LNCrawler

第221話〜第240話

やはり俺のスカウト人生は間違っている。 — www.pixiv.net · All chapters

第221話〜第240話

## 第221話 ささやかな祝福

十分ほどして。

病室へ案内された。

扉を軽くノックする。

「失礼します。」

ゆっくりと扉が開く。

病室の中は、とても静かだった。

ベッドには南が横になっている。

出産を終えたばかりで疲れは見えるものの、その表情は穏やかだった。

「南さん。」

ソフィアが優しく声を掛ける。

「お疲れさま。」

南は微笑む。

「ありがとう。」

「来てくれたんだね。」

「もちろん。」

その隣には。

我が子を抱くエミリオがいた。

腕の中には、小さな命。

まだ目も閉じたまま、小さく寝息を立てている。

「……。」

ソフィアは思わず口元を押さえた。

「かわいい……。」

エミリオは照れくさそうに笑う。

「俺も。」

「まだ信じられない。」

八幡も赤ん坊を見つめる。

本当に小さい。

その小さな手がゆっくりと動く。

「元気そうだな。」

「ああ。」

エミリオは嬉しそうに頷いた。

「先生も健康そのものだって。」

「それは何よりだ。」

八幡は静かに笑みを浮かべた。

南が小さく頭を下げる。

「八幡さん。」

「ソフィアさん。」

「今日は来てくれて、本当にありがとうございました。」

ソフィアは首を横に振る。

「そんなこと言わないで。」

「家族みたいなものなんだから。」

南は優しく微笑んだ。

「ありがとう。」

病室には幸せな空気が流れていた。

八幡は時計へ目を向ける。

そしてエミリオを見る。

「……俺たちは。」

「もう帰る。」

「え?」

エミリオが少し驚く。

「今日は。」

「お前たち家族の時間だ。」

「邪魔しちゃ悪い。」

ソフィアも頷いた。

「赤ちゃんも南さんも、ゆっくり休まないとね。」

「私たちは顔を見られただけで十分。」

エミリオは少し寂しそうに笑う。

「そうか……。」

「ありがとう。」

八幡は軽く肩を叩いた。

「今日は。」

「父親としての時間を過ごせ。」

「クラブのことは忘れろ。」

エミリオは力強く頷く。

「ああ。」

「そうする。」

ソフィアはベッドへ近づき、小さな赤ちゃんの額をそっと見つめる。

「また会いに来るね。」

優しく微笑み、南へも会釈した。

「本当にお疲れさまでした。」

「ありがとう。」

南は穏やかな笑顔で答えた。

八幡とソフィアは静かに病室を後にする。

扉が閉まる直前。

二人の視界には。

赤ちゃんを優しく見つめるエミリオと南の姿が映っていた。

その光景を見た八幡は、静かに微笑む。

「……いい顔してたな。」

隣を歩くソフィアも嬉しそうに頷いた。

「うん。」

「本当に幸せそうだった。」

二人は病室に気を遣い、余計な言葉は残さず病院を後にした。

今日という日は。

エミリオと南、そして生まれたばかりの男の子だけの、大切な一日なのだから。

## 第222話 クラブ全員の祝福

八月二十三日。

午前九時。

エストレヤ千葉クラブハウス。

広報室では朝から慌ただしく動いていた。

「文章はこちらでよろしいでしょうか。」

広報担当がパソコンの画面を佐藤へ向ける。

佐藤智成は一文ずつ確認していく。

「母子ともに健康……よし。」

「余計なことは書かなくていい。」

「シンプルに、お祝いの気持ちが伝わる文章にしよう。」

「分かりました。」

最終確認が終わる。

そこへ八幡も分析室からやって来た。

「内容は?」

広報担当が画面を見せる。

八幡は静かに最後まで読み終えた。

「これでいい。」

「本人にも確認済みです。」

「南さんも掲載を了承してくださいました。」

佐藤が頷く。

「じゃあ。」

「十時ちょうどに出そう。」

---

午前十時。

エストレヤ千葉公式ホームページ。

公式SNS。

同時に更新された。

---

## 【クラブからのお知らせ】

**エミリオ・アルバレス選手 第一子誕生のお知らせ**

このたび、8月22日、エミリオ・アルバレス選手に第一子となる男の子が誕生いたしましたので、お知らせいたします。

母子ともに健康で、現在は安定しております。

エミリオ選手、ご家族の皆さまに心よりお祝い申し上げます。

エストレヤ千葉は、新たな家族を迎えたエミリオ選手をクラブ一同、全力で応援してまいります。

今後ともエミリオ・アルバレス選手ならびにエストレヤ千葉への温かいご声援をよろしくお願いいたします。

**エストレヤ千葉**

---

投稿から数十秒。

通知が鳴り始めた。

一分。

五分。

十分。

コメント欄はあっという間に祝福で埋まっていく。

---

「エミリオおめでとう!!」

「アルバレス家に新しい家族!」

「母子ともに健康で本当に良かった!」

「これは朝から嬉しいニュース!」

「パパ初ゴール期待してる!」

「今度はお父さんとしても頑張れ!」

「泣きそうになった。」

「チームみんなで支えてあげてほしい。」

「南さん、本当にお疲れさまでした!」

「元気な男の子、おめでとうございます!」

「最高のニュース!」

「家族を大切にするエミリオだから絶対いいお父さんになる!」

---

サポーターだけではない。

Jリーグ各クラブ。

元チームメイト。

アルゼンチン時代の関係者。

日本代表で一緒だった選手。

世界中から祝福のメッセージが届き始める。

アルゼンチン語版の投稿にも、

「¡Felicitaciones, Emilio!」

「Bienvenido al mundo.」

「Que sean muy felices.」

と、母国から多くのコメントが寄せられていた。

---

クラブハウス。

食堂。

休憩時間。

選手たちもスマートフォンを見ながら笑っている。

「コメントすごいな。」

川崎大志が画面を見せる。

「一時間で一万件超えてる。」

戸塚が微笑む。

「それだけ愛されてるってことだね。」

材木座は大きく頷いた。

「エミリオは人格者だからな。」

森川もコーヒーを飲みながら笑う。

「昨日病院で見た顔。」

「完全に父親だったぞ。」

戸部が笑う。

「試合中より緊張してたんじゃないか?」

「間違いない。」

食堂に笑い声が広がる。

---

その頃。

病院。

南はベッドの上で赤ちゃんを抱いていた。

エミリオは椅子へ座り、スマートフォンを眺めている。

「……。」

コメントは止まらない。

何百件。

何千件。

世界中から届く祝福。

エミリオは思わず笑った。

「すごいな……。」

南も画面を覗き込む。

「こんなにたくさん。」

「みんな祝ってくれてる。」

エミリオは優しく息子を見る。

「この子は幸せ者だ。」

「生まれたその日から。」

「こんなに多くの人に祝福されて。」

南は静かに頷いた。

「あなたが積み重ねてきたものだよ。」

「だからみんな喜んでくれるの。」

エミリオは少し照れながら笑う。

その時。

スマートフォンに一件のメッセージが届く。

送り主は――

**比企谷八幡。**

短い文章だった。

> 「家族との時間を大切にしろ。

> クラブのことは気にするな。

> 復帰は落ち着いてからでいい。」

エミリオはそのメッセージを見つめ、小さく笑う。

「……八幡らしい。」

南も笑顔になる。

「本当にいいクラブだね。」

「ああ。」

エミリオは力強く頷いた。

「だから俺は、このクラブで戦いたいんだ。」

窓から差し込む夏の日差しが、親子三人を優しく照らしていた。

## 第223話 名前

病室。

午後。

赤ちゃんは南の腕の中で、小さな寝息を立てていた。

エミリオはベッドの横へ椅子を寄せ、その寝顔をじっと見つめている。

「……かわいいな。」

南は優しく微笑んだ。

「さっきから、それしか言ってないよ。」

「仕方ない。」

エミリオは照れ笑いを浮かべる。

「本当にかわいいんだから。」

二人は顔を見合わせ、小さく笑った。

しばらく穏やかな時間が流れる。

やがて南が口を開いた。

「ねぇ。」

「そろそろ決めようか。」

エミリオはすぐに頷いた。

「ああ。」

「名前だな。」

実は妊娠が分かってから、二人は何冊もの名付けの本を読み、候補をノートへ書き出していた。

男の子なら。

女の子なら。

何十もの名前を挙げては話し合い、消して、また書き足した。

しかし最後の一つだけは、生まれて顔を見てから決めようと約束していた。

エミリオは赤ちゃんを見つめる。

「昨日から考えてた。」

「俺も。」

南も微笑む。

「この子の顔を見たら、不思議と一つしか浮かばなくなった。」

「……一緒かもしれない。」

エミリオが驚く。

「本当か?」

「うん。」

「せーので言ってみる?」

「分かった。」

二人は顔を見合わせる。

そして。

「せーの。」

同時に口を開いた。

「――陽翔(はると)。」

一瞬。

病室が静まり返る。

二人とも目を丸くした。

「……。」

「……。」

次の瞬間。

思わず吹き出した。

「一緒だった。」

南が笑う。

「まさか同じとは思わなかった。」

エミリオも嬉しそうに笑う。

「俺もだ。」

「昨日から、その名前しか浮かばなくて。」

南は赤ちゃんの小さな手をそっと握る。

「太陽みたいに明るく。」

