第241話〜第260話
第241話〜第260話
第241話 警戒する相手
同時刻。
愛媛サザンクロスFC。
ミーティングルーム。
大型スクリーンにはエストレヤ千葉の試合映像が映し出されていた。
愛媛の監督が選手たちを見渡す。
「開幕戦。」
「俺たちは2-0で勝った。」
スクリーンには開幕戦の映像。
天野竜二が材木座義輝を封じる。
渡辺一馬が中盤を支配する。
そして試合終了のホイッスル。
「だが。」
監督はリモコンを置いた。
「今の千葉は。」
「あの時とは別のチームだ。」
部屋が静まり返る。
キャプテンの天野が口を開く。
「連係がかなり良くなっています。」
「特に攻撃ですね。」
「その通り。」
監督は頷いた。
スクリーンが切り替わる。
そこには第6節以降の試合データと、プレーシーンが映し出される。
ホワイトボードに一人の名前を書く。
**14 ダニエル・ロドリゲス(OMF)**
「第6節前。」
「この男が加入してから。」
「千葉の攻撃は別物になった。」
「残念ながら。」
「海外からの加入だったため、詳細な映像やデータはまだ十分には集まっていない。」
「だが。」
「試合映像だけでも分かることがある。」
画面には試合のワンシーン。
ダニエルがトップ下でボールを受ける。
ワンタッチで前を向く。
味方へ預ける。
すぐに空いたスペースへ移動。
再びボールを受ける。
攻撃が止まらない。
「トップ下として。」
「ボールを受ける位置が非常にいい。」
渡辺が映像を見つめる。
「常に空いている場所へ動いていますね。」
「そうだ。」
監督は頷く。
「しかも。」
「判断が速い。」
「一人で打開するというより。」
「周りを生かして攻撃全体を動かしている。」
さらに別の試合。
ダニエルが中央でボールを引き出す。
相手ボランチが食い付く。
その瞬間。
サイドへ展開。
決定機。
「開幕戦の千葉は。」
「材木座へ当てる攻撃が多かった。」
「だから。」
「天野が抑えれば攻撃も止まった。」
天野は静かに頷く。
「正直。」
「あの試合は守りやすかったです。」
監督は続ける。
「しかし。」
「今は違う。」
「ダニエルというトップ下が入ったことで。」
「攻撃の組み立てが格段に良くなった。」
ホワイトボードに現在分かっている攻撃陣を書く。
**OMF ダニエル・ロドリゲス**
**LSH 森川佑**
**RSH 川崎大志**
**CF 材木座義輝**
監督は続けた。
「さらに。」
「夏の補強で。」
「塩川。」
「マティアス。」
「その他数名が加わった。」
「ただ。」
「まだ公式戦の映像もデータもほとんどない。」
「だから。」
「今回は予測も含めて準備するしかない。」
部屋の空気が引き締まる。
桐生総悟が口を開いた。
「未知数ってことですね。」
「そういうことだ。」
監督は頷いた。
「分からない相手ほど怖い。」
「だからこそ。」
「今分かっていることだけは絶対に抑える。」
赤いペンで。
**ダニエル・ロドリゲス**
その名前を大きく囲む。
「このトップ下。」
「ここを自由にすると。」
「千葉の攻撃は勢いに乗る。」
「開幕戦とは違う。」
「俺たちも。」
「開幕戦以上の準備をして臨む。」
愛媛の選手たちは真剣な表情で頷いた。
勝った相手だからこそ油断はない。
進化したエストレヤ千葉は、愛媛にとっても警戒すべき存在へと変わっていた。
## 第242話 リベンジの舞台
九月六日。
午後六時。
愛媛県。
サザンロードスタジアム**。**
夕暮れの空の下、多くのサポーターがスタジアムへ集まっていた。
アウェーゴール裏には、エストレヤ千葉サポーターも数多く駆け付けている。
「今日は借りを返そう!」
「開幕戦とは違うぞ!」
青と金のユニフォームが風になびいていた。
---
試合開始一時間前。
場内アナウンスが流れる。
「それでは、本日のスターティングメンバーをご紹介します!」
大型ビジョンに千葉のメンバーが映し出された。
---
### GK
**21 玉縄幸三**
---
### DF
**29 安原翼**
**2 坂本湊**
**5 宇津木健太**
**24 高山俊樹**
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### MF
**18 戸塚彩加**
**7 エミリオ・アルバレス**
**8 塩川康文**
**19 川崎大志**
**14 ダニエル・ロドリゲス**
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### FW
**9 マティアス・ベニテス**
---
スタジアムがざわつく。
「また新加入が四人スタメンか。」
「思い切ったな。」
「マティアスって初スタメンだろ?」
「安原も楽しみだ。」
「坂本も出るのか。」
愛媛サポーターも大型ビジョンを見つめていた。
---
続いてベンチメンバー。
### GK
**1 郷田京**
「郷田、戻ってきたのか!」
「怪我から復帰か。」
---
### DF
**6 毛利良一**
**34 黒崎隼吾**
---
### MF
**10 森川佑**
**3 笹森正義**
**20 戸部翔**
---
### FW
**11 材木座義輝**
**16 栗林宰三**
---
実況席でも驚きの声が上がる。
「葉山隼人選手と長谷川智樹選手がベンチ外ですね。」
解説者が資料を確認する。
「クラブ発表ではコンディション不良とのことです。」
「無理をさせず、万全を優先したのでしょう。」
実況が続ける。
「代わって夏加入の坂本選手、安原選手、塩川選手、そしてマティアス選手が先発です。」
「夏の補強組を積極的に起用してきました。」
解説者も頷く。
「開幕戦とはまったく違うメンバーですね。」
「比企谷八幡強化部の補強が、そのままスタメンに反映されています。」
---
ピッチでは選手たちがウォーミングアップを開始する。
マティアスはゴール前でシュートを繰り返す。
ダニエルは軽快にボールを回しながら周囲へ声を掛ける。
塩川は何本もスプリントを繰り返し、安原は高精度のクロスをゴール前へ送り続けていた。
一方の愛媛も負けてはいない。
キャプテン・天野竜二は守備陣を集め、何度も声を掛ける。
渡辺一馬はボールタッチを確認しながら静かに集中を高める。
桐生総悟は左サイドで鋭いドリブルを繰り返していた。
開幕戦では2-0。
愛媛が完勝したカード。
しかし、あの日とは両チームとも姿が違う。
新戦力を加えたエストレヤ千葉。
迎え撃つ愛媛サザンクロスFC。
リベンジマッチの幕が、いよいよ上がろうとしていた。
## 第243話 新戦力の力
午後七時。
主審が両チームを確認する。
「ピーーーッ!」
試合開始のホイッスルが鳴り響いた。
愛媛のキックオフ。
渡辺一馬からボールが下げられる。
愛媛はいつも通り、焦らずボールを回す。
しかし――。
「行くぞ!」
ダニエルが一気に前へ出る。
マティアスも連動してCBへプレッシャー。
塩川と川崎も一斉にサイドを閉じる。
実況が驚く。
「千葉、立ち上がりから前へ出ました!」
解説も頷く。
「開幕戦とは全く違う入り方ですね。」
「前線からしっかりプレッシャーを掛けています。」
---
愛媛CBから縦パス。
渡辺へ。
その瞬間。
戸塚が寄せる。
渡辺はワンタッチでかわそうとする。
しかし。
そのコースを読んでいた男がいた。
