LNCrawler

第61話〜第80話

やはり俺のスカウト人生は間違っている。 — www.pixiv.net · All chapters

第61話〜第80話

第61話 落ち着いた立ち上がり

エストレヤパーク。

曇り空の下、主審の笛が鳴る。

**前半開始。**

富山ベイウインズのキックオフ。

ボールが最終ラインへ下げられる。

エストレヤ千葉は無理に奪いには行かない。

3-5-2のブロックを素早く形成する。

最前線には材木座義輝と栗林宰三。

その後ろにダニエル・ロドリゲス。

中盤では戸塚彩加とエミリオ・アルバレスが中央を締める。

橋本翔は初スタメンとは思えないほど落ち着いていた。

「橋本!」

長谷川智樹の声が飛ぶ。

「はい!」

富山のロングボール。

橋本は冷静に落下点へ入る。

高い打点で競り勝ち、ヘディングで前へ弾き返した。

「ナイス!」

宇津木健太が声を掛ける。

橋本は短く頷き、自分のポジションへ戻る。

---

開始五分。

富山はサイドチェンジを繰り返し、3バックの隙を探してくる。

川崎大志と森川佑の両サイドハーフは何度も自陣深くまで戻る。

運動量は多い。

それでも誰一人として足は止まらない。

「川崎!」

「はい!」

「無理するな!」

森川の声に川崎は頷く。

「大丈夫です!」

---

中央ではエミリオが試合を落ち着かせる。

無理に縦へ入れず、一度長谷川へ。

長谷川から宇津木。

宇津木から戸塚。

テンポ良くボールが回る。

富山も簡単には奪えない。

---

ベンチ前。

八幡が静かに口を開く。

「立ち上がりは悪くないですね。」

マルコ・ベッルーニ監督は腕を組んだまま頷く。

「ああ。」

「多少疲労は見える。」

前節まで三連勝。

運動量の多い試合が続いていた影響はある。

川崎も森川も、何度か息を整える仕草を見せる。

材木座も前線で何度も身体を張り、呼吸は少し荒い。

それでも――

誰一人、判断は乱れない。

エミリオがリズムを整え、

戸塚が危険なスペースを消し、

長谷川が最終ラインを統率する。

疲労はある。

だが、それを感じさせない試合運びだった。

マルコは静かに呟く。

「慌てる必要はない。」

「このまま、自分たちのサッカーを続けよう。」

## 第62話 互角の四十五分

前半四十五分。

富山ベイウインズが右サイドから攻め込む。

クロス。

「クリア!」

長谷川智樹の声が響く。

橋本翔が競り勝ち、大きくヘディングで跳ね返す。

こぼれ球を戸塚彩加が回収。

すぐにエミリオ・アルバレスへ預ける。

エミリオは落ち着いてテンポを整える。

無理には攻めない。

安全にボールを回しながら時間を使う。

---

前半アディショナルタイム一分。

富山が最後の攻撃を仕掛ける。

中央突破。

しかし――

「そこだ。」

戸塚が絶妙なタイミングで足を出す。

ボールだけを奪う。

主審の笛は鳴らない。

スタンドから大きな拍手が起こる。

奪ったボールをエミリオへ。

エミリオは前線の材木座義輝へ浮き球を送る。

材木座が胸で収める。

栗林宰三が裏へ走る。

材木座はワンタッチで落とす。

栗林が右足を振り抜く。

だが、シュートはGKの正面。

その瞬間――

**ピーーーッ!**

主審が前半終了の笛を吹いた。

---

**前半終了。**

**エストレヤ千葉 0―0 富山ベイウインズ**

ロッカールームへ戻る選手たち。

橋本は大きく息を吐く。

長谷川が笑って声を掛けた。

「橋本。」

「はい。」

「初スタメンとは思えない出来だ。」

「このまま続ければいい。」

橋本は少し照れながら答えた。

「ありがとうございます。」

宇津木も頷く。

「落ち着いてる。」

「後半もそのまま行こう。」

「はい!」

---

前線では栗林が悔しそうに頭をかく。

「最後の一本、決めたかったです。」

材木座は笑って答えた。

「いい動きだった。」

「次も同じタイミングで走ってくれ。」

「はい。」

ダニエルも加わる。

「あと一本。」

「必ず崩せます。」

三人は互いに頷き合った。

---

ベンチ前。

マルコ・ベッルーニ監督が八幡を見る。

「どうだ。」

八幡はピッチへ視線を向けたまま答える。

「疲労はあります。」

「ですが、試合運びは悪くありません。」

「橋本も落ち着いていますし、玉縄も安定しています。」

マルコは静かに頷いた。

「あとは、一点だ。」

四連勝へ。

勝負の後半四十五分が、まもなく始まる。

## 第63話 勝負の後半

後半開始。

両チームとも交代はない。

エストレヤ千葉は前半と同じメンバーで後半へ臨む。

**ピーーーッ!**

主審の笛が鳴る。

材木座義輝がボールを軽く落とす。

ダニエル・ロドリゲス。

エミリオ・アルバレス。

長谷川智樹。

後半が始まった。

---

立ち上がりから富山ベイウインズが前へ出る。

前半以上にプレスを強めてきた。

橋本翔へ縦パスが入る。

「橋本!」

長谷川の声。

橋本は慌てず宇津木健太へ預ける。

宇津木はワンタッチでエミリオへ。

エミリオは相手を引き付けると、右サイドの川崎大志へ展開した。

「ナイス!」

マルコ・ベッルーニ監督が小さく頷く。

---

後半四分。

富山が左サイドからクロスを送る。

中央には二人。

長谷川が競る。

こぼれ球。

橋本が素早く反応し、大きくクリアした。

スタンドから拍手が起こる。

「ナイスクリア!」

玉縄幸三が大きな声を飛ばす。

「もう一回集中!」

「はい!」

橋本がすぐに返事をする。

---

後半七分。

戸塚彩加が中盤で相手の縦パスを読む。

一歩早く身体を入れ、ボールを奪う。

そのままエミリオへ。

エミリオは前を向き、ダニエルへ鋭い縦パスを送る。

ダニエルはターン。

一人かわす。

さらに前へ運ぶ。

材木座が左へ流れ、栗林が中央へ走る。

ダニエルはスルーパスを狙う。

しかし、富山のセンターバックが足を伸ばし、わずかにコースを変える。

ボールはGKがキャッチした。

「惜しい!」

スタンドがどよめく。

---

ベンチ前。

八幡が静かに口を開く。

「相手の運動量が少し落ち始めています。」

マルコは頷く。

「ああ。」

「この時間帯が勝負だ。」

ピッチでは、エストレヤ千葉が少しずつボールを握る時間を増やし始めていた。

## 第64話 最後の一撃

後半アディショナルタイム。

**2分。**

スコアは――

**0-0。**

エストレヤ千葉、最後の攻撃。

ダニエル・ロドリゲスが中央でボールを受ける。

相手を一人かわし、左の森川佑へ展開。

森川はワンタッチで縦へ流す。

オーバーラップした戸塚彩加が深い位置まで運ぶ。

低いクロス。

相手DFが必死に足を伸ばく。

ボールはゴールラインを割った。

**コーナーキック。**

エストレヤ千葉の選手たちが一斉にゴール前へ上がる。

長谷川智樹。

宇津木健太。

材木座義輝。

栗林宰三。

橋本翔もゆっくりと右コーナーフラッグへ歩いていく。

スタンドがどよめいた。

「橋本が蹴るのか。」

「初スタメンで?」

八幡は静かに頷く。

「予定どおりです。」

マルコ・ベッルーニ監督も腕を組んだまま見つめる。

「練習どおりやれ。」

橋本は一度深呼吸をする。

ボールを丁寧にセットした。

主審がゴール前を確認する。

ペナルティエリアでは激しいポジション争い。

長谷川がファーサイドへ。

宇津木はニア。

材木座はGKの前へ入り、相手DFを引きつける。

栗林は少し後方から助走を取る。

ダニエルと戸塚はペナルティエリアの外でこぼれ球に備える。

橋本がゆっくりと助走を始めた。

エストレヤパーク全体が息をのむ。

右足がボールを捉えた――。

## 第65話 勝ち点1

橋本翔の右足から放たれたボールが、大きく弧を描く。

狙いは――

**ゴールキーパーの前。**

「行けっ!」

長谷川智樹が飛び込む。

宇津木健太も身体を投げ出す。

材木座義輝は相手GKの前で競り合い、コースを作ろうとする。

