第301話〜第320話
第301話〜第320話
### 第301話 動かないスコア
後半28分。
**エストレヤ千葉 1-0 山形ブリッツFC。**
郷田京の負傷交代。
古賀悠斗の移籍後初出場。
キャプテンマークは長谷川智樹へ。
突然のアクシデント。
それでも。
試合そのものは、そこから大きく動かなかった。
---
山形。
澤部がボールを持つ。
筒本を見る。
だが。
宇津木が密着。
その後ろには長谷川。
さらに戸塚がセカンドボールを警戒している。
簡単には入れられない。
澤部は横。
原へ。
原から火神。
---
火神が前を向く。
戸塚。
すぐに距離を詰める。
「……。」
火神は仕掛けない。
笹森の位置も見えていた。
横へ。
右SH。
高山が対応。
再び後ろ。
---
山形がボールを持つ。
だが。
前へ進めない。
---
後半30分。
今度は千葉。
古賀。
宇津木へ。
宇津木から笹森。
原が寄せる。
笹森は右足。
戸塚へ。
戸塚からダニエル。
澤部が寄る。
ダニエルはワンタッチ。
川崎。
---
川崎が前を向く。
だが。
山形の左SHが戻っている。
さらにSB。
二枚。
「無理するな!」
毛利の声。
川崎は戻す。
毛利。
宇津木。
また中央。
---
千葉も。
無理には行かない。
一点リード。
だが。
守り切るために引きこもっているわけでもない。
行けるなら行く。
行けなければ戻す。
ボールを失うような無理な攻撃は避ける。
---
八幡が腕を組む。
「……完全に止まったな。」
マルコが答える。
「悪くない。」
「はい。」
一点リードしている千葉にとって。
この膠着状態は。
決して悪い展開ではなかった。
---
後半32分。
山形。
火神。
中央。
戸塚と向き合う。
右へフェイント。
左。
身体を当てて前へ。
戸塚も離れない。
火神が強引に右足を振ろうとする。
そこへ。
笹森。
シュートコースを塞ぐ。
火神は止める。
「またかよ……。」
笹森は何も答えない。
ただ。
正しい位置に立っている。
火神は仕方なく後ろへ戻した。
---
澤部。
左足。
今度こそ筒本へ。
高いボール。
「宇津木!」
長谷川の声。
宇津木が競る。
筒本が頭で触る。
こぼれた。
原が狙う。
しかし。
戸塚。
先に身体を入れる。
奪う。
すぐ笹森へ。
---
笹森は前を向く。
ダニエル。
しかし。
出さない。
山形が中央へ人数を集めている。
左。
森川へ。
森川が運ぶ。
山形が戻る。
また。
攻撃が落ち着く。
---
後半35分。
時間だけが進んでいく。
**1-0。**
スコアは変わらない。
山形は焦り始める時間。
千葉は焦る必要がなくなる時間。
---
スタンド。
背番号10。
森川のユニフォームを着たリーダーが時計を見る。
「あと十分ちょい……。」
背番号26のツッコミ担当。
「まだ早い。」
「こういう一点差が一番怖い。」
背番号20のボケ担当は。
じっと千葉ベンチを見ていた。
「……そろそろ。」
「何が?」
「20番。」
ツッコミ担当もベンチを見る。
戸部翔。
まだ座っている。
「お前、本当に戸部しか見てねえな。」
「当たり前だろ。」
背中の20番を見せる。
「俺は待ってる。」
「でも今。」
「試合止まってないぞ。」
「だからこそ。」
ボケ担当は真剣な顔。
「一発で変えられる男が必要になる。」
リーダーが笑う。
「今日は妙に説得力あるな。」
---
ベンチ。
八幡も。
控えメンバーへ一度視線を向ける。
エミリオ。
戸部。
塩川。
中田。
マティアス。
DF陣。
まだ。
急いで動く必要はない。
だが。
山形は一点を取りに来る。
必ず。
最後にはリスクを負って前へ出る。
その時。
こちらがどう動くか。
---
マルコも時計を見る。
後半36分。
「比企谷。」
「はい。」
「そろそろ。」
「ですね。」
二人の視線が。
ベンチへ向いた。
試合は膠着している。
だからこそ。
次の一手が。
この試合を決める可能性があった。
### 第302話 20番投入
後半37分。
スコアは。
**エストレヤ千葉 1-0 山形ブリッツFC。**
試合は完全な膠着状態。
山形がボールを持つ。
千葉が跳ね返す。
千葉が攻める。
山形も最後のところで止める。
時間だけが少しずつ進んでいた。
---
マルコ監督がベンチを見る。
そして。
「戸部。」
その名前を呼んだ。
戸部翔が顔を上げる。
「はい。」
「準備。」
「分かりました。」
すぐに立ち上がる。
ビブスを脱ぐ。
---
スタンド。
背番号20。
戸部のレプリカユニフォームを着た31歳のボケ担当。
一瞬。
固まった。
「……。」
隣のリーダーが気付く。
「おい。」
「呼ばれたぞ。」
「……来た。」
「え?」
ボケ担当が立ち上がる。
「来たぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「戸部ぇぇぇぇぇぇ!!」
ツッコミ担当が驚く。
「急にうるせえ!」
「待ってたんだよ!」
背中の20番を周囲へ見せる。
「見ろ!」
「20番!」
「俺の時間が来た!」
「お前の時間じゃなくて戸部の時間だよ!」
周囲の千葉サポーターから笑いが起こる。
---
ベンチ。
八幡は戸部へ簡単に指示を伝える。
「川崎と交代です。」
「俺、右?」
「いや。」
八幡が首を振る。
「ダニエルを右に動かします。」
戸部が理解する。
「俺が真ん中。」
「はい。」
**OMF。**
戸部にとって。
慣れたポジション。
---
八幡は続ける。
「無理に走り回らなくていいです。」
「今からなら。」
「分かってる。」
戸部が軽く笑う。
「俺に九十分走れって言われたら困るけど。」
「残り時間なら。」
「仕事できる。」
「お願いします。」
---
八幡はピッチを見る。
川崎大志。
今日は決して悪いわけではない。
守備でも走った。
右サイドで何度も仕掛けた。
だが。
いつもの鋭さがない。
前半から山形の左SHとSBに挟まれ。
思うような突破ができていなかった。
後半に入ってからも。
少しプレーの精度が落ちている。
**今日は調子が良くない。**
なら。
無理に引っ張る必要はない。
---
ボールがタッチラインを割る。
主審が交代を許可。
第四審判がボードを掲げる。
**OUT 川崎大志**
**IN 戸部翔**
---
スタンドから大きな拍手。
川崎が走ってくる。
戸部とタッチ。
「頼みます。」
「お疲れ。」
川崎はそのままベンチへ。
八幡が迎える。
「お疲れ様です。」
川崎は悔しそうにピッチを見る。
「今日。」
「全然ダメだった。」
「そういう日もあります。」
「……慰め方雑じゃない?」
「試合中なんで。」
「あとでお願いします。」
---
戸部がピッチへ入る。
その瞬間。
配置が変わった。
### 千葉
**RSH ダニエル・ロドリゲス**
**OMF 戸部翔**
**LSH 森川佑**
**FW 材木座義輝**
---
ダニエルが右へ移動する。
戸部が中央。
二人がすれ違う。
「右、任せた。」
戸部。
ダニエルが頷く。
「中央。」
「頼む。」
「もちろん。」
---
山形ベンチ。
監督がすぐに変化へ気付く。
「14番が右。」
コーチも確認する。
「20番がトップ下です。」
監督の表情が少し険しくなる。
戸部翔。
運動量は多くない。
守備も得意ではない。
だが。
そんなことは。
今の時間帯なら大きな問題にならない。
残りは僅か。
そして。
戸部には。
それを補って余りある武器がある。
**パス精度。**
**パスセンス。**
**広い視野。**
そして――。
**神がかったFK。**
---
山形の監督が声を飛ばす。
「ゴール前!」
「余計なファールするな!」
選手たちも理解している。
この時間帯。
一点差。
ゴール前で戸部にFKを与える。
それだけは避けたい。
---
試合再開。
後半38分。
笹森から戸塚。
戸塚が前を見る。
戸部が中央で手を上げる。
パス。
戸部。
ワンタッチ。
左。
森川。
すぐにリターン。
戸部。
今度は右を見る。
ダニエル。
スッ。
正確なパス。
---
ダニエルが右で受ける。
山形の左SHが寄る。
ダニエルは縦へ。
切り返す。
中央を見る。
そこには。
戸部。
さらに。
森川。
材木座。
---
八幡がその配置を見る。
「……悪くない。」
戸部が中央。
ダニエルが右。
それだけで。
山形が見る場所が増えた。
---
そしてスタンド。
背番号20の男だけは。
既に完全に出来上がっていた。
「戸部ぇぇぇ!」
「一本!」
「一本でいいぞ!」
ツッコミ担当。
「何が一本だよ!」
「決定的なパスか!」
「FK!」
「最初からFK狙うな!」
リーダーも笑う。
「でも。」
「この時間の戸部は怖いぞ。」
三人がピッチを見る。
---
残り時間。
僅か。
千葉は一点リード。
山形は追いつくために前へ出なければならない。
そこへ投入された。
背番号20。
**戸部翔。**
走力で試合を変える選手ではない。
守備で流れを変える選手でもない。
だが。
**たった一本のパス。**
あるいは。
**たった一本のFK。**
それだけで。
試合を終わらせることができる選手だった。
### 第303話 狙わせるファール
後半39分。
戸部翔の投入。
川崎大志が下がり。
ダニエル・ロドリゲスが右SH。
戸部がOMF。
その変更から。
千葉の攻撃が少しずつ変わり始めた。
---
右。
ダニエル。
左。
森川。
二人とも。
ベンチの狙いを理解していた。
「……なるほど。」
森川が小さく呟く。
山形は一点を追っている。
前へ出なければならない。
だが。
同時に。
絶対にやってはいけないことがある。
**ゴール前でのファール。**
戸部が入った以上。
山形はそこを警戒する。
なら。
その警戒心そのものを利用する。
---
後半40分。
笹森。
戸塚。
そして戸部。
戸部が中央で受ける。
顔を上げる。
左。
森川。
右足で正確なパス。
森川が受ける。
山形RSBが寄せる。
森川は仕掛けた。
縦。
一歩。
二歩。
相手も付いてくる。
切り返す。
中央。
相手の足が伸びる。
だが。
森川は無理をしない。
取られそうになった瞬間。
クルッ。
身体を反転。
後ろ。
高山へ。
---
高山から笹森。
そして。
戸塚。
もう一度。
作り直す。
---
山形の選手が焦れる。
「来い!」
「前から!」
しかし。
千葉は付き合わない。
---
八幡はベンチから見る。
「それでいい。」
仕掛ける。
だが。
取られそうなら戻す。
無理に突破しない。
山形からすれば。
これが嫌だった。
奪えそうで奪えない。
それなのに。
森川とダニエルはボールを持てば積極的に一対一を仕掛けてくる。
---
後半41分。
今度は戸部。
中央。
原が寄せる。
戸部はワンタッチ。
右へ。
ダニエル。
ダニエルが前を向く。
山形の左SH。
さらにLSB。
二人が対応する。
ダニエルはボールを晒す。
「来い。」
左SHが足を出す。
ダニエルが一瞬早く触る。
抜く。
LSBが前へ。
ダニエルはさらに仕掛ける。
だが。
二枚目まで抜けるのは難しい。
取られる。
そう判断した瞬間。
ダニエルは止まった。
後ろへ。
毛利。
---
「また戻した!」
山形サポーターから声。
だが。
千葉サポーターからは拍手。
今はそれでいい。
---
毛利。
宇津木。
笹森。
戸塚。
再び。
戸部。
---
戸部はボールを受ける前から。
周囲を見ている。
森川。
ダニエル。
材木座。
そして。
山形の守備位置。
トンッ。
右足。
今度は左。
森川へ。
正確。
速い。
森川が受ける。
すぐ仕掛ける。
---
山形RSB。
下がる。
飛び込めない。
森川が中へ切り込む。
前半39分。
同じような位置からゴールを決めている。
「中切れ!」
山形CBから声。
RSBが身体を寄せる。
しかし。
強く行けない。
ここで倒せば。
位置によっては戸部のFK。
---
森川がその迷いを見る。
一歩。
さらに中央。
「森川!」
戸部が中央から声を掛ける。
森川はパス。
戸部。
ダイレクト。
右。
ダニエル。
山形守備陣が横へ振られる。
---
ダニエルも。
迷わず仕掛ける。
一対一。
右足で縦。
切り返し。
中。
相手DFが付く。
ダニエルが身体を入れる。
足が出そうになる。
だが。
山形DFが引っ込める。
ファールを恐れた。
その一瞬。
ダニエルが前へ出る。
「っ!」
クロス。
材木座!
山形CBが頭でクリア。
---
「惜しい!」
スタンドから大きな声。
八幡は腕を組んだまま頷く。
狙い通り。
---
戸部が入ったことで。
森川とダニエルが仕掛けやすくなった。
山形は。
**抜かれたくない。**
しかし。
**倒したくもない。**
特に。
ペナルティーエリア周辺。
そこでは。
どうしても守備が慎重になる。
---
さらに。
戸部自身が厄介だった。
後半42分。
笹森から戸部。
原が寄せる。
戸部は右を見る。
ダニエル。
山形が動く。
しかし。
出さない。
左足側へボールを置き。
今度は森川。
また山形が動く。
そして。
中央。
材木座。
スッ。
DFとボランチの間へパス。
「材木座!」
材木座が収める。
CBが寄せる。
落とす。
戸部。
---
「また20番!」
山形の選手が寄る。
戸部はすぐ右へ。
ダニエル。
また一対一。
---
山形ベンチ。
監督が顔をしかめる。
「嫌なことを……。」
コーチも頷く。
「20番を中心に。」
「左右に振ってきます。」
「しかも。」
「両サイドが仕掛けてくる。」
「分かっている。」
監督はピッチを見る。
「だからといって。」
「強く行けば。」
その先は言わない。
分かっている。
戸部翔。
FK。
---
千葉ベンチ。
八幡は時計を見る。
残り時間は少ない。
一点リード。
だからといって。
コーナーフラッグ付近で時間を潰すだけではない。
ボールを持つ。
戸部に預ける。
左右へ振る。
森川。
ダニエル。
仕掛ける。
危なければ戻す。
そして。
また戸部から作り直す。
---
山形にボールを渡さず。
なおかつ。
ファールを誘える場所へ運ぶ。
攻めながら。
時間も使う。
---
森川が戸部を見る。
戸部が手で右を指す。
森川は笹森へ戻す。
笹森。
戸塚。
戸部。
今度は右。
ダニエル。
また。
山形の守備陣が動かされる。
---
八幡が小さく呟く。
「焦るのは。」
「向こうだからな。」
一点を追う山形。
一点をリードする千葉。
そして。
その間でボールを操る背番号20。
戸部の投入によって。
残り時間の主導権は。
少しずつ千葉へ傾き始めていた。
### 第304話 締めの準備
後半43分。
**エストレヤ千葉 1-0 山形ブリッツFC。**
戸部が中央でボールを動かし。
森川とダニエルが積極的に仕掛ける。
危なければ戻す。
そして。
また作り直す。
一点を追わなければならない山形にとって、時間だけが容赦なく削られていく。
---
ベンチ。
八幡が時計を見る。
そして。
控えメンバーへ視線を向けた。
「中田さん。」
「ん?」
背番号22。
**中田正和。**
34歳。
エストレヤ千葉一筋。
八幡が声を掛ける。
「アップお願いします。」
中田がニッと笑った。
「ようやく俺の出番か。」
立ち上がる。
「任せろ。」
「残り時間全部守ってやるよ。」
八幡が即座に返す。
「まだ出るとは言ってません。」
「アップです。」
「そこは気持ちよく行かせろよ。」
近くにいた選手たちから笑いが起こる。
---
だが。
中田はビブスを脱ぐと。
すぐに表情を変えた。
軽く走る。
ステップ。
ターン。
短いダッシュ。
身体を温めていく。
34歳。
全盛期のように九十分間、広い範囲を走り回ることは難しくなった。
しかし。
今は。
試合終盤。
残り数分。
この時間なら。
中田正和の経験が生きる。
---
八幡はピッチを見る。
山形は当然。
最後に前へ出てくる。
一点差。
引き分けるためには。
一点が必要。
澤部が前へ。
原も押し上げる。
火神。
そして筒本。
場合によっては。
DFまで攻撃参加してくる。
そこで必要なのは。
走力だけではない。
**どこを埋めるか。**
**どこを捨てるか。**
**いつ前へ出るか。**
**いつ下がるか。**
その判断。
中田は。
それを長年の経験で知っている。
---
マルコ監督も中田のアップを見る。
「締めるか。」
八幡が頷く。
「はい。」
「山形が最後にパワープレーに来ても。」
「中田さんなら危険な場所を分かってます。」
---
中田正和。
高校卒業後。
エストレヤ千葉へ。
それから一度も。
クラブを離れていない。
クラブが苦しかった時代も。
勝てなかった時代も。
全部知っている。
---
若い頃。
中田の武器は運動量だった。
走る。
また走る。
中盤の至るところへ顔を出す。
そんな選手だった。
だが。
34歳。
昔と同じ身体ではない。
だから。
プレースタイルも変わった。
---
走って埋めるのではなく。
**先にいる。**
相手が使いたい場所を読む。
そこへ。
少し早く移動しておく。
派手なタックルは必要ない。
ボールを奪えなくてもいい。
相手が嫌がって別の場所へ出せば。
それで仕事は成立する。
---
さらに。
左足。
その精度は。
今も衰えていない。
ボールを奪った後。
無理に前へ蹴る必要もない。
味方へ繋ぐ。
逆サイドへ逃がす。
必要ならロングボール。
試合を落ち着かせる。
一点を守りながら。
時間を進める。
そういう仕事を。
中田なら理解している。
---
アップしながら。
中田がピッチを見る。
戸塚。
笹森。
二人が中盤で戦っている。
昨年。
戸塚彩加。
エミリオ・アルバレス。
二人が加入した。
そこから。
中田の出場時間は減った。
長年守ってきたレギュラーの座。
それを譲る形になった。
だが。
中田は一度も。
不満を口にしなかった。
---
**チームが勝つことが一番。**
それだけ。
スタメンでも。
ベンチでも。
途中出場でも。
自分に仕事があるなら。
それをやる。
---
後半44分。
山形。
澤部が前へ。
火神へ。
戸塚が対応。
火神が左。
山形SH。
クロス。
筒本!
