番外編 恒例の宿題発表会②
番外編 恒例の宿題発表会②
スタジオ中央に並べられた六枚のカード。
どの宿題から挑戦するのかは、神林自身がカードを引いて決めることになっていた。
「順番くらい選ばせてくれてもよくない?」
「公平にいきましょう」
「誰に対しての公平なんだよ」
局アナに促され、神林は渋々カードの前へ立つ。
できることなら、比較的楽な技から入りたい。
身体を温めてから難しいものへ進みたい。
だが、そんな希望を番組側が聞いてくれるはずもなかった。
「じゃあ……これ」
神林が一枚を引き抜く。
カードをひっくり返した瞬間、後方のモニターも切り替わった。
そこに映し出されたのは。
**踵で背面へ送り、反対足で返す連続技。**
「うわぁ……これか」
神林の顔が曇る。
原口敦は映像を見ながら頷いた。
「最初としては悪くないんじゃない?」
「どこがですか。後ろ見えないんですよ?」
「サッカーって基本、後ろも見ないと」
「そういう話じゃない!」
スタジオに笑いが起こった。
◇
モニターでは改めてお手本の映像が流れる。
まず軽くリフティング。
ボールを少し前へ浮かせ、右足を回し込むようにして踵へ当てる。
そのまま自分の背後へボールを送る。
振り返らず。
落ちてくる位置を感覚で捉え。
反対側の左足を背中側へ伸ばして、再び前方へ返す。
そこで終わりではない。
前へ戻ったボールを落とさず、そのままリフティングへ繋げて成功。
単純に見える。
だが実際には、背後へ送る高さと距離。
反対足を出すタイミング。
足のどこへ当てるか。
すべてを合わせなければならない。
「これね」
神林が映像を見ながら指差す。
「一番最初、練習した時はマジで意味分かんなかったからね」
「後ろに飛んでいきました?」
「飛んでいくどころじゃないよ。テレビ局の廊下まで転がったことあるから」
「それは飛ばしすぎですね」
「分かってるよ!」
原口が笑う。
「でも練習したんでしょ?」
「した。めちゃくちゃした」
「じゃあ大丈夫ですよ」
「簡単に言うなあ……」
神林はそう言いながらも、足元のボールを軽く蹴り上げる。
右。
左。
右。
何度かリフティング。
その動きは、以前より明らかに安定していた。
◇
「それでは神林さん」
「はいはい」
「こちらの技、制限時間は――」
局アナが一拍置く。
神林が顔を上げた。
「……制限時間?」
嫌な言葉を聞いた。
「**五分です**」
「五分?」
「はい」
「去年そんなのあった?」
「今年からです」
「出たよ」
神林が即座に嫌そうな顔をする。
「年末最終回になって急に新ルール追加する番組、一番信用できないんだから」
「五分あれば十分ですよ」
原口が言う。
「原口さんはそうでしょうね!」
だが。
局アナはまだ台本を見ている。
「そしてもう一つ」
「……まだあるの?」
神林が動きを止める。
局アナは笑顔だった。
「制限時間内に成功できなかった場合ですが」
「うん」
「その宿題は――」
間。
「**来年、もう一度挑戦していただきます**」
一瞬。
神林が固まった。
「……は?」
「来年へ持ち越しです」
「ちょっと待って」
「はい」
「今年終わらなかったら?」
「来年もやります」
「……来年の宿題とは別に?」
「もちろんです」
数秒。
沈黙。
そして。
「嫌だああああああああああああああああ!!」
神林の絶叫がスタジオへ響き渡った。
◇
「ちょっと待てって!」
神林がスタッフ席へ詰め寄る。
「何そのルール! 聞いてない!」
「今日発表の新ルールです」
「一番やっちゃいけないタイプの新ルールだよ!」
原口は完全に笑っていた。
「これで緊張感出ますね」
「いらないんですよ、そんな緊張感!」
「来年への継続企画にもなります」
「継続させたくないんだよ!」
神林は両手を広げる。
「じゃあ六個全部失敗したらどうなるの?」
「来年六個持ち越しです」
「そこに来年の宿題も追加されるんでしょ!?」
「はい」
「地獄じゃねえか!」
