第281話〜第300話
第281話〜第300話
### 第281話 山形ブリッツFC 注目選手①
クラブハウス。
分析室。
大型モニターには、山形ブリッツFCの試合映像が流れていた。
八幡はリモコンを操作し、一人の選手で映像を止める。
画面いっぱいに映し出されたのは、大柄なストライカーだった。
---
**「まず一人目。」**
「前回、一番苦しめられた選手です。」
スタッフ全員が画面へ目を向ける。
八幡は選手名簿を表示した。
---
## 山形ブリッツFC
### 背番号9
### 筒本 淳
**21歳 5月19日生まれ**
**FW**
**左利き**
**191cm**
---
マルコ監督が腕を組む。
「前回、二点決めた選手だな。」
「はい。」
八幡は頷いた。
映像が流れ始める。
---
前回対戦。
第2節。
アウェー。
前半。
ロングボール一本。
筒本が競り勝つ。
そのまま身体をぶつけながら前を向き、左足でゴール。
映像が切り替わる。
後半。
クロス。
191センチの身体が宙に浮く。
CBより一歩高く飛び、ヘディング。
ゴール。
---
映像を止める。
「この二点です。」
部屋が静かになる。
---
八幡は説明を始めた。
「足元の技術。」
「ドリブル。」
「細かいボールタッチ。」
「この辺りはJ2でも特別高いわけではありません。」
スタッフがメモを取る。
「ですが。」
画面には競り合いの映像。
「空中戦。」
「ポストプレー。」
「フィジカル。」
「この三つは。」
「J2でもトップクラスです。」
---
宇津木との競り合い。
別試合。
富山戦。
CBを吹き飛ばしてボールを収める。
また別の試合。
クロスへ飛び込む。
DF二人に挟まれながら競り勝つ。
---
「この選手。」
「まず身体を預けるのが上手い。」
八幡は映像を止める。
「力任せじゃありません。」
「相手が嫌がる位置へ身体を入れる。」
「そこで時間を作ります。」
田島GKコーチが頷いた。
「味方も上がれる。」
「そうです。」
八幡も頷く。
「山形は。」
「筒本が収める前提で攻撃を組み立てています。」
---
次の映像。
ヘディング。
「そして。」
「ジャンプ力。」
映像をスロー再生する。
「191センチ。」
「さらに。」
「滞空時間も長い。」
「高さだけじゃありません。」
「タイミングが非常にいい。」
マルコも映像を見ながら呟く。
「簡単には勝てないな。」
「はい。」
八幡は即答した。
---
「前回。」
「この選手に二得点。」
「完全にやられました。」
画面には第2節の失点シーン。
「同じことは繰り返せません。」
---
ヘッドコーチ中村が聞く。
「今回は誰が付く?」
八幡は少し考えた。
「基本は。」
「宇津木。」
「ただ。」
「一人で勝負させません。」
「競らせる前に。」
「周りが回収する。」
「セカンドボール勝負です。」
マルコも頷く。
「ポストを許しても。」
「二次攻撃を止める。」
「そういう守備だな。」
「はい。」
---
最後に八幡は映像を止めた。
「前回。」
「二失点。」
「最大の原因は。」
「筒本を自由にさせたこと。」
「今回は。」
「まず。」
「この選手を抑えるところから始まります。」
分析室の空気が引き締まる。
山形ブリッツFC。
その攻撃の中心には、21歳の若き大型ストライカー・**筒本淳**が立ちはだかっていた。
### 第282話 山形ブリッツFC 注目選手②
分析室。
モニターが切り替わる。
画面に映し出されたのは、一人のベテランMF。
派手なプレーはない。
ゴールシーンで目立つことも少ない。
しかし、八幡はこの選手の映像を止めた。
---
「二人目。」
「山形で一番厄介な選手です。」
プロフィールが表示される。
---
## 山形ブリッツFC
### 背番号8
### 澤部 幸助
**31歳 7月28日生まれ**
**DMF**
**キャプテン**
**左利き**
---
マルコ監督が資料を見る。
「キャプテンか。」
「はい。」
八幡は頷く。
「ユースから山形一筋。」
「プロになってからも一度もクラブを離れていません。」
「山形そのものを知り尽くしている選手です。」
---
映像が流れる。
澤部が最終ラインからボールを受ける。
顔を上げる。
左足を振る。
一直線。
191センチの筒本の胸元へ、寸分違わぬロングボールが届く。
そのまま筒本が収める。
山形の攻撃が始まる。
「……。」
スタッフ全員が画面を見る。
---
八幡が説明を始めた。
「山形の攻撃は。」
「この選手から始まります。」
「筒本へ。」
「一番正確にボールを届けられる選手です。」
「左足のキック精度。」
「ロングボールの質。」
「J2でも上位です。」
---
映像が切り替わる。
右へ。
左へ。
縦へ。
横へ。
澤部は一度も慌てない。
相手を見ながら。
ゆっくり。
しかし確実にボールを動かす。
八幡がリモコンを止めた。
「この選手。」
「一番の武器は。」
「パスではありません。」
部屋が静かになる。
「相手を走らせることです。」
---
中村ヘッドコーチが頷く。
「確かに。」
「ボールを追わされる。」
「そうです。」
八幡は第2節の映像へ切り替えた。
---
アウェー山形戦。
戸部がプレスへ行く。
澤部。
横パス。
戸部が追う。
また澤部。
今度は逆サイド。
さらに戻す。
また受ける。
戸部がもう一度追う。
八幡は映像を止めた。
「ここです。」
「戸部。」
「前半だけで。」
「何度も何度も走らされています。」
スタッフは映像を見返す。
「戸部は。」
「元々。」
「運動量が多いタイプではありません。」
「その弱点を。」
「澤部は徹底的に突いてきました。」
---
映像が続く。
前半二十五分。
戸部の足が止まり始める。
寄せが一歩遅れる。
三十分。
戻りも遅い。
前半終了間際。
プレスへ行けない。
「この時点で。」
「戸部はかなり消耗しています。」
「前半途中から。」
「本来のプレーができなくなりました。」
マルコも静かに頷く。
「完全に走らされたな。」
「はい。」
---
しかし。
映像はそこで終わらない。
川崎がボールを奪う。
材木座が前線で動き出す。
森川がスペースへ走る。
カウンター。
ゴール。
次の場面。
森川がボールを運ぶ。
川崎とのワンツー。
最後は材木座。
再びゴール。
八幡が画面を止めた。
「それでも。」
「川崎。」
「森川。」
「材木座。」
「この三人が最後まで走り切った。」
「その結果。」
「二点を奪えました。」
部屋が静かになる。
「あの試合。」
「引き分けで終われたのは。」
「この三人が運動量を落とさなかったからです。」
---
マルコ監督が腕を組む。
「今回は。」
「同じ展開にはしたくないな。」
「はい。」
八幡は即答する。
「今回は。」
「ダニエルがいます。」
「塩川もいます。」
「前回とは。」
「中盤の構成も違います。」
「そして。」
「戸部を90分走らせるような展開にはしません。」
八幡は最後に澤部の映像をもう一度映した。
「派手な選手ではありません。」
「ゴールも少ない。」
「アシストも目立ちません。」
「ですが。」
「山形が山形である理由。」
「その中心にいるのが。」
「澤部幸助です。」
「この選手を自由にすれば。」
「また前回と同じ試合になります。」
分析室の空気が一段と引き締まった。
### 第283話 山形ブリッツFC 注目選手③
分析室。
八幡は澤部幸助の映像を止めると、次の選手へ切り替えた。
モニターに映ったのは、中盤を絶えず走り回る一人の選手だった。
ボールを奪う。
味方へ預ける。
また走る。
その繰り返し。
八幡は静かに口を開く。
「三人目。」
「山形の中盤を支えるダイナモです。」
プロフィールが表示される。
---
## 山形ブリッツFC
### 背番号20
### 原 和一
**28歳 8月21日生まれ**
**DMF**
---
マルコ監督が映像を見る。
「かなり動くな。」
「はい。」
八幡は頷いた。
「この選手は。」
「運動量が最大の武器です。」
---
映像が流れる。
相手ボランチへプレス。
ボールを奪う。
そのまま前線へ走る。
攻撃が終われば、今度は自陣ゴール前まで全力で戻る。
さらに次の場面。
サイドへ流れる。
中央を埋める。
裏をカバーする。
九十分間。
ほとんど運動量が落ちない。
---
八幡が説明する。
「豊富な運動量。」
「守備能力。」
「危険なスペースを埋める能力。」
「この三つが非常に高い。」
「澤部がゲームを作る選手なら。」
「原はゲームを壊す選手です。」
中村ヘッドコーチが頷く。
「嫌なタイプだな。」
「ええ。」
「相手からすると、一番面倒なタイプです。」
---
映像は第2節へ切り替わる。
山形対千葉。
戸部がボールを受ける。
すぐに原が寄せる。
横パス。
また原が寄せる。
前を向こうとした瞬間。
奪われる。
八幡がリモコンを止めた。
「前回も。」
「かなりボールを奪われています。」
「特に。」
「戸部です。」
部屋が静かになる。
「前半。」
「澤部に走らされ続け。」
「運動量が落ち始めた戸部を。」
「原が徹底的に狙いました。」
映像が流れる。
足が止まり始めた戸部。
そこへ原が一気に詰める。
奪う。
カウンター。
また別の場面。
戸部がボールを持つ。
一歩目で原が寄せる。
身体をぶつける。
ボールを奪う。
「完全に。」
「狙われています。」
八幡は静かに言った。
「運動量が落ちた相手を見逃さない。」
「これが原です。」
---
マルコ監督が資料を見る。
「だが。」
「第3節から。」
「怪我だったな。」
「はい。」
八幡は第18節の映像へ切り替える。
「第3節で負傷離脱。」
「それ以降。」
「長く戦列を離れていました。」
映像にはベンチの原。
そして後半。
交代でピッチへ入る。
「第18節。」
「ようやく復帰しました。」
「後半からの出場です。」
「コンディションは。」
「まだ万全ではありません。」
---
マルコが腕を組む。
「次は。」
「スタメンか。」
八幡は迷わず答えた。
「その可能性が高いです。」
「理由は二つ。」
「一つ。」
「コンディションが戻り始めていること。」
「二つ。」
「相手がうちだからです。」
スタッフ全員が八幡を見る。
「山形も。」
「前回の試合を見返しているはずです。」
「前回。」
「原は。」
「うちの中盤へ非常によく対応しました。」
「その成功体験があります。」
「だから。」
「今回は最初から使ってくると予想しています。」
---
中村ヘッドコーチが聞く。
「対策は。」
八幡は映像を止めた。
「一人で持たないことです。」
「原は。」
「一対一の守備が非常に強い。」
「時間を与えるほど。」
「奪われます。」
「ですから。」
「ボールを止めない。」
「二タッチ以内。」
「ダイレクトも使う。」
「相手が寄せ切る前に。」
「動かします。」
マルコも頷いた。
「戸部だけじゃない。」
「全員で意識する。」
「はい。」
八幡は資料を閉じた。
「澤部が試合を組み立て。」
「原が中盤を刈り取る。」
「そして。」
「筒本が決める。」
「この三人が。」
「今の山形ブリッツFCの中心です。」
分析室には再び緊張感が漂った。
前回の引き分けから約四か月。
山形もまた、万全の布陣で千葉への雪辱を狙っていた。
### 第284話 山形ブリッツFC 注目選手④
分析室。
八幡は原和一の映像を止めると、最後の映像を映し出した。
モニターには山形ブリッツFCの背番号10。
ボールを持つだけで相手守備陣が警戒を強める。
そんな存在感を放つ選手だった。
八幡は静かに口を開く。
「最後です。」
「山形の攻撃を完成させる選手。」
「この選手が前を向く時間を与えてはいけません。」
---
## 山形ブリッツFC
### 背番号10
### 火神 隼吾
**25歳 7月5日生まれ**
**CMF**
**両利き**
---
