番外編 恒例の宿題発表会④
番外編 恒例の宿題発表会④
二つ目の宿題を約五分かけて成功させた神林は、しばらくその場で余韻に浸っていた。
左右のアラウンド・ザ・ワールドからクロスオーバー、最後に肩へボールを静止させる連続技。
何度も失敗しながら、ようやく成功。
モニターに表示された**CLEAR!**の文字を見て、神林はまだ嬉しそうに笑っている。
「いや、これ結構でかいよ」
「まだ四つありますよ」
「今それ言う?」
局アナの一言で、現実に引き戻された。
「あと四つ?」
「はい」
「……長いな」
原口敦が横で笑う。
「一つずつですよ」
「原口さんは何もやらないから簡単に言えるんですよ」
「応援してます」
「一番楽なポジション!」
それでも神林は、残されたカードへ歩いていった。
◇
「じゃあ三つ目……これ!」
一枚引く。
カードを返す。
モニターに表示されたのは。
**足の甲へ静止させたボールを浮かせ、膝裏を使って前へ戻し、最後は足元で回収する技。**
神林は少しだけ表情を緩めた。
「あ、これね」
「反応が違いますね」
「これはまだいける」
原口が映像を見る。
足の甲へボールを乗せて静止。
そこから軽く浮かせる。
身体を回すようにしながら膝裏へ。
一度挟むようにコントロールし、その反動で前方へ送り返す。
最後は落ちてくるボールを足元で収める。
「一見簡単そうですけど」
局アナが言う。
「そう言うと失敗するからやめて」
「制限時間は――」
神林が身構える。
「**六分です**」
「六分?」
「はい」
「じゃあいける」
「自信ありますね」
「これはかなり練習した」
神林はすぐにボールを足元へ置いた。
◇
「それでは三つ目。スタート!」
タイマー。
**5:59。**
神林はボールを足の甲へ乗せる。
静止。
そこから。
フワッ。
軽く浮かせる。
身体を半回転。
膝裏。
「おっ」
原口が声を出す。
神林は上手くボールを捉え、そのまま前へ戻した。
落ちてくるボール。
右足。
ピタッ。
足元へ回収。
「……はい」
神林が顔を上げる。
局アナがモニターを見る。
まだ。
**5:47。**
「成功です」
「ほら!」
開始十数秒。
あっさり成功。
神林が胸を張る。
「だから言ったでしょ!」
「これは早かったですね」
「こういうのでいいんだよ!」
「番組的には?」
「番組的なこと考えなくていいの!」
モニター。
**CLEAR!**
三つ目も終了した。
◇
「よしよし」
神林は少し調子を取り戻したようだった。
「これで半分?」
「三つ終わりました」
「あと三つ」
「はい」
「……いけるんじゃない?」
「また言いましたね」
「今の忘れて」
原口が笑う。
「さっきから成功するたびに強気になりますね」
「人間そういうもんですよ」
「じゃあ次も」
「プレッシャーかけないで!」
神林は四枚目ではなく、残された三枚のうち一枚を引いた。
「これ!」
裏返す。
その瞬間。
少しだけ顔が曇った。
「うわ、これか……」
モニター。
**太腿で受けてから、足を交差させながら外回しを左右で行う連続技。**
「これ地味に難しいんだよ」
神林が言う。
「派手ですけどね」
「見た目じゃないの。左右連続でやるところ」
原口も頷く。
「一回目で姿勢崩れると、反対側に繋げられないんですよね」
「そうなんです」
「一発目を余裕持って終わらせるのが大事ですね」
「今日はちゃんと解説してくれるなあ」
「元日本代表なんで」
「知ってますよ!」
◇
「こちらの制限時間は」
局アナがカードを見る。
「**九分です**」
「長い!」
「今回最長です」
「ってことは難しいってことでしょ?」
「そういうことです」
「認めた!」
神林は少し深呼吸してからボールを持った。
「九分あるなら、焦らない」
「いいですね」
「ただし来年持ち越しは絶対嫌」
「そのルールは変わりません」
「だから成功する」
今度は。
本気の顔だった。