坂本湊。
スッ。
一歩前へ出る。
インターセプト。
「おおっ!」
実況が思わず声を上げる。
「坂本!」
「読み切りました!」
坂本は慌てない。
そのままダニエルへ正確な縦パス。
ダニエルはワンタッチで右へ展開。
川崎。
さらに中央。
エミリオ。
わずか数本のパスで相手陣内へ侵入する。
解説が感心する。
「坂本選手。」
「判断が早いですね。」
「無理に前へ出たわけではありません。」
「渡辺選手の狙いを読んでいました。」
---
五分。
愛媛の攻撃。
桐生総悟が左サイドでボールを受ける。
対するのは。
安原翼。
桐生が細かなタッチで揺さぶる。
縦か。
中か。
独特のリズム。
しかし。
安原は飛び込まない。
距離を保つ。
桐生が縦へ仕掛ける。
その瞬間。
安原が身体を入れる。
ボールを奪う。
そのまま前へ運ぶ。
「速い!」
一気に右サイドを駆け上がる。
オーバーラップ。
川崎とのワンツー。
さらに前へ。
ペナルティーエリア付近まで侵入した。
右足。
鋭いクロス。
ファーサイド。
マティアスが飛び込む。
しかし。
わずかに天野が先に触る。
CK。
実況が興奮する。
「安原!」
「攻撃参加が素晴らしい!」
解説も笑う。
「これが安原選手の武器です。」
「守備だけではありません。」
「攻撃の起点にもなれます。」
---
十分。
左サイド。
塩川がボールを受ける。
愛媛右SBが寄せる。
塩川は無理に勝負しない。
一度戸塚へ戻す。
すぐに走り直す。
再び受ける。
今度はダニエルとのワンツー。
相手を一人外す。
左足ではなく。
右足でクロス。
精度の高いボールがゴール前へ吸い込まれる。
マティアス。
あと一歩。
惜しくもGKがキャッチした。
実況席。
「塩川!」
「右利きならではのクロスですね!」
解説も頷く。
「状況判断がいい。」
「無理にドリブルへ行かない。」
「味方を使いながら前進しています。」
「非常に戦術理解度が高いですね。」
---
十五分。
ダニエルが中央で前を向く。
天野がラインを上げる。
その一瞬だった。
マティアスが動く。
CBとSBの間。
絶妙なタイミング。
裏へ飛び出す。
「出た!」
ダニエルのスルーパス。
一本。
マティアスが抜け出す。
右足でトラップ。
そのままシュート体勢。
しかし。
副審の旗が上がる。
オフサイド。
マティアスは悔しそうに空を見上げた。
実況が息をつく。
「惜しい!」
「あと半歩でした!」
解説は頷く。
「それでも。」
「天野選手に競り合っていません。」
「裏だけを狙っています。」
「試合前の分析通りですね。」
「マティアス選手の最大の武器。」
「一瞬の加速。」
「相手DFとの駆け引き。」
「すでに愛媛守備陣へプレッシャーを与えています。」
開幕戦とは違う。
新加入選手たちが、それぞれの持ち味を発揮し始めていた。
## 第244話 激化するサイドの攻防
前半十七分。
試合は0―0。
立ち上がりはエストレヤ千葉が主導権を握っていた。
しかし、時間が経つにつれて試合の様相が変わり始める。
その中心にいたのは――。
愛媛左サイドの桐生総悟。
そして、千葉右サイドバックの安原翼だった。
---
愛媛ボール。
渡辺一馬から左サイドへ展開。
桐生がボールを受ける。
真正面には安原。
桐生が細かいタッチで揺さぶる。
止まる。
加速する。
また止まる。
独特のリズム。
安原は懸命についていく。
しかし。
徐々にタイミングを外され始めていた。
「くっ……!」
桐生は縦へ突破。
安原も必死に追い掛ける。
最後は宇津木がカバーへ入り、クロスをブロック。
実況が声を上げる。
「桐生選手!」
「だんだんリズムを掴んできました!」
解説も頷く。
「安原選手も対応しています。」
「ですが、一対一の回数が増えるほど、桐生選手のリズムに合わせるのが難しくなっています。」
---
しかし。
その直後だった。
千葉ボール。
右サイド。
川崎から安原へ。
安原は一気に前へ加速する。
オーバーラップ。
桐生が追う。
「速い!」
安原はそのままドリブル。
一気に縦へ運ぶ。
桐生も懸命についていく。
だが。
安原の運動量とタイミングの良いオーバーラップに、徐々についていけなくなる。
安原は右足でクロス。
天野がヘディングでクリアする。
実況が興奮する。
「今度は安原!」
「素晴らしい攻撃参加です!」
解説も笑みを浮かべる。
「桐生選手も守備を頑張っています。」
「ですが。」
「安原選手の攻撃参加を九十分止め続けるのは簡単ではありません。」
---
前半十九分。
再び桐生。
今度は中へ切れ込む。
安原もついていく。
戸塚がカバー。
何とか防ぐ。
その数十秒後。
今度は千葉の攻撃。
安原が再び右サイドを駆け上がる。
桐生も全力で戻る。
しかし。
安原のスプリントに少し遅れる。
川崎からスルーパス。
安原が追いつく。
クロス。
惜しくもGKがキャッチ。
ベンチ前。
マルコ監督が小さく笑った。
「面白い。」
八幡も頷く。
「あの二人。」
「お互いの攻撃には対応しきれなくなっています。」
マルコはピッチを見つめたまま答える。
「ああ。」
「桐生は攻撃では安原を揺さぶれる。」
「だが。」
「安原の攻撃参加にはついていけない。」
八幡も続ける。
「逆に。」
「安原は攻撃では優位に立てる。」
「ただ。」
「守備では桐生を完全には止め切れていません。」
二人は同時に頷いた。
右サイド。
左サイド。
互いの長所がぶつかり合う。
攻めれば相手を苦しめる。
しかし守れば苦しめられる。
そんなハイレベルな攻防が、試合の流れを大きく左右し始めていた。
## 第245話 掴めないリズム
前半二十二分。
試合は依然として0―0。
サイドでは。
安原翼と桐生総悟が互いに攻め合う展開となっていた。
そして。
もう一つの勝負も激しさを増していた。
中盤。
渡辺一馬。
対するは。
戸塚彩加。
---
愛媛ボール。
天野から渡辺へ。
戸塚が距離を詰める。
「ここだ。」
そう判断した瞬間だった。
渡辺はワンタッチ。
横へ流す。
戸塚はすぐに反転する。
しかし。
その時には渡辺はもう別のスペースへ動き出していた。
エミリオがカバーへ入る。
渡辺はダイレクトで前線へ展開。
攻撃が止まらない。
実況が声を上げる。
「渡辺選手!」
「また良い位置でボールを受けました!」
---
次の場面。
戸塚が先回りする。
「今度こそ。」
しかし。
渡辺はボールを受ける直前に速度を落とす。
戸塚が寄せる。
その一歩を見て。
今度はターン。
逆方向へ抜ける。
「……!」
戸塚は再び後手に回る。
渡辺は落ち着いて味方へパス。
攻撃は継続される。
---
実況。
「戸塚選手がなかなか捕まえられません!」
解説も頷いた。
「守備の技術が低いわけではありません。」
「むしろ戸塚選手はJ2でも屈指の守備職人です。」
「ですが。」
「渡辺選手のリズムが独特なんです。」
「寄せるタイミング。」
「受ける位置。」
「動き直し。」
「全部が読みにくい。」
---
前半二十五分。
また渡辺が中央で受ける。
今度は戸塚が身体を寄せる。
それでも。
渡辺は倒れない。
身体を預けるように使いながらボールを守る。
ワンタッチでエミリオの逆を取り、前を向く。
「ナイスカバー!」
宇津木が前へ出て進路を塞ぐ。
渡辺は無理をせずサイドへ展開。
愛媛の攻撃は続く。
---
プレーが切れた。
戸塚は一度深く息を吐く。