「周りを温かく照らせる子になってほしい。」

「そして。」

エミリオが続ける。

「どんな困難があっても。」

「未来へ向かって羽ばたいてほしい。」

南は静かに頷いた。

「うん。」

「きっと、この子なら大丈夫。」

エミリオは我が子を優しく抱き上げる。

まだ眠ったままの小さな命へ、ゆっくりと語りかけた。

「今日から。」

「お前の名前は――」

「**陽翔**だ。」

「よろしくな。」

その言葉に応えるように。

陽翔は小さく指を動かした。

それを見た二人は顔を見合わせ、自然と笑みを浮かべる。

こうして、アルバレス家の長男は、両親の願いが込められた名前とともに、新たな人生の第一歩を歩み始めた。

## 第224話 交渉大詰め

八月二十五日。

エストレヤ千葉クラブハウス。

強化部会議室。

テーブルの上には一人の選手の資料だけが置かれていた。

**マティアス・ベニテス。**

アルゼンチン二部。

23歳。

CF。

八幡は代理人とのオンライン会議を終えたばかりだった。

部屋へ入ると、佐藤、竹内、マルコが待っていた。

「どうだった。」

佐藤が真っ先に尋ねる。

八幡は椅子へ腰を下ろした。

「交渉は最終段階です。」

三人の表情が引き締まる。

「クラブ間。」

「本人。」

「代理人。」

「大筋では合意しています。」

竹内が安堵したように息を吐く。

「ここまで来たか。」

「はい。」

八幡は資料を開く。

「残っているのは細かい契約条件だけです。」

「年俸。」

「出来高。」

「住居。」

「家族の生活環境。」

「そのあたりの最終確認ですね。」

マルコが静かに尋ねる。

「本人は日本行きを望んでいるのか。」

「かなり前向きです。」

八幡は即答した。

「現場で必要としてくれるクラブへ行きたい。」

「それが本人の希望です。」

「その考えは最初から変わっていません。」

佐藤が資料をめくる。

「奥さんは。」

「反対していません。」

「むしろ。」

「家族で新しい挑戦をしたいと話していました。」

「子どももまだ二歳です。」

「環境への適応も今ならしやすいと考えています。」

竹内が腕を組む。

「問題は。」

「クラブか。」

八幡は頷いた。

「そうです。」

「向こうも主力を簡単には手放したくありません。」

「ただ。」

「契約解除金が現実的な金額に設定されています。」

「こちらとしても支払える範囲です。」

部屋が静かになる。

マルコがゆっくり口を開いた。

「比企谷。」

「この選手は。」

「そこまでして獲る価値があるか。」

八幡は一切迷わなかった。

「あります。」

短く。

しかし力強く答える。

「材木座とはタイプが違います。」

「ゴール前の決定力。」

「裏への飛び出し。」

「一瞬の駆け引き。」

「今の千葉にはない武器です。」

ホワイトボードへ立つ。

フォーメーションを書く。

材木座。

その横へ。

マティアス。

「材木座なら。」

「ポストプレーで攻撃を作れる。」

「マティアスなら。」

「最終ラインの背後を何度も狙える。」

さらに。

ダニエル。

森川。

川崎。

塩川。

戸部。

名前を書き込んでいく。

「組み合わせ次第で。」

「相手は守り方を変えなければいけません。」

「攻撃の選択肢が大きく増えます。」

マルコはホワイトボードを見つめたまま、小さく笑った。

「私は。」

「もう彼が来る前提で戦術を考え始めている。」

その一言に。

部屋の空気が少し和らぐ。

竹内も笑う。

「監督がそこまで言うなら。」

「答えは決まってるな。」

佐藤は静かに頷いた。

「最後まで行こう。」

「はい。」

八幡は資料を閉じた。

「今日の夜。」

「代理人と最後の交渉があります。」

「まとまれば。」

「正式な契約書を作成します。」

部屋にいる全員が頷く。

夏の移籍市場。

エストレヤ千葉最後の補強は、ついに決着の時を迎えようとしていた。

## 第225話 最後の補強

八月二十六日。

午前十時。

エストレヤ千葉クラブハウス。

強化部会議室。

電話が鳴った。

八幡は静かに受話器を取る。

「比企谷です。」

電話の相手はマティアスの代理人だった。

数分間。

落ち着いた口調で会話が続く。

やがて。

八幡は小さく頷いた。

「分かりました。」

「契約書を確認次第、こちらも正式に手続きを進めます。」

「ありがとうございました。」

通話が終わる。

部屋は静まり返っていた。

佐藤。

竹内。

マルコ。

三人とも八幡を見つめている。

八幡はゆっくりと顔を上げた。

そして。

静かに口を開く。

「……まとまりました。」

その一言だった。

竹内が思わず拳を握る。

「よし!」

佐藤も安堵したように笑った。

「本当に決まったか。」

「はい。」

八幡は資料を閉じる。

「クラブ間。」

「代理人。」

「本人。」

「すべて正式合意です。」

「マティアス・ベニテス。」

「エストレヤ千葉へ完全移籍です。」

部屋の空気が一気に明るくなる。

マルコは静かに笑みを浮かべた。

「ようやく来るか。」

「はい。」

「メディカルチェック終了後、日本へ入国します。」

---

その日の午後。

クラブハウス。

大会議室。

マティアスの背番号について話し合いが行われていた。

佐藤が口を開く。

「候補は何番だ。」

竹内が資料を見る。

「空いている番号はいくつかあります。」

「本人の希望は?」

八幡が答えた。

「特にありません。」

「クラブに任せるそうです。」

マルコは少し考えた。

そして。

八幡へ視線を向ける。

「比企谷。」

「君はどう考える。」

八幡は迷わなかった。

「9番です。」

部屋が静かになる。

「ストライカー。」

「ゴールでチームを勝たせる選手。」

「そういう期待を込めるなら。」

「9番以外ありません。」

竹内も頷く。

「私も賛成だ。」

佐藤も笑う。

「異論なし。」

マルコは静かに立ち上がった。

「決まりだ。」

「マティアス・ベニテス。」

「エストレヤ千葉。」

「背番号9。」

その瞬間。

夏の補強がすべて終わった。

---

夕方。

クラブ公式SNS。

ホームページ。

同時に更新される。

---

## 【完全移籍加入のお知らせ】

このたび、アルゼンチン2部クラブより、

**マティアス・ベニテス選手**が完全移籍で加入することが決定しましたので、お知らせいたします。

なお、背番号は**「9」**に決定いたしました。

クラブ一同、マティアス選手を心より歓迎いたします。

---

投稿が公開されると同時に。

サポーターの間で大きな話題となる。

「9番きた!!」

「八幡また海外から見つけてきた!」

「アルゼンチン二部のストライカーか!」

「映像見たけど動き出し凄いぞ!」

「この夏の補強、本当に全部楽しみ!」

「後半戦が待ち遠しい!」

クラブハウスの窓から夕日が差し込む。

八幡はスマートフォンに表示された公式発表を静かに見つめた。

この夏。

坂本湊。

古賀悠斗。

笹森正義。

塩川康文。

そして。

**マティアス・ベニテス。**

五人の新戦力が加わり、エストレヤ千葉は後半戦へ向けた陣容を整えた。

八幡は小さく息を吐く。

「……ここからだ。」

本当の勝負は。

これから始まる。

## 第226話 見逃さなかった才能

マティアス・ベニテスの加入が決まり、夏の補強は一段落した。

強化部会議室。

ホワイトボードには現在の戦力が書き出されている。

八幡は一人、じっと眺めていた。

「……。」

GK。

問題ない。

CB。

坂本の加入で競争が生まれた。

左サイド。

塩川の加入で森川との使い分けが可能になった。

DMF。

笹森が加わり、層は厚くなった。

CF。

マティアスが加入し、材木座との二枚看板が完成した。

しかし。

一か所だけ。

八幡は赤いペンで丸を付けた。

**右SB。**

「やっぱり、ここだ。」

現在、本職の右サイドバックは。

**毛利良一。**

二十歳。

クラブ期待の若手。

攻守ともに成長を続けている。

だが。

「本職が一人だけ。」

八幡は腕を組んだ。

黒崎。

笹森。

鬼塚。

右SBはこなせる。

しかし。

あくまでサブポジション。

「怪我。」

「出場停止。」

「代表招集。」

「どれか一つでも起きたら厳しい。」

層としては薄かった。

何より。

「ライバルがいない。」

競争がなければ。

選手は伸びにくい。

毛利は真面目な選手だ。

だから努力は続ける。

しかし。

常に自分を脅かす存在がいる環境とは違う。

八幡はその危うさを理解していた。

「……。」

その時だった。

一つの映像が頭に浮かぶ。

先日視察へ行った。

J3クラブとJ2クラブの練習試合。

八幡はFWを見に行っていた。

結局、そのFWは補強候補から外した。

だが。

試合中。

別の選手が何度も目に入った。

「右サイドバック……。」

攻撃参加。

縦へのオーバーラップ。

鋭いクロス。

中へ運ぶドリブル。

「何回見ても。」

「ボールの持ち方がいい。」

J2相手。

それも。

相手にはJ2クラブの若手有望株が並んでいた。

それでも。

臆することなく仕掛け続けていた。

八幡は資料を開く。

