第382話 止まらない千葉
第382話 止まらない千葉
富山ベイウインズとの上位直接対決を、エストレヤ千葉は1対0で制した。
決勝点が生まれたのは後半6分。
ダニエル・ロドリゲスが個人技で富山の守備をこじ開け、右足でゴール左隅へ突き刺した一撃。その一点を、千葉は最後まで守り切った。
これで勝ち点は60。
首位・北海道フェニックスFCは63。
その差は、わずか3ポイントだった。
リーグ戦は残り5試合。ここまで来れば、たった一つの引き分け、一つの敗戦が優勝争いそのものを大きく変える。
勝たなければならない。
落とせない。
普通ならば、そんな思いが強くなるほど身体は硬くなり、判断にも迷いが生まれる。
だが。
今のエストレヤ千葉は違った。
富山との直接対決を勝ち切った勢いは、そこで止まるどころか、さらに加速していった。
◇
## 第30節
### エストレヤ千葉 vs 駿河ユナイテッドFC
舞台はエストレヤスタジアム。
相手は最下位、18位の駿河ユナイテッドFCだった。
順位だけを見れば、2位の千葉が優位。大量得点を期待するサポーターがいても不思議ではない。
しかし、残留争いの真っただ中にいる駿河にとっても、ここから先の一試合一試合は生き残りを懸けた戦いだった。
試合開始から、駿河は明確だった。
無理に前へ出ない。
自陣へ人数を集める。
中央を閉じる。
ボールを持たれることは受け入れ、それでも最後のゴール前だけは開けない。
千葉にボールを握らせながら、低い位置で耐え続ける。
「焦るな!」
森川佑の声がピッチへ響いた。
千葉は戸塚とエミリオを中心にボールを動かす。
右へ。
左へ。
一度戻して、また前へ。
ダニエルも中盤と最終ラインの隙間へ何度も顔を出した。右では川崎が仕掛け、左からは森川が内側へ入ってくる。
それでも駿河の守備ブロックは崩れない。
シュートコースを作っても身体を投げ出される。
クロスを上げても中央で跳ね返される。
前半は0対0。
後半に入っても状況は大きく変わらなかった。
時間だけが少しずつ減っていく。
スタンドにも、徐々に焦りが混じり始めていた。
そんな試合を動かしたのは、エミリオ・アルバレスだった。
中央でボールを受ける。
目の前には駿河の中盤。その奥にはほとんど隙間なく並ぶ最終ライン。
エミリオは一度、右を見た。
右サイドに視線を送る。
それだけで、駿河の中盤がほんのわずかにそちらへ動いた。
次の瞬間。
エミリオの右足から出たボールは、右ではなく左へ通された。
守備者と守備者の間。
一瞬だけ生まれた隙間へ。
「塩川!」
そこへ走り込んだ背番号8、塩川が受ける。
前を向いた。
駿河のDFが慌てて距離を詰めてくる。
塩川は一歩だけ中央へ持ち出した。
そして、迷わず右足を振り抜く。
バンッ!!
低く鋭いボールが守備者の脇を抜け、そのままゴールへ突き刺さった。
一瞬遅れて。
エストレヤスタジアムが爆発した。
「うおおおおおおおおお!!」
塩川が両拳を握る。
その背後からエミリオが駆け寄り、強く肩を叩いた。
**エストレヤ千葉 1-0 駿河ユナイテッドFC。**
得点、塩川。
アシスト、エミリオ・アルバレス。
ようやく。
千葉が駿河の壁をこじ開けた。
◇
失点した駿河は、残留のためにも前へ出るしかなくなった。
それまでとは違い、人数をかけて千葉陣内へ入ってくる。
だが。
千葉は慌てなかった。
追加点を欲しがって無理に前掛かりにもならない。
奪えば前へ出る。
難しいと判断すれば戻す。
必要なら時間も使う。
富山との直接対決を勝ち切った経験もあった。
一点を守ることを、今の千葉は怖がらない。
そして。
そのまま試合終了。
**エストレヤ千葉 1-0 駿河ユナイテッドFC。**
派手な試合ではなかった。
大量得点もない。
それでも、手にしたものは勝ち点3。
試合後。
選手たちがサポーターへ挨拶する姿を眺めながら、八幡はベンチ前で小さく息を吐いた。
「こういう試合を取れるのは大きいな」
隣に立っていたマルコ・ベッルーニも頷く。
「ああ」
上位との直接対決に勝つ。
残留争いの相手に苦しみながら勝つ。
内容はまったく違う。
だが。
どちらも同じ勝ち点3だった。
これで。
エストレヤ千葉。
勝ち点63。
◇
一週間後。
再びエストレヤスタジアム。
今度は、まったく性質の違う相手を迎えた。
## 第31節
### エストレヤ千葉 vs 岡山セルフィオFC
岡山セルフィオFC。
第29節終了時点で4位、勝ち点54。
3位の富山ベイウインズをわずか1ポイント差まで追い上げていた上位クラブだった。
岡山にとっても、ここからさらに上へ食い込むためには絶対に落としたくない試合。
そのため、開始直後から強度が高かった。
球際。
切り替え。
セカンドボール。
千葉も岡山も、簡単には譲らない。
駿河戦のように片方が引いて耐える試合ではなかった。
互いが前へ出る。
互いが奪いに行く。
そんな試合で先にゴールを奪ったのは千葉だった。
◇
前半。
右サイドで川崎大志がボールを持つ。
正面には岡山のDF。
川崎は一度止まった。
相手も足を止める。
その一瞬。
川崎が一気に縦へ加速した。
「大志!」
相手の横を取り、そのまま外へ。
顔を上げる。
中央。
マティアス・ベニテスがゴール前へ入っていた。
川崎は右足で低いクロスを送る。
速い。
GKとDFの間。
「マティアス!」
走り込んだマティアスが右足を合わせた。
バンッ!!