宇津木が競る。
ボールがこぼれる。
原!
しかし。
笹森が身体を入れる。
クリア。
「ナイス!」
中田がアップしながら声を飛ばす。
「笹森!」
「いいぞ!」
笹森が一瞬だけベンチを見る。
中田が親指を立てる。
---
八幡がその様子を見て。
少しだけ笑う。
「……本当に。」
「ベンチでも変わらないな。」
マルコ。
「ああいう選手がいるチームは強い。」
---
中田がアップを終える。
ベンチ前へ戻ってくる。
「準備できたぞ。」
「いつでも行ける。」
八幡が頷く。
「お願いします。」
すると中田。
「で。」
「俺が入ったら。」
「スーパーゴール狙っていい?」
八幡は無表情。
「駄目です。」
「即答かよ。」
「守備してください。」
「俺、左足まだ結構いいぞ?」
「知ってます。」
「じゃあ――」
「守備してください。」
中田が笑う。
「はいはい。」
「分かったよ。」
---
そして。
ピッチを見る。
今度は。
完全にベテランの顔だった。
「一点。」
「守り切ればいいんだろ。」
八幡が答える。
「それだけじゃないです。」
「ボール持ったら。」
「落ち着かせてください。」
中田が頷く。
「なるほど。」
「だったら。」
「俺向きだ。」
---
試合終盤。
一点差。
山形は必ず最後の勝負に出る。
その時間を迎える前に。
千葉も。
次のカードを準備した。
クラブ一筋。
34歳。
かつては走力で中盤を支え。
今は経験でチームを支える男。
**背番号22。**
**中田正和。**
千葉は。
試合を締める準備に入った。
### 第305話 最高の位置
後半44分。
**エストレヤ千葉 1-0 山形ブリッツFC。**
残された時間は僅か。
山形の選手たちにも、焦りが見え始めていた。
一点が必要。
だが。
ボールを奪い切れない。
千葉は無理をしない。
森川とダニエルが仕掛け。
危険なら戻す。
戸部が左右へ散らす。
山形からすれば。
じわじわと時間だけを削られる。
---
千葉。
左サイド。
森川佑。
ボールを持つ。
山形の右SHが寄せる。
RSBも警戒。
森川は一度。
縦へ行く素振り。
だが。
行かない。
中央を見る。
材木座がCBを背負っている。
「材木座!」
森川。
右足。
縦パス。
---
材木座義輝。
背後から山形CB。
ボールが入る。
材木座が身体を入れた。
トンッ。
足元。
しっかり収める。
「よし。」
材木座が身体を反転させようとした。
その瞬間。
山形CBが。
**ドンッ!**
背中を押した。
---
「うおっ!?」
材木座が前へ倒れる。
**ピィィィィィィ!!**
主審。
即座に笛。
ファール。
---
山形CBが両手を広げる。
「いや!」
「押してない!」
だが。
主審は迷わない。
手で位置を示す。
千葉のFK。
---
そして。
場所を見た瞬間。
スタジアムがざわついた。
「……おい。」
「ここ……。」
「マジか。」
ゴール正面。
距離。
**約22メートル。**
ほぼ中央。
---
山形GKが一瞬。
天を仰いだ。
そして。
すぐに叫ぶ。
「壁!」
「早く!」
山形の選手たちも急いで戻る。
なぜなら。
千葉には。
今。
ピッチ上にいる。
---
**戸部翔。**
---
スタンド。
背番号20のレプリカユニフォーム。
31歳のボケ担当。
ゆっくり。
立ち上がった。
「……来た。」
リーダーが横を見る。
「お前……。」
「来た。」
「いや。」
「来たぞ。」
ツッコミ担当もゴールまでの位置を見る。
「……これは。」
ボケ担当が震える指でピッチを指す。
「22メートル。」
「真ん中。」
そして。
叫ぶ。
「戸部の場所だぁぁぁぁぁぁ!!」
周囲の千葉サポーターも一気に沸く。
「戸部!」
「頼むぞ!」
「決めろ!」
---
一方。
山形ベンチ。
監督が顔をしかめる。
「……最悪だ。」
残り時間。
一点差。
ゴール正面。
22メートル。
そしてキッカー候補は。
神がかったFK精度を誇る戸部翔。
絶対に与えたくなかった位置。
---
だが。
そのタイミングで。
第四審判が交代ボードを準備した。
マルコ監督が動く。
「中田。」
「行け。」
「了解。」
中田正和が立ち上がる。
八幡が最後に確認する。
「予定通りです。」
「はいよ。」
「締めてくる。」
---
第四審判。
交代ボード。
**OUT**
**高山俊樹**
**IN**
**22 中田正和**
---
高山がピッチを出る。
「高山!」
マルコが拍手。
八幡も迎える。
「お疲れ様です。」
「頼みます。」
高山は中田とタッチ。
「お願いします。」
中田が笑う。
「任せろ。」
---
しかし。
単純に。
中田が高山のLSBへ入るわけではない。
ピッチ上。
笹森が戸塚を見る。
戸塚が左を指差す。
笹森は頷く。
そして。
そのまま左サイドへ移動。
---
**笹森正義がLSB。**
そして。
中田正和が中央へ。
**DMF。**
---
### 交代後
**LSB 笹森正義**
**DMF 戸塚彩加**
**DMF 中田正和**
---
実況席もすぐに気付く。
「おっと。」
「これは配置も変更しますね。」
解説者が頷く。
「笹森選手が左SBへ移動します。」
「そして中田選手が本職のボランチ。」
「なるほど。」
「笹森選手のポジション適応能力を生かしましたね。」
---
八幡はピッチを見る。
これが。
笹森を獲得した理由の一つでもある。
DMF。
それだけではない。
状況に応じて。
別のポジションへ移しても。
大きくパフォーマンスを落とさない。
戦術理解度。
守備意識。
両足。
そして。
何より。
**適応力。**
試合終盤。
突然左SBへ動かしても。
役割を理解できる。
---
中田が戸塚の隣へ入る。
「彩加。」
「残り。」
「締めるぞ。」
戸塚が頷く。
「お願いします。」
「任せろ。」
中田はすぐに周囲を見る。
毛利。
宇津木。
長谷川。
笹森。
配置を確認。
そして。
声を飛ばす。
「笹森!」
「無理して上がらなくていいぞ!」
「はい!」
「宇津木!」
「筒本へのセカンド俺見る!」
「了解!」
入った瞬間から。
仕事を始める。
---
だが。
今。
千葉にとって。
それ以上に大きな仕事をする可能性がある男がいる。
---
戸部翔。
ボールを拾う。
ファール地点へ置く。
ゴールを見る。
22メートル。
中央。
山形は壁を作る。
GKが必死に位置を調整。
「もう一枚!」
「右!」
「そこ詰めろ!」
---
戸部は。
何も言わない。
一度。
ゴールを見る。
次に。
壁を見る。
そして。
ボール。
---
八幡はベンチからその姿を見る。
「……。」
この位置。
戸部にとって。
十分に狙える。
むしろ。
先ほどの愛媛戦のような右側の難しい位置ではない。
**真ん中。**
22メートル。
右利きの戸部が。
普通にゴールを狙える。
---
森川が近くへ寄る。
「蹴る?」
戸部が答える。
「……。」
一度。
山形の壁を見る。
GKを見る。
そして。
小さく息を吐いた。
---
山形CBは。
ファールした直後から。
険しい顔で壁へ入っていた。
フラストレーションが溜まっていた。
材木座に何度も収められ。
ダニエルに動かされ。
森川にも仕掛けられ。
そして。
終盤。
焦りから。
ついに押してしまった。
その代償が。
あまりにも大きなものになるかもしれない。
---
スタンド。
全員が立ち上がり始める。
「戸部!」
「決めろ!」
「頼む!」
背番号20のボケ担当は。
両手を合わせていた。
「戸部……。」
リーダーが横から見る。
「さっきまであんなうるさかったのに。」
「今は喋れない。」
「緊張してるのかよ。」
「俺が蹴るわけじゃないのに。」
ツッコミ担当も前を見る。
「分かる。」
---
一点差。
後半44分。
ゴール正面。
22メートル。
ボールの前には。
背番号20。
**戸部翔。**
この試合を。
ほぼ決定づけることのできる。
最高の位置だった。
### 第306話 四人のキッカー
後半44分。
ゴール正面。
約22メートル。
エストレヤ千葉のフリーキック。
山形にとって。
これ以上ないほど危険な位置。
しかし。
さらに厄介な問題があった。
---
山形GKが壁を作りながらボールを見る。
「……誰だ?」
普通なら。
戸部翔。
そう考える。
神がかったFK精度。
昨シーズンも。
今シーズンも。
直接FKで試合を決めてきた。
だが。
今。
千葉のピッチ上には。
**フリーキックを蹴れる選手が四人いる。**
---
**背番号20 戸部翔。**
右利き。
当然。
最有力。
---
**背番号10 森川佑。**
右利き。
森川も蹴れる。
---
**背番号14 ダニエル・ロドリゲス。**
左利き。
---
そして。
投入されたばかり。
**背番号22 中田正和。**
左利き。
34歳になった今でも。
左足のキック精度は衰えていない。
---
右利き。
二人。
左利き。
二人。
「……面倒くせえ。」
山形GKが思わず呟いた。
---
しかも。
その四人が。
全員。
ボールの前へ集まってきた。
戸部。
森川。
ダニエル。
中田。
「……。」
山形の壁がざわつく。
「四人?」
「誰が蹴るんだ?」
「20じゃないのか?」
「14もあるぞ。」
「22も左だ。」
「10も蹴れる。」
---
四人は。
ボールを囲むように立った。
しかし。
ゴールを見ない。
全員。
**ゴールに背を向ける。**
そして。
何やら話し始めた。
---
「どうする?」
森川。
戸部が答える。
「普通に俺でもいいけど。」
ダニエル。
「それじゃ。」
「向こうも待ってる。」
中田が笑う。
「じゃあ俺蹴る?」
戸部が横を見る。
「入るんですか?」
「おい。」
「34歳舐めんな。」
森川が笑う。
「年齢関係なくない?」
「そういう細かいところ拾うな。」
---
四人。
少し笑う。
緊張感がない。
楽しそうだった。
---
山形の選手たちは。
その光景を見て。
余計に困惑する。
「……何話してんだ?」
「知らん。」
「なんで笑ってるんだよ。」
「余裕ありすぎだろ……。」
---
山形GKは苛立ちながら叫ぶ。
「壁!」
「集中!」
だが。
本人も気になっている。
戸部なら。
右足。
森川も右。
ダニエルなら左。
中田も左。
---
中央22メートル。
右利きでも。
左利きでも。
狙える。
壁のどちら側を警戒するべきなのか。
GKからすれば。
非常に読みづらい。
---
実況席。
司会者も笑っていた。
「これは……。」
「四人集まりましたね。」
解説者も少し笑う。
「珍しいですね。」
「しかも。」
「全員キッカーです。」
「戸部選手と森川選手が右利き。」
「ダニエル選手と中田選手が左利き。」
「左右二人ずつ。」
「山形GKからしたら。」
「かなり嫌でしょうね。」
---
カメラが四人を映す。
背番号20。
背番号10。
背番号14。
背番号22。
全員。
ゴールに背を向けている。
そして。
何か話して。
また笑う。
---
千葉ベンチ。
八幡も。
その光景を見る。
「……何してんだ、あの人たち。」
マルコ監督も見ている。
「作戦会議だろ。」
「それは分かりますけど。」
八幡が目を細める。
「なんで。」
「楽しそうなんですかね。」
---
中田が何か言う。
森川が吹き出す。
ダニエルも笑う。
戸部が首を振る。
そして。
また話す。
---
八幡。
「……。」
嫌な予感がする。
愛媛戦。
戸部たちは。
練習したこともないトリックプレーを。
その場の相談だけで完成させた。
しかも。
ゴールまで決めた。
八幡はそれを思い出す。
「まさか。」
「また。」
---
一方。
スタンド。
背番号20のボケ担当。
四人を見ながら興奮していた。
「やばい。」
リーダー。
「何が?」
「分からない。」
「分からないのにやばいのかよ。」
「だって。」
ボール前を指差す。
「戸部。」
「森川。」
「ダニエル。」
「中田。」
「全員蹴れるぞ。」
ツッコミ担当も頷く。
「山形からしたら。」
「誰見るんだこれ。」
---
背番号10のリーダーが立ち上がる。
「森川でもいいぞ!」
背番号20。
「戸部!」
背番号26のツッコミ担当。
「いや俺は……。」
二人が見る。
「長谷川は蹴らないぞ。」
「分かってるよ!」
---
ピッチ。
四人の話し合いが終わる。
中田が。
「じゃ。」
「それで行くか。」
戸部が頷く。
森川も。
ダニエルも。
---
四人が。
ゆっくり振り返った。
さっきまでの笑顔が消える。
ゴールを見る。
山形GKが身構える。
壁も集中。
---
右足。
**戸部翔。**
右足。
**森川佑。**
左足。
**ダニエル・ロドリゲス。**
左足。
**中田正和。**
四人のフリーキッカー。
誰が蹴るのか。
それとも。
何かを仕掛けるのか。
山形には。
まだ。
何も分からなかった。
### 第307話 四人だけが知っている
後半44分。
**エストレヤ千葉 1-0 山形ブリッツFC。**
ゴール正面。
約22メートル。
絶好の位置で得たフリーキック。
ボールの前には四人。
**背番号20 戸部翔。**
**背番号10 森川佑。**
**背番号14 ダニエル・ロドリゲス。**
**背番号22 中田正和。**
右利きの戸部と森川。
左利きのダニエルと中田。
山形からすれば。
誰が蹴ってもおかしくない。
---
四人は先ほどまで。
ゴールに背を向け。
楽しそうに話していた。
そして。
それぞれが助走位置へ。
山形GKが壁へ指示を飛ばす。
「20だけじゃないぞ!」
「左もある!」
「集中!」
---
主審が確認。
笛。
**ピッ!**
その瞬間。
戸部が走り出した。
山形の壁が反応。
「20!」
戸部。
一歩。
二歩。
そして――。
**ズルッ!**
「うわっ。」
**ドサッ。**
転んだ。
---
「…………。」
スタジアムが止まった。
戸部は芝生に手をついている。
森川が目を丸くする。
ダニエルも。
中田も。
そして。
戸部が顔を上げる。
笑っていた。
「……滑った。」
森川が吹き出す。
「何やってんの?」
中田も笑う。
「大事なところで転ぶなよ。」
ダニエルも肩を揺らしている。
---
戸部は笑いながら立ち上がる。
「いや。」
「マジで滑るわ、ここ。」
そのまま助走位置へ戻る。
---
スタンド。
ざわざわざわ……。
「え?」
「転んだ?」
「今のフェイント?」
「いや、普通にコケただろ。」
「戸部大丈夫か?」
---
千葉ベンチ。
八幡。
「……何やってるんですか。」
マルコも首を傾げる。
「滑っただけか?」
「多分……。」
八幡もそう思った。
---
しかし。
違う。
**ここからすでに始まっていた。**
戸部は。
わざと転んだ。
森川も。
ダニエルも。
中田も。
当然知っている。
四人で決めた。
最初の仕掛け。
---
再び。
四人が構える。
山形GKはまだ戸部を見る。
「今度こそ来るぞ!」
壁が集中し直す。
---
そして。
戸部が動いた。
同時に。
森川。
ダニエル。
中田。
**四人全員が動いた。**
「!?」
山形の壁が反応する。
GKも一瞬迷う。
誰だ。
誰が蹴る。
しかし。
四人全員。
ボールへ向かっている。
---
そして。
ボールの直前。
「おい!」
「ちょっと!」
「え!?」
「待て!」
四人が急停止。
全員。
被った。
---
戸部が森川を見る。
「何で来たんだよ!」
森川が返す。
「は!?」
「戸部がまたぐんじゃなかったの!?」
ダニエルも眉をひそめる。
「違う。」
「森川が蹴るって話だった。」
中田が割って入る。
「いやいや。」
「俺が聞いたのと違うぞ。」
戸部。
「話が違うだろ!」
森川。
「それこっちの台詞!」
---
四人。
ボールの周りで。
言い合い。
---
山形の選手たち。
「……?」
完全に戸惑う。
「何やってるんだ?」
「作戦ミス?」
「連係取れてないぞ。」
「誰が蹴るか決めてなかったのか?」
---
山形GKも困惑。
さっきまで。
戸部。
森川。
ダニエル。
中田。
全員を警戒していた。
だが。
目の前では。
四人が言い合っている。
---
千葉ベンチ。
八幡も。
完全に騙されていた。
「……何してるんですか、あの人たち。」
マルコも分からない。
「話が違ったようだな。」