国内スカウトがまとめたレポート。

そこには名前が書かれている。

---

**安原 翼(やすはら つばさ)**

年齢 二十八歳

誕生日 一月十九日

利き足 右足

ポジション 右SB

---

八幡は資料を読み進める。

「攻撃参加を最大の武器とする右サイドバック。」

「ドリブル突破。」

「クロス精度。」

「前線へのラストパス。」

「どれもJ3ではトップクラス。」

八幡は試合映像を再生した。

右サイド。

ボールを受ける。

相手をかわす。

中央へ運ぶ。

スルーパス。

決定機。

「……。」

さらに別の場面。

オーバーラップ。

ダイレクトクロス。

FWが合わせる。

ゴール。

「攻撃力なら。」

「毛利以上か。」

八幡は静かに呟いた。

ただ。

すぐに次の映像へ切り替える。

守備。

一対一。

相手FWに入れ替わられる。

クロスを許す。

「守備は。」

「毛利の方が上だな。」

攻撃型。

守備型。

タイプはまったく違う。

だからこそ。

「面白い。」

八幡は小さく笑った。

同じタイプを集めても意味はない。

違う武器を持つからこそ。

競争が生まれる。

そして。

監督には選択肢が増える。

八幡は資料の最後のページを開く。

そこには国内スカウトの一文が記されていた。

**『本人は上のカテゴリーで挑戦したい意思あり。適正なオファーがあれば移籍に前向き。』**

八幡は資料を閉じる。

「……まずは。」

「もう一度、詳しく見てみるか。」

新たな補強候補の名前が、八幡のメモ帳へ書き加えられた。

**安原 翼――重点調査対象。**

## 第227話 本職

分析室。

夕方。

八幡はホワイトボードの前に立っていた。

右サイドバック。

そこへ視線を向けたまま、静かに呟く。

「……一回整理するか。」

補強を考える時。

能力だけでは足りない。

**誰が、本職なのか。**

それを把握しておく必要があった。

八幡は選手名簿を開く。

一人ずつ確認していく。

---

### GK

郷田京。

「本職GK。」

玉縄幸三。

「本職GK。」

古賀悠斗。

「本職GK。」

村上渉。

「本職GK。」

四人体制。

「ここは問題ない。」

---

### CB

長谷川智樹。

「本職CB。」

宇津木健太。

「本職CB。」

坂本湊。

「本職CB。」

橋本翔。

「本職CB。」

鬼塚純一郎。

「CBも本職。」

黒崎隼吾。

「CBもできる。」

八幡は頷く。

「センターバックは厚い。」

---

### 左SB

葉山隼人。

「本職左SB。」

高山俊樹。

「本職左SB。」

黒崎隼吾。

「サブ。」

鬼塚純一郎。

「サブ。」

笹森正義。

「サブ。」

「ここも競争がある。」

---

そして。

右SB。

八幡の手が止まる。

毛利良一。

「本職右SB。」

黒崎隼吾。

「サブ。」

鬼塚純一郎。

「サブ。」

笹森正義。

「サブ。」

「……。」

八幡は静かに腕を組む。

「やっぱり。」

「本職は毛利だけか。」

サブポジションでこなせる選手はいる。

試合中の対応もできる。

しかし。

本職として。

毎試合高いレベルで右サイドバックを務める選手は。

**毛利しかいない。**

---

続いて中盤。

DMF。

エミリオ。

「本職。」

戸塚。

「本職。」

笹森。

「本職。」

中田。

「本職。」

背番号23

「サブ。」

「5枚。」

ここは十分だった。

---

OMF。

ダニエル。

「本職。」

戸部。

「本職。」

栗林宰三

「サブ。」

背番号23

「サブ。」

「問題なし。」

---

左SH。

森川。

「本職。」

塩川。

「本職。」

「補強成功。」

右SH。

川崎。

「本職。」

佐久間。

「本職。」

「ここも競争がある。」

---

最後にFW。

材木座。

「本職CF。」

マティアス。

「本職CF。」

小林。

「事情が解決すれば復帰。」

栗林。

「CF。」

元原。

「CF。」

「ここも十分。」

---

八幡は名簿を閉じた。

ホワイトボードには現在の陣容が整理されている。

GK。

CB。

左SB。

DMF。

両サイド。

OMF。

CF。

どこも競争がある。

しかし。

右サイドバックだけは違った。

「毛利が成長しているから。」

「今は問題が表面化していない。」

八幡は静かに呟く。

「でも。」

「それに甘えるのは違う。」

一人が不調になる。

一人が負傷する。

その瞬間。

チームは大きく戦力を落とす。

「競争相手。」

「タイプの違う選手。」

「それが必要だ。」

八幡の頭の中に。

再び一人の名前が浮かぶ。

**安原 翼。**

J3で攻撃型右サイドバックとしてプレーする二十八歳。

「……。」

八幡はその名前をもう一度メモへ書いた。

「次は。」

「安原を徹底的に見る。」

## 第228話 戻れない一歩

数日後。

エストレヤ千葉トレーニングセンター。

午前練習。

ピッチではシュート練習が行われていた。

ダニエルが決める。

マティアスが決める。

森川がネットを揺らす。

次々とゴールが生まれる。

その中で。

一人の選手が黙々とシュートを打ち続けていた。

小林庄雅。

二十八歳。

かつて。

「日本最高のストライカーになる。」

誰もがそう信じていた男だった。

---

十八歳。

高校最後の冬。

全国高校サッカー選手権。

大会得点王。

裏へ抜け出すスピード。

左足から放たれる強烈なシュート。

そして。

天性の得点感覚。

当時まだJ1だったエストレヤ千葉へ加入した。

数多く届いたオファーの中から、自ら選んだクラブだった。

プロ一年目。

デビュー直後からゴールを量産。

年代別日本代表でもエースとして活躍し、世代を代表するストライカーへ成長した。

同世代の森川ですら。

「庄雅は天才。」

そう認めていた。

オリンピックでも背番号9を背負い、三ゴール。

日本をけん引した。

誰もが。

A代表の絶対的エースになると信じていた。

---

だが。

24歳。

その未来は、一つのプレーで変わった。

後ろからの悪質なタックル。

左足へ全体重が乗った状態で激しく削られた。

診断結果。

**全治一年以上。**

長いリハビリ。

二年後。

ようやくピッチへ戻ってきた。

体は戻った。

走れる。

ボールも蹴れる。

医師からもプレーの許可は出ていた。

それでも。

戻らなかったものがあった。

---

「……。」

小林が左足でボールを止める。

シュートコースは空いている。

以前なら。

迷わず左足を振り抜いていた。

だが。

一瞬。

動きが止まる。

そして。

右足へ持ち替える。

シュート。

ゴールネットは揺れた。

しかし。

以前のような鋭さはない。

「……。」

少し離れた場所で見ていた八幡は、小さく目を伏せた。

「まただ。」

森川も隣へ歩いてくる。

「あいつ……。」

八幡は頷いた。

「ああ。」

「左で打てる場面なのに。」

「右へ持ち替えてる。」

森川は苦しそうな表情を浮かべた。

「昔は。」

「左足なら誰にも負けなかった。」

「知ってる。」

八幡も高校時代から小林を見てきた。

左足を振り抜く姿。

ゴールを決める姿。

何度も見てきた。

だからこそ。

今の姿を見るのは苦しかった。

---

さらに練習が続く。

裏へ抜け出す練習。

小林は走り出そうとする。

だが。

一歩目でわずかに力が抜ける。

全力で行けば抜けられる。

そのタイミングだった。

それでも。

どこかでブレーキを掛けてしまう。

「……。」

八幡は静かに呟いた。

「まだ。」

「怖いんだ。」

左足が。

また壊れるかもしれない。

また同じ怪我をするかもしれない。

その恐怖が。

体ではなく。

心に残ってしまっていた。

フィジカルコンタクトも同じだった。

以前なら。

相手を背負ってボールを収めていた。

今は。

接触を避けるようにプレーしてしまう。

技術が落ちたわけではない。

身体能力が極端に衰えたわけでもない。

問題は。

**心。**

八幡は何度も方法を考えた。

映像も見た。

医師とも話した。

トレーナーとも相談した。

だが。

答えは出なかった。

「精神的な壁は。」

「俺には越えさせられない。」

それは本人だけが乗り越えられるものだった。

八幡は静かに小林の背中を見る。

「……。」

もう一度。

何も恐れず左足を振り抜く姿を。

何も考えず裏へ飛び出す姿を。

誰よりも見たいと思っているのは。

きっと。

八幡自身だった。

## 第229話 支える人

「ナイス!」

コーチの声がグラウンドへ響く。

練習は続いている。

小林は汗を拭きながら、次のメニューへ向かった。

八幡はその背中を見送る。

ふと。

グラウンド脇へ目を向けた。

そこには。

一人の女性と、二人の子どもの姿があった。

「……。」

小林早苗。

旧姓・大空。

二十八歳。

小林が幼い頃からずっと一緒に育った幼馴染。

高校時代。

全国を沸かせたスターになっても。

プロ入りして脚光を浴びても。

彼女だけは何も変わらなかった。

勝った日も。

負けた日も。