マルコ監督が資料を見る。
「10番。」
「攻撃の中心か。」
「はい。」
八幡は頷いた。
「山形の王様です。」
「澤部がゲームを組み立て。」
「原が中盤を支え。」
「最後に火神が攻撃へ推進力を与えます。」
「山形で最も危険なボールキャリアです。」
---
映像が流れる。
澤部から縦パス。
火神が受ける。
ターン。
一気に前進。
DFが寄せる。
身体をぶつける。
それでも止まらない。
そのまま中央突破。
最後はスルーパス。
決定機。
次の映像。
今度は左サイドから中央へ切り込む。
二人引き付ける。
ラストパス。
さらに別の試合。
右足でクロス。
左足でスルーパス。
両足を違和感なく使い分けていた。
---
八幡が説明する。
「この選手。」
「最大の武器はドリブルです。」
「スピードだけなら。」
「飛び抜けているわけではありません。」
「ですが。」
「フィジカルが非常に強い。」
「身体をぶつけられても。」
「前へ運び続けます。」
「押し込むようなドリブルです。」
マルコ監督も映像を見ながら頷く。
「簡単には倒れないな。」
「はい。」
「一対一で止めるのは非常に難しいです。」
---
八幡は別の映像へ切り替えた。
ゴールまで約30メートル。
火神が前を向く。
誰も寄せない。
次の瞬間。
右足から放たれた強烈なミドルシュート。
ゴール右上へ一直線に突き刺さる。
さらに別の試合。
今度は左足。
25メートル。
低く鋭い弾道。
GKが弾くのが精一杯。
部屋が静まり返る。
八幡が口を開いた。
「もう一つ。」
「絶対に忘れてはいけません。」
「この選手は。」
「飛び道具もあります。」
「強烈なミドルシュートです。」
「しかも。」
「両足。」
「右でも左でも。」
「迷わず振ってきます。」
「ドリブルばかり警戒すると。」
「ミドルで試合を決められます。」
---
マルコ監督が資料を見ながら言う。
「戸塚。」
「代表で一緒だったな。」
「はい。」
八幡は映像を切り替えた。
二年前。
オリンピック日本代表。
整列する選手たち。
そこには。
**背番号8 戸塚彩加。**
そして。
**背番号7 火神隼吾。**
日本代表の中盤を支えた二人だった。
「二年前のオリンピック。」
「この二人は中盤でコンビを組んでいました。」
「戸塚が守備とバランスを担当し。」
「火神が攻撃を組み立てる。」
「日本代表のダブルボランチに近い関係でした。」
中村ヘッドコーチが映像を見ながら頷く。
「ということは。」
「お互いを知り尽くしている。」
「はい。」
八幡は即答した。
「戸塚は。」
「火神が前を向きたがるタイミング。」
「ドリブルへ入る癖。」
「ミドルを狙う間合い。」
「全部知っています。」
「逆に。」
「火神も。」
「戸塚がどこで奪いに来るか。」
「どこでコースを切るか。」
「理解しています。」
---
マルコ監督が腕を組む。
「代表で組んだ仲だからこその勝負か。」
「そうです。」
八幡は頷いた。
「技術だけではありません。」
「読み合いになります。」
「二年間。」
「一緒に戦ってきた相手ですから。」
---
最後に八幡は四人の写真を並べた。
**FW 筒本淳。**
**DMF 澤部幸助。**
**DMF 原和一。**
**CMF 火神隼吾。**
「この四人が。」
「今の山形ブリッツFCの核です。」
「一人だけ止めても意味はありません。」
「四人の連動を止める。」
「それが勝負になります。」
分析室の全員が静かに頷く。
第2節は2-2。
そして迎える第19節。
二年前、同じ日本代表で中盤を支えた**背番号8・戸塚彩加**と**背番号7・火神隼吾**が、今度はそれぞれのクラブの勝利を懸けて激突する。
### 第285話 山形ブリッツFCのシステム
分析室。
四人のキーマンの説明を終えた八幡は、最後の資料を映し出した。
モニターには山形ブリッツFCのフォーメーション。
マルコ監督が興味深そうに画面を見る。
「これは……。」
「珍しい形だな。」
八幡は頷いた。
「はい。」
「J2ではあまり見ないシステムです。」
---
## 山形ブリッツFC
### 基本フォーメーション
**4-3-2-1**
```
筒本
右SH 左SH
火神
原 澤部
LSB CB CB RSB
GK
```
---
中村ヘッドコーチが画面を見る。
「トップ下がいない。」
「はい。」
八幡は火神を指した。
「普通なら。」
「ここはOMFを置くチームが多い。」
「ですが山形は違います。」
「火神はCMF。」
「中盤三枚の一角です。」
---
映像が流れる。
澤部からボールが出る。
原が預ける。
火神が前を向く。
右へ。
左へ。
中央へ。
ポジションに縛られず動き回る。
「このシステムの目的は。」
「火神を自由にすること。」
八幡は画面を止めた。
「そのために。」
「両SHを大きく開きます。」
---
画面上で右SHと左SHがタッチライン際まで広がる。
すると中央に広大なスペースができる。
そこへ火神が入る。
「これです。」
「SHが相手SBを外へ引っ張る。」
「中央が空く。」
「そこを火神が使う。」
「山形の攻撃は。」
「この形を作ることが第一です。」
---
マルコ監督が頷く。
「なるほど。」
「だから火神が前を向ける。」
「はい。」
「前を向いた火神は。」
「ドリブル。」
「ラストパス。」
「ミドルシュート。」
「全部あります。」
「だから危険なんです。」
---
マルコが続けて尋ねる。
「守備はどう変わる?」
八幡は守備時の映像へ切り替えた。
ボールを失う。
その瞬間。
右SH。
左SH。
一気に自陣まで戻る。
フォーメーションが変化する。
---
### 守備時(可変)
```
筒本
火神
原 澤部
左WB 右WB
LSB CB CB RSB
GK
```
---
中村ヘッドコーチが画面を見て頷く。
「なるほど。」
「4バックは崩さない。」
「はい。」
八幡が説明する。
「最終ラインはそのまま4枚です。」
「そして。」
「攻撃時に高い位置を取っていた両SHが、大きく下がります。」
「実質的にウイングバックのような役割を担う。」
「これが山形の可変システムです。」
マルコが確認する。
「つまり。」
「サイドの守備をSHがかなり担当するわけか。」
「そうです。」
「だから。」
「両SHには非常に高い運動量が求められます。」
---
映像では右SHが相手SBへ対応。
左SHも素早く戻り、サイドを封鎖する。
4バックはラインを維持したまま。
中盤は火神・原・澤部が中央を締める。
「攻撃では。」
「SHが幅を取り。」
「火神のスペースを作る。」
「守備では。」
「SHが戻ってサイドを閉じる。」
「攻守で役割を大きく変えるチームです。」
---
マルコ監督が腕を組む。
「攻略するなら。」
八幡はモニターを見つめたまま答えた。
「切り替えの速さです。」
「SHが戻り切る前。」
「そこが一番の狙い目です。」
「逆に。」
「時間をかければ。」
「山形は守備ブロックを完成させます。」
「そうなると。」
「中央は火神。」
「左右はSH。」
「後ろは4バック。」
「非常に崩しにくい形になります。」
---
最後に八幡は千葉と山形、両チームのフォーメーションを並べた。
「前回は2-2。」
「今回は。」
「システムの理解が勝敗を左右します。」
分析室の全員が静かに頷く。
次節、第19節。
エストレヤ千葉は、攻守で姿を変える山形ブリッツFCとの再戦へ向け、本格的な準備を開始した。
### 第286話 山形戦スターティングメンバー
試合前日。
クラブハウス。
ミーティングルーム。
選手たちが席に着く。
前方のスクリーンに、マルコ監督がスタメンを映し出した。
部屋が静まり返る。
---
## 第19節
**山形ブリッツFC戦**
### スターティングメンバー
**GK**
**1 郷田 京(キャプテン)**
---
**RSB**
**6 毛利 良一**
**CB**
**5 宇津木 健太**
**CB**
**4 長谷川 智樹**
**LSB**
**24 高山 俊樹**
---
**DMF**
**18 戸塚 彩加**
**DMF**
**3 笹森 正義**
---
**RSH**
**19 川崎 大志**
**OMF**
**14 ダニエル・ロドリゲス**
**LSH**
**10 森川 佑**
---
**FW**
**11 材木座 義輝**
---
選手たちが静かに画面を見る。
笹森が小さく息をのんだ。
マルコ監督が口を開く。
「笹森。」
「夏に加入してから。」
「初スタメンだ。」
「期待している。」
笹森は力強く頷いた。
「はい。」
「全力でやります。」
---
八幡が前へ出る。
「今回。」
「中盤は。」
「澤部。」
「原。」
「火神。」
「この三人との勝負になります。」
「運動量。」
「球際。」
「判断。」
「全部要求されます。」
笹森は真剣な表情で聞いていた。
---
続いて八幡は最終ラインを指す。
「そして。」
「CB。」
宇津木。
長谷川。
二人の名前が赤く表示される。
「前回。」
「山形戦も。」
「この二人でした。」
スクリーンには第2節の映像。
何度も筒本と競り合う宇津木。
そのカバーへ入る長谷川。
「結果は。」
「2失点。」
「ですが。」
「相手の特徴を一番理解しているのも。」
「この二人です。」
マルコ監督も頷く。
「このコンビは。」
「今でも。」
「うちの鉄板だ。」
「経験。」
「連係。」
「カバーリング。」
「一番安定している。」
---
宇津木が隣を見る。
長谷川も小さく頷いた。
言葉はいらない。
何年も一緒にプレーしてきた。
だからこそ分かる。
「今回は。」
「やらせない。」
そんな意思だけが伝わる。
---
八幡は続ける。
「郷田。」
「復帰後初スタメンです。」
郷田が静かに立ち上がる。
「久しぶりだな。」
選手たちから自然と笑いが起きた。
郷田も笑う。
「迷惑掛けた。」
「ここから取り返す。」
キャプテンらしい一言だった。
---
最後にマルコ監督が全員を見る。
「前回。」
「山形とは。」
「2-2。」
「今回は。」
「ホームだ。」
「勝点3だけを取りに行く。」
誰一人返事はしない。
ただ。
全員の目が前を向いていた。
開幕直後に取りこぼした相手。
その借りを返す九十分が、いよいよ始まろうとしていた。
### 第287話 試合当日 スタジアムフェスティバル
試合当日。
エストレヤスタジアム。
キックオフまでは、まだ数時間ある。
それにもかかわらず、スタジアム周辺は多くの人で賑わっていた。
家族連れ。
学生グループ。
ユニフォーム姿のサポーター。
誰もが試合前の時間を楽しんでいる。
---
スタジアム前特設ステージ。
今年から始まったイベント。
**「エストレヤ お笑いステージ」**
司会者がマイクを握る。
「皆さん、お待たせしましたー!」
「本日はプロ・アマ問わず応募していただいた芸人の皆さんによる、お笑いライブを開催しています!」
会場から拍手が起こる。
---
若手コンビ。
社会人漫才師。
大学のお笑いサークル。
アマチュアのピン芸人。
次々とネタを披露していく。
「あははは!」
「面白い!」
「頑張れー!」
子どもたちの笑い声も響く。
---
ステージ横では、クラブマスコットも登場。
子どもたちと写真撮影。
キッチンカーには長蛇の列ができていた。
焼きそば。
唐揚げ。
ホットドッグ。
地元千葉の食材を使った限定メニュー。
さらに山形から訪れたサポーター向けに、山形名物を扱う特設ブースも設けられていた。
ホームサポーターもアウェーサポーターも、試合前のひとときを楽しんでいる。
---
一方、その頃。
スタジアムの中。
選手たちはウォーミングアップの準備を進めていた。
歓声は聞こえる。
だが。
誰一人、外を見ることはない。
今日の相手は山形ブリッツFC。
勝点3だけを見据えている。
---
再びステージ。
司会者がマイクを握る。
