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第30話 わずかな違和感

やはり俺のスカウト人生は間違っている。 — www.pixiv.net · All chapters

第30話 わずかな違和感

翌日。

午前十時。

エストレヤ千葉グラウンド。

横浜マンゲールFC戦を二日後に控え、チームは戦術練習に入っていた。

マルコ・ベッルーニ監督が笛を吹く。

「止めるな! 一つ速く動け!」

「ボールを失ったら三秒で奪い返す!」

選手たちの返事が響く。

「はい!」

十一対十一のゲーム形式。

主力組はいつも通りのメンバーだった。

GK・郷田京。

CB・長谷川智樹、宇津木健太。

左SB・葉山隼人。

右SB・毛利良一。

ボランチ・戸塚彩加、エミリオ・アルバレス。

左MF・森川佑。

右MF・川崎大志。

トップ下・ダニエル・ロドリゲス。

FW・材木座義輝。

テンポよくボールが動く。

ダニエルが前を向き、左へ展開。

受けた森川がワンタッチで葉山へ落とした。

「葉山!」

森川の声。

葉山は一気にオーバーラップ。

そのまま左足でクロスを上げる。

中央。

材木座が頭で合わせる。

「ナイス!」

マルコが拍手を送る。

練習は順調だった。

──その時だった。

ボールが外へ出たタイミング。

葉山がほんの一瞬だけ足を止めた。

右足首へ手を当てる。

軽く回すように動かし、二、三歩踏み直す。

すぐに何事もなかったように走り始めた。

周囲の選手は誰も気付かない。

ほんの数秒の出来事だった。

しかし。

分析用テント。

ノートパソコンを前に練習を見ていた八幡比企谷だけは、その動きを見逃さなかった。

(……今。)

視線を葉山へ向ける。

再びプレーは続く。

ダニエルから左サイドへパス。

いつもなら葉山は一気に前へ飛び出す。

だが今回は違った。

一歩目がわずかに遅い。

そのせいで相手役の選手に先に寄せられる。

仕方なくバックパス。

「切り替え!」

マルコの声が飛ぶ。

葉山はすぐに守備へ戻る。

動き自体は悪くない。

だが。

(スプリントが遅い。)

八幡はノートへ一行だけ書く。

**『葉山 10:18 右足を気にする仕草 一歩目低下』**

数分後。

今度は守備。

川崎が相手役に縦を突破される。

葉山がカバーへ走る。

普段なら余裕で追いつく距離。

しかし今日は追いつくまでに一歩多くかかっていた。

クロスは上げられなかったものの、葉山はプレー後に小さく息を吐く。

再び右足首へ視線を落とした。

ほんの一瞬。

誰にも分からない程度だった。

(……二回目。)

八幡は時計を見る。

**10時24分。**

再びメモを書く。

**『右足を気にする動作 二回目』**

その後も練習は続いた。

攻撃参加。

守備への切り替え。

ビルドアップ。

葉山は最後までプレーを続けている。

大きなミスはない。

監督もコーチも違和感を口にしない。

だが、八幡の目には数字以上の変化が映っていた。

いつもなら全力で追う場面で、一瞬だけ力を抜いている。

切り返しも、ほんのわずかに浅い。

左サイドを何度も上下動する葉山らしい躍動感が、今日は少しだけ薄れていた。

(無理をしている。)

その確信が、少しずつ強くなる。

練習終了の笛が鳴った。

「ナイスワーク!」

マルコの声に、選手たちは引き上げていく。

葉山も笑顔でチームメイトと話しながら歩いていた。

外から見れば、いつも通りだった。

だが、八幡はその背中から目を離さなかった。

「……。」

誰にも聞こえないほど小さくつぶやく。

「一度、確認した方がいいな。」

八幡はノートを閉じると、葉山のプレーデータとGPSデータを確認するため、分析室へ向かった。