いつも隣で笑っていた。

二十歳。

二人は結婚した。

誰よりも華やかな時期だった。

日本代表。

オリンピック。

将来のA代表エース。

そう呼ばれていた頃である。

そして。

二十四歳。

悪質なタックルで一年以上の大怪我。

そこから。

小林の人生は大きく変わった。

焦り。

苦しみ。

思うように動かない体。

戻らない自信。

何度もサッカーを辞めようと考えた。

それでも。

早苗だけは一度も離れなかった。

「大丈夫。」

「私は信じてる。」

その言葉を何度も掛け続けた。

だから今も。

小林は現役を続けている。

「ママ!」

グラウンドの外では。

七歳になる長女が笑顔で手を振っていた。

「パパ!」

「がんばれー!」

まだ練習中で声は届かない。

それでも。

一生懸命両手を振っている。

その隣では。

四歳の長男が小さなサッカーボールを蹴って遊んでいた。

「パパみたい!」

「シュート!」

無邪気な笑顔。

早苗はそんな二人を見守りながら微笑む。

「パパ、頑張ってるね。」

「うん!」

「パパ、かっこいい!」

その言葉に。

早苗の表情が少しだけ柔らかくなった。

「そうだね。」

「パパはずっと頑張ってる。」

八幡は少し離れた場所から、その光景を見ていた。

「あの家族がいるから。」

「庄雅は折れなかった。」

誰よりも近くで苦しみを見てきた妻。

どんな時も応援し続ける娘。

父親を憧れの存在として見つめる息子。

サッカー人生は苦しくなった。

思い描いていた未来とは違った。

それでも。

家庭だけは。

誰よりも幸せそうだった。

その時。

練習が一区切りつき、小林が給水へ向かう。

長女が大きく手を振る。

「パパー!」

その声に気付いた小林は振り返り、少し照れながら手を振り返した。

その笑顔だけは。

昔と何も変わっていなかった。

八幡は静かに微笑む。

「……まだ終わってない。」

「庄雅。」

「お前のサッカー人生は、まだ終わってない。」

その呟きは、誰にも聞こえることなく、夏の風に溶けていった。

## 第230話 思わぬ適性

数日後。

エストレヤ千葉トレーニングセンター。

午後。

紅白戦。

マルコ監督が笑いながら言った。

「今日は少し遊ぶ。」

選手たちが顔を見合わせる。

「いつもと違うポジションを経験してみろ。」

「何か新しい発見があるかもしれん。」

クラブハウスに笑い声が広がる。

「材木座がGKとかですか?」

戸部が笑う。

「それは見てみたい。」

川崎も吹き出した。

マルコは苦笑する。

「そこまではやらん。」

「ある程度は現実的な配置だ。」

そして。

ホワイトボードに名前を書いていく。

選手たちは次々と驚く。

その中で。

一番ざわついたのは。

**DMF 小林庄雅**

「え?」

森川が思わず声を漏らす。

「庄雅がボランチ?」

小林本人も苦笑いだった。

「俺?」

「そうだ。」

マルコは頷く。

「今日は思い切りやってみろ。」

試合開始。

最初の数分。

誰もが違和感を覚えていた。

FWだった男が。

中盤の底にいる。

しかし。

十分後。

八幡が小さく呟いた。

「……おい。」

竹内が隣を見る。

「どうした?」

「見てください。」

その瞬間だった。

相手OMFが縦パスを受ける。

トラップした瞬間。

小林が一歩だけ前へ出る。

パシッ。

ボールを奪った。

「またか。」

さらに数分後。

今度は横パス。

コースを読んで。

インターセプト。

さらに。

スルーパス。

読む。

また奪う。

「三本目。」

マルコが目を細めた。

「読みがいい。」

佐藤も驚く。

「異常だな。」

八幡は黙ってメモを書いていた。

**パスカット能力 極めて高い。**

試合は続く。

小林は危険な場所を察知すると。

自然とそこへ動く。

そして。

また奪う。

「四本。」

「五本。」

「六本。」

戸塚が思わず笑った。

「庄雅さん。」

「怖い場所が分かるんですね。」

「FW時代に。」

エミリオが答える。

「ゴール前で点を取ってきたからだ。」

「危険な場所を知ってる。」

「だから逆も分かる。」

八幡は静かに頷いた。

「なるほど。」

「危険察知能力か。」

守備技術が高いというより。

**危険になる場所へ自然と立っている。**

だから。

ボールが転がってくる。

そして。

奪える。

試合が止まる。

今度は小林がボールを持つ。

近くの戸塚へ。

ワンタッチ。

エミリオへ。

二十メートルほどのパス。

正確だった。

さらに。

ダニエルへ。

短い縦パス。

これも通る。

「ショートパスは悪くない。」

八幡がメモする。

しかし。

次のプレー。

逆サイドの川崎へ大きく展開しようとした。

ロングパス。

ボールは伸びず。

途中でカットされた。

「ロングパスは厳しいか。」

マルコも頷く。

「そこは専門職との差だ。」

さらに。

相手FWが体をぶつけてきた。

小林は避けてしまう。

競り合えない。

ボールを失う。

八幡はその場面も見逃さなかった。

「……。」

ホワイトボードへ整理する。

---

**DMF適性(紅白戦評価)**

・危険察知能力 ◎

・パスカット ◎

・ショートパス 〇

・ポジショニング 〇

・ロングパス △

・フィジカルコンタクト ×

---

佐藤が腕を組む。

「意外だったな。」

「本人も気付いてなかっただろ。」

「ええ。」

八幡は小林を見つめた。

FWとして失ったものは多い。

だが。

長年ストライカーとして培ってきた感覚は。

別の場所で生きる可能性がある。

「……。」

八幡は静かに呟く。

「サッカー人生は。」

「まだ終わってないかもしれない。」

その視線の先では。

DMFとしてプレーする小林が。

再び鋭くパスコースへ入り込み、今日七本目となるインターセプトを成功させていた。

## 第231話 国内スカウト報告 8月28日

八月二十八日。

午前十時。

エストレヤ千葉クラブハウス。

強化部分析室。

コンコン。

扉がノックされる。

「失礼します。」

入ってきたのは国内スカウトだった。

手には一冊の分厚いファイル。

「比企谷さん。」

「安原翼の調査が終わりました。」

八幡は椅子から立ち上がる。

「ありがとう。」

ファイルを受け取り、ページをめくる。

---

**安原 翼**

28歳

1月19日生まれ

右利き

右SB

J3所属

---

八幡は無言で読み進める。

国内スカウトが説明を始めた。

「まず長所です。」

「攻撃参加能力。」

「これはJ3でも頭一つ抜けています。」

映像が流れる。

右サイド。

ボールを受ける。

一気に縦突破。

クロス。

味方FWが合わせる。

ゴール。

別の映像。

中へドリブル。

相手二人を引き付ける。

スルーパス。

決定機。

「ドリブルは。」

「J2でも十分通用します。」

「クロスも精度があります。」

「ラストパスも悪くありません。」

八幡は静かに頷いた。

「やっぱり。」

「攻撃性能は高い。」

「はい。」

「毛利選手とは違うタイプですね。」

さらに映像。

オーバーラップ。

ワンツー。

クロス。

決定機。

何度も右サイドからチャンスを作っていた。

「数字は。」

「今シーズン。」

「3ゴール。」

「11アシストです。」

竹内が少し驚く。

「右SBで十一アシスト?」

「はい。」

「J3トップクラスです。」

---

「では。」

八幡が口を開く。

「短所は。」

国内スカウトはページをめくった。

「守備です。」

映像が変わる。

一対一。

縦突破を許す。

クロス。

また別の場面。

カウンター。

戻りが一歩遅い。

「対人守備。」

「ポジショニング。」

「毛利選手の方が上です。」

「競り合いも。」

「そこまで強くありません。」

「ただ。」

国内スカウトは続けた。

「守備が下手というほどではありません。」

「J3なら平均以上です。」

「攻撃性能が突出している分、守備が目立ってしまう印象ですね。」

八幡は映像を止めた。

「なるほど。」

---

「性格は。」

「非常に真面目です。」

「遅刻。」

「素行不良。」

「トラブル。」

「一切ありません。」

「練習も熱心です。」

「キャプテンではありませんが。」

「若手の面倒見もいいそうです。」

「家族は。」

「独身です。」

「結婚歴もありません。」

---

「移籍については。」

国内スカウトは最後のページを開いた。

「本人は。」

「J2以上で挑戦したい意思があります。」

「年齢も二十八歳。」

「ラストチャンスだと思っているそうです。」

「クラブ側は。」

「慰留したい。」

「ただ。」

「年齢と契約年数を考えれば。」

「適正なオファーなら話し合う姿勢です。」

「移籍金も。」

「高くありません。」

部屋が静かになる。

八幡は資料を閉じた。

「総合評価は。」

国内スカウトは迷わず答えた。

「J2なら十分戦力になります。」

「攻撃型の右SBとしては。」

「かなり面白い選手です。」

「毛利選手とは武器が真逆です。」

「競争相手としても。」

「相性はいいと思います。」

八幡はホワイトボードを見る。

