第397話 二十人、2つの初めて
第397話 二十人、2つの初めて
最終調整を終えたエストレヤ千葉の選手たちは、ホテルへ戻ると、そのまま自由時間にはならなかった。
試合前日。
ここから重要になるのは、二時間の練習で使った身体を翌日までにどこまで回復させられるかだった。
ホテル内には、メディカルスタッフ用の部屋が用意されている。
「張りがある人は先に言ってください」
本庄麻衣の声が飛ぶ。
練習で負荷のかかった箇所を冷やす選手。
ベッドへうつ伏せになり、マッサージを受ける選手。
ストレッチをしながら可動域を確認する選手。
アイシング。
マッサージ。
ストレッチ。
水分補給。
明日に疲労を残さないための作業が、淡々と進められていった。
◇
小林庄雅もベッドへ横になっていた。
本庄が脚の状態を確認する。
「ふくらはぎ、張りは?」
「大丈夫です」
「ハムは?」
「そこも問題ない」
「左脚は?」
その言葉に、小林は一瞬だけ自分の左足へ視線を向けた。
「身体的には、何も」
「分かりました」
本庄も、それ以上は聞かなかった。
怪我そのものは。
もう治っている。
今、小林の左足に残っている問題は、筋肉や関節の異常ではない。
それでも。
明日。
公式戦。
中盤の底。
そこへ立つ可能性がある。
そう考えるだけで。
いつもとは違う緊張があった。
ただ。
嫌な緊張ではない。
むしろ。
早く明日になってほしい。
そんな感覚すらあった。
◇
ケアを終えた選手たちは、それぞれ着替えを済ませると、ホテル内のミーティングルームへ向かった。
扉を開けた選手が。
足を止める。
「……何これ」
正面。
大型スクリーン。
普段なら試合映像や戦術資料を映すために使われる画面だった。
しかし。
今日は違う。
黒を基調に。
エストレヤ千葉のクラブカラーである紺、金、白を使ったデザイン。
中央。
大きく。
**J2 LEAGUE 第33節**
**仙台アステルFC vs エストレヤ千葉**
その下には。
**MATCHDAY SQUAD**
と表示されていた。
「おお」
「何か今日、豪華じゃね?」
「いつものやつと全然違う」
「誰が作ったんだ?」
次々と部屋へ入ってきた選手たちが、スクリーンを見る。
普段。
スタメンやベンチ入りメンバーの発表は、ここまで派手ではない。
ホワイトボード。
簡単な資料。
名前と背番号。
それで十分だった。
だが。
今日は。
完全に演出されている。
◇
部屋の端。
ノートパソコンの前には広報スタッフ。
そして。
その横には。
天童くれは。
佐久間浩二がスクリーンと彼女を交互に見る。
「天童さん」
「何?」
「これ、広報が作ったんですか?」
「そう」
「何でまた」
「全員連れてきたから」
「はい」
「せっかくなら、発表くらい少し盛り上げようかと思って」
佐久間が感心する。
「珍しいですね」
くれはがゆっくり見る。
「どういう意味?」
「いや、いい意味です」
「今の間、絶対違ったでしょ」
周囲から笑いが起きた。
◇
やがて。
選手全員がミーティングルームへ集まった。
今回。
仙台へ連れてきたトップチーム登録選手。
全員。
だが。
明日。
公式戦で登録されるのは。
**20名。**
スターティングメンバー。
11人。
そして。
ベンチ入り。
9人。
それ以外の選手たちは。
メンバー外となる。
全員を仙台へ連れてきたのは。
相手に情報を与えないため。
しかし。
クラブ内部では。
ここから。
はっきりと分かれる。
ピッチへ立つ者。
ベンチで待つ者。
スタンドから仲間を見る者。
部屋へ入った時には笑っていた選手たちも。
次第に。
表情が変わっていった。
◇
最後に。
首脳陣が入ってくる。
マルコ・ベッルーニ。
中村敏三郎。
田島雍也。
ルイス・マルティネス。
比企谷八幡。
山本恭三郎。
鳥山右京。
