第14話 それぞれの夜3
第14話 それぞれの夜3
### 戸部家
午後九時十分。
千葉県内。
戸部翔の自宅。
玄関の扉が開く。
「ただいまー。」
いつものように明るく帰宅する。
リビングでは雪ノ下陽乃がワイングラスを片手にソファへ座っていた。
「おかえり、翔くん。」
「ただいま、陽乃。」
戸部はスーツを脱ぎ、隣へ腰を下ろす。
陽乃は微笑みながら戸部の顔を見た。
「今日は疲れてるね。」
「分かる?」
「顔に書いてある。」
戸部は苦笑した。
「やっぱ隠せねぇか。」
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「ご飯できてるよ。」
「ありがと。」
二人で食卓を囲む。
子どもはいない。
その分、夫婦でゆっくり食事をする時間が多かった。
しばらく他愛もない話をした後、
陽乃が箸を置く。
「今日、何かあった?」
「……。」
戸部も箸を止める。
「ダニエル。」
「うん。」
「やっぱりすげぇ。」
陽乃は静かに聞いていた。
「正直。」
「俺より上だ。」
戸部は笑った。
だが、その笑顔はどこか寂しい。
「認めたくないけどな。」
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「スタメンも。」
「もう決まりだろうな。」
「……。」
陽乃は何も言わない。
戸部は続けた。
「悔しいよ。」
「俺。」
「このチームで司令塔やってきた。」
「FKだけなら誰にも負けない自信もある。」
「でも。」
「走れない。」
「守れない。」
「ダニエルは全部できる。」
静かな夜だった。
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食事を終え、
二人で食器を片付ける。
陽乃が洗い、
戸部が拭く。
「翔くん。」
「ん?」
「今日ね。」
「比企谷君と話した?」
戸部は頷く。
「ああ。」
「また走れって言われた。」
陽乃は笑った。
「比企谷君らしい。」
「慰めたりは?」
「全然。」
戸部は苦笑する。
「『追い抜きたいなら走れ』。」
「それだけ。」
陽乃は声を出して笑った。
「ふふっ。」
「本当に変わらない。」
「高校の頃から。」
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戸部は食器を拭く手を止めた。
「でも。」
「悔しいんだよ。」
「うん。」
「八幡が連れてきた選手に。」
「ポジション取られるの。」
その一言には、
友人だからではない。
一人のサッカー選手としての本音が詰まっていた。
「俺。」
「八幡に文句言っちゃった。」
「へぇ。」
「でも。」
「全部データ見せられて。」
「何も言い返せなかった。」
陽乃は戸部の横顔を見る。
「納得した?」
「……した。」
「だから余計悔しい。」
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食器を片付け終える。
陽乃は戸部の前へ立った。
「翔くん。」
「何?」
「悔しいなら。」
「練習すればいい。」
「してる。」
「もっと。」
「……。」
「比企谷君は。」
「努力しない人を評価する人じゃない。」
「うん。」
「逆に。」
「努力する人はちゃんと見てる。」
戸部は少し驚いた。
「そうかな。」
「そうよ。」
陽乃は微笑む。
「高校の頃から。」
「ちゃんと見てたじゃない。」
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少し沈黙が流れる。
陽乃は戸部の両肩へ手を置いた。
「翔くん。」
「私はね。」
「スタメンだから結婚したんじゃない。」
「……。」
「サッカーが好きで。」
「仲間が好きで。」
「誰よりも真っ直ぐな翔くんだから。」
「一緒になったの。」
戸部は照れくさそうに笑った。
「そういうの。」
「反則だろ。」
「本当のことだもの。」
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寝る前。
戸部は一人でストレッチを始めた。
いつもなら終わりだった。
しかし今日は違う。
ストレッチ。
スクワット。
体幹トレーニング。
ランニングフォームの確認。
陽乃は寝室のドアから静かに見守っていた。
「……頑張れ。」
小さく呟く。
戸部翔は、スタメンを奪われた。
だから終わるのではない。
ここからもう一度、奪い返すために。
スーパーサブへの第一歩は、誰も見ていない夜の努力から始まっていた。
