第390話 ダニエルを押し退けた男
第390話 ダニエルを押し退けた男
仙台アステルFC。
背番号10。
安西清勝。
クラブ一筋のバンディエラであり、キャプテン。
簡単には失わない高いキープ力と、九十分を通して落ちにくい運動量。
仙台の攻撃を右サイドから支える、最重要選手の一人。
だが。
安西の分析を終えても、八幡は資料を閉じなかった。
「もう一人います」
中村が八幡を見る。
「安西以外?」
「はい」
八幡がリモコンを操作すると、大型モニターの映像が切り替わった。
仙台の攻撃。
ペナルティエリア手前。
相手選手が密集する中央で、一人の外国人選手がボールを受ける。
背番号。
**33。**
八幡が言った。
「こいつです」
◇
映像の横にプロフィールが表示された。
**ダニー・フォーレン。**
6月23日生まれ。
26歳。
右利き。
スペイン人。
ポジションはOMF。
「夏加入?」
山本が聞く。
「はい。仙台が夏に獲得した選手です」
八幡が答えると、マルコが画面に表示された名前を見て、わずかに目を細めた。
「知っている」
中村が振り返る。
「有名ですか?」
「スペインでは、それなりにな」
八幡は次の資料を表示した。
「元スペイン代表です」
「代表?」
田島が反応する。
「はい。ただ、継続して呼ばれていた選手ではありません」
代表歴。
**5キャップ。**
「代表に入っていたのは五年前。その一年だけです」
「ってことは」
中村が計算する。
「21歳くらい?」
「その頃ですね」
若い頃。
一気に評価を高めた。
国内での活躍を受け、スペイン代表へ選出。
五試合に出場した。
しかし。
それ以降、代表からは遠ざかっている。
「元スペイン代表って肩書だけ見れば、かなり派手だな」
田島が言う。
「実際」
八幡は再び映像へ戻した。
「技術はあります」
◇
仙台。
中央。
フォーレンがボールを受ける。
目の前には二人。
さらに奥にも相手のボランチがいる。
普通なら。
横。
あるいは後ろ。
安全な場所へ逃がしてもおかしくない。
だが。
フォーレンは違った。
身体を一度、右へ向ける。
相手の一人が。
ほんのわずかに動いた。
その瞬間。
右足。
縦。
速いグラウンダーのパスが放たれた。
「おお」
中村が思わず声を漏らす。
二人の相手選手。
その狭い間を。
ボールが抜けた。
前線の味方が足元で受ける。
一気に仙台の攻撃が前進した。
八幡が映像を止めた。
「ここです」
全員が画面を見る。
「フォーレンの一番嫌なところです」
◇
狭いスペースを通すパス。
特に。
選手と選手の間。
いわゆる。
**ゲート。**
「普通なら」
八幡が二人の守備者の間を指す。
「閉じてるって判断するくらいの幅でも、出してきます」
中村が画面を見直す。
「この幅で?」
「はい」
人一人が余裕を持って通れるような空間ではない。
守備側からすれば。
ここなら通されない。
そう判断したくなる幅。
だが。
フォーレンには関係ない。
そこに一本の線が見えれば。
右足を振る。
速く。
正確に。
しかも。
受け手が次のプレーへ移りやすい足元へ届ける。
「ゲートを見つけるのが速い」
マルコが言った。
「はい」
八幡が頷く。
「そして、躊躇しない」
◇
次の映像。
中央。
フォーレンは相手ボランチを背負っていた。
後ろから強く寄せられる。
右足でトラップ。
一度だけ触る。
だが。
振り返らない。
身体の向きも大きく変えない。
そのまま。
斜めへ。
右足でパス。
相手CBとサイドバック。
その間。
またしても狭いゲートをボールが通過した。
味方が抜け出す。
「狭いところ、好きですね」
山本が苦笑する。
「好きっていうより」
八幡は画面を見たまま答えた。
「そこを通せると思ってる」
そして。
実際に通す。
「はい」
