番外編 恒例の宿題発表会⑦
番外編 恒例の宿題発表会⑦
ユニフォーム姿になった原口敦が、スタジオ中央へ立つ。
足元にはサッカーボール。
その正面の大型モニターには、比企谷八幡が神林向けに難易度を落として披露した技がもう一度流れていた。
左足のアラウンド・ザ・ワールド。
右足のクロスオーバー。
数回のリフティングを挟み、背後へ流したボールを踵で前へ戻す。
胸。
太腿。
最後は左足の甲で静止。
原口は映像を見終えると、軽く足首を回した。
「まあ、これはいけると思います」
その言葉を聞いた瞬間、椅子に座っている神林が笑顔になる。
「さすが元日本代表!」
「神林さん、完全に他人事ですね」
「他人事です」
「即答だ」
局アナも笑う。
「では原口さん、お願いします」
「はい」
原口はボールを軽く蹴り上げた。
◇
右。
左。
数回のリフティング。
そこから。
左足。
アラウンド・ザ・ワールド。
綺麗に一周。
そのまま右足へ繋ぎ。
クロスオーバー。
ここも問題なし。
「おお」
神林が思わず声を出す。
原口はそこから二度ほど普通に触り、ボールを少し後方へ流した。
右足を背後へ。
踵。
コツッ。
前へ戻す。
胸。
太腿。
最後。
左足の甲。
ピタッ。
静止。
そのまま二秒。
原口は軽く顔を上げた。
「……こんな感じですか?」
「成功です」
局アナが即答する。
神林が両手を叩いた。
「早っ!」
「まあ、これは」
原口が笑う。
「何回かやればって言いましたけど、一回でできましたね」
「何その余裕!」
「元日本代表ですから」
「強い!」
スタジオに笑いが起こる。
◇
神林は原口を指差す。
「ほら! やっぱり簡単な方はそれくらいなんですよ!」
「神林さんもできると思いますよ」
「やりません」
「まだ言います?」
「俺は今日はもう終わったの!」
原口が笑いながらボールを足元で転がす。
「でも八幡君の最初の方と比べたら、本当にかなり落としてますね」
「だから最初のやつを基準にしないでくださいよ」
神林は大型モニターを見る。
「こっちで十分ですよ。ちゃんと難しいし、ちゃんと練習すれば届く。それでいいんです」
「さっき六個全部クリアした人が言うと説得力ありますね」
「今日はそこだけ褒めてください」
◇
局アナが一度台本へ目を落とす。
「では」
神林の眉が動く。
「……まさか」
「せっかくですので」
「やめよう」
「先ほどの難しい方も」
「やめようって!」
原口が思わず笑う。
「え、俺やるんですか?」
「無理にとは言いませんが」
局アナがそう言う。
だが。
その横で。
神林の顔が。
徐々に明るくなっていた。
「原口さん」
「何ですか」
「やってみましょう」
「さっきまで止めようとしてましたよね?」
「いや、元日本代表ならどこまでいけるのか見たいじゃないですか」
「急に企画目線」
「俺はもう見る側だから!」
「そこだけは一貫してるなあ」
◇
結局。
原口は挑戦することになった。
大型モニターには、先ほど神林が見て絶叫した八幡の最初の技が再生される。
右足で引っかけて左脚に沿わせる。
踵で床へ叩きつける。
反対の踵で頭上へ。
そこからダブルアラウンド・ザ・ワールド。
クロスオーバー。
背後へ流したボールを踵で戻す。
肩。
後頭部。
ネックキャッチ。
胸。
膝。
足を交差させて跳ね上げ。
空中で足を回し。
最後は足の甲で静止。
原口は映像を最後まで見ると。
一度。
黙った。
「どうです?」
神林が聞く。
「……難しいですね」
「ですよね!」
「全部一つずつならできると思います」
「でも通しは?」
「ちょっと練習必要です」
神林が満足そうに頷く。
「ほら! 俺が最初に絶叫したの正しかった!」
「誰も否定してませんよ」
◇
原口はまず。
技をいくつかに分けて確認した。
最初の脚沿い。
踵の叩きつけ。
反対の踵で頭上へ。
そこまでは。
数回で形になる。
だが。
その後のダブルアラウンド・ザ・ワールドで一度崩れた。
「あ」
ボールが横へ飛ぶ。
神林が嬉しそうに反応する。
「失敗した!」
「神林さん、嬉しそうですね」
「だって元日本代表でも一発じゃない!」
「一発で全部できる八幡君がおかしいんですよ」
「そう! そこ!」
スタジオに笑いが起こる。
◇
原口はそこから何度も試した。
ダブルまではいける。
クロスオーバーも繋がる。
しかし。
背後へ流したボールを踵で戻すところでズレる。
次は。
そこを越えた。
肩。
後頭部。