栗林宰三も勢いよく飛び込んだ。

混戦。

しかし――

富山のゴールキーパーが一歩前へ出る。

両拳で力強くパンチング。

ボールはペナルティエリアの外まで弾き返された。

ダニエル・ロドリゲスが反応する。

右足を振り抜く。

だが、そのシュートは相手DFに当たり、大きく上へ。

その瞬間――

**ピーーーーッ!!**

主審が試合終了を告げる長い笛を吹いた。

エストレヤパークは大きなため息に包まれる。

最後までゴールは生まれなかった。

**試合終了。**

**エストレヤ千葉 0―0 富山ベイウインズ**

勝ち点は**1**。

四連勝はならなかった。

---

橋本はその場で膝に手をつく。

「……。」

長谷川が歩み寄り、肩を軽く叩いた。

「いいボールだった。」

橋本は顔を上げる。

「ありがとうございます。」

宇津木も頷く。

「次は決めてもらおう。」

橋本は力強く返事をした。

「はい。」

---

材木座は悔しそうにゴールを見つめる。

栗林が近づいた。

「最後、惜しかったですね。」

材木座は小さく頷く。

「ああ。」

「あと少しだった。」

ダニエルも二人のもとへ来る。

「次は勝ちましょう。」

材木座と栗林は静かに頷いた。

---

ベンチ前。

マルコ・ベッルーニ監督は静かに拍手を送る。

「よく戦った。」

八幡もピッチを見つめながら口を開いた。

「勝てませんでしたが、負けもしませんでした。」

マルコは頷く。

「ああ。」

「連勝は止まった。」

「だが、連敗もしていない。」

エストレヤ千葉は勝ち点を積み上げる。

次の勝利を目指し、選手たちはサポーターへ一礼した。

## 第66話 試合後のサポーター

試合終了から十分後。

エストレヤパーク。

スタジアムの外へ向かうサポーターたち。

それぞれが今日の試合を振り返っていた。

---

「0対0か。」

「惜しかったな。」

「最後のコーナー、入ると思ったんだけど。」

「橋本、いいボール蹴ってたよ。」

---

別の男性二人組。

「それより驚いたのはシステムだよ。」

「ああ。」

「いきなり3バック。」

「試合前にスタメン見て二度見した。」

「今までずっと4バックだったのにな。」

---

「しかも橋本が初スタメン。」

「正直、大丈夫かなと思った。」

「でも普通によかったよな。」

「空中戦ほとんど負けてなかった。」

「落ち着いてた。」

---

親子連れも話していた。

「お父さん。」

「どうして今日は3バックだったの?」

父親は少し考える。

「うーん。」

「分からないな。」

「相手対策かもしれないし、これから先を見据えて試してるのかもしれない。」

「監督しか分からないね。」

---

ゴール裏ではユニフォーム姿の若いサポーターたち。

「3バックは悪くなかった。」

「でも何で今日だったんだろう。」

「三連勝中だったし。」

「普通なら変えないよな。」

「しかも郷田じゃなくて玉縄だったし。」

「橋本まで先発だった。」

「思い切った采配だったよ。」

---

別の男性が口を開く。

「でも負けなかった。」

「内容もそんなに悪くない。」

「守備は安定してた。」

「橋本も十分やれそう。」

「玉縄も危ないミスはなかった。」

「収穫はあった試合だと思う。」

周囲も頷く。

「確かにな。」

---

年配のサポーターが腕を組む。

「今日の3バック。」

「一試合だけなのか。」

「これから続けるのか。」

「そこが気になるな。」

「次節を見れば分かるか。」

「マルコ監督と八幡、何か考えがあるんだろう。」

誰も答えは知らない。

だが一つだけ共通していた。

**"なぜ三連勝中に、いきなり3バックへ変えたのか。"**

その疑問を抱えながら、サポーターたちは夕暮れのエストレヤパークを後にした。

## 第67話 試合後ネット掲示板

**【J2第12節】**

**エストレヤ千葉 0-0 富山ベイウインズ**

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**1 名前:名無しさん**

ドローか。

四連勝は止まったな。

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**2 名前:名無しさん**

でも負けなかったのは大きい。

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**3 名前:名無しさん**

三連勝の勢い考えたら勝ちたかったけどな。

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**4 名前:名無しさん**

それより今日の3バックだろ。

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**5 名前:名無しさん**

ほんとそれ。

何で急に変えた?

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**6 名前:名無しさん**

三連勝中にシステム変更って普通やるか?

---

**7 名前:名無しさん**

橋本初スタメンも驚いた。

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**8 名前:名無しさん**

でも橋本かなり良かったぞ。

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**9 名前:名無しさん**

空中戦強すぎ。

十九歳とは思えなかった。

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**10 名前:名無しさん**

長谷川と宇津木がうまくフォローしてたな。

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**11 名前:名無しさん**

玉縄も普通に良かった。

郷田復帰しても悩みそう。

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**12 名前:名無しさん**

いや、それはない。

郷田は別格。

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**13 名前:名無しさん**

まあ郷田が正GKなのは変わらん。

でも玉縄で十分戦えるのは分かった。

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**14 名前:名無しさん**

3バックどうだった?

---

**15 名前:名無しさん**

守備は安定。

攻撃はまだ連係不足。

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**16 名前:名無しさん**

俺もそう思う。

失点しそうな感じは少なかった。

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**17 名前:名無しさん**

橋本が思った以上にハマってた。

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**18 名前:名無しさん**

セットプレーで橋本がCK蹴ったのも驚いた。

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**19 名前:名無しさん**

あれ練習してたんだろうな。

いいボールだった。

---

**20 名前:名無しさん**

最後は惜しかった。

あと一歩。

---

**21 名前:名無しさん**

材木座またアシストなし。

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**22 名前:名無しさん**

今日は0-0だから誰も得点してないだろ(笑)