◇
中村が腕を組んだ。
「仙台の前半戦と後半戦で、攻撃が違う理由」
フォーレンを見る。
「こいつ?」
「大きいです」
八幡が頷く。
シーズン前半。
仙台の基本布陣は4-4-2。
中央に明確なOMFを置かない形で戦うことが多かった。
攻撃では。
両サイド。
特に安西を起点として使う。
そこから前線の二人へ繋いでいく。
だが。
夏。
ダニー・フォーレンが加入した。
それを境に。
仙台の形そのものが変わった。
4-4-2。
そこから。
4-2-3-1。
「OMFを明確に置くようになった」
中村が言う。
「フォーレンのため?」
「ほぼ、そう見ていいです」
◇
中央。
背番号33。
そこへボールを集める。
右では安西がボールを保持する。
簡単には奪われない。
時間を作る。
その間に。
フォーレンが中央で位置を変える。
相手ボランチの背中。
センターバックとの間。
わずかに空いたゲートが見える場所。
そこへ移動する。
安西が時間を作り。
フォーレンが中央を探す。
フォーレンへ入れば。
今度は。
前線。
逆サイド。
あるいは。
自ら狭い場所を通していく。
中村が嫌そうに口元を歪めた。
「嫌だな」
「かなり」
八幡も同意した。
◇
そして。
八幡はもう一つの資料を開いた。
「あと」
全員が見る。
「この選手、ダニエルと関係あります」
「ダニエル?」
田島が聞き返す。
「はい」
モニターに映し出されたのは。
スペイン時代の写真。
一人は。
ダニー・フォーレン。
そして。
もう一人。
今ではエストレヤ千葉の背番号14を背負う男。
ダニエル・ロドリゲス。
二人は。
同じユニフォームを着ていた。
「同じチーム?」
「はい」
◇
現在。
千葉でOMFを務めるダニエル。
しかし。
スペイン時代。
主戦場はそこではなかった。
「ダニエル、向こうでは主に右サイドハーフです」
「RSH?」
「はい」
中村が少し意外そうにする。
「今みたいに真ん中じゃない?」
「中央で出ることもありましたけど、今ほど多くないです」
その理由の一つが。
まさに。
目の前の男だった。
ダニー・フォーレン。
中央。
OMF。
八幡が二人の配置を画面へ表示する。
中央。
フォーレン。
右。
ダニエル。
中村が言った。
「ダニエルがOMFでスタメン取れなかった理由」
一度フォーレンを見る。
「こいつがいたから?」
「かなり大きいです」
◇
ただし。
二人のプレースタイルは同じではない。
むしろ。
かなり違う。
ダニエル。
自らボールを運ぶ。
ドリブルで相手を外す。
一人。
時には二人。
個人で局面を変える。
フォーレン。
パス。
狭いところ。
相手と相手の間。
わずかなゲートを見つけ。
そこへ刺す。
中村が整理する。
「スペイン時代は、中央の第一選択がフォーレン」
「はい」
「だからダニエルが右?」
「そうです」
◇
中村が少し面白そうに笑った。
「じゃあダニエル、結構意識してそうだな」
「多分」
八幡は淡々と答える。
「何かしらはあるでしょうね」
だが。
マルコがそこで口を開いた。
「それは、試合が始まれば関係ない」
全員が監督を見る。
「今は千葉の14と、仙台の33だ」
「はい」
八幡も頷いた。
昔。
同じユニフォームを着ていた。
同じOMFというポジションを争った。
だが。
今は。
敵。
それだけだった。
◇
映像が再開される。
フォーレン。
中央。
周囲には相手選手。
狭い。
それでも。
右足。
縦。
通す。
マルコが言う。
「小林」
八幡が見る。
「ここにも効くか?」
「効くと思ってます」
ホワイトボード。
アンカー。
小林庄雅。
その位置を八幡が指した。
「フォーレンがゲートを通したいなら」
一拍。
「その先を小林さんに読ませます」
「なるほど」
◇
フォーレンのパス能力は高い。