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### 川崎大志家
午後八時。
千葉県内。
川崎大志の自宅。
「ただいま。」
玄関の扉が開く。
リビングから元気な声が飛んできた。
「パパ!」
一歳半になる娘が、小さな足で一生懸命走ってくる。
大志は自然と笑みを浮かべ、しゃがみ込んだ。
「ただいま。」
「いい子にしてたか?」
「うん!」
娘を抱き上げると、その後ろから海老名姫菜がエプロン姿で現れる。
「おかえり、大志。」
「ただいま、姫菜。」
海老名は二人を見て嬉しそうに笑った。
「今日は早かったね。」
「分析ミーティングだけだったから。」
「そっか。」
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三人で食卓を囲む。
娘は楽しそうにスプーンを握っている。
「今日は保育園で何したの?」
大志が聞く。
「おえかきー!」
「何描いた?」
「ぱぱ!」
「ママ!」
「じょうずだった!」
その答えに、大志と姫菜は顔を見合わせて笑った。
「今度見せてもらおうな。」
「うん!」
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娘を寝かしつけた後。
リビングには夫婦二人だけになる。
海老名が温かいお茶を運んできた。
「はい。」
「ありがと。」
大志は湯呑みを受け取る。
「今日は珍しく静かだね。」
「考え事?」
海老名は昔から、人の表情を読むのが得意だった。
大志は苦笑する。
「バレるか。」
「高校の頃からね。」
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「福岡戦。」
「うん。」
「俺が鍵になるらしい。」
「鍵?」
「相手の左サイドバック。」
「風間って選手。」
「八幡が。」
「『自由にさせるな』って。」
海老名は静かに聞いていた。
「そんなにすごい選手?」
「ああ。」
「J2でもトップクラスらしい。」
「へぇ。」
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大志はソファにもたれた。
「正直。」
「楽しみなんだ。」
「楽しみ?」
「うん。」
「強い相手とやる方が燃える。」
海老名は笑う。
「大志らしい。」
「でも。」
大志は頭を掻いた。
「俺、足遅いからさ。」
「抜かれたら終わりかなって。」
「何言ってるの。」
海老名は即座に否定した。
「足が遅いのなんて、付き合い始めた頃から知ってる。」
「ひどいな。」
「でも。」
海老名は笑顔のまま続けた。
「その代わり。」
「当たり負けしない。」
「ボール取られても諦めない。」
「最後まで追い掛ける。」
「それが大志じゃん。」
大志は少し照れくさそうに笑った。
「まぁ。」
「そうだな。」
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「それに。」
海老名は続ける。
「比企谷君が大志を選んだんでしょ?」
「ああ。」
「だったら。」
「理由がある。」
「……。」
「高校の頃からそうだったじゃん。」
「比企谷君って。」
「好き嫌いで判断する人じゃない。」
「必要だから使う。」
大志は静かに頷いた。
「そうなんだよな。」
「だから。」
「期待には応えたい。」
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少し沈黙が流れる。
娘の寝息だけが聞こえる。
海老名はそっと大志の手を握った。
「無理だけはしないでね。」
「大丈夫。」
「怪我したら。」
「私も、この子も悲しいから。」
大志は優しく握り返した。
「ああ。」
「絶対帰ってくる。」
「約束。」
「約束。」
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その夜。
娘の寝顔を見ながら、大志は静かに呟いた。
「風間。」
「J2トップクラスなんだろ。」
「だったら。」
口元に笑みが浮かぶ。
「止めてやる。」
足の速さでは敵わない。
技術でも劣るかもしれない。
それでも。
**フィジカルと闘志だけは負けない。**
それが、川崎大志というサイドハーフだった。
# 戸部 陽乃(とべ はるの)
**旧姓:雪ノ下 陽乃**
**27歳 7月7日生まれ**
**専業主婦/個人投資家**
エストレヤ千葉所属の**戸部翔の妻**。
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## プロフィール
