第141話〜第160話
第141話〜第160話
第141話 キックオフ
試合開始時刻。
午後二時。
グランベルスタジアム。
スタンドはほぼ満員。
ホーム・北海道フェニックスFCの赤い声援。
アウェー・エストレヤ千葉の青と金の応援。
二つの応援がスタジアムを包み込んでいた。
---
選手入場。
北海道フェニックスFC。
続いてエストレヤ千葉。
両チームの選手が整列する。
スタンドから大きな拍手が沸き起こった。
---
主審が両キャプテンを呼ぶ。
北海道はGK石原一成。
千葉はGK郷田の離脱により、この試合もキャプテンマークを巻く長谷川智樹。
コイントス。
北海道ボールで前半開始となった。
---
「ピーーーッ!」
主審の笛が鳴り響く。
第17節。
北海道フェニックスFC対エストレヤ千葉。
九十分の戦いが始まった。
---
神谷直人が最初のボールを受ける。
すぐにカサーツノ。
さらにカストロ。
北海道は無理に前へ急がない。
最終ラインから丁寧につないでいく。
まるで練習のように、ボールが左右へ動く。
---
ベンチ。
八幡は腕を組んだまま視線を動かす。
「予定通りだ。」
静かに呟く。
マルコ・ベッルーニ監督も頷いた。
「慌てる必要はない。」
---
千葉も飛び込まない。
材木座はセンターライン付近でコースを限定する。
その後ろではダニエルが神谷へのパスコースを切る。
さらに戸塚とエミリオがカサーツノを挟むようにポジションを取る。
コンパクトな陣形。
誰一人、無駄に追わない。
---
実況が興奮気味に話す。
「千葉、前から激しく行きません!」
「しっかりブロックを組んでいます!」
解説者も頷く。
「試合前の分析どおりでしょう。」
「北海道の狙いは神谷とカサーツノ。」
「そこを自由にさせない形ですね。」
---
神谷が前を向こうとする。
しかし。
すぐにダニエルが距離を詰める。
横パス。
今度はカサーツノ。
その瞬間。
戸塚が一歩前へ。
前を向かせない。
北海道は再び後方へ戻すしかなかった。
---
ベンチの八幡は静かに頷く。
「いい。」
「その距離感だ。」
「焦らなくていい。」
「九十分。」
「続けろ。」
その視線はピッチ全体を捉えていた。
開始三分。
互いに決定機はまだない。
だが首位と三位。
リーグ最高峰の駆け引きは、キックオフの瞬間から始まっていた。
第142話 主導権争い
前半4分。
北海道フェニックスFCは変わらず落ち着いてボールを回していた。
カストロ。
石原。
カサーツノ。
神谷。
最終ラインから中盤へ。
中盤から再び最終ラインへ。
ボールはテンポよく動く。
だが。
縦へは入らない。
---
実況が声を上げる。
「北海道、いつもどおりボールを保持しています!」
「しかし、なかなか前進できません!」
解説者も頷く。
「千葉の守備ブロックが非常にコンパクトですね。」
「神谷とカサーツノへの縦パスを徹底して消しています。」
---
神谷が一歩下がってボールを受ける。
その瞬間だった。
ダニエルが素早く寄せる。
神谷は無理をしない。
すぐ横のカサーツノへ。
しかし。
今度は戸塚が身体を寄せる。
前を向けない。
カサーツノも後方へ戻すしかなかった。
---
ベンチ。
八幡は静かに時計を見る。
「いい。」
「焦らせている。」
ベッルーニ監督も頷く。
「北海道らしくない。」
「前進できていない。」
---
前半6分。
石原がロングボールを選択する。
狙いは佐々木俊郎。
長谷川と宇津木が同時に競りにいく。
長谷川が先に触れた。
ボールはエミリオのもとへ。
エミリオはワンタッチ。
森川へ。
森川もダイレクト。
川崎へ展開する。
千葉のカウンターが始まる。
---
川崎が右サイドを駆け上がる。
林卓也が必死に戻る。
川崎は無理をしない。
後ろから上がってきた毛利へ預ける。
毛利はすぐ中央へ。
エミリオ。
さらにダニエル。
ボールが滑らかにつながる。
---
実況が興奮する。
「千葉も落ち着いています!」
「無理に攻めません!」
解説者も感心したように話す。
「試合運びが非常に成熟しています。」
「相手が北海道だからといって慌てない。」
「自分たちのテンポを崩していません。」
---
前半8分。
ダニエルが中央で前を向く。
カストロが素早く寄せる。
ダニエルは勝負しない。
ワンタッチで森川。
森川から再びエミリオ。
北海道も全員が素早く自陣へ戻る。
両チームとも、大きな隙は生まれない。
---
ベンチで八幡が小さく呟く。
「……まだ。」
「ここからだ。」
北海道も。
千葉も。
互いに相手の出方を探り続ける。
グランベルスタジアムには、独特の緊張感が漂い始めていた。
## 第143話 均衡
前半10分。
試合は依然として動かない。
北海道フェニックスFCがボールを握る。
エストレヤ千葉が組織的に守る。
その構図は変わらなかった。
---
神谷直人が中盤で受ける。
すぐにダニエルが寄せる。
横へ逃がす。
カサーツノ。
戸塚が間合いを詰める。
前を向けない。
再び後方へ。
北海道はボールを失わない。
しかし。
危険な縦パスも出せない。
---
実況が話す。
「三十分近くになりますが、両チームとも決定機らしい決定機はありません!」
解説者も静かに頷く。
「千葉は神谷とカサーツノを徹底して消しています。」
「北海道も慌てません。」
「無理に縦へ入れず、自分たちのリズムを崩さない。」
「非常にレベルの高い我慢比べですね。」
---
前半25分。
林達也が右サイドで突破を試みる。
しかし。
高山が身体を入れる。
縦へ行かせない。
林は一度ボールを下げるしかなかった。
---
逆サイドでは。
林卓也が森川と毛利の挟み込みに遭う。
こちらも突破できない。
北海道の両翼は、思うように仕事をさせてもらえなかった。
---
前半27分。
エミリオが中央でボールを受ける。
視線を上げる。
材木座へ縦パス。
カストロが素早く身体を寄せる。
材木座も簡単には失わない。
背負ったまま時間を作る。
森川。
ダニエル。
川崎。
三人が一気に押し上げる。
だが。
北海道の守備陣も素早く戻る。
最後は石原が落ち着いてキャッチした。
---
ベッルーニ監督は腕を組んだまま見つめる。
八幡も表情を変えない。
「悪くない。」
「予定どおりです。」
監督は短く返す。
「焦れるのは。」
「向こうだ。」
---
前半29分。
北海道。
千葉。
互いに球際で一歩も引かない。
中盤では激しい攻防が続く。
しかし。
ファウルは少ない。
無駄なプレーもない。
首位と三位。