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**23 名前:名無しさん**

でも材木座は前でかなり収めてた。

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**24 名前:名無しさん**

数字だけじゃ分からないタイプ。

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**25 名前:名無しさん**

ダニエルも今日は完全には消されてたな。

富山の守備固かった。

---

**26 名前:名無しさん**

栗林も悪くなかった。

もっと試合見たい。

---

**27 名前:名無しさん**

一番気になるのは監督だよ。

3バックを続けるのか。

4バックへ戻すのか。

---

**28 名前:名無しさん**

八幡が絡んでそう。

補強してから戦術の幅増えたし。

---

**29 名前:名無しさん**

三連勝して引き分け。

**勝ち点13。**

負けてないのは評価する。

---

**30 名前:名無しさん**

次節が楽しみだ。

今日の3バックが一試合限定なのか、それとも新しい形になるのか。

そこが一番の注目だ。

## 第68話 J2第12節終了 順位表

富山ベイウインズとの激闘から一夜。

クラブハウス。

食堂に設置された大型モニターへ、J2第12節終了時点の順位表が映し出される。

選手たちも自然と足を止めた。

---

### J2リーグ順位表(第12節終了)

| 順位 | クラブ | 勝ち点 |

| ----: | ----------- | -------------------: |

| 1 | 北海道フェニックスFC | 34(11勝1分0敗) |

| 2 | 岡山セルフィオFC | 24(7勝3分2敗) |

| 3 | 愛媛サザンクロスFC | 21(6勝3分3敗) |

| 4 | 福岡レガーロ | 19(5勝4分3敗) |

| **5** | **エストレヤ千葉** | **19(5勝4分3敗)** ※得失点差 |

| 6 | 青森ブランシェFC | 18(5勝3分4敗) |

| 7 | 富山ベイウインズ | 17(4勝5分3敗) |

| 8 | 鹿児島レヴァンテFC | 17(5勝2分5敗・4連敗) |

| 9 | 相模原マンスリーFC | 16(4勝4分4敗) |

| 10 | 仙台アステルFC | 16(4勝4分4敗) |

| 11 | 熊本アスフィーダ | 15(4勝3分5敗) |

| 12 | CS栃木 | 14(3勝5分4敗) |

| 13 | 山形ブリッツFC | 14(4勝2分4敗) |

| 14 | 横浜マンゲールFC | 13(3勝4分5敗) |

| 15 | 伊勢シーガルズ | 12(2勝6分4敗) |

| 16 | 信州アルプスFC | 8(2勝2分8敗) |

| 17 | 秋田ノルディアFC | 7(1勝4分7敗) |

| 18 | 駿河ユナイテッドFC | 5(1勝2分9敗) |

---

「……五位。」

川崎大志が思わず声を漏らした。

「一気に上がりましたね。」

森川佑も順位表を見つめる。

「開幕直後を思えば、大したもんだ。」

戸塚彩加は静かに頷く。

「勝ち点十九。」

「プレーオフ圏内まで来ましたね。」

---

長谷川智樹は腕を組んだまま口を開く。

「でも、まだ十二試合。」

「ここで満足したら終わりだ。」

宇津木健太も同意する。

「そうですね。」

「ここからが本当の勝負です。」

---

橋本翔は初めて順位表の上位にあるクラブ名を見て、小さく息をのむ。

「五位……。」

「僕たち、本当にここまで来たんですね。」

長谷川は橋本を見る。

「自分たちで勝ち取った順位だ。」

「胸を張れ。」

「はい!」

---

少し離れた場所。

八幡は順位表を眺めたまま呟く。

「開幕五試合未勝利。」

「勝ち点二。」

「あの時を考えれば、十分すぎる巻き返しだ。」

マルコ・ベッルーニ監督も隣で頷く。

「だが。」

「五位は通過点だ。」

「目標はもっと上にある。」

八幡は視線を順位表の最上段へ向ける。

**北海道フェニックスFC 勝ち点34。**

開幕から無敗。

圧倒的な首位。

その背中は、まだ遠かった。

しかし――

開幕時、最下位に沈んでいたエストレヤ千葉は、今、確実に上位争いへ足を踏み入れていた。

## 第69話 第二の問題児

翌日。

エストレヤ千葉トレーニングセンター。

午前練習開始三十分前。

選手たちが続々とクラブハウスへ入ってくる。

森川佑がストレッチを始める。

戸塚彩加はランニングシューズの紐を結び直す。

長谷川智樹と宇津木健太は昨日の試合について話していた。

その時――

一台の黒いSUVが駐車場へ滑り込んだ。

ドアが開く。

長身の男がゆっくり降りてくる。

身長二メートル。

エストレヤ千葉背番号9。

**鈴木太郎。**

ユース育ち。

一度クラブを離れたが、二年前に古巣へ復帰。

決定力はある。

しかしポストプレーやキープは不得意で、ロストも少なくない。

そして――

現フロントや首脳陣と衝突を繰り返す、クラブの**第二の問題児**だった。

今年の夏にはドイツへの移籍が決まっている。

鈴木は周囲を見ることもなく、無言でクラブハウスへ向かう。

その姿に若手たちが小さく視線を送った。

橋本翔が小声で尋ねる。

「長谷川さん……。」

長谷川は鈴木の背中を見ながら答える。

「ああ。」

「太郎だ。」

橋本は少し緊張した表情になる。

「初めて一緒に練習します。」

長谷川は静かに頷いた。

「余計なことは考えなくていい。」

「普通に接すればいい。」

「はい。」

---

川崎大志も鈴木へ軽く頭を下げる。

「おはようございます。」

鈴木は短く返す。

「ああ。」

それ以上は何も話さない。

ロッカールームへ入っていく。

---

少し離れた場所。

八幡はその様子を見ていた。

隣には強化部長の佐藤智成。

佐藤が苦笑する。

「帰ってきたな。」

八幡も鈴木から目を離さない。

「はい。」

「今日から合流です。」

佐藤は腕を組んだ。

「実力はある。」

「だが、扱いは簡単じゃない。」

八幡は静かに答える。

「分かっています。」

「夏にはドイツへ行きます。」

「ですが、それまではエストレヤ千葉の選手です。」

「戦力として最大限力を出してもらいます。」

佐藤は小さく笑った。

「その考え方は嫌いじゃない。」

---

グラウンドではマルコ・ベッルーニ監督が笛を持って待っていた。

鈴木は遅刻することなく整列へ加わる。

マルコは全員を見渡した後、鈴木へ視線を向ける。

「鈴木。」

「はい。」

「今日からまた競争だ。」

「誰にもポジションは保証されていない。」

鈴木は監督を真っ直ぐ見返した。

「分かっています。」

静かな返事だった。

だが、その目には誰にも譲らないという強い闘志が宿っていた。

第二の問題児。

背番号9・鈴木太郎。

夏のドイツ移籍まで残された時間が、再び動き始めた。

## 第70話 同じ輪

午前練習。