「それでは、本日のイベントもいよいよ最後です!」
「ラストを飾っていただくのは――」
会場が少しざわつく。
「**千葉県出身のお笑いトリオ**の皆さんです!」
大きな拍手。
歓声。
ステージへ三人が登場する。
「よろしくお願いしまーす!」
軽快な挨拶に、会場から笑いが起こる。
---
テンポの良い掛け合い。
地元・千葉を題材にしたネタ。
サッカーやスタジアムグルメを交えたアドリブ。
客席は終始笑顔だった。
「さすがプロ!」
「面白い!」
「今日来てよかった!」
子どもから大人まで、大きな笑い声が広場を包む。
---
ネタを終えた三人が最後にマイクを握る。
「今日は呼んでいただき、ありがとうございました!」
「このあとはいよいよ試合です!」
「エストレヤ千葉も山形ブリッツFCも、いい試合を期待しています!」
会場から大きな拍手。
「そして!」
「サポーターの皆さん、最後まで思い切り楽しんでください!」
「ありがとうございました!」
深々と頭を下げる三人。
イベントは大成功のうちに幕を閉じた。
---
スタジアムの大型ビジョンには、まもなくウォーミングアップ開始を知らせる映像が流れ始める。
笑顔に包まれていた広場の空気は、少しずつ試合モードへ。
サポーターたちは席へ向かい始める。
エストレヤスタジアム。
まもなく、第19節。
**エストレヤ千葉対山形ブリッツFC。**
熱戦の幕が上がろうとしていた。
### 第288話 ベンチメンバー発表
ウォーミングアップ開始十分前。
スタジアム大型ビジョンが切り替わる。
場内アナウンスが響く。
「お待たせいたしました。」
「エストレヤ千葉、本日のベンチメンバーをご紹介します!」
サポーターから拍手が起こる。
---
## エストレヤ千葉
### ベンチメンバー
**GK**
**31 古賀 悠斗**
---
**DF**
**22 葉山 隼人**
**2 坂本 湊**
**25 鬼塚 純一郎**
---
**MF**
**7 エミリオ・アルバレス**
**20 戸部 翔**
**8 塩川 康文**
**17 中田 正和**
---
**FW**
**9 マティアス・ベニテス**
---
ビジョンに一人ずつ顔写真が映し出されるたび、スタンドから拍手が送られる。
---
実況席。
実況アナウンサーが資料を見ながら話し始めた。
「今日のベンチですが、非常に層の厚さを感じますね。」
解説者も頷く。
「そうですね。」
「特に中盤のカードが豊富です。」
「エミリオ・アルバレス。」
「戸部翔。」
「塩川康文。」
「タイプが全く違います。」
---
実況が続ける。
「スタメンでは笹森正義を起用しましたが、試合展開によってはエミリオや戸部を投入して流れを変えることもできます。」
「その通りです。」
解説者が資料を指差す。
「戸部ならゲームメーク。」
「エミリオなら守備強度。」
「塩川なら運動量とクロス。」
「それぞれ役割が明確です。」
---
実況。
「そして前線にはマティアス・ベニテス。」
「前節は来日初ゴールを決めましたが、今日はベンチスタートです。」
解説者が頷く。
「山形のセンターバックは空中戦やフィジカルに強い。」
「後半、相手が疲れた時間帯にマティアスの裏への飛び出しは非常に効果的でしょう。」
---
実況。
「守備陣では坂本湊。」
「前節スタメンでしたが、今日はベンチですね。」
「宇津木・長谷川のコンビは連係面で非常に安定しています。」
「坂本も良い選手ですが、この二人は長年コンビを組んできました。」
「相手の大型FW筒本淳を考えると、この組み合わせを選んだのでしょう。」
---
ピッチ脇。
ベンチメンバーもウォーミングアップへ向かう。
エミリオは静かにストレッチを始める。
戸部はボールを足元で軽く転がしながら感触を確かめる。
塩川は黙々とランニング。
マティアスはゴールへ向かってシュートを打ち込み、古賀はGKコーチとキャッチング練習を始めた。
---
スタンドでは千葉サポーターがチャントを歌い始める。
試合開始まで、あとわずか。
スタメン十一人だけではない。
ベンチの九人もまた、この一戦を左右する重要な戦力として、その時を待っていた。
### 第289話 再戦
午後。
エストレヤスタジアム。
両チームの選手たちがピッチへ入る。
ホーム側から大歓声。
「千葉ァァァァ!!」
「勝つぞー!」
ゴール裏では巨大なフラッグが揺れる。
対する山形サポーターも負けていない。
アウェー席から力強いチャントが響く。
---
選手たちが整列する。
千葉の先頭。
キャプテンマークを巻いた**郷田京**。
怪我から復帰し、再びゴールを守る。
郷田は一度だけゴール裏を見る。
そして。
前を向いた。
---
センターサークル。
山形の**筒本淳**。
191センチ。
その隣を通った宇津木が横目で見る。
長谷川も筒本の位置を確認した。
第2節。
この男に二点を奪われた。
今日は同じことを許さない。
---
中盤。
**戸塚彩加**。
その視線の先。
山形の背番号10。
**火神隼吾**。
火神も戸塚を見る。
一瞬。
視線が交わった。
二年前。
オリンピック日本代表。
背番号8と背番号7。
同じ中盤でコンビを組んだ二人。
今日は敵同士だった。
火神が小さく笑う。
戸塚も僅かに口元を緩めた。
それだけ。
言葉は交わさない。
---
そして。
夏加入後、初出場となる**笹森正義**。
軽くジャンプ。
肩を回す。
隣の戸塚が声を掛ける。
「いつも通りでいい。」
「はい。」
笹森が短く答える。
八幡はベンチからその様子を見る。
今日。
笹森に求める仕事は大きい。
澤部。
原。
そして火神。
山形の強力な中盤と正面からぶつかることになる。
---
山形の布陣。
**4-3-2-1。**
最前線。
筒本。
左右のSHは最初から大きく開いている。
その後ろ。
火神。
さらに後方。
原と澤部。
八幡が目を細める。
「……やっぱり原、先発か。」
予想通り。
第3節から負傷離脱していた原和一。
第18節でようやく途中出場。
そして今日。
スタメンに戻してきた。
マルコも確認する。
「予想通りだな。」
「はい。」
「うちとの前回対戦でかなり効いてましたから。」
---
主審が両腕の時計を確認する。
選手たちが配置につく。
材木座がセンターサークルへ。
ダニエルがその後方。
川崎。
森川。
戸塚。
笹森。
そして最終ライン。
毛利。
宇津木。
長谷川。
高山。
最後尾には郷田。
---
八幡が腕を組む。
前回。
第2節。
**2-2。**
筒本に二点を奪われた。
澤部に走らされた。
原に中盤を刈られた。
火神に守備陣を動かされた。
それでも。
川崎。
森川。
材木座。
三人を中心に食らいつき、二点を奪った。
あれから十七試合。
千葉は変わった。
ダニエルが加わった。
夏の補強も行った。
選手たちの連係も深まった。
第5節を最後に、一度も負けていない。
だが。
山形だって同じままではない。
---
ピィィィィィ――!!
主審の笛。
ボールが動く。
「行けええええええ!!」
スタンドから大歓声。
---
前半1分。
山形。
いきなり澤部が最終ラインからボールを受ける。
川崎が寄せようとする。
だが。
その前に。
左足。
バンッ!
長い。
高い。
そして正確。
狙った先は当然――。
「筒本!」
宇津木が叫ぶ。
191センチの筒本が身体を入れる。
宇津木も密着。
二人が跳ぶ。
ドンッ!
激しい空中戦。
ボールがこぼれる。
その瞬間。
「セカンド!」
戸塚が反応。
火神も来る。
しかし。
その前へ笹森が身体を入れた。
ボールを奪う。
「よし!」
八幡が小さく呟く。
笹森は無理をしない。
すぐ戸塚へ。
戸塚からダニエル。
ダニエルが前を向く。
山形の原が一気に距離を詰めてくる。
「来たな。」
ダニエルはワンタッチ。
右。
川崎へ。
ボールを止めない。
前回とは違う。
原に捕まる前に動かす。
---
川崎が前進。
だが。
山形の右SHが一気に戻る。
さらにSBもいる。
二枚。
川崎が止まる。
「もう戻ったか。」
八幡が見る。
攻撃では大きく開くSH。
守備へ切り替わった瞬間には、ウイングバックのような位置まで下がる。
4バックはそのまま。
その前を両SHが補強する。
山形独特の可変守備。
早速、その形を見せてきた。
---
川崎は無理をせず後ろへ戻す。
毛利。
宇津木。
長谷川。
高山。
もう一度作り直す。
スタンドから拍手。
焦らない。
前回のように。
相手のリズムに付き合わない。
---
八幡はベンチからピッチ全体を見渡す。
筒本。
澤部。
原。
火神。
山形が誇る四人のキーマン。
そして。
それを迎え撃つ千葉。
「さて。」
八幡は小さく呟いた。
「今回は。」
「どっちが相手を走らせるかな。」
第19節。
エストレヤ千葉対山形ブリッツFC。
前回2-2に終わった両者の再戦が、始まった。
### 第290話 バランサー
前半5分。
試合はまだ大きく動いていない。
だが。
ベンチの八幡は、千葉の中盤をじっと見ていた。
**戸塚彩加。**
そして。
夏に加入し、今日が移籍後初出場となる**笹森正義**。
今回、マルコが選んだダブルボランチだった。
---
これまで千葉の中盤では、戸塚とエミリオの組み合わせが多かった。
戸塚は――。
**守備型。**
危険なスペースを察知し、相手の攻撃を潰す。
一対一。
カバーリング。
インターセプト。
相手の攻撃の芽を摘み取ることに関しては、チームでも抜けた存在だった。
一方。
エミリオは――。
**攻撃型。**
後方から前へボールを運び。
縦パスを入れ。
時には自ら高い位置へ進出する。
戸塚が後ろを支えることで、積極的に攻撃へ関与できる。
---
そして。
笹森は。
そのどちらでもない。
「……やっぱり。」
八幡が小さく呟く。
「バランスいいな。」
---
前半6分。
山形。
澤部が左足でボールを動かす。
原。
火神。
火神が中央で受けようとする。
戸塚が前へ出た。
その瞬間。
笹森が自然に戸塚の後方へ入る。
火神へのコースを切る。
澤部は出せない。
一度、後ろへ戻した。
---
八幡はその動きを見逃さない。
戸塚が出れば。
笹森が残る。
笹森が前へ出れば。
戸塚が中央を締める。
誰かに言われてから動くのではない。
その場で状況を判断している。
---
山形が右へ展開。
千葉の森川が戻る。
高山も前へ出る。
その二人の間。
わずかに空いたスペースへ。
笹森。
スッ。
何事もなかったように入った。
パスコースが消える。
山形は再び後ろへ。
派手ではない。
ボールを奪ったわけでもない。
タックルしたわけでもない。
だが。
山形が使いたかった場所には、必ず笹森がいた。
---
マルコが腕を組む。
「いい。」
八幡も頷く。
「ですね。」
---
前半8分。
今度は千葉。
宇津木から笹森。
原が寄せる。
前回。
この原のプレスに千葉は何度も苦しめられた。
だが。
笹森は慌てない。
右足で受ける。
原が来る。
身体の向きを変える。
左足。
ワンタッチで戸塚へ。
すぐに移動。
戸塚から再び笹森。
今度は右足。
ダニエルへ縦パス。
「ダニエル!」
ダニエルが前を向く。
---
八幡の目が僅かに細くなる。
両足を使える。
だから。
ボールの置き場所によってプレー方向を限定されにくい。
無理に難しいパスは狙わない。
取られない。
味方へ渡す。
そして。
すぐ次の場所へ動く。
それだけ。
だが、その「それだけ」を正確に繰り返す。
---
前半10分。
山形がボールを奪った。
火神が中央へ。
「来るぞ!」
戸塚が寄せる。
火神は身体を使って戸塚を押さえながら前進。
そこへ笹森。
ただし。
飛び込まない。
戸塚と挟むように位置を取る。
火神が右を見る。
パスコースがない。
左。
そこも笹森が切っている。
ならば――。
火神が右足を振る。
「ミドル!」
ドンッ!!