互いへのリスペクトが、そのまま試合内容に表れていた。
---
前半30分。
スコアボードには。
**北海道フェニックスFC 0―0 エストレヤ千葉**
数字は動かない。
それでも。
スタンドの誰も退屈していなかった。
一つのパス。
一歩の駆け引き。
数センチのポジショニング。
その全てが勝敗へつながる。
張り詰めた空気の中、
均衡は三十分を過ぎても、なお破られなかった。
第144話 一瞬の隙
前半31分。
試合は依然として動かない。
北海道フェニックスFCがボールを保持する。
エストレヤ千葉は組織を崩さない。
両チームとも焦りは見えなかった。
---
実況が話す。
「ここまで北海道も千葉も決定機はほとんどありません!」
「非常に引き締まったゲームです!」
解説者も頷く。
「千葉の守備は想像以上ですね。」
「北海道の攻撃をここまで封じたチームは今季ほとんどありません。」
---
時間だけが過ぎていく。
前半35分。
前半38分。
前半41分。
スコアは動かない。
スタンド全体に緊張感が漂っていた。
---
ベンチ。
八幡は静かにピッチを見つめる。
「……あと少し。」
誰にも聞こえないほど小さな声。
北海道ほどのチームなら。
九十分のうち、一度は必ず隙を突いてくる。
それを警戒し続けていた。
---
前半44分。
北海道の攻撃。
石原からカストロ。
カストロからカサーツノ。
神谷へ。
ここまでは何度も見た形。
ダニエルが寄せる。
戸塚もカサーツノへのコースを消す。
いつも通りだった。
その時――。
神谷がヒールでわずかに方向を変えた。
一瞬。
ダニエルの重心がずれる。
ほんの半歩。
その半歩だった。
---
「前!」
神谷が左足で鋭い縦パスを差し込む。
そこへ走り込んだのは――
佐々木俊郎。
宇津木が身体を寄せる。
長谷川もカバーへ入る。
しかし。
佐々木は倒れない。
身体を預けながらボールを残す。
---
その落としに反応した神谷。
ダイレクトで右サイドへ展開。
林達也。
高山が寄せる。
林は止めない。
ワンタッチでクロス。
低く。
速い。
ゴール前へ送られる。
---
飛び込んだ佐々木。
長谷川が足を伸ばす。
わずかに触れる。
だが。
ボールの勢いは変わらない。
ファーサイドへ流れる。
そこへ走り込んでいたのは――
**林卓也。**
右足を振り抜く。
---
「シュート!!」
実況の声が響く。
玉縄が反応する。
右手を伸ばす。
指先は届いた。
しかし。
わずかに及ばない。
ボールはゴール右隅へ吸い込まれた。
---
「ゴォォォォォール!!」
グランベルスタジアムが揺れる。
真っ赤なスタンドが一斉に立ち上がる。
北海道サポーターの歓声が爆発した。
---
**前半45分。**
**北海道フェニックスFC 1―0 エストレヤ千葉**
---
実況も興奮を隠せない。
「決めたぁぁぁ!!」
「北海道フェニックスFC!」
「前半終了間際!」
「ほんの一瞬の隙を見逃しませんでした!」
解説者も思わず息を吐く。
「これが首位です。」
「試合を通して大きなチャンスはほとんどありませんでした。」
「ですが。」
「たった一度。」
「神谷のアイデア。」
「佐々木の強さ。」
「林兄弟の連係。」
「その一回だけで仕留めました。」
---
ベンチ。
八幡は表情を変えない。
ただ静かにスコアボードを見つめる。
「……やられた。」
短い一言。
マルコ・ベッルーニ監督も静かに頷く。
「あれが、首位か。」
前半終了の笛が鳴るまで、残された時間はわずかだった。
第145話 前半終了
グランベルスタジアム。
北海道サポーターの歓声が鳴り止まない。
前半終了間際。
わずかな隙を突き、北海道フェニックスFCが先制。
スコアは――
**北海道フェニックスFC 1―0 エストレヤ千葉**
---
試合は再開される。
センターサークル。
材木座がボールの前に立つ。
隣にはダニエル。
主審が腕時計を見る。
「ピーッ!」
千葉のキックオフ。
ダニエルからエミリオへ。
エミリオはすぐ森川へ預ける。
北海道は全員が自陣へ戻り、ブロックを形成した。
---
八幡は腕を組んだままピッチを見つめる。
「無理に行くな。」
小さく呟く。
もうアディショナルタイムも残りわずか。
ここで焦って二失点目だけは避けなければならない。
---
森川は一度ボールを下げる。
長谷川。
宇津木。
再びエミリオ。
落ち着いてボールを動かす。
北海道も無理には奪いに来ない。
リードしたチームらしく、時間を使い始めていた。
---
そして。
主審が笛を口へ運ぶ。
「ピーーーッ!」
長く響く笛。
前半終了。
---
北海道フェニックスFCの選手たちは静かに拳を握る。
派手な喜びはない。
まだ四十五分残っていることを理解しているからだ。
一方のエストレヤ千葉も下を向く選手はいない。
失点はした。
だが試合内容で大きく押し込まれたわけではない。
誰もが、それを理解していた。
---
実況が話す。
「前半終了です!」
「北海道フェニックスFCが終了間際のゴールで1対0とリード!」
解説者も頷く。
「非常に締まったゲームでした。」
「千葉は狙いどおり神谷選手やカサーツノ選手を抑えていました。」
「しかし、北海道はその一瞬の隙を逃さなかった。」
「まさに首位チームらしい得点でした。」
---
八幡は静かに立ち上がる。
「……まだ一点。」
その表情に焦りはない。
「修正できる。」
ベッルーニ監督も短く答えた。
「ああ、後半だ。」
首脳陣はそのまま足早にロッカールームへ向かう。
勝負を決める後半四十五分が、静かに始まろうとしていた。
第146話 勝負の一手
エストレヤ千葉。
ロッカールーム。
前半を終え、スコアは0―1。
終了間際の失点。
それでも室内に悲観した空気はなかった。
---
ベッルーニ監督が前へ立つ。
「内容は悪くない。」
「失点は一瞬だった。」
「修正できる。」
短い言葉。
選手たちは静かに頷く。
---
八幡がスクリーンを操作する。
映し出されたのは前半四十五分の失点シーン。
神谷。
佐々木。
林兄弟。
北海道が一瞬で仕留めた場面だった。
映像が止まる。
「ここだけです。」
「九十分のうち。」
「北海道が完全に崩したのは、この一回だけ。」
「守備は継続します。」
「変える必要はありません。」
首脳陣も監督も頷く。
---
八幡は材木座へ視線を向ける。
「材木座さん。」
「かなり消耗しています。」
材木座は素直に頷いた。
「……ああ。」
「カストロとの競り合いで。」
「想像以上に体力を使った。」
---
ベッルーニ監督は迷わなかった。