エストレヤ千葉トレーニングセンター。

マルコ・ベッルーニ監督の笛が鳴り、全体練習が始まる。

最初は二人一組のパス交換。

長谷川智樹は橋本翔と組み、声を掛けながらテンポ良くボールを動かしていた。

「橋本。」

「はい。」

「慌てるな。」

「昨日の試合みたいに、自分の間合いでやればいい。」

「はい!」

十九歳の橋本は力強く返事をする。

その隣では宇津木健太が毛利良一とパス交換をしていた。

「毛利。」

「はい。」

「ボールを受ける前に周りを見ろ。」

「そうすれば次のプレーが楽になる。」

毛利は何度も頷く。

「ありがとうございます。」

「もう一回お願いします。」

「よし。」

二十九歳の宇津木は笑いながらボールを返した。

---

一方。

別のコート。

鈴木太郎はエミリオ・アルバレスとロングパスを繰り返していた。

二十七歳のエミリオが口を開く。

「太郎さん。」

鈴木はボールを止める。

「何だ?」

「ドイツでも、そのキックは通用しますよ。」

鈴木は苦笑した。

「そう簡単じゃねぇよ。」

「向こうはもっと速い。」

「もっとやらなきゃな。」

エミリオは笑顔で頷く。

「楽しみにしています。」

---

給水の時間。

選手たちが水を飲みながら休憩する。

鈴木はタオルで汗を拭くと、そのまま万条富隆の方へ歩いていった。

万条も鈴木に気付く。

「どうだ?」

「久々の全体練習は。」

鈴木はペットボトルの水を一口飲んだ。

「悪くねぇ。」

「雰囲気も前より締まってる。」

万条は笑う。

「八幡が来てから変わったからな。」

そこへ万条グループの選手たちも集まってくる。

背番号2。

背番号8。

背番号13。

背番号15。

背番号27。

背番号28。

背番号29。

背番号30。

年下の選手たちは鈴木へ頭を下げた。

「鈴木さん、お疲れ様です。」

「あ、お疲れ様です。」

鈴木は軽く右手を上げる。

「おう。」

「みんな元気そうだな。」

二十五歳の背番号2が笑う。

「鈴木さんも変わらないですね。」

二十七歳の背番号13も笑った。

「また一緒に練習できて嬉しいです。」

鈴木は照れくさそうに笑う。

「そんな大げさなもんじゃねぇよ。」

---

少し離れた場所。

二十四歳の戸塚彩加と二十四歳の材木座義輝がその様子を見ていた。

材木座が口を開く。

「やっぱり鈴木さんは万条さんたちと仲がいいな。」

戸塚も頷く。

「昔から付き合いがあるみたいだからね。」

「でも、あくまでグラウンドの外での話。」

「練習が始まれば切り替えてる。」

材木座も納得したように頷いた。

「確かに。」

---

その近くでは二十二歳の川崎大志が森川佑へ話しかける。

「森川さん。」

「何だ?」

「鈴木さんって、思ったより話しやすそうですね。」

二十八歳の森川は笑った。

「そうだな。」

「言いたいことははっきり言う人だけど、後輩には面倒見がいい。」

川崎は安心したように笑う。

「そうなんですね。」

---

グラウンドの反対側。

八幡と佐藤智成が練習を見守っていた。

佐藤が静かに言う。

「自然と万条のところへ行ったな。」

八幡は視線を外さない。

「はい。」

「想定どおりです。」

「鈴木選手と万条選手は親しいですし、万条グループとも交流があります。」

佐藤は腕を組んだ。

「悪い方向へ行かなければいいが。」

八幡は落ち着いて答える。

「現時点では練習態度に問題はありません。」

「グラウンドでは全員が真剣です。」

その言葉どおり。

マルコ・ベッルーニ監督が笛を吹くと、談笑していた選手たちは一斉に散り、それぞれのポジションへ走り出した。

鈴木も万条も私語をやめ、真剣な表情でボールを追う。

仲が良い。

それは事実だった。

だが、練習が始まれば全員が同じエストレヤ千葉の選手。

勝利のために競い合うライバルでもあった。

## 第71話 ぶつかる二人

午前練習。

ミニゲーム。

紅組。

鈴木太郎が最前線。

白組。

長谷川智樹、宇津木健太を中心に守る。

笛が鳴る。

ゲーム開始。

---

エミリオ・アルバレスから縦パス。

鈴木が受ける。

長谷川を背負いながら反転を狙う。

しかし――

長谷川が身体を入れ、ボールを奪った。

「まだ甘い。」

鈴木は舌打ちする。

「……くそ。」

---

次のプレー。

森川佑のクロス。

鈴木が競り勝つ。

だが、ヘディングはクロスバーの上。

「惜しい!」

川崎大志が声を掛ける。

鈴木は何も言わず、自分の額を軽く叩いた。

---

数分後。

ダニエル・ロドリゲスがスルーパス。

鈴木は抜け出そうとしたが、橋本翔が身体を寄せてコースを消す。

鈴木は無理に突破。

ボールはラインを割った。

マルコが笛を吹く。

「鈴木!」

鈴木が振り返る。

「はい。」

「今のプレーは何だ。」

「無理に行き過ぎだ。」

鈴木は眉をひそめる。

「前が空いていたので。」

マルコは首を横に振る。

「違う。」

「空いていたんじゃない。」

「見えていなかっただけだ。」

「周りを使え。」

鈴木は少し強い口調になる。

「決めるのがFWでしょう。」

グラウンドが静かになる。

マルコは一歩前へ出た。

「FWだからこそ。」

「味方を使う。」

「味方を生かす。」

「それができなければ、このチームでは試合に出られない。」

鈴木は何も言わない。

だが、不満そうな表情は隠さなかった。

---

その空気を見た万条富隆が口を開く。

「監督。」

全員の視線が集まる。

「太郎だけじゃないでしょう。」

「今のパスも少しずれてましたよ。」

マルコは万条を見る。

「だから何だ。」

万条は腕を広げる。

「全部FWの責任みたいな言い方は違うってことです。」

すると背番号8が続く。

「俺もそう思います。」

背番号13も頷く。

「鈴木さんだけ注意されるのは、おかしいです。」

背番号15も口を開いた。

「少しくらい強引に行くのもFWの仕事じゃないですか。」

万条グループの選手たちが次々と鈴木を擁護する。

グラウンドの空気が一気に張り詰めた。

---

マルコは全員を見渡す。

「……終わったか。」

誰も答えない。

「私は一人だけを責めているわけではない。」

「プレーを修正しているだけだ。」

「それを聞けないなら、成長はない。」

静まり返るグラウンド。

---

その時だった。

比企谷八幡が一歩前へ出る。

「万条選手。」

万条が振り返る。

「今は監督が練習を進めています。」

「意見があるなら、練習後に聞きます。」

万条は鼻で笑う。

「はいはい。」

「分かりましたよ。」

八幡は表情を変えない。

「では、練習を続けましょう。」

マルコは短く頷いた。

「再開。」

笛が鳴る。

選手たちは再びボールを追い始めた。

だが――

鈴木と万条。

そして万条グループの間には、小さくない火種が残ったままだった。

## 第72話 分析会議

その日の午後。

エストレヤ千葉クラブハウス。

分析室。

部屋の照明が落ちる。

大型スクリーンには、一人の選手の名前が映し出された。

**背番号9 鈴木太郎**

席には、

マルコ・ベッルーニ監督。

中村敏三郎ヘッドコーチ。