本庄麻衣。
マルコが前へ立った。
「練習、お疲れ」
選手たちを見る。
「明日の登録メンバーを発表する」
室内が。
一気に静かになった。
「20人」
一拍。
「先発11人」
そして。
「ベンチ9人」
誰も口を挟まない。
ただ。
スクリーンを見る。
◇
すると。
突然。
部屋の照明が少し落ちた。
「え?」
「そこまでやるの?」
「マジで?」
数人が思わず笑う。
くれはがノートパソコンへ手を置いた。
「せっかく作ったんだから」
中村が小声で呟く。
「広報、本気だな」
八幡もスクリーンを見る。
「スタジアムの選手紹介じゃないんだから」
くれはがすぐに反応する。
「比企谷」
「はい」
「文句ある?」
「ありません」
即答。
また。
小さな笑いが起こった。
だが。
すぐに。
静かになる。
◇
画面が暗転する。
一瞬。
何も映らない。
そして。
金色のラインが。
画面の端から。
ゆっくり中央へ伸びていく。
その下。
エストレヤ千葉のエンブレム。
さらに。
**STARTING ELEVEN**
という文字。
「うわ、ガチだ」
「これ誰が編集したんだよ」
「広報すげえな」
緊張していた空気に。
少しだけ。
高揚感が混ざる。
ただ。
誰も。
完全には笑えない。
次に。
自分の名前が出るのか。
出ないのか。
それは。
選手にとって。
何度経験しても慣れるものではなかった。
◇
小林庄雅も。
スクリーンを見ていた。
心臓が。
普段より少し速い。
昼間。
マルコから。
仙台戦でアンカーとして使いたい。
そう言われた。
そのつもりだとも。
言われた。
だが。
正式なスターティングメンバー発表は。
今。
ここから。
練習で。
何度も。
中盤の底へ入った。
今日も。
二時間。
そこでプレーした。
それでも。
正式な名前が出るまでは。
プロの世界では。
何も決まったとは言えない。
小林は。
両手を組んだまま。
黙って画面を見る。
◇
その隣。
若手も。
ベテランも。
同じだった。
いつもなら。
冗談を言う選手も。
今は。
スクリーンへ視線を向けている。
30人。
その中から。
20人。
その20人の中から。
11人。
シーズン。
残り二試合。
北海道フェニックスFCと勝ち点69で並ぶ。
優勝争い。
その大一番。
ここで誰が選ばれるのか。
◇
くれはがマルコを見る。
マルコが静かに頷いた。
クリック。
画面が切り替わる。
「では」
くれはが言う。
「明日のスターティングメンバー」
一拍。
「発表します」
誰かが小さく息を呑んだ。
ホテルのミーティングルーム。
試合前日。
エストレヤ千葉。
トップチーム全員。
その視線が一枚のスクリーンへ集まる。
次の瞬間最初の選手を示すスライドが。
ゆっくりと表示され始めた。
画面が暗転した。
それまで小さくざわついていたミーティングルームが、自然と静かになる。
翌日の第33節、仙台アステルFC戦。
その登録メンバーとスターティングメンバーが、これから正式に発表される。
数秒の暗転を挟み、スクリーンの中央へ最初の数字が大きく浮かび上がった。
**21。**
続いて顔写真と名前が表示される。
**GK 玉縄幸三。**
「おおっ!」
室内に拍手が起こった。
玉縄は少し驚いたように画面を見上げ、それから周囲へ軽く頭を下げる。
隣に座っていた郷田京が、その肩を叩いた。
「頼んだぞ」
「はい」
クラブキャプテンである郷田は、今回は先発ではない。
それでも表情に不満はなかった。
むしろ、明日のゴールを任される後輩へ向ける目は穏やかだった。
「後ろから全部見える。迷ったら声出せ」
「分かりました」
明日。
エストレヤ千葉のゴールを守るのは、背番号21。
玉縄幸三だった。
◇
画面が切り替わる。
次に現れた数字は。
**29。**
「おっ」
何人かが反応した。