「交代だ。」
ホワイトボードのマグネットが動く。
**OUT No.11 材木座義輝**
代わりに置かれたのは――
**IN No.9 鈴木太郎**
---
鈴木が立ち上がる。
ベッルーニ監督は八幡を見る。
「いくか。」
八幡は静かに頷いた。
「はい。」
「後半は。」
「前節・仙台戦と同じ戦い方に切り替えます。」
その言葉に、ロッカールームの空気が変わる。
---
八幡はホワイトボードへ歩く。
中央に大きく「9」と書いた。
「後半は。」
「鈴木さんを起点にします。」
「前節と同じです。」
「鈴木さんへ。」
「鋭く。」
「速く。」
「足元へ。」
「左からでも。」
「右からでも。」
「中央からでも。」
「一度収まらないことを前提に。」
「全員が。」
「セカンドボールを狙ってください。」
---
エミリオが静かに頷く。
森川も頷く。
川崎も真剣な表情で聞いている。
戸塚はすでに後半の守備を頭の中で整理していた。
---
八幡は続ける。
「前節。」
「仙台は。」
「鈴木さんを止めようとして。」
「守備が崩れました。」
「北海道も。」
「必ず対応してきます。」
「だからこそ。」
「鈴木さんだけを見る相手を利用します。」
「全員が。」
「ゴールへ入ってください。」
---
ベッルーニ監督が力強く締める。
「後半。」
「主導権を奪う。」
「一点返すだけじゃない。」
「逆転する。」
「はい!」
全員の声がロッカールームに響く。
交代カードは一枚。
しかし、その一枚は戦術そのものを変えるカードだった。
ドイツ移籍を控える鈴木太郎。
千葉でのラストゲーム。
その後半は、仙台戦で相手を崩壊させた戦術とともに幕を開けようとしていた。
第147話 北海道の警戒
一方。
北海道フェニックスFC。
ロッカールーム。
前半を終え、一対〇。
リードしている。
それでも室内は静かだった。
誰一人、浮かれた様子はない。
---
監督がホワイトボードの前へ立つ。
「前半。」
「よく我慢した。」
「だが。」
「まだ終わっていない。」
選手たちは真剣な表情で頷く。
北海道は何度もこうした試合を経験してきた。
一点差ほど危険なものはない。
それを全員が理解していた。
---
石原一成がタオルで汗を拭きながら口を開く。
「千葉は。」
「後半。」
「必ず変えてくる。」
神谷も頷く。
「ああ。」
「このままじゃ終わらない。」
---
その時。
スタッフが監督へ耳打ちする。
監督は小さく頷いた。
「千葉。」
「交代だ。」
「材木座が下がる。」
部屋の視線が集まる。
「代わりは。」
「鈴木太郎。」
その名前が出た瞬間。
ロッカールームの空気が少しだけ変わった。
---
佐々木俊郎が苦笑する。
「……出てくるか。」
神谷も小さく息を吐く。
「正直。」
「嫌だな。」
---
カストロもモニターを見る。
日本語は分からない。
しかし。
画面に映る二メートルのストライカーを見て、表情が引き締まる。
石原がポルトガル語で短く説明する。
「後半から入る。」
「空中戦。」
「セカンドボール。」
「気を付けろ。」
カストロは力強く頷いた。
---
林達也が言う。
「仙台戦の映像。」
「見ました。」
「鈴木が入ってから。」
「別のチームになってましたね。」
林卓也も続ける。
「周りが鈴木を使うんじゃなくて。」
「鈴木を囮にして。」
「周りが決めてました。」
---
神谷は腕を組む。
「一番厄介なのは。」
「鈴木本人じゃない。」
「鈴木を中心に。」
「全員が動き出すことだ。」
佐々木も同意した。
「マークが一人ずれただけで。」
「崩される。」
---
石原は静かに守備陣を見回した。
「後半は。」
「全員で守る。」
「鈴木だけを見るな。」
「周りも同時に見ろ。」
カストロが頷く。
他の守備陣も力強く返事をした。
---
監督が最後に口を開く。
「一点リードしている。」
「だから守る。」
首を横に振る。
「違う。」
「二点目を取りに行く。」
「受けに回ったら。」
「千葉の思うつぼだ。」
全員が立ち上がる。
「後半。」
「勝負だ。」
北海道フェニックスFCもまた、千葉最大の切り札――鈴木太郎の投入を、最大級の警戒をもって迎えようとしていた。
第148話 後半開始
グランベルスタジアム。
両チームの選手たちが再びピッチへ姿を現す。
北海道サポーターから大きな拍手。
アウェーゴール裏からも、負けじと声援が響く。
「千葉!」
「千葉!」
「千葉!」
太鼓のリズムが一段と速くなる。
---
実況が選手交代を伝える。
「エストレヤ千葉、後半開始から交代があります!」
「前半で役割を果たした材木座義輝に代わり、背番号9・鈴木太郎が入ります!」
大型ビジョンにも表示される。
**OUT No.11 材木座義輝**
**IN No.9 鈴木太郎**
ホームスタンドからもどよめきが起こった。
「出てきたか……。」
「二メートル。」
「厄介だな。」
仙台戦の映像を見ていたサポーターも少なくなかった。
---
鈴木はゆっくりとセンターサークルへ向かう。
表情は変わらない。
ただ、静かに周囲を見渡していた。
その視線の先には。
カストロ。
石原。
そして北海道の最終ライン。
---
ベンチ。
八幡は腕を組んだままピッチを見つめる。
「始まります。」
ベッルーニ監督は短く頷いた。
「ああ。」
「予定どおり。」
---
エミリオは鈴木へ目を向ける。
小さく頷く。
鈴木も頷き返した。
言葉はない。
それだけで十分だった。
---
北海道の守備陣も位置を確認する。
石原が後方から大きな声を飛ばす。
「集中!」
「セカンド!」
「周りも見るぞ!」
カストロが拳を握る。
神谷も中盤で周囲へ指示を送る。
前半とは違う。
北海道も鈴木の投入によって試合が変わることを理解していた。
---
主審が両チームの準備を確認する。
腕時計へ目を落とす。
そして。
笛を吹いた。
「ピーーーッ!」
後半開始。
エストレヤ千葉のキックオフ。
ダニエルからエミリオへ。
エミリオはワンタッチで森川へ預ける。
森川はすぐには前へ出さない。
一度長谷川まで戻す。
長谷川から宇津木。
宇津木から再びエミリオ。
千葉は急がない。
前半とは違い、北海道も簡単には前へ出てこない。
両チームとも。
後半最初の数分は、相手の出方を探り合っていた。
だが一つだけ前半と違うことがあった。
鈴木太郎が前線に立ったことで、
北海道の最終ラインは常にその存在を意識し続けていた。
第149話 流れを変えた存在
後半3分。
試合の流れが、少しずつ変わり始める。
---