「……。」
エミリオが近付いた。
「どうだ。」
戸塚は苦笑した。
「やっぱり。」
「掴めない。」
「開幕戦もそうだった。」
「タイミングが全部ずれる。」
エミリオも頷く。
「あいつ。」
「ボールを持つ技術だけじゃない。」
「動き出しが厄介だ。」
戸塚は静かに渡辺を見る。
「守備の読みで勝負してきた。」
「でも。」
「渡辺には、その読みが一歩遅れる。」
「常に後手になる。」
---
ベンチ。
マルコ監督が腕を組む。
「戸塚でも難しいか。」
八幡は目を離さない。
「ええ。」
「戸塚は守備職人です。」
「普通のトップ下なら封じられます。」
「でも。」
「渡辺は普通じゃありません。」
八幡は静かに続けた。
「開幕戦も。」
「今回も。」
「戸塚は後手に回っています。」
「一対一で解決しようとすると、渡辺のリズムにはまる。」
マルコは頷いた。
「対応を変える必要があるな。」
「はい。」
八幡も静かに答えた。
「戸塚一人に任せる時間が長すぎます。」
「次は。」
「チーム全体で渡辺を消します。」
その言葉とともに、八幡はベンチ前へ歩き出した。
試合は少しずつ、次の局面へ入り始めていた。
## 第246話 修正
前半二十八分。
試合は0―0。
愛媛ボール。
渡辺一馬がまた中盤で顔を出す。
戸塚が付く。
しかし。
今度は無理に飛び込まなかった。
距離を保つ。
渡辺も前を向けない。
その瞬間だった。
横から。
「今!」
エミリオ・アルバレス。
二人で挟み込む。
渡辺はすぐに後ろへ下げるしかなかった。
実況が声を上げる。
「おっと!」
「今度は二人で対応しました!」
解説も頷く。
「これですね。」
「戸塚選手一人ではなく。」
「エミリオ選手も寄せています。」
「渡辺選手へ前を向かせない狙いでしょう。」
---
愛媛はもう一度組み立て直す。
今度は右サイド。
クロス。
坂本湊が冷静に落下点へ入る。
相手FWより先に身体を入れる。
ヘディング。
クリア。
ボールは川崎へ。
「切り替え!」
ダニエルが叫ぶ。
川崎が右サイドへ展開。
安原が一気に駆け上がる。
桐生も戻る。
二人が全力で走る。
また同じ勝負。
安原はワンタッチで川崎へ預ける。
すぐに外を回る。
川崎がヒール。
安原が受ける。
クロス。
低く速いボール。
マティアスがニアへ飛び込む。
天野が身体を投げ出す。
ギリギリでクリア。
「惜しい!」
実況が立ち上がる。
「あと半歩!」
解説も興奮していた。
「安原選手。」
「攻撃参加の質が高いですね。」
「川崎選手との連係も非常にいい。」
---
三十分。
愛媛も反撃。
渡辺が中盤で受ける。
今度は戸塚が追わない。
エミリオが前へ出る。
渡辺が横へ逃げる。
そこへ戸塚。
二人で挟む。
渡辺は苦笑いしながら後方へ戻した。
初めて。
愛媛の攻撃が完全に止まる。
実況席。
「止めました!」
「ようやく渡辺選手を前へ向かせませんでした!」
解説も納得したように頷く。
「対応を修正しましたね。」
「一対一ではなく。」
「二人で見る。」
「これなら渡辺選手も簡単にはリズムを作れません。」
---
ベンチ。
マルコ監督が八幡を見る。
「当たりだ。」
八幡は小さく頷いた。
「戸塚一人ではなく。」
「エミリオも使う。」
「これなら。」
「渡辺も自由にはできません。」
マルコは笑う。
「試合中に修正できる。」
「それが今の千葉だ。」
八幡は静かにピッチを見つめる。
「まだ終わっていません。」
「向こうも必ず修正してきます。」
その視線の先では。
渡辺一馬もまた、何かを考えるように千葉の中盤を見つめていた。
互いに探り合い、修正を繰り返す。
試合は、戦術戦の色をさらに濃くしていくのだった。
## 第247話 二人で一人
前半三十二分。
試合は0―0。
愛媛ボール。
渡辺一馬が中盤へ下りてくる。
エミリオが前へ出る。
すると。
戸塚は無理に飛び込まない。
少し距離を置きながら、渡辺の次の動きを読む。
渡辺はエミリオをかわそうとターン。
その瞬間。
「今だ!」
戸塚が横から寄せる。
二人に挟まれた渡辺は前を向けない。
やむなくバックパス。
実況が声を上げた。
「また止めました!」
「今度は完全に二人で囲みました!」
---
プレーが切れたタイミング。
実況が解説へ問い掛ける。
「前半の途中から。」
「渡辺選手が前を向く回数が減っていますね。」
解説は頷いた。
「理由があります。」
モニターには開幕戦の映像が映し出される。
「開幕戦。」
「戸塚選手とエミリオ選手は、それぞれが個別に渡辺選手へ対応していました。」
映像では。
戸塚が寄せる。
かわされる。
次はエミリオが一人で寄せる。
また前を向かれる。
「一人目を外せば。」
「もう一人も個別対応。」
「渡辺選手からすれば、一対一を二回続けるだけでした。」
映像が切り替わる。
今日の試合。
エミリオが寄せる。
渡辺がターン。
そこへ戸塚。
逃げ道を塞ぐ。
「ですが今日は違います。」
「二人が完全に連動しています。」
「一人が寄せる。」
「もう一人が逃げ道を消す。」
「渡辺選手へ、一対一を作らせていません。」
実況も納得する。
「だから。」
「前を向けなくなっているんですね。」
「そうです。」
「開幕戦の反省を、そのまま生かしています。」
---
ベンチ。
マルコ監督が腕を組む。
「ようやく形になってきた。」
八幡も静かに頷く。
「あの二人ならできます。」
「戸塚は読み。」
「エミリオは対人。」
「別々に守るより。」
「連動した方が力を発揮します。」
マルコは笑った。
「開幕戦では。」
「それができなかった。」
「はい。」
八幡は視線を渡辺から外さない。
「あの時は。」
「二人とも、それぞれが止めようとしていました。」
「だから渡辺のリズムにはまった。」
「今回は違います。」
「二人で一人。」
「それが今回の守り方です。」
---
ピッチでは。
再び渡辺がボールを受ける。
前にはエミリオ。
背後には戸塚。
左右のパスコースも限定される。
渡辺は一瞬考えたあと、安全な横パスを選択した。
愛媛の攻撃は組み立て直しとなる。
開幕戦では翻弄され続けた二人。
しかし今回は、その経験を糧に連動した守備で愛媛の司令塔を少しずつ封じ始めていた。
## 第248話 消えていた男
前半四十四分。
試合は依然として0―0。
互いに決定機を作りながらも、最後の一線は破れない。
実況も口にする。
「ここまで塩川選手は、そこまで目立っていませんね。」
解説は首を横に振った。
「いえ。」
「目立っていないのではありません。」
「**目立たないようにプレーしています。**」
実況が驚く。
「どういうことでしょう。」
「塩川選手は。」
「ボールを受けるためだけに動く選手ではありません。」
「相手SBやボランチの視界から消え続けている。」
「ずっと。」
「一瞬のチャンスを待っています。」
---
愛媛ボール。
渡辺から右サイドへ展開。
クロス。
宇津木がヘディングでクリア。
ボールはエミリオへ。
「ダニエル!」
エミリオは迷わず中央へ預ける。
ダニエルがワンタッチで前を向く。
その瞬間だった。
左サイド。
今まで静かだった塩川が突然スプリントを開始する。
「行った!」
ダニエルは迷わない。
左へ展開。
塩川がフリーで受ける。
愛媛右SBが慌てて寄せる。
しかし。
塩川は勝負を急がない。
一度だけボールを止める。
相手DFの重心が止まる。