右SB。

そこには。

**毛利良一**

一人だけ名前が書かれていた。

その隣へ。

八幡は新しく名前を書き加える。

**安原 翼**

そして静かに呟いた。

「……悪くない。」

「競争は。」

「チームを強くする。」

八幡は佐藤と竹内を見る。

「次は。」

「直接、プレーを見に行きます。」

その一言で。

安原翼は正式にエストレヤ千葉の獲得候補として、次の段階へ進むことになった。

## 第232話 二つの可能性

八月三十日。

午前。

八幡は再びJ3クラブのグラウンドを訪れていた。

目的は一つ。

**安原翼。**

映像では何度も確認した。

国内スカウトの報告も受けた。

だが。

八幡は最後に必ず自分の目で判断する。

それが比企谷八幡というスカウトだった。

---

練習試合。

安原は右サイドバックで先発していた。

開始十分。

右サイドでボールを受ける。

相手が寄せる。

一歩目でかわす。

縦へ運ぶ。

「速い。」

トップスピードではない。

だが。

最初の一歩が鋭い。

さらに。

味方とのワンツー。

迷いなくオーバーラップ。

低く速いクロス。

惜しくもFWには合わなかった。

「タイミングがいい。」

八幡はメモを取る。

次の場面。

中へドリブル。

相手ボランチを引き付ける。

空いた右SHへスルーパス。

決定機。

「視野も悪くない。」

守備。

一対一。

身体を当てる。

相手を外へ追い込む。

ボールを奪う。

「……。」

八幡は静かに頷く。

「やっぱり。」

「面白い。」

攻撃性能。

クロス。

ドリブル。

ラストパス。

どれも高水準。

毛利とは全く違う武器だった。

もちろん。

守備では毛利に及ばない。

それでも。

攻撃で流れを変えられる右SBは、今の千葉にはいない。

「タイプが被らない。」

それが一番大きかった。

---

練習が終わる。

安原はスタッフへ挨拶し、片付けを始める。

八幡は立ち上がった。

「……。」

今回は声を掛けない。

まだ早い。

まずはクラブとして本当に獲得へ動くか。

その結論を出すのが先だった。

八幡は静かにグラウンドを後にした。

---

その日の夕方。

エストレヤ千葉クラブハウス。

強化部会議室。

八幡は視察結果を報告していた。

「映像どおりでした。」

ホワイトボードへ名前を書く。

**安原翼**

「攻撃性能は高いです。」

「毛利とは真逆。」

「競争相手として最適です。」

マルコが腕を組む。

「獲る価値は。」

「あります。」

八幡は即答した。

「ただし。」

「守備は毛利の方が上です。」

「だから。」

「状況によって使い分けられます。」

竹内が笑う。

「競争が生まれるな。」

「はい。」

佐藤も頷く。

「右SBは以前から課題だった。」

「候補として残そう。」

「分かりました。」

八幡は資料を閉じた。

---

その頃。

グラウンド。

マルコ監督の指示で、もう一つの挑戦が始まっていた。

「庄雅。」

「今日もボランチだ。」

「はい。」

小林は迷うことなく返事をする。

紅白戦で見せた。

異常なまでのパスカット能力。

危険察知能力。

それを偶然で終わらせるつもりは、マルコにも八幡にもなかった。

エミリオが笑う。

「今日は俺と組むぞ。」

「よろしくお願いします。」

戸塚も声を掛ける。

「一緒にやってみましょう。」

小林は小さく頷いた。

ストライカーとして苦しみ続けた男が。

今。

新たな可能性を探し始めていた。

一方では。

右サイドバックの新たな候補。

もう一方では。

元エースストライカーのコンバート。

夏の補強と改革は終わった。

しかし。

エストレヤ千葉の進化は、まだ終わっていなかった。

## 第233話 新たな一手

九月一日。

エストレヤ千葉クラブハウス。

強化部会議室。

ホワイトボードには現在の選手一覧が並んでいた。

八幡。

マルコ。

佐藤。

竹内。

四人が席についている。

まず口を開いたのは佐藤だった。

「安原の件だ。」

「結論を出そう。」

部屋が静まり返る。

八幡は資料を机へ置いた。

「映像。」

「現地視察。」

「国内スカウトの評価。」

「すべて確認しました。」

一拍置く。

「獲得を推薦します。」

マルコは静かに頷く。

「私も賛成だ。」

「攻撃性能は毛利以上。」

「守備は毛利。」

「タイプが真逆だからこそ意味がある。」

竹内も続く。

「毛利に競争相手ができる。」

「チームとしてもプラスだ。」

佐藤は腕を組みながら笑った。

「異論はないな。」

誰も反対しなかった。

佐藤はゆっくり頷く。

「決まりだ。」

「安原翼。」

「正式に獲得交渉へ入る。」

八幡も短く答えた。

「はい。」

これで。

エストレヤ千葉は右サイドバックの補強へ正式に動き出すことになった。

---

話はそこで終わらなかった。

マルコが次の資料を手に取る。

そこには。

**小林庄雅**

の名前があった。

「こちらも報告しておこう。」

八幡が映像を流す。

紅白戦。

練習。

ポジショニング。

パスカット。

危険察知。

次々と映像が映し出される。

佐藤が感心したように呟く。

「何度見ても。」

「取り方が上手いな。」

八幡も頷く。

「FW時代に培った感覚でしょう。」

「危険な場所を本能的に理解しています。」

マルコが続ける。

「エミリオ。」

「戸塚。」

「笹森。」

その三人と組ませても。

大きくバランスは崩れなかった。

竹内が資料を見る。

「ショートパスも問題ない。」

「はい。」

「近い距離なら十分です。」

「ロングパスはまだ課題ですが。」

「そこは役割で補えます。」

「フィジカルは。」

佐藤が尋ねる。

八幡は首を横に振った。

「改善していません。」

「接触への恐怖心は残っています。」

「ですが。」

「DMFなら。」

「無理に体をぶつける場面は限定できます。」

マルコは静かに笑った。

「本人も。」

「少し楽しそうだった。」

八幡も小さく笑う。

「ええ。」

「FWでは苦しそうでした。」

「でも。」

「ボランチでは。」

「久しぶりにサッカーを楽しんでいました。」

部屋が静かになる。

佐藤は資料を閉じた。

「結論は。」

マルコが答える。

「DMFとして育てる。」

「正式なコンバートではない。」

「まずは。」

「公式戦で試す。」

「その結果を見て判断する。」

八幡も頷いた。

「練習だけでは分かりません。」

「プレッシャーのある公式戦で。」

「どこまで通用するか。」

「そこが一番重要です。」

竹内は笑みを浮かべる。

「面白くなってきたな。」

右サイドバックには。

新たな補強候補。

そして。

元エースストライカーには。

新たな可能性。

八幡はホワイトボードを見る。

そこには。

チームが少しずつ変わっていく姿があった。

「……後半戦。」

「まだ。」

「俺たちは強くなれる。」

そう呟くと、八幡は静かに次の資料へ手を伸ばした。

## 第234話 右サイドの新戦力

九月三日。

午前九時。

エストレヤ千葉クラブハウス。

強化部。

八幡の机の上に一通のメールが届いた。

件名。

**「契約締結完了」**

八幡はすぐに内容を確認する。

クラブ間契約。

本人契約。

メディカルチェック。

すべて完了。

最後の一文には、

**『安原翼選手の完全移籍が成立しました。』**

と書かれていた。

八幡は小さく息を吐く。

「……決まったか。」

すぐに会議室へ向かう。

---

会議室。

佐藤、竹内、マルコが待っていた。

八幡は席へ着くと、一枚の書類を机へ置く。

「正式契約です。」

佐藤が書類を見る。

そして。

小さく笑った。

「これで決まりだな。」

竹内も頷く。

「右サイドバックの補強完了か。」

「はい。」

八幡は答えた。

「安原翼。」

「完全移籍です。」

マルコは満足そうに頷いた。

「これで毛利も気が抜けなくなる。」

「競争が始まります。」

八幡はホワイトボードへ向かう。

右サイドバックの欄。

そこへ新しく名前を書き加えた。

**毛利良一**

**安原翼**

「ようやく二人体制です。」

「タイプも違います。」

「守備なら毛利。」

「攻撃なら安原。」

「試合展開によって使い分けられます。」

マルコは笑みを浮かべた。

「私の選択肢も増えた。」

---

午後。

安原がクラブハウスへ到着した。

玄関前。

スーツ姿の安原は少し緊張した表情で一礼する。

「本日からお世話になります。」

「安原翼です。」

「よろしくお願いいたします。」

佐藤が笑顔で握手を交わす。

「ようこそ、エストレヤ千葉へ。」

竹内も続く。

「君を必要としていた。」

「期待しているよ。」

最後に。

八幡が歩み寄る。

「久しぶりです。」

安原は少し驚いたように笑う。

「あの時、練習場で見ていた方ですよね。」

八幡は頷く。

「覚えてましたか。」

「はい。」

「話し掛けられなかったので、スカウトかなとは思っていました。」

八幡は小さく笑う。

「その通りです。」

「今日からよろしくお願いします。」

二人は固く握手を交わした。

---

その後。