エミリオが中盤でボールを持つ。
顔を上げる。
迷わない。
鋭い縦パス。
狙う先は――
鈴木太郎。
---
カストロが身体を寄せる。
激しく競り合う。
鈴木は完全には収められない。
しかし。
ボールは前へこぼれた。
そこへ真っ先に反応したのは川崎。
右サイドへ展開する。
北海道は慌てて自陣へ戻る。
---
実況が声を上げる。
「鈴木を起点にしました!」
「これが後半最初の形です!」
解説者もすぐに続ける。
「収まらなくてもいいんです。」
「セカンドボールを狙う。」
「仙台戦で千葉が見せた戦術ですね。」
---
後半5分。
今度は森川から。
鋭い縦パス。
また鈴木。
今度は別のCBが飛び出す。
鈴木は競り負ける。
だが。
こぼれ球をダニエルが回収。
そのままミドルシュート。
惜しくも枠の上へ外れる。
---
北海道ベンチ。
監督が立ち上がる。
「セカンド!」
「もっと早く!」
神谷も大きな声を出す。
「寄せろ!」
「寄せろ!」
---
それでも。
千葉は止まらない。
---
後半7分。
今度は毛利。
縦へ速いボール。
鈴木。
競る。
こぼれる。
戸塚が回収。
エミリオへ。
さらに森川。
ダニエル。
ボールが止まらない。
北海道は守備に追われ始めた。
---
実況も興奮する。
「流れが変わりました!」
「完全に千葉ペースです!」
「後半開始から押し込んでいます!」
解説者は画面を見つめながら頷く。
「原因は一人です。」
「鈴木太郎。」
「得点しているわけではありません。」
「アシストもありません。」
「ですが。」
「鈴木へボールが入る。」
「北海道が集まる。」
「その瞬間に生まれるセカンドボールを千葉が拾い続けています。」
「これによって北海道は前へ出られなくなっています。」
---
後半10分。
石原がロングキックを蹴る。
しかし。
長谷川が跳ね返す。
エミリオ。
森川。
再び鈴木。
また競る。
またこぼれる。
今度は川崎。
北海道はクリアするだけで精一杯だった。
---
ベンチの八幡は静かに頷く。
「そう。」
「それでいい。」
「収めなくていい。」
「競るだけでいい。」
「相手は。」
「必ず鈴木さんを見る。」
「その一瞬が。」
「俺たちの時間になる。」
ベッルーニ監督も腕を組みながら小さく笑う。
「後半。」
「完全にこちらの流れだ。」
---
グランベルスタジアムには、北海道サポーターのどよめきが広がる。
前半とは明らかに違う。
ボールを握り、試合を支配しているのは――
エストレヤ千葉だった。
第150話 ベテランの一撃
後半13分。
エストレヤ千葉の攻勢は続いていた。
北海道は自陣から抜け出せない。
石原が前線へ大きく蹴る。
だが。
宇津木が跳ね返す。
長谷川がカバーする。
落ちたボールは戸塚が回収。
エミリオへ。
北海道はまた守備に回らされる。
---
エミリオは顔を上げた。
前線には鈴木。
迷わない。
鋭い縦パス。
鈴木へ。
---
カストロが身体をぶつける。
もう一人のセンターバックも寄せる。
二人掛かり。
鈴木は完全には収められない。
だが。
ボールは中央へこぼれた。
そこへ走り込んだのはダニエル。
ワンタッチで右へ流す。
川崎。
さらに中央へ折り返す。
北海道守備陣が一斉にスライドする。
---
その瞬間だった。
誰もいない左ハーフスペースへ、
一人のベテランが静かに走り込んでいた。
森川佑。
---
ダニエルは迷わない。
左へスルーパス。
森川が抜け出す。
---
「抜けた!!」
実況の絶叫がスタジアムへ響く。
森川の前へ立ちはだかるのはカストロ。
しかし。
カストロは一歩遅れた。
鈴木への対応で中央へ引き寄せられていた。
そのわずかな隙。
森川は逃さない。
右足でボールを少しだけ前へ運ぶ。
石原が飛び出す。
距離が一気に縮まる。
---
森川は慌てない。
右足を振り抜く。
低く。
速く。
ゴール右隅へ。
---
石原が横へ飛ぶ。
指先を伸ばす。
届かない。
ボールはゴールネットへ突き刺さった。
---
「ゴォォォォォール!!」
アウェーゴール裏が爆発する。
青と金のサポーターが一斉に立ち上がる。
「よっしゃぁぁぁ!!」
「森川ぁぁぁ!!」
「追いついた!!」
---
森川は両拳を握り締める。
派手には喜ばない。
ただ。
仲間たちが次々と駆け寄る。
ダニエル。
川崎。
エミリオ。
戸塚。
最後に鈴木が笑顔で肩を叩いた。
「ナイス。」
森川も笑って頷く。
「ありがとう。」
---
実況は興奮を抑えられない。
「同点!!」
「エストレヤ千葉!」
「後半開始から押し込み続けた千葉!」
「ついに北海道の守備陣を引き裂きました!」
解説者も力強く頷く。
「きっかけはやはり鈴木太郎です。」
「二人のセンターバックを引きつけた。」
「その一瞬で森川選手が空きました。」
「前節仙台戦で見せた戦術が、首位北海道にも通用しました!」
---
スコアボードが書き換えられる。
**後半14分**
**北海道フェニックスFC 1―1 エストレヤ千葉**
試合は振り出しへ戻る。
そして今、流れは完全にエストレヤ千葉へ傾いていた。
第151話 修正
後半15分。
同点に追いついたエストレヤ千葉。
グランベルスタジアムの空気が変わる。
アウェーゴール裏からは大歓声。
一方、北海道フェニックスFCは誰一人慌てていなかった。
---
石原一成が守備陣を集める。
「落ち着け!」
「鈴木だけを見るな!」
「セカンドだ!」
「距離を近く!」
カストロも大きく頷く。
ポルトガル語で短く返事をする。
石原はすぐに周囲へ指示を飛ばし続けた。
---
後半18分。
再びエミリオから鈴木へ。
鋭い縦パス。
鈴木が競る。
しかし今度は違った。
カストロは無理に競り勝とうとしない。
身体を当てながらコースだけを制限する。
その背後にはカサーツノ。
さらに神谷も戻ってきていた。
こぼれ球は神谷が回収する。
---
実況が声を上げる。
「北海道!」
「対応してきました!」
解説者も頷く。
「修正しましたね。」
「センターバックだけで対応するのをやめました。」
「ボランチやOMFもセカンドボールの回収に参加しています。」
「これで千葉の狙いだったセカンドボールを拾われ始めました。」
---
後半21分。
森川から縦パス。
鈴木。
競る。
今度はカストロが身体を入れながら触る。
その瞬間。
落下地点にはすでにカサーツノが待っていた。
北海道ボール。
すぐに神谷へ。
神谷はテンポ良く左右へ散らす。
北海道が久しぶりにボールを落ち着かせた。
---
ベンチ。
八幡は静かに試合を見つめる。
