。

「あ、起きた」

「悪い。俺たちが起こしたかな」

「ぱぱ……」

息子は眠そうな顔のまま両腕を伸ばす。

大志はすぐに抱き上げた。

「ただいま」

「ぱぱ、かった?」

「勝ったよ」

「ゆうしょう?」

「優勝」

「いちばん?」

「一番」

息子は少しの間、大志の顔をじっと見つめた。

そして、眠気の残る声で言う。

「ぱぱ、すごい」

大志の表情が一瞬止まった。

「……おう」

横で見ていた姫菜がにやりと笑う。

「今の効いた?」

「別に」

「顔に出てるけど」

「出てない」

「めちゃくちゃ嬉しそう」

「うるさい」

口ではそう返しても、大志の口元は隠しようもなく緩んでいた。

息子を抱く腕へ、ほんの少しだけ力を込める。

ピッチでは屈強な相手に身体をぶつけ、簡単には押し負けない男も、家へ帰れば一人の父親だった。

「来年も頑張ってね」

姫菜が言う。

「J1で?」

「うん」

「簡単じゃないぞ」

「知ってる」

「今より競争も激しくなると思う」

「それも知ってる」

「じゃあ何でそんな簡単に言えるんだよ」

「だって大志って、結局やるでしょ?」

「……まあ」

「じゃあ頑張ればいいじゃん」

「雑だな」

「シンプルって言ってよ」

大志も笑った。

腕の中では、息子が安心したようにもう一度目を閉じ始めていた。

J2王者となった夜。

川崎家では、いつもより少しだけ特別で、それでも普段と変わらない家族の時間が流れていた。

◇

## 戸部家

一方、同じ頃。

「ただいまー」

戸部翔が自宅の玄関を開けた。

身体には試合の疲労がはっきり残っている。

だが、表情から興奮はまったく消えていなかった。

後半43分に途中出場。

その三分後。

ゴールまで約二十一メートル、やや左からのフリーキック。

壁を越えたボールは石原一成の指先を抜き、ゴール右上へ吸い込まれた。

4対3。

J2優勝を決める決勝ゴール。

サッカー選手として生きていく中で、これ以上の一球が人生で何度訪れるのか分からない。

「おかえり、翔」

リビングから声がした。

戸部陽乃。

二十八歳。

旧姓、雪ノ下陽乃。

昨年、戸部と結婚した。

現在は専業主婦として生活しながら、株式投資などによって個人的な収入も得ている。二人が暮らしているのは、結婚後に陽乃の実家から贈られた一軒家だった。

戸部がリビングへ入ると、陽乃は笑顔で迎えた。

「優勝おめでとう」

「ありがとうございます」

「それと」

陽乃はわざと少し間を置いた。

「決勝ゴール、おめでとう」

その一言で、戸部の顔が一気に緩んだ。

「いやー……」

「何その顔」

「だって、あれですよ?」

「自分から言う?」

「今日くらい言わせてくださいよ」

「それで、何回見返したの?」

「まだそんなに見てないですよ」

「何回?」

戸部が一瞬だけ目を逸らす。

「……六回です」

「十分見てるじゃん」

「クラブで流れてた映像も入ってますから!」

「細かい言い訳するね」

陽乃が楽しそうに笑った。

◇

「でも、本当に凄かったよ」

陽乃がテレビをつけると、ちょうどスポーツニュースで優勝決定戦が取り上げられていた。

『後半アディショナルタイム! エストレヤ千葉にフリーキック! キッカーは途中出場の戸部翔!』

「来た」

戸部がその場で足を止める。

「座らないの?」

「ここだけ見ます」

「七回目」

「テレビの放送で見るのは別です」

「どういうルールなの、それ」

画面の中で戸部が助走へ入る。

壁を越えたボールが、美しい軌道を描いて落ちていく。

石原が跳ぶ。

届かない。

ネットが揺れた。

自分自身が蹴ったボールだというのに、戸部は何も言わず最後まで見つめていた。

「どう?」

陽乃が尋ねる。

「……これ、やばいですね」

「自画自賛してる」

「だって俺ですよ?」

「知ってるよ」

「人生で一番のゴールじゃないですか、これ」

「今のところはね」

「ですよね……」

何度見ても、現実味が薄かった。

あれを本当に自分が蹴ったのか。

あれで本当に優勝が決まったのか。

時間が経つほど、逆に不思議な感覚になってくる。

◇

だが、今季の戸部は最初から最後まで順調だったわけではなかった。

春。

ダニエル・ロドリゲスが加入した。

同じOMF。