強烈なシュート。
しかし。
戸塚が身体を寄せたことで十分な体勢ではない。
ボールはゴール左へ外れた。
郷田が軌道を確認しながら見送る。
---
火神が戸塚を見る。
戸塚も火神を見る。
その横を。
笹森が何事もなかったように自分の位置へ戻っていく。
火神が一瞬だけ、その背中を見た。
前回とは違う。
---
八幡はベンチで考える。
戸塚とエミリオなら。
**守備と攻撃。**
役割が分かりやすい。
だが。
戸塚と笹森は違う。
戸塚が守備に出た時。
笹森がバランスを取る。
攻撃になれば。
戸塚からボールを受け。
前へ繋ぐ。
サイドが上がれば。
その後ろを埋める。
中央が空けば。
中央へ。
必要なら前へ。
必要なら後ろへ。
---
何か一つ。
飛び抜けて目立つわけではない。
だが。
**どこに置いても大きく崩れない。**
それが笹森正義だった。
---
前半12分。
毛利がオーバーラップ。
川崎と連係して右サイドを突破する。
その瞬間。
笹森は右へ寄った。
カウンターに備える。
川崎からクロス。
材木座。
競る。
弾かれる。
山形が拾った。
「カウンター!」
澤部がすぐに前を見る。
筒本へロングボールを狙う。
だが。
その前。
笹森が澤部との間合いを詰める。
澤部は蹴れない。
横へ。
原。
そこには戸塚。
山形の速攻が止まった。
スタンドから大きな拍手。
---
八幡は静かに頷く。
「こういうのでいい。」
マルコが横目で見る。
「こういうのが、だろ?」
「……そうですね。」
八幡はピッチへ視線を戻した。
派手なドリブルはいらない。
決定的なパスを毎回狙う必要もない。
今日の山形相手なら。
むしろ。
こういう選手が必要だった。
---
守備型の戸塚。
攻撃型のエミリオ。
そして。
その中間で全体を整える――。
**バランス型の笹森。**
夏に加わった新たな選択肢。
その価値が。
移籍後初出場となったこの試合で、早くも現れ始めていた。
### 第291話 前回はいなかった14番
前半14分。
ここまで山形ブリッツFCは、千葉の中盤に対して思うように主導権を握れていなかった。
理由の一つは笹森正義。
そして。
もう一つ。
前回対戦時には存在しなかった選手がいた。
---
背番号14。
**ダニエル・ロドリゲス。**
第6節を迎える前に加入した、23歳のスペイン人OMF。
第2節の山形戦。
当然、彼はまだ千葉にいなかった。
---
前半15分。
宇津木。
戸塚。
笹森。
ボールを動かす。
山形の原が笹森へ寄る。
その瞬間。
ダニエルが下がった。
「……!」
澤部が反応する。
笹森から縦。
ダニエル。
背後には澤部。
前にはCB。
ダニエルはボールを受ける直前に一度だけ首を振る。
トンッ。
ワンタッチ。
川崎へ。
そして。
すぐに前へ。
「返せ!」
川崎からリターン。
原が横から寄せる。
澤部も来る。
二人。
だが。
ダニエルは身体を入れてボールを隠す。
クルッ。
反転。
「上手い!」
スタンドから声が上がる。
---
山形ベンチ。
コーチが立ち上がる。
「捕まえろ!」
しかし。
簡単ではない。
---
次の瞬間。
CBが前へ出る。
ダニエルは待っていた。
右足。
スルーパス。
材木座が裏へ。
「材木座!」
材木座が走る。
山形CBが慌てて戻る。
ギリギリ。
スライディングでカット。
ボールはタッチラインへ。
千葉ボール。
大きな拍手が起こった。
---
山形のCBが立ち上がりながらダニエルを見る。
「……厄介だな。」
澤部も戻ってくる。
「前向かせるな。」
原が頷く。
だが。
それが難しい。
---
前半17分。
今度はダニエルが右へ流れる。
澤部が付く。
すると。
中央が空く。
森川が入る。
笹森から森川。
山形CBが対応。
森川は無理せず戻す。
そこへ。
いつの間にかダニエル。
今度は中央。
「また14番!」
原が飛び出す。
ダニエルはダイレクト。
戸塚。
戸塚から毛利。
右へ展開。
---
八幡はベンチから見ていた。
「捕まえられてないな。」
マルコも頷く。
「原は誰を見る?」
「笹森。」
「澤部は?」
「ダニエル。」
「なら火神の位置は?」
「戸塚が見る。」
八幡が続ける。
「でも。」
「ダニエルが下がれば。」
「澤部も付いていくか迷う。」
「付けば中央が空く。」
「付かなければ。」
「ダニエルが前を向く。」
マルコが笑う。
「嫌な選手だ。」
「味方で良かったです。」
---
前半19分。
再びダニエル。
今度は山形の二列目とボランチの間。
絶妙な位置。
原が見る。
澤部も見る。
CBも見る。
三人全員が。
**誰が行く?**
一瞬。
迷った。
その一瞬で十分だった。
戸塚から縦パス。
ダニエル。
前を向く。
「行け!」
山形CBが出る。
ダニエルは左へボールを運ぶ。
CBが付いてくる。
もう一人のCBは材木座を見る。
その間。
森川が斜めに走る。
ダニエルの左足。
スッ。
DFとDFの間。
森川へ。
「森川!」
森川が抜ける。
左足。
シュート!
GKが飛ぶ。
バシッ!
弾いた。
「うおおおおお!!」
スタジアムが沸く。
---
山形GKが立ち上がる。
CB二人が顔を見合わせた。
澤部が戻ってくる。
原も加わる。
「14番。」
「誰が見る?」
短い話し合い。
しかし。
明確な答えが出ない。
---
ダニエルは。
ボランチの前に立つ。
次は横へ。
その次は下がる。
突然、前線へ。
材木座の近くにも現れる。
固定されたトップ下ではない。
自分で空いている場所を探し続ける。
だから。
山形のボランチが苦しむ。
そして。
ダニエルがボランチの背後へ入れば。
今度はCBが苦しむ。
出るのか。
残るのか。
---
第2節。
山形は千葉の中盤を走らせた。
澤部がテンポを握り。
原がボールを奪い。
火神が前へ運んだ。
しかし。
今回は違う。
前回にはいなかった背番号14がいる。
---
前半21分。
ダニエルがボールを受ける。
澤部が寄せる。
ダニエルはニヤリともせず。
淡々と。
ワンタッチで笹森へ。
そしてまた。
次のスペースへ走った。
澤部が追う。
その姿を見ながら。
八幡は小さく呟く。
「前回は。」
「こっちが走らされた。」
視線の先。
ダニエルを追う山形の中盤。
「今回は。」
「そっちにも走ってもらうぞ。」
第2節にはいなかった新たな司令塔。
ダニエル・ロドリゲス。
その存在によって。
前回とはまったく違う中盤戦が展開され始めていた。
### 第292話 先制
前半39分。
スコアはまだ。
**0-0。**
千葉が押し込む時間は増えている。
しかし、山形も最後のところでは崩れない。
両SHが深い位置まで戻り。
4バックと連動してスペースを消す。
簡単には中央を割らせなかった。
---
山形の攻撃。
火神が中央でボールを受ける。
戸塚が寄せる。
笹森もカバー。
火神は無理をせず澤部へ戻した。
澤部が左足で筒本を狙う。
だが。
長谷川が前へ出る。
競り合い。
こぼれ球。
戸塚が拾った。
「毛利!」
右へ。
毛利良一。
ボールを受ける。
顔を上げた。
前を見る。
山形は守備へ戻ろうとしている。
その瞬間。
材木座が中央で動いた。
「来い!」
毛利は迷わない。
右足。
**バンッ!!**
ロングボール。
---
高い弾道。
狙いは材木座。
山形CBが背後から身体を当てる。
「材木座!」
ダニエルが声を飛ばす。
材木座はボールの落下地点へ身体を入れる。
CBを背負う。
胸。
**トンッ。**
収めた。
「よし!」
八幡がベンチで僅かに身体を前へ出す。
---
山形のもう一人のCBが寄ろうとする。
だが。
材木座は前を向かない。
ボールを守る。
そして。
左を見る。
森川。
大きく開いていた。
材木座が右足を振る。
「森川!」
左へ展開。
---
森川佑。
ボールを受ける。
山形の右SHが戻ってくる。
さらにRSB。
二人がいる。
森川は一瞬止まった。
右足でボールを触る。
相手が縦を警戒する。
次の瞬間。
「――中!」
森川が一気に切り込んだ。
右SHをかわす。
RSBが身体を寄せる。
だが。
森川はボールを離さない。
さらに中央へ。
---
山形CBは材木座を警戒している。
原も戻る。
澤部も中央へ。
一瞬だけ。
シュートコースが開いた。
森川は見逃さなかった。
ペナルティーエリア内。
右足。
**ドンッ!!**
低いシュート。
DFの足元を抜ける。
山形GKが反応する。
「っ!」
横へ飛ぶ。
腕を伸ばす。
だが。
届かない。
ボールはゴール隅へ。
**ネットが揺れた。**
---
一瞬の静寂。
直後。
**ワアアアアアアアアアアアアア!!**
エストレヤスタジアムが爆発する。
「森川あああああ!!」
「よっしゃああああ!!」
「先制!!」
森川はゴールを確認すると、そのままゴール裏へ走った。
両腕を広げる。
後ろから材木座が追い付く。
「ナイス!」
森川の背中を叩く。
川崎。
ダニエル。
戸塚。
次々と集まってくる。
---
森川は材木座を指差した。
「あれ、よく収めたな!」
材木座が胸を張る。
「当然である!」
「毛利殿のボールが良かった!」
少し遅れて毛利もやってくる。
材木座が今度は毛利を指差す。
「起点はここだ!」
毛利は苦笑しながら二人の肩を叩いた。
---
ベンチ。
マルコ監督が大きく拍手する。
「ブラーボ!」
八幡も立ち上がっていた。
「毛利から。」
「材木座が収めて。」
「逆サイド。」
「……綺麗に決まったな。」
山形が中央を固めるなら。
一度前線へ当てる。
材木座が収める。
そして。
空いた逆サイドを使う。
狙い通りだった。
---
大型ビジョン。
**39分**
**GOAL**
**森川 佑**
スコアが変わる。
### エストレヤ千葉 1-0 山形ブリッツFC
---
山形の選手たちがセンターサークルへ戻る。
澤部が手を叩く。
「まだ前半だ!」
火神も周囲へ声を掛ける。
筒本は無言でボールを見る。
山形もまだ折れていない。
---
八幡は時計を確認する。
前半39分。
まだ残っている。
喜ぶのは一瞬だけ。
「集中!」
「前半終わってないぞ!」
八幡の声が飛ぶ。
千葉の選手たちもすぐに表情を切り替えた。
前回。
2点を奪いながら勝ち切れなかった相手。