「……さすが。」
ベッルーニ監督も腕を組む。
「首位は首位だ。」
「修正が早い。」
八幡は小さく頷いた。
「同じ形だけでは。」
「もう崩せません。」
---
後半25分。
試合は再び拮抗する。
北海道がボールを持てば、千葉が守る。
千葉が攻めれば、北海道が跳ね返す。
互いに決定機までは持ち込めない。
---
実況も試合を見ながら話す。
「追いついた後は再び互角の展開になりました!」
解説者も静かに頷く。
「北海道は見事に修正しました。」
「ただ。」
「千葉も崩れてはいません。」
「どちらにも勝つチャンスがある。」
「そんな試合です。」
---
後半30分。
スコアボードには変わらず数字が並ぶ。
**北海道フェニックスFC 1―1 エストレヤ千葉**
残り十五分。
首位・北海道フェニックスFC。
三位・エストレヤ千葉。
勝負は、ここから最後の局面へ突入しようとしていた。
第152話 託された時間
後半34分。
試合は依然として一進一退。
**北海道フェニックスFC 1―1 エストレヤ千葉。**
互いに決定機を作れないまま、時計だけが進んでいく。
---
後半36分。
ダニエル・ロドリゲスが前線からプレスへ行く。
しかし。
一歩。
足が止まった。
神谷への寄せが、わずかに遅れる。
---
八幡はすぐに気付いた。
「……ダニエル。」
マルコ・ベッルーニ監督も同じだった。
「疲れか。」
「はい。」
八幡は静かに頷く。
「前半から守備でも走り続けました。」
「ここが限界です。」
---
それでもダニエルは走る。
ボールを受ける。
ドリブルで運ぶ。
しかし。
いつもの鋭さは少しだけ影を潜めていた。
---
後半39分。
プレーが切れた。
ベッルーニ監督は迷わずベンチへ視線を送る。
「戸部。」
「準備。」
「はい!」
戸部翔が勢いよく立ち上がる。
ユニフォームを整え、タッチラインへ向かう。
---
第四の審判が交代ボードを掲げる。
**OUT No.14 ダニエル・ロドリゲス**
**IN No.20 戸部翔**
グランベルスタジアムに拍手が響く。
ダニエルはゆっくりとベンチへ戻る。
---
タッチライン。
ベッルーニ監督がダニエルの肩を叩く。
「よく走った。」
「十分だ。」
ダニエルは息を整えながら頷く。
「すみません……。」
「謝るな。」
「役目は果たした。」
---
その横で。
八幡が戸部を呼び止める。
戸部は真っ直ぐ八幡を見る。
八幡は静かに言った。
「戸部さん、ここまであなたが積み重ねてきた成果を、見せてください。」
一呼吸置く。
「あなたならできます。」
ベッルーニ監督も続ける。
「思い切って行け、試合を決めてこい。」
戸部は力強く頷いた。
「はい!」
---
後半40分。
戸部がピッチへ入る。
試合時間は残りわずか。
一つのプレー。
一本のパス。
一本のフリーキック。
その全てが勝敗を左右する時間帯。
途中出場のゲームメーカーは、託された期待を胸に、静かにセンターサークルへ歩みを進めた。
第153話 また厄介なのが来た
後半40分。
試合再開。
戸部翔がトップ下へ入る。
ダニエルに代わる、新たなゲームメーカー。
---
北海道の選手たちも、その姿を見逃さない。
神谷が思わず苦笑した。
「……またか。」
林達也も思わずため息をつく。
「今度は戸部ですか。」
---
石原一成が前方を見つめながら苦笑する。
「千葉も次から次へと。」
「厄介な選手を出してくるな。」
---
カサーツノは石原を見る。
日本語は分からない。
石原はすぐにイタリア語で伝える。
「新しいトップ下だ。」
「左足。」
「パス。」
「フリーキック。」
「注意。」
カサーツノは真剣な表情で頷いた。
---
カストロも戸部へ視線を向ける。
神谷が短く説明する。
「パスが上手い。」
「止めないと危ない。」
---
佐々木俊郎が苦笑する。
「前半はダニエル。」
「後半は鈴木。」
「で、今度は戸部。」
「休ませてくれよ。」
林卓也も笑う。
「本当ですよ。」
「一人止めたと思ったら。」
「また違うタイプが出てくる。」
---
神谷は表情を引き締めた。
「でも。」
「だから今の千葉は強い。」
「九十分。」
「誰が出ても強度が落ちない。」
---
石原は守備陣へ声を飛ばす。
「集中!」
「最後まで切らすな!」
「戸部に自由を与えるな!」
北海道守備陣が一斉に返事をする。
「はい!」
---
実況も交代の意味を語る。
「千葉は最後の勝負に出ました!」
「ダニエルに代えて戸部翔!」
解説者も頷く。
「これは嫌ですね。」
「ダニエルとはタイプが違います。」
「戸部はラストパス、セットプレー、そして狭い局面でのアイデアがあります。」
「北海道としては、終盤にまた違う武器を相手にしなければならない。」
---
スコアはなおも。
**北海道フェニックスFC 1―1 エストレヤ千葉**
時計は後半41分へ。
勝点1では満足しない両チーム。
決勝点を懸けた最後の数分が、静かに始まろうとしていた。
第154話 最後の一撃
後半アディショナルタイム。
表示された時間は――
**4分。**
グランベルスタジアム全体が緊張に包まれる。
スコアは変わらない。
**北海道フェニックスFC 1―1 エストレヤ千葉**
実況も静かに話す。
「このままタイムアップかと思われます。」
「両チームとも最後の攻撃です。」
---
北海道の攻撃を長谷川が跳ね返す。
落下地点には戸塚。
戸塚がワンタッチでエミリオへ。
エミリオは中央で前を向く。
周囲を確認する。
左。
森川が空いている。
迷わずパスを送った。
---
森川が左サイドで受ける。
目の前には北海道の右サイドハーフ、背番号25。
その内側ではカストロが鈴木を警戒している。
森川は一度顔を上げた。
鈴木を見る。
右足を引く。
誰もが思った。
「鈴木へ入れる。」
北海道守備陣も一斉に中央へ絞る。
カストロも一歩前へ出た。
---
しかし次の瞬間、森川の右足はパスではなかった。
ボールを自分の前へ運び、内側へ切れ込んだ。
「行った!」
実況が叫ぶ。
北海道の守備が慌てて反応する。
神谷が戻る。
カサーツノも寄せる。
---
森川はさらにドリブル。
ペナルティーエリアの少し外。
やや左寄り。
シュートレンジ。
そこへ飛び込んできた北海道の選手が足を伸ばす。
森川の右足に引っ掛かった。
身体がバランスを崩す。
そのままピッチへ倒れ込んだ。
---
「ピーーーッ!」
主審の笛が鋭く響く。
北海道の選手たちが一斉に両手を広げる。
「ノーファウルだ!」
「ボールだ!」
