LNCrawler

第459話 最後まで、ストライカー

やはり俺のスカウト人生は間違っている。 — www.pixiv.net · All chapters

第459話 最後まで、ストライカー

ハーフタイムを終えた選手たちが再びピッチへ姿を現すと、エストレヤスタジアムには大きな拍手が広がった。

前半は1対1。

36分に元原太陽が先制し、44分には栗林宰三が同点ゴールを奪った。

引退試合だからといって、どちらかが手を抜いている様子はない。むしろ前半を戦ったことで、選手たちの競争心には完全に火がついていた。

ユニフォーム1チームのベンチでは、監督役の郷田京が選手たちを集めている。

「前半と同じでいい。無理に元原さんへ集める必要はないぞ。普通に崩せ。最後に元原さんがいる形を作ればいい」

「監督、結構ちゃんとしてますね」

川崎大志が笑う。

「何だと思ってたんだ」

「もっと『元原さんに全部集めろ』みたいになるのかと」

「それじゃ元原さんが怒るだろ」

「よく分かってるな」

当の元原が笑った。

一方、反対側では鬼塚純一郎が腕を組んでいた。

「後半も普通に勝ちに行くぞ。元原さんの引退試合だからって、最後に勝たせてあげようとか考えるな」

「その言葉、元原さんに聞かれたら喜びそうですね」

長谷川智樹が言う。

「だから言ってるんだよ」

そこへ佐久間浩二が割って入った。

「監督、一ついいか?」

「何だ」

「俺、後半も出るの?」

「出る」

「即答かよ」

「まだ走れるだろ」

「三十七歳なんだけど」

「前半普通に走ってただろ」

「それとこれは別だって!」

近くにいた中田正和がベンチから笑った。

「佐久間さん、頑張ってくださーい」

「お前、本当に今日だけ楽しそうだな!」

そんなやり取りにも、スタンドから笑いが起こる。

そして主審役のスタッフが選手たちへ位置につくよう促した。

元原がゆっくりとセンターラインの向こうを見る。

残り四十五分。

今度こそ。

本当に最後の四十五分だった。

◇

後半開始。

立ち上がりからボールを握ったのはユニフォーム1だった。

戸塚彩加と小林庄雅が中央でバランスを取り、前方では戸部翔が頻繁に位置を変える。川崎大志と塩川康文が両サイドへ広がったことで、ユニフォーム2の守備は横へ揺さぶられていた。