**RSB 安原翼。**
「安原!」
「来た!」
安原は少し照れたように笑った。
攻撃参加。
オーバーラップ。
クロス。
守備型の毛利良一とは、明確に異なる武器を持つ右サイドバック。
明日の右を任されるのは、その安原だった。
「明日、走れよ」
どこかから声が飛ぶ。
安原はすぐに振り返った。
「言われなくても走るよ」
その返事に、また笑いが起こった。
だが、その空気も次の数字が映し出された瞬間、わずかに変わる。
**5。**
**CB 宇津木健太。**
そして名前の横へ、もう一つ文字が加わった。
**CAPTAIN**
「おお……」
今度は、少し低い声が重なった。
宇津木本人も一度だけ画面を見上げる。
30歳。
センターバック。
空中戦と対人守備を武器に、長く千葉の最終ラインを支えてきた一人。
明日。
郷田がベンチスタートとなるため、ピッチ上でキャプテンマークを巻くのは宇津木だった。
「健太」
郷田が少し身を乗り出す。
宇津木が振り返った。
「頼む」
それだけだった。
宇津木も余計な言葉は返さない。
短く頷く。
「任せてください」
◇
続いて表示されたのは。
**35。**
**CB 橋本翔。**
「翔!」
若手たちの方から声が飛んだ。
橋本は少し困ったように笑う。
19歳。
198センチ。
エストレヤ千葉ユースから昇格したルーキーであり、U-19日本代表にも選ばれている大型センターバック。
その橋本が。
優勝争いの残り二試合。
アウェー仙台戦という大一番で、宇津木とセンターバックを組む。
宇津木が横目で橋本を見る。
「明日、俺が横にいるから」
「はい」
「迷ったら喋れ」
「はい!」
「声で負けんなよ」
「はい!」
返事だけなら。
誰よりも大きかった。
そして最終ライン最後の一人。
スクリーンに。
**24。**
**LSB 高山俊樹。**
高山は自分の名前が表示されると、静かに息を吐いた。
派手に前へ出続けるタイプではない。
だが。
一対一。
守備の安定感。
ポジショニング。
その堅実さは、明日の試合で大きな意味を持つ。
仙台の右には安西清勝がいる。
最重要警戒選手の一人。
そのサイドを高山が受け持つ。
前には森川ではなく塩川。
安西の攻撃を抑えながら、その背後も狙う。
右から。
安原。
宇津木。
橋本。
高山。
そしてゴールには玉縄。
これで明日の最終ラインが出揃った。
◇
だが。
選手たちが本当に気にしていたのは、ここからだった。
スクリーンが一度、完全に暗くなる。
数秒。
妙に長い間。
「演出長くない?」
誰かが小声で言った。
前に立っている天童くれはが、振り返ることなく答える。
「大事なところだから」
「広報楽しんでるな……」
また小さな笑いが起こる。
だが。
次の瞬間。
画面中央へピッチ図が浮かび上がった。
最終ラインの前。
その場所だけが金色に光る。
そして。
数字。
**25。**
小林庄雅の目が、ほんの少しだけ大きくなった。
続いて表示された名前。
**小林庄雅。**
そして。
その下。
**DMF。**
一瞬。
室内が静まり返った。
次の瞬間。
「おおおおおおっ!」
今日一番の歓声が上がった。
「庄雅さん!」
「来た!」
「本当にアンカー!」
「ついに公式戦!」
拍手。
笑い声。
周囲から一斉に飛んでくる声。
小林はたまらず顔を伏せた。
「……うるせえな」
隣に座る戸塚が笑う。
「みんな待ってましたから」
「待たなくていいんだよ」
「二か月以上やってましたし」
少し離れたところでは、エミリオが小林を見ながら親指を立てている。
小林も苦笑しながら、小さく手を上げた。
◇
始まりは九月だった。
紅白戦。
偶然入ったDMF。
そこで小林は。
七本。
相手のパスを奪った。
だが。
そこからが本当の始まりだった。
立つ場所。
見る順番。
前へ出るタイミング。
残るタイミング。