ネックキャッチ。
ここも成功。
「おお!」
神林が身を乗り出す。
だが。
ネックキャッチから前へ落とした後。
足を交差させて跳ね上げるところで失敗。
「ああー!」
今度は神林も本気で惜しがる。
「そこまで行ったのに!」
原口が苦笑する。
「これ、通しでやると本当に難しいですね」
「でしょ!?」
「一個成功した後にすぐ次へ繋げないといけないのが大変です」
「やっと分かってくれた!」
「いや、最初から分かってますよ」
◇
それでも。
元日本代表。
技術は高い。
少しずつ。
形になっていく。
原口は一度失敗するたびに、自分の中で修正していった。
「今のは踵が弱かったな」
「そこ自分で分かるんですね」
「感覚はあります」
「さすがだなあ」
神林は完全に観客側へ回り、今度は心底楽しそうに見ている。
数分後。
原口が再び最初から入った。
◇
右足で引っかけ。
左脚へ沿わせる。
上がったボール。
右の踵。
床。
跳ね返り。
左の踵。
頭上。
そこから右足。
ダブルアラウンド・ザ・ワールド。
一周。
二周。
成功。
「おっ」
クロスオーバー。
成功。
背後へ流す。
踵で戻す。
肩。
反対の肩。
後頭部。
ネックキャッチ。
ここまで繋がった。
神林も。
局アナも。
口を閉じて見る。
原口は首からボールを前へ落とす。
胸。
膝。
両足を交差。
跳ね上げる。
そのボールに合わせて。
右足。
一周。
着地。
左足。
逆方向へ一周。
最後。
右足の甲。
ピタッ。
止まった。
「……」
一瞬。
静寂。
原口が顔を上げる。
「いけました?」
「成功です!」
局アナの声。
神林が立ち上がった。
「うおおおお!」
なぜか神林まで大喜び。
「できた!」
「神林さんが一番喜んでません?」
「だって難しいって証明された上で成功したから!」
原口が笑う。
「そこ大事なんですね」
「大事!」
◇
原口は軽く息を整える。
「いや、これは結構きますね」
「でしょ?」
「八幡君、これ革靴で一発でしたよね?」
「そこ思い出さないで」
「しかも難しくしたつもりないって」
「思い出さないでって!」
原口がさらに笑う。
「本当に基準おかしいですね」
「やっと元日本代表から公式に出ました!」
「公式って何ですか」
神林は満足そうだった。
「これでいいんです。俺だけがおかしいって言ってるんじゃなくなったから」
「かなり根に持ってましたね」
「持つよ!」
◇
その後。
原口は再び私服へ着替え。
スタジオには年内最後の放送らしい空気が戻ってきた。
六つの宿題。
すべて成功。
さらに。
最後には。
八幡がかつて未公開映像で披露した技を、原口が二種類とも成功。
神林は椅子へ戻り、カメラへ向き直る。
「いやあ……」
一度。
深く息を吐いた。
「疲れた」
局アナが笑う。
「年内最後の感想、それですか?」
「だって本当に疲れたんだもん!」
「でも全部クリアしましたよ」
「そこは嬉しいです」
原口も頷く。
「かなり上手くなりましたよね」
「毎年これやってたら、そりゃ少しは上手くなるんですよ」
「来年も楽しみですね」
「楽しみにしないで!」
◇
スタジオに最後の笑いが広がる。
神林はカメラへ向かって姿勢を整えた。
「ということで、年内最後の『神林SC』。今年もいろんな試合があって、いろんな選手に来てもらって、そしてなぜか最後は俺が一番身体を動かしました」
局アナと原口が笑う。
「来年はもっと普通に終わりたいと思います」
「たぶん無理ですね」
「原口さん、最後くらい希望持たせてくださいよ」
「毎年恒例ですから」
「やめようよ、その恒例!」
神林は笑いながら首を振った。
それから改めてカメラを見る。
「今年も一年、『神林SC』をご覧いただきありがとうございました。来年も、日本サッカーをしっかり追いかけていきたいと思います」
その言葉に原口も、局アナも頭を下げる。
「それでは皆さん」
神林が笑顔になる。
「よいお年を!」
三人。
「ありがとうございました!」
エンディングテーマが流れ始める。
カメラが引いていく。
神林は最後まで笑顔だった。
だが放送終了の合図が出た瞬間。
「……もう来年の宿題、三個までにしよう?」
スタッフ席から誰も返事をしなかった。
「おい!」
年内最後の『神林SC』は最後の最後まで、神林康孝の声と笑いに包まれながら幕を閉じた。
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## 番外編 完