クラブスタッフからユニフォームが手渡される。

安原は袋を開ける。

そこに記されていた番号を見て、一瞬目を見開いた。

**29**

「背番号29……。」

スタッフが微笑む。

「クラブが用意した番号です。」

「この番号で戦ってください。」

安原は新しいユニフォームを胸に抱きしめた。

「はい。」

「この番号を誇れるような選手になります。」

---

夕方。

クラブ公式ホームページと公式SNSが同時に更新された。

---

## 【完全移籍加入のお知らせ】

このたび、J3クラブより

**安原翼選手**が完全移籍で加入することとなりましたので、お知らせいたします。

なお、背番号は**29**に決定いたしました。

エストレヤ千葉は安原選手を心より歓迎いたします。

---

投稿から間もなく。

サポーターから次々とコメントが寄せられる。

「右SB補強きた!」

「八幡の補強、本当にピンポイント!」

「毛利との競争が楽しみ!」

「攻撃型SBか!」

「後半戦ますます面白くなりそう!」

こうして。

夏の終わり。

エストレヤ千葉にまた一人、新たな戦力が加わった。

背番号**29**。

安原翼。

右サイドに、新たな競争の風が吹き始めていた。

## 第235話 上村俊の評価

夏の移籍市場が閉幕した。

八月三十一日。

Jリーグ専門誌。

サッカー専門ニュースサイト。

スポーツ新聞。

どの媒体も夏の補強特集を組んでいた。

その中でも最も読まれていたのは――。

---

**『上村俊コラム』**

### 「比企谷八幡が変えたエストレヤ千葉――J2最高評価の夏」

---

私は毎年、全クラブの夏の補強を評価している。

有名選手を獲得したクラブ。

将来性を重視したクラブ。

足りない部分だけを補ったクラブ。

様々だ。

その中で。

今夏、最も完成度が高かったクラブ。

それが。

**エストレヤ千葉。**

私は迷うことなく、そう評価する。

理由は単純だ。

**補強に一切無駄がない。**

---

比企谷八幡というスカウトは、有名だから獲る人間ではない。

元日本代表だから。

海外組だから。

ビッグクラブ所属だから。

そんな理由で選手を獲得しない。

彼が見ているのは。

**「今のチームに足りないものは何か。」**

それだけだ。

だから今回の補強には一本の芯がある。

---

まずセンターバック。

**坂本湊。**

二十一歳。

J1で出場機会には恵まれなかった。

しかし。

能力は疑いようがない。

長谷川。

宇津木。

経験豊富なCBがいる今だからこそ。

育てながら使える。

未来を見据えた補強と言える。

---

次にGK。

**古賀悠斗。**

郷田京の負傷。

この状況で必要だったものは何か。

派手なスーパーセーブではない。

試合を壊さない安定感だった。

足元。

コーチング。

ポジショニング。

どれも高水準。

後半戦を考えれば、この補強は非常に現実的だった。

---

そして。

**笹森正義。**

私が最も驚いた国内補強である。

二十歳。

本職はDMF。

しかし。

両サイドハーフ。

左右サイドバック。

どこでも高いレベルでプレーできる。

しかも両足。

派手ではない。

だからこそ価値が高い。

こういう選手は監督にとって宝物になる。

---

海外補強。

まず一人目。

**塩川康文。**

高校時代。

全国大会なし。

年代別代表なし。

Jクラブからオファーなし。

完全な無名選手だった。

それでも。

十八歳で単身オランダへ渡る。

トライアル。

不合格。

また不合格。

それでも諦めず。

三部。

そして二部まで這い上がった。

普通のクラブなら。

病気の後遺症による視野の狭さだけを見て獲得を見送るだろう。

しかし。

比企谷八幡は違った。

弱点だけを見るのではない。

**その弱点を、本人がどう補っているか。**

そこまで見て評価している。

実際にオランダへ飛び。

試合。

練習。

クラブ関係者。

本人。

すべて確認した。

ここまでやるスカウトは、日本でも数えるほどしかいない。

---

さらに。

**マティアス・ベニテス。**

アルゼンチン二部。

二十三歳。

ゴール前での決定力。

裏への飛び出し。

一瞬の加速。

材木座義輝とは真逆のストライカー。

つまり。

攻撃の選択肢が増える。

私はアルゼンチンの関係者にも話を聞いた。

現場は誰も放出したくなかった。

それほど重要な選手だった。

それでも獲得できた。

比企谷八幡自身が現地へ足を運び。

監督。

スタッフ。

そして本人と直接向き合った結果である。

机上の補強ではない。

現場で勝ち取った補強だった。

---

最後は。

**安原翼。**

これがまた面白い。

右サイドバック。

千葉には毛利良一という若手有望株がいる。

しかし。

本職は一人だけだった。

八幡はそこを見逃さなかった。

しかも。

獲得したのは毛利と同じタイプではない。

攻撃型。

ドリブル。

クロス。

オーバーラップ。

攻撃性能では毛利を上回る。

一方。

守備では毛利が上。

つまり。

競争が生まれる。

戦術の幅も広がる。

これこそ補強の理想形だ。

---

さらに驚いたのは。

補強だけで終わらなかったことだ。

元日本代表候補。

元オリンピックエース。

**小林庄雅。**

大怪我によってストライカーとして苦しみ続けている。

その小林を。

ボランチで試し始めた。

普通なら考えない。

だが。

紅白戦では驚異的なパスカット能力を見せた。

危険察知能力。

ショートパス。

読み。

フィジカルコンタクトやロングパスには課題が残る。

それでも。

新しい可能性を見つけたことは大きい。

選手を獲得するだけが補強ではない。

**今いる選手の価値を引き出すこと。**

それも立派な補強だ。

比企谷八幡は、それを実践している。

---

総合的に見れば。

今夏のエストレヤ千葉は。

センターバック。

ゴールキーパー。

ボランチ。

左サイド。

センターフォワード。

右サイドバック。

必要な場所だけを的確に補強した。

しかも。

全員が違う武器を持っている。

誰一人として役割が被っていない。

ここまで明確な補強方針を持ったクラブは、今年のJ2には存在しなかった。

だから私は。

今年の夏の移籍市場を、こう評価する。

---

### エストレヤ千葉

**補強評価:S**

---

優勝争いができるか。

J1昇格を果たせるか。

それはまだ分からない。

だが、一つだけ断言できる。

**今夏の移籍市場で最も勝者だったクラブは、エストレヤ千葉である。**

そして、その中心にいた男。

比企谷八幡。

彼の仕事は、この夏のJ2で間違いなく最高評価だった。

## 第236話 徹底討論 エストレヤ千葉・夏の補強

九月一日。

午後七時。

千葉県のローカルテレビ局。

毎週放送されているクラブ応援番組。

**『エストレヤ千葉応援宣言』**

今日は放送開始から一時間すべてを使う特別企画だった。

---

**「夏の移籍市場終了! エストレヤ千葉の補強を徹底討論!」**

---

スタジオには三人。

司会者。

元Jリーガーの解説者。

そしてサッカーライター。

大型モニターには新加入選手の写真が並ぶ。

司会者が笑顔で口を開いた。

「皆さんこんばんは。」

「今日は今シーズン最大の特集です。」

「エストレヤ千葉の夏の補強。」

「皆さんどう評価しますか?」

元Jリーガーは迷わなかった。

「かなり高い評価です。」

ライターも頷く。

「私も同じですね。」

「今年のJ2ではトップクラスの補強だったと思います。」

---

司会者が最初の写真を映す。

**坂本湊。**

「まずはセンターバック。」

元Jリーガーが説明する。

「二十一歳。」

「J1では試合に出られませんでした。」

「でも。」

「能力不足ではありません。」

「若い。」

「ビルドアップもできる。」

「長谷川、宇津木という経験豊富なCBがいますから。」

「育てながら使える。」

ライターも続ける。

「将来まで考えた補強ですね。」

---

次は。

**古賀悠斗。**

「郷田選手の負傷は痛かったですよね。」

司会者が話を振る。

「そうですね。」

元Jリーガーが頷く。

「でも。」

「慌てて名前だけのGKを獲らなかった。」

「そこが評価できます。」

「試合を安定させられるGK。」

「今の千葉には必要だった。」

---

画面は。

**笹森正義。**

ライターが笑う。

「この選手。」

「便利という言葉では足りません。」

スタジオが笑う。

「DMF。」

「右SH。」

「左SH。」

「右SB。」

「左SB。」

「全部できる。」

「しかも二十歳。」

元Jリーガーも頷く。

「監督が一番助かるタイプですね。」

---

続いて。

**塩川康文。**

司会者が紹介する。

「オランダ二部から加入した左サイドアタッカーです。」

ライターが資料を見ながら話す。

「この選手。」

「派手ではありません。」

「でも。」

「九十分間。」

「やるべき仕事をやり続けられる。」

「監督は好きでしょうね。」

元Jリーガーも続く。