後半4分。

川崎が右から中へ運び、戸部へ預ける。

戸部は反転せず、背後から走り込んできた安原翼へ落とした。

安原のクロス。

中央では元原と長谷川が競る。

元原が頭へ当てたものの、シュートは僅かにバーを越えた。

「あー!」

スタンドから惜しむ声。

元原は苦笑しながら頭を抱える。

「二点目欲しいなあ」

「まだ狙うんですか!」

長谷川が笑う。

「最後なんだから欲張っていいだろ!」

「それと守るのは別です!」

後半になっても、二人のやり取りは変わらなかった。

◇

## 後半9分

ユニフォーム1が再び攻め込む。

塩川が左サイドでボールを持ち、葉山隼人との一対一から中へ切り込もうとした。

そこへ笹森正義がカバーへ入る。

塩川は一度止まり、後ろから上がってきた高山俊樹へ戻した。

高山が中央へ。

小林。

さらに戸部。

戸部が前を向いた瞬間、エミリオ・アルバレスが寄せる。

それでも戸部は細かくボールを動かし、身体を入れながら突破を狙った。

「っ!」

足が掛かる。

笛。

ユニフォーム1にフリーキック。

ゴールまでは直接狙える距離だった。

スタンドがざわつく。

『フリーキックです。そして……やはりこの選手が向かいます』

司会席で天童くれはが言う。

ボールの前に立ったのは。

背番号20。

戸部翔。

「また戸部か」

ベニテスが笑う。

「最終節を思い出すな」

「ま、まさか再びあの神業が――!」

材木座が身を乗り出す。

『材木座選手、マイクへ近づきすぎです』

「今そこを気にする場面か!?」

ピッチでは。

戸部がボールを置き直していた。

壁を作るユニフォーム2。

玉縄幸三がポジションを確認する。

「翔!」

元原が少し離れた位置から声を掛ける。

「決めろよ!」

「元原さんに言われたら外せないじゃないですか!」

戸部が笑った。

笛。

助走。

右足。

ボールは壁の上を越えた。

鋭く曲がりながら。

落ちる。

玉縄が跳ぶ。

しかし。

その手の先。

ネットが揺れた。

「おおおおおおおっ!」

スタジアムに歓声が響いた。

『ゴール! 戸部翔選手! またしてもフリーキックを直接決めました!』

戸部は両腕を広げながら笑う。

「また決めたぁぁぁぁ!」

材木座の声までスタジアムに響く。

「こいつFKだけは本当におかしいな」

ベニテスも笑っていた。

スコアは。

**2対1。**

ユニフォーム1が再び前へ出た。

◇

「翔!」

元原が戸部へ近づく。

「最終節より簡単そうに決めるなよ」

「いやいや、簡単じゃないですって!」

「玉縄、今日二回もやられてるぞ」

「元原さんまでこっち煽らないでください!」

玉縄がゴール前から声を上げる。

「まだ終わってないですから!」

公式戦なら緊張感に包まれる場面でも。

今日は。

どこか楽しさがあった。

ただし。

プレーそのものは。

決して緩くない。

◇

後半15分を過ぎると、ユニフォーム2が前へ出る時間が増えた。

エミリオが中盤でボールを動かし、ダニエルが戸塚と小林の間へ顔を出す。

左では森川。

右では佐久間。

そして前線の栗林も細かく動き、ユニフォーム1のCBを引きつけていた。

後半20分。

ダニエルから森川。

森川が中へ入り、右足でクロス。

栗林が飛び込む。

宇津木が先に触った。

こぼれ球。

佐久間が走ってくる。

「俺のところに来るなって!」

叫びながら。

右足。

シュート。

だが古賀悠斗が横へ弾いた。

「惜しい!」

中田の声がベンチから聞こえる。

「佐久間さん、走れてますよ!」

「後で覚えとけよ!」

佐久間が戻りながら叫ぶ。

◇

## 後半26分

その数分後だった。

ユニフォーム2が右サイドから攻撃する。

毛利良一が高い位置へ上がり、川崎ではなく塩川と高山がいる側とは逆のサイドで、ユニフォーム1の守備を押し下げた。

佐久間は最初、外へ開いていた。

しかし毛利がボールを受けると。

ゆっくり。

中央へ入る。

「佐久間さん!」

毛利がダニエルへ預ける。

ダニエルはワンタッチでエミリオ。

エミリオが右を見る。

安原が毛利を警戒して外へ動いた。

その瞬間。

中央に。

僅かなスペースが生まれた。

「今!」

佐久間が入る。

エミリオから縦。

ダニエル。

ダニエルが背中を向けたまま。

ワンタッチ。

右斜め前。

そこへ。

佐久間が走り込んだ。

「うおっ……!」

本人が一番驚いたような声を出す。

古賀が前へ。

佐久間。

右足。

強く振り抜く。

ボールは古賀の脇を抜け。

ゴールへ飛び込んだ。

◇

「……入った?」

一瞬。

佐久間自身がゴールを見る。

ネット。

揺れている。

「入ったぁぁぁ!」

次の瞬間。

両手を上げた。

『ゴール! 背番号17、佐久間浩二選手! ユニフォーム2が追いつきました!』

「三十七歳ぃぃぃぃ!」

なぜか材木座が年齢を叫ぶ。

『材木座選手、それ必要ですか?』

「重要であろう!」

「本人怒るぞ」

ベニテスが笑う。

案の定。

ピッチ上の佐久間は解説席を指差した。

「材木座ぁ! 聞こえてるぞ!」

スタンドが爆笑する。

◇

そして。

一番嬉しそうだったのは。

ベンチの中田だった。

「佐久間さーん!」

「何だよ!」

「スタメンでよかったですね!」

「お前にだけは言われたくねえ!」