「いや。」
「FKでそんなことあります?」
「私に聞くな。」
---
控え選手たちもざわつく。
「揉めてる?」
「戸部さん何やってんだ。」
「中田さんまでいるぞ。」
---
スタンド。
千葉サポーターも困惑。
山形サポーターも困惑。
例のお笑いトリオも。
背番号20のボケ担当が頭を抱える。
「戸部ぇ……。」
リーダー。
「作戦会議してたよな?」
ツッコミ担当。
「してた。」
「なのになんで話違うんだよ。」
誰も分からない。
---
だが。
**四人だけは違った。**
戸部。
森川。
ダニエル。
中田。
表面上は。
完全に言い合っている。
しかし。
四人の視線は。
僅かに。
別の場所を見ていた。
---
山形の壁。
さっきまで綺麗に並んでいた。
だが。
混乱したことで。
一人が戸部を見る。
一人が森川を見る。
別の一人は主審を見る。
僅かに距離が開く。
集中が。
完全にボールから外れていた。
---
山形GKも。
壁ではなく。
四人の言い合いを見ている。
「……何なんだよ。」
ほんの一瞬。
味方への指示が止まった。
---
そして。
四人は。
**その隙を見逃さなかった。**
戸部が言い合いながら。
森川を見る。
一瞬。
目が合う。
森川から。
ダニエル。
そして。
中田。
ほんの僅かな視線。
それだけ。
---
中田が笑いを堪えるように口元へ手を当てる。
「だから違うって。」
戸部が言う。
「いや。」
「そっちが間違えただろ。」
森川も。
「もういいから。」
ダニエルが何気なくボールの横へ立つ。
---
山形は。
まだ。
**四人が本当に揉めていると思っている。**
千葉ベンチも。
スタンドも。
そう思っている。
---
だが。
違う。
転倒から。
四人同時の助走。
そして。
言い合い。
**全部。**
四人が即興で仕掛けたトリックだった。
目的は。
ただ一つ。
山形の集中を。
ほんの数秒だけ。
フリーキックから外すこと。
---
戸部の口元が。
僅かに上がる。
森川も気付く。
ダニエル。
中田。
四人だけが理解していた。
**――今だ。**
山形が作った。
ほんの一瞬の隙。
四人は。
それを見逃しはしなかった。
### 第308話 全員を騙した四人
後半44分。
ゴール正面。
約22メートル。
戸部。
森川。
ダニエル。
中田。
四人はまだ。
言い合っている――ように見えた。
---
「だから違うって。」
戸部が森川へ言う。
「そっちが先だろ。」
「戸部がまたぐって言ったじゃん。」
森川が返す。
中田も呆れたように手を広げる。
「もういいって。」
ダニエルは。
何も言わず。
ボールの横に立っていた。
---
山形の壁。
完全に集中が切れていた。
一人は戸部を見る。
一人は主審を見る。
一人は味方と話している。
僅かに。
壁の間隔も開いている。
そして。
山形GKも。
四人の言い合いに視線を向けていた。
---
その瞬間。
戸部の目が。
変わった。
森川。
ダニエル。
中田。
四人だけが。
理解する。
**――今。**
---
中田が。
何気なく。
ボールの横から離れる。
それと同時に。
ダニエルが。
左足で。
**トン。**
ほんの少し。
横へ転がした。
「……え?」
山形の選手が気付く。
遅い。
森川が動く。
右足。
だが。
蹴らない。
ボールを跨ぐ。
その後ろ。
戸部。
---
「戸部!」
山形GKが叫ぶ。
だが。
戸部も。
蹴らない。
右足で。
軽く。
中央へ転がした。
---
そこへ。
中田。
左足。
「っ!?」
山形の壁がようやく動く。
だが。
もう遅い。
中田もシュートではない。
左足のインサイド。
**スッ。**
ダニエルへ返す。
---
完全に。
壁の位置が崩れた。
GKの視線も。
右。
左。
中央。
振られる。
---
ダニエル。
左足。
今度は。
本当に振り抜いた。
**バンッ!!**
低い。
鋭いシュート。
崩れた壁の横。
ゴール右下。
山形GKが反応する。
だが。
一歩。
遅れた。
手を伸ばす。
届かない。
---
**ズバァァァン!!**
ネットが揺れた。
---
一瞬。
スタジアム全体が。
止まった。
「…………。」
千葉サポーターも。
山形サポーターも。
千葉ベンチも。
山形ベンチも。
何が起こったのか。
理解が追いつかない。
そして。
大型ビジョン。
スコアが変わる。
**エストレヤ千葉 2-0 山形ブリッツFC**
---
次の瞬間。
**うおおおおおおおおおおおおおおおお!!**
エストレヤスタジアム。
大爆発。
「入ったぁぁぁぁ!!」
「なんだ今の!?」
「ダニエル!」
「いや!」
「全員だろ!」
「何だったんだよ今の!!」
---
ダニエルが両腕を広げる。
そこへ。
戸部。
森川。
中田。
三人が笑いながら走ってくる。
「よっしゃ!」
森川がダニエルへ抱きつく。
戸部も笑っている。
中田は。
「完璧!」
と叫びながら三人の頭を叩く。
---
そして。
四人。
顔を見合わせる。
我慢できない。
大爆笑。
「戸部!」
森川が言う。
「最初のコケ方上手すぎ!」
「いや。」
戸部が笑う。
「普通に痛かったから!」
「本当に転んだみたいだった。」
ダニエルも笑う。
中田。
「ベンチまで騙されてたぞ!」
---
その言葉通り。
千葉ベンチ。
八幡。
「…………。」
まだ。
状況を整理していた。
「え?」
マルコも。
「……。」
八幡がゆっくり聞く。
「最初から?」
マルコ。
「……そういうことだろうな。」
「コケたところから?」
「おそらく。」
「言い合いも?」
「全部。」
八幡は額を押さえる。
「また勝手にやったのか……。」
愛媛戦。
そして。
今日。
また。
練習していない。
ベンチも知らない。
ピッチ上だけで完成させた。
即興のトリックプレー。
しかも。
今度は。
相手だけではない。
**味方ベンチまで騙した。**
---
一方。
山形ベンチ。
監督は。
しばらく無言だった。
「……。」
コーチも。
「……。」
そして。
ゆっくり。
監督が息を吐いた。
「やられた。」
怒ってはいなかった。
むしろ。
呆れていた。
---
「最初の転倒。」
「はい。」
「四人が被ったのも。」
「はい。」
「言い合いも。」
「全部ですね。」
コーチが答える。
監督は。
思わず笑った。
「……よく思いついたな。」
---
別のコーチも苦笑する。
「あれ。」
「千葉ベンチも騙されてましたよ。」
「だろうな。」
監督が頷く。
「比企谷も。」
「何してるんだって顔してた。」
---
監督はピッチを見る。
喜ぶ四人。
戸部。
森川。
ダニエル。
中田。
「つまり。」
「ベンチからの指示じゃない。」
「おそらく。」
「四人で話していた時に決めたんでしょう。」
「……即興か。」
「でしょうね。」
監督は頭を振る。
---
最初。
戸部が転ぶ。
笑いながら戻る。
次。
四人全員が走る。
被る。
そして。
話が違うと。
わざと言い合う。
観客も。
選手も。
両ベンチも。
全員が。
**失敗したFKだと思った。**
だから。
集中が切れた。
ほんの数秒。
その瞬間。
四人が一斉に本当のプレーへ移った。
---
山形監督が笑う。
「これは。」
「GKを責められん。」
コーチも頷く。
「あれだけ視線を動かされたら。」
「難しいですね。」
「壁も責められない。」
「はい。」
「我々も騙された。」
---
監督は腕を組む。
悔しい。
当然。
だが。
それ以上に。
感心してしまう。
「フリーキックの技術じゃない。」
「その前から。」
「全部プレーだったんだな。」
「ですね。」
「転んだ瞬間から。」
「もう始まっていた。」
---
監督が小さく笑う。
「脱帽だ。」
---
スタンド。
例のお笑いトリオ。
三人とも。
呆然。
背番号10のリーダー。
「……。」
背番号20のボケ担当。
「……。」
背番号26のツッコミ担当。
「……。」
そして。
リーダーが口を開く。
「俺たち。」
「お笑い芸人だよな?」
ツッコミ担当。
「そうだよ。」
「あいつらに。」
「会場全部騙されたぞ。」
「……そうだな。」
ボケ担当が。
背番号20を掴む。
そして。
叫んだ。
「戸部ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
リーダーも。
「森川ぁぁぁぁ!!」
ツッコミ担当。
「俺の推し今回関係ねえ!」
それでも。
笑いながら拍手。
---
大型ビジョン。
リプレイ。
戸部が転ぶ。
観客から笑い。
四人が被る。
また笑い。
言い合い。
そして。
突然。
スイッチ。
ダニエル。
森川。
戸部。
中田。
最後は。
ダニエル。
ゴール。
---
今度は。
流れを知っている。
だからこそ。
スタジアムから。
さらに大きな歓声。
そして拍手。
---
後半44分。
**エストレヤ千葉 2-0 山形ブリッツFC。**
決めたのは。
ダニエル・ロドリゲス。
だが。
生み出したのは。
四人。
右利きの戸部と森川。
左利きのダニエルと中田。
そして。
彼らが騙した相手は。
山形だけではなかった。
**選手。**
**両ベンチ。**
**スタジアム。**
その場にいた。
ほぼ全員。
四人だけが知っていた。
後半44分の。
とんでもない即興劇だった。
### 第309話 誰が考えた?
後半44分。
**エストレヤ千葉 2-0 山形ブリッツFC。**
大型ビジョンでは。
もう一度。
先ほどのFKが流されていた。
---
戸部が走る。
転ぶ。
笑いながら戻る。
四人が構える。
今度は。
戸部。
森川。
ダニエル。
中田。
四人全員が動く。
被る。
「話が違う。」
言い合う。
山形の壁が戸惑う。
GKも四人を見る。
そして。
一瞬の隙。
四人が動く。
最後は。
ダニエル。
ゴール。
---
映像が終わる。
スタンドから。
大きな拍手。
だが。
その直後。
千葉サポーターたちの間で。
ある疑問が広がり始めた。
「……これ。」
「誰が考えたんだ?」
---
千葉ゴール裏。
「比企谷?」
「いや。」
「違うんじゃね?」
「なんで?」
「ベンチ見た?」
「見た。」
「あの四人が被った時。」
「八幡。」
「めちゃくちゃ困ってたぞ。」
「あー。」
「確かに。」
---
別のサポーター。
「マルコじゃない?」
「いや。」
「あれ監督の作戦だったら。」
「ベンチがあんな顔しないだろ。」
「じゃあ。」
「選手?」
「多分。」
---
そして。
一人が。
四人を見る。
戸部。
森川。
ダニエル。
中田。
四人は。
まだ楽しそうに笑っていた。
「……絶対あいつらだろ。」
「だよな。」
「ベンチも知らなかったやつだよな。」
「多分。」
---
千葉サポーターの中では。
徐々に。
**選手たちの即興だったのではないか。**
という見方が広がっていく。
---
「最初。」
「四人でゴールに背向けて話してたじゃん。」
「あそこじゃない?」
「俺もそう思う。」
「作戦会議。」
「それまでベンチから誰も指示してないよな。」
「してない。」
「じゃあ。」
「あそこで決めたのか?」
---
少し沈黙。
そして。
「……よくあんなの思いつくな。」
「しかも数十秒で。」
---
一方。
山形サポーター席。
当然。
こちらでも。
同じ話題。
「今のFK。」
「何だったんだ……。」
「完全に騙された。」
「最初の転倒から?」
「そうだろ。」
「いや。」
「俺。」
「普通に戸部がコケたと思った。」
「俺も。」
---
別の男性サポーターが言う。
「四人が被った時。」
「千葉ベンチも混乱してなかった?」
「してた。」
「じゃあ。」
「ベンチの指示じゃないな。」
「多分。」
---
山形サポーター。
悔しい。
一点差だった。
残り時間は少なかったとはいえ。
まだ。
可能性はあった。
それが。
あのFKで。
2-0。
かなり厳しくなった。
しかし。
だからこそ。
気になる。
---
「誰のアイデアなんだよ。」
「戸部?」
「一番ありそう。」
「でも。」
「中田もいたぞ。」
「ベテランだし。」
「ダニエルかもしれない。」
「森川も。」
「結局分かんねえじゃん。」
---
隣のサポーターが笑う。
「四人で考えたんじゃない?」
「その場で?」
「だって。」
「あいつら。」
「ボールの前で。」
「めちゃくちゃ楽しそうに話してたじゃん。」
「……確かに。」
---
千葉側。
例のお笑いトリオも。
当然。
その話。
背番号10のリーダーが腕を組む。
「俺は。」
「選手発案だと思う。」
背番号20のボケ担当。
「戸部。」
「お前は黙ってろ。」
背番号26のツッコミ担当が即座に止める。
「推しだからって戸部にするな。」
「でも戸部だろ。」
「根拠は?」
「戸部だから。」
「根拠になってねえよ。」
---
リーダー。
「俺は四人だと思う。」
「四人?」
「ああ。」
「最初。」
「ゴールに背中向けて。」
「四人だけで話してただろ。」
「そこで。」
「誰かが案出して。」
「他の三人が足したんじゃない?」
ツッコミ担当が頷く。
「それはありそう。」
---
ボケ担当。
「じゃあ。」
「最初に誰が言った?」
「知らねえよ。」
「気になるだろ!」
「俺たちに分かるわけないだろ!」
---
周囲のサポーターも笑う。
だが。
実際。
皆。
同じことを考えていた。
---
「あれ。」
「誰発案?」
「試合後聞いてほしい。」
「絶対インタビューしてくれ。」
「ダニエルが決めたから。」
「ダニエルに聞かれるんじゃない?」
「いや。」
「戸部にも聞いてくれ。」
「中田も。」
「森川も。」
---
そして。
千葉サポーターの一人。
「でもさ。」
「最近。」
「変なセットプレーすると。」
「比企谷の作戦って言われるじゃん。」
「ああ。」
「ネットでな。」
「今回も言われそう。」
「でも。」
「あのベンチの反応見たら。」
「絶対知らなかっただろ。」
「だよな。」
---
その瞬間。
大型ビジョンに。
千葉ベンチの映像。
ゴール後。
八幡が。
明らかに困惑した表情をしている。
---
「ほら!」
「絶対知らねえじゃん!」
「八幡の顔!」
「『何してんの?』って顔してる!」
「あれ演技だったらすげえぞ。」
「そこまでやる必要ねえだろ!」
笑いが起こる。
---
山形サポーター側でも。
リプレイを見ていた一人が気付く。
「千葉のスタッフ。」
「完全に騙されてるな。」
「じゃあ。」
「やっぱ選手か。」
「そうだろうな。」
---
敵味方。
意見は。
徐々に同じ方向へ向かっていた。
**あのFKは、千葉ベンチの指示ではない。**
**おそらくピッチ上の四人が考えた。**
問題は。
その次。
---
戸部なのか。
森川なのか。
ダニエルなのか。
中田なのか。
それとも。
四人全員なのか。
---
答えは。
まだ分からない。
ただ。
一つだけ。
両サポーターとも。
ほぼ同じ結論に達していた。
「……試合後。」
「誰が考えたのか。」
「絶対聞いてくれ。」
一点差の緊張感を。
たった数十秒で。
スタジアム全体を巻き込んだ即興劇へ変え。
最後にはゴールまで奪った。
あのフリーキック。
誰の頭から。
あんなものが生まれたのか。
敵も味方も。
気になって仕方がなかった。
### 第310話 2-0
後半アディショナルタイム。
山形ブリッツFCは。
最後まで諦めなかった。
**エストレヤ千葉 2-0 山形ブリッツFC。**
一点なら。
まだ分からない。
二点。
それでも。
前へ出る。
---
澤部が左足でロングボール。
狙いは当然。
筒本。
「宇津木!」
キャプテンマークを巻いた長谷川が叫ぶ。
宇津木が身体を当てる。
筒本が頭で落とす。
火神。
だが。
その前に。
「そこ。」
中田。
背番号22。
派手に飛び込まない。
火神が使いたかった場所へ。
先に入っていた。
---
火神が止まる。
「……。」
横へ逃がす。
原。
原が前へ運ぼうとする。
戸塚が寄せる。
そして。
中田が中央を埋める。
「彩加。」
「そっち追っていいぞ。」
「はい。」
戸塚が前へ。
中田は動きすぎない。
その後ろを守る。
---
八幡はベンチから見ていた。
「……やっぱり上手いな。」
34歳。
全盛期ほど走れない。
だが。
必要なところには。
必ずいる。
---
山形。
右SH。
クロス。
筒本!
