第15話 それぞれの夜4
第15話 それぞれの夜4
### 比企谷家
午後十時十五分。
エストレヤ千葉トレーニングセンター。
分析室。
今日も最後まで明かりが点いていた。
世界各国リーグの試合映像。
ホワイトボードいっぱいに書かれた福岡レガーロ対策。
試合用タブレットには、風間拓真のプレー映像が一時停止されたままになっている。
八幡は椅子にもたれながら、大きく息を吐いた。
「……あと少し。」
ノートパソコンの画面には、福岡レガーロのセットプレー分析。
攻撃。
守備。
選手ごとの癖。
交代後の戦術変化。
細かいデータが何十ページにも並んでいた。
もう何度も見返した映像だった。
それでも、もう一度確認する。
見落としがないか。
相手の癖を一つでも多く見つけられないか。
その積み重ねが、勝敗を分けることを知っているからだった。
八幡はコーヒーカップを手に取り、一口飲んだ。
「……苦い。」
冷めきっていた。
時計を見る。
「十時か。」
スマートフォンを見ると、ソフィアからメッセージが十件以上届いていた。
> 『ハチマン、ご飯冷めちゃうよ🥺』
> 『まだ?』
> 『子どもたち寝ちゃったよ』
> 『帰る前に連絡してね』
> 『コーヒー飲みすぎ禁止!!』
八幡は苦笑しながら返信する。
> 『今から帰る』
一秒もしないうちに既読が付いた。
> 『待ってる❤️』
「……早いな。」
もう一度だけ分析室を見回す。
ホワイトボード。
資料の山。
散らばった付箋。
そして、選手一人ひとりの名前が書かれたメモ。
誰を起用すれば勝てるのか。
誰ならチームを勝たせられるのか。
監督ではない。
それでも、自分の分析が監督の決断を左右する。
責任は重い。
「帰るか。」
パソコンの電源を落とす。
分析室の明かりが消えた。
静まり返ったクラブハウスを歩きながら、警備員へ軽く頭を下げる。
「お疲れ様です。」
「比企谷さんも、お疲れ様。」
「また最後でしたね。」
「いつものことです。」
軽く笑って車へ乗り込んだ。
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午後十時五十分。
比企谷家。
玄関の扉を静かに開ける。
「ただいま。」
すると、すぐにリビングの扉が開いた。
「おかえり!」
ソフィアだった。
パジャマ姿のまま、小走りで八幡の前まで来る。
「遅かった!」
「悪い。」
「また分析?」
「ああ。」
ソフィアは少し頬を膨らませる。
「コーヒー何杯飲んだ?」
「……三杯。」
「嘘。」
「四杯。」
「もっとでしょ?」
「五杯。」
ソフィアは大きくため息をついた。
「また飲みすぎ。」
そう言いながら、八幡のスーツを受け取りハンガーへ掛ける。
「着替えて。」
「うん。」
「それと。」
「何だ?」
「夜食作ったから。」
「まだあるのか。」
「もちろん!」
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リビング。
テーブルには温かい雑炊が用意されていた。
湯気が立ち上り、優しい香りが部屋いっぱいに広がる。
「今日は鶏と卵。」
「胃に優しいやつ。」
「今日はずっと頭使ってたでしょ?」
「ああ。」
八幡は静かに手を合わせる。
「いただきます。」
一口食べる。
「……うまい。」
その一言だけで、ソフィアは満面の笑みになった。
「よかった!」
八幡が食べている間、ソフィアは嬉しそうに頬杖をついて見ている。
「そんなに見るな。」
「だって。」
「ハチマンが美味しそうに食べるの好き。」
「……。」
「それに。」
「ちゃんと食べないと倒れちゃう。」
八幡は苦笑しながら雑炊を食べ進める。
温かい。
仕事中は気付かなかった空腹が、一気に押し寄せてきた。
「足りる?」
「十分だ。」
「本当?」
「ああ。」
「じゃあ安心。」
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食事を終えると、ソフィアが空になったカップとコーヒーカップを持ち上げた。
「これは没収。」
「おい。」
「今日はもうダメ。」
「まだ仕事……。」
「ダメ。」
即答だった。
「家では仕事禁止。」
「資料見るだけでも。」
「ダメ。」
「五分だけ。」
「ダメ。」
「メールだけ。」
「ダメ。」
八幡は肩を落とす。
「完敗だ。」
「当然。」
ソフィアは笑いながらカップをキッチンへ運んだ。
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二人でリビングを歩いていると、小さな扉が少しだけ開いた。
寝室だった。
ソフィアがそっと覗く。
三人の子どもたちが仲良く眠っている。
長男レオン。
次男ユウ。
長女ルナ。
レオンは弟の手を握りながら眠り、
ユウは大の字になって布団から少しはみ出し、