だからこそ。
誰一人として。
**1点で十分だとは考えていなかった。**
### 第293話 一点リード
前半40分。
**エストレヤ千葉 1-0 山形ブリッツFC。**
森川佑の先制ゴール。
しかし。
前半はまだ終わっていない。
---
再開直後。
山形が前へ出る。
澤部。
原。
そして火神。
失点したことで、明らかに攻撃のテンポを上げてきた。
「来るぞ!」
戸塚が声を飛ばす。
---
前半42分。
澤部が左足でロングボール。
狙いは当然。
筒本。
「宇津木!」
長谷川の声。
宇津木が身体を寄せる。
191センチの筒本が跳ぶ。
競り合い。
ボールが中央へ落ちる。
そこへ。
火神。
「セカンド!」
笹森が寄る。
しかし火神が一歩早い。
胸で収める。
そのまま前を向いた。
戸塚が立ちはだかる。
二年前。
オリンピックでコンビを組んだ二人。
火神が右へ。
戸塚は動かない。
左。
まだ動かない。
「……相変わらずだな。」
火神が小さく呟く。
そして。
右足を振る。
強烈なミドルシュート。
**ドンッ!!**
郷田が反応。
「任せろ!」
両手。
**バシッ!**
正面。
しっかりキャッチした。
スタンドから拍手。
郷田はすぐ立ち上がる。
「慌てるな!」
「時間あるぞ!」
キャプテンの声が響いた。
---
前半43分。
今度は千葉。
笹森。
戸塚。
ダニエル。
三人で細かく動かす。
原がダニエルへ寄る。
ダニエルはワンタッチ。
川崎へ。
川崎が縦へ仕掛ける。
山形の左SHが戻る。
LSBとの二枚。
川崎は無理をしない。
毛利へ戻した。
---
「いい。」
八幡がベンチで呟く。
一点取ったからといって。
無理に二点目を狙わない。
行けなければ戻す。
山形にボールを渡さない。
前回。
澤部に試合のテンポを握られた千葉とは違う。
---
前半44分。
山形。
原がボールを奪う。
すぐ澤部。
澤部が前を見る。
だが。
ダニエルが寄せる。
筒本へのロングボールを蹴らせない。
横へ。
火神が下りる。
戸塚が付く。
火神はターン。
強引に前へ。
戸塚と身体がぶつかる。
それでも火神は倒れない。
一歩。
二歩。
運ぶ。
そこへ。
笹森。
進行方向へ身体を入れる。
火神が止まった。
パスコースもない。
仕方なく後ろへ戻す。
---
マルコ監督が拍手する。
「笹森!」
「それでいい!」
笹森は軽く手を上げる。
派手なボール奪取ではない。
だが。
火神の前進を確実に止めた。
---
アディショナルタイム。
**2分。**
山形が最後の攻撃。
右SHが大きく開く。
火神が中央へ。
澤部から火神。
戸塚が寄せる。
火神が左へ展開。
左SH。
毛利が対応。
クロス。
「筒本!」
宇津木。
長谷川。
二人が筒本を挟む。
ボールが上がる。
筒本が跳ぶ。
宇津木も跳ぶ。
**バンッ!**
ヘディング。
ゴール方向。
だが。
力はない。
郷田が前へ。
両手で確実に収める。
---
郷田はボールを抱えたまま時計を見る。
急がない。
数秒後。
前へ蹴り出す。
そして。
**ピィィィィィ――!!**
主審の笛。
---
### 前半終了
## エストレヤ千葉 1-0 山形ブリッツFC
---
千葉サポーターから大きな拍手が送られる。
「ナイス前半!」
「森川最高!」
「後半も行くぞ!」
森川の39分の一撃。
その一点を守り切り。
千葉がリードして前半を終えた。
---
選手たちが引き上げてくる。
郷田が宇津木と長谷川へ声を掛ける。
「筒本、前回より抑えられてる。」
「このまま行くぞ。」
「おう。」
戸塚と笹森も並んで歩く。
笹森が息を整えながら聞く。
「火神さん、やっぱり強いですね。」
戸塚は短く答える。
「強いよ。」
そして。
少しだけ笑った。
「でも。」
「知ってる。」
---
最後に八幡がピッチを見る。
前回。
同じ相手に2点を奪われた。
今回は。
ここまで無失点。
ただし。
まだ45分。
山形には筒本がいる。
澤部がいる。
原がいる。
そして。
火神がいる。
八幡は資料を持って控室へ向かう。
勝負は。
まだ半分しか終わっていなかった。
### 第294話 山形のハーフタイム
山形ブリッツFC。
アウェー控室。
扉が閉まる。
外から響く千葉サポーターの声が、僅かに遠くなった。
スコアは。
**0-1。**
前半39分。
毛利のロングボール。
材木座に収められ。
左へ展開。
最後は森川に切り込まれて失点した。
---
選手たちはそれぞれベンチへ腰を下ろす。
タオルで汗を拭く。
水を飲む。
誰も大きな声を出さない。
だが。
表情は険しかった。
前回対戦とは違う。
それを全員が感じていた。
---
山形の監督がホワイトボードの前に立つ。
「まず。」
「一点差だ。」
「慌てる必要はない。」
選手たちが顔を上げる。
「だが。」
「前回と同じつもりでやっていたら。」
「このまま終わる。」
澤部が静かに頷いた。
---
監督は磁石を動かす。
千葉の中盤。
**戸塚。**
**笹森。**
その前に。
**ダニエル。**
「一番違うのはここだ。」
---
原が口を開く。
「笹森ですね。」
「……あいつ、かなり面倒です。」
監督が原を見る。
「どう面倒だ?」
「出てこないんです。」
原はタオルを首に掛けたまま答える。
「戸塚は分かります。」
「守備で来る。」
「奪えると思ったら前へ出てくる。」
「でも笹森は。」
「無理して来ない。」
「ずっと嫌な場所にいる。」
---
澤部も続ける。
「俺から筒本へのコースも。」
「かなり消されてます。」
「完全にマンマークされてるわけじゃない。」
「でも。」
「蹴ろうとすると。」
「誰かがいる。」
監督が頷く。
「バランサーか。」
「はい。」
---
原が腕を組む。
「前回は。」
「戸部が途中から止まりました。」
その名前に澤部も頷く。
前回。
第2節。
澤部がボールを動かし。
千葉の中盤を走らせた。
特に戸部。
元々運動量が多い選手ではない。
前半途中から明らかに動きが落ちた。
そこを原が狙った。
ボールを奪う。
寄せる。
また奪う。
千葉の中盤は苦しんだ。
それでも川崎、森川、材木座が踏ん張り。
二点を奪ったことで試合は2-2。
---
「今回は。」
原が続ける。
「同じことができません。」
「笹森が無駄に走らない。」
「こっちが動かそうとしても。」
「必要なところだけ動いてます。」
「戸塚も。」
「前回より楽そうです。」
---
火神が水を飲みながら聞いていた。
やがて。
「それだけじゃないだろ。」
全員が火神を見る。
「14番。」
**ダニエル・ロドリゲス。**
---
火神が前髪をかき上げる。
「あいつが一番変わってる。」
澤部が苦笑する。
「分かってる。」
「かなり走らされた。」
---
監督はダニエルの磁石を動かす。
中央。
右。
左。
下。
そして再び中央。
「捕まっていない。」
「前回はいなかった選手だ。」
「第6節前に加入した。」
「映像では分かっていた。」
「だが。」
「実際に相手をすると厄介だな。」
---
澤部が口を開く。
「俺が付けば。」
「下がるんですよ。」
「そこで追えば。」
「俺の後ろが空く。」
原が続ける。
「俺が行けば笹森が空く。」
「CBが出れば。」
「材木座が裏を狙う。」
山形のCBが顔をしかめる。
「こっちも判断が難しい。」
「14番がライン間にいる時。」
「俺たちが出るのか。」
「ボランチに任せるのか。」
「一瞬迷う。」
「その一瞬で。」
「もうボールを出されてる。」
---
監督は何も言わず。
失点場面をタブレットからモニターへ映した。
前半39分。
毛利。
ロングボール。
材木座。
収める。
左。
森川。
切り込む。
シュート。
ゴール。
映像を止める。
---
「失点。」
「ここ。」
材木座がボールを収めた瞬間。
「まず。」
「簡単に収めさせた。」
CBが頷く。
「はい。」
「ただ。」
監督は続ける。
「問題はその後だ。」
映像を少し進める。
森川へ展開。
「全員。」
「材木座に意識が寄った。」
「左への展開が遅れた。」
そして。
森川が中へ切り込む。
「ここで。」
「縦を警戒しすぎた。」
「中を使われた。」
「最後も。」
「シュートコースを消し切れていない。」
---
右SHが悔しそうに俯く。
「すみません。」
「謝る必要はない。」
監督は即座に返す。
「修正すればいい。」
「まだ一点だ。」
---
そして。
ホワイトボード中央。
**火神。**
監督が指差す。
「後半。」
「もう少し火神を使う。」
火神が顔を上げる。
---
「戸塚は。」
「お前を知っている。」
火神が小さく笑う。
「でしょうね。」
「二年前まで一緒にやってましたから。」
オリンピック日本代表。
背番号8。
戸塚彩加。
背番号7。
火神隼吾。
同じ中盤でコンビを組んでいた。
当然。
癖も知っている。
間合いも知っている。
---
火神が言う。
「あいつ。」
「ミドル警戒してます。」
「前向いた瞬間。」
「必ず距離詰めてくる。」
監督が聞く。
「利用できるか?」
「できます。」
即答だった。
「俺が前向けば。」
「戸塚は来る。」
「そこを使います。」
---
澤部が反応する。
「筒本か?」
「それも。」
火神はホワイトボードを見る。
「俺が戸塚を引っ張る。」
「笹森まで来れば。」
「中央が空く。」
「来なければ。」
「俺がそのまま行く。」
原が笑う。
「ミドルもあるしな。」
「そういうこと。」
---
筒本がようやく口を開いた。
「俺は?」
火神が見る。
「いつも通り。」
「CB二枚引き付けてくれ。」
「分かった。」
短い。
だが。
それで十分だった。
---
監督が最後に澤部を見る。
「澤部。」
「筒本へのロングボールだけに拘るな。」
「はい。」
「千葉はそこを待っている。」
「一度。」
「火神を経由しろ。」
「火神に戸塚を動かさせる。」
「それから筒本。」
澤部が頷く。
「了解です。」
---
監督は全員を見渡した。
「前回。」
「俺たちは千葉を走らせた。」
「今日は。」
「逆に走らされている時間がある。」
誰も否定しない。
「それでも。」
「一点差。」
「45分ある。」
---
澤部が立ち上がった。
キャプテン。
パンッ!