長谷川と競る。
ボールが後ろへ流れる。
古賀。
「キーパー!」
前へ。
**ガシッ。**
危なげなくキャッチ。
---
移籍後初出場。
しかも。
郷田の負傷という。
最悪に近い形で突然回ってきた出番。
それでも。
古賀は最後まで冷静だった。
---
ボールを抱えたまま。
時計を見る。
急がない。
だが。
露骨な時間稼ぎもしない。
味方が開く。
「笹森!」
左。
LSBへ移った笹森へ。
正確なボール。
笹森が収める。
山形が来る。
無理をしない。
中田へ。
---
中田。
ワンタッチ。
戸塚。
戸塚から。
戸部。
中央。
戸部は前を向く。
森川が左。
ダニエルが右。
しかし。
出さない。
山形が前から来る。
戸部は。
後ろへ戻した。
---
「それでいい!」
長谷川が声を飛ばす。
千葉。
完全に。
試合を終わらせに入る。
---
スタンド。
千葉サポーターも。
時計を見る。
「あとちょっと!」
「集中!」
「無失点で終わろう!」
「古賀頼むぞ!」
そして。
別の場所から。
「戸部!」
「もうコケるなよ!」
笑いが起こる。
戸部には届いていない。
---
例のお笑いトリオ。
背番号20のボケ担当が反応する。
「コケたのも作戦だから!」
背番号10のリーダー。
「お前が誇ることじゃない。」
背番号26のツッコミ担当は。
ピッチの長谷川を見る。
「あと少し。」
「締めろ。」
---
山形は。
もう一度。
最後の攻撃。
左。
澤部。
中央へ。
火神。
戸塚が付く。
火神が強引に前を向く。
左足。
ミドル――。
その瞬間。
中田がコースへ。
火神は蹴れない。
右へ。
山形SH。
クロス。
筒本。
宇津木。
競る。
**バンッ!**
長谷川が大きくクリア。
ボールがタッチラインを割った。
---
長谷川が叫ぶ。
「最後まで!」
キャプテンマーク。
本来なら。
郷田が巻いていた。
だが。
今は。
背番号26の腕にある。
---
山形。
素早くスローイン。
原。
澤部。
火神。
火神が中央へ運ぶ。
戸塚。
中田。
二人が立つ。
火神は右へ。
クロス。
また筒本。
しかし。
古賀が一歩前へ。
落下地点。
「俺!」
ジャンプ。
**ガシッ!**
キャッチ。
---
その瞬間。
八幡が時計を見る。
もう。
ほとんど残っていない。
マルコも腕時計を確認。
山形の選手たちも。
分かっていた。
---
古賀がボールを持つ。
主審を見る。
そして。
主審が時計を確認。
口元へ笛。
**ピッ!**
**ピッ!**
**ピィィィィィィィ――!!**
---
試合終了。
---
### エストレヤ千葉 2-0 山形ブリッツFC
---
「よっしゃぁぁぁぁぁぁ!!」
エストレヤスタジアム。
大歓声。
千葉の選手たちが。
それぞれ拳を握る。
---
森川。
先制ゴール。
前半39分。
毛利のロングボール。
材木座が収め。
左へ。
森川が切り込み。
右足。
**1-0。**
---
そして。
後半44分。
戸部。
森川。
ダニエル。
中田。
四人による。
スタジアム全体を騙したFK。
最後は。
ダニエル。
**2-0。**
---
戸部が中田を見る。
「いやぁ。」
「上手くいきましたね。」
中田が笑う。
「お前。」
「最初のコケ方だけは満点だったぞ。」
「そこ褒めるんですか?」
森川も寄ってくる。
「本当に笑いそうになった。」
ダニエル。
「俺も。」
戸部が呆れる。
「二人とも。」
「ちゃんと演技してくださいよ。」
「してたよ。」
四人。
また笑う。
---
その少し離れたところ。
長谷川は。
古賀の肩を叩いた。
「悠斗。」
「ナイス。」
古賀は小さく頷く。
「ありがとうございます。」
「いきなりだったのに。」
「落ち着いてたな。」
「GKなんで。」
古賀は淡々と答える。
「出たら。」
「守るだけです。」
長谷川が笑った。
「頼もしいな。」
---
だが。
その一方。
ベンチ。
八幡の表情は。
完全には晴れていなかった。
視線の先。
すでにピッチを離れている。
郷田京。
---
勝った。
無失点。
それでも。
復帰したばかりの正GKが。
再び負傷。
左足首。
状態は。
まだ分からない。
---
マルコが八幡の横へ。
「勝った。」
「はい。」
「まずは。」
「喜ぼう。」
八幡は少し間を置いて。
「……そうですね。」
---
そして。
視線を変える。
戸部たち四人。
まだ。
楽しそうに話している。
八幡。
「……。」
愛媛戦でも。
即興のトリックプレー。
今日も。
また。
しかも今回は。
ベンチどころか。
スタジアム全体を騙した。
「……あとで。」
八幡が呟く。
「あれ。」
「誰のアイデアだったのか聞かないとな。」
---
試合終了。
**2-0。**
第2節。
アウェイで。
**2-2。**
勝ち切れなかった相手。
山形ブリッツFC。
その相手に。
今度は。
二点を奪い。
**無失点。**
エストレヤ千葉。
ホームで。
きっちりと。
勝ち点3を掴み取った。
### 第311話 あのFKは誰のアイデア?
試合終了後。
**エストレヤ千葉 2-0 山形ブリッツFC。**
通常なら。
最初に行われるのは勝利監督インタビュー。
マルコ・ベッルーニが呼ばれるところだった。
しかし。
今回は違った。
スタッフが急遽、インタビューの順番を変更した。
理由は。
誰にでも分かった。
---
「本日のヒーローインタビュー。」
「エストレヤ千葉から、お二人に来ていただきました!」
スタンドから拍手。
そして。
二人が姿を現す。
**背番号10 森川佑。**
前半39分。
先制ゴール。
そして。
**背番号14 ダニエル・ロドリゲス。**
後半44分。
あのFKから追加点。
---
「森川ぁぁぁ!」
「ダニエルー!」
「ナイスゴール!」
大きな歓声。
二人が手を上げる。
---
アナウンサーがマイクを向ける。
「まずは。」
「2-0での勝利。」
「おめでとうございます!」
森川。
「ありがとうございます。」
ダニエルも。
「ありがとうございます。」
---
「森川選手。」
「前半39分。」
「見事な先制ゴールでした。」
「毛利選手からのロングボールを材木座選手が収めて。」
「そこから左へ。」
「最後は中へ切り込んでのシュート。」
「振り返っていかがですか?」
森川は少し考える。
「義輝がすごくいい形で収めてくれたので。」
「自分のところに来た時には。」
「まず仕掛けようと思いました。」
「中が空いたのが見えたので。」
「そこからは思い切って打ちました。」
---
拍手。
「素晴らしいゴールでした。」
「ありがとうございます。」
---
そして。
ダニエル。
「ダニエル選手。」
「後半44分。」
その瞬間。
スタンドが。
**ざわっ。**
となった。
森川が笑う。
ダニエルも。
もう。
何を聞かれるか分かっている。
---
アナウンサーも笑う。
「皆さん。」
「おそらく。」
「一番聞きたいのは。」
「ここですよね?」
**うおおおおおおお!!**
スタンドから歓声。
---
「ゴール正面。」
「約22メートル。」
「フリーキック。」
「戸部選手。」
「森川選手。」
「ダニエル選手。」
「中田選手。」
「四人が集まりました。」
大型ビジョンに。
問題の場面が映る。
---
まず。
戸部が。
**ズルッ。**
転ぶ。
スタンドから。
また笑いが起こる。
「ははははは!」
森川も映像を見て笑っている。
---
続いて。
四人全員が助走。
被る。
そして。
言い合い。
また笑い。
そこから。
一瞬の隙。
四人が動き。
最後はダニエル。
ゴール。
今度は大歓声。
---
映像が終わる。
アナウンサーが聞く。
「率直に聞きます。」
「……あれ。」
一呼吸。
「誰の思いつきだったんですか?」
---
**うおおおおおおお!!**
これ。
全員が聞きたかった。
千葉サポーターも。
山形サポーターも。
試合中から。
ずっと気になっていた。
---
ダニエルが。
森川を見る。
森川も。
少し笑う。
「えっと。」
「最初は。」
「戸部ですね。」
---
「おおお……!」
スタンドがざわつく。
背番号20のお笑い芸人。
「ほらぁぁぁぁ!!」
立ち上がる。
「戸部だぁぁぁ!!」
ツッコミ担当。
「座れ!」
---
アナウンサー。
「戸部選手?」
「はい。」
森川が続ける。
「ただ。」
「ちょっと変なところから来てて。」
「変なところ?」
「はい。」
森川が笑う。
「戸部が。」
「前に八幡が見てた映像を覚えてたらしいんですよ。」
---
その瞬間。
千葉ベンチ付近。
八幡。
「……え?」
嫌な名前が出た。
---
アナウンサー。
「比企谷八幡さんが見ていた映像?」
「はい。」
森川が頷く。
「なんか。」
「上手い受け身の取り方の映像。」
---
スタンド。
「…………。」
そして。
笑い。
「なんで!?」
「サッカー関係ないじゃん!」
「受け身!?」
---
森川も笑いながら説明する。
「俺も詳しく知らないんですけど。」
「戸部がたまたま見てたみたいで。」
「転ぶ時に。」
「怪我しないように上手く受け身を取る。」
「そういう映像だったらしくて。」
---
アナウンサー。
「それが。」
「あの最初の転倒に?」
「そうです。」
「戸部が。」
「『これならわざとコケても怪我しにくいんじゃない?』って。」
会場。
大爆笑。
---
八幡。
「……。」
知らない。
そんな使い方をするために見ていたわけではない。
---
だが。
森川の話は。
まだ終わらない。
「あと。」
「八幡が前に。」
「いろんな『間の使い方』っていう本を見てたんですよ。」
アナウンサー。
「間?」
「はい。」
「会話とか。」
「相手の意識とか。」
「そういう。」
「間の使い方について書いてある本だったらしくて。」
---
森川は続ける。
「それも戸部が覚えてて。」
「FKの前に。」
「戸部が言ったんですよ。」
---
森川が。
少し戸部の真似をする。
「『一回、完全に失敗したと思わせたら。』」
「『相手、集中切れるんじゃない?』って。」
---
「おおおお……。」
スタンドから感嘆。
---
アナウンサー。
「なるほど。」
「だから。」
「まず転んだ。」
「はい。」
「それから。」
「四人全員が被った。」
「はい。」
「そして。」
「言い合い。」
「はい。」
森川が笑う。
「全部わざとです。」
---
大歓声。
---
アナウンサー。
「つまり。」
「戸部選手が。」
「比企谷さんが以前見ていた受け身の映像と。」
「間の使い方についての本を覚えていて。」
「そこから発想した?」
「最初はそうです。」
---
ここで。
森川が付け加える。
「ただ。」
「戸部一人のアイデアではないです。」
「おっ。」
「というと?」
---
森川がダニエルを見る。
「そこから。」
「四人で。」
「いろいろ足しました。」
ダニエルも頷く。
「最初。」
「もっと簡単だった。」
---
森川。
「戸部の最初の案は。」
「わざとコケて。」
「ちょっと空気を変える。」
「そこから普通に蹴るくらいだったんです。」
「でも。」
「それだと弱いよねって。」
---
アナウンサー。
「そこから四人で?」
「はい。」
「俺が。」
「だったら一回全員で走ったら面白くない?って。」
スタンドから笑い。
---
ダニエルが続ける。
「それで。」
「中田さんが。」
「じゃあ。」
「そのあと本当に揉めてるように見せようって。」
「なるほど!」
---
森川。
「で。」
「ダニエルが。」
「相手の壁とGKの集中が切れた瞬間に。」
「すぐ始めようって。」
---
アナウンサー。
「つまり。」
「戸部選手が最初のきっかけ。」
「そこに森川選手。」
「中田選手。」
「ダニエル選手。」
「四人の意見を加えて。」
「最終的に。」
「あの形になった?」
「そうです。」
森川が笑う。
「話してたら。」
「ああなりました。」
---
スタンド。
大きな拍手。
---
アナウンサーが。
さらに確認する。
「ちなみに。」
「これは練習していたんですか?」
森川。
「してないです。」
即答。
---
「えええええええ!?」
スタジアムがどよめく。
---
「今日初めて?」
「はい。」
「試合中に決めました。」
「四人が集まっていた。」
「あの時ですか?」
「そうです。」
「そこで全部?」
「だいたい。」
---
アナウンサーも笑う。
「よく成功しましたね。」
森川。
「俺たちもそう思います。」
ダニエルも笑う。
---
そして。
アナウンサー。
「では。」
「比企谷さんから。」
「こういうFKをやれという指示は?」
森川。
「ないです。」
即答。
「全く?」
「全くないです。」
---
森川がベンチの方を見る。
「むしろ。」
「あの人。」
「俺たちが言い合い始めた時。」
「めちゃくちゃ焦ってましたよ。」
---
大型ビジョン。
タイミングよく。
先ほどの千葉ベンチ。
困惑している八幡。
映る。
---
**ドッ!!**
スタジアム大爆笑。
八幡。
「……。」
顔を伏せる。
---
森川は笑う。
「多分。」
「本当に失敗したと思ってました。」
アナウンサー。
「では。」
「比企谷さんも騙されていた?」
「完全に。」
ダニエルも頷く。
「騙した。」
---
再び大歓声。
---
しかし。
アナウンサーが笑いながらまとめる。
「とはいえ。」
「きっかけを辿ると。」
「比企谷さんが見ていた。」
「受け身の映像と。」
「間の使い方の本。」
八幡。
遠くから。
嫌な予感しかしない。
---
森川も気付く。
「あ。」
少し考える。
「……そうなりますね。」
ダニエルも。
「八幡。」
「きっかけ。」
---
八幡。
「……。」
違う。
俺は。
**FKのために見ていたわけじゃない。**
そもそも。
使えとも言っていない。
ただ。
戸部が勝手に覚えていて。
勝手にサッカーへ持ち込み。
四人で勝手に発展させただけだ。
---
だが。
スタンドから。
「八幡ー!」
「またお前かー!」
笑い声。
---
八幡は。
静かに。
顔を覆った。
結局。
今回も。
何故か。
自分のところへ。
話が戻ってきた。
### 第312話 そういう意味じゃない
試合後。
ヒーローインタビュー。
森川の説明を。
八幡は少し離れた場所から聞いていた。
---
『最初は戸部ですね』
『前に八幡が見てた、上手い受け身の取り方の映像を覚えてたらしくて』
『あと、いろんな間の使い方って本も見てたんですよ』
大型ビジョンにも。
森川とダニエルが映っている。
スタンドからは。
笑いと歓声。
そして。
「また八幡か!」
「どこからヒント持ってきてんだよ!」
そんな声まで聞こえてくる。
---
八幡。
「……。」
違う。
声には出さない。
だが。
心の中では。
全力で否定していた。
**違う。**
**そういう意味で見てたんじゃない。**
---
まず。
受け身。
確かに。
八幡は少し前。
上手な受け身の取り方について。
映像を見ていた。
それは事実。
だが。
理由は。
サッカーのセットプレーではない。
ましてや。
**FKの前でわざと転ぶためでもない。**
---
八幡の頭に。
その時のことが浮かぶ。
子供は。
よく転ぶ。
走って。
転ぶ。
遊んで。
転ぶ。
何もないところでも。
何故か転ぶ。
だったら。
転ぶこと自体を完全に防ぐより。
**転んだ時に上手く受け身を取れた方が、怪我をしにくいんじゃないか。**
ただ。
それだけだった。
だから。
八幡は映像を見ていた。
---
八幡は内心で訴える。
**子供のためだ。**
**あれは。**
**子供が転んだ時に怪我しないようにと思って見てただけだ。**
それを。
戸部翔。
何を思ったのか。
覚えていた。
そして今日。
後半44分。
ゴール正面22メートル。
大事なFK。
いきなり走り出して。
**わざと転んだ。**
---
八幡。
「……。」
違う。
**そう使うものじゃない。**
---
インタビューは続く。
『それから、八幡が見ていた「間の使い方」っていう本を――』
八幡は。
さらに頭が痛くなった。
こっちも。
ちゃんと理由がある。
---
俺の本業。
何だと思ってる。
八幡は内心で呟く。