しかし。
主審の判定は変わらない。
ファウル。
エストレヤ千葉のフリーキック。
---
実況が興奮を抑えきれない。
「フリーキック獲得!」
「ゴールまでおよそ23メートル!」
「絶好の位置です!」
解説者も身を乗り出す。
「森川選手。」
「完全に鈴木へ出すと見せました。」
「北海道の守備を中央へ寄せてから、自分で切れ込みました。」
「ベテランらしい駆け引きですね。」
---
森川は立ち上がる。
芝を払う。
その視線の先には、一人の男が歩いてきていた。
背番号20、戸部翔。
---
戸部は静かにボールを拾い上げる。
芝の上へ丁寧に置く。
一歩。
二歩。
ゆっくりと下がる。
スタジアムが静まり返った。
実況が息を潜める。
「この位置なら……。」
「もちろんキッカーは戸部翔です。」
「神がかったフリーキックを持つ男、試合を決める最後の一蹴になるか――。」
北海道の壁が並ぶ。
石原一成はゴール中央で大きく指示を飛ばす。
戸部は無言のままゴールだけを見つめていた。
第155話 神がかった左足
後半アディショナルタイム。
北海道フェニックスFC 1―1 エストレヤ千葉。
ゴールまで約23メートル。
やや左。
左利きの戸部翔には絶好の位置だった。
---
戸部はボールの前に立つ。
深く息を吸う。
周囲を見渡した。
「長谷川さん。」
「ファーへ。」
長谷川が無言で頷く。
「宇津木さん。」
「こぼれ球。」
「任せろ。」
「鈴木さん。」
「壁が割れたら飛び込んでください。」
鈴木は拳を握る。
「ああ。」
「森川さん。」
戸部が振り返る。
森川が近付いてきた。
「トリック、やるか?」
一言だけ。
戸部は小さく首を横に振る。
「いりません。」
「このまま行きます。」
森川は笑った。
「分かった。」
「任せる。」
そう言って静かに壁の外へ歩いていく。
---
実況が声を潜める。
「おそらく、このプレーがラストになります。」
「決まれば千葉、止めれば北海道。まさに運命のフリーキックです。」
---
主審が壁との距離を確認する。
笛を口へ運ぶ。
「ピーーーッ!」
スタジアムから音が消えた。
---
戸部が助走を始める。
一歩。
二歩。
三歩。
左足を振り抜いた。
---
鋭い回転。
壁の上を越える。
石原が反応する。
右へ跳ぶ。
右手をいっぱいに伸ばす。
---
届かない。
ボールは美しい軌道を描きながら、
ゴール右上隅へ吸い込まれた。
---
「ゴォォォォォォォォォール!!!」
実況が絶叫する。
「決まったぁぁぁぁぁぁ!!」
「戸部翔!!!試合終了間際!!!神がかったFK!!!」
---
アウェーゴール裏が爆発する。
青と金のサポーターが歓喜に包まれる。
「戸部ーーー!!」
「最高だーーー!!」
「逆転したぁぁ!!」
---
戸部は大きくガッツポーズ。
その瞬間鈴木が真っ先に抱きつく。
森川。
エミリオ。
戸塚。
川崎。
長谷川。
全員が一斉に駆け寄った。
ベンチでは八幡が静かに拳を握る。
ベッルーニ監督も珍しく右拳を強く握り締めた。
---
センターサークルへ戻る両チーム。
北海道は最後の望みに懸ける。
主審が時計を見る。
北海道がキックオフ。
前へ蹴る。
しかし長谷川が跳ね返す。
その瞬間。
「ピーーーーーーーッ!!!」
試合終了の笛。
---
**試合終了**
**北海道フェニックスFC 1―2 エストレヤ千葉**
---
実況が興奮したまま締めくくる。
「試合終了!」
「首位・北海道フェニックスFC!」
「ついに今季初黒星です!!」
「そしてエストレヤ千葉!」
「終了間際、戸部翔の芸術的フリーキックで大逆転勝利!!」
---
グランベルスタジアム。
歓喜する千葉。
静まり返る北海道。
J2首位との大一番は.最後の最後に放たれた戸部翔の左足が決着をつけた。
第156話 歓喜と静寂
「うおおおおおおおおーーー!!!」
アウェーゴール裏が揺れた。
青と金のタオルマフラーが一斉に宙へ舞う。
太鼓が鳴り響く。
飛び跳ねるサポーター。
抱き合う人。
涙を流す人。
誰もがこの劇的な逆転勝利を全身で喜んでいた。
---
「勝ったぁぁぁ!!」
「首位倒したぞ!!」
「北海道に勝った!!」
「戸部ーーーー!!」
「森川ナイス!」
「鈴木が流れ変えた!」
「八幡さん最高だ!!」
歓声は止まらない。
アウェーとは思えないほどの熱気が、ゴール裏を包み込んでいた。
---
ある男性サポーターは目に涙を浮かべる。
「開幕五試合。」
「勝ち点二で最下位だったんだぞ……。」
「ここまで来るなんて。」
隣の仲間も頷く。
「信じて良かった。」
「本当に信じて良かった。」
二人は固く握手を交わした。
---
別の若いサポーターは興奮したまま叫ぶ。
「八幡さんの分析!」
「今日も当たった!」
「鈴木投入から流れ全部変わった!」
「最後は戸部!」
「最高だ!」
周囲から大きな拍手が起こる。
---
一方――。
ホームゴール裏。
赤く染まった北海道サポーター席。
先ほどまでの大歓声は消えていた。
静まり返るスタンド。
誰も言葉を発しない。
ただピッチを見つめていた。
---
一人の年配サポーターが静かに呟く。
「……負けたか。」
その一言だけだった。
隣の青年も小さく息を吐く。
「最後の最後だったな。」
---
別のサポーターは悔しそうにタオルを握り締める。
「無敗が。」
「終わった。」
誰も怒鳴らない。
誰も審判を責めない。
ただ。
最後のフリーキックが脳裏から離れなかった。
---
静寂の中、一人の北海道サポーターがぽつりと口を開く。
「……千葉。」
「強かったな。」
その言葉に、周囲も静かに頷く。
「うん。」
「後半は完全に苦しかった。」
「最後まで走り切られた。」
悔しさはある。
しかし、それ以上に相手を認めざるを得ない九十分だった。
---
歓喜に包まれるアウェーゴール裏。
静寂に包まれるホームスタンド。
同じグランベルスタジアムでありながら、その景色はあまりにも対照的だった。
第157話 ネット掲示板、大騒ぎ
**【速報】J2第17節 北海道フェニックスFC 1-2 エストレヤ千葉【首位撃破】**
---
**1:名無しさん**
北海道負けた……
---
**2:名無しさん**
マジで今季初黒星か。
---
**3:名無しさん**
最後のFKえぐすぎる。
戸部翔、あれは止められん。
---
**4:名無しさん**
北海道サポーターだけど普通に完敗。
後半完全に流れ持っていかれた。
---
**5:名無しさん**
開幕5試合勝ち点2だった千葉がここまで来るとか誰が予想した?