両手を強く叩く。
「行こう。」
全員が顔を上げる。
「前回。」
「向こうは二点取っても。」
「俺たちに追いつかれた。」
「なら。」
「一点くらい。」
「どうってことない。」
原が立つ。
筒本も。
火神も立ち上がる。
---
火神は最後に水を一口飲む。
そして。
小さく呟いた。
「彩加。」
「後半は。」
「もう少し付き合ってもらうぞ。」
二年前は味方だった。
今は敵。
山形ブリッツFC。
一点を追う後半。
その中心に立つのは。
やはり背番号10。
**火神隼吾だった。**
### 第295話 千葉のハーフタイム
エストレヤ千葉。
ホーム控室。
選手たちが次々と戻ってくる。
スコアは。
**1-0。**
前半39分。
毛利のロングボール。
材木座が収め。
左へ展開。
森川が中へ切り込み、右足で仕留めた。
一点リードで折り返した。
---
「ナイス前半。」
マルコ監督が選手たちを迎える。
「まず水を飲め。」
「身体を冷やしすぎるな。」
選手たちはそれぞれ席へ。
郷田はグローブを外す。
宇津木と長谷川はすぐに筒本の動きについて話し始める。
笹森は水を飲みながら呼吸を整える。
夏に加入してから初出場。
それでも。
表情に大きな乱れはない。
---
八幡は前方のモニターを操作した。
「前半。」
「基本的には。」
「このままでいいと思います。」
選手たちが顔を上げる。
---
映像。
まずは山形の攻撃。
澤部がボールを持つ。
筒本へロングボールを狙う。
そのコースに笹森。
蹴れずに横へ。
次。
火神が前を向く。
戸塚が寄せる。
笹森が横を締める。
火神が戻す。
八幡が映像を止めた。
「ここ。」
「かなり上手くいってます。」
「戸塚。」
「火神への対応。」
「今のままで。」
戸塚が頷く。
「分かった。」
---
「ただ。」
八幡は続ける。
「後半。」
「火神の動きは変えてくると思います。」
「前半。」
「戸塚にかなり捕まってる。」
「向こうも当然分かってます。」
戸塚がタオルで汗を拭きながら答える。
「たぶん。」
「俺を動かしてくる。」
八幡も頷く。
「俺もそう思う。」
「追いすぎないでください。」
「笹森との距離を崩さない。」
---
笹森が顔を上げる。
「俺は今の位置で?」
「基本は。」
「そのままでお願いします。」
八幡は答える。
「火神に戸塚が出たら。」
「後ろを埋める。」
「澤部から筒本へのコースを見る。」
「原が上がったら。」
「そこも見る。」
「全部取りに行かなくていいです。」
笹森が頷く。
「分かりました。」
「今まで通りやります。」
「それが一番です。」
---
マルコ監督も口を開く。
「笹森。」
「いい前半だった。」
「派手なことは必要ない。」
「今やっていることを続けろ。」
「はい。」
---
次の映像。
筒本。
宇津木と競る。
長谷川がカバー。
再び筒本。
今度は長谷川。
宇津木がセカンドを見る。
「CB二人も。」
八幡が言う。
「前回より。」
「かなり対応できてます。」
宇津木が頷く。
「でも。」
「やっぱり強い。」
長谷川も続ける。
「一回でも完全に入られたら危ない。」
「そうですね。」
八幡は即答する。
「だから。」
「勝とうとしすぎなくていいです。」
「筒本に触られても。」
「その次を拾えばいい。」
「一人で全部処理しようとしない。」
郷田も後ろから声を掛ける。
「俺も出られるところは出る。」
「二人は今まで通りやってくれ。」
「了解。」
---
映像が変わる。
千葉の攻撃。
ダニエルが下がる。
澤部が迷う。
原も見る。
その間に笹森。
川崎。
再びダニエル。
八幡が映像を止める。
「ダニエル。」
「かなり嫌がられてます。」
ダニエルが小さく笑う。
「分かってる。」
「誰が付くか。」
「まだ決まってない。」
「ですよね。」
「だったら。」
「後半も動いてください。」
「中央に拘らなくていいです。」
「右でも。」
「左でも。」
「下がってもいい。」
ダニエルが頷く。
「分かった。」
---
材木座が横から口を挟む。
「我のところへ来ても構わんぞ。」
「二人で山形守備陣を破壊――」
「お前はまず。」
八幡が遮る。
「前半みたいにボール収めてください。」
「……承知した。」
控室に小さな笑いが起こる。
---
だが。
八幡はすぐに真剣な表情へ戻る。
失点場面。
ではなく。
得点場面を映す。
毛利。
ロングボール。
材木座。
左へ。
森川。
カットイン。
ゴール。
---
「これ。」
「後半も使えます。」
八幡が言う。
「山形は。」
「ダニエルを気にして。」
「中央への意識がかなり強くなってます。」
「だから。」
「無理に中央だけで崩さなくていい。」
「材木座に当てる。」
「左右へ振る。」
「川崎。」
「森川。」
「空いた方を使ってください。」
二人が頷く。
---
森川が聞く。
「また中、狙っていい?」
「空いてれば。」
「ただし。」
「同じ形を警戒してくると思います。」
「分かった。」
---
毛利も資料を見る。
「筒本のところを越して。」
「材木座へ直接入れるのは?」
「ありです。」
八幡が答える。
「前半の得点みたいに。」
「相手の中盤を飛ばしてもいい。」
「全部まともに付き合う必要はないです。」
---
そして。
マルコ監督が立ち上がった。
全員を見る。
「前半。」
「良かった。」
「だから。」
「大きく変える必要はない。」
静かに。
しかし力強く話す。
「一点リードしているから。」
「守りに入る必要もない。」
「逆に。」
「無理して二点目を取りに行く必要もない。」
「今のサッカーを。」
「そのまま続けよう。」
---
選手たちの視線がマルコへ集まる。
「山形は。」
「必ず変えてくる。」
「一点負けている。」
「前へ出てくる。」
「それでも。」
「我々が合わせる必要はない。」
「相手が変わっても。」
「我々は崩れない。」
---
郷田が立ち上がる。
キャプテンマーク。
久しぶりに戻ってきた正守護神。
「最初の十分。」
「集中しよう。」
「向こうは絶対来る。」
宇津木。
長谷川。
毛利。
高山。
次々と立ち上がる。
戸塚も。
笹森も。
川崎。
森川。
ダニエル。
材木座。
全員が出口へ向かう。
---
最後に八幡が声を掛ける。
「前回。」
「2点取っても勝てませんでした。」
何人かが振り返る。
「だから。」
「今回は。」
「一点差でも。」
「最後まで勝って終わりましょう。」
郷田が笑う。
「当たり前だ。」
扉が開く。
外から。
千葉サポーターの歌声が一気に流れ込んできた。
**1-0。**
まだ半分。
変える必要はない。
前半にできていたことを。
後半も続ける。
それが。
千葉が出した答えだった。
### 第296話 ハーフタイムレビュー
ハーフタイム。
エストレヤスタジアム。
選手たちがロッカールームへ引き上げたあと。
場内では前半のハイライト映像が流れていた。
放送席。
司会者が資料へ目を落とす。
「前半終了しました。」
「エストレヤ千葉が、森川佑選手のゴールで**1-0**とリードしています。」
隣の解説者が頷く。
「かなり面白い前半でしたね。」
「スコアだけなら一点差ですけど。」
「第2節の対戦とは、内容がかなり違います。」
---
司会者。
「前回は山形ホームで2-2。」
「山形の筒本淳選手に2ゴールを許しました。」
「そして今日。」
「その筒本選手はここまで無得点です。」
「千葉としては、かなり上手く守れているということでしょうか?」
「そうですね。」
解説者はモニターを見る。
映像には。
澤部から筒本へのロングボール。
宇津木が競る。
その後ろを長谷川がカバー。
こぼれ球を戸塚が回収する場面。
「まず。」
「宇津木、長谷川のCBコンビ。」
「この二人が非常に落ち着いています。」
「前回と同じCBコンビなんですよね。」
「そうなんです。」
「そして、この二人は千葉にとって鉄板ともいえる組み合わせです。」
---
映像が切り替わる。
筒本が宇津木を背負う。
宇津木が身体を当てる。
長谷川は少し後方。
「筒本選手に対して。」
「一人で全部勝とうとしていないんですよ。」
司会者が聞く。
「どういうことでしょう?」
「筒本選手は191センチあります。」
「パワーもジャンプ力もある。」
「真正面から全部競り勝とうとするのは難しい。」
「ですから。」
「一人が競る。」
「もう一人がその次を見る。」
「さらに戸塚や笹森がセカンドボールを拾う。」
「チーム全体で筒本選手の強みを消しています。」
---
司会者が頷く。
「そして。」
「その笹森正義選手。」
「夏に加入して。」
「今日が移籍後初出場です。」
映像には背番号3。
笹森。
「かなりいいですね。」
解説者がすぐに答える。
「派手じゃないです。」
「でも。」
「こういう選手は監督からすると非常に使いやすいと思います。」
---
笹森が戸塚の後ろを埋める。
次の場面。
サイドへ移動。
さらに。
原のプレスを両足を使ってかわし、簡単に味方へ預ける。
「戸塚彩加選手が守備型。」
「エミリオ・アルバレス選手を攻撃型とするなら。」
「笹森選手はちょうど中間。」
「バランス型ですね。」
司会者。
「何でもできる。」
「そうですね。」
「ただ。」
「何でも自分でやろうとしないところが良い。」
「戸塚が出たら残る。」
「サイドバックが上がればスペースを埋める。」
「味方が困ったらパスコースを作る。」
「ボールを受けても無理をしない。」
「試合を安定させています。」
---
そして。
映像が山形の背番号10へ。
**火神隼吾。**
司会者が口を開く。
「注目された火神選手。」
「強烈なミドルシュートもありました。」
「ただ。」
「まだ決定的な仕事はできていません。」
解説者が頷く。
「戸塚選手の存在が大きいですね。」
画面には二人。
戸塚。
火神。
「この二人。」
「2年前のオリンピック日本代表でコンビを組んでいます。」
「当時は戸塚選手が背番号8。」
「火神選手が背番号7。」
「お互いの特徴をよく知っています。」
---
火神が前を向く。
戸塚が距離を詰める。
ドリブル。
戸塚がコースを限定。
そこへ笹森。
「ここ。」
解説者が映像を止める。
「火神選手も上手いんです。」
「パワーがある。」
「ドリブルもある。」
「左右両足でプレーできる。」
「さらにミドルもある。」
「普通なら一人で対応するのはかなり難しい。」
「でも戸塚選手が癖を知っている。」
「そこへ笹森選手が連動している。」
「だから火神選手が気持ちよく前進できない。」
---
司会者。
「ただ。」
「山形も後半は何か変えてきそうですね。」
「絶対に変えてくると思います。」
解説者は即答する。
「火神選手をもっと自由に動かす可能性があります。」
「戸塚選手を意図的に動かして。」
「そのスペースを別の選手が使う。」
「これは千葉も警戒したいところですね。」
---
そして。
映像が千葉の背番号14へ切り替わる。
司会者が少し笑う。
「そして。」
「山形が前回対戦では経験していなかった存在。」
「ダニエル・ロドリゲス選手。」
解説者も笑う。
「山形からしたら。」
「これは相当嫌でしょうね。」
---
ダニエルが下がる。
澤部が付こうとする。
ダニエルはワンタッチ。
次は右。
次は中央。
今度はCBとボランチの間。
「捕まらないんですよ。」
「山形のボランチがかなり苦労しています。」
司会者。
「澤部選手と原選手ですね。」
「はい。」
「澤部が行けば。」
「その後ろが空く。」
「原が行けば。」
「笹森や戸塚が使える。」
「だからCBが出る。」
「すると材木座が裏を狙う。」
「この14番が加わったことで。」
「第2節にはなかった問題を山形は突き付けられています。」
---
映像ではダニエルを追う澤部。