**スカウトだ。**
国際スカウト兼分析官。
選手を見る。
映像を見る。
現地へ行く。
選手本人とも話す。
代理人とも話す。
クラブとも交渉する。
時には。
相手が何を考えているのか。
どこで話を切り出すのか。
どのタイミングで踏み込むのか。
逆に。
どこで黙るのか。
そういう。
人とのコミュニケーションにおける。
**間。**
それを学ぶために。
読んでいた。
---
決して。
**フリーキックで相手GKと壁を騙すためではない。**
---
八幡。
「……。」
なんで。
そうなる。
---
森川の説明は続く。
『一回失敗したと思わせたら、相手の集中が切れるんじゃないかって』
スタンド。
「おおおおお!」
『それで四人でいろいろ足して』
『最終的にああなりました』
大きな拍手。
---
八幡。
「…………。」
違う。
本当に。
違う。
---
受け身。
**子供が怪我をしないため。**
間の使い方。
**スカウトとして仕事に生かすため。**
二つとも。
サッカーにまったく関係ないわけではない。
だが。
少なくとも。
あんなFKを作るために。
見たり読んだりしていたわけではない。
---
普通。
誰が思う。
受け身の映像を見ている人間を見て。
**「これ、FKで使えるんじゃね?」**
となる奴がいると。
普通。
誰が思う。
スカウトが仕事のために読んでいる本から。
**「相手の集中を切るセットプレーに応用できる」**
という発想になると。
---
八幡は。
少し遠くにいる。
戸部を見る。
戸部は。
インタビューを聞きながら。
笑っていた。
「……。」
お前だよ。
---
八幡の内心。
**なんで覚えてるんだよ。**
しかも。
覚えているだけならいい。
何故。
使う。
何故。
よりによって。
**FKで使う。**
---
そして。
最初は戸部の発想だった。
そこへ。
森川。
ダニエル。
中田。
三人が加わった。
全員で。
余計に完成度を高めた。
---
わざと転ぶ。
四人全員で助走する。
わざと被る。
わざと言い合う。
相手の集中が切れる。
その瞬間。
プレー再開。
最後はダニエル。
ゴール。
---
八幡。
「……。」
結果だけなら。
完璧。
文句のつけようがない。
**2-0。**
試合を決めた。
---
だからこそ。
余計に困る。
成功してしまった。
---
大型ビジョン。
また。
戸部が転ぶ場面。
**ズルッ。**
**ドサッ。**
スタンド。
「はははははは!」
八幡。
「…………。」
違うんだ。
---
今度は。
四人が被る。
言い合う。
そこからゴール。
大歓声。
---
八幡は。
だんだん。
泣きたくなってきた。
もちろん。
本当に泣くわけではない。
ただ。
心の中では。
頭を抱えていた。
---
**違う。**
**受け身は子供のため。**
**本は俺の仕事のため。**
**俺の本業はスカウトだから。**
**誰がFKに使われると思うんだよ。**
---
そして。
嫌な予感がする。
今日。
スタジアムには多くのメディアが来ている。
インタビューで。
森川が。
全国へ向けて。
はっきり言った。
**「八幡が見ていた映像」**
**「八幡が読んでいた本」**
きっかけだけ聞けば。
また。
比企谷八幡が何か妙なことを考えたように見える。
---
八幡。
「……。」
明日。
いや。
下手をすれば。
今日中。
ネット。
記事。
動画。
絶対。
出る。
---
**『千葉、また奇策』**
**『発想のきっかけは比企谷八幡』**
そんな文字が。
頭の中に勝手に浮かぶ。
---
八幡は。
静かに天井を見上げた。
頼む。
そこだけは。
ちゃんと説明してくれ。
---
その時。
インタビューから。
森川の声。
『でも、八幡は全然知らなかったですよ』
八幡の目が。
少しだけ戻る。
そう。
そこ。
もっと言え。
『俺たちが勝手にやったんで』
八幡。
内心。
**そう。**
**もっと。**
---
だが。
アナウンサーが笑いながら。
「でも、元を辿れば比企谷さんの見ていたものがヒントなんですよね?」
森川。
「ああ。」
「まあ。」
「そうなりますね。」
スタンド。
大歓声。
---
八幡。
「…………。」
終わった。
静かに。
目を閉じた。
---
**違う。**
**本当に違う。**
**俺は。**
**ただ子供が怪我しないように受け身を調べて。**
**スカウトの仕事のために本を読んでいただけなんだ。**
なのに。
何故か。
それが。
エストレヤ千葉の。
試合を決めるFKになった。
八幡は。
内心。
本気で泣きそうになっていた。
### 第313話 敵ながら同情する
試合後。
山形ブリッツFCベンチ。
選手たちが引き上げていく中。
監督とコーチ陣は。
まだピッチ脇に残っていた。
大型ビジョンでは。
森川とダニエルのインタビューが続いている。
---
『最初は戸部ですね』
『八幡が見ていた、上手い受け身の取り方の映像を覚えてて』
山形監督。
「……。」
コーチ。
「……。」
さらに。
『あと、いろんな間の使い方って本も見てたらしくて』
『そこから使えるんじゃないかって』
山形のスタッフ陣。
「…………。」
---
一人のコーチが。
ゆっくり口を開いた。
「監督。」
「なんだ。」
「比企谷。」
「今回。」
「何もしてませんよね?」
「……してないな。」
即答だった。
---
大型ビジョン。
千葉ベンチのリプレイ。
四人が被った瞬間。
明らかに困惑する八幡。
戸部たちが言い合い始める。
さらに困惑。
そして。
トリックが成功。
ゴール。
それでも。
**何が起きたのか分かっていない顔。**
---
山形監督が。
少しだけ顔をしかめる。
「これを見る限り。」
「間違いなく知らない。」
「ですよね。」
「知ってた人間の顔じゃない。」
---
別のコーチが苦笑する。
「なのに。」
「話を辿ると。」
「何故か全部。」
「比企谷に戻っていくんですよね。」
「……そうなんだよ。」
---
受け身の映像。
八幡が見ていた。
間の使い方についての本。
八幡が読んでいた。
それを。
戸部が覚えていた。
FKに応用できると考えた。
森川。
ダニエル。
中田。
三人がアイデアを加えた。
そして。
完成。
---
山形監督。
「いや。」
「普通。」
「そうはならんだろ。」
コーチが頷く。
「なりません。」
「受け身だぞ?」
「はい。」
「転んだ時に怪我しないための。」
「それを見て。」
「フリーキックでわざと転ぼう。」
「……。」
「どういう発想だ。」
---
別のスタッフ。
「間の使い方の本も。」
「比企谷はスカウトですからね。」
「交渉やコミュニケーションのために読んでいても。」
「何もおかしくない。」
監督。
「それを。」
「相手の集中を切るために使った。」
「はい。」
「フリーキックで。」
「はい。」
---
全員。
少し黙る。
そして。
「……戸部。」
「発想がおかしいだろ。」
---
その時。
インタビュー。
アナウンサーの声。
『でも、元を辿れば比企谷さんの見ていたものがヒントなんですよね?』
森川。
『ああ、まあ。そうなりますね』
スタンドから。
大歓声。
---
山形監督。
「……。」
コーチ陣。
「……。」
全員。
自然と。
千葉側を見る。
そこには。
目を閉じている八幡。
---
山形監督が。
思わず呟いた。
「……可哀想になってきたな。」
---
コーチが吹き出しそうになる。
「敵ですけどね。」
「敵だけど。」
「これは。」
「流石に同情する。」
---
別のコーチも頷く。
「比企谷からしたら。」
「自分が勝手に見てたものを。」
「選手が勝手に覚えて。」
「勝手に組み合わせて。」
「勝手にFKに使って。」
「勝手に成功させた。」
監督。
「そうだ。」
「そして。」
「全国放送のインタビューで。」
「何故か自分の名前が出た。」
「はい。」
「何もしてないのに。」
「はい。」
---
監督は。
八幡を見ながら。
深く頷く。
「……それは頭抱えるわ。」
---
山形のGKコーチも会話へ入る。
「しかも。」
「あのFK。」
「成功してるのが一番厄介ですよ。」
監督が振り向く。
「どういう意味だ?」
「失敗してれば。」
「選手たちが勝手にやった珍プレーで終わります。」
「……ああ。」
「でも。」
「ゴールになった。」
「しかも。」
「試合を決める2点目。」
監督。
「……。」
「だから。」
「今後ずっと映像が使われます。」
---
全員。
「ああ……。」
納得してしまった。
---
今後。
この試合が振り返られるたび。
戸部が転ぶ。
四人が被る。
言い合う。
そして。
ゴール。
その映像が流れる。
さらに。
今日のインタビューまでセットになれば。
**『ヒントは比企谷八幡が見ていた映像と本』**
という話まで。
残る可能性がある。
---
山形監督。
「……最悪だな。」
「はい。」
「本人。」
「何も考えてないのにな。」
「そうですね。」
---
一人のコーチが笑う。
「ただ。」
「比企谷も。」
「変なところ見られてますね。」
「そこはそうだな。」
「戸部は何で。」
「八幡が見てる映像や読んでる本まで覚えてるんでしょう。」
監督。
「知らん。」
「仲良いんですかね?」
「それも知らん。」
---
大型ビジョン。
森川が楽しそうに話している。
ダニエルも笑っている。
そして。
画面の端。
千葉ベンチ。
八幡。
完全に。
疲れた顔。
---
山形監督。
「……。」
もう一度。
小さく呟く。
「ご愁傷様。」
---
コーチ。
「監督。」
「なんだ。」
「今日。」
「うち負けてますよ。」
「分かってる。」
「相手スタッフに同情してる場合ですか?」
「分かってる!」
---
少しだけ。
山形ベンチに笑いが起きる。
敗戦。
**0-2。**
当然。
悔しい。
特に。
あの2点目。
完全に騙された。
だが。
それとは別。
あのFKの責任まで。
何故か背負わされそうになっている男には。
敵ながら。
同情せざるを得なかった。
---
山形監督は最後に。
もう一度だけ。
八幡を見る。
「比企谷。」
「お前。」
「今回は悪くないぞ。」
当然。
本人には。
聞こえていなかった。
### 第314話 あれは知らない顔
試合後。
スタンド。
千葉出身のお笑いトリオは、まだ席に残っていた。
41歳のリーダー。
背番号10。
**森川佑。**
31歳のボケ担当。
背番号20。
**戸部翔。**
35歳のツッコミ担当。
背番号26。
**長谷川智樹。**
それぞれ推しのレプリカユニフォームを着たまま。
大型ビジョンのインタビューを見ていた。
---
『最初は戸部ですね』
森川が話す。
『戸部が、偶々八幡が見ていた上手い受け身の取り方の映像と、いろんな間の使い方って本を見ていたのを覚えていて』
『使えるんじゃないかって』
『そこから四人で色々足して、ああなりました』
---
三人。
「…………。」
ボケ担当が。
小さく呟く。
「俺の戸部。」
ツッコミ担当。
「お前のじゃねえよ。」
「でも20番。」
「ユニフォームの番号で所有権発生しねえから。」
---
大型ビジョン。
問題のFKが再び流れる。
まず。
戸部が助走。
そして。
**ズルッ。**
転ぶ。
笑いながら戻る。
次。
四人全員が走り出す。
被る。
そして。
話が違うと言い合う。
山形の選手たちが困惑。
その一瞬を突いて。
四人が本当のプレーを開始。
最後はダニエル。
ゴール。
---
スタンドから。
改めて大きな拍手。
しかし。
三人が見ていたのは。
ゴールそのものだけではなかった。
映像の端。
**千葉ベンチ。**
そこにいる。
比企谷八幡。
---
四人が被った瞬間。
「……。」
明らかに戸惑っている。
言い合いが始まった瞬間。
さらに困惑。
そして。
突然プレーが再開される。
ゴール。
それでも。
一瞬。
何が起きたのか理解できていない。
---
リーダーが。
腕を組んだ。
「……これ。」
ツッコミ担当。
「ああ。」
「比企谷さん。」
「知らないな。」
---
ボケ担当が二人を見る。
「やっぱそう見える?」
リーダー。
「見える。」
「かなり。」
ツッコミ担当も頷く。
「あれは。」
「本当に知らされてない人の顔だよ。」
---
三人は。
芸能界で長く仕事をしている。
番組。
舞台。
イベント。
ラジオ。
ロケ。
打ち合わせ。
収録。
長く続けていれば。
本当に。
色々な人間と会う。
---
驚いているように見せる人。
本当に驚いている人。
知っているのに知らないふりをする人。
何も聞いていないのに。
その場で合わせる人。
笑っていても。
内心では全く笑っていない人。
予定通りの出来事に。
初めて見たような反応をする人。
---
芸能界には。
色々な考えを持つ人間がいる。
もちろん。
相手の心が読めるわけではない。
だが。
長くやっていれば。
ある程度。
分かるものもある。
---
リーダーが大型ビジョンを指す。
「ここ。」
戸部たち四人が。
話が違うと言い合っている場面。
八幡は。
四人を見ている。
「もし。」
「比企谷さんが考えたトリックなら。」
「見るところ違うと思う。」
ボケ担当。
「どういうこと?」
---
ツッコミ担当が答える。
「相手を見るだろ。」
「山形の壁とか。」
「GKとか。」
「ああ。」
「騙されてるか確認する。」
「そう。」
---
だが。
映像の八幡は。
そんなところを見ていない。
完全に。
戸部たちを見ている。
**何やってるんだ、あの四人。**
そう言いたげな顔。
---
リーダー。
「これ。」
「仕掛け知ってる人の反応じゃない。」
「だな。」
---
さらに。
ゴール。
戸部たちは。
即座に喜ぶ。
対して。
八幡。
一瞬。
固まる。
それから。
ようやく。
何が起きたのか理解したような反応。
---
ツッコミ担当。
「ほら。」
「ここも。」
ボケ担当。
「……本当だ。」
「完全に。」
「今理解しましたって顔。」
「だろ?」
---
三人。
ほぼ確信。
**比企谷八幡は何も知らなかった。**
---
だが。
インタビュー。
『戸部が、八幡が見ていた上手い受け身の取り方の映像を覚えていて――』
三人。
少し考える。
リーダー。
「……受け身?」
ツッコミ担当。
「なんで比企谷さん。」
「受け身の映像見てたんだ?」
ボケ担当。
「知らん。」
「サッカー関係ある?」
「なくはないかもしれないけど。」
「分からんな。」
---
三人には。
八幡が。
なぜ受け身の映像を見ていたのか。
当然。
分からない。
ただ。
戸部が。
偶然それを見て。
覚えていた。
分かるのは。
そこまで。
---
リーダーが首を傾げる。
「まあ。」
「人が何の動画見てるかなんて。」
「理由まで分からんしな。」
「そうだな。」
---
そして。
もう一つ。
**間の使い方。**
それについては。
ツッコミ担当が。
少し考える。
「こっちは。」
「なんとなく分かる気がする。」
「何が?」
---
「比企谷さん。」
「スカウトだろ?」
リーダー。
「ああ。」
「国際スカウト兼分析官だったか。」
「だったら。」
「仕事で人と話すこと多いんじゃない?」
---
選手。
代理人。
クラブ関係者。
様々な相手と接する。
海外の選手を獲得するなら。
交渉もある。
相手との距離感。
話を切り出すタイミング。
黙るタイミング。
そういった。
人とのやり取りにおける。
**間。**
---
リーダー。
「ああ。」
「そっちか。」
ボケ担当。
「交渉とか?」
「多分な。」
ツッコミ担当。
「いや。」
「俺たちの推測だけど。」
「本業考えたら。」
「そっちのために読んでたって方が自然じゃない?」
---
リーダーも頷く。
「少なくとも。」
「FKのために読んでたとは思わない。」
「それは絶対そう。」
---
ボケ担当。
「でも。」
「戸部は。」
「FKに使った。」
二人。
「……。」
---
大型ビジョン。
戸部。
転倒。
四人。
言い合い。
ゴール。
---
ツッコミ担当。
「なんでだよ。」
リーダーも笑う。
「普通。」
「間の使い方って聞いて。」
「フリーキックでわざと揉めようとはならんだろ。」
