第6話 証明
第6話 証明
三日後。
午前十時。
エストレヤ千葉トレーニングセンター。
クラブハウス二階。
分析室。
八幡の前には、スペインとのオンライン会議の画面が映し出されていた。
画面の向こうにいるのは、
* ダニエル・ロドリゲス
* 所属クラブのスポーツディレクター
* クラブ代理人
こちら側は、
* 社長・鈴木一朗太
* GM・竹内正樹
* 強化部長・佐藤智成
* 比企谷八幡
「それでは、始めましょう。」
会議は英語で始まった。
移籍金。
契約期間。
年俸。
住居。
生活面のサポート。
細かな条件を一つひとつ確認していく。
やがて八幡は自然とスペイン語へ切り替えた。
流れるような会話。
通訳というより、お互いが直接話しているような自然さだった。
社長も竹内も佐藤も、その姿を静かに見守る。
八幡なら当然。
今さら驚くことではない。
二十分ほどが過ぎた。
最後にダニエルが口を開いた。
『一つだけお願いがあります。』
八幡が頷く。
「聞こう。」
『背番号は14番を希望します。』
八幡が日本語へ訳す。
社長はすぐに答えた。
「問題ありません。」
「14番で準備します。」
ダニエルの表情が明るくなる。
『ありがとうございます。』
そして少し照れくさそうに笑った。
『もう一つだけ。』
「何だ。」
『ハチマン。』
「……。」
『日本に着いたら、一番最初に握手してくれ。』
八幡は少しだけ口元を緩めた。
「そんなことでいいのか。」
『俺にとっては、一番大事なんだ。』
『三年前。』
『お前が初めて俺に握手を求めてくれた時。』
『「一緒に世界を目指そう」って言ってくれた。』
『あの言葉が、今でも俺の支えなんだ。』
分析室が静まり返る。
八幡は短く答えた。
「ああ。」
「約束する。」
ダニエルは満足そうに笑った。
『ありがとう。』
オンライン会議は終了した。
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モニターの電源が落ちる。
静まり返る分析室。
社長が大きく息を吐いた。
「契約成立まで、あと一歩だな。」
GM竹内が八幡を見る。
「比企谷。」
「はい。」
「今回も当たりなんだろ?」
「ええ。」
迷いなく答える。
「彼はJ2では止められません。」
佐藤が笑う。
「そこまで言い切るか。」
「言い切ります。」
「彼は、このリーグの流れを変えます。」
ちょうどその時、分析室へマルコ・ベッルーニ監督が入ってきた。
「終わったか。」
「はい。」
監督は八幡を見る。
「私は、お前の分析を信じる。」
八幡は静かに頷いた。
「ありがとうございます。」
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その頃。
グラウンド。
トップチームの練習は終わっていた。
それでも材木座義輝だけは残っていた。
「もう一本!」
ヘッドコーチ・中村がボールを入れる。
胸トラップ。
ポストプレー。
落とす。
振り向きざまのシュート。
ガンッ——。
クロスバー。
「くそっ!」
額から汗が滴り落ちる。
何本やっても決まらない。
そこへ郷田京が歩いてきた。
「まだやってたのか。」
「はい。」
「帰れ。」
「でも……。」
「疲れた状態で続けても、体に覚えさせたい動きは身につかない。」
郷田は転がったボールを拾う。
「今日は終わりだ。」
材木座は俯いた。
「郷田さん。」
「何だ。」
「俺……。」
「本当にチームの役に立ってるんですか。」
郷田は少しだけ笑う。
「俺じゃなくて、八幡に聞いてこい。」
「え?」
「あいつがお前を一番理解してる。」
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午後九時。
分析室。
当然のように明かりは消えていなかった。
八幡は試合映像を何度も見返している。
コンコン。
「失礼します。」
入ってきたのは材木座だった。
「どうした。」
「少し……話がしたくて。」
八幡は映像を止めた。
「座れ。」
材木座はソファへ腰を下ろす。
しばらく沈黙が流れる。
コーヒーメーカーだけが静かな音を立てていた。
「俺……。」
「うん。」
「やっぱりFW向いてないんですかね。」
八幡は何も答えない。
材木座は俯いたまま続ける。
「点が取れない。」
「SNSでは毎試合叩かれる。」
「記者にも言われる。」
「優美子には心配かける。」
「俺……もう何が正しいのか分からないんです。」
八幡は静かに立ち上がり、机の引き出しから一枚の資料を取り出した。
「見ろ。」
材木座が受け取る。
表紙には、
**『材木座義輝 出場・欠場時データ比較』**
と書かれていた。
一番上に並ぶ数字。
**材木座出場時 チーム平均得点 1.9**
**材木座欠場時 チーム平均得点 0.6**
材木座の目が見開かれる。
「……え?」
八幡は静かに言った。
「誰が何と言おうと。」
「今のエストレヤ千葉で。」
「一番相手センターバックに嫌がられているのは、お前だ。」
「相手はお前に二人付く。」
「だから味方が空く。」
「だから得点が増える。」
「それがお前の仕事だ。」
材木座は言葉を失った。
八幡はさらに続ける。
「ゴールだけがFWの仕事じゃない。」
「お前は。」
「味方をゴールへ導くFWだ。」
「それは数字が証明している。」
材木座の目には、少しだけ涙が浮かんでいた。
「……ありがとうございます。」
八幡はコーヒーを一口飲む。
「礼は要らない。」
「結果で返せ。」
材木座は力強く頷いた。
「はい!」
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同じ頃。
スペイン。
ダニエル・ロドリゲスは静かにスーツケースへ荷物を詰めていた。
ユニフォーム。
スパイク。
家族との写真。
そして、一枚のメモ。
そこには日本語で、不器用な字が書かれている。
**『ありがとう ハチマン』**
ダニエルはその紙を大切そうに手帳へ挟む。
「待ってろ。」
「日本。」
「待ってろ、ハチマン。」
飛行機の出発まで、あと二日だった。