第31話 譲れない判断
第31話 譲れない判断
練習終了後。
午後一時。
クラブハウス・メディカルルーム。
葉山隼人はベッドに腰掛け、クラブドクターの診察を受けていた。
触診。
可動域の確認。
痛みの確認。
最後にエコー検査。
数分後、クラブドクターはモニターから視線を外した。
「大きな損傷ではありません。」
その場にいたフィジカルコーチのルイス・マルティネスが安堵の表情を浮かべる。
「よかった。」
ドクターは続けた。
「軽度の筋損傷です。」
「無理をしなければ長引くものではありません。」
「ただし――。」
葉山も真剣な表情になる。
「次の横浜戦は勧められません。」
部屋が静まり返る。
「一試合休めば、その次の試合には十分間に合う見込みです。」
「ですが、この状態で横浜戦に出場すると悪化する可能性があります。」
「そうなれば二週間、三週間と離脱する恐れがあります。」
葉山は静かに息を吐いた。
「……そうですか。」
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午後二時。
分析室。
八幡比企谷。
GM・竹内正樹。
監督マルコ・ベッルーニ。
フィジカルコーチのルイス。
クラブドクター。
全員が集まっていた。
ドクターが診断結果を説明する。
「現時点では軽度です。」
「ですが、今日のデータを見る限り、無意識に負荷を逃がす動きが見られます。」
八幡がノートパソコンを操作する。
大型モニターにGPSデータが映し出された。
「葉山の通常時との比較です。」
スプリント回数。
最高速度。
高強度走行距離。
加速回数。
減速回数。
数値が並ぶ。
八幡が説明する。
「最高速度は約六%低下。」
「高強度走行距離は約一二%低下。」
「一歩目の加速時間も通常より遅れています。」
続いて映像。
練習中。
葉山が右足を気にする場面。
一歩目が遅れる場面。
守備の戻りが僅かに遅れる場面。
何度も映し出される。
マルコは腕を組んだ。
「……確かに違う。」
八幡は静かに言う。
「本人は隠しています。」
「ですが、データは隠せません。」
ルイスも頷く。
「無理をしているのは間違いない。」
竹内が尋ねる。
「結論は?」
八幡は即答した。
「横浜戦は欠場です。」
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その日の夕方。
監督室。
マルコ。
八幡。
そして葉山。
三人が向かい合って座っていた。
マルコが先に口を開く。
「ドクターの診断は聞いたな。」
「はい。」
「横浜戦は休む。」
葉山は即座に首を横に振った。
「出られます。」
「痛みもそこまでありません。」
「走れます。」
八幡が静かに資料を机へ置く。
「走れていません。」
葉山が八幡を見る。
「……。」
「最高速度。」
「高強度走行。」
「加速。」
「全部落ちてる。」
葉山は言い返す。
「誤差だ。」
「誤差じゃない。」
八幡はモニターをつけた。
今日の映像。
葉山が足を気にする場面。
守備への戻り。
一歩目。
オーバーラップ。
次々と流れる。
「十七回。」
葉山が眉をひそめる。
「何がだ?」
「右足を無意識にかばった回数。」
部屋が静まり返る。
「全部映像で確認した。」
「GPSとも一致してる。」
「自分では気付いてないだけだ。」
葉山は画面を見つめたまま黙る。
八幡は続ける。
「ドクターは一試合休めば問題ないと言ってる。」
「でも今出れば悪化する可能性がある。」
「そうだな?」
ドクターが頷く。
「その通りです。」
葉山は拳を握る。
「でも横浜戦は大事だ。」
「分かってる。」
八幡は即答した。
「だからこそ出さない。」
「……。」
「横浜戦だけ見て判断してない。」
「シーズン全体を見てる。」
「ここで無理をして三週間離脱する方が損失は大きい。」
葉山はなおも食い下がる。
「俺は出たい。」
「知ってる。」
「でも。」
八幡は真っ直ぐ葉山を見た。
「出たい選手を止めるのも俺たちの仕事だ。」
沈黙。
数秒後。
マルコが静かに口を開く。
「葉山。」
「これは監督としての決定だ。」
「横浜戦は欠場。」
「次節に備えろ。」
葉山はしばらく俯いたままだった。
やがて小さく息を吐き、ゆっくりと顔を上げる。
「……分かりました。」
悔しさは隠しきれなかった。
それでも、その返事にはプロとしての覚悟が込められていた。
八幡は資料を閉じる。
横浜戦で左サイドバックを誰に任せるか。
その新たな課題に、すでに頭を切り替えていた。