---
ボケ担当。
「そこは戸部の才能。」
「お前。」
「推しに甘すぎるだろ。」
---
そして。
インタビュー。
アナウンサー。
『でも、元を辿れば比企谷さんの見ていたものがヒントなんですよね?』
森川。
『まあ、そうなりますね』
大歓声。
---
大型ビジョン。
八幡。
目を閉じる。
---
三人。
「…………。」
リーダー。
「可哀想。」
ツッコミ担当。
「流石に同情するわ。」
ボケ担当も。
今回は否定しない。
「これは。」
「俺もそう思う。」
---
リーダーが整理する。
「受け身の映像を見てた理由は。」
「俺たちには分からない。」
「うん。」
「間の本は。」
「本業考えると。」
「スカウトの仕事に使おうとしてたんじゃないかとは思う。」
「推測だけどな。」
「で。」
三人。
戸部を見る。
---
ボケ担当。
「戸部が。」
「全部FKに持っていった。」
ツッコミ担当。
「そうなる。」
---
三人。
再び。
八幡を見る。
---
芸能界で。
色々な人間を見てきた。
色々な反応を見てきた。
だから。
少なくとも。
一つだけは。
かなり自信を持って言える。
リーダーが呟く。
「比企谷さん。」
「あのFK。」
「本当に知らなかったな。」
ツッコミ担当。
「ああ。」
「間違いない。」
ボケ担当も。
頷く。
「俺もそう思う。」
---
そして。
三人揃って。
もう一度。
大型ビジョンに映る。
何とも言えない表情の八幡を見る。
「……ご愁傷様です。」
会場中を騙した。
戸部。
森川。
ダニエル。
中田。
その被害者の中には。
山形だけではなく。
間違いなく。
**比企谷八幡も含まれていた。**
### 第315話 専門番組が徹底解説
試合翌日。
千葉県内で放送されている。
**エストレヤ千葉専門番組。**
普段から試合の振り返り。
選手インタビュー。
戦術分析。
練習場の様子など。
エストレヤ千葉だけを扱っている番組だった。
そして。
当然。
今回の山形ブリッツFC戦も大きく取り上げられた。
---
画面には。
**第19節**
**エストレヤ千葉 2-0 山形ブリッツFC**
まずは。
前半39分。
毛利のロングボール。
材木座が収める。
左へ展開。
森川が切り込み。
シュート。
ゴール。
---
司会者。
「まずは森川選手。」
「見事な先制点でした。」
隣に座っているのは。
元エストレヤ千葉の選手。
現役時代は中盤を主戦場とし。
引退後は解説者として活動している。
エストレヤ千葉一筋ではなかったものの。
長く千葉でプレーしていたため。
クラブ事情にも詳しい。
---
元選手が映像を見る。
「ここも良いんですよ。」
「毛利から始まって。」
「材木座がしっかり収めてる。」
映像停止。
材木座のところに印が付く。
「山形は筒本へのロングボールが一つの武器ですよね。」
「はい。」
「でも千葉も。」
「材木座という前線の基準点がある。」
「この場面。」
「材木座が潰れずに収めたことで。」
「森川が前向きでボールを受けられています。」
---
映像再開。
森川。
切り込む。
シュート。
ゴール。
「これは素晴らしい。」
---
そして。
司会者が笑った。
「ただ。」
「今日。」
「一番時間を使って解説していただくのは。」
元選手も笑う。
「でしょうね。」
---
画面が切り替わる。
後半44分。
材木座が倒される。
主審の笛。
テロップ。
**ゴール正面 約22m**
そして。
ボールの周囲へ。
四人が集まる。
---
**No.20 戸部翔 右利き**
**No.10 森川佑 右利き**
**No.14 ダニエル・ロドリゲス 左利き**
**No.22 中田正和 左利き**
---
司会者。
「これです。」
元選手。
「いやぁ……。」
映像を見ながら。
もう笑っている。
「これ。」
「相手だったら本当に嫌ですよ。」
---
まず。
四人が。
ゴールに背を向ける。
何やら話している。
しかも。
笑っている。
---
元選手。
「まず。」
「この時点で山形は困ってます。」
映像停止。
「右利きが二人。」
「左利きが二人。」
「しかも全員。」
「プレースキックを任せられる選手です。」
---
司会者。
「特に戸部選手。」
「そう。」
「普通なら戸部を最警戒します。」
「この位置なら。」
「彼が直接狙うと考えるのが自然です。」
---
映像。
戸部が構える。
助走。
走る。
そして。
**ズルッ。**
**ドサッ。**
---
スタジオ。
「…………。」
元選手が吹き出す。
「これね。」
「生で見てたら。」
「俺も普通に転んだと思います。」
司会者。
「実際。」
「ほぼ全員そう思っていたようです。」
「でしょうね。」
---
戸部。
笑いながら戻る。
元選手。
「ここが上手い。」
「転んだことだけじゃないです。」
「笑って戻るんですよ。」
「なるほど。」
「これで。」
「事故っぽく見える。」
---
司会者。
「でも。」
「実際は?」
「トリックの一部。」
---
映像再開。
今度こそ。
四人が構える。
そして。
**全員が動く。**
戸部。
森川。
ダニエル。
中田。
四人が。
ボール前で被る。
---
「おい!」
「何で来たんだよ!」
「話が違う!」
言い合い。
---
元選手。
「ここ。」
「一回止めてください。」
映像停止。
---
画面には。
戸部たち。
そして。
山形の壁。
元選手が。
壁を指す。
「見てください。」
「最初のFKの時と。」
「選手の視線が違います。」
---
最初の映像と比較。
最初。
山形の壁は。
ボール。
キッカー。
GKの指示。
そこへ集中している。
しかし。
言い合いの場面。
戸部を見る選手。
森川を見る選手。
味方を見る選手。
主審を見る選手。
---
「バラバラです。」
司会者。
「本当ですね。」
「完全に。」
「ボールへの集中が切れている。」
---
さらに。
山形GK。
「GKも。」
「四人を見ています。」
「つまり。」
「この瞬間。」
「山形側は。」
「FKが一度止まった感覚になっているんです。」
---
司会者。
「まだプレーは終わっていないのに。」
「そう。」
「頭の中では。」
「『千葉が失敗した』。」
「『千葉の選手同士で話が食い違った』。」
「そっちに意識が行っている。」
---
そして。
映像。
四人の視線。
戸部。
森川。
ダニエル。
中田。
一瞬だけ。
確認。
---
元選手。
「ここ。」
「これです。」
「四人だけ。」
「まだプレーしてるんですよ。」
---
司会者。
「山形は止まっている。」
「はい。」
「千葉ベンチも止まってます。」
スタジオに笑い。
---
そして。
映像の端。
八幡。
完全に困惑。
元選手も笑う。
「比企谷さん。」
「これ。」
「本当に知らないですね。」
司会者。
「試合後のインタビューでも。」
「選手たちだけで決めたと明かされました。」
「でしょうね。」
---
元選手は。
少し真面目な表情になる。
「でも。」
「これが凄いんですよ。」
「何がですか?」
「普通。」
「ベンチの指示なしで。」
「試合終盤。」
「一点差。」
「こんなこと。」
「怖くてできません。」
---
後半44分。
1-0。
失敗して。
山形にボールを渡せば。
最後の攻撃を受ける可能性もある。
それでも。
四人は。
その場で話し合い。
実行した。
---
「戸部。」
「森川。」
「ダニエル。」
「そして。」
「途中から入った34歳の中田。」
「この四人が。」
「全員同じイメージを共有できた。」
「ここが一番凄いと思います。」
---
映像再開。
山形の集中が切れる。
その瞬間。
四人。
スイッチ。
パス。
動く。
山形が遅れる。
最後。
ダニエル。
左足。
**ゴール。**
---
司会者。
「改めて見ると。」
「完全に置いていかれています。」
「そうなんです。」
元選手が頷く。
「技術的には。」
「最後のダニエルのシュートも素晴らしい。」
「当然です。」
「ただ。」
「このFKの本質は。」
「シュートじゃない。」
---
画面。
四人が言い合っている場面へ戻る。
元選手が指差す。
「ここです。」
「この数秒。」
---
**相手の集中を意図的に切った。**
それが。
最大のポイント。
---
元選手。
「サッカーって。」
「ずっと集中し続けるのは無理なんですよ。」
「どこかで。」
「ほんの一瞬。」
「緩む。」
「特に。」
「プレーが止まったと思った時。」
---
ところが。
この四人は。
その瞬間を。
自然に待ったのではない。
**自分たちで作った。**
---
「だから。」
「トリックFKと言われていますけど。」
「俺は。」
「心理戦に近いと思います。」
司会者。
「心理戦。」
「はい。」
「壁を動かすとか。」
「ボールをずらすとか。」
「そういう技術的なフェイントより。」
「相手に。」
「『こいつら失敗した』。」
「と思わせる。」
「そっちが中心です。」
---
そして。
試合後インタビュー。
森川の発言が流れる。
『最初は戸部ですね』
『戸部が、偶々八幡が見ていた上手い受け身の取り方の映像と、いろんな間の使い方って本を見ていたのを覚えていて――』
---
元選手。
「……これ。」
「比企谷さん。」
「可哀想ですよね。」
司会者が笑う。
「そこですか?」
「いや。」
「だって。」
「本人。」
「何もしてないんですよ。」
---
再び。
八幡の映像。
四人が被る。
困惑。
言い合う。
さらに困惑。
ゴール。
固まる。
---
元選手。
「ほら。」
「知らない。」
「この顔。」
スタジオから笑い。
---
司会者。
「受け身の映像を。」
「なぜ比企谷さんが見ていたのかは。」
「現時点では分かっていません。」
「そこは本人に聞かないと分からないですね。」
「ただ。」
「『間の使い方』についての本。」
「こちらはどう思いますか?」
---
元選手は少し考える。
「これは推測ですよ。」
「はい。」
「比企谷さんの本業。」
「スカウトですよね。」
「そうですね。」
「だったら。」
「選手や代理人。」
「クラブ関係者。」
「色んな人と話す。」
「交渉する。」
「そのために。」
「会話の間とか。」
「人との距離感とか。」
「そういうものを勉強していた可能性はあると思います。」
---
司会者。
「少なくとも。」
「FKのために読んでいたとは。」
元選手。
「思わないです。」
即答。
---
スタジオ。
笑い。
---
「誰が。」
「仕事のために読んでる本を。」
「選手に勝手にFKへ転用されると思うんですか。」
---
さらに笑い。
---
元選手は。
最後に。
四人が喜ぶ映像を見る。
「ただ。」
「これ。」
「エストレヤ千葉というチームの。」
「今の雰囲気も出てると思いますよ。」
司会者。
「というと?」
---
「ベテランの中田。」
「中心選手の森川。」
「途中加入のダニエル。」
「そして戸部。」
「立場も年齢も違う四人が。」
「試合中に集まって。」
「楽しそうに話して。」
「その場でアイデアを出して。」
「じゃあやってみようって。」
「実際にやって。」
「成功させる。」
---
元選手が笑う。
「こういうの。」
「チームの空気が悪かったら。」
「まずできません。」
---
画面。
四人。
ゴール後。
大笑い。
その後ろ。
事情を知らなかった八幡。
---
元選手。
「ただし。」
「比企谷さんには。」
「次から先に教えてあげてください。」
司会者。
「そこですね。」
「ベンチまで騙す必要はないですからね。」
「本当に。」
---
最後。
画面いっぱいに。
あのFK。
戸部が転ぶ。
四人が被る。
言い合う。
そして。
突然。
本当のプレー。
ダニエル。
ゴール。
---
テロップ。
**『会場全体を騙した22メートル』**
**『発案――ピッチ上の4人』**
そして小さく。
**『比企谷八幡は何も知らなかった。』**
元エストレヤ千葉の選手でさえ。
何度映像を見返しても。
最後には笑ってしまう。
技術。
心理。
即興性。
そして。
四人の意思疎通。
エストレヤ千葉の歴史に。
また一つ。
後々まで語られそうなセットプレーが加わっていた。
### 第316話 ネット騒然
試合翌日。
エストレヤ千葉対山形ブリッツFC。
結果は。
**2-0。**
森川の先制点。
ダニエルの追加点。
そして。
ネット上で最も拡散されていたのは。
やはり。
後半44分のフリーキックだった。
---
## 【話題】千葉のFK、何回見ても意味分からん
**1:名無しのサッカーファン**
昨日の千葉対山形のFK見た?
戸部がコケる
↓
笑いながら戻る
↓
4人全員走る
↓
被る
↓
言い合い始める
↓
山形「???」
↓
突然プレー再開
↓
ゴール
なんだこれ。
---
**2:名無しのサッカーファン**
初見で絶対騙される。
---
**3:名無しのサッカーファン**
山形の選手だけじゃなくて観客も実況もベンチも騙されてるの草。
---
**4:名無しのサッカーファン**
千葉ベンチまで「何やってんだこいつら」みたいになってるのが一番面白い。
---
**5:名無しのサッカーファン**
最初戸部が本当に滑ったと思った。
---
**6:名無しのサッカーファン**
俺も。
笑いながら戻ったところまで含めて完全に事故だと思った。
---
**7:名無しのサッカーファン**
あの転び方から演技だったのヤバい。
---
**8:名無しのサッカーファン**
しかもその後の四人被り。
あそこで完全に「作戦失敗したんだな」と思った。
---
**9:名無しのサッカーファン**
そこが罠なんだよな。
山形もそう思った。
---
**10:名無しのサッカーファン**
戸部「話違うだろ!」
森川「そっちでしょ!」
俺「何やってんだ千葉」
山形「何やってんだ千葉」
千葉ベンチ「何やってんだ千葉」
実際の四人「計画通り」
酷すぎる。
---
**11:名無しのサッカーファン**
しかもキッカー候補が全員厄介。
戸部 右
森川 右
ダニエル 左
中田 左
これGK嫌すぎる。
---
**12:名無しのサッカーファン**
普通に蹴っても怖い四人なのが成立する理由だよな。
---
**13:名無しのサッカーファン**
戸部がいる時点で山形は直接FK警戒するしかない。
そこへ左右二人ずつ集まってくる。
その時点で面倒。
---
**14:名無しのサッカーファン**
で。
結局誰が考えたんだ?
---
**15:名無しの千葉サポ**
試合後インタビュー見ろ。
最初は戸部。
そこから四人で足したらしい。
---
**16:名無しのサッカーファン**
即興!?
---
**17:名無しの千葉サポ**
練習してない。
あの四人がFK前に集まって話してたところで決めた。
---
**18:名無しのサッカーファン**
それで成功する方がおかしい。
---
別の掲示板。
そこでは。
少し違う方向で盛り上がっていた。
---
## 【悲報?】また比企谷八幡の名前が出てくる
**1:名無し**
森川のインタビューまとめ。
戸部が以前、
・八幡が見てた「上手い受け身」の映像
・八幡が読んでた「間の使い方」の本
を覚えてた。
↓
戸部「これ使えるんじゃね?」
↓
四人で改造。
↓
あのFK。
なんでだよ。
---
**2:名無し**
八幡関係なくて草。
---
**3:名無し**
いや元ネタ八幡じゃん。
---
**4:名無し**
元ネタという言い方すら可哀想だろw
本人何も提供してないぞ。
勝手に戸部が見て覚えてただけだぞ。
---
**5:名無し**
受け身の動画見てた
↓
部下がそれを見てた
↓
数日後サッカーのFKで利用される
こんなん予測できる人間いねえよ。
---
**6:名無し**
八幡「受け身の動画見るか」
戸部「……」
八幡「本読むか」
戸部「……」
戸部「使える」
どうしてそうなる。
---
**7:名無し**
そもそも八幡が受け身の映像を見てた理由は分かってないんだよな?
---
**8:名無し**
分かってない。
専門番組もそこは不明って言ってた。
---
**9:名無し**
「間の使い方」の本は?