次の瞬間。
ダニエルはダイレクトでボールを逃がす。
司会者が言う。
「前回は山形の澤部選手が。」
「千葉の選手たちをかなり走らせたんですよね。」
「そうです。」
解説者が頷く。
「特に戸部翔選手。」
「元々運動量が多いタイプではありませんから。」
「前半途中からかなり厳しくなった。」
「そこを原選手に狙われました。」
「川崎、森川、材木座の三人が頑張って2点を取ったから引き分けに持ち込めましたけど。」
「中盤では山形にかなり苦しめられた試合でした。」
---
司会者。
「それが今日は。」
「逆に山形の選手たちがダニエル選手を追っている。」
「そうなんです。」
「そこが非常に面白い。」
---
そして。
前半39分。
得点場面。
「さあ。」
「改めて千葉の先制点です。」
毛利良一。
顔を上げる。
ロングボール。
材木座。
CBを背負いながら収める。
左へ。
森川。
「まず。」
「毛利選手のボールがいいですね。」
「そして材木座選手。」
「ここ。」
「非常に重要です。」
---
材木座がボールを収めるところで映像が止まる。
「千葉はダニエル選手を使った中央突破だけじゃない。」
「材木座選手へ直接入れることもできる。」
「山形の中盤を一気に飛ばしました。」
司会者。
「そこから逆サイド。」
「はい。」
映像再開。
材木座。
森川へ。
森川が仕掛ける。
縦を警戒させる。
そして。
中央へ。
「切り込んだ!」
右足。
シュート。
ゴール。
---
司会者。
「森川佑!」
「見事な先制ゴールでした!」
解説者が頷く。
「森川選手も素晴らしい。」
「ただ、このゴール。」
「毛利。」
「材木座。」
「森川。」
「三人の良さが全部出ています。」
「特に山形は中央をかなり警戒していましたから。」
「そこを一気に飛ばして。」
「最後は左から仕留めた。」
「非常にいい攻撃でした。」
---
映像が終わる。
再び放送席。
司会者がスコアを確認する。
### エストレヤ千葉 1-0 山形ブリッツFC
「さて。」
「後半。」
「どこに注目しますか?」
解説者は少し考える。
「二つですね。」
「まず山形が火神選手をどう動かすのか。」
「そして。」
「千葉がダニエル選手をこのまま自由に使えるのか。」
「山形は一点を追っています。」
「当然、前へ出る時間が増える。」
「そうなると。」
「森川、川崎のサイド。」
「さらに材木座のところにもスペースが生まれる可能性があります。」
---
司会者が頷く。
「千葉としては。」
「無理に変える必要はない?」
「ないと思います。」
解説者は即答した。
「前半は上手くいっています。」
「一点リードしているから守り切ろうではなく。」
「前半と同じことを続ける。」
「それが一番だと思います。」
その時。
ピッチへ選手たちが戻り始める。
スタンドから再び大きな歓声。
司会者がマイクへ向かう。
「さあ。」
「選手たちが戻ってきました。」
「エストレヤ千葉が一点を守り切るのか。」
「それとも。」
「山形ブリッツFCが第2節のように追いつくのか。」
「まもなく。」
「運命の後半45分が始まります。」
### 第297話 三人の推し
ハーフタイム。
エストレヤスタジアム。
前半のハイライトが終わり、後半開始を待つスタンド。
その一角に。
妙に目立つ三人組がいた。
試合前。
スタジアム外のお笑いイベント。
その大トリを務めた――。
**千葉県出身のお笑いトリオ。**
仕事はもう終わっている。
だが。
三人とも帰っていなかった。
それどころか。
完全に一人の千葉サポーターとして試合を楽しんでいた。
---
三人とも。
エストレヤ千葉のレプリカユニフォーム姿。
しかも。
それぞれ背番号入り。
---
41歳。
トリオのリーダー。
背中には――。
**10 MORIKAWA**
森川佑。
昔から森川を応援している。
そして今日。
その森川が先制ゴール。
当然。
まだ興奮は収まっていなかった。
「いやぁぁぁ……!」
「最高だろ今日!」
「俺の森川決めたぞ!」
隣からすぐツッコミ。
「お前のじゃねえよ!」
「エストレヤ千葉の森川だよ!」
「いいだろ今くらい!」
リーダーは嬉しそうに背中の10番を見せつける。
「見ろ!」
「10番!」
「今日このユニ着てきてよかった!」
---
その横。
31歳。
トリオのボケ担当。
着ているのは。
**20 TOBE**
戸部翔。
だが。
今日の戸部はベンチスタート。
ボケ担当は腕を組みながら、ベンチの方向をじっと見ていた。
「……まだだ。」
リーダーが見る。
「何が?」
「戸部の時間は。」
「まだ来ていない。」
「何その予言者みたいな言い方。」
35歳のツッコミ担当が即座に返す。
ボケ担当は真顔。
「後半。」
「ゴール前でFK。」
「戸部登場。」
「スタジアム全員が思う。」
「入る。」
「そして入る。」
ツッコミ担当が呆れる。
「願望じゃねえか。」
「違う。」
「信頼だ。」
「急にいいこと言うな。」
---
ボケ担当は自分の背中を指差す。
**20。**
「だって戸部だぞ?」
「FKだぞ?」
「ゴール前でファール貰った瞬間。」
「俺もう喜べるから。」
「蹴る前に喜ぶなよ。」
「でも分かるだろ?」
「……まあ。」
ツッコミ担当も少し考える。
「分かる。」
「分かるのかよ!」
今度はリーダーが突っ込んだ。
---
そして。
35歳。
トリオのツッコミ担当。
その背中には。
**26 HASEGAWA**
長谷川智樹。
CB。
派手なゴールを決める選手ではない。
華麗なドリブルをするわけでもない。
だが。
この男は長谷川が好きだった。
---
「それより。」
ツッコミ担当がピッチを見る。
「前半。」
「長谷川めちゃくちゃ良かっただろ。」
リーダーが頷く。
「ああ。」
「筒本相手にかなりやってる。」
「そうなんだよ!」
急に声が大きくなる。
「191センチだぞ!」
「前回二点取ってるんだぞ!」
「そこを宇津木と長谷川で抑えてんだよ!」
ボケ担当が横から。
「でもまだ前半。」
「分かってるよ!」
「だから後半も頼むんだよ!」
---
ツッコミ担当が自分の26番を引っ張る。
「こういう選手が大事なんだよ。」
「ゴールだけじゃない。」
「長谷川見ろ。」
「カバー。」
「ポジショニング。」
「宇津木が競った後。」
「ちゃんと次の場所にいる。」
「そこ見ろ!」
リーダーが笑う。
「お前。」
「解説者みたいになってるぞ。」
「長谷川の話だけな。」
「偏りすぎだろ。」
---
すると。
大型ビジョンに前半39分のゴールが再び映る。
毛利。
ロングボール。
材木座。
収める。
左へ。
森川。
切り込む。
シュート。
ゴール。
「来た来た来た来た!!」
リーダーが立ち上がる。
まだハイライトなのに。
「森川ァァァァァ!!」
周囲のサポーターも笑う。
「もう入ったの知ってるだろ!」
ツッコミ担当が腕を引っ張る。
「何回見ても入る!」
「当たり前だよ! 録画だよ!」
---
ゴールが決まった瞬間。
リーダーは両腕を上げる。
「うおおおおお!!」
ボケ担当まで立ち上がる。
「森川ぁ!」
ツッコミ担当も。
「ナイスゴール!」
結局。
三人とも大興奮。
---
そして映像が終わる。
三人が座る。
リーダーは満足そうだった。
「いやぁ……。」
「森川が決めて。」
「1-0。」
「最高。」
ボケ担当。
「まだ戸部が出てない。」
ツッコミ担当。
「お前は本当にそれしかないな。」
「後半見てろ。」
「絶対出る。」
「何分?」
「……分からん。」
「そこは分からないのかよ。」
---
リーダーがツッコミ担当を見る。
「長谷川は?」
「後半もフル。」
即答。
「筒本を抑える。」
「願望?」
「信頼。」
ボケ担当が振り向く。
「俺と同じこと言ってる。」
「一緒にするな。」
「なんでだよ。」
---
三人は笑う。
だが。
ピッチに選手たちが戻ってきた瞬間。
表情が変わった。
リーダーが立ち上がる。
背番号10。
ボケ担当も。
背番号20。
ツッコミ担当も。
背番号26。
---
「森川!」
「もう一点頼むぞ!」
「戸部ー!」
「出番来たら決めろよー!」
「長谷川!」
「筒本に負けんなよ!」
三人の声がスタンドに響く。
仕事中ではない。
ネタでもない。
笑いを取る必要もない。
ただ。
千葉で生まれ。
千葉のクラブを応援する三人のサポーター。
それぞれ違う選手を推しながら。
三人揃って。
**エストレヤ千葉の勝利を願っていた。**
### 第298話 後半開始
選手たちがピッチへ戻る。
エストレヤスタジアム。
スコアは――。
**エストレヤ千葉 1-0 山形ブリッツFC。**
千葉は交代なし。
山形も交代なし。
前半と同じ22人がピッチに立った。
---
センターサークル。
筒本淳がボールの前に立つ。
少し後ろには火神隼吾。
戸塚はその火神を見ていた。
視線が交わる。
火神が僅かに笑う。
戸塚は無表情。
二年前。
同じユニフォームで中盤を組んでいた二人。
しかし今は。
完全な敵同士。
---
ベンチ。
八幡は腕を組む。
「最初の十分。」
「絶対に来る。」
マルコも頷く。
「山形も。」
「何も変えずに後半へ入るとは思えない。」
---
主審が時計を確認する。
**ピィィィィ――!!**
後半開始。
---
いきなり。
山形が動いた。
筒本から後方。
火神。
そのまま澤部へ。
千葉は前から追いすぎない。
材木座。
ダニエル。
森川。
川崎。
一定の距離を保つ。
---
澤部がボールを持つ。
前を見る。
筒本。
しかし。
蹴らない。
「……。」
八幡の目が細くなる。
前半なら。
狙えるタイミングだった。
それでも出さなかった。
澤部から原。
原から――。
火神。
---
「来た!」
戸塚が動く。
火神は中央で受ける。
戸塚が寄せる。
しかし。
火神は前を向かない。
ワンタッチ。
澤部へ戻す。
そして。
すぐ移動。
戸塚から離れる。
左。
「……やっぱり。」
八幡が呟く。
火神の立ち位置が。
前半とは違う。
---
澤部から左SH。
左SHは大きく開いている。
毛利が対応。
その内側。
火神が入ってきた。
戸塚も追う。
左SHから火神。
受ける。
戸塚が寄せる。
火神は身体を当てる。
そして。
中央へ戻す。
原。
---
次の瞬間。
火神は反対側へ走る。
「動くなぁ。」
笹森が呟く。
戸塚も火神を見る。
だが。
追い続ければ。
中央を空けることになる。
「戸塚!」
笹森が声を掛ける。
「そこまで!」
戸塚が止まる。
「任せた!」
笹森が火神の進行方向へ。
---
山形ベンチ。
監督がその動きを見ていた。
狙い通り。
火神を動かす。
戸塚を動かす。
千葉のダブルボランチの距離を広げる。
---
後半2分。
再び澤部。
今度は火神を経由しない。
左足。
**バンッ!**
筒本へ。
「来た!」
宇津木が身体を寄せる。
筒本が胸で収める。
長谷川がカバー。
だが。
筒本は無理に前を向かなかった。
落とす。
そこへ。
火神。
「火神!」
戸塚が戻る。
だが。
前半より少し遅い。
火神は前を向いた。
ゴールまで約27メートル。
右足。
振る。
「打つぞ!」
戸塚が身体を投げ出す。
火神。
ニヤッ。
――蹴らない。
切り返し。
戸塚の横。
「っ!」
火神が突破。
---
笹森が来る。
火神はさらに運ぶ。
笹森も飛び込まない。
コースを限定する。
火神は左足へ持ち替えた。
今度こそ。
**ドンッ!!**
強烈なミドルシュート。
ゴール左。
郷田が飛ぶ。
**バシッ!!**
片手。
弾き出す。
「郷田ァァァァ!!」
スタンドから大歓声。
ボールはゴールラインを割った。
山形のコーナーキック。
---
郷田が立ち上がる。
「集中!!」
「後半、動き変えてるぞ!」
