番外編 恒例の宿題発表会
番外編 恒例の宿題発表会
12月21日。
全国ネットのサッカー応援番組――**『神林SC』**。
この日の放送は、年内最後の放送だった。
Jリーグのシーズンも終わり、日本代表や海外組の話題を振り返りながら一年を締めくくる。
いつもなら、MCの神林康孝も年末らしい明るい雰囲気で番組を進めるはずなのだが。
オープニングから。
その表情は。
明らかに暗かった。
「……嫌なんだけど」
スタジオ中央。
神林は、普段の衣装ではなくサッカーのユニフォーム姿で立っていた。
シャツ。
パンツ。
ソックス。
そして足元にはトレーニングシューズ。
完全にプレーする格好である。
隣では、局アナが笑いを堪えながら進行台本を確認していた。
「まだ番組始まったばかりですよ」
「だから嫌なんだよ。普通、年内最後の放送って楽しく一年振り返るもんじゃないの?」
「この番組も振り返りますよ」
「じゃあ何で俺ユニフォーム着てるの?」
「分かってるじゃないですか」
「分かってるから聞いてるんだよ!」
スタジオから笑いが起こる。
もう一人のレギュラー。
元日本代表MFの原口敦は、隣で穏やかに笑っていた。
「神林さん、似合ってますよ」
「原口さん、そういう問題じゃないんです」
「動きやすそうです」
「動きたくないんですよ!」
「でも、今日は動いていただかないと」
「ほらぁ!」
神林が天井を仰いだ。
◇
局アナがカメラへ向き直る。
「さて。年内最後の『神林SC』といえば、もう恒例となりましたこちらの企画です」
モニター。
大きな文字が表示される。
**『この技やってみて! 宿題発表会』**
「出たよ……」
神林が露骨に嫌そうな顔をする。
「一年を通して、プロサッカー選手の皆さんに披露していただいたリフティング技。それを神林さんへの“宿題”として持ち帰っていただき――」
「持ち帰りたくて持ち帰ってるんじゃないからね?」
「一年間練習していただきました」
「勝手に美談みたいにするな!」
「そして本日、その成果を披露していただきます」
「毎年思うんだけど、なんで俺だけ年末にこんな追試みたいなことやってるの?」
原口が笑う。
「でも神林さん、元々サッカーやってたじゃないですか」
「やってましたよ! 普通のサッカーを!」
「リフティングもサッカーです」
「プロが番組用に持ってくる技は普通じゃないの!」
それだけは。
神林の言う通りだった。
◇
「では確認しましょう」
「確認したくない」
「今年、神林さんに出された宿題は――」
モニターが切り替わる。
神林の顔がさらに引きつった。
「**六個です**」
「多いんだよ!」
今年だけで六つ。
しかも。
どれも初心者向けではない。
左右のインステップからアラウンド・ザ・ワールド、クロスオーバー、肩へのボール静止へ繋げるもの。
踵を使って背面へ送り、反対足で返す連続技。
太腿で受けてから、足を交差させながら外回しを左右で行うもの。
足首と踵を連続して使い、背中側へ上げたボールを後頭部付近で止めるもの。
足の甲へ静止させたボールを浮かせ、膝裏を使って前へ戻し、最後は足元で回収するもの。
そして。
最後。
今年六個目。
小林庄雅から出された宿題。
左足アラウンド・ザ・ワールド。
右足アラウンド・ザ・ワールド。
左足ダブルアラウンド・ザ・ワールド。
クロスオーバー。
踵で背面へ持ち上げ。
ネックキャッチ。
そして足元へ回収。
「……」
神林が無言になった。
局アナが横を見る。
「どうしました?」
「今、六個並べてみて改めて思った」
「はい」
「選手たち、俺のこと嫌いなの?」
スタジオが爆笑する。
「そんなことないですよ」
原口が笑いながら否定する。
「じゃあ何で毎回難しくなるんですか!」
「神林さんが毎年成功するからじゃないですか?」
「成功してるから次を難しくするのやめて!」
◇
特に。
最後の小林の技がモニターで再生されると。
神林の表情は完全に死んだ。
小林庄雅。
これが三度目の出題。
映像の中で。
左。
右。
左足で二回転。
クロスオーバー。
さらに踵。
背面。
ネックキャッチ。
最後まで。
ほとんど乱れず成功させる。
映像終了。
静寂。
「……いや」
神林がモニターを指差す。
「これ、サッカー番組のMCにやらせる技じゃないよね?」
「三回目ですね、小林選手からの出題」
「三回全部難しいの!」
「期待されてるんですよ」
「俺は期待されたくないの!」
原口が映像を見ながら感心する。
「ただ、小林選手はやっぱりボールタッチ柔らかいですね」
「解説しないでくださいよ。難しさが補強されるから」
「左足ダブルが一つポイントですね」
「聞きたくない!」
「その後すぐクロスオーバーなので」
「だから聞きたくないって!」
年内最後の放送。
開始早々。
神林だけ。
すでに疲れていた。
◇
「では」
局アナが進行する。
「今年も、神林さんには収録後やお仕事の合間に練習していただきました」
「そうだよ」
神林が急に真顔になる。
「俺、今年これのために何時間使ったと思う?」
「かなり?」
「かなりだよ!」
テレビ局の空きスペース。
収録後のスタジオ。
時には自宅近く。
ボールを持ち。
一人で。
何度も。
失敗してきた。
「四十五歳のおじさんが、夜に一人でネックキャッチ練習してる気持ち分かる?」
原口が笑う。
「でも上手くなりましたよね」
「そこなんだよ」
神林が頭を抱える。
「去年よりできるようになってるからやめられないんだよ!」
「成長してますね」
「嬉しくない!」
◇
スタッフがボールを運んでくる。
神林の目の前へ。
一球。
置かれた。
神林がそれを見下ろす。
「……始まる?」
「始まります」
「今から?」
「何のためにユニフォーム着てるんですか」
「できれば衣装として終わりたかった」
「無理です」
「だよね……」
神林は。
大きく息を吐いた。
それから。
ボールを右足で軽く転がす。
表情が少し変わる。
嫌そうではある。
だが。
ここまで来たら。
やるしかない。
「一個確認していい?」
「どうぞ」
「失敗したら?」
「成功するまでです」
「去年と同じ!」
「恒例ですから」
「その恒例を変えようよ!」
再び笑いが起こる。
◇
「原口さん」
「はい」
「本当に六個全部やるんですよね?」
「やります」
「助けてくれません?」
「応援します」
「一番役に立たない答え!」
原口は笑いながら拍手する。
「頑張ってください」
「軽いんだよなあ……」
神林は。
もう一度。
目の前のボールを見る。
六つ。
一年間。
番組を通して。
プロサッカー選手たちから出された宿題。
その成果を見せる。
年内最後の放送。
恒例。
**宿題発表会。**
「……よし」
神林がボールを足元へ置いた。
「やるよ」
「お願いします」
「ただし!」
急にカメラを見る。
「来年は三個までだからな!」
スタッフから。
誰も返事をしない。
「おい!」
スタジオに笑いが響く。
「今、誰も『分かりました』って言わなかったぞ!」
局アナが笑顔で進行する。
「それでは神林さん。一つ目の宿題から参りましょう」
「無視された!」
原口が拍手する。
「神林さん、頑張って」
「原口さんまで進めないで!」
それでも。
神林はボールを拾った。
年内最後の『神林SC』。
そして神林康孝にとって一年で最も憂鬱な、恒例の時間がついに始まった。