どこまで追うのか。
どこから味方へ受け渡すのか。
戸塚。
エミリオ。
笹森。
何度も一緒にプレーした。
何度も間違えた。
何度も修正した。
そして今日。
背番号25。
小林庄雅。
その名前が正式なスターティングメンバーとして表示されている。
しかも。
FWではない。
DMF。
小林はしばらく、その二文字を見つめ続けていた。
◇
次。
**7。**
**CMF エミリオ・アルバレス。**
「エミリオ!」
拍手が起こる。
元アルゼンチン代表。
ゲームを作る能力だけではなく、守備でもチームを支えられる万能型MF。
明日は小林の一列前。
右寄り。
続いて。
**18。**
**CMF 戸塚彩加。**
「彩加!」
「よろしくお願いします」
戸塚は少し照れたように周囲へ頭を下げた。
これで中央三枚が決まった。
一番後ろ。
小林。
その前。
エミリオ。
戸塚。
仙台の縦パスを小林一人で止めるわけではない。
前にいる戸塚とエミリオが、相手の選択肢を削る。
パスコースを限定する。
そして。
仙台が最後に選んだ一本。
そこを小林が狙う。
この数日。
非公開練習の中で何度も繰り返した形。
それが。
明日の中盤だった。
◇
次に表示された数字は。
**14。**
**RSH ダニエル・ロドリゲス。**
室内が少しざわついた。
「右か」
「ダニエル、RSHなんだな」
今の千葉ではOMFでプレーすることが多いダニエル。
だが。
明日は右サイド。
決して経験のないポジションではない。
むしろスペイン時代には、主に右でプレーしていた時期も長かった。
そして相手の中央には。
ダニー・フォーレン。
かつてスペインで同じクラブに所属し、ダニエルをOMFのポジションから押し退けた男。
ダニエルは自分の名前が表示された画面を見ながら、口元だけで笑った。
「久しぶりだな」
八幡が聞く。
「何がです?」
「右」
「ああ」
ダニエルは特に気にした様子もなく答えた。
「問題ない」
◇
左。
**8。**
**LSH 塩川康文。**
「塩川!」
拍手が起こる。
オランダで長くプレーし、この夏に千葉へ加入したサイドハーフ。
派手なドリブル突破だけで勝負する選手ではない。
運動量。
守備。
連係。
高い基礎技術。
仙台の右。
安西。
そして、その外側を攻撃的に上がる右サイドバック。
そこへ。
塩川と高山。
守備でも。
攻撃でも。
明日は重要なサイドになる。
森川佑は、静かにスクリーンを見ていた。
自分の名前はまだ出ていない。
それでも。
隣にいる塩川の肩へ、一度だけ軽く身体を当てる。
「頼んだ」
「はい」
それだけだった。
◇
残るポジションは一つ。
CF。
ベニテス。
材木座。
栗林。
元原。
そして。
背番号23。
自然と何人かの視線が前線の選手たちへ向く。
画面が暗くなった。
また。
少し間が空く。
そして。
**23。**
「……え?」
誰かの声が漏れた。
いや。
一番驚いていたのは。
本人だった。
顔写真。
名前。
**CF 宍道務。**
ししどう・つとむ。
19歳。
左利き。
そして。
これまでの公式戦出場。
ゼロ。
明日。
プロ公式戦初出場。
しかも。
スターティングメンバー。
一瞬。
誰も声を出せなかった。
◇
宍道自身も完全に固まっている。
「……俺?」
誰かが吹き出した。
「お前以外に宍道いるのかよ」
「いや……」
宍道は本当に信じられないような顔で画面を見ていた。
「でも……」
「でもじゃない」
材木座が笑う。
「出るんだろ」
ベニテスも隣から宍道の背中を叩いた。
「頑張れ」
そこでようやく。
宍道が少しだけ息を吐く。
「……はい」
それでも。
まだ理解しきれていない様子だった。
◇
宍道務。
19歳。
CF。
OMF。
DMF。
複数のポジションをこなせる。
だが。
どこへ置いても、長