大手建設会社、**雪ノ下建設の令嬢として育った女性**。
現在は専業主婦として生活しているが、以前から行っている**株式投資などによって個人的な収入も得ている**。
結婚を機に実家から一軒家を贈られ、現在は夫の戸部と二人で暮らしている。
裕福な家庭で何不自由なく育ってきたものの、本人は現在の生活を非常に気に入っている。
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## 戸部との出会い
高校卒業後の**20歳の時**。
外出中、複数人の男性からしつこくナンパされ、陽乃が対応に困っていたところに戸部が居合わせた。
戸部は陽乃と男性たちの間に入り、すぐに警察へ通報。
相手を必要以上に刺激することなく、警察が到着するまでその場から逃げないよう引き留め続けた。
無事に事態が収まったあとも、見返りを求めるような態度を取ることはなかった。
そんな戸部の**誠実な人柄**に陽乃が興味を持ったことが、二人の関係の始まりだった。
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## 交際
最初に積極的に動いたのは陽乃。
助けてもらったことをきっかけに自分から戸部を誘い、二人で何度も遊びに出掛けるようになる。
育ってきた環境も性格も大きく異なる二人だったが、一緒に過ごす時間が増えるにつれて距離を縮めていった。
やがて陽乃にとって戸部は、雪ノ下家の令嬢としてではなく、**一人の女性として接してくれる大切な存在**となる。
その後、正式に交際を開始した。
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## 結婚
長年の交際を経て、**昨年結婚**。
雪ノ下陽乃から、**戸部陽乃**となった。
結婚を機に実家から贈られた一軒家で、戸部との夫婦生活を送っている。
現在の陽乃は、かつての令嬢としての暮らしよりも、戸部と過ごす何気ない毎日に幸せを感じている。
本人も現在の生活について、
**「昔より今の生活の方が幸せ」**
と話している。
# 川崎 姫菜(かわさき ひな)
**旧姓:海老名 姫菜**
**24歳 11月30日生まれ**
**職業:小説家**
エストレヤ千葉所属の**川崎大志の妻**。
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## プロフィール
小説家として活動する24歳。
学生時代から独特の感性を持ち、周囲とは少し違った雰囲気を持つ女性だった。
当時は恋愛そのものにほとんど興味がなく、男子からアプローチされることを面倒に感じていた。
そのため、男性を遠ざけるための一種の防御策として、**BL好きであることをあえて前面に出していた**。
周囲から変わった女子として見られても本人はまったく気にせず、自分の好きなものを堂々と語っていた。
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## 川崎大志との出会い
転機となったのは**20歳の時**。
参加した飲み会で酒を飲み過ぎてしまい、帰り道で動けなくなって道端に座り込んでいた。
そこを偶然通りかかったのが、川崎大志だった。
大志は酔っている姫菜を放っておけず介抱。
そのまま無事に自宅まで送り届けた。
それまで恋愛にほとんど興味を示してこなかった姫菜だったが、この出来事をきっかけに大志を意識するようになる。
その後も交流を続け、やがて二人は交際を開始した。
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## 結婚
交際を続けていた**22歳の時に妊娠が判明**。
子どもを授かったことをきっかけに、大志との結婚を決めた。
現在は小説家として活動しながら、大志とともに息子を育てている。
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## 家族
### 夫
**川崎大志**
エストレヤ千葉所属のプロサッカー選手。
姫菜が酔いつぶれていたところを介抱したことが、二人の関係の始まりとなった。
現在は夫婦として互いの仕事を支えながら家庭を築いている。
### 長男
**2歳**
大志と姫菜にとって、かけがえのない存在。
大志も家庭では良き父親として息子を大切にしており、姫菜と協力しながら子育てに励んでいる。