次の瞬間。
鋭く中央へ切れ込む。
「うまい!」
実況が叫ぶ。
右足でボールを運ぶ。
ボランチが飛び出す。
塩川はさらにワンタッチ。
その視線はゴールではなかった。
「マティアス!」
CB天野の背後。
ほんのわずかな隙。
そこへ一本のスルーパス。
完璧だった。
「抜けた!」
マティアス・ベニテス。
一瞬の加速。
天野より半歩早く抜け出す。
GKが飛び出す。
マティアスは慌てない。
右足を振り抜く。
低く。
ゴール右隅へ。
**ゴール!!**
実況が立ち上がる。
「決まったぁぁぁぁ!!」
「マティアス・ベニテス!」
「来日初ゴール!!」
アウェーゴール裏が大爆発する。
「うおおおおーーー!!」
「マティアス!!」
「最高だーーー!!」
塩川も拳を握る。
マティアスは真っ先に塩川のもとへ駆け寄った。
「ナイスパス!」
「最高の動きだった!」
二人は固く抱き合う。
ダニエル、川崎、戸塚、エミリオも次々と駆け寄る。
ベンチでは。
八幡が静かに拳を握った。
「狙い通りです。」
マルコ監督も笑みを浮かべる。
「塩川が。」
「ずっと影を消していた。」
八幡は頷く。
「守備に追われながらも。」
「相手の視界から消え続けた。」
「そして。」
「一度のチャンスを逃さなかった。」
実況も興奮したまま話す。
「塩川選手の判断。」
「そしてマティアス選手の飛び出し。」
「完璧なカウンターでした!」
解説も力強く頷く。
「これが新加入コンビです。」
「塩川の冷静な判断。」
「マティアスの裏への飛び出し。」
「千葉が求めていた形、そのものでした。」
電光掲示板が書き換わる。
**前半44分**
**愛媛サザンクロスFC 0-1 エストレヤ千葉**
開幕戦では奪えなかった先制点。
その一撃を決めたのは、夏に加入した新たなストライカーだった。
## 第249話 理想的な前半
前半四十五分。
先制点を奪われた愛媛は、すぐさま反撃に出る。
「前へ!」
渡辺一馬がボールを引き出す。
桐生総悟も左サイドを駆け上がる。
愛媛は前半終了前に追いつこうと、一気に攻勢を強めた。
---
前半アディショナルタイム。
二分。
渡辺が中央で前を向く。
「桐生!」
左サイドへ展開。
桐生は安原と一対一。
縦へ見せる。
中へ切り返す。
しかし。
安原も最後まで身体を寄せる。
シュートコースは作らせない。
桐生はクロスを選択。
そのボールへ。
天野までもが前線へ上がる。
「クリア!」
宇津木が力強く跳ね返す。
セカンドボール。
エミリオ。
すぐに戸塚へ。
戸塚は無理をせず後方へ戻す。
「落ち着け!」
玉縄の声が響く。
千葉は慌てない。
時計を進めるようにボールを回した。
---
「ピーーーッ!」
主審が笛を吹く。
前半終了。
スコアは動かない。
**愛媛サザンクロスFC 0-1 エストレヤ千葉**
---
アウェーゴール裏から大きな拍手が送られる。
「ナイス!」
「最高の前半!」
「あと四十五分!」
選手たちは互いにハイタッチを交わしながらベンチへ引き上げた。
---
実況が前半を振り返る。
「前半終了!」
「エストレヤ千葉が1点をリードして折り返します!」
解説も頷く。
「開幕戦とはまったく違う内容ですね。」
「まず守備。」
「戸塚選手とエミリオ選手が連動して渡辺選手を自由にさせませんでした。」
「そして攻撃。」
「右では安原選手。」
「左では塩川選手。」
「両サイドから何度もチャンスを作りました。」
実況が続ける。
「そして決勝点は。」
「塩川選手の見事な中央への切れ込みから。」
「マティアス・ベニテス選手の来日初ゴールでした。」
「夏の新加入選手が結果を残しましたね。」
「その通りです。」
解説は資料を閉じる。
「坂本選手は冷静な守備とビルドアップ。」
「安原選手は攻守で存在感。」
「塩川選手は決定的なアシスト。」
「マティアス選手は一瞬の動きでゴール。」
「新加入選手たちが期待通りの働きを見せています。」
---
一方、愛媛控室。
監督はホワイトボードを見つめながら静かに言った。
「まだ終わっていない。」
「後半。」
「必ず流れを変える。」
選手たちも力強く頷く。
対する千葉ベンチでは、マルコ監督と八幡がすでに後半への修正点を確認していた。
前半はエストレヤ千葉の狙い通り。
しかし、勝負を決めるには、あと四十五分を戦い抜かなければならなかった。
## 第250話 ハーフタイム、それぞれの思い
ハーフタイム。
スタジアムは熱気に包まれていた。
スコアボードには大きく表示されている。
**愛媛サザンクロスFC 0-1 エストレヤ千葉**
開幕戦とは逆の展開。
アウェーゴール裏では、千葉サポーターの歓声が鳴り止まなかった。
---
「最高だ!」
「これだよ、このサッカー!」
「開幕戦の借りを返してる!」
「新加入選手、全員当たりじゃないか!」
一人のサポーターが興奮気味に叫ぶ。
「安原すごくね?」
「攻撃参加が何回あった?」
隣の男性も頷く。
「しかも桐生相手によく頑張ってる。」
「一対一は苦労してるけど、攻撃では完全に押し返してる。」
「相手も安原についていくので精一杯だったな。」
---
別の場所では。
女性サポーターたちが盛り上がっていた。
「塩川、本当にうまい!」
「ずっと消えてたよね。」
「だから余計に相手が反応できなかった。」
「決めたマティアスも最高!」
「来日初ゴールおめでとう!」
「ダニエルも効いてるよ。」
「数字には出ないけど、攻撃が全部落ち着く。」
---
年配のサポーターが腕を組みながら話す。
「去年なら。」
「前半で押し込まれたら終わってた。」
「でも今日は違う。」
「苦しい時間でも慌ててない。」
その友人も笑う。
「ああ。」
「坂本が落ち着いてる。」
「玉縄も安定してる。」
「夏で別チームになったな。」
---
一方。
ホームゴール裏。
愛媛サポーターは静かだった。
「……やっぱり千葉強くなってる。」
若いサポーターがため息をつく。
「開幕戦とは全然違う。」
隣の男性も頷いた。
「ダニエルが効いてる。」
「攻撃が止まらない。」
「渡辺にも二人で来てるし。」
---
別のサポーターが苦笑する。
「塩川。」
「あれ完全に消えてた。」
「気付いたら中に入ってきてた。」
「右SBも対応遅れたな。」
「マティアスも。」
「あの裏への飛び出しは速かった。」
「天野でも一歩遅れた。」
---
年配のサポーターが静かに話す。
「でも。」
「まだ一点だ。」
「渡辺は完全には消えてない。」
「桐生も勝負できてる。」
「後半十分勝負になる。」
周囲も頷く。
「一点差ならまだいける。」
「先に追い付けば流れは変わる。」
「ホームなんだから押し返そう。」
---
スタジアムのコンコース。
両クラブのサポーターがすれ違う。
千葉サポーターが笑う。
「いい試合だね。」
愛媛サポーターも笑い返す。
「開幕戦のお返しされてるな。」
「でも。」
「後半はこっちがやり返す。」
「望むところ。」
互いに笑いながら、それぞれの席へ戻っていく。
---
スタジアム全体がざわめく。
誰もが感じていた。
開幕戦とは違う。
エストレヤ千葉は確実に強くなっている。
しかし。
愛媛サザンクロスFCも、このまま終わるチームではない。
勝負の後半戦まで、あとわずかだった。
## 第251話 あと四十五分
千葉控室。
前半を終えた選手たちが汗を拭きながら席へ座る。
誰も浮かれてはいない。
スコアは。
