番外編 恒例の宿題発表会③
番外編 恒例の宿題発表会③
一つ目の宿題を、開始からわずか八秒で成功させた神林。
モニターにはまだ大きく**CLEAR!**の文字が残っている。
「いやあ、気持ちいいね」
さっきまで新ルールに絶叫していた男とは思えないほど、神林は上機嫌だった。
「神林さん、さっきまで来年に持ち越すの嫌だって叫んでましたよね?」
「だから成功した今が気持ちいいんじゃん」
「急に余裕出ましたね」
「練習はしてるんだから。もしかしたら今日、思ったより早く終わるかもしれないよ?」
その発言に、原口敦が少し笑う。
「また言っちゃいましたね」
「……今のなし」
「もう放送されてます」
「生放送じゃないだろ!」
スタジオに笑いが起こった。
残るカードは五枚。
神林はその前へ立つと、今度は少し慎重に選び始める。
「次は……これで」
一枚を引き抜く。
表に返した瞬間。
神林の笑顔が消えた。
「……うわ」
モニターに技名と映像が表示される。
**左右のインステップからアラウンド・ザ・ワールド。**
そこから。
**クロスオーバー。**
最後は。
**肩へのボール静止。**
神林は数秒、何も言わなかった。
「これ嫌いなんだよなあ……」
◇
お手本の映像が流れる。
まず右足と左足のインステップでボールを安定させる。
そこから足をボールの外側へ一周させる、アラウンド・ザ・ワールド。
続けて反対側でも同じ動き。
そしてボールが落ちてくる瞬間に足を交差させるクロスオーバー。
最後。
浮き上がったボールを身体の横へ運び、肩へ乗せる。
静止。
「いや最後おかしいでしょ」
神林がすぐに指摘する。
「どこがです?」
「ここまで足使わせて、最後だけ急に肩なんだよ」
原口が映像を見ながら頷く。
「でも一個一個なら神林さんできるんですよね?」
「一個一個ならね」
「じゃあ繋げるだけです」
「プロの人ってすぐ『繋げるだけ』って言うんですよ!」
神林が原口を指差す。
「その“だけ”が難しいの!」
「確かに最後の肩は、前の技が少しでも乱れると難しくなりますね」
「そう! そこ!」
神林は何度も頷いた。
「クロスオーバーまで綺麗にいっても、最後のボールがちょっと前に行っただけで肩に乗らないんですよ」
「かなり練習した感じがしますね」
「したよ。だから詳しいんだよ!」
◇
局アナが台本を確認する。
「それでは、この技の制限時間ですが」
「さっき五分だったよね」
「はい」
「これも五分?」
「いいえ」
神林が嫌な顔をする。
「……何分?」
「**八分です**」
「長っ!」
「難易度を考慮しました」
「それって番組側も難しいって認めてるじゃん!」
「八分あれば十分ですよ」
「さっきから“十分”の使い方が雑なんだよ!」
モニターの端に。
**8:00**
の数字が表示された。
「で、これも失敗したら?」
「来年へ持ち越しです」
「聞かなきゃよかった」
「来年もう一度練習していただきます」
「絶対今日決める」
神林の目が変わった。
どうやら。
持ち越しだけは。
本気で嫌らしい。
◇
「それでは」
神林がボールを持つ。
「八分間、スタート!」
タイマー。
**7:59。**
神林はすぐにボールを蹴り上げた。
右インステップ。
左。
右。
高さを整える。
アラウンド・ザ・ワールド。
成功。
反対側。
こちらも成功。
「おっ!」
原口が声を上げる。
クロスオーバー。
ここも通った。
「いける!」
局アナも思わず身を乗り出す。
最後。
肩。
神林が身体を傾ける。
ボールが落ちてくる。
乗る――。
と思った瞬間。
コロッ。
前へ落ちた。
「あああああ!」
神林がその場で膝をつく。
「惜しい!」
「今のだよ! ずっとこれなの!」
「かなり近かったですよ」
「最初から近いのが一番嫌なんだよ!」
◇
二回目。
今度は最初のアラウンド・ザ・ワールドで失敗。
「早っ!」
三回目。
左右とも成功。
だがクロスオーバーでボールが足へ当たり、そのまま遠くへ転がった。
「待って待って待って!」
神林が追いかける。
スタッフが笑いながらボールを拾って返した。
「時間動いてますよ」
「止めろよ!」
「本番なので」
「こういう時だけ厳しい!」
タイマー。
**6:51。**
まだ余裕はある。
神林は再び挑戦する。
◇
四回目。
クロスオーバーまで成功。
肩へ乗せる。
だが。
ボールが後ろへ落ちる。
「違う!」
五回目。
左右のアラウンド・ザ・ワールドを終えたところで、ボールが高く上がりすぎた。
クロスオーバーへ入れない。