◇
「スタート!」
**8:59。**
一回目。
太腿で受ける。
右足を交差。
外回し。
そこまでは成功。
左へ移ろうとした瞬間。
ボールが前へ落ちる。
「あー!」
二回目。
太腿。
右。
左。
今度は左足がボールへ触れてしまう。
「違う!」
三回目。
一回目の外回しで高さが足りない。
「これ、最初の高さなんだよな……」
原口が横から言う。
「最初に少し高めに上げた方がいいですね」
「でも高すぎると次が追いつかないんですよ」
「そうですね」
「難しいこと言ってるでしょ?」
「難しいです」
「でしょう?」
神林はすぐに再開する。
◇
時間は進む。
**7:12。**
四回目。
左右まで行く。
しかし最後にボールが大きく離れた。
五回目。
右は成功。
左で足を交差させるタイミングが遅れる。
「うわぁ!」
神林がその場で悔しそうに跳ねる。
「惜しいですよ」
「ずっと惜しい!」
**6:03。**
「まだあります」
「分かってます」
少しずつ。
神林の額に汗が増えてきた。
最初の三つで。
すでにかなり動いている。
四十五歳。
しかも。
ただリフティングしているだけではない。
瞬間的な足の動き。
身体のひねり。
集中。
思った以上に体力を使う。
◇
**4:58。**
神林が一度ボールを置いた。
「ちょっと待って」
「休憩ですか?」
「十秒だけ」
「時間動いてますよ」
「分かってる!」
両手を膝へつく。
深呼吸。
「これ後半に持ってきたの失敗だったな……」
「カードですから」
「順番選ばせろって最初に言ったよね!」
原口が笑う。
「でもだいぶ形になってますよ」
「そう?」
「一回目の外回しは安定してます。反対側へ移る時に急ぎすぎてる」
「また急いでる?」
「ちょっと」
「じゃあ落ち着く」
◇
再開。
太腿。
右。
外回し。
落ち着いて次へ。
左。
交差。
外回し。
ボールが。
綺麗に正面へ戻る。
神林が右足で一度受ける。
左。
もう一度。
落とさない。
「……!」
局アナが見る。
原口も。
「成功です」
神林が止まる。
「……今?」
「成功」
「え?」
「成功です!」
神林が両手を上げた。
「よっしゃあああ!」
スタジオから拍手。
モニター。
残り。
**3:41。**
少し苦戦したものの。
四つ目も。
**CLEAR!**
「来た来た来た!」
神林は嬉しそうにカードを横へ置く。
「あと二つ!」
「順調ですね」
「このまま終わるよ!」
「言いましたね」
「もういいよ! 今日は言う!」
◇
残り。
二枚。
神林は両方を見た。
「ここまで来たら、どっちでもいい」
「本当ですか?」
「……いや、やっぱり嫌な方最後にしたくない」
「中身分からないですよ」
「そうなんだけどさ」
数秒迷い。
右側を引く。
「こっち!」
裏返す。
神林の顔が止まった。
「……あ」
モニター。
**足首と踵を連続して使い、背中側へ上げたボールを後頭部付近で止める技。**
「これぇ……」
神林が頭を抱える。
原口は。
少し笑った。
「これ難しいですね」
「知ってます!」
◇
お手本では。
まず足首を使ってボールを細かく動かす。
そこから。
踵。
背後へ。
ボールを高く浮かせる。
そして。
身体を前へ倒す。
落ちてくるボールを。
後頭部と首の境目あたりで受け。
静止。
「最後が全然見えないんですよ」
神林が言う。
「感覚ですね」
「それ一番嫌いな言葉」
「でも本当に感覚です」
「見えないものを感覚で乗せろって、簡単に言うなあ」
局アナが制限時間を発表する。
「こちらは――」
神林が見る。
「**四分です**」
「短っ!」
「四分」
「さっき九分だったよね!?」
「これは四分です」
「難しいのに!?」
「はい」
「基準何なの!?」
スタッフ席を見るが。
誰も答えない。
「また無視!」
◇
「では、五つ目。スタート!」
タイマー。
**3:59。**
神林。
一回目。
足首。
踵。