**0-1。**
リードしているとはいえ、まだ前半が終わっただけだった。
部屋には静かな緊張感が漂う。
---
マルコ監督が前へ立つ。
ホワイトボードには前半のフォーメーションが描かれている。
「まず。」
「前半、お疲れ。」
選手たちが静かに頷く。
「内容は悪くない。」
「狙い通りに進められている。」
監督は八幡へ視線を送る。
「八幡。」
「頼む。」
八幡は立ち上がり、ホワイトボードの前へ歩いた。
赤ペンで三人の名前を囲む。
**渡辺一馬**
**天野竜二**
**桐生総悟**
「前半。」
「この三人に対する準備は、おおむねできています。」
戸塚を見る。
「戸塚。」
「エミリオとの連動。」
「かなり良くなった。」
戸塚は頷く。
「最初より掴めるようになりました。」
エミリオも笑う。
「一人じゃ無理でも。」
「二人なら止められる。」
八幡も小さく笑った。
「それでいい。」
「後半も続けよう。」
---
次は右サイド。
安原を見る。
「安原。」
「桐生相手によくやってる。」
安原は苦笑した。
「かなり厄介です。」
「リズムが独特で。」
八幡は頷く。
「分かってる。」
「無理に奪わなくていい。」
「前半みたいに。」
「時間を作って。」
「味方を待て。」
「はい。」
「それと。」
「攻撃では。」
「相手はもう、お前についていくので精一杯だ。」
「そこは自信を持っていい。」
安原は力強く頷いた。
---
今度は塩川。
「塩川。」
「最高のプレーだった。」
塩川は照れくさそうに笑う。
「マティアスがいい動きをしてくれました。」
「いや。」
八幡は首を横に振る。
「お前が。」
「ずっと我慢していたから。」
「相手の意識から消えられた。」
「だからあの一瞬が生まれた。」
塩川は静かに頷いた。
---
最後に。
マティアスを見る。
「来日初ゴール。」
「おめでとう。」
控室に拍手が起こる。
マティアスは少し照れながら笑った。
「ありがとうございます。」
「でも。」
「まだ一点です。」
八幡も笑った。
「その通り。」
「一点じゃ終わらない。」
「後半も。」
「同じ動きを続けろ。」
「天野は。」
「前への強さはある。」
「だが。」
「裏への対応は苦しい。」
「迷わず背後を狙え。」
「はい。」
---
八幡は選手全員を見渡した。
「みんな。」
「前半は。」
「本当によくやった。」
「開幕戦で負けた相手に。」
「自分たちのサッカーができている。」
「でも。」
「忘れるな。」
「まだ四十五分ある。」
部屋が静まり返る。
「一点差は。」
「一番危ない点差だ。」
「後半開始十分。」
「愛媛は絶対に前へ出てくる。」
「その時間を耐えれば。」
「必ずもう一度チャンスは来る。」
マルコ監督も続ける。
「焦る必要はない。」
「前半と同じ。」
「慌てず。」
「走り。」
「助け合い。」
「ボールを動かす。」
「それだけだ。」
---
八幡は最後に静かに言った。
「後半も。」
「このままの調子で行こう。」
「相手に合わせる必要はない。」
「自分たちのサッカーを。」
「九十分、貫け。」
選手たちは一斉に立ち上がる。
「はい!」
力強い返事が控室に響いた。
リベンジまで、残り四十五分。
エストレヤ千葉は、最後まで自分たちのスタイルを貫く覚悟でピッチへ向かっていった。
## 第252話 勝負の後半
両チームがピッチへ姿を現す。
サザンロードスタジアム。
スタンドから大きな拍手が送られる。
愛媛サポーターは立ち上がり、声援を送る。
「行けー!」
「追いつけ!」
「ホームだぞ!」
一方、アウェーゴール裏。
「あと四十五分!」
「集中!」
「このまま行こう!」
青と金のタオルマフラーが一斉に揺れた。
---
選手たちがポジションにつく。
千葉。
GK玉縄幸三。
DF。
安原。
坂本。
宇津木。
高山。
ダブルボランチ。
戸塚。
エミリオ。
二列目。
塩川。
ダニエル。
川崎。
最前線。
マティアス。
全員が真剣な表情だった。
---
愛媛も配置につく。
キャプテン天野が最終ラインへ声を掛ける。
「慌てるな!」
「一点ずつだ!」
渡辺も中盤で仲間へ指示を送る。
桐生は左サイドでスパイクの紐を締め直した。
---
「ピーーーッ!」
主審の笛が鳴る。
後半開始。
愛媛のキックオフ。
渡辺から後方へ。
天野。
右CB。
再び渡辺。
前半とは明らかに違う。
愛媛はボールを素早く動かし始めた。
実況が口を開く。
「後半。」
「愛媛、立ち上がりからテンポを上げてきました!」
解説も頷く。
「当然です。」
「一点ビハインド。」
「ホームですから。」
「最初の十五分で流れを変えに来ています。」
---
後半二分。
渡辺が中央で前を向く。
戸塚。
エミリオ。
すぐに二人で距離を詰める。
渡辺は無理をしない。
左サイド。
桐生へ展開。
桐生がボールを受ける。
安原が迎え撃つ。
「来い。」
桐生が縦へ。
安原も食らいつく。
今度は切り返し。
さらに縦。
ボール一つ分だけ前へ出る。
クロス。
宇津木。
ヘディングでクリア。
「ナイス!」
玉縄が叫ぶ。
セカンドボールは戸塚。
すぐにダニエルへ。
ダニエルはワンタッチ。
川崎。
そして右サイド。
安原が一気に駆け上がる。
実況が興奮する。
「切り替えが速い!」
「千葉もすぐカウンターです!」
安原はドリブル。
桐生も必死に戻る。
二人が再び全力で競り合う。
その勝負を見ながら、解説が静かに話した。
「前半から続いていますが。」
「この右サイドと左サイドの攻防。」
「試合を左右しています。」
---
ベンチ。
八幡は腕を組んだままピッチを見つめる。
隣でマルコ監督が小さく呟く。
「予想通りだな。」
「ああ。」
八幡は頷く。
「愛媛は立ち上がりから来る。」
「ここを耐えれば。」
「また流れはこちらに来ます。」
マルコは時計を見る。
まだ後半四分。
勝負は、ここからだった。
## 第253話 均衡
後半十分。
スコアは依然として。
**愛媛サザンクロスFC 0-1 エストレヤ千葉**
後半開始から愛媛が勢いよく入ったものの、千葉も落ち着いて対応していた。
試合は徐々に膠着状態へ入っていく。
---
愛媛ボール。
渡辺一馬が中盤で受ける。
すぐに戸塚が寄せる。
少し遅れてエミリオ。
二人が連動してパスコースを限定する。
渡辺は無理をせず横へ展開。
桐生。
しかし。
安原が簡単には縦を許さない。
クロスは宇津木がクリア。
セカンドボールも坂本が冷静に回収した。
実況が話す。
「両チームとも。」
「守備の集中力が非常に高いですね。」
解説も頷く。
「そうですね。」
「千葉は渡辺選手へ二人で対応する形を崩していません。」
「愛媛も中央を締めているため、ダニエル選手へ自由を与えていません。」
---
後半十五分。
今度は千葉。
玉縄から坂本。
宇津木。
戸塚。
ダニエル。
テンポ良くボールが動く。
しかし。
愛媛もコンパクトな守備を維持する。
マティアスへ縦パスが入る。
天野が身体を寄せる。
マティアスは無理をしない。
ダニエルへ落とす。
その瞬間。
愛媛ボランチが素早く寄せる。
シュートコースはない。
ダニエルは後方へ戻した。
「両チーム。」
「簡単にはゴール前へ入れません。」
実況がそう伝えると、解説も同意した。
「ここからは我慢比べですね。」
---
後半十九分。
桐生が左サイドを突破。
安原も最後まで付いていく。
クロス。
坂本が頭で弾き返す。