---
**10:名無し**
専門番組の元千葉選手は、
「八幡の本業がスカウトだから、選手や代理人との交渉とかコミュニケーションのためじゃないか」
って推測してた。
あくまで推測。
---
**11:名無し**
それなら普通だな。
---
**12:名無し**
国際スカウトなら海外選手とも代理人ともクラブとも話すんだから普通にありそう。
---
**13:名無し**
それをFKに使う戸部が普通じゃない。
---
**14:名無し**
それ。
---
**15:名無し**
八幡
「スカウトとして間の使い方を勉強しよう」
戸部
「これで相手GK騙せるな」
八幡
「?????」
---
**16:名無し**
映像の八幡、本当に「?????」だから笑う。
---
そこから。
一枚の画像が貼られる。
四人が。
わざと言い合っている時。
ベンチで。
戸部たちを見つめている八幡。
---
**17:名無し**
この顔www
---
**18:名無し**
これ演技じゃないだろ。
---
**19:名無し**
完全に
「お前ら何してんの?」
の顔。
---
**20:名無し**
その後ゴール決まった瞬間の顔も好き。
---
**21:名無し**
喜ぶより先に固まってるんだよな。
---
**22:名無し**
理解が追いついてない。
---
**23:名無しの千葉サポ**
現地いたけど。
俺らも全く同じだったぞ。
戸部コケる。
「大丈夫か?」
四人被る。
「何やってんだ?」
揉める。
「おいおい……」
突然再開。
「え?」
ゴール。
「ええええええ!?」
こんな感じ。
---
**24:名無し**
八幡も観客側だったのか。
---
**25:名無し**
八幡も被害者です。
---
さらに。
別のスレッド。
---
## 【比企谷八幡さん】何もしてないのにまた戦術家扱いされそう
**1:名無し**
これ絶対数日後には
「比企谷八幡が生み出した奇策FK!」
みたいな切り抜き出るだろ。
---
**2:名無し**
やめてやれ。
---
**3:名無し**
森川がちゃんと
「八幡は知らない」
「俺たちが勝手にやった」
って言ってるから。
---
**4:名無し**
なおアナウンサー。
「でも元を辿れば比企谷さんが見ていたものがヒントなんですよね?」
---
**5:名無し**
八幡「やめろ」
---
**6:名無し**
森川「まあ、そうなりますね」
八幡「やめろ」
---
**7:名無し**
会場「うおおおおお!」
八幡「違う」
---
**8:名無し**
可哀想すぎるw
---
**9:名無し**
最近の千葉。
ちょっと変なことやる。
↓
ネット民「八幡のアイデアか?」
になってるのがもう面白い。
---
**10:名無しの千葉サポ**
愛媛戦の戸部たちのトリックもあったからな。
余計にそうなる。
---
**11:名無し**
でも今回は映像残ってるから。
八幡発案説は無理。
あのリアクションで知ってましたは通らん。
---
**12:名無し**
山形ベンチまで騙されてる。
千葉ベンチまで騙されてる。
サポーターも騙されてる。
実況も騙されてる。
八幡も騙されてる。
四人だけ楽しそう。
---
**13:名無し**
一番悪いの戸部では?
---
**14:名無し**
戸部です。
---
**15:名無し**
でも戸部だけじゃ完成してない。
森川、中田、ダニエルが余計な知恵を足してる。
---
**16:名無し**
余計な知恵(試合を決める追加点)
---
**17:名無し**
結果出してるから誰も怒れないの強い。
---
**18:名無し**
八幡が一番困るパターン。
---
**19:名無し**
失敗してたら
「何やってんだ」
で終わる。
成功したせいで永遠に映像残る。
---
**20:名無し**
これから戸部がFK蹴るたびに相手警戒するだろ。
普通に蹴るのか。
転ぶのか。
誰か走るのか。
揉めるのか。
---
**21:名無し**
それが地味に一番デカい。
次から何もせず戸部が普通に構えるだけで相手は考える。
---
**22:名無し**
しかもルール上、相手を混乱させるためのFKでのフェイント自体は認められてるんだよな。
---
そこには。
競技規則まで持ち出して確認する者も現れていた。
実際、フリーキックでは相手を混乱させるためのフェイントはサッカーの一部として認められている。([日本サッカー協会][1])
---
**23:名無し**
ルールまで調べ始めてて草。
---
**24:名無し**
だって気になるだろ。
あんなの初めて見たら。
---
**25:名無し**
結論。
戸部たち四人。
よく思いついた。
よく成功させた。
山形は責められない。
八幡はもっと責められない。
---
**26:名無し**
最後だけ全面同意。
---
そして。
千葉サポーター専用掲示板。
---
**187:千葉サポ**
八幡。
今回は本当に何も悪くないからな。
---
**188:千葉サポ**
悪いどころか何もしてない。
---
**189:千葉サポ**
仕事のために本読んでたかもしれないだけで奇策の元ネタ扱いされる男。
---
**190:千葉サポ**
受け身動画の理由は知らんけどな。
---
**191:千葉サポ**
そこは本人に聞かない限り分からん。
勝手に理由作るのはやめよう。
---
**192:千葉サポ**
これは大事。
---
**193:千葉サポ**
ただ一つ確実なのは。
八幡はFKに使われると思ってなかった。
---
**194:千葉サポ**
あの顔見れば分かる。
---
**195:千葉サポ**
試合後インタビューで名前出るたびに顔死んでいくの好き。
---
**196:千葉サポ**
笑うけど同情する。
---
**197:千葉サポ**
戸部。
あとでちゃんと説明しに行けよw
---
**198:千葉サポ**
戸部「八幡が見てたやつ使えると思って」
八幡「なんで?」
たぶんこれで終わる。
---
**199:千葉サポ**
それ以上の説明無理だろw
---
たった一晩。
一本のFKは。
千葉サポーターの間だけではなく。
他クラブのサポーター。
戦術好き。
元選手。
サッカーファン。
様々な場所へ拡散されていた。
そして。
珍しく。
意見がかなり一致していた。
**戸部、森川、ダニエル、中田は凄い。**
**山形はあれを初見で見破るのは難しい。**
そして――。
**比企谷八幡には、さすがに同情する。**
本人が何も知らないところで。
自分が見ていた映像と本を材料に。
選手たちが勝手にトリックFKを完成させ。
試合を決め。
全国で話題になる。
ネット民たちですら。
それだけは。
八幡に言ってやりたかった。
**「今回は、本当にあなたのせいじゃない。」**
### 第317話 アンチでも、それは違う
試合翌日。
ネット上では。
エストレヤ千葉のトリックFKが。
まだ大きな話題になっていた。
そして。
当然。
ある掲示板にも。
その話題は持ち込まれていた。
---
## 【比企谷八幡アンチスレ】J2で持ち上げられすぎ問題 Part27
ここに集まっているのは。
基本的に。
比企谷八幡を評価していない人間たち。
最近。
エストレヤ千葉の快進撃とともに。
名前を見る機会が急激に増えた。
補強。
分析。
スカウト。
戦術面への関与。
何かあるたび。
**「比企谷八幡」**
その名前が出てくる。
それを。
快く思っていない。
---
**1:名無し**
例のFK見た?
---
**2:名無し**
見た。
---
**3:名無し**
また八幡の奇策とか言われるのかと思ったら違って草。
---
**4:名無し**
今回は選手が勝手にやったやつ。
---
**5:名無し**
戸部発案。
森川、ダニエル、中田が足して完成。
試合後インタビューで本人たちが言ってる。
---
**6:名無し**
でも元ネタ八幡だろ?
---
**7:名無し**
その言い方は流石に無理ある。
---
**8:名無し**
ここアンチスレだぞ。
---
**7:名無し**
アンチだからって何でも八幡のせいにするスレじゃないだろ。
---
少し間。
---
**9:名無し**
それはそう。
---
**10:名無し**
嫌いなのと捏造は別。
---
**11:名無し**
そこはちゃんとしよう。
---
この掲示板。
比企谷八幡には厳しい。
しかし。
以前から。
一つだけ。
妙に徹底されていることがある。
**プライベートには踏み込まない。**
本人の写真も貼らない。
家族や交友関係を探らない。
個人情報を掘らない。
そして。
批判するなら。
サッカーに関係する範囲。
---
だから。
今回も。
---
**12:名無し**
整理しよう。
八幡が受け身の映像を見る。
理由は不明。
戸部がたまたま見て覚えてる。
八幡が「間の使い方」の本を読む。
戸部がそれも覚えてる。
戸部がFKに使えると思う。
他3人が案を追加。
実行。
成功。
八幡「???」
これだろ。
---
**13:名無し**
最後で草。
---
**14:名無し**
いや実際そうなんだよ。
---
**15:名無し**
あのベンチ映像見たら分かる。
比企谷。
完全に知らない。
---
**16:名無し**
四人が被った時の顔。
「何してんの?」だったもんな。
---
**17:名無し**
言い合い始めたところでさらに困惑してる。
---
**18:名無し**
あれ演技だったら俳優になれる。
---
**19:名無し**
それは言い過ぎ。
---
**20:名無し**
でも知らなかったのは間違いないと思う。
---
そこへ。
試合後インタビューの内容が貼られる。
---
**21:名無し**
森川
「最初は戸部」
「八幡が見てた受け身の映像と間の本を戸部が覚えてた」
「そこから4人で色々足した」
「八幡は知らない」
はい。
---
**22:名無し**
……これ。
流石に比企谷可哀想じゃね?
---
**23:名無し**
俺も思った。
---
**24:名無し**
アンチスレでそれ言う?
---
**25:名無し**
言う。
可哀想なものは可哀想。
---
**26:名無し**
これは同意。
---
**27:名無し**
別に八幡好きじゃないけど。
今回八幡何もしてないじゃん。
---
**28:名無し**
むしろ被害者側。
---
**29:名無し**
山形
→騙された。
千葉ベンチ
→騙された。
観客
→騙された。
八幡
→騙された上に名前まで出された。
---
**30:名無し**
一人だけ追加ダメージ受けてて草。
---
**31:名無し**
笑うけど可哀想。
---
別のアンチが書き込む。
---
**32:名無し**
でもさ。
元々八幡が見てたものがヒントなんだから。
多少は関係あるだろ。
---
**33:名無し**
関係あると責任あるは別だろ。
---
**34:名無し**
珍しくまともなレス。
---
**35:名無し**
例えば俺が料理動画見てて。
横から見てた同僚がその技術をサッカーに使ってゴール決めたとして。
俺の作戦になるのか?
---
**36:名無し**
例えが意味分からん。
---
**37:名無し**
でも今回それに近いのが困る。
---
**38:名無し**
草。
---
**39:名無し**
受け身の映像をなんで見てたかは分からん。
そこは本人が言ってない以上知らん。
---
**40:名無し**
間の本は専門番組で元千葉の選手が。
「本業がスカウトだから交渉とかコミュニケーションのためじゃないか」
って推測してた。
---
**41:名無し**
あくまで推測な。
---
**42:名無し**
そう。
そこ勝手に事実にするなよ。
---
**43:名無し**
アンチスレのくせに情報精度に厳しくて草。
---
**44:名無し**
当たり前だろ。
嫌いだからって嘘ついたらこっちが悪くなる。
---
**45:名無し**
それ。
人として当然。
---
そして。
話題は。
あのインタビューの最後へ。
---
**46:名無し**
一番可哀想なのここ。
アナ「元を辿れば比企谷さんの見ていたものがヒントですよね?」
森川「まあ、そうなりますね」
八幡「……」
---
**47:名無し**
あの時の顔www
---
**48:名無し**
笑った。
---
**49:名無し**
笑ったけど。
同情もした。
---
**50:名無し**
「違う」って顔に書いてあった。
---
**51:名無し**
多分本人。
心の中で全力否定してたと思う。
---
**52:名無し**
八幡嫌いな俺ですら。
「いや、これは八幡悪くないだろ」
って画面に言った。
---
**53:名無し**
分かる。
---
**54:名無し**
これでネット記事が。
「比企谷八幡が生んだ奇策!」
とか書いたら。
流石に八幡側につくわ。
---
**55:名無し**
それは記事がおかしい。
---
**56:名無し**
批判するなら本人がやったことで批判しろ。
---
**57:名無し**
アンチの鑑。
---
**58:名無し**
褒めるな。
---
さらに。
別の話題。
---
**59:名無し**
しかし戸部。
なんで八幡が見てる映像とか読んでる本をそんな覚えてるんだ。
---
**60:名無し**
知らん。
---
**61:名無し**
しかも覚えてるだけじゃなく。
「これFKに使える」
になるのが一番意味分からん。
---
**62:名無し**
今回の元凶。
八幡じゃなくて戸部説。
---
**63:名無し**
説じゃない。
---
**64:名無し**
森川も中田もダニエルも悪ノリして完成させてるから全員だぞ。
---
**65:名無し**
中田34歳なのに普通に参加してるの好き。
---
**66:名無し**
ベテランが止める側じゃなくて。
「じゃあ揉めてるふりしよう」
って案を足す側なの笑う。
---
**67:名無し**
八幡
「頼むから普通にFK蹴ってくれ」
---
**68:名無し**
戸部たち
「嫌です」
---
**69:名無し**
言ってないから捏造するなw
---
**70:名無し**
すまん。
---
そして。
スレッドの流れが。
少し変わる。
---
**71:名無し**
俺。
比企谷はJ1行ったら苦労すると思ってるし。
今の持ち上げられ方も過剰だと思ってる。
それは変わらん。
---
**72:名無し**
俺も。
---
**73:名無し**
J2で結果出してるからって。
J1でも通用する保証ないしな。
---
**74:名無し**
そこは普通に議論すればいい。
---
**75:名無し**
でも。
今回のFKについて八幡叩くのは違う。
---
**76:名無し**
完全同意。
---
**77:名無し**
アンチだからこそ。
変な理由で叩きたくない。
---
**78:名無し**
本当に問題あると思った時に批判の説得力なくなるからな。
---
**79:名無し**
そういうこと。
---
**80:名無し**
今回は。
戸部たち4人が凄かった。
山形は気の毒。
八幡も気の毒。
終わり。
---
**81:名無し**
アンチスレ史上最も平和な結論。
---
**82:名無し**
ただし。
八幡への評価は変えない。
---
**83:名無し**
もちろん。
---
**84:名無し**
J1で同じことできるかは別問題だからな。
---
**85:名無し**
それとこれは別。
---
**86:名無し**
でも今回だけは言ってやる。
---
少し間を空けて。
書き込み。
---
**86:名無し**
**比企谷。**
**あれは流石に可哀想だった。**
---
**87:名無し**
同意。
---
**88:名無し**
同意。
---
**89:名無し**
俺も。
---
**90:名無し**
今回は休め。
---
**91:名無し**
別に疲れてるとは限らんだろ。
---
**92:名無し**
最後まで勝手に決めつけないアンチスレで草。
---
彼らは。
八幡を評価していない。
J2で結果を出しているだけで。
過剰に持ち上げられている。
J1へ行けば。
今のようにはいかない。
そう考えている人間も多い。
その評価は。
今回の一件でも変わらない。
しかし。
嫌いだから。
何を言ってもいいわけではない。
本人がやっていないことまで。
本人の責任にするのは違う。
それくらいの線引きは。
このアンチたちにもあった。
そして。
今回ばかりは。
彼らですら。
意見が一致していた。
**――あのFKに関しては、比企谷八幡に同情する。**
### 第318話 家に帰ってまで
山形ブリッツFC戦。
**2-0。**
試合を終え。
インタビューも終わり。
その日の夜。
八幡はようやく自宅へ帰ってきた。
---
玄関。
「ただいま。」
扉を開ける。
その直後。
「パパ!」
「パパー!」
二つの小さな足音。
長男。
**比企谷レオン、4歳。**
次男。
**比企谷ユウ、3歳。**
二人が走ってくる。
---
八幡。
「おう。」
レオンが八幡の足へ抱きつく。
ユウも反対側。
「パパ!」
「かった!」
「ああ。」
「勝ったな。」
---
その後ろから。
ソフィアがやってくる。
腕の中には。
1歳のルナ。
「八幡。」
「おかえりなさい。」
「ただいま。」
ソフィアはいつものように笑顔。
「お疲れさま。」
「ありがとう。」
---
ルナも。
八幡を見つける。
「ぱぱ。」
小さな両手を伸ばす。
八幡。
「はいはい。」
荷物を置いて。