「森川選手とはタイプが違います。」

「だから。」

「試合ごとに使い分けられる。」

「補強として非常に理想的です。」

---

画面は。

**マティアス・ベニテス。**

司会者が笑顔になる。

「背番号9。」

「ストライカーですね。」

元Jリーガーが映像を見る。

「動き出し。」

「一瞬のスピード。」

「決定力。」

「この三つが武器。」

「材木座選手とは全く違う。」

ライターも頷く。

「だから。」

「相手チームは守り方を変えなければならない。」

「戦術の幅が広がります。」

---

最後は。

**安原翼。**

「この補強はどうでしょう。」

司会者が尋ねる。

元Jリーガーがすぐ答えた。

「面白いですね。」

「毛利選手は守備型。」

「安原選手は攻撃型。」

「どちらも本職の右SB。」

「今まで毛利選手しかいなかったポジションに競争が生まれました。」

ライターも笑う。

「しかも。」

「年齢が二十八歳。」

「経験も十分あります。」

「若手へ刺激を与える存在にもなれます。」

---

司会者がホワイトボードを指差す。

「改めて見ると。」

「今回の補強。」

「GK。」

「CB。」

「DMF。」

「左サイド。」

「FW。」

「右SB。」

「必要な場所ばかりですね。」

元Jリーガーは頷いた。

「そうなんです。」

「有名選手を集めた補強じゃない。」

「チームに足りない部分だけ。」

「そこを埋めている。」

ライターも続ける。

「しかも。」

「同じタイプを獲っていません。」

「全員。」

「既存選手とは違う武器を持っています。」

---

すると司会者が一枚の写真を映した。

そこには。

紅白戦でボランチとしてプレーする小林庄雅。

「これは驚きました。」

「小林選手。」

「ボランチ挑戦です。」

元Jリーガーは映像を見ながら驚く。

「インターセプトが上手い。」

「ストライカー時代の得点感覚が。」

「危険察知能力になっていますね。」

ライターも頷いた。

「ショートパスも悪くない。」

「ロングパスは課題ですが。」

「これは可能性があります。」

「公式戦で一度見てみたいですね。」

---

番組も終盤。

司会者が最後の質問をする。

「今回の補強。」

「何点でしょうか。」

元Jリーガーは少し考えたあと答えた。

「九十五点。」

ライターも笑った。

「私も九十五点ですね。」

「あと五点は。」

「結果を出して初めて満点になります。」

司会者は大きく頷く。

「確かに。」

「補強は成功でも。」

「勝たなければ意味がありません。」

大型モニターには。

新加入六選手の写真が並ぶ。

坂本湊。

古賀悠斗。

笹森正義。

塩川康文。

マティアス・ベニテス。

安原翼。

ナレーションが流れる。

「夏の移籍市場は閉幕。」

「新たな戦力を迎えたエストレヤ千葉。」

「この補強が、J1昇格への大きな一歩となるのか。」

「その答えは、これから始まる後半戦で明らかになる。」

スタジオの拍手とともに、番組はエンディングを迎えた。

## 第237話 リベンジ

九月二日。

エストレヤ千葉クラブハウス。

大会議室。

大型スクリーンには次節の対戦カードが映し出されていた。

---

**J2リーグ 第18節**

**愛媛サザンクロスFC vs エストレヤ千葉**

会場:サザンロードスタジアム

---

選手たちが席に着く。

最前列には。

材木座。

マティアス。

ダニエル。

戸塚。

エミリオ。

森川。

塩川。

川崎。

その後ろには守備陣が並んでいた。

部屋の照明が落ちる。

八幡が前へ立った。

「今日から。」

「愛媛戦の分析を始める。」

リモコンを押す。

スクリーンには。

開幕戦の映像が流れ始めた。

---

前半。

愛媛の先制点。

中盤でボールを失う。

素早い縦パス。

サイドへ展開。

クロス。

失点。

映像が止まる。

八幡が振り返る。

「この失点。」

「何が悪かった。」

誰もすぐには答えない。

数秒後。

戸塚が口を開いた。

「切り替えです。」

「そう。」

八幡は頷いた。

「ボールを失った後。」

「戻りが遅かった。」

映像を巻き戻す。

「ここ。」

レーザーポインターで示す。

「エミリオ。」

「戸塚。」

「この二人が戻るまでに。」

「愛媛は三本でゴール前まで来ている。」

エミリオは静かに頷いた。

「あの時は。」

「間に合わなかった。」

---

次の映像。

後半。

二失点目。

左サイドを突破される。

中央へ折り返し。

シュート。

ゴール。

映像が止まる。

今度はマルコ監督が前へ出る。

「この場面。」

「CBだけの責任ではない。」

長谷川。

宇津木。

二人を見る。

「サイドが突破された時点で。」

「全員が守備へ戻らなければならない。」

葉山。

毛利。

高山。

安原。

全員が真剣に映像を見ていた。

---

八幡が再び前へ出る。

「開幕戦。」

「俺たちは。」

**0対2。**

「完敗だった。」

部屋が静まり返る。

「だが。」

「今の俺たちは。」

「開幕戦とは別のチームだ。」

スクリーンが切り替わる。

新加入選手。

坂本。

古賀。

笹森。

塩川。

マティアス。

安原。

六人の写真が並ぶ。

「戦力は変わった。」

「選択肢も増えた。」

「だから。」

「同じ試合にはならない。」

---

今度は愛媛の直近五試合が映し出される。

八幡が説明する。

「愛媛は。」

「基本は3-5-2。」

「守備時は非常にコンパクト。」

「奪ったら。」

「縦。」

「とにかく速い。」

映像では。

ボールを奪った瞬間。

三人が一斉に前へ走る。

「ここが。」

「最大の武器だ。」

ダニエルが映像を見ながら呟く。

「切り替えが速い。」

「その通り。」

八幡は頷いた。

「だから。」

「失った瞬間。」

「全員で切り替える。」

「誰か一人でも歩けば。」

「やられる。」

---

さらに映像。

セットプレー。

「もう一つ。」

「愛媛は。」

「セットプレーが強い。」

長谷川が頷く。

「高さもある。」

「はい。」

「不用意なファウルは。」

「絶対に避ける。」

---

八幡は最後のスライドを映した。

そこには。

開幕戦終了後のスコア。

**愛媛サザンクロスFC 2-0 エストレヤ千葉**

その下へ。

大きく赤字で。

**『借りを返す。』**

部屋の空気が変わる。

材木座が静かに拳を握る。

「開幕。」

「何もできなかった。」

ダニエルも頷く。

「今回は違う。」

塩川も静かに口を開いた。

「勝ちましょう。」

エミリオが立ち上がる。

「アウェーでも関係ない。」

「勝点3を持って帰る。」

最後に。

マルコ監督が選手全員を見渡した。

「開幕戦は。」

「愛媛の勝利だった。」

「だが。」

「第二ラウンドは。」

「我々が勝つ。」

「そのための準備を。」

「今日から始める。」

選手全員が力強く頷いた。

開幕戦の借りを返す戦いが、いよいよ始まろうとしていた。

第238話 最大の警戒対象

会議室。

照明が落ちる。

大型スクリーンが切り替わった。

八幡はリモコンを置き、静かに口を開く。

「ここからは。」

「愛媛のキープレーヤーを分析する。」

スクリーンに一人の選手が映し出された。

---

**背番号28**

**渡辺一馬**

**19歳**

**5月25日生まれ**

**OMF**

---

部屋が静まり返る。

八幡はプロフィールを表示した。

「J1クラブのユース出身。」

「昨シーズン、ユースで圧倒的な成績を残し、今シーズンからトップチームへ昇格した。」

画面には高校年代最後のプレー集が流れる。

狭いスペースでのボールコントロール。

鋭いスルーパス。

ミドルシュート。

得点シーン。

どれも年代離れしたプレーばかりだった。

「トップ昇格後。」

「クラブは出場機会を最優先に考えた。」

画面が切り替わる。

愛媛サザンクロスFCのユニフォームを着た渡辺。

「今シーズン。」

「育成型期限付き移籍で愛媛へ加入。」

「加入一年目にもかかわらず。」

「すでに攻撃の中心になっている。」

映像が始まる。

中盤でボールを受ける。

相手を背負う。

ターン。

縦パス一本で決定機。

次の場面。

相手二人に囲まれる。

それでもボールを失わない。

ワンタッチで抜け出し、ラストパス。

「……。」

選手たちは食い入るように映像を見る。

八幡が映像を止めた。

「技術。」

「戦術眼。」

「判断速度。」

「すべて高水準。」

さらに別の映像。

相手ボランチが強く当たる。

しかし。

渡辺は体勢を崩さない。

上半身を巧みに使いながらボールを守り、そのまま前を向く。

「フィジカルも強い。」

長谷川が小さく呟く。

「十九歳とは思えないな。」

八幡は首を横に振る。

「筋力だけじゃありません。」

「体の使い方が非常に上手い。」

「接触を利用してプレーできるタイプです。」

画面が再び切り替わる。

年代別日本代表での写真。

U-16。

U-17。

U-18。

U-19。

すべて代表ユニフォームだった。

「各年代別日本代表の常連。」