続くミドルシュート。
玉縄が正面でキャッチ。
そのまま素早く前線を見る。
マティアスが走る。
ロングフィード。
しかし。
天野が落ち着いてクリアした。
---
後半二十三分。
塩川が左サイドでボールを受ける。
右足へ持ち替える。
クロス。
マティアスが飛び込む。
あと一歩届かない。
GKがしっかりキャッチした。
「惜しい!」
アウェー席から拍手が起こる。
---
時間だけが過ぎていく。
後半二十五分。
スコアは変わらない。
両チームとも守備組織を崩さず、大きな決定機を作らせない。
実況が静かに口を開いた。
「後半は完全な膠着状態です。」
「どちらも最後の一線を破れません。」
解説も腕を組む。
「監督同士の駆け引きもありますね。」
「どちらが先にカードを切るのか。」
「交代策が勝負を分けるかもしれません。」
ベンチでは。
マルコ監督と八幡。
そして愛媛の監督も、それぞれ交代ボードへ目を向け始めていた。
均衡は、いつ破れてもおかしくない。
試合は、勝負どころへと差しかかっていた。
## 第254話 未知のカード
後半二十六分。
試合は依然として。
**愛媛サザンクロスFC 0-1 エストレヤ千葉**
均衡を破るため、最初に動いたのはホーム・愛媛だった。
第四審判が交代ボードを掲げる。
場内アナウンスが響く。
「愛媛サザンクロスFC、選手交代です。」
FWの選手がゆっくりとピッチを後にする。
代わって、一人の若い選手が全力でピッチへ駆け出した。
---
**背番号30**
**轟 七海(とどろき ななみ)**
**19歳**
**5月6日生まれ**
**右利き**
**身長189cm**
**ポジション:FW**
---
実況が資料を確認する。
「交代で入るのはFW・轟七海選手。」
「今年、愛媛ユースからトップチームへ昇格した19歳です。」
解説も驚いた表情を浮かべる。
「これは思い切った采配ですね。」
「公式戦は今日がデビュー戦になります。」
スタジアムから大きな拍手が起こる。
「轟だ!」
「待ってたぞ!」
「デビュー戦で決めろ!」
愛媛サポーターの期待が一気に高まった。
---
千葉ベンチ。
八幡は轟の姿を見つめる。
「……轟か。」
マルコ監督が尋ねた。
「知っているのか?」
「名前だけです。」
八幡は静かに答える。
「愛媛ユースから昇格したFW。」
「昨年の高円宮杯U-18では活躍していました。」
「ただ……。」
一度言葉を切る。
「映像がありません。」
「撮影班がデータを破損したらしく、高円宮杯の試合映像がすべて見られなかった。」
「レポートだけでは判断材料が少なすぎます。」
マルコは腕を組んだ。
「つまり。」
「どんなFWか分からない。」
「はい。」
八幡は頷く。
「分かっているのは。」
「189センチ。」
「右利き。」
「愛媛がこの場面で投入するだけの期待を掛けている選手。」
「それだけです。」
---
ピッチでは。
轟が渡辺と拳を合わせる。
桐生が笑顔で背中を叩く。
天野は短く声を掛けた。
「思い切り行け。」
轟は力強く頷く。
「はい!」
実況が話す。
「未知のFW投入。」
「千葉としては非常に嫌な交代ですね。」
解説も頷く。
「FWは特にそうです。」
「特徴が分からないまま対応しなければならない。」
「高さを生かすタイプなのか。」
「裏へ抜けるタイプなのか。」
「ポストプレーヤーなのか。」
「まだ何も分かりません。」
---
八幡はベンチ前へ歩く。
「坂本!」
「宇津木!」
二人が振り向く。
「最初のプレーを見るまでは無理に潰すな!」
「まず特徴を見極めろ!」
「はい!」
「戸塚!」
「エミリオ!」
「セカンドボールを最優先!」
「了解!」
八幡は静かにピッチを見つめた。
今まで積み重ねてきた分析。
その外側から現れた、データのないFW。
この交代が、試合の流れを変える一手となるのか。
すべては、轟七海の最初のプレーにかかっていた。
## 第255話 想定外
後半二十八分。
愛媛ボール。
天野から渡辺一馬へ。
渡辺は中央でボールを受ける。
いつも通り戸塚とエミリオが連動して寄せる。
その瞬間だった。
「!」
轟七海が突然、中盤まで下りてきた。
渡辺のすぐ横。
ダニエルと戸塚の間。
誰も予想していなかった位置だった。
渡辺は迷わず轟へ預ける。
ワンタッチ。
再び渡辺へ。
二人だけでプレスを外す。
実況が驚く。
「おっと!」
「FWの轟選手が中盤まで下りてきました!」
解説も目を見開く。
「これは意外です。」
「189センチのFWですが……。」
「まさかムービングFWですか。」
---
次のプレー。
轟はまた前線へ残らない。
右へ流れる。
左へ流れる。
中盤へ下りる。
常に動き続ける。
坂本が付く。
すると背後へ渡辺。
宇津木が出る。
今度は轟が空いたスペースへ。
守備陣の受け渡しが難しくなる。
実況が叫ぶ。
「動く!」
「とにかく動きます!」
解説も頷いた。
「この身長なら。」
「普通はポストプレーを想像します。」
「ですが。」
「全く違います。」
「ボールを引き出し続けるムービングFWです。」
---
後半三十分。
渡辺が中央でボールを持つ。
轟がまた下りる。
戸塚が一瞬迷う。
「付くか……?」
その一瞬。
渡辺が前を向いた。
縦パス。
轟。
ダイレクトで落とす。
桐生が飛び出す。
安原が何とかカット。
「危ない!」
実況席も息をのむ。
「轟選手が入ってから。」
「愛媛の攻撃が変わりました!」
---
千葉ベンチ。
八幡は静かに呟く。
「そういうタイプか……。」
マルコ監督も苦笑した。
「完全に読み違えたな。」
八幡は頷く。
「高さを使うFWじゃない。」
「渡辺を助けるために動くFWです。」
ピッチを見る。
「渡辺が苦しくなると。」
「必ず轟が近くへ来る。」
「パスコースを作り。」
「リズムを取り戻させている。」
---
さらに。
後半三十二分。
渡辺から轟。
轟はターン。
坂本が寄せる。
右足を振る。
「速い!」
鋭いシュート。
玉縄が横へ弾き出す。
CK。
実況が大きな声を上げた。
「今のシュート!」
「19歳とは思えない振りの速さです!」
解説も驚きを隠せない。
「シュートが鋭い。」
「それに。」
「マークを外す動きも上手い。」
「空中戦やヘディングは得意ではないでしょう。」
「ジャンプ力も突出しているわけではありません。」
「ですが。」
「地上戦では非常に厄介です。」
---
轟はまた笑顔で前線へ戻る。
止まらない。
走る。
また下りる。
そのたびに。
千葉守備陣の受け渡しがわずかに乱れる。
坂本が付く。
宇津木が出る。
戸塚が迷う。
その小さなズレが積み重なっていく。
実況が静かに言った。
「データのないFW。」
「その正体は。」
「高さではなく、運動量で相手を崩すムービングFWでした。」
試合の流れは少しずつ変わり始める。
轟七海。
十九歳。
愛媛が送り出した"未知のカード"は、千葉守備陣を確実に揺さぶり始めていた。
## 第256話 思い出した名前
後半三十四分。
試合の流れは、明らかに愛媛へ傾き始めていた。
轟七海。
その存在が、千葉守備陣を揺さぶり続けている。
実況も苦笑する。
「189センチのFWが、ここまで動き回るとは誰も予想しませんでした。」
解説も頷いた。
「守る側からすれば、一番嫌なタイプです。」
「高さがある選手は前線にいるという先入観があります。」