ソフィアからルナを受け取る。
抱き上げると。
ルナはすぐ。
八幡の胸元にくっついた。
---
その横。
レオンが。
目を輝かせている。
「パパ!」
「ん?」
「あのね!」
嫌な予感。
何故だろう。
今日一日。
何度も感じた。
あの予感。
---
レオン。
「あのフリーキック!」
八幡。
「…………。」
来た。
---
ユウも。
「すごかった!」
「ころんだ!」
「みんな、けんかしてた!」
「そうだな。」
「あれ!」
「わざとだった!」
「ああ。」
そこまではいい。
問題は。
次。
---
レオンが。
満面の笑み。
「パパが考えたんでしょ!」
八幡。
「…………。」
---
スタジアム。
山形ベンチ。
サポーター。
専門番組。
ネット掲示板。
アンチ掲示板。
散々。
話題になった。
そして。
ようやく家へ帰ってきた。
その結果。
**息子からも俺の作戦だと思われていた。**
---
八幡。
「違うぞ。」
即答。
---
レオン。
「え?」
ユウ。
「ちがうの?」
「違う。」
「でもテレビで。」
「パパっていってた!」
「……言ってたな。」
そこなんだよ。
---
レオン。
「パパが見てたやつ!」
「戸部のお兄ちゃんが見たって!」
「そうだ。」
「じゃあパパじゃん!」
「違う。」
「なんで?」
---
八幡。
「…………。」
4歳児に。
どう説明する。
---
ソフィアは。
少し離れたところで。
そのやり取りを見ている。
口元。
完全に笑っていた。
八幡が気付く。
「ソフィア。」
「なに?」
「笑ってないか?」
「笑ってないよ。」
「笑ってる。」
「ちょっとだけ。」
「……。」
---
レオンはまだ納得していない。
「でも。」
「パパの見てたの使ったんでしょ?」
「戸部が勝手にな。」
「本も?」
「それも戸部が勝手に覚えてた。」
「じゃあ。」
「パパが教えたの?」
「教えてない。」
「やってって言った?」
「言ってない。」
「れんしゅうした?」
「してない。」
---
レオン。
「……。」
一生懸命。
考える。
そして。
「じゃあ。」
「戸部のお兄ちゃんが考えた?」
「最初はな。」
八幡が頷く。
「そこから森川とダニエルと中田さんが。」
「いろいろ考えて。」
「四人でああしたんだ。」
---
ユウ。
「パパは?」
「知らなかった。」
「ぜんぜん?」
「全然。」
「ほんと?」
「本当だ。」
---
レオン。
「……。」
「でも。」
八幡。
「まだあるのか。」
「パパ。」
「すごい!」
「なんでだよ。」
---
レオンは。
純粋だった。
「だって。」
「パパが見てたのから。」
「ゴールできた!」
「……。」
だから。
違う。
そう言いたい。
しかし。
4歳の息子に悪意など。
当然ない。
---
ユウも。
「パパすごい!」
「だから。」
「俺は何もしてない。」
「すごい!」
「話を聞け。」
---
ソフィア。
とうとう。
我慢できず。
「ふふっ。」
「ソフィア。」
「ごめん。」
「でも。」
「八幡、今日ずっとこうだったんだろうなって。」
「……だいたい合ってる。」
---
ソフィアは。
試合も。
インタビューも見ていた。
当然。
夫があのFKを知らなかったことも。
分かっている。
---
「でも。」
「本当にびっくりした。」
「私も最初。」
「戸部さんが転んだと思ったもの。」
「俺も思った。」
ソフィア。
「え?」
八幡。
「俺も普通に転んだと思った。」
---
ソフィア。
数秒。
黙る。
そして。
「ふふふっ。」
「笑うな。」
「だって。」
「スタッフなのに。」
「知らないんだから仕方ないだろ。」
---
レオン。
「パパもだまされたの?」
「騙された。」
ユウ。
「パパも!?」
「ああ。」
二人。
顔を見合わせる。
「すごい!」
「戸部のお兄ちゃんすごい!」
八幡。
「……。」
ようやく。
矛先が戸部へ向かった。
---
だが。
今度はレオン。
「でも。」
「パパが見てたの使ったから。」
「パパもすごい!」
戻ってきた。
---
八幡。
「……もういい。」
諦めた。
---
ルナだけは。
話など分からない。
八幡の腕の中で。
父親の服を掴んでいる。
「ぱぱ。」
「お前だけだ。」
「今日はお前だけが癒やしだ。」
---
すると。
ユウ。
「ぼくも!」
八幡の足に抱きつく。
レオンも。
「ぼくも!」
反対側。
---
八幡。
ルナを抱っこ。
右足にレオン。
左足にユウ。
動けない。
---
ソフィアが笑う。
「人気者ね。」
「外でも家でもな。」
「いいことじゃない。」
「今日に限ってはそう思えない。」
---
ソフィアは八幡へ近づく。
そして。
ルナの頭を優しく撫でてから。
夫を見る。
「でも。」
「お疲れさま。」
「……ああ。」
「勝ってよかったね。」
その一言で。
八幡の表情が少し緩む。
「それは本当にな。」
---
郷田の負傷は心配。
それでも。
山形相手に。
**2-0。**
勝ち点3。
そこは。
素直に喜んでいい。
---
しかし。
レオン。
「パパ。」
「ん?」
「あのフリーキック。」
「ぼくもやりたい!」
八幡。
「やめろ。」
即答。
---
「なんで?」
「危ないから。」
「ころぶだけだよ?」
「わざと転ぶな。」
「でも戸部のお兄ちゃん――」
「戸部は大人だ。」
「じゃあ。」
「おおきくなったら?」
「普通に蹴れ。」
---
ソフィア。
また笑う。
「ふふっ。」
八幡。
「笑い事じゃないぞ。」
「このままいったら。」
「息子まで変なこと始める。」
---
レオン。
「パパ!」
「今度サッカー教えて!」
「それはいい。」
「転び方!」
「それは教えない。」
---
ユウ。
「ぼく、けんかする!」
「するな。」
「わざと!」
「それもするな。」
---
ソフィアは。
完全に笑っている。
八幡。
「……。」
ようやく帰ってきた。
自宅。
ここなら。
今日のトリックFKから。
解放される。
そう思っていた。
甘かった。
スタジアムでも。
テレビでも。
ネットでも。
そして。
**比企谷家でも。**
後半44分のあのFKは。
まだまだ。
八幡を解放してくれそうになかった。
### 第319話 せめて事前に教えろ
翌日。
エストレヤ千葉。
クラブハウス。
山形ブリッツFC戦から一夜明け。
選手たちはリカバリー中心のメニューを行っていた。
そんな中。
「戸部。」
八幡が声を掛ける。
「はい?」
「ちょっと来い。」
「?」
戸部は首を傾げながら。
八幡のところへ向かった。
---
人の少ない場所。
八幡は腕を組む。
戸部は。
何故呼ばれたのか。
分かっていない顔。
「どうしたんすか?」
「昨日のFK。」
「ああ!」
戸部の表情が明るくなる。
「凄かったっすよね!」
「自分で言うな。」
「でも成功したじゃないっすか。」
「成功した。」
そこは否定しない。
---
八幡も。
トリックプレーそのものを。
否定するつもりはなかった。
相手の虚を突く。
ルールの範囲内で。
選手たち自身が。
ピッチ上の状況を見て判断する。
むしろ。
それ自体は悪いことではない。
結果として。
試合を決める2点目にもなった。
だから。
怒っているわけではない。
問題は。
別。
---
「トリックをやるなとは言わない。」
「はい。」
「お前らが試合中に考えて。」
「いけると思ったなら。」
「やってもいい。」
戸部。
「ですよね。」
「ああ。」
八幡は続ける。
「ただ。」
一呼吸。
「事前に教えてくれ。」
---
戸部。
「…………。」
目を。
ぱちぱち。
---
八幡。
「……。」
戸部。
「……。」
もう一度。
ぱちぱち。
---
そして。
戸部は。
真顔で言った。
「そしたら意味ないじゃん。」
---
八幡。
「…………。」
沈黙。
---
戸部。
「?」
八幡。
ゆっくり。
両手で。
頭を抱えた。
---
「……なんでだよ。」
「え?」
「なんで俺まで騙す必要があるんだよ。」
---
戸部。
「だって。」
「ベンチまで普通の反応してた方が。」
「相手も信じるじゃん。」
「…………。」
「昨日。」
「八幡も本気で困ってたでしょ?」
「困ってたよ。」
「だから。」
「めちゃくちゃ自然だった。」
「俺の困惑まで作戦に組み込むな。」
---
戸部。
「あ。」
少し考える。
「でも。」
「結果的に良かったじゃん。」
「良くない。」
「ゴール入ったよ?」
「そこじゃない。」
---
八幡は。
昨日の光景を思い出す。
戸部が転ぶ。
四人が被る。
言い合う。
八幡。
**何してんだ、あいつら。**
そして。
突然。
プレー再開。
ゴール。
---
さらには。
試合後。
インタビュー。
専門番組。
ネット。
自宅。
子供たち。
全方向から。
あのFKに追い回された。
---
八幡。
「昨日。」
「俺がどれだけ困ったと思ってる。」
戸部。
「そんなに?」
「家帰ったら。」
「子供から。」
「『パパが考えたFKすごい』って言われた。」
戸部。
「おお!」
「良かったじゃん!」
「良くない。」
---
戸部。
「自慢のパパじゃん。」
「俺は考えてない。」
「でも。」
「八幡が見てたやつが――」
「それ以上言うな。」
---
戸部。
「……はい。」
少しだけ。
しょんぼり。
---
八幡は。
息を吐く。
「とにかく。」
「トリックをするのは構わない。」
「ただし。」
「今後。」
「可能なら事前に共有しろ。」
戸部。
「でも。」
「意味なくなる。」
八幡。
「だから何で俺に教えると意味なくなるんだよ!」
珍しく。
少し声が大きくなる。
---
近くにいた選手たちが。
ちらっと見る。
森川。
「……昨日のやつだな。」
中田。
「だろうな。」
ダニエル。
「戸部。」
「怒られてる?」
森川。
「怒られてるっていうか。」
「八幡が困ってる。」
中田。
「そりゃ困るわ。」
---
一方。
戸部。
まだ。
納得していない。
「でもなぁ。」
八幡。
「……。」
その顔を見て。
八幡は悟った。
駄目だ。
こいつ。
またやる。
---
しかも。
次も。
即興で。
何か思いついたら。
やる。
その可能性が高い。
なら。
方法を変える。
---
八幡。
「分かった。」
戸部。
「お。」
「理解してくれた?」
「違う。」
「?」
八幡が。
グラウンドを指す。
「練習するぞ。」
「え?」
---
戸部。
「何を?」
「トリックFK。」
「…………。」
戸部の目が。
また。
ぱちぱち。
---
「俺に教えたくないなら。」
「それでもいい。」
「ただ。」
「昨日みたいに。」
「ぶっつけ本番でやるな。」
「最低限。」
「何パターンか練習しておけ。」
---
戸部。
「でも。」
「練習したらスタッフにバレるじゃん。」
八幡。
「当たり前だろ。」
「えー。」
「『えー』じゃない。」
---
八幡は。
戸部を連れて。
セットプレー練習用の場所へ。
「森川。」
「はい?」
「ダニエル。」
「はい。」
「中田さん。」
「はいよ。」
三人も呼ぶ。
---
戸部。
「え。」
「四人?」
八幡。
「昨日の実行犯。」
中田。
「実行犯って言い方。」
森川は笑っている。
ダニエルも。
事情を察した。
---
八幡。
「昨日のやつ。」
「もう一回やってみろ。」
戸部。
「今?」
「今。」
「でも。」
「相手いないよ?」
「まず動きの確認。」
---
四人。
配置につく。
ボール。
ゴール正面。
---
戸部。
助走。
わざと転ぶ。
**ズサッ。**
「痛っ。」
八幡。
「おい。」
戸部。
「大丈夫!」
---
八幡。
「……。」
やっぱり。
練習させて正解だった。
---
次。
四人が。
一斉に走る。
被る。
---
「お前そっちじゃ――」
八幡。
「一回止めろ。」
四人。
止まる。
---
八幡。
「昨日。」
「よくこれぶっつけで成功したな。」
森川。
「俺たちも思います。」
中田。
「勢いって怖いよな。」
ダニエル。
「楽しかった。」
八幡。
「楽しさでセットプレーするな。」
---
そして。
練習再開。
タイミング。
助走。
ボールを動かす位置。
相手が反応した場合。
壁が集中を切らなかった場合。
主審の位置。
失敗した場合のリスク管理。
八幡は。
一つずつ。
確認していく。
---
気付けば。
完全に。
トリックFKの練習になっていた。
---
八幡。
「……。」
何故。
こうなった。
俺は。
ただ。
**事前に教えてくれ。**
それを言いたかっただけなのに。
---
戸部。
「八幡!」
「これ。」
「もう一個思いついた!」
八幡。
「やめろ。」
「まだ言ってないじゃん!」
「嫌な予感しかしない。」
---
森川。
「聞くだけ聞いてみようよ。」
中田。
「そうだな。」
ダニエル。
「やろう。」
八幡。
「……。」
また。
頭を抱える。
---
結局。
この日。
リカバリー中心だったはずの練習後。
戸部。
森川。
ダニエル。
中田。
そして八幡。
五人は。
しばらく。
セットプレーの確認を続けることになった。
ただし。
昨日とは。
一つだけ。
大きく違う。
今度は。
**八幡も知っている。**
それだけで。
本人にとっては。
大きな進歩だった。
### 第320話 郷田京の診断結果
山形ブリッツFC戦から。
翌日。
エストレヤ千葉。
クラブハウス。
---
午前のリカバリーが終わった頃。
八幡たちスタッフのもとへ。
メディカルチームから。
正式な報告が届いた。
山形戦。
後半24分。
相手RSHとの接触で。
左足首を負傷。
そのまま立ち上がれず。
古賀悠斗との交代を余儀なくされた。
エストレヤ千葉の正GK。
そして。
キャプテン。
**郷田京。**
---
八幡。
「結果出ました?」
チームドクター。
鳥山右京が頷く。
「ああ。」
近くには。
近藤めぐみ。
本庄麻衣。
光山左京。
安西なつめ。
メディカルスタッフも揃っていた。
---
鳥山が診断結果を伝える。
「左足首の捻挫。」
八幡。
「……捻挫。」
「ああ。」
鳥山が続ける。
「骨に異常はない。」
「靱帯についても。」
「長期離脱につながるような深刻な損傷ではない。」
---
その言葉に。
八幡は。
僅かに息を吐いた。
最悪ではない。
昨日。
郷田が立てなかった時。
スタジアムには。
悲鳴が上がった。
復帰したばかり。
それだけに。
再び長期離脱。
その可能性も。
頭をよぎっていた。
---
「復帰まで。」
八幡が聞く。
鳥山。
「状態を見ながらになるが。」
「**1、2か月程度。**」
---
八幡。
「……分かりました。」
短く頷く。
---
一、二か月。
決して。
短くはない。
リーグ戦は続く。
昇格。
そして。
北海道フェニックスFCを追う。
重要な時期。
絶対的守護神。
そしてキャプテン。
郷田を失う。
戦力的には。
当然痛い。
---
ただ。
昨日の負傷直後に想像した。
最悪の事態から考えれば。
まだ。
救いはあった。
---
鳥山。
「無理はさせない。」
「はい。」
「特に郷田は。」
「復帰したばかりだからな。」
八幡も。
そこは同意。
「急がせるつもりはありません。」
---
そして。
その日の午後。
クラブから。
正式発表。
---
## エストレヤ千葉 選手負傷のお知らせ
**GK 郷田京**
山形ブリッツFC戦で負傷した郷田京選手について、検査の結果、**左足首捻挫**と診断されました。
復帰まで**1~2か月程度**を見込んでおります。
---
発表は。
すぐにサポーターへ広がった。
---
「捻挫か……!」
「良かったとは言えないけど。」
「もっと酷い怪我かと思ってた。」
「立てなかったから怖かった。」
「1、2か月か。」
「また郷田見られなくなるの辛いな。」
「でも今度こそ焦らず治してくれ。」
---
そして。
同時に。
注目される。
次節以降。
誰が。
エストレヤ千葉のゴールを守るのか。
---
山形戦。
突然の出場。
移籍後初出場。
それでも。
冷静にゴールを守り。
無失点で試合を終わらせた。
**古賀悠斗。**
さらに。
セカンドGKとして。
長くチームを支えてきた。
**玉縄幸三。**
そして。
ユースから昇格したばかりの。
18歳。
**村上渉。**
---
GK陣に。
再び。
競争が生まれる。
---
クラブハウス。
郷田本人も。
診断結果を聞いていた。
左足首は。
まだ固定されている。
「一、二か月か。」
鳥山。
「そうだ。」
郷田。
「もっと早く――」
「駄目だ。」
言い終わる前に。
鳥山が止める。
---
郷田。
「まだ何も言ってないですよ。」
「早く戻れないか聞こうとしただろ。」
「……。」
図星。
---
近藤も。
「今回はちゃんと治してください。」
本庄。
「焦って悪化させたら。」
「結局もっと時間かかるからね。」
光山も頷く。
「復帰までのメニューはこちらで組む。」
安西。
「ちゃんと段階踏みましょう。」
---
郷田。
「……はい。」
34歳。
元日本代表。
絶対的守護神。
キャプテン。
そんな肩書きも。
この五人の前では。
関係ない。
怪我人は。
怪我人だった。
---
一方。
八幡は。
練習場へ戻る。
視線の先。
GK陣。
---
古賀。
玉縄。
村上。
郷田が戻るまで。
誰か一人に。
すべてを任せるとは限らない。
相手。
調子。
戦術。
トレーニング。
それらを見ながら。
マルコやGKコーチの田島とも。
話し合うことになる。
---
八幡。
「……一、二か月。」
痛い。
間違いなく。
痛い。
それでも。
シーズンは。
止まってくれない。
郷田が戻ってくるまで。
残されたGKたちで。
ゴールを守る。
そして。
郷田には。
今度こそ。
万全の状態で戻ってきてもらう。
エストレヤ千葉は。
キャプテン不在の期間へ。
再び入ることになった。