田島雍也GKコーチ。

ルイス・マルティネスフィジカルコーチ。

強化部長・佐藤智成。

そして比企谷八幡。

八幡がリモコンを操作した。

「今日のテーマは鈴木選手です。」

「能力をもう一度整理します。」

映像が流れ始める。

---

一本目。

右サイドから森川佑のクロス。

ゴール前。

鈴木が相手CBより半歩前へ出る。

高く跳んだわけではない。

しかし二メートルの長身を生かし、打点の高いヘディングを叩き込む。

ゴール。

映像が止まる。

八幡が口を開く。

「これが一番の武器です。」

「ジャンプ力自体は特別高くありません。」

「ですが、身長二メートルという高さとポジション取りで勝っています。」

マルコが頷く。

「打点が高い。」

「相手は競りづらい。」

---

二本目。

ペナルティエリア右。

右足へボールが入る。

鈴木は迷わず振り抜く。

ゴール左隅。

ネットが揺れる。

八幡が説明する。

「右足の精度は高いです。」

「決定力もJ2では十分通用します。」

「ボックス内で仕事をさせる形が最も生きます。」

中村も頷いた。

「ストライカーとしては十分な武器だ。」

---

画面が切り替わる。

「ここから短所です。」

一本目。

縦パス。

鈴木が背負って受ける。

トラップが大きくなり、相手CBへ奪われる。

再生停止。

八幡が言う。

「ポストプレー。」

「ここが最大の弱点です。」

「背負う技術。」

「ボールを収める技術。」

「どちらも低い。」

長谷川や宇津木との紅白戦映像が続く。

身体は大きい。

しかし簡単に前へ入られ、ボールを失う。

マルコが腕を組む。

「二メートルあるのに収まらない。」

八幡も頷く。

「はい。」

「身体能力ではなく技術面の問題です。」

---

さらに映像。

足元へのパス。

ファーストタッチが流れる。

相手DFに奪われる。

もう一本。

同じようにトラップが浮き、ロスト。

八幡が説明を続ける。

「トラップ精度も高くありません。」

「足元で受けるプレーは向いていません。」

「むしろ裏へ流す形、クロスへ合わせる形が適しています。」

---

映像は守備へ。

相手CBへプレッシャー。

最初の数歩は行く。

しかし途中で止まる。

相手は余裕を持って展開する。

八幡が映像を止めた。

「守備はします。」

「ですが、最後まで追い切りません。」

ルイスが口を開く。

「体力ではない?」

「体力ではありません。」

「守備への意識です。」

---

最後の映像。

カウンター。

鈴木が走る。

相手CBとの差はほとんど変わらない。

八幡が説明する。

「スピードです。」

「遅くはありません。」

「ですが、速くもありません。」

「裏抜け一本で勝負するタイプではないです。」

---

最後に右足と左足のシュートデータが映る。

八幡が数字を示す。

「右足でのシュートがほとんどです。」

「左足は得意ではありません。」

「左へ持ち替える場面ではプレー速度が落ちます。」

---

部屋が静かになる。

八幡は資料を閉じた。

「まとめます。」

「長所。」

「二メートルの高さ。」

「高身長を生かしたヘディング。」

「右足の決定力。」

「ゴール前での得点能力。」

「短所。」

「ポストプレー。」

「トラップ。」

「左足。」

「前線守備の継続性。」

「スピードは平均的です。」

マルコはしばらく考え込んだ。

「……つまり。」

「ゴール前だけに集中させた方がいい。」

八幡は即答する。

「はい。」

「鈴木選手は、ゴールへ近いほど価値が上がります。」

「逆に、下がって組み立てへ参加させるほど持ち味は消えます。」

マルコはゆっくり頷いた。

「なら、使い方は決まった。」

分析室の空気が変わる。

鈴木太郎という大型ストライカー。

その長所と短所が、首脳陣の中で改めて明確に共有された。

## 第73話 扱いの難しい大型FW

分析室。

鈴木太郎のプレー映像はまだ続いていた。

今度はJ2の各クラブのストライカーとの比較映像。

北海道フェニックスFC。

岡山セルフィオFC。

福岡レガーロ。

愛媛サザンクロスFC。

それぞれのエースストライカーのプレーが映し出される。

シュート。

ポストプレー。

裏への抜け出し。

前線からの守備。

一通り見終えたところで、八幡が映像を止めた。

「ここが一番重要です。」

部屋が静まり返る。

八幡は鈴木のデータを映す。

「鈴木選手の得点能力は、J2では十分通用します。」

「ですが――。」

次のスライド。

J2主要FW比較。

**決定力 B+**

**ポストプレー D**

**トラップ D**

**空中戦 A**

**右足 B+**

**左足 D**

**スピード C**

**守備意識 C-**

八幡は首脳陣を見回した。

「得点能力も、リーグのトップクラスではありません。」

「"通用する"レベルです。」

「リーグを代表するストライカーほどの決定力ではありません。」

マルコが静かに頷く。

「つまり。」

「欠点を補えるほどの武器ではない。」

「その通りです。」

八幡は続けた。

「例えば。」

「ポストプレーが苦手でも、年間二十五得点取れるなら起用する価値はあります。」

「守備をしなくても、毎年二十得点取れるなら問題になりません。」

「しかし鈴木選手はそこまでではありません。」

佐藤が資料を見つめる。

「だから評価が割れるのか。」

「はい。」

八幡は即答した。

「高さはあります。」

「得点も取れます。」

「ですが、他クラブのエースFWと比較すると、一歩劣ります。」

画面には再び映像。

北海道フェニックスFCのエースが背負って味方へ落とす。

福岡レガーロのFWが前線で起点になる。

岡山セルフィオFCのFWは左右両足でシュートを打ち分ける。

映像が終わる。

八幡は言った。

「鈴木選手は万能型ではありません。」

「高さを生かす形でしか、力を発揮できません。」

中村が腕を組む。

「だから扱いづらい。」

「はい。」

八幡は頷く。

「クロスが少ない試合。」

「押し込めない試合。」

「相手が高さに強い試合。」

「こういう試合では、一気に存在感が薄くなります。」

ルイスも納得したように頷く。

「逆にクロスが多ければ。」

「一気に危険な選手になります。」

「その通りです。」

八幡は資料を閉じた。

「使い方を間違えれば、何もできない。」

「使い方が合えば、相手にとって脅威になる。」

「鈴木太郎という選手は、その差が非常に大きいタイプです。」

マルコは椅子にもたれ、静かに息を吐いた。

「……難しいな。」

八幡も小さく頷く。

「だからこそ、扱いづらい選手です。」

分析室は静まり返る。

背番号9・鈴木太郎。

高さという明確な武器を持ちながら、それだけではリーグ屈指のFWには届かない。

首脳陣は改めて、その長所と限界を共有した。

## 第74話 次の二試合

分析室。

スクリーンが切り替わる。

八幡が次の資料を映した。

**今後の対戦日程**

**第13節**

駿河ユナイテッドFC(18位)

**第14節**

岡山セルフィオFC(2位)