「ところが轟選手は、中盤まで下りる。」
「左右にも流れる。」
「また裏へ走る。」
「守備側の受け渡しを常に難しくしています。」
---
千葉ベンチ。
八幡は腕を組みながらピッチを見つめていた。
「……。」
マルコ監督も険しい表情を浮かべる。
「厄介だな。」
「ああ。」
八幡は短く答えた。
「あの身長であれだけ動かれたら。」
「守る側はたまったものじゃありません。」
「誰が付くのか。」
「どこまで付いていくのか。」
「判断が一瞬遅れる。」
その一瞬が。
渡辺や桐生のスペースを生み出していた。
---
八幡はベンチメンバーへ視線を移す。
毛利。
森川。
戸部。
材木座。
一人ひとりを見ていく。
そして。
ある名前で視線が止まった。
**黒崎隼吾**
「……。」
八幡の表情が変わる。
「そうか。」
マルコ監督が気付く。
「何か思い付いたか。」
八幡は頷いた。
「黒崎。」
「轟と同世代です。」
「ユース年代なら。」
「対戦している可能性があります。」
マルコもすぐに理解した。
「特徴を知っているかもしれない。」
「はい。」
---
「黒崎!」
八幡が呼ぶ。
「はい!」
黒崎はすぐに駆け寄ってきた。
「轟七海。」
「知ってるか。」
黒崎は即答した。
「知ってます。」
八幡の目が鋭くなる。
「対戦したことは。」
「あります。」
「高校二年と三年の時に。」
「二回。」
八幡は一歩前へ出た。
「どんな選手だ。」
黒崎は迷わず答える。
「身長だけ見るとポストプレーヤーだと思います。」
「でも違います。」
「とにかく動きます。」
「センターバックが付くと。」
「空いたスペースを他の選手に使われます。」
「だから。」
「最初から捕まえようとすると逆にやられます。」
八幡は真剣に聞いていた。
「他には。」
「一対一なら。」
「意外と止められます。」
「ただ。」
「最初の動きを読まれるのを嫌います。」
「身体を当てられるより。」
「コースを切られる方が苦手でした。」
マルコ監督が八幡を見る。
「どうする。」
八幡は少し考えたあと、小さく頷いた。
「賭ける価値はある。」
「最近の黒崎は。」
「プレーが軽くなくなってきた。」
「守備の判断も安定してきている。」
「同世代。」
「しかも対戦経験あり。」
「轟を一番知っているのは、今このチームでは黒崎かもしれません。」
八幡は黒崎の肩を叩いた。
「急いでアップしろ。」
「いつでも行けるように準備だ。」
黒崎の表情が引き締まる。
「はい!」
勢いよくピッチ脇へ走っていく。
ベンチでは控えGKとスタッフがボールを用意する。
黒崎はスプリントを始めた。
八幡はその姿を見つめながら呟く。
「頼むぞ。」
「この流れを止められるのは、お前かもしれない。」
千葉ベンチもまた、未知のFWへ対抗するための一手を打とうとしていた。
## 第257話 一瞬の駆け引き
後半三十七分。
黒崎隼吾はピッチ脇でアップを続けていた。
その間も試合は動き続ける。
愛媛がボールを保持する。
中央。
渡辺一馬が前を向こうとした瞬間。
「止める!」
エミリオ・アルバレスが激しく寄せる。
渡辺は身体を入れ替えようとする。
しかし。
エミリオの足が掛かった。
「ピーッ!」
主審の笛。
ファウル。
実況が声を上げる。
「ここでエミリオ選手のファウル!」
「危険な位置です!」
主審はエミリオを呼ぶ。
「次は気を付けて。」
軽く注意を与える。
カードは出ない。
エミリオはすぐに頭を下げた。
「申し訳ありません。」
---
実況が位置を確認する。
「ゴールまで約二十六メートル。」
「やや左寄り。」
「直接狙える距離です。」
解説も頷く。
「しかもキッカーは渡辺一馬。」
「今シーズン、直接フリーキックを三本決めています。」
「千葉としては当然、直接シュートを最も警戒するでしょう。」
---
渡辺が静かにボールをセットする。
玉縄が壁へ指示を飛ばす。
「右!」
「もう半歩!」
戸塚。
エミリオ。
壁が完成する。
ゴール前では。
宇津木が轟をしっかり捕まえていた。
坂本はその後方をカバーする。
八幡もベンチから叫ぶ。
「直接だけじゃない!」
「中も切るぞ!」
選手たちが頷く。
---
主審が笛を吹く。
渡辺が助走を始める。
実況が叫ぶ。
「直接か!」
しかし。
右足から放たれたボールは壁を越えなかった。
速く低い弾道で。
ゴール前へ送られる。
「セットプレーだ!」
宇津木は轟から目を離さない。
その瞬間。
轟が一歩だけ後ろへ下がる。
宇津木もつられる。
次の瞬間。
轟が鋭く前へ飛び出した。
「しまった!」
その一瞬でマークが外れる。
渡辺のボールはピンポイント。
轟の右足へ吸い込まれる。
**ダイレクトボレー。**
鋭い一撃。
玉縄が反応する。
しかし届かない。
ゴールネットが大きく揺れた。
**ゴール!!**
実況が絶叫する。
「決まったぁぁぁぁ!!」
「轟七海!!」
「公式戦デビュー戦!」
「初ゴールです!!」
スタジアムは大歓声に包まれる。
「うおおおお!!」
「轟ーーー!!」
「最高だ!!」
轟は両拳を握り締め、真っ先に渡辺の元へ駆け寄る。
渡辺も笑顔で抱き締めた。
---
実況が興奮したまま話す。
「渡辺選手の直接フリーキックを警戒させておいて。」
「最後は完璧なデザインプレー!」
解説も頷く。
「千葉は完全に直接シュートを意識していました。」
「ですが。」
「渡辺選手はそれを逆手に取りました。」
「そして。」
「轟選手のマークを外す動き。」
「あれが見事でした。」
「高さではなく。」
「動き出しで勝負した一本です。」
電光掲示板が書き換わる。
**後半38分**
**愛媛サザンクロスFC 1-1 エストレヤ千葉**
未知のFW。
轟七海。
その公式戦デビューゴールが、試合を振り出しへと戻した。
そしてベンチでは。
八幡が静かに黒崎を見つめる。
「……予定を早める。」
「黒崎。」
「行くぞ。」
試合は、再び大きく動き始めた。
## 第258話 託された役目
後半三十九分。
スコアは。
**愛媛サザンクロスFC 1-1 エストレヤ千葉**
轟七海の同点ゴールにより、スタジアムの空気は一変していた。
愛媛サポーターの歓声が鳴り響く。
その一方で。
千葉ベンチは冷静だった。
八幡はすでに決断を下していた。
「黒崎。」
「準備はいいか。」
「はい。」
黒崎隼吾は力強く頷く。
マルコ監督も交代ボードへ目を向けた。
「行こう。」
第四審判へ合図を送る。
交代ボードが掲げられる。
**OUT 2 坂本湊**
**IN 34 黒崎隼吾**
実況が驚く。
「ここで交代です!」
「坂本選手に代えて黒崎選手!」
解説も少し意外そうな表情を浮かべた。
「坂本選手の出来は悪くありませんでした。」
「この交代は戦術的な意味合いが強そうですね。」
---
坂本がベンチへ戻ってくる。
八幡は真っ先に声を掛けた。
「ナイスゲーム。」
坂本は悔しそうに息を吐く。
「すみません。」
「轟を捕まえ切れませんでした。」
八幡は首を横に振る。
「いや。」
「お前のせいじゃない。」
「相手が予想外だった。」
「今日は十分やってくれた。」
坂本は小さく頷き、ベンチへ腰を下ろした。
---
黒崎がピッチへ入る直前。
八幡が呼び止める。
「黒崎。」
「はい。」
八幡は黒崎の目を真っ直ぐ見た。
「仕事は一つ。」
「轟七海だ。」
黒崎は真剣な表情になる。
「マンマークする。」
「そうだ。」