だが。
どれだけ美しいパスでも。
味方へ届かなければ意味はない。
狭いゲート。
そこへ通す。
ということは。
その先には必ず。
受けたい選手がいる。
「小林さんは元FWです」
八幡が言う。
「受け手がどこを欲しがるか、かなり分かる」
フォーレンは。
その欲しい場所へ。
正確にパスを出す。
ならば。
逆に。
「出る場所を読める可能性がある」
◇
山本が聞く。
「でも、フォーレンくらいの選手なら、小林が狙ってるって分かったら変えてくるぞ」
「もちろん」
八幡はすぐに答えた。
「だから最初から全部取りに行かない」
小林がいる。
パスコースを見る。
一つ消す。
時には。
わざと空ける。
「一回、フォーレンに通ると思わせます」
中村が続ける。
「それで、出したところを取る」
「はい」
相手に。
選択肢を与えるのではない。
選ばせているように見せる。
そして。
自分たちが欲しい場所へ誘導する。
仙台戦で狙う形。
そこに。
フォーレンの特徴も組み込まれていた。
◇
中村がホワイトボードを見る。
「安西がキープ」
「はい」
「フォーレンがパス」
「はい」
「結構、役割はっきりしてるな」
「そうなんです」
右。
背番号10。
安西。
ボールを失わない。
時間を作る。
中央。
背番号33。
フォーレン。
狭い場所を見つける。
通す。
八幡が言った。
「この二人、かなり重要です」
◇
「ただ」
八幡は別の映像を再生した。
「フォーレンにも、かなり分かりやすい弱点があります」
仙台の攻撃。
中央。
フォーレンが関与する。
だが。
ボールを失った。
相手がカウンターへ。
仙台の選手たちが一斉に戻り始める。
その中。
フォーレン。
中央。
動きが遅い。
田島が眉を寄せる。
「……戻らない?」
「はい」
相手が横へボールを運ぶ。
フォーレンのすぐ近くを通過する。
それでも。
強く追わない。
別の場面。
相手がフォーレンの近くでボールを持った。
フォーレンは軽く寄せるだけ。
そこから先。
追わない。
中村が言った。
「守備」
八幡は。
はっきり答えた。
「全くしないです」
◇
安西も。
守備は得意ではない。
だが。
走る。
戻る。
追う。
少なくとも。
やろうとはする。
フォーレンは。
そこが違った。
中村が確認する。
「苦手というより、やらない?」
「そうです」
「守備意識が低い」
「かなり」
攻撃から守備への切り替え。
遅い。
前からのプレス。
ほとんど行かない。
自陣へ戻る時も。
急がない。
近くを相手が通っても。
深追いしない。
山本が苦笑した。
「極端だな」
「かなり」
◇
それでも。
仙台はフォーレンを使う。
理由は。
単純だった。
攻撃で。
違いを作れるから。
「守備では一人分減る」
中村が言う。
「それでも使いたい?」
「はい」
八幡は答える。
「狭いところを一本で壊せるので」
守備で一つ失うものがあっても。
攻撃で。
それ以上を作れる。
だから。
仙台は。
フォーレンを中央へ置く。
そして。
そのフォーレンを生かすために。
システムそのものを4-2-3-1へ変えた。
◇
マルコが少し考えた。
「なら、フォーレンの近くでこちらがボールを持てば?」
「楽になります」
八幡が答える。
「そこも狙えます」
中央。
フォーレン。
その脇。
千葉がボールを運ぶ。
フォーレンは。
ついてこない。
中村が言う。
「ダニエル」
「はい」
「そこ使える?」
「使えます」
「戸塚やエミリオが前へ出ても?」
「フォーレンは基本、深くついてきません」
田島が頷いた。
「じゃあ攻撃では、フォーレンを狙う」
八幡は少し表現を変えた。
「正確には」
モニターを指す。
「フォーレンの守備範囲を狙う、ですね」
「本人を抜く必要はない」
「はい」
八幡が頷く。
「守らないなら、その場所を使えばいい」