ボールがネットへ突き刺さる。
「うおおおおおおおお!!」
先制。
マティアスは振り返ると、クロスを送った川崎を指さした。
川崎も拳を握り、そのままマティアスの元へ走っていく。
**1-0。**
得点。
**マティアス・ベニテス。**
アシスト。
**川崎大志。**
千葉が先に試合を動かした。
◇
しかし。
岡山も簡単には崩れなかった。
4位にいるだけの理由がある。
千葉の守備にほんの一瞬できた隙を見逃さず、一気に前へ入り込む。
そして。
同点。
1対1。
スタンドが一瞬だけ静かになった。
だが。
ピッチ上の選手たちは崩れない。
「大丈夫だ!」
森川がすぐに声を飛ばした。
「まだ時間あるぞ!」
キャプテンの声に、選手たちが切り替える。
取り返そうと焦らない。
無理な縦パスも入れない。
もう一度。
戸塚とエミリオを中心にボールを動かし、自分たちの形を作り直す。
そして。
再び。
中央。
エミリオがボールを持った。
岡山の中盤が寄ってくる。
その瞬間。
中盤と最終ラインの間。
ダニエルが一瞬だけフリーになった。
「ダニエル!」
エミリオは見逃さない。
速い縦パス。
ダニエルが右足で収める。
背後から寄せられる前に反転。
前からDFが出てくる。
ダニエルは横へ一歩ずらした。
それだけで。
シュートコースが開いた。
右足。
振り抜く。
バンッ!!
GKが伸ばした手の先。
ボールはゴールへ突き刺さった。
「ダニエルぅぅぅぅぅ!!」
エストレヤスタジアムが再び揺れる。
**2-1。**
得点。
ダニエル・ロドリゲス。
アシスト。
エミリオ・アルバレス。
またしても。
ダニエルだった。
◇
試合終盤。
岡山は同点を求めて人数を前へ出した。
最終ラインも高くなる。
当然。
背後にはスペースが生まれた。
千葉が中盤でボールを奪う。
前へ。
途中出場していた材木座義輝へ入る。
「材木座!」
材木座は相手DFを背負い、身体を使ってボールを収めた。
無理に反転しない。
その右。
一人の選手が走り込んでくる。
37歳。
佐久間浩二。
「佐久間さん!」
材木座が右へ落とした。
佐久間が受ける。
ペナルティエリア手前。
岡山のDFが懸命に戻ってくる。
だが。
佐久間は慌てない。
若い選手のように無理やり突破しようとはしなかった。
一度ボールを足元へ置く。
ゴールを見る。
戻ってくるDFを見る。
コースを確認する。
そして。
右足。
バンッ!!
ネットが揺れた。
「うおおおおおおおおお!!」
佐久間が大きく拳を握る。
途中出場。
37歳。
それでも。
必要な時間に。
必要な場所で。
必要な仕事をする。
**3-1。**
得点。
佐久間浩二。
アシスト。
材木座義輝。
◇
そのまま試合終了。
**エストレヤ千葉 3-1 岡山セルフィオFC。**
マティアス。
ダニエル。
佐久間。
三人の得点で、上位の岡山を退けた。
ホームスタンドから歓声が降り注ぐ。
これで。
また勝ち点3。
千葉の勝ち点は。
**66。**
◇
そして。
第32節。
舞台は敵地へ移る。
## 山形ブリッツFC vs エストレヤ千葉
アウェー。
山形。
この日の千葉は、それまでの二試合とはまた違う姿を見せた。
駿河戦のように一点をこじ開けて守り切る試合ではない。
岡山戦のように上位相手へ落ち着いて勝ち切る試合でもない。
互いに前へ出る。
点を取れば。
取り返される。
また突き放す。
激しい打ち合い。
そして。
その中心にいたのは。
ここまでとは少し意外な男だった。
材木座義輝。
◇
中央で材木座がボールを受けた。
前を向く。
左を見る。
そこへ森川が走っている。
材木座は余計に持たない。
すぐに左へ流した。
「佑!」
森川が受ける。
そのままペナルティエリアへ侵入。
相手DFが寄せる。
それでも。
右足。
振り抜いた。
バンッ!!