「でもゴールですよ!」

「そうだけど!」

「三十七歳!」

「年齢言うな!」

佐久間は文句を言いながら。

結局。

笑っていた。

スコアは。

**2対2。**

元原の最後の試合は。

完全に接戦になっていた。

◇

残り十五分。

さすがに。

元原の動きは落ちていた。

三十九歳。

今季。

公式戦出場は夏の一試合だけ。

そこでゴールを決めたものの。

継続して試合へ出られるコンディションには戻らなかった。

そんな身体で。

今日は。

前半から長い時間ピッチに立っている。

「元原さん」

戸塚が近づく。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないって言ったら代えてくれる?」

「たぶん京さんが許さないです」

「じゃあ聞くなよ」

元原が笑う。

息は。

かなり上がっている。

それでも。

「最後まで出ます?」

「ああ」

そこだけは。

迷わなかった。

「出る」

◇

ユニフォーム1監督。

郷田も。

元原の様子を見ていた。

「京さん」

ベンチの村上が聞く。

「交代させないんですか?」

「本人が言うまでしない」

「でも……」

「最後だからな」

郷田は。

ピッチを見る。

「自分で終わる時間を決めてもらう」

それ以上。

誰も言わなかった。

◇

後半36分。

ユニフォーム2。

森川のシュートを古賀が防ぐ。

38分。

ユニフォーム1。

川崎が右からクロス。

元原が合わせる。

しかし。

長谷川に身体を寄せられ。

シュートは弱くなった。

玉縄がキャッチ。

「元原さん、まだ狙いますね」

「当たり前だろ」

「もう一本取ったじゃないですか」

「二本取ったら駄目なのか?」

「駄目です」

「なんでだよ」

「俺らが守ってるからです」

二人とも。

笑っている。

◇

後半40分を過ぎる。

スタンドには。

少しずつ。

独特の空気が生まれ始めていた。

もうすぐ。

終わる。

誰も。

口にはしない。

だが。

時計を見れば。

分かる。

背番号32が。

プロサッカー選手として。

ピッチに立っている時間が。

残り僅かになっている。

元原自身も。

時計を見た。

42分。

「……あと少しか」

呟く。

◇

## 後半44分

ユニフォーム1。

戸塚が中央でボールを奪った。

「小林さん!」

小林へ。

小林は前を向かず。

戸部へ短くつなぐ。

戸部。

エミリオが寄せる。

右。

川崎。

戸部が展開。

川崎が受ける。

葉山が前へ出た。

川崎は。

身体を当てる。

止まる。

右足。

左足。

ボールを失わない。

その外。

安原が上がる。

「翼!」

川崎が出す。

安原。

縦へ。

葉山が戻る。

それでも。

安原が僅かに前へ出た。

クロス。

低い。

ゴール前。

長谷川。

坂本。

二人が中央を固める。

元原は。

その間にいなかった。

「……?」

長谷川が探す。

元原は。

ほんの少し。

後ろへ下がっていた。

クロスが。

長谷川と坂本の前を抜ける。

そこへ。

遅れて。

背番号32。

元原太陽。

「元原さん!」

右足。

合わせる。

強くない。

だが。

正確だった。

玉縄が反応する。

手を伸ばす。

その横。

ボールが。

ゴール左隅へ。

吸い込まれた。

◇

時間が。

止まったようだった。

そして。

「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

今日一番の歓声が。

スタジアム全体を揺らした。

『ゴール!!』

くれはの声も大きくなる。

『後半44分! 背番号32! 元原太陽選手! 本日二得点目!!』

「元原殿ぉぉぉぉぉ!!」

材木座は。

もう誰にも止められない。

「二点目だ!」

ベニテスも立ち上がっていた。

◇

元原は。

その場で。

止まっていた。

ゴールを見る。

ネットの中のボール。

そして。

スタンド。

背番号32。

無数のタオル。

拍手。

歓声。

「……入ったな」

小さく。

呟く。

その直後。

「元原さん!」

戸部が飛びついた。

「うわっ!」

川崎。

戸塚。

小林。

塩川。

安原。

高山。

橋本。

宇津木。

ユニフォーム1の選手たちが。

一斉に集まる。

「二点目!」

「やっぱりストライカーじゃないですか!」

「最後の最後で決めるの反則ですよ!」

「重い! お前ら重い!」

元原が笑う。

その目が。

少し。

潤んでいた。

◇

反対側。

長谷川は腰へ手を当て。

苦笑していた。

「二回やられたな」

坂本が隣で。

悔しそうに息を吐く。

「また見失いました」

「覚えとけ」

「はい?」

「ゴール取るFWってのは」

長谷川が元原を見る。

「最後まで、ああいうところにいるんだよ」

玉縄も。

ゴールからボールを拾う。

「今日二回も取られるとはなあ」

それでも。

その顔には。

僅かな笑みがあった。

スコア。

**3対2。**

残り。

僅か。

◇

試合再開。

後半45分。

そして。

アディショナルタイムへ入る。

ユニフォーム2は。

最後まで。

本気だった。

「前行け!」

鬼塚が声を上げる。

「追いつけ!」