---

八幡が口を開く。

「ここからは対戦相手を踏まえた話です。」

まず駿河ユナイテッドFCの試合映像が流れる。

守備ブロック。

自陣に十人近くが引く。

ボールを奪うと、一気に縦へ。

数本のパスでカウンター。

映像が止まる。

「現在最下位ですが、簡単な相手ではありません。」

マルコが頷く。

「勝ち点以上に守備は固い。」

「はい。」

八幡は資料をめくる。

「順位が低いチームほど、こちらにボールを持たせる傾向があります。」

「エストレヤ千葉が主導権を握る時間は長くなるでしょう。」

中村が尋ねる。

「鈴木はどうだ。」

八幡は首を横に振った。

「使いづらいです。」

部屋が静かになる。

「相手は引いて守ります。」

「中央は人が密集します。」

「鈴木選手はポストプレーで崩せません。」

「狭いスペースでのトラップも苦手です。」

「裏への抜け出しも、相手最終ラインが低いため効果は薄い。」

マルコが腕を組む。

「クロス頼みになる。」

「はい。」

「ですが、相手も高さを警戒してきます。」

「クロス一本だけでは崩せません。」

佐藤が呟く。

「なるほど……。」

---

画面が切り替わる。

**第14節 岡山セルフィオFC**

順位。

**2位。**

映像では激しいプレッシング。

素早い攻守の切り替え。

高いDFライン。

八幡が説明する。

「こちらは正反対です。」

「前から奪いに来ます。」

「球際も非常に強い。」

マルコが映像を見つめる。

「完成度が高い。」

「はい。」

八幡は頷いた。

「この相手に鈴木選手が前線で孤立すると、ボールが収まりません。」

映像では岡山のCBが相手FWを潰している。

「ポストプレーで時間を作れない。」

「トラップを狙われる。」

「ロストからショートカウンターを受ける危険があります。」

中村が深く息を吐いた。

「つまり。」

「二試合続けて難しい。」

「はい。」

八幡は即答した。

「第13節も。」

「第14節も。」

「鈴木選手の特徴とは、あまり噛み合いません。」

---

ルイスが質問する。

「逆に、生きる試合は。」

八幡は次のページを開く。

「ラインを高く保つ相手。」

「クロスを多く上げられる展開。」

「押し込み続けられる試合。」

「そういう相手なら武器になります。」

マルコは静かに立ち上がった。

「……難しい選手だ。」

八幡も頷く。

「能力が低いわけではありません。」

「ただ、相手との相性に左右される選手です。」

分析室は静まり返る。

目の前には、

**最下位・駿河ユナイテッドFC。**

その次には、

**2位・岡山セルフィオFC。**

首脳陣は二試合連続で、背番号9・鈴木太郎の起用法について慎重な判断を迫られることになった。

## 第75話 決断

分析室。

静かな空気の中、全員の視線がマルコ・ベッルーニ監督へ集まる。

八幡の分析は終わった。

次に必要なのは、決断だった。

マルコはしばらく黙ったまま戦術ボードを見つめる。

そして静かに口を開いた。

「……決めた。」

全員が顔を上げる。

「鈴木。」

「次の二試合はメンバーから外す。」

部屋が静まり返る。

佐藤智成が確認する。

「ベンチ外ですか。」

「ああ。」

マルコは頷いた。

「第十三節、駿河ユナイテッドFC。」

「第十四節、岡山セルフィオFC。」

「どちらも鈴木の特徴が生きにくい。」

「無理に使う理由はない。」

八幡も静かに頷いた。

「私も賛成です。」

「相性を考えれば妥当な判断です。」

中村敏三郎も腕を組む。

「本人は納得しないだろうな。」

「もちろんだ。」

マルコは苦笑する。

「だが、勝つための判断だ。」

---

スクリーンには別の選手の名前が映る。

**背番号11 材木座義輝**

八幡が資料を切り替えた。

「その代わり。」

「次の二試合は材木座選手に期待します。」

シーズン成績。

**12試合出場**

**12試合フル出場**

**1得点**

**10アシスト**

佐藤が思わず笑う。

「相変わらず得点よりアシストだな。」

八幡も資料を見ながら答える。

「はい。」

「ゴール数だけ見れば少ないです。」

「ですが、この十アシストがチームを支えています。」

映像が流れる。

森川へのラストパス。

ダニエルへの落とし。

川崎へのスルーパス。

クロスを胸で落とし栗林へ。

味方を生かすプレーが次々と映し出される。

マルコは満足そうに頷いた。

「数字以上の働きだ。」

「はい。」

八幡は続ける。

「材木座選手は前線で時間を作れます。」

「ボールを失いにくい。」

「周囲を使う判断も速い。」

「守備も九十分間続けられます。」

ルイスが笑う。

「十二試合連続フル出場。」

「普通なら疲労が心配になる頃だ。」

八幡は別のデータを表示する。

走行距離。

スプリント回数。

高強度走行。

「疲労は蓄積しています。」

「ですが、コンディションデータは基準値を維持しています。」

マルコは頷いた。

「なら。」

「もう二試合。」

「前線は材木座だ。」

---

佐藤が確認する。

「鈴木にはどう伝える。」

マルコは迷わず答えた。

「正直に話す。」

「相性の問題だ。」

「能力を否定するつもりはない。」

八幡も静かに続けた。

「夏の移籍まで時間はあります。」

「出番は必ず来ます。」

「ですが、この二試合はチームを優先します。」

---

分析室に静寂が戻る。

最下位・駿河ユナイテッドFC。

そして二位・岡山セルフィオFC。

重要な二連戦。

その最前線を任されるのは――

**十二試合連続フル出場。**

**一得点十アシスト。**

エストレヤ千葉の攻撃を支え続ける男。

**背番号11・材木座義輝**だった。

## 第76話 三試合、そして新たな試練

六月。

エストレヤ千葉は勢いそのままに、上位進出を懸けた三連戦へ挑んだ。

---

### 第13節

**駿河ユナイテッドFC(18位)**

**アウェー**

試合は予想どおり、駿河が自陣に人数を掛ける展開。

エストレヤ千葉がボールを握る時間は長かった。

後半六十三分。

ダニエル・ロドリゲスが中央で相手を引き付ける。

絶妙なスルーパス。

右サイドを抜け出した川崎大志が右足を振り抜く。

ゴール左隅。

**ゴール。**

その一点を守り切った。

**駿河ユナイテッドFC 0-1 エストレヤ千葉**

**得点**

後半63分

川崎大志(ダニエル・ロドリゲス)

---

### 第14節

**岡山セルフィオFC(2位)**

**アウェー**

昇格候補との直接対決。

前半、岡山に先制を許す。

それでもエストレヤ千葉は慌てなかった。

後半。

左サイドを突破した森川佑。

中央へ鋭い折り返し。

走り込んだエミリオ・アルバレス。

右足ダイレクト。

ゴールネットを揺らす。

**岡山セルフィオFC 1-1 エストレヤ千葉**

**得点**

後半54分

エミリオ・アルバレス(森川佑)

昇格候補相手に価値ある勝ち点1を持ち帰った。

---

### 第15節

**山形ブリッツFC(7位)**

**ホーム・エストレヤスタジアム**

サポーターの大声援を受け、試合開始。

前半三十一分。

材木座義輝が前線で相手CBを背負いながらボールを収める。

左へ丁寧に落とす。

走り込んだ森川佑。

右足で冷静に流し込み、先制。

**1-0。**

後半五十八分。

ダニエル・ロドリゲスがペナルティーエリア手前でボールを受ける。

一人かわし、そのまま右足を振り抜く。

ゴール右隅へ。

**2-0。**

終盤。

山形も反撃。

後半八十三分。

一瞬の隙を突かれ、一点を返される。

**2-1。**

スタジアムが緊張感に包まれる。

そして――

**後半アディショナルタイム。**

山形最後の攻撃。

右サイドからクロスが上がる。

GK郷田京が迷わず飛び出した。

「俺が行く!」

キャッチを狙った瞬間。

相手FWと激しく頭部同士が交錯した。

**ドンッ!!**

鈍い音がスタジアムに響く。

郷田はボールを弾いたものの、そのままピッチへ倒れ込んだ。

動かない。

主審がすぐに試合を止める。

「メディカル!」

チームスタッフが全力で駆け込む。

長谷川智樹が郷田のそばへしゃがむ。

「郷田さん!」

宇津木健太も心配そうに見つめる。

郷田は目を開けている。

しかし反応が鈍い。

クラブドクターが瞳孔を確認する。

「交代です。」

マルコ・ベッルーニ監督はすぐに決断した。

「玉縄!」

ベンチから玉縄幸三が立ち上がる。

「はい!」

急いでグローブをはめ、ピッチへ向かう。

郷田はスタッフに支えられながら、ゆっくりと歩いてピッチを後にした。

場内から大きな拍手が送られる。

玉縄がゴール前へ立つ。

そして再開後まもなく――

主審が試合終了の笛を吹いた。

**エストレヤ千葉 2-1 山形ブリッツFC**

**得点**

前半31分

森川佑(材木座義輝)