---
**6:名無しさん**
八幡って本当に何者なんだよ。
---
**7:名無しさん**
鈴木太郎投入から試合変わりすぎ。
---
**8:名無しさん**
あれ。
得点したわけでもアシストしたわけでもないのにMVP候補じゃね?
---
**9:名無しさん**
> > 8
俺もそう思う。
鈴木入ってから北海道のCBがずっと鈴木見てた。
---
**10:名無しさん**
森川の同点弾も鈴木に二人行ったから空いた。
---
**11:名無しさん**
最後のFKも森川が鈴木へ出すと思わせたから生まれたファウル。
---
**12:名無しさん**
つまり鈴木が全部起点。
数字以上の仕事してる。
---
**13:名無しさん**
仙台戦もそうだったよな。
八幡が考えた戦術らしいけど。
---
**14:名無しさん**
あの戦術、また成功した。
---
**15:名無しさん**
しかも相手は首位北海道。
---
**16:名無しさん**
北海道が後半途中で修正したのもすごかった。
---
**17:名無しさん**
ボランチもOMFもセカンド回収に来るようになって流れ戻したし。
---
**18:名無しさん**
それでも最後はFK。
---
**19:名無しさん**
戸部翔。
途中出場であのFK。
主人公かよ。
---
**20:名無しさん**
神がかったFKって言われる理由分かった。
---
**21:名無しさん**
石原でも無理だった。
---
**22:名無しさん**
石原悪くないぞ。
あれはコースが完璧。
---
**23:名無しさん**
神谷も普通に良かった。
北海道も悪くない。
---
**24:名無しさん**
負けたけど北海道の強さも分かった。
たった一瞬の隙で先制したし。
修正力も高い。
---
**25:名無しさん**
でも今日一番驚いたのは千葉。
---
**26:名無しさん**
北海道相手に戦術勝ちした感じ。
---
**27:名無しさん**
八幡の分析。
ベッルーニ監督の采配。
鈴木投入。
全部ハマった。
---
**28:名無しさん**
ダニエル下げて戸部入れたのも結果論じゃなくて正解だった。
---
**29:名無しさん**
ダニエル疲れてたもんな。
---
**30:名無しさん**
戸部入った瞬間、
「FKあるぞ」
って思ったら本当に来た。
---
**31:名無しさん**
森川の判断も冷静。
鈴木へ出すフリで切れ込むとかベテランすぎる。
---
**32:名無しさん**
北海道DF全員鈴木見てた。
完全に引っ掛けられた。
---
**33:名無しさん**
それにしても八幡の分析力やばい。
外国人補強だけじゃなく試合中の修正までやってる。
---
**34:名無しさん**
最近の千葉、
試合中の修正力がリーグNo.1じゃない?
---
**35:名無しさん**
第5節終了時。
勝ち点2。
最下位。
↓
第17節。
首位北海道撃破。
誰が信じるんだよ、この成長。
---
**36:名無しさん**
J2で一番勢いあるクラブになったな。
---
**37:名無しさん**
岡山との差も縮まったし、
自動昇格争い、本当に面白くなってきた。
---
**38:名無しさん**
次節以降、どのクラブも千葉対策を本気で考えないとまずい。
---
**39:名無しさん**
もう「勢いだけ」じゃ説明できない。
完全に実力。
---
**40:名無しさん**
今年のJ2。
一番怖いチームは――
間違いなく、**エストレヤ千葉。**
第158話 前半戦終了
翌日。
J2リーグは第17節全試合が終了した。
これをもって――
**2026シーズンJ2リーグ前半戦終了。**
各クラブの順位が確定する。
---
テレビのスポーツニュース。
新聞。
ネットニュース。
どこも前半戦順位表を大きく掲載していた。
---
### J2リーグ順位表(第17節終了)
| 順位 | クラブ | 勝ち点 |
| -----: | ----------- | --------------: |
| **1位** | 北海道フェニックスFC | **44**(14勝2分1敗) |
| **2位** | エストレヤ千葉 | **32**(9勝5分3敗) |
| **3位** | 岡山セルフィオFC | **31**(9勝4分4敗) |
| **4位** | 富山ベイウインズ | **30**(8勝6分3敗) |
| 5位 | 愛媛サザンクロスFC | 26(7勝5分5敗) |
| 6位 | 相模原マンスリーFC | 26(7勝5分5敗) |
| 7位 | 仙台アステルFC | 26(7勝5分5敗) |
| 8位 | 横浜マンゲールFC | 26(7勝5分5敗) |
| 9位 | 福岡レガーロ | 25(7勝4分6敗) |
| 10位 | 青森ブランシェFC | 24(7勝3分7敗) |
| 11位 | 熊本アスフィーダ | 24(6勝6分5敗) |
| 12位 | 山形ブリッツFC | 24(7勝3分5敗) |
| 13位 | CS栃木 | 23(6勝5分6敗) |
| 14位 | 鹿児島レヴァンテFC | 17(5勝2分10敗・9連敗) |
| 15位 | 伊勢シーガルズ | 16(3勝7分7敗) |
| 16位 | 駿河ユナイテッドFC | 14(4勝2分11敗) |
| 17位 | 秋田ノルディアFC | 12(2勝6分9敗) |
| 18位 | 信州アルプスFC | 12(2勝6分9敗) |
---
実況アナウンサーが順位表を見ながら話す。
「首位は北海道フェニックスFC!」
「第17節で初黒星を喫しましたが、勝ち点44で首位をキープしています!」
画面が二位へ切り替わる。
「そして!」
「前半戦最大のサプライズがこちら!」
**エストレヤ千葉。**
勝ち点32。
堂々の二位。
---
解説者も思わず笑みを浮かべた。
「正直。」
「ここまで来るとは思いませんでした。」
「第5節終了時点では。」
「勝ち点2。」
「0勝2分3敗。」
「最下位でした。」
「そこから。」
「9勝3敗3分。」
「驚異的な追い上げです。」
---
画面には開幕直後の順位表と現在の順位表が並ぶ。
**第5節終了時**
18位 エストレヤ千葉
↓
**第17節終了**
2位 エストレヤ千葉
スタジオからも驚きの声が漏れる。
---
アナウンサーが続ける。
「さらに。」
「北海道との勝ち点差は12。」
「岡山をかわして自動昇格圏へ浮上しました!」
---
解説者は順位表全体を見渡す。
「四位富山まで勝ち点2差。」
「五位から八位までは勝ち点26で大混戦。」
「そして。」
「下位では駿河ユナイテッドFCが最下位を脱出。」
「一方。」
「鹿児島レヴァンテFCは9連敗。」
「非常に苦しい状況です。」
---
最後に画面いっぱいへ順位表が映し出される。
北海道。
エストレヤ千葉。
岡山。
富山。
四クラブが上位争いを形成する形となった。
実況が力強く締めくくる。
「前半戦終了!」
「J2リーグは後半戦へ突入します!」
「首位北海道は逃げ切れるのか!」
「エストレヤ千葉は、この勢いのまま逆転優勝まで駆け上がるのか!」
「後半戦も目が離せません!」
第159話 それぞれの新たな道へ
翌日。
エストレヤ千葉のクラブハウス。
北海道で一泊したチームは、その日の午前中に千葉へ戻ってきた。
午後。
トップチーム全員とスタッフがクラブハウスへ集まる。
普段より静かな空気だった。
---
ベッルーニ監督が前へ出る。
「昨日首位相手によく勝った。誇っていい。」
選手たちから拍手が起こる。
しかしその拍手はすぐに止んだ。
今日の本題は別にある。
---
佐藤智成強化部長が前へ出る。
「本日をもって移籍する選手たちから最後の挨拶があります。」
静まり返る室内。
最初に前へ出たのは、背番号2の25歳の選手だった。
「短い間でしたが、お世話になりました。J3でも頑張ります。」
仲間たちから温かい拍手が送られた。
---
続いて。
背番号8、29歳。