「協会内では。」

「次のオリンピック世代のエース候補。」

「そう評価されています。」

部屋の空気がさらに引き締まる。

八幡は最後に開幕戦の映像を映した。

**愛媛サザンクロスFC 2-0 エストレヤ千葉**

「覚えているな。」

前半。

渡辺が中盤でボールを受ける。

戸塚が寄せる。

ワンタッチでかわされる。

エミリオがカバーへ入る。

今度はターン一つで前を向かれ、攻撃を加速させる。

別の場面。

エミリオがコースを消す。

渡辺は逆を突くようにパスを選択。

一気にチャンスが生まれる。

映像が止まった。

戸塚は苦笑いした。

「開幕戦は……完全にやられました。」

エミリオも静かに頷く。

「俺も止められなかった。」

八幡はホワイトボードへ歩く。

中央に大きく書く。

**渡辺 一馬**

その名前を赤丸で囲んだ。

「愛媛を止める。」

「それは。」

「この選手を自由にさせないことだ。」

「十九歳だからと油断するな。」

「能力だけなら。」

「J1でも十分通用する。」

「今回の試合。」

「最大の警戒対象は――渡辺一馬だ。」

会議室には緊張した空気が流れる。

開幕戦でエストレヤ千葉の中盤を翻弄した若き司令塔。

リベンジを果たすためには、まずこの天才を封じ込めなければならなかった。

## 第239話 愛媛の番人

会議室。

大型スクリーンが切り替わる。

八幡は静かに口を開いた。

「二人目。」

「愛媛守備陣の中心だ。」

画面に一人の選手が映し出される。

---

**背番号6**

**天野竜二**

**29歳**

**11月23日生まれ**

**CB**

**キャプテン**

---

部屋が静まり返る。

八幡はプロフィールを表示した。

「元日本代表。」

「A代表三試合出場。」

「J1クラブでプロデビュー。」

画面には若き日の天野が映る。

激しいフィジカルコンタクト。

空中戦。

力強い守備。

「二十三歳で海外移籍。」

映像が海外リーグへ変わる。

一年目。

レギュラーを獲得。

その活躍が評価され、日本代表にも初選出された。

「しかし。」

「二年目以降。」

「監督交代。」

「戦術変更。」

「出場機会を失う。」

映像が止まる。

「二十七歳。」

「愛媛サザンクロスFCへ加入。」

「加入初年度から守備の柱。」

「現在はキャプテン。」

「愛媛守備陣の象徴とも言える存在だ。」

---

次の映像。

相手FWへロングボールが入る。

ポストプレーを狙う。

だが。

天野は体をぶつける。

ボールを収めさせない。

さらに別の場面。

クロス。

ヘディングで跳ね返す。

また次の場面。

コーナーキック。

相手FWとの競り合い。

完勝。

八幡が映像を止めた。

「最大の武器は。」

「フィジカル。」

「空中戦。」

「ポストプレーヤー封じ。」

「この三つ。」

材木座は画面を見つめたままだった。

八幡はリモコンを押す。

スクリーンには。

**開幕戦**

愛媛サザンクロスFC 2―0 エストレヤ千葉

の映像が映し出される。

前半。

郷田から材木座へロングボール。

天野が競り勝つ。

ルーズボールも愛媛。

またロングボール。

今度も天野。

完勝。

さらに。

足元で受けようとした材木座。

背中から強く当たられ、ボールを失う。

映像が何度も繰り返される。

部屋は静まり返っていた。

八幡がゆっくり口を開く。

「開幕戦。」

「材木座。」

「何回ボールを収められた。」

材木座は苦笑しながら首を横に振る。

「……ほとんど。」

「無理でした。」

「完敗です。」

八幡は頷く。

「そう。」

「完敗だった。」

スクリーンにはデータが映る。

**材木座義輝**

空中戦勝率 18%

ポストプレー成功 2回

ボールロスト 16回

元Jリーガーでも驚くような数字だった。

「攻撃が作れなかった最大の理由。」

八幡はレーザーポインターで天野を指した。

「この男だ。」

「材木座が前で収められない。」

「二列目が押し上げられない。」

「結果。」

「攻撃が全部途切れた。」

エミリオも静かに頷いた。

「前線が孤立してた。」

「その通り。」

八幡は続ける。

「天野は。」

「ポストプレーヤー相手なら。」

「J2でもトップクラス。」

「真正面から勝負して勝てる相手じゃない。」

材木座は真剣な表情で画面を見つめる。

「今回は。」

「同じことは繰り返さない。」

八幡は頷いた。

「だから。」

「今回は攻め方を変える。」

スクリーンが切り替わる。

今度は。

相手FWが裏へ抜ける映像。

天野は追う。

しかし追いつけない。

「弱点は。」

「俊敏性。」

「裏への対応。」

「スピード勝負。」

マティアスへ視線を向ける。

「お前の仕事だ。」

マティアスは力強く頷いた。

「はい。」

「裏を狙います。」

「ただし。」

八幡は釘を刺す。

「体をぶつけるな。」

「正面勝負もするな。」

「勝てない。」

「勝負するなら。」

「一歩目。」

「動き出し。」

「そこだけだ。」

マティアスはメモへ大きく書き込んだ。

---

最後の映像。

第七節。

天野が負傷し、ピッチへ倒れ込む。

その後。

順位表が表示された。

**第6節終了時 2位**

↓

**第17節終了時 5位**

失点数も大きく増えている。

「天野が離脱してから。」

「愛媛の守備は崩れた。」

「つまり。」

「この男が。」

「愛媛守備陣そのものだ。」

八幡はホワイトボードへ歩き、

**天野竜二**

の名前を赤く囲んだ。

その隣には、

**渡辺一馬**

の名前。

「愛媛を攻略する鍵は。」

「渡辺を自由にさせないこと。」

「そして。」

「天野をどう攻略するか。」

「この二つ。」

「開幕戦とは。」

「まったく違う戦いをする。」

八幡の言葉に、選手たちは静かに頷いた。

あの日、何もさせてもらえなかった悔しさを胸に。

エストレヤ千葉は、リベンジへの準備を着実に進めていた。

## 第240話 新戦力と新たな脅威

会議室。

大型スクリーンに最後の注目選手が映し出される。

---

**背番号19**

**桐生総悟**

**23歳**

**6月8日生まれ**

**LSH**

**左利き(右足も使用可能)**

---

八幡はリモコンを手に取り、静かに説明を始めた。

「最後。」

「愛媛の左サイドだ。」

映像が流れる。

左サイドでボールを受ける桐生。

細かなタッチで相手の間合いを狂わせる。

止まるように見せて加速。

加速すると見せて切り返す。

独特のリズムに、相手DFは足を止められてしまう。

そのまま縦へ突破。

鋭いクロス。

決定機。

続く映像では、中へ切れ込む。

左足を警戒させながら、今度は右足へ持ち替える。

タイミングを外されたDFは対応が遅れ、そのままシュートまで持ち込まれる。

映像が止まった。

「今シーズン。」

「大学卒業後に加入したルーキー。」

「開幕戦では出場していない。」

画面が切り替わる。

第3節。

途中出場。

第5節。

スタメン。

第8節以降。

レギュラー定着。

「試合を重ねるごとに評価を上げた。」

「今では愛媛に欠かせない左サイドだ。」

---

葉山が映像を見つめながら呟く。

「リズムが独特ですね。」

「そうだ。」

八幡は頷く。

「スピードだけじゃない。」

「相手の重心を動かすのが上手い。」

さらに映像。

ボールを持っていない桐生。

一歩下がる。

DFがついてくる。

その瞬間、背後へ抜ける。

縦パス一本。

フリーで受ける。

「マークを外す技術も高い。」

「ボールを持つ前から勝負が始まっている。」

---

八幡は右サイドの選手たちへ視線を向けた。

毛利。

安原。

黒崎。

「この試合。」

「桐生と多くマッチアップするのは、お前たちだ。」

三人が真剣な表情で頷く。

八幡は映像を止めた。

「飛び込むな。」

「リズムに合わせるな。」

「一対一で奪いに行くな。」

マルコ監督も前へ出る。

「桐生は。」

「一対一を望んでいる。」

「だから。」

「簡単にその状況を作るな。」

八幡はホワイトボードへ歩く。

右サイドの守備エリアを示しながら説明する。

「毛利。」

「お前なら無理に奪わなくていい。」

「縦を切って時間を作れ。」

毛利は力強く頷く。

「はい。」

「安原。」

「お前は攻撃が武器だ。」

「だが、この試合は守備の集中力を切らすな。」

「攻め急いで背後を空けるな。」

「分かりました。」

安原も真剣な表情で答える。

「黒崎。」

「途中から入る可能性もある。」

「同じだ。」

「相手のリズムに飲まれるな。」

「はい!」

---

最後に八幡はホワイトボードへ三つの名前を書いた。

**渡辺一馬**

**天野竜二**

**桐生総悟**

「愛媛はこの三人が攻守の中心だ。」

「渡辺が攻撃を組み立てる。」

「桐生が左サイドから崩す。」

「天野が最後にはね返す。」

八幡は選手全員を見渡した。

「開幕戦とは違う。」

「今の俺たちは、あの時より強い。」

「だから。」

「借りを返しに行く。」

会議室に緊張感が漂う。

選手たちは静かに立ち上がり、アウェー・愛媛戦へ向けた実戦練習へと向かっていった。