後半58分

ダニエル・ロドリゲス

---

試合後。

メディカルルーム。

精密検査を受けた郷田のもとへ、マルコ、八幡、佐藤智成が集まる。

クラブドクターが検査結果を伝えた。

「脳震盪です。」

「規則の為、しばらくプレーは禁止となります。」

部屋が静まり返る。

郷田は悔しそうに天井を見つめた。

「……悪い。」

マルコは首を横に振る。

「謝る必要はない。」

「まずは治療だ。」

その日の夜。

クラブから正式発表が行われた。

**背番号1 郷田京。**

**脳震盪のため、第16節・第17節を欠場予定。**

絶対的守護神が離脱。

次の二試合。

エストレヤ千葉のゴールマウスを守るのは――

**背番号21・玉縄幸三。**

二十四歳のセカンドGKだった。

## 第77話 休ませる勇気

第15節終了、翌日。

エストレヤ千葉トレーニングセンター。

午前九時。

クラブハウス二階。

首脳陣ミーティング。

マルコ・ベッルーニ監督を中心に、中村敏三郎ヘッドコーチ、ルイス・マルティネスフィジカルコーチ、田島雍也GKコーチ、佐藤智成、比企谷八幡が集まっていた。

ルイスがコンディションデータをスクリーンへ映す。

「まずは郷田選手ですが、脳震盪プロトコルに従い、第16節、第17節は欠場です。」

マルコは静かに頷く。

「玉縄で行く。」

「はい。」

ルイスは次の資料を表示した。

画面中央には――

**背番号11 材木座義輝**

「こちらの方が気になります。」

八幡も資料へ目を向ける。

ルイスが説明を続けた。

「開幕から十五試合。」

「全試合フル出場。」

「走行距離もチームトップクラスです。」

画面には数字が並ぶ。

高強度走行。

スプリント回数。

デュエル数。

すべて高い水準だった。

ルイスは腕を組む。

「怪我はありません。」

「ですが、疲労はかなり蓄積しています。」

部屋が静かになる。

中村が呟く。

「ここまでよく持ったな。」

八幡が資料をめくる。

「材木座選手は、攻撃だけではありません。」

「前線からの守備。」

「ポストプレー。」

「味方へのサポート。」

「九十分間、ほぼ休みなく動き続けています。」

マルコは目を閉じた。

「……限界が近いか。」

ルイスが頷く。

「このまま続ければ、筋系の故障リスクは上がります。」

「今は休ませるべきタイミングです。」

---

数秒の沈黙。

マルコが口を開く。

「次節。」

「材木座は別メニュー。」

佐藤が確認する。

「試合もですか。」

「ああ。」

「ベンチには入れる。」

「だが、できれば使いたくない。」

八幡も頷いた。

「賛成です。」

「ここで無理をさせる必要はありません。」

---

中村が戦術ボードを見る。

「そうなると……。」

全員の視線が一人の名前へ集まる。

**背番号9 鈴木太郎**

部屋が静まり返る。

マルコは苦笑した。

「結局。」

「鈴木を使うしかない。」

八幡も否定しない。

「はい。」

「材木座選手の疲労を考えれば、それが最善です。」

「鈴木選手にも役割があります。」

「チーム全体で戦う以上、必要な起用です。」

---

その頃。

グラウンド。

材木座はスパイクではなくランニングシューズを履いていた。

ルイスが横につく。

「今日は別メニューです。」

材木座は少し驚いた表情を見せる。

「試合に向けてですか?」

「違います。」

「疲労回復です。」

「十五試合連続フル出場です。」

「今は休むことも仕事ですよ。」

材木座は少し悔しそうに笑う。

「まだ走れます。」

ルイスも笑い返した。

「走れることと、走らせることは別です。」

「長いシーズンを戦うためです。」

材木座は静かに頷いた。

「……分かりました。」

そう言うと、ランニングコースへ向かってゆっくり走り始める。

その姿を、少し離れた場所から鈴木太郎が見つめていた。

材木座が休む。

つまり――

次の試合、最前線に立つ可能性が高いのは自分。

鈴木は何も言わず、グローブを締め直すGK玉縄幸三の横を通り過ぎ、静かにボールを蹴り始めた。

再び訪れたチャンス。

その一試合が、鈴木太郎にとって大きな意味を持つことになろうとしていた。

## 第78話 欠点を武器へ

**首脳陣ミーティングを終えた、その日の夜。**

エストレヤ千葉トレーニングセンター。

分析室。

午後十時四十五分。

クラブハウスの灯りはほとんど消えていた。

それでも、この部屋だけは明るい。

世界各国リーグの試合映像データ。

選手データ棚。

ホワイトボード。

試合用タブレット。

外国語のサッカー専門書。

コーヒーメーカー。

クラブスタッフから、

**「クラブの心臓」**

と呼ばれる部屋。

部屋の中央。

比企谷八幡は一人、モニターの前へ座っていた。

机の上にはコーヒーが一杯。

八幡は静かにリモコンを操作する。

画面へ映し出されたのは――

**背番号9 鈴木太郎。**

ただし、映像はすべて昨シーズンまでの公式戦。

鈴木は今シーズン、まだ一度も公式戦へ出場していない。

八幡は昨季までのプレーを、一つひとつ確認していく。

---

最初の映像。

縦パス。

鈴木が背負う。

トラップ。

ボールが流れる。

相手CBが奪う。

停止。

---

次の映像。

ロングボール。

胸で落とそうとする。

しかし収まらない。

相手ボランチが回収。

停止。

---

さらに別の試合。

足元へのパス。

身体は当てる。

だがキープできない。

奪われる。

停止。

---

八幡はノートへ書く。

**・ポストプレー 不得意**

**・トラップ 不得意**

**・キープ 不得意**

**・左足 不得意**

**・守備はするが深追いしない**

静かな部屋。

八幡は小さく呟く。

「……普通のセンターフォワードとしては使えない。」

今度は得点シーンだけを流す。

右クロス。

二メートルの鈴木。

競り勝つ。

ヘディング。

ゴール。

停止。

次。

左クロス。

右足ダイレクト。

ゴール。

停止。

さらに。

CK。

頭で合わせる。

ゴール。

停止。

八幡はホワイトボードへ向かう。

大きく書く。

## 長所

・身長2メートル

・空中戦

・右足の決定力

・ゴール前での存在感

その下へ。

## 短所

・ポストプレー

・トラップ

・キープ

・左足

・組み立て

・守備は最低限

腕を組む。

「高さは武器。」

「でも。」

「決定力もJ2で抜けているわけじゃない。」

「普通に使えば。」

「扱いづらいだけだ。」

その時。

一本の映像で手が止まる。

昨シーズン。

縦パス。

鈴木。

トラップミス。

CBが前へ出る。

ボールを奪う。

その瞬間。

味方がセカンドボールを回収。

シュートまで持ち込む。

八幡は巻き戻した。

もう一度。

再生。

また同じ。

CBが鈴木へ寄る。

中央が空く。

さらに別の試合。

またロスト。

またCBが食いつく。

また中央が空く。

八幡は静かに立ち上がる。

ホワイトボードの中央へ、

大きく書いた。

## ロスト前提

「……。」

「収められないなら。」

「収めさせなければいい。」

さらに戦術図を書く。

```text

鈴木

↓

ロスト

森川  ダニエル  川崎

エミリオ 戸塚

```

その横へ書き加える。

① 強く鋭い縦パスを入れる。

② 鈴木は無理に収めない。

③ ロストした瞬間にダニエル、森川、川崎がセカンドボールを回収。

④ 回収できなければエミリオと戸塚が即時奪回。

⑤ 鈴木はすぐゴール前へ入る。

⑥ クロスから仕留める。

八幡はホワイトボードを見つめる。

「材木座選手は。」

「収めて攻撃を始める。」

「鈴木さんは。」

「失うことで攻撃を始める。」

「正反対だ。」

ペンを置く。

静かな分析室。

時計は午後十一時三十分を指していた。

八幡はホワイトボードを見つめたまま、小さく呟く。

「明日。」

「首脳陣に提案しよう。」

## 第79話 首脳陣への提案

翌日。

エストレヤ千葉トレーニングセンター。

戦術ミーティングルーム。

首脳陣が席に着く。

マルコ・ベッルーニ監督。

中村敏三郎ヘッドコーチ。

田島雍也GKコーチ。

ルイス・マルティネスフィジカルコーチ。

強化部長・佐藤智成。

そして、比企谷八幡。

昨日、材木座義輝を休ませる方針は決まった。

残る課題は一つ。

**その代役をどう機能させるか。**

部屋の照明が落ちる。

スクリーンに映し出されたのは、

**背番号9 鈴木太郎。**

映像はすべて昨シーズンまでの公式戦だった。

八幡は静かに口を開く。

「鈴木選手の起用方法について、お話しします。」

誰も口を挟まない。

まず一本目の映像が流れる。

縦パス。

鈴木が収めようとする。

トラップが流れる。

相手CBに奪われる。

二本目。

ロングボール。

胸で落とそうとする。

収まらない。

三本目。

ポストプレー。

身体は張るが、ボールだけ奪われる。

映像が止まる。

八幡は首脳陣へ視線を向けた。

「これが鈴木選手の現状です。」

「ポストプレー。」

「トラップ。」

「キープ。」

「普通のセンターフォワードとして必要な能力は、高いとは言えません。」

中村が腕を組む。

「だから今まで使いづらかった。」

「はい。」

八幡は頷いた。

「普通に使えば、攻撃が止まります。」

今度は映像が切り替わる。

右サイドからクロス。

鈴木が競り勝つ。

ヘディング。

ゴール。

続いて右足ボレー。

さらにCKからのヘディング。

ゴールシーンだけが続いた。

八幡がリモコンを置く。

「一方で、高さと右足の決定力は武器です。」

「ただし。」

「その武器だけでは、他クラブのエースFWより上とは言えません。」

佐藤が頷く。

「つまり。」

「長所だけでも足りない。」

「はい。」

「だから扱いづらい選手です。」

部屋が静まり返る。

八幡は再び映像を流した。

縦パス。

鈴木。

トラップミス。

CBが飛び出す。

ボールを奪う。

その瞬間。

空いたスペースへ味方が入り、セカンドボールを回収する。

映像を止める。

「もう一度流します。」

巻き戻し。

再生。

またCBが鈴木へ寄る。

中央が空く。

さらに別の試合。

また同じ。

三本。

四本。

五本。

同じ形が続いた。

マルコがゆっくり口を開く。

「……相手は。」

「毎回。」

「鈴木へ行く。」

「はい。」

八幡はホワイトボードの前へ立った。

中央へ大きく書く。

**『ロスト前提』**

佐藤が思わず読み上げる。

「ロスト前提……?」

中村も眉をひそめた。

「どういうことだ。」

八幡は振り返る。

「鈴木選手に。」

「ボールを収めてもらうことを。」

「最初から考えません。」

田島が苦笑する。

「それじゃ、ロストするぞ。」

「します。」

八幡は即答した。

「最初から、その前提です。」

部屋の空気が止まる。

八幡はホワイトボードへ図を書いた。

「縦パスを入れます。」

「鈴木選手は相手CBを引きつけます。」

「収まらなくても構いません。」

「ロストした瞬間。」

「ダニエル選手。」

「森川選手。」

「川崎選手。」

「この三人がセカンドボールを回収します。」

「回収できなければ。」

「エミリオ選手と戸塚選手が即座に潰します。」

「そして鈴木選手は。」

「ボールを追いません。」

「一直線にゴール前へ入ります。」

中村が考え込む。

「つまり。」

「鈴木を起点にするんじゃない。」

「相手CBを動かすための餌にする。」

「その認識で構いません。」

佐藤が苦笑した。

「FW本人が聞いたら怒るぞ。」

「怒ると思います。」

八幡は表情を変えず答えた。

「ですが。」

「普通の使い方では機能しません。」

「なら。」

「普通ではない使い方をするしかありません。」

マルコはホワイトボードから目を離さない。

しばらく沈黙が続く。

やがて小さく笑った。

「八幡。」

「はい。」

「この戦術。」

「成功率は。」

「初見の相手なら高いと思います。」

「仙台アステルFCは。」

「鈴木選手を普通のCFとして守ります。」

「だから。」

「センターバックは必ず食いつきます。」

「そこが狙い目です。」

ルイスが資料を閉じる。

「材木座選手も休ませられる。」

田島も頷く。

「郷田が戻るまでの二試合。」

「試す価値はあるな。」

中村は最後に八幡を見る。

「失敗したら。」

「責任は俺たちが取る。」

「成功したら。」

「相手は混乱するぞ。」

八幡は静かに頷いた。

「はい。」

マルコが立ち上がる。

「決まりだ。」

部屋の全員が監督を見る。

「午後の紅白戦。」

「この戦術を試す。」

「機能したら。」

「第16節。」

「仙台アステルFC戦で採用する。」

誰も異論はなかった。

分析室で生まれた一つの発想は、

首脳陣全員の承認を得て、

実戦へ向けて動き出した。

## 第80話 異質な戦術

その日の午後。

エストレヤ千葉トレーニングセンター。

Aグラウンド。

選手たちが集合する。

マルコ・ベッルーニ監督が前へ出る。

「全員、集まれ。」

笛が鳴る。

選手たちが半円を作った。

材木座義輝は別メニュー調整のため、ルイス・マルティネスとランニングを行っている。

Aチームの最前線。

そこへ立ったのは――

**背番号9 鈴木太郎。**

鈴木は腕を組みながら八幡を見る。

「今日は俺か。」

八幡は静かに頷いた。

「はい。」

「まずは戦術の説明をします。」

ホワイトボードが運び込まれる。

八幡は中央に、

**『No.9 鈴木太郎』**

と書いた。

「今日の練習は、鈴木選手を中心に行います。」

森川が首を傾げる。

「中心?」

「はい。」

「ただし。」

八幡は一拍置く。

「鈴木選手に。」

「ボールは収めてもらいません。」

グラウンドが静まり返る。

川崎が思わず聞き返した。

「え?」

エミリオも苦笑する。

「収めない?」

八幡は頷く。

「収めようとしなくて構いません。」

「最初からロスト前提です。」

「……。」

鈴木が眉をひそめる。

「おい。」

「本人の前で言うか?」

「事実です。」

「お前なぁ……。」

周囲から小さな笑いが漏れる。

八幡は気にせず続けた。

「鈴木選手に強い縦パスを入れます。」

「相手センターバックは必ず寄せます。」

ホワイトボードへ図を書く。

「その瞬間。」

「中央が空きます。」

ダニエルを見る。

「ダニエル。」

「はい。」

「鈴木選手がロストした瞬間。」

「そのこぼれ球を狙ってください。」

「分かりました。」

次に森川を見る。

「森川さん。」

「はい。」

「中央へ絞ってください。」

「了解。」

「川崎。」

「はい。」

「逆サイドからセカンドボールを狙ってください。」

「任せてください。」

続いて。

「エミリオさん。」

「はい。」

「回収できなかった場合。」

「即座に潰してください。」

「分かった。」

「戸塚さん。」

「はい。」

「同じです。」

「カウンターだけは絶対に出させません。」

戸塚は静かに頷いた。

「任せて。」

最後に鈴木を見る。

「鈴木選手。」

「何だ。」

「ロストしたら。」

「ボールを追わないでください。」

「……。」

「一直線にゴール前へ。」

「入ってください。」

鈴木は顔をしかめた。

「それだけか?」

「はい。」

「お前。」

「俺を舐めてるのか?」

「違います。」

八幡は即座に返した。

「鈴木選手にしかできない役目です。」

鈴木は腕を組んだまま黙る。

マルコが笛を持ち上げた。

「紅白戦を始める。」

「Aチーム。」

```

鈴木

森川  ダニエル  川崎

エミリオ 戸塚

高山 橋本 宇津木 毛利

玉縄

```

「Bチーム。」

笛が鳴る。

エミリオがボールを持つ。

八幡が叫ぶ。

「強く!」

エミリオが縦へ鋭いパスを差し込む。

鈴木の足元。

トラップが乱れる。

Bチームのセンターバックが飛び込む。

ボールを奪った。

その瞬間。

「ダニエル!」

八幡の声。

ダニエルが一歩早く反応する。

身体を入れる。

セカンドボールを奪い返した。

そのまま森川へ。

森川はワンタッチで川崎へ展開。

川崎が右足でクロスを上げる。

ゴール前。

鈴木はすでに戻っていた。

二メートルの長身が競り勝つ。

ヘディング。

ゴールネットが揺れた。

ピィィィッ!

マルコが笛を吹く。

「止めろ!」

全員が集まる。

マルコは八幡を見る。

「今の形か。」

「はい。」

八幡は頷いた。

「これが狙いです。」

鈴木はまだ納得していない表情だった。

「俺。」

「結局ロストしただけじゃねぇか。」

八幡は鈴木を見る。

「違います。」

「ゴールを決めました。」

鈴木は言葉を失う。

八幡は静かに続けた。

「鈴木選手に期待しているのは。」

「ポストプレーではありません。」

「ゴールです。」

「そのために。」

「最短でゴール前へ入ってください。」

鈴木は数秒黙ったあと、小さく息を吐いた。

「……もう一本だ。」

マルコが笑みを浮かべる。

「続けるぞ。」

笛が再び鳴り響いた。

エストレヤ千葉の新たな武器は、少しずつ形になり始めていた。