高い技術。

ドリブル。

パス。

得点力。

運動量。

それまで主力として出場していた戸部は、少しずつベンチから試合を見る機会が増えていった。

悔しかった。

納得できない時期もあった。

自分に何が足りないのか。

なぜダニエルで、自分ではないのか。

比企谷八幡へ不満をぶつけたことさえある。

それでも腐ることだけはしなかった。

先発できないなら、途中から何ができるのか。

どんな形なら自分の武器を出せるのか。

試合の流れをどう変えるのか。

自分なりに答えを探し続けた。

そしてシーズン最後の試合。

最後の最後に、最大の仕事をやってのけた。

「今年、色々あったよね」

陽乃が隣から言う。

「まあ……そうですね」

「ダニエル君が来てから、かなり落ち込んでたし」

「そこまでじゃないですよ」

「家に帰ってきて、ずっと無言だった日は?」

「……考えてただけです」

「八幡君の愚痴をずっと言ってた日は?」

「……あれは」

「落ち込んでたよね?」

戸部は数秒抵抗したあと、諦めた。

「はい」

陽乃が笑う。

「でも、よかったじゃん」

「何がです?」

「最後にちゃんと出番が来て」

「はい」

「決めて」

「はい」

「優勝して」

「……はい」

そこで戸部は少し視線を落とした。

「正直に言うと」

「うん」

「途中で、俺もう必要ないのかなって思ったことはありました」

陽乃は何も挟まず、続きを待った。

「別にダニエルが悪いわけじゃないんです。あいつ、普通に上手いですし。見れば分かります」

「うん」

「だから余計に悔しかったんですよね」

自分より優れた選手が同じポジションへ来る。

プロである以上、避けることのできない競争だった。

「でも、八幡さんにも言われました」

「何て?」

「『お前にはお前の武器がある』って」

戸部の武器。

広い視野。

正確なパス。

そして。

フリーキック。

戸部がテレビへ目を向ける。

ニュースでは再び、あの決勝ゴールが流れていた。

「……続けててよかったです」

陽乃は夫の横顔を見ながら、静かに笑った。

◇

「翔」

「はい?」

「私からも話があるんだけど」

少しだけ声の調子が変わった。

戸部が陽乃を見る。

「どうしました?」

「ちょっと座って」

「え?」

「いいから」

いつものからかうような表情ではなかった。

戸部は素直にソファへ腰を下ろす。

陽乃もその隣へ座った。

「最近さ、私、あんまり体調よくなかったでしょ」

「ああ……はい」

食欲が落ちている日があった。

気分が悪いと言って横になることも増えた。

吐き気もある。

戸部も当然心配していた。

「病院行った方がいいって言ったじゃないですか」

「行ったよ」

「え?」

「昨日」

戸部の表情が一変した。

「聞いてないですよ」

「今日話そうと思ってたから」

「何か悪かったんですか?」

「違う違う。病気じゃないから」

「じゃあ何です?」

つい先ほどまで自分の決勝ゴールを見ながら浮かれていた男が、一瞬で真剣な顔になった。

その変わりように陽乃は少し笑う。

「最初は私も分からなかったんだよね」

「はい」

「それで、お母さんに相談したの」

「陽乃さんのお母さんですか?」

「うん。それと、翔のお母さんにも」

「二人に?」

「二人とも同じこと言ったんだよね」

「何てです?」

陽乃は一度呼吸を整えた。

「それ、妊娠してるんじゃないのって」

戸部の動きが止まった。

「……え?」

「それで妊娠検査薬を使ったら陽性だった」

「……」

「昨日、病院に行ってちゃんと診てもらった」

戸部は陽乃の顔を見たまま、瞬きすら忘れたように動かない。

陽乃が優しく笑う。

「翔」

「……はい」

「私、妊娠してるって」

◇

数秒間。

戸部は本当に一言も発しなかった。

「……え?」

「だから妊娠」

「いや、聞こえてます」

「うん」

「……本当に?」

「本当」

「赤ちゃんですか?」

「そうだよ」

「俺たちの?」

「他に誰の子なのよ」

「いや、そういう意味じゃなくて!」

戸部が慌てて両手で顔を覆う。

「ちょっと待ってください」

「うん」

「マジですか?」

「マジ」

「本当に?」

「何回聞くの」

「だって……」