ゴール。
千葉。
先制。
**森川佑。**
そして。
アシスト。
**材木座義輝。**
◇
だが。
ホームの山形も引かなかった。
すぐに反撃。
千葉も失点を許す。
試合は振り出し。
そこからさらに激しさを増していった。
再び千葉がボールを持つ。
中央。
また材木座。
相手を背負いながら収める。
近くへ寄ってきたのはダニエルだった。
「ダニエル!」
材木座は短く落とす。
ダニエルは前向きでボールを受けた。
相手DFが出る。
だが。
その前に。
右足。
一閃。
バンッ!!
ゴールネットが揺れた。
**ダニエル・ロドリゲス。**
またしても得点。
そして。
アシストは。
また。
**材木座義輝。**
◇
ベンチ。
八幡はピッチを見ながら、少し目を細めた。
「……今日の材木座」
隣のマルコを見る。
「何か全部絡んでません?」
マルコが笑った。
「まだ終わってないぞ」
その言葉通りだった。
◇
後半。
前線で材木座がボールを収める。
相手CBを背負う。
右を見る。
川崎が走った。
「大志!」
材木座が右へ出す。
川崎が受ける。
そのまま一気に中央へ。
一人。
かわす。
前が開いた。
右足。
シュート。
バンッ!!
ゴール。
「川崎ぃぃぃぃぃ!!」
川崎がそのままゴール裏へ走っていく。
**川崎大志。**
この日。
千葉の3点目。
そして。
アシストは。
また。
材木座。
ベンチで八幡が呟いた。
「三つ目……」
◇
だが。
山形も諦めない。
再び一点を返した。
スコアは。
3対2。
二点差になったかと思えば。
また一点差。
ホームスタンドから響く声が一段と大きくなった。
山形が前へ出る。
千葉が押し込まれる。
クロス。
セカンドボール。
ミドルシュート。
一点差。
嫌な時間が続いた。
それでも。
最後に試合を決めたのは。
また。
あの男だった。
◇
前線。
材木座。
ボールが入る。
相手CBが勢いよく寄せた。
材木座は身体を入れる。
無理に振り向かない。
相手を背負いながらボールを守る。
その間。
左。
塩川が走り込んできた。
「塩川!」
材木座が左へ送る。
塩川は前向きで受けた。
山形のDFが戻ってくる。
それでも。
迷わない。
右足を振り抜いた。
バンッ!!
鋭いボールがゴールへ突き刺さる。
「うおおおおおおおおお!!」
アウェー席が爆発した。
**4-2。**
塩川。
千葉の4点目。
そして。
最後のパスを出したのは。
またしても。
材木座義輝。
◇
「……四つ?」
ベンチで八幡が確認する。
近くにいた山本が思わず笑った。
「四つですね」
「全部?」
「全部です」
「……マジか」
森川。
ダニエル。
川崎。
塩川。
得点者は全員違う。
だが。
そのすべてのゴールで。
最後のパスを出していた男は。
同じだった。
**材木座義輝。**
一試合。
4アシスト。
◇
そして。
試合終了。
**山形ブリッツFC 2-4 エストレヤ千葉。**
両チーム合わせて6得点。
アウェーで繰り広げられた激しい打ち合い。
最後まで立っていたのは。
エストレヤ千葉だった。
◇
第30節。
駿河ユナイテッドFC。
**1-0。**
得点。
塩川。
アシスト。
エミリオ・アルバレス。
第31節。
岡山セルフィオFC。
**3-1。**
マティアス・ベニテス。
アシスト、川崎大志。
ダニエル・ロドリゲス。
アシスト、エミリオ・アルバレス。
佐久間浩二。
アシスト、材木座義輝。
そして。
第32節。
山形ブリッツFC。
**4-2。**
森川佑。
ダニエル・ロドリゲス。
川崎大志。
塩川。
四人。
四得点。
そして、そのすべてを。
材木座義輝がアシストした。
◇
3試合。
3勝。
獲得した勝ち点は9。
第29節終了時。
60。
第30節。
63。
第31節。
66。
そして。
第32節終了。
**69。**
エストレヤ千葉。
勝ち点69。
さらに。
第27節。
秋田ノルディアFC。
第28節。
伊勢シーガルズ。
第29節。
富山ベイウインズ。
第30節。
駿河ユナイテッドFC。
第31節。
岡山セルフィオFC。
第32節。
山形ブリッツFC。
六試合。
すべて勝利。
**6連勝。**
開幕5試合。
0勝2分3敗。
勝ち点2。
最下位。
シーズン序盤。
誰が。
この位置まで来ると想像しただろう。
上位との直接対決でも勝つ。
相手に引かれても勝つ。
一度追いつかれても勝つ。
打ち合いになっても勝つ。
勝ち方が一つではない。
誰か一人だけが点を取っているわけでもない。
ダニエル。
マティアス。
森川。
川崎。
塩川。
佐久間。
材木座。
若手も。
中堅も。
ベテランも。
それぞれが、その試合で必要な役割を果たしている。
それが今の千葉だった。
もう残されたリーグ戦はわずか**2試合。**
長かったシーズンの終わりが見え始めた。
同時に優勝争いも。
ついに最後の二試合へ。
エストレヤ千葉はまだ止まらない。