ルナはお気に入りのぬいぐるみを抱いていた。
八幡は思わず笑みを浮かべる。
「今日はね。」
ソフィアが小声で話す。
「レオンが。」
『パパ、おしごとがんばってる?』
って聞いてた。」
八幡は寝顔を見つめる。
「そうか。」
「ユウは。」
『パパとかサッカーしたい!』
って。」
八幡の口元が自然と緩む。
「ルナは?」
ソフィアは笑った。
「ずっと。」
『ぱぱ、ぱぱ。』
って言ってた。」
八幡は静かに三人の頭を順番に撫でる。
「休みの日は遊ばないとな。」
「約束だよ?」
「ああ。」
「この前も公園行くって言ってたもんね。」
「ちゃんと覚えてる。」
「レオン、楽しみにしてるよ。」
「行こう。」
「みんなで。」
ソフィアは嬉しそうに頷いた。
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二人は寝室へ戻る。
ソフィアはベッドへ腰掛けると、八幡の手をそっと握った。
「ハチマン。」
「ん?」
「今日は疲れた?」
「少し。」
「少し?」
「……かなり。」
「やっぱり。」
ソフィアは優しく笑う。
「今日は何も考えないで寝よ?」
「福岡も。」
「風間も。」
「ダニエルも。」
「明日考えればいい。」
八幡は少し笑う。
「そうだな。」
「うん。」
ソフィアは八幡の肩にもたれ掛かった。
「私は。」
一拍置く。
「どんなに遅くなっても待ってる。」
「だから。」
「無理だけはしないで。」
「仕事はチームのみんなでできる。」
「でも。」
「ハチマンの代わりは、どこにもいない。」
八幡は静かに目を閉じた。
その言葉は、どんな戦術書よりも胸に響いた。
「ああ。」
短い返事だった。
だが、その一言だけで十分だった。
ソフィアは嬉しそうに笑い、八幡の肩へ頭を預ける。
静かな部屋に、時計の針だけがゆっくりと時を刻む。
仕事では冷静な分析官。
選手たちの未来を数字と映像で支える頭脳。
家では三児の父であり、一人の妻に深く愛される夫。
レオンの笑顔も。
ユウの無邪気な夢も。
ルナの小さな「ぱぱ」という声も。
そして、いつも帰りを待ち続けるソフィアの優しさも。
そのすべてが、比企谷八幡という一人の男を支えていた。
サッカーでは決して見せない柔らかな笑顔を浮かべながら、八幡は静かに部屋の灯りを消す。
明日になれば、また分析の日々が始まる。
それでも今だけは――。
サッカーのことも。
勝敗のことも。
風間のことも。
何も考えない。
家族の寝息だけが聞こえる夜。
そこが、比企谷八幡にとって何より大切な「帰る場所」だった。
### 比企谷ソフィア(旧姓:ソフィア・アルバレス)
**誕生日**:7月7日
**年齢**
24歳
**出身**
アルゼンチン
**現在**
専業主婦
**家族**
夫:比企谷八幡
子ども3人
**兄**
エミリオ・アルバレス
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### 人物紹介
アルゼンチン出身の女性。
大学1年生の春、比企谷八幡に一目惚れし、何度断られても諦めず猛烈なアプローチを続けた。
その想いが実り、大学2年生の時に学生結婚。
現在も八幡への愛情は全く変わらず、むしろ年々深まっている。
毎日笑顔で夫を送り出し、帰宅すれば真っ先に出迎えるなど、愛情表現は非常に豊か。
家事や育児も積極的にこなし、八幡が安心して仕事に打ち込める家庭を支えている。
3人の子どもたちを育てる良き母親でもあり、家族との時間を何より大切にしている。
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### 話せる言語
* スペイン語(母国語)
* 日本語
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## 子ども
### 長男 比企谷レオン
**年齢**:4歳
長男らしく弟妹の面倒を見ようとする優しい性格。
その一方で、まだまだ甘えん坊な一面もあり、父や母に抱っこをねだることも多い。
父・八幡の影響でサッカーに興味を持ち始めている。
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### 次男 比企谷ユウ
**年齢**:3歳
活発で好奇心旺盛。
自分でサッカーをすることにはあまり興味はないが、試合を観戦するのは好き。
父のことも大好きだが、一番甘える相手は母・ソフィア。
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### 長女 比企谷ルナ
**年齢**:1歳
家族のアイドル的存在。
まだ幼いため、父・八幡と母・ソフィアのどちらにもべったりで、抱っこされるのが大好き。
兄たちにもとても可愛がられている。