声が震えていた。

「翔?」

陽乃が横から顔を覗き込む。

戸部がゆっくり手を下ろす。

目が赤くなっていた。

「え?」

今度は陽乃が驚く。

「泣いてる?」

「泣いてないです」

「いや、泣いてるじゃん」

「これは、その……」

何か言い訳をしようとした。

だが、その間にも一筋の涙が頬を伝った。

「……やばい」

戸部は泣きながら笑った。

「本当なんですね?」

「だから本当だって」

「俺、父親になるんですか?」

「なるよ」

「……マジか」

もう一度両手で顔を覆った。

「嬉しい?」

陽乃に聞かれ、戸部は顔を隠したまま何度も頷いた。

「……嬉しいです」

声まで完全に泣いていた。

陽乃はそんな夫を見て、困ったように笑う。

「決勝ゴール決めた時より泣いてない?」

「比較できないですって」

「優勝より?」

「それも比べないでください!」

「じゃあ、どっちが嬉しい?」

「だから比較できませんって!」

涙を拭きながら必死に答える戸部を見て、陽乃も声を上げて笑った。

◇

戸部は少し落ち着くと、戸惑うように陽乃のお腹へ視線を向けた。

「……触ってもいいですか?」

「いいよ」

まだ外見からは何も分からない。

戸部は恐る恐る手を伸ばし、陽乃のお腹へそっと触れた。

もちろん、まだ胎動など感じられる時期ではない。

手のひらへ伝わるのは、妻の身体の温かさだけだった。

それでも戸部にとっては十分だった。

「……ここにいるんですね」

「いるよ」

「やば……」

また目元へ涙が浮かぶ。

「翔、泣きすぎ」

「無理ですよ、こんなの」

「さっきテレビであんな格好いいフリーキック決めてた人と同じ人に見えない」

「今それ言わないでくださいよ」

陽乃が楽しそうに笑った。

少しして戸部が思い出したように尋ねる。

「でも、昨日分かったなら昨日言ってくださいよ」

「大事な試合の前日に言えるわけないじゃん」

「でも俺、知りたかったですよ」

「絶対試合中まで考えるでしょ?」

「……考えますね」

「ほら」

戸部には何も言い返せなかった。

「だから今日言おうって決めてたの」

「勝ってから?」

「勝っても負けても今日。ちゃんと家に帰ってきて、二人だけの時に話したかった」

「……そうだったんですね」

戸部はもう一度、陽乃のお腹へ目を向けた。

「陽乃さん」

「何?」

「ありがとうございます」

陽乃が少し目を丸くした。

「まだ産まれてないよ」

「分かってます」

「これから大変だよ」

「分かってます」

「もっと体調悪くなるかもしれないし」

「俺にできること、全部やります」

「全部は無理でしょ」

「じゃあ、俺にできること全部」

「サッカーもあるよ?」

「そっちもやります」

「欲張りだね」

「今日くらい許してください」

二人で笑った。

◇

テレビではまた、戸部のフリーキックが流れていた。

壁を越えたボールが石原の手を抜ける。

ネットが揺れる。

スタジアムが爆発する。

4対3。

エストレヤ千葉、J2優勝。

だが、もう戸部はテレビを見ていなかった。

目の前にいる妻と。

そのお腹の中にいる、まだ顔も見ることのできない新しい家族のことしか考えていなかった。

「今日、すごい日ですね」

「そうだね」

「J2優勝して」

「うん」

「決勝点決めて」

「うん」

「家帰ってきたら、自分が父親になるって聞いて」

「情報量多すぎだね」

「一生忘れませんよ、今日」

「忘れたら怒るから」

「絶対忘れません」

戸部はまだ少し赤い目のまま、幸せそうに笑った。

◇

川崎家では、三歳の息子を腕に抱きながら、大志が来季初めて挑むJ1の舞台へ思いを向けていた。

その一方で戸部家では、夫婦二人だった家庭に新しい命が加わることを知った翔が、何度も涙を拭っていた。

同じクラブで戦い。

同じ優勝を経験し。

同じ夜に家へ帰った二人。

それでも、その祝い方はまるで違っていた。

川崎大志にとっては、地元クラブで掴んだ優勝を妻と息子に祝ってもらう夜。

そして戸部翔にとっては、J2優勝を決め、人生でも忘れられない決勝ゴールを奪い、その日の最後に自分が父親になることまで知らされた夜。

二人にとって長かったシーズン最後の一日は、それぞれ違う幸福に包まれながら、静かに終わろうとしていた。