戸塚もすぐ笹森へ。
「火神。」
「前半より動く。」
「分かってます。」
笹森が頷く。
「追いかけすぎないようにしましょう。」
「ああ。」
---
スタンド。
例のお笑いトリオ。
背番号26。
長谷川のユニフォームを着たツッコミ担当が立ち上がっていた。
「危ねええええ!!」
背番号10のリーダーも胸を押さえる。
「いきなり心臓に悪い!」
背番号20のボケ担当。
「大丈夫。」
「戸部がまだいる。」
「今の場面に戸部関係ねえだろ!」
---
ピッチ。
山形のコーナー。
澤部が蹴る。
左足。
高いボール。
狙いは。
当然。
筒本。
「宇津木!」
長谷川が叫ぶ。
筒本が跳ぶ。
宇津木も。
競る。
ボールが後方へ流れる。
火神が待っている。
だが。
笹森が先に触る。
クリア。
川崎が走る。
山形の原も追う。
川崎は無理をせず。
タッチラインへ蹴り出した。
---
八幡は腕を組んだまま。
山形の動きを見ていた。
やはり。
変えてきた。
火神を中央に固定しない。
左右へ動かし。
戸塚を引っ張る。
そして。
空いた場所を使う。
---
マルコが八幡を見る。
「予想通りか。」
「はい。」
八幡は答える。
「ただ。」
「思ったより。」
「火神を動かしてきましたね。」
「戸塚だけで追わせるのは危ないです。」
マルコが頷く。
「笹森との受け渡しだ。」
「ですね。」
---
後半4分。
山形。
また火神。
今度は右。
高山の内側。
戸塚は追わない。
笹森が寄る。
火神が中央へ戻す。
原。
澤部。
また火神。
山形が何度も位置を変える。
だが。
千葉も崩れない。
---
戸塚が守る。
笹森が整える。
宇津木と長谷川が筒本を見る。
そして。
最後尾。
郷田が全体へ指示を飛ばす。
「焦るな!」
「受け渡せ!」
「まだ一点勝ってるぞ!」
---
一点を追う山形。
一点を守るだけではなく。
二点目を狙う千葉。
後半開始直後から。
前半とは違う駆け引きが始まっていた。
### 第299話 再び倒れた守護神
後半24分。
スコアは変わらない。
**エストレヤ千葉 1-0 山形ブリッツFC。**
後半開始直後こそ山形が勢いを見せたものの。
千葉も徐々に対応。
戸塚と笹森が火神を受け渡しながら守り。
宇津木と長谷川も筒本を抑えていた。
その時だった。
---
山形。
澤部から右。
大きく開いていたRSHへ。
高山が対応する。
だが。
山形RSHが縦へ突破。
「行かせるな!」
高山が追う。
クロスではない。
そのままペナルティーエリアへ切り込んだ。
---
長谷川が中央を締める。
宇津木は筒本を見る。
山形RSHがボールを少し大きく前へ出した。
そこへ。
「俺が行く!」
郷田。
ゴールを飛び出した。
---
RSHもボールへ向かう。
郷田も。
両者。
止まれない。
郷田が先にボールへ触れる。
**バンッ!**
ボールを弾き出す。
直後。
**ドンッ!**
接触。
二人が倒れた。
---
「……っ!」
郷田が顔を歪める。
山形RSHは勢いのまま転がったが。
すぐに起き上がる。
しかし。
郷田は。
起きない。
---
「郷田?」
宇津木が振り返る。
主審がすぐに笛を吹く。
**ピィィィィィ!!**
試合中断。
---
郷田は左足を押さえていた。
正確には。
**左足首。**
「……っ……!」
歯を食いしばる。
立とうとする。
右足をつく。
そして。
左足。
体重を掛けようとした瞬間。
「っ……!」
再び芝生へ。
---
宇津木の表情が変わった。
「無理すんな!」
長谷川もすぐに手を上げる。
「メディカル!」
「早く!」
---
ベンチ。
八幡が立ち上がっていた。
「……嘘だろ。」
マルコ監督も険しい表情でピッチを見る。
そして。
千葉のメディカルスタッフが一斉に動く。
---
スタンドも。
異変に気付いた。
最初は静かなざわめき。
だが。
大型ビジョンに倒れている選手が映る。
背番号1。
キャプテン。
**郷田京。**
「……え?」
「郷田?」
「嘘だろ……。」
ざわめきが大きくなる。
---
郷田は。
怪我から復帰したばかりだった。
ようやく。
千葉のゴールへ帰ってきた。
キャプテンが戻ってきた。
そう喜んだばかりだった。
それなのに。
また。
ピッチに倒れている。
---
「郷田ぁぁぁ!!」
「嘘だろ!」
「やめてくれよ!」
「また怪我!?」
悲鳴に近い声がスタンドから飛ぶ。
子どもが心配そうにピッチを見つめる。
ユニフォーム姿のサポーターたちは立ち上がったまま動けない。
---
例のお笑いトリオも。
完全に笑顔が消えていた。
背番号10のリーダーが呟く。
「……郷田。」
31歳のボケ担当も何も言わない。
普段なら何か言うところ。
だが。
今はただピッチを見ている。
背番号26のツッコミ担当が祈るように手を組んだ。
「頼む……。」
「軽いやつであってくれ。」
---
ピッチ。
近藤めぐみ。
本庄麻衣。
メディカルスタッフが郷田のもとへ到着する。
左足首を確認。
郷田と話す。
「どこ?」
「……左。」
「足首。」
「動かせます?」
郷田がゆっくり動かそうとする。
顔が歪む。
「……痛い。」
---
ベンチの八幡は。
その表情だけで察した。
「駄目だ。」
「続けられない。」
マルコも頷く。
「古賀を。」
---
控えGK。
**古賀悠斗。**
名前を呼ばれた瞬間。
立ち上がる。
GKコーチもすぐに動く。
「古賀!」
「準備!」
「はい!」
ビブスを脱ぐ。
グローブを確認。
急いで身体を動かし始める。
突然。
出番が来た。
---
ピッチでは。
郷田がもう一度立とうとしていた。
「京。」
宇津木が肩を貸す。
「無理すんな。」
「……立てる。」
郷田が言う。
だが。
左足を芝生につけた瞬間。
「っ……!」
体勢が崩れる。
宇津木が支える。
もう。
明らかだった。
---
主審もメディカルスタッフを見る。
近藤がベンチへ向かって。
腕で大きく。
**交代。**
その合図。
---
「うわぁ……。」
スタンドから。
大きな悲鳴。
そして。
すぐに。
「郷田!!」
「郷田ぁぁぁ!!」
「無理するな!」
「戻ってこいよ!」
「待ってるぞ!!」
悲鳴は。
次第に大きな拍手へ変わっていく。
---
郷田は芝生の上からスタンドを見る。
悔しそうに唇を噛む。
復帰戦。
キャプテンとして。
もう一度。
このゴールを守れると思っていた。
それが。
後半24分。
再び。
怪我でピッチを離れることになった。
---
八幡はベンチ前で拳を握る。
試合はまだ終わっていない。
一点差。
山形は攻勢を強めている。
そして。
絶対的守護神が。
また倒れた。
エストレヤ千葉に。
予想もしなかったアクシデントが襲いかかった。
### 第300話 突然の移籍後初出場
後半24分。
担架がピッチへ入る。
左足首を痛めた郷田は、立つことができない。
スタンドからは。
「郷田ー!」
「無理するな!」
「また戻ってこいよ!」
大きな拍手が送られていた。
---
ベンチ。
マルコ監督がすぐに決断する。
「古賀。」
「行けるな?」
「はい。」
返事は短かった。
**古賀悠斗。**
夏にエストレヤ千葉へ加入したGK。
そして。
これが――。
**移籍後初出場。**
---
普通なら。
緊張して当然だった。
予定されたデビューではない。
後半24分。
1-0。
一点差。
相手は一点を追って攻勢を強めている。
さらに。
交代する相手は怪我から復帰したばかりの正GK・郷田京。
スタジアム全体が動揺している。
こんな状況で。
突然。
「行け。」
と言われる。
GKにとって、これ以上難しい入り方もなかなかない。
---
しかし。
古賀は。
「……。」
いつも通りだった。
グローブを強く締める。
軽くジャンプ。
最後にゴールの位置を確認する。
表情は変わらない。
八幡が横から見る。
「……緊張してないのか?」
古賀が振り向く。
「してますよ。」
「してるように見えませんけど。」
「出たらやることは同じですから。」
「……強いな。」
八幡はそれ以上何も言わなかった。
---
ピッチ。
郷田が担架で運ばれてくる。
その途中。
古賀と目が合った。
郷田が手を上げる。
「頼む。」
古賀も手を上げる。
「任せてください。」
それだけだった。
---
そして。
もう一つ。
郷田が外れることで。
キャプテンマークが引き継がれる。
郷田が腕から外したマーク。
受け取ったのは。
**長谷川智樹。**
背番号26。
長谷川はキャプテンマークを腕へ巻く。
郷田が言う。
「智樹。」
「頼んだ。」
「任せろ。」
長谷川が力強く答えた。
---
スタンド。
例のお笑いトリオ。
背番号26。
長谷川のユニフォームを着たツッコミ担当が、その光景に気付く。
「……長谷川。」
隣のリーダーも見る。
「キャプテンマーク。」
「長谷川に渡ったな。」
「頼むぞ……。」
ツッコミ担当は自分の胸元を握る。
「頼む。」
「郷田の分まで。」
---
交代が表示される。
**OUT**
**1 郷田 京**
**IN**
**古賀 悠斗**
スタンドから再び大きな拍手。
古賀は軽く頭を下げ。
ピッチへ走っていく。
---
ゴール前。
まず。
左右のポストを見る。
クロスバー。
ペナルティーエリア。
そして。
味方の位置。
すぐに声を出した。
「宇津木さん!」
「筒本、もう少し身体寄せて大丈夫です!」
宇津木が振り返る。
「分かった!」
「高山!」
「右見て!」
「毛利さん、ラインそのまま!」
次々と指示。
声にも。
焦りはない。
---
長谷川が古賀を見る。
「悠斗。」
「急だったけど。」
「大丈夫か?」
「大丈夫です。」
古賀は即答する。
「いつも通りお願いします。」
長谷川が少し笑う。
「分かった。」
---
八幡はベンチからその様子を見る。
古賀の特徴。
派手なスーパーセーブを連発するタイプではない。
だが。
**安定感がある。**
キャッチング。
ポジショニング。
コーチング。
どれも高い水準にある。
さらに。
足元も上手い。
後方からのビルドアップにも参加できる。
何より。
**冷静。**
それが古賀悠斗というGKだった。
---
試合再開。
いきなり山形。
澤部。
左足。
筒本へロングボール。
「来る!」
古賀の声。
宇津木が競る。
筒本。
ヘディングで落とす。
火神!
戸塚が付く。
火神が右へ。
山形RSH。
クロス。
ゴール前。
「キーパー!」
古賀が前へ。
筒本も飛び込む。
だが。
古賀は迷わない。
落下地点へ。
両手。
**ガシッ。**
キャッチ。
---
「おおおお!」
スタンドから拍手。
古賀は倒れない。
すぐ立ったまま。
ボールを胸に抱える。
そして。
周囲を見る。
「落ち着こう!」
「まだこっちが勝ってます!」
その一言。
---
長谷川が手を叩く。
「そうだ!」
「焦るな!」
新キャプテンからも声が飛ぶ。
---
古賀はボールを地面へ置く。
山形が前から来る。
慌てて蹴らない。
宇津木へ。
宇津木から戸塚。
戸塚。
笹森。
千葉がもう一度ボールを動かし始める。
---
八幡は小さく息を吐いた。
「……落ち着いてるな。」
マルコも頷く。
「だから獲った。」
---
怪我による突然の出場。
一点差。
後半24分。
しかも。
移籍後初出場。
普通なら。
緊張で身体が固くなってもおかしくない。
だが。
古賀悠斗は違った。
特別なことはしない。
焦らない。
騒がない。
いつも通り。
正しい位置へ立ち。
正しい判断をする。
そして。
味方へ声を掛ける。
それが。
このGKの強さだった。
---
残り約20分。
ゴールを守る男は変わった。
キャプテンも。
**郷田京から長谷川智樹へ。**
だが。
エストレヤ千葉の守備に。
動揺はなかった。