◇
モニターに。
昔の映像が映った。
スペイン。
右。
ダニエル・ロドリゲス。
中央。
ダニー・フォーレン。
同じクラブ。
同じユニフォーム。
あの頃。
二人は味方だった。
そして。
OMFという場所では。
フォーレンが前にいた。
中村が画面を見ながら笑う。
「ダニエル、この試合燃えるかな」
「本人に聞いてください」
「お前は聞かないの?」
「別に」
八幡は資料へ目を落とした。
「昔のポジション争いを試合中に引きずってもらっても困るんで」
◇
ただ。
八幡にも分かっている。
ダニエル。
23歳。
スペイン時代。
本当は中央でも勝負したかった。
だが。
そこには。
フォーレンがいた。
だから。
右サイドでプレーすることが多かった。
そして。
日本。
エストレヤ千葉。
今のダニエルは。
中央。
OMF。
主力。
その次の相手。
仙台アステルFC。
中央。
OMF。
ダニー・フォーレン。
マルコが二人の映像を見ながら呟く。
「面白い」
八幡が見る。
「何がです?」
「同じ場所を昔争った二人が」
一拍。
「今度は別のクラブで向かい合う」
「試合としては」
八幡も画面を見る。
「そうですね」
◇
仙台アステルFC。
夏。
スペインから加わった新戦力。
背番号33。
**ダニー・フォーレン。**
26歳。
6月23日生まれ。
右利き。
スペイン人。
OMF。
元スペイン代表。
代表出場。
5試合。
ただし。
スペイン代表に選ばれていたのは五年前の一年間だけ。
それ以降。
代表には呼ばれていない。
だが。
技術が消えたわけではない。
狭い中央。
相手選手。
二人。
その間に生まれる。
ほんのわずかなゲート。
誰もが閉じていると思う空間へ。
フォーレンは。
速く。
正確なパスを通す。
仙台が夏以降。
明確なOMFを置く4-2-3-1へ変更した。
その最大の理由の一つが。
この男だった。
◇
そして。
かつて。
同じスペインのクラブにいた。
ダニエル・ロドリゲス。
ダニエルが中央でスタメンを奪い切れず。
主に右サイドでプレーしていた。
その前に。
立ちはだかっていた選手。
ダニー・フォーレン。
中村が資料を見ながら言った。
「弱点」
マルコが確認する。
「守備」
八幡が答える。
「かなり?」
「かなりです」
「全く?」
「ほぼ」
中村が苦笑する。
「そこまで言われる外国人も珍しいな」
「映像見れば分かりますよ」
◇
背番号10。
安西清勝。
高いキープ力。
豊富な運動量。
ただし。
守備は得意ではない。
背番号33。
ダニー・フォーレン。
狭いゲートを通す。
高精度のパス。
ただし。
守備をほとんどしない。
似ているようで。
まったく違う。
二人の攻撃的な選手。
その二人が。
今の仙台を支えている。
◇
そして。
その仙台の中央に対して。
千葉が置こうとしている選手。
背番号25。
小林庄雅。
フォーレンが。
狭いゲートを見つける。
そこへ。
ボールを通す。
ならば。
その先。
小林が読む。
待つ。
そして。
刈る。
仙台の武器を。
消すのではない。
使わせる。
使わせたうえで。
その一本を狙う。
◇
「まだ」
八幡は資料を閉じなかった。
「仙台、見ます」
中村が聞く。
「まだ残りある?」
「あります」
マルコが頷いた。
「続けよう」
第33節。
リーグ戦。
残り2試合。
相手は。
4位。
仙台アステルFC。
前回対戦。
7対0。
しかし。
あの時と同じチームではない。
夏。
新たな33番が加わった。
そして。
仙台は。
中央に。
新しい武器を手に入れた。
かつて。
ダニエル・ロドリゲスを。
OMFのポジションから押し退けていた男。
**ダニー・フォーレン。**
第33節。
ダニエルにとっても忘れられない相手との再会が。
近づいていた。