背面。
ボールが高く上がる。
身体を倒す。
ボール。
後頭部。
当たる。
だが。
横へ落ちる。
「くっそ!」
すぐ再挑戦。
二回目。
踵で上げる位置が前すぎる。
「違う!」
三回目。
後頭部へ当たる。
一瞬。
止まりそうになる。
しかし。
前へ落ちる。
「あああ!」
◇
**2:54。**
「時間早くない?」
「同じ速度です」
「体感の話!」
神林の息が。
かなり上がってきた。
原口が少し真面目な表情で見る。
「神林さん、踵で上げる時にちょっと左へ流れてます」
「左?」
「はい。真後ろに上げる意識で」
「分かりました」
四回目。
真後ろ。
今度は。
かなりいい。
ボールが。
後頭部へ落ちる。
トン。
一瞬。
「……!」
乗る。
しかし。
神林が身体を固めすぎた。
ボールが右へ。
「うわぁぁ!」
神林が叫ぶ。
「今の!」
「惜しい!」
「今のだった!」
◇
残り。
**1:43。**
スタジオの空気も。
少し変わった。
さっきまで。
笑いが中心だった。
だが。
ここまで来ると。
本当に時間がない。
「来年は嫌だぞ……」
神林が小さく呟く。
「絶対嫌だぞ……」
「神林さん」
「はい」
「焦らないで」
原口が言う。
「時間少ないけど、焦ると踵の位置ずれます」
「分かりました」
神林が一度。
大きく息を吐く。
◇
再挑戦。
失敗。
残り。
**1:02。**
もう一度。
踵。
高すぎる。
「くっそ!」
残り。
**0:43。**
局アナの声にも。
緊張感が出る。
「四十秒です!」
「言わないで!」
「でも時間が!」
「分かってるから!」
神林がボールを拾う。
額。
汗。
呼吸。
明らかに。
最初より重い。
◇
残り。
**0:24。**
「最後かもしれません!」
「やる!」
神林がボールを蹴る。
足首。
一度。
二度。
高さを整える。
踵。
コッ。
ボールが。
真後ろへ上がる。
神林。
身体を前へ倒す。
見えない。
それでも。
位置を信じる。
ボールが落ちる。
後頭部。
首の上。
トン。
止まった。
神林。
動かない。
スタジオ。
誰も声を出さない。
一秒。
二秒。
「成功!」
原口の声。
神林が。
ゆっくり身体を起こす。
ボールが床へ落ちる。
モニター。
**0:11。**
「うおおおおおおおお!」
神林が両腕を上げる。
「危ねえええええ!」
拍手。
スタッフからも。
思わず声が上がる。
モニター。
**CLEAR!**
「十一秒!」
局アナが笑う。
「残り十一秒でした!」
「来年行くかと思った!」
神林が胸を押さえる。
「これ本当に嫌だった!」
「よく成功しましたね」
原口が拍手する。
「最後、綺麗に真後ろへ上がりました」
「原口さんのアドバイスのおかげです」
「珍しく素直」
「今だけです」
神林は笑った。
◇
これで。
五つ。
クリア。
残る宿題は。
あと一つ。
「……」
局アナが。
最後のカードを見る。
原口も。
見る。
神林は。
その二人の視線に気づいた。
「何?」
「いえ」
「何その顔」
「最後ですね」
「……そうだね」
神林が答える。
しかし。
さっきまでの勢いが。
少しない。
「神林さん?」
「ん?」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫」
返事は早かった。
だが。
顔色が。
明らかに悪かった。
何度も難しい技を繰り返した。
四つ目では長く動き続け。
五つ目は四分間。
ほぼ休みなく何度も背中側へボールを上げ続けた。
息も完全には戻っていない。
額の汗をユニフォームの袖で拭う。
「ちょっと……」
神林が最後のカードを見る。
「疲れたな」
原口が苦笑する。
「そりゃそうですよ」
「でも」
神林はそのカードから目を離さない。
「あと一個なんだよな」
「はい」
今年の宿題。
残り一つ。
ここまで五連続成功。
しかし最後を前に神林康孝の顔からは、完全に余裕が消えていた。