スタジオが爆笑する。
「年を越すたびに借金みたいに増えていく企画やめろよ!」
「ですので、今日全部成功させれば問題ありません」
「それができるなら苦労してないんだよ!」
◇
スタッフがタイマーを準備する。
モニターの端には。
**5:00**
大きく数字が表示された。
「急に嫌になってきた……」
「最初から嫌そうでしたよ」
「さっきまでは今年で終わると思ってたの!」
神林は深呼吸する。
ボールを持つ。
もう一度、お手本を頭の中で整理した。
リフティング。
踵。
背面。
反対足。
前へ戻す。
落とさず継続。
「準備はいいですか?」
「よくないけど始めないと帰れないんでしょ」
「その通りです」
「素直だな!」
「それでは――」
原口も身を乗り出す。
「神林さん、頑張って」
「原口さんが一番気楽なんだよなあ」
「制限時間五分」
局アナが手を上げた。
「スタート!」
タイマーが動き始める。
**4:59。**
◇
神林はボールを軽く蹴り上げた。
右足。
左足。
右足。
高さを整える。
次。
少しだけ前へ。
右足をボールの前へ回す。
踵。
コッ。
乾いた音。
ボールが神林の頭上を越え、背後へ落ちる。
「おっ」
原口の声。
神林は振り返らない。
左足を。
背後へ伸ばす。
タイミング。
トン。
ボールが。
きれいに前方へ戻ってきた。
「え?」
局アナが思わず声を漏らす。
神林はそのまま右足で受け。
左。
右。
リフティングを三回続ける。
そして。
ボールを足元へ落とした。
「……はい」
静寂。
モニター。
**4:52。**
開始から。
僅か八秒。
◇
「成功です」
原口が言う。
「……成功ですね」
局アナも確認する。
神林は何事もなかったようにボールを拾った。
「次」
「ちょっと待ってください」
「何?」
「今、一発ですよ?」
「うん」
「八秒です」
「だから?」
「さっきまであんなに嫌がってたじゃないですか!」
神林が首を傾げる。
「練習したって言ったでしょ?」
「いやいやいや!」
今度は局アナが困惑していた。
「もっと苦戦する想定だったんですよ!」
「知らないよ!」
「番組的に!」
「成功しろって言ったのそっちだろ!」
スタジオが笑いに包まれる。
◇
原口が拍手しながら神林を見る。
「普通に上手かったですよ」
「ありがとうございます」
「踵の当てる位置もよかったし、背後への高さもちょうどよかった」
「これ、低いと反対足間に合わないんですよ」
「そうそう」
「高すぎると後ろ行きすぎるし」
「ちゃんと分かってるじゃないですか」
「何回失敗したと思ってるんですか」
神林が苦笑する。
家で、仕事の合間に、収録後に何度も何度も練習した。
その結果。
本番では一回。
「じゃあこれは」
神林がカードを手に取る。
「もう来年やらなくていいんだよね?」
「はい。成功なのでクリアです」
「絶対だよ?」
「大丈夫です」
「来年になって『好評だったので再挑戦』とかなしだからね?」
「それは分かりません」
「何でだよ!」
◇
モニターには大きく。
**CLEAR!**
の文字。
六つの宿題のうち、一つ目終了。
しかも一発成功。
「余裕じゃないですか」
原口が言う。
「こういうこと言うと次で失敗するんですよ」
「じゃあ言わない方がいいですね」
「もう言ったよ!」
神林は笑いながら残された五枚のカードを見る。
「でも」
一度成功したことで少しだけ表情が変わっていた。
「これなら今日、全部終われるかもしれない」
局アナがすぐ反応する。
「今、言いましたね?」
「……何が?」
「全部終われるかもしれない、と」
「撤回します」
「遅いです」
「嫌な番組だな!」
それでも神林は次のカードへ手を伸ばした。
一つ目。
**踵を使って背面へ送り、反対足で返す連続技。**
制限時間五分。
結果。
開始僅か八秒。
**一発成功。**
突然追加された持ち越しルールに絶叫した男は、その直後に何事もなかったように、最初の宿題を片づけてしまった。