「高さぁ!」
六回目。
ほぼ完璧。
クロスオーバー。
肩。
一瞬。
本当に一瞬だけ。
乗った。
しかし。
すぐに転がった。
「今のは!?」
神林が審判でも見るように局アナを見る。
「静止してません」
「ちょっと乗ったよ!?」
「静止してません」
「原口さん!」
「止まってないですね」
「味方いないの!?」
原口は笑いながら首を横に振った。
「でもかなり近いですよ」
「近いのはもう分かってるんですよ!」
◇
時間は進む。
**5:20。**
**4:58。**
開始から三分を超えた。
神林の額にも少し汗が浮かんできた。
「これ、地味に疲れるからね?」
「ずっと集中しますからね」
「しかも失敗したら最初からだから」
神林は息を整えながらボールを足元へ置く。
七回目。
失敗。
八回目。
クロスオーバーで崩れる。
九回目。
肩へ乗せる直前まで行ったが、ボールが身体から離れすぎた。
「くそぉ……」
神林が悔しそうに頭を掻く。
さっきまでの笑いは少し消えていた。
本人も。
本気になっている。
◇
残り時間。
**3:42。**
「まだありますよ」
原口が声を掛ける。
「分かってます」
「肩だけ意識しすぎない方がいいかもしれないですね」
「どういうことですか?」
「肩に乗せようとして最後だけ身体が固くなってます」
神林が少し考える。
「ああ……」
「クロスオーバー終わった流れのまま、身体の横へ自然に運ぶ感じで」
「なるほど」
「あと、最後に急いで肩を迎えにいかない」
「……それかもしれない」
「お」
「原口さん、今日初めて役に立った」
「ずっと応援してましたよ」
「応援じゃ成功しないんですよ!」
それでも。
神林は一度深呼吸した。
◇
残り。
**3:07。**
開始から約五分。
神林がボールを蹴り上げる。
右。
左。
リズムを整える。
右足。
アラウンド・ザ・ワールド。
綺麗に一周。
そのまま左。
こちらも成功。
ボールの高さ。
ちょうどいい。
「いい」
原口が小さく呟く。
神林。
クロスオーバー。
足が交差する。
ボールが。
まっすぐ上へ。
ここまで。
崩れていない。
神林は慌てない。
さっき原口に言われた通り。
身体を必要以上に動かさない。
ボールの落下位置へ。
自然に。
右肩を入れる。
トン。
ボールが。
肩へ乗った。
神林。
動かない。
一秒。
二秒。
「……!」
局アナが口を開ける。
原口が。
笑う。
「成功」
その瞬間。
神林が肩からボールを落とした。
「うひゃあああああああああああああ!!」
奇声。
その場で。
両腕を上げる。
「できたぁぁぁぁぁぁ!!」
スタジオが爆笑と拍手に包まれた。
◇
「何ですか今の声!」
局アナが笑いながら聞く。
「知らない!」
「嬉しすぎて聞いたことない声出てましたよ!」
「五分やったんだぞ!」
神林は。
本気で嬉しそうだった。
「これ家で何回失敗したと思ってるの!」
原口も拍手する。
「今のは綺麗でしたよ」
「本当ですか?」
「左右のアラウンド・ザ・ワールドも安定してたし、クロスオーバーの後もボールが真上に上がった。それで最後に余裕ができましたね」
「よっしゃあ!」
もう一度。
拳を握る。
モニターを見る。
残り時間。
**2:56。**
およそ五分。
何度も失敗した末に。
ようやく成功。
モニターが切り替わる。
**CLEAR!**
「これ気持ちいい!」
「一つ目より喜んでますね」
「当たり前だよ! 一つ目八秒だったもん!」
「さっきは簡単そうに成功しましたからね」
「こっちはちゃんと苦しんだから!」
◇
神林はカードを持ち上げる。
「はい、これも来年なし!」
「クリアです」
「絶対だからね?」
「大丈夫です」
「これ来年またやれって言われたら、俺ほんと怒るよ?」
「成功したので持ち越しにはなりません」
「よし」
カードを横へ置く。
これで。
二つ。
終了。
残り四つ。
神林はボールを足で転がしながら。
少しだけ余裕のある顔を見せた。
「二連勝だな」
原口がすぐに返す。
「次もいけそうですね」
「そういうこと言うのやめてもらえます?」
「でも今、かなり調子いいですよ」
「フラグ立てないで!」
局アナが笑いながら次のカードを示した。
「では神林さん。三つ目、引いてください」
「もうちょっと喜ばせてよ!」
文句を言いながらも。
神林は残り四枚へ歩いていく。
一つ目。
八秒でクリア。
二つ目。
約五分の格闘の末。
**成功。**
そして。
今年の宿題発表会は。
まだ半分にも達していなかった。