「監督、元原さんの引退試合ですよ!」

佐久間が叫ぶ。

「だから何だ!」

「本気すぎるだろ!」

「負けて終われるか!」

「俺もそう思うけど!」

佐久間も。

前へ走る。

◇

後半46分。

エミリオ。

中央。

ダニエル。

小林が寄せる。

ダニエルが左へ。

森川。

安原が対応。

森川は一度戻す。

葉山。

高い位置まで上がっていた。

葉山からエミリオ。

もう一度。

右へ。

佐久間。

佐久間がクロス。

宇津木がクリア。

こぼれ球。

笹森。

シュート。

橋本に当たる。

再び。

ユニフォーム2。

「まだある!」

鬼塚が叫ぶ。

◇

## 後半48分

最後の攻撃。

エミリオが中央でボールを拾った。

前。

ダニエル。

戸塚がつく。

ダニエルは。

右へ出さない。

身体を反転。

左。

森川。

森川が受ける。

安原が寄せる。

その外を。

誰かが走る。

「隼人!」

葉山隼人。

左サイドバック。

最後の最後。

全速力で。

森川の外側を追い越した。

「行け!」

鬼塚の声。

森川が。

絶妙なタイミングで。

葉山へ渡す。

葉山。

ペナルティーエリアへ。

高山ではなく、ユニフォーム1側の右を守る安原が戻る。

橋本も寄る。

葉山は。

クロスを上げるように。

左足を振る。

しかし。

蹴ったのは。

ゴール。

「っ!」

古賀が反応する。

ニア。

狭いコース。

左足。

強いシュート。

古賀の手。

その先。

ネットが。

揺れた。

◇

「おおおおおおおおっ!!」

『ゴール!!』

歓声。

『後半48分! 葉山隼人選手! ユニフォーム2チームが土壇場で追いつきました!』

葉山は。

自分でも少し驚いた顔で。

ゴールを見る。

「入った……」

その直後。

森川が背中へ飛びついた。

「ナイス、隼人!」

「最後SBがそこまで来る!?」

安原が苦笑する。

「もう終わると思ったから!」

「それ理由になってないだろ!」

葉山も笑った。

◇

スコア。

**3対3。**

元原は。

センターサークルへ歩きながら。

葉山を見る。

「俺の決勝点、消したな」

葉山が。

少し申し訳なさそうに笑う。

「すみません」

「謝るなよ」

元原も笑った。

「それでいいんだよ」

「え?」

「最後まで本気でやるって言っただろ」

葉山は。

少しだけ目を細め。

頷いた。

「はい」

◇

もう。

残された時間はほとんどなかった。

元原が。

センターサークルへ立つ。

ボールを見下ろす。

三十九歳。

背番号32。

現役最後の試合。

二得点。

スコアは3対3。

主審を見る。

笛。

再開。

元原が戸部へ戻す。

戸部。

戸塚。

もう一度。

元原へ。

元原が受ける。

前を向く。

長谷川がいる。

坂本もいる。

その向こう。

玉縄。

「……最後か」

元原が。

ほんの僅かに。

笑う。

右へ。

川崎へパス。

川崎が前へ運ぼうとした。

その瞬間。

笛が鳴った。

◇

長い。

笛。

試合終了。

**ユニフォーム1 3―3 ユニフォーム2。**

36分。

元原太陽。

44分。

栗林宰三。

後半9分。

戸部翔。

後半26分。

佐久間浩二。

後半44分。

元原太陽。

後半48分。

葉山隼人。

六得点。

引き分け。

そして。

これで。

元原太陽の。

現役最後の試合が。

終わった。

◇

元原は。

笛が鳴っても。

すぐには動かなかった。

ピッチの中央。

立ったまま。

芝生を見る。

自分のスパイク。

白いライン。

ボール。

そして。

ゆっくり。

顔を上げる。

スタンドでは。

サポーターたちが。

立ち上がっていた。

拍手。

どんどん。

大きくなる。

「元原!」

「太陽!」

「ありがとう!」

「元原ぁぁぁ!」

声が。

降ってくる。

元原は。

ただ。

その声を聞いていた。

笑おうとして。

少しだけ。

顔を伏せる。

◇

「元原さん」

隣へ。

長谷川が来た。

「お疲れさまでした」

「……まだ挨拶残ってるだろ」

「そうでした」

「春子にも同じこと言われたよ。全部終わるまではまだ選手だって」

「じゃあ」

長谷川が笑う。

「もう少しだけですね」

「ああ」

反対側から。

栗林。

戸部。

佐久間。

葉山。

そして。

両チームの選手たちが集まってくる。

ベンチからも。

村上。

黒崎。

中田。

宍道。

さらには。

解説席を飛び出してきた材木座とベニテスまで。

「元原殿ぉぉぉ!」

「うるせえな、最後まで!」

元原が笑う。

◇

その様子を見ながら天童くれはは手元の進行表を確認した。

試合終了。

3対3。

次は最後のプログラム。

『皆さま』

場内へくれはの声が響く。

選手たちが少しずつ元原の周囲から離れていく。

『ただいまをもちまして、元原太陽選手・引退記念試合は、3対3で終了いたしました』

大きな拍手。

『このあと、背番号32・元原太陽選手より、スタジアムへお越しいただいた皆さまへご挨拶がございます』

元原はピッチの中央でそのアナウンスを聞いた。

そしてゆっくり息を吐く。

試合は終わった。

次は二十年以上に及んだ現役生活へ。

自分自身の言葉で別れを告げる時間だった。