第29話 広がる波紋
第29話 広がる波紋
福岡レガーロ戦勝利から二日後。
午前九時。
エストレヤ千葉クラブハウス。
午前練習を終えた選手たちは、ロッカールームへ戻ってきていた。
シャワーを浴びる者。
ストレッチを続ける者。
プロテインを飲みながら談笑する者。
クラブハウスには勝利の余韻がまだ残っていた。
そんな中だった。
「あっ。」
戸部翔がスマートフォンを見て声を上げる。
「どうした?」
森川佑がタオルを肩に掛けながら聞く。
「上村さんの記事、もう出てます。」
その一言で数人が集まってきた。
川崎大志。
葉山隼人。
毛利良一。
長谷川智樹。
宇津木健太。
郷田京も少し遅れて輪に加わる。
戸部が画面を全員に見せた。
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**『連勝で見えなくなる課題。エストレヤ千葉は本当に優勝できるのか』**
記者 上村俊
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「長いな。」
森川が笑う。
「読むか。」
全員が静かに記事へ目を通していく。
八幡比企谷の補強。
レギュラー陣への高い評価。
そして、
万条グループ全員がメンバー外であること。
最後には、
**『今は勝っているから問題が表面化していないだけかもしれない。』**
という一文で締めくくられていた。
記事を読み終えた川崎が口を開く。
「俺まで名前出るとは思いませんでした。」
「しかも右サイドは期待されてるみたいですね。」
葉山も苦笑する。
「俺もだ。」
「守備の安定感って書かれてる。」
毛利が照れくさそうに笑う。
「俺なんかまだ二十歳なのに。」
宇津木が肩を叩く。
「だからだろ。」
「期待されてる証拠だ。」
長谷川は腕を組みながら記事を見返す。
「レギュラーへの評価は、まあ納得だ。」
森川も頷いた。
「ちゃんと試合を見て書いてる。」
「適当に書いてる記事じゃない。」
戸部が記事をスクロールする。
「でも最後は厳しいですね。」
『長いシーズンを考えれば、ベンチ外の選手をどう維持していくかという課題は残る。』
ロッカールームが少し静かになる。
その時だった。
郷田京がゆっくりと口を開く。
「上村らしい。」
全員の視線が郷田へ向く。
「知ってるんですか?」
川崎が尋ねた。
「ああ。」
「何度も取材を受けた。」
郷田は笑みを浮かべる。
「まだ若い記者だ。」
「だが、試合はよく見ている。」
「褒めるところは褒める。」
「気になったところは遠慮なく書く。」
「それが上村だ。」
森川が笑う。
「結構手厳しいですけどね。」
「そういう仕事だからな。」
郷田は即座に答えた。
「俺たちはピッチで評価される。」
「あいつは記事で評価される。」
「どっちも結果がすべてだ。」
その一言に、誰も何も返せなかった。
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同じ頃。
クラブハウス二階。
分析室。
八幡比企谷もまた、上村の記事を読んでいた。
最初から最後まで。
一文字も飛ばさずに読む。
読み終えるとスマートフォンを机へ置いた。
コンコン。
「失礼する。」
入ってきたのはGM・竹内正樹だった。
「読んだか?」
「はい。」
竹内は八幡の向かいへ座る。
「どう思った?」
八幡は少しだけ考えた。
「良い記事だと思います。」
竹内は少し意外そうな顔をした。
「ほう。」
「レギュラー陣への評価は妥当です。」
八幡は静かに続ける。
「郷田さん。」
「長谷川さん。」
「宇津木さん。」
「葉山。」
「毛利。」
「戸塚。」
「エミリオ。」
「森川さん。」
「川崎。」
「ダニエル。」
「材木座。」
「現時点では、この十一人が一番勝てるメンバーです。」
竹内は頷いた。
「異論はない。」
八幡は記事の一節を開く。
『万条グループ全員がメンバー外となっている現状は、シーズンを戦う上で不安要素でもある。』
「この指摘も理解できます。」
竹内は尋ねる。
「それでも考えは変わらないか?」
「変わりません。」
即答だった。
「私は練習を見ています。」
「紅白戦も見ています。」
「GPSデータ。」
「スプリント回数。」
「走行距離。」
「対人勝率。」
「映像。」
「全部見た上で決めています。」
八幡は真っ直ぐ竹内を見る。
「公式戦だけが評価の場ではありません。」
「毎日の練習でレギュラーを上回れば、誰でも使います。」
「逆に下回れば使いません。」
「それだけです。」
竹内は満足そうに笑った。
「その軸を崩すな。」
「はい。」
「ブレるつもりはありません。」
竹内が立ち上がる。
「横浜戦。」
「大事になるぞ。」
「はい。」
「谷口修吾を自由にさせません。」
竹内は軽く笑った。
「もう対策はできてるのか。」
八幡はモニターへ視線を向ける。
そこには横浜マンゲールFCの試合映像。
背番号6。
谷口修吾が映っていた。
「八割です。」
「残り二割は今日と明日の映像で詰めます。」
「勝つために。」
竹内は静かに部屋を出て行った。
分析室には再び映像の音だけが流れる。
八幡は谷口のプレーを一時停止し、ノートへ新たな分析を書き込んだ。
横浜マンゲールFCとの大一番まで、あと二日。
クラブ全体が静かに、しかし確かな緊張感をまとい始めていた。