八幡は頷く。
「ボールを見るな。」
「轟だけを見ろ。」
「どこへ行っても付いて行け。」
「中盤へ下りても。」
「サイドへ流れても。」
「構わない。」
「仕事をさせるな。」
黒崎は即答した。
「任せてください。」
八幡はさらに続ける。
「高校時代。」
「お前は轟とやっている。」
「このチームで。」
「あいつを一番知っているのはお前だ。」
「だから。」
「止めてこい。」
黒崎の表情がさらに引き締まる。
「絶対に止めます。」
---
実況が交代を伝える。
「黒崎選手。」
「センターバックへ入ります。」
解説も頷く。
「なるほど。」
「これは轟選手への対策ですね。」
「通常のゾーンではなく。」
「マンマークに近い形へ変えるのでしょう。」
---
ピッチへ入った黒崎は、真っ直ぐ轟の元へ歩く。
轟も黒崎を見る。
「あれ。」
「黒崎じゃん。」
黒崎は小さく笑った。
「久しぶり。」
「高校以来だな。」
轟も笑い返す。
「まさかプロでまたやるとは。」
黒崎はそれ以上笑わなかった。
「今日は。」
「自由にはやらせない。」
轟も静かに頷く。
「俺も。」
「負ける気はない。」
二人はそれぞれのポジションへ戻る。
ユース年代から互いを知る二人。
その再会は、偶然ではなく。
試合の流れを変えるための、八幡の勝負手だった。
## 第259話 次の一手
後半四十一分。
スコアは。
**愛媛サザンクロスFC 1-1 エストレヤ千葉**
黒崎隼吾が投入されてから最初のプレー。
渡辺一馬が中盤でボールを受ける。
轟七海が下りてくる。
しかし。
「行かせない。」
黒崎がぴったりと付く。
右へ流れても。
左へ流れても。
黒崎は離れない。
実況が声を上げる。
「黒崎選手!」
「完全に轟選手へのマンマークです!」
解説も頷く。
「投入直後から役割がはっきりしています。」
「轟選手を自由にさせない。」
「それだけに集中しています。」
---
轟は振り返り、小さく笑う。
「高校の時と変わらないな。」
黒崎も笑みを浮かべる。
「今日は一歩も自由にしない。」
二人は再び走り出した。
---
千葉ベンチ。
その様子を見届けた八幡は、小さく頷く。
「よし。」
マルコ監督も口を開く。
「轟への対応はできそうだな。」
「ええ。」
八幡は短く答えた。
「なら次です。」
その視線はベンチへ向く。
**戸部翔。**
「戸部。」
「はい!」
戸部はすぐ立ち上がる。
「アップを急げ。」
「はい!」
戸部は迷わずピッチ脇へ走る。
---
実況もその動きに気付く。
「千葉ベンチ。」
「戸部翔選手がアップを始めました。」
解説が資料を見ながら話す。
「これは面白いですね。」
「戸部選手は守備で流れを変えるタイプではありません。」
「最大の武器は攻撃です。」
実況が頷く。
「特にフリーキックですね。」
「はい。」
「神がかったフリーキックの精度を持っています。」
「さらに。」
「パス精度。」
「パスセンス。」
「そして広い視野。」
「ゲームメーカーとして決定機を何度も演出してきた選手です。」
実況が続ける。
「守備はあまり得意ではありませんが……。」
「ダニエル加入後は変わりました。」
解説は笑みを浮かべる。
「運動量は以前より確実に増えています。」
「ダニエル選手の影響でしょう。」
「ただ。」
「守備が得意になったわけではありません。」
「そこは今も課題です。」
---
八幡は試合を見つめながら静かに呟く。
「今は。」
「一点を取りに行く時間だ。」
「守り切る試合じゃない。」
マルコ監督も頷く。
「戸部なら。」
「一本のパスで試合を変えられる。」
「はい。」
八幡は視線をピッチへ戻した。
「相手も前へ出てきています。」
「スペースは必ずできる。」
「その一瞬を。」
「戸部なら見逃さない。」
ピッチ脇では戸部がダッシュを繰り返していた。
千葉は次の交代で、再び攻撃のギアを上げようとしていた。
## 第260話 勝負の交代
後半四十四分。
スコアは依然として。
**愛媛サザンクロスFC 1-1 エストレヤ千葉**
黒崎隼吾が入ってから、試合の流れは再び変わり始めていた。
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愛媛ボール。
渡辺一馬が中盤で受ける。
すぐに轟七海が下りてくる。
しかし。
「行かせない。」
黒崎がぴったりと付く。
轟は右へ流れる。
黒崎も付く。
左へ流れる。
黒崎も離れない。
一度も自由を与えない。
実況が声を上げる。
「黒崎選手!」
「投入されてから轟選手へ仕事をさせていません!」
解説も頷く。
「高校時代の対戦経験が生きていますね。」
「轟選手が嫌がる距離感を理解しています。」
「無理に奪いに行かず、自由だけを消しています。」
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その結果。
渡辺も苦しくなる。
パスコースが一つ減る。
リズムを作れない。
愛媛の攻撃は単発で終わる場面が増えていった。
実況が続ける。
「千葉守備。」
「完全に立て直しました!」
---
しかし。
今度は千葉にも課題が現れる。
ボールを奪う。
戸塚。
エミリオ。
ダニエル。
マティアス。
前へ運ぶ。
だが。
愛媛の守備ブロックを崩し切れない。
最後の一本が出ない。
実況も感じ取る。
「守備は安定しました。」
「ですが。」
「千葉も攻撃が少し手詰まりですね。」
解説も同意する。
「ダニエル選手はよくやっています。」
「ですが運動量もかなり使っています。」
「攻撃にもう一つ違う色が欲しい時間帯です。」
---
千葉ベンチ。
八幡は静かにマルコ監督を見る。
「行きましょう。」
マルコも迷わず頷いた。
「戸部だな。」
「はい。」
「ここは。」
「戸部に任せます。」
第四審判へ合図が送られる。
交代ボードが掲げられた。
**OUT 14 ダニエル・ロドリゲス**
**IN 20 戸部翔**
実況が驚く。
「ここでダニエル選手を下げます!」
「戸部翔選手投入!」
解説はすぐに意図を読み取った。
「ポジションはそのままトップ下でしょう。」
「戸部選手も慣れているOMFです。」
「タイプは違います。」
「ダニエル選手は運動量と連動性。」
「戸部選手はゲームメイクとラストパス。」
「攻撃の色を変えてきました。」
---
ダニエルがベンチへ戻る。
八幡が迎えた。
「ナイスゲーム。」
ダニエルは汗を拭きながら笑う。
「一点取れなくてすみません。」
八幡は首を横に振った。
「十分だ。」
「今日は攻撃を作ってくれた。」
「後は。」
「戸部に託そう。」
ダニエルは頷き、戸部と拳を合わせる。
「頼んだ。」
戸部も笑う。
「任せろ。」
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ピッチへ入る直前。
八幡が戸部を呼び止める。
「戸部。」
「はい。」
「無理に走り回る必要はない。」
「お前の仕事は。」
「試合を読むこと。」
「相手の嫌な場所へ。」
「一本通せ。」
戸部は静かに笑った。
「了解。」
「一本で決めます。」
八幡も笑みを浮かべる。
「それがお前の仕事だ。」
戸部はトップ下の位置へ入る。
広い視野。
正確なパス。
神がかったフリーキック。
そして一瞬の隙を見逃さないゲームメイク。
エストレヤ千葉は、勝点3を奪うための最後の切り札を送り出した。