「関東リーグへ行きます。このクラブで学んだことを忘れません。」
深々と頭を下げる。
---
背番号27、28歳。
「J3でもう一度挑戦します。ありがとうございました。」
---
背番号29、31歳。
「関東リーグでもサッカーは続けます。本当にありがとうございました。」
---
背番号28、22歳。
「関西リーグで成長して帰ってきたいと思います。」
---
背番号13、27歳。
「J3で結果を出してきます。」
---
背番号15、33歳。
「まだ現役を続けます。最後までサッカーを楽しみます。」
ベテランらしい笑顔に、チームメイトから笑いが漏れた。
---
続いて育成型期限付き移籍となる背番号30、20歳。
「J3でたくさん試合に出て。もっと成長して帰ってきます。必ず戻ってきます。」
若さあふれる力強い言葉だった。
---
そして室内の空気が少し変わる。
万条富隆が前へ出た。
富山ベイウインズへの完全移籍。
「……短い間だった。でもこのクラブで学んだことは多かった。」
少しだけ間を置く。
「富山でも負けません。」
簡潔だった。
万条らしい最後の挨拶。
拍手が響く。
---
最後一人の男が立ち上がる。
背番号9。
鈴木太郎。
ドイツ移籍。
誰もが自然と鈴木へ視線を向ける。
鈴木はゆっくり前へ歩き、全員を見渡した。
「最初は正直、このクラブで結果を出せるか不安でした。」
静かな口調。
「でも監督、スタッフ、チームメイト、サポーター。全員のおかげでドイツへ挑戦できます。」
一度頭を下げる。
「ありがとうございました。このクラブに来て本当に良かったです。」
室内には大きな拍手が響いた。
エミリオ。
森川。
戸塚。
川崎。
長谷川。
そして八幡も静かに拍手を送る。
---
鈴木は最後に八幡を見る。
「八幡さんありがとうございました。」
八幡は少し照れくさそうに笑う。
「こちらこそドイツでもあなたなら活躍できます。」
鈴木は力強く頷いた。
「はい。」
その返事に迷いはなかった。
こうして前半戦を戦い抜いたエストレヤ千葉は、それぞれの新しい道へ歩み出す仲間たちを温かい拍手で送り出した。
第160話 クラブ公式発表
午後三時。
エストレヤ千葉公式SNS。
そしてクラブ公式ホームページが一斉に更新された。
---
## クラブからのお知らせ
**このたび、以下の選手の移籍が決定しましたので、お知らせいたします。**
### 【完全移籍】
**No.2(25歳)**
J3クラブへ完全移籍
---
**No.3 万条富隆**
富山ベイウインズへ完全移籍
---
**No.8(29歳)**
関東サッカーリーグクラブへ完全移籍
---
**No.9 鈴木太郎**
ドイツ1部クラブへ完全移籍
---
**No.13(27歳)**
J3クラブへ完全移籍
---
**No.15(33歳)**
関西サッカーリーグクラブへ完全移籍
---
**No.27(28歳)**
J3クラブへ完全移籍
---
**No.28(22歳)**
関西サッカーリーグクラブへ完全移籍
---
**No.29(31歳)**
関東サッカーリーグクラブへ完全移籍
---
### 【育成型期限付き移籍】
**No.30(20歳)**
J3クラブへ育成型期限付き移籍
---
クラブは最後に一文を添えた。
> 「これまでエストレヤ千葉のために戦ってくれた選手たちへ、心より感謝申し上げます。新天地での活躍をクラブ一同、心より願っております。」
---
投稿から数分。
コメント欄は瞬く間に埋まっていく。
---
**「鈴木、本当にありがとう。」**
---
**「ドイツでも絶対活躍してこい!」**
---
**「北海道戦が最後だったのか……。」**
---
**「最後に首位倒してから行くの、かっこよすぎる。」**
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**「鈴木の投入で流れ変わる試合、何回見たことか。」**
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**「寂しいけど応援してる。」**
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万条の投稿にもコメントが集まる。
---
**「富山か……昇格争いのライバルじゃん。」**
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**「試合では負けないぞ!」**
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**「短い間だったけどありがとう。」**
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**「富山でも頑張れ。」**
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育成型期限付き移籍となる若手には。
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**「試合にたくさん出て帰ってこい!」**
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**「レベルアップして帰還待ってる!」**
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**「経験積んでエースになれ!」**
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そして、一番コメントが集まっていたのは、やはり鈴木太郎だった。
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**「日本代表になって帰ってこい!」**
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**「エストレヤ千葉出身として世界で暴れてくれ!」**
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**「ドイツでも鈴木らしくゴール決めてこい!」**
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**「一生応援する。」**
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**「最後の北海道戦、一生忘れない。」**
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さらにサポーター同士の会話も始まる。
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**「これで鈴木いなくなるの痛すぎる……。」**
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**「いや、八幡さんならまた何とかしそう。」**
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**「ダニエルもいる。」
「戸部もいる。」
「森川もエミリオもいる。」**
---
**「正直、今の千葉なら誰が抜けても簡単には崩れない気がする。」**
---
**「開幕の頃なら絶望してた。」
「でも今は違う。」**
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**「このチームなら。」
**「後半戦も戦える。」**
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コメントは数万件を超え、クラブ史上でも屈指の反響となった。
北海道撃破の余韻が残る中、エストレヤ千葉は新たな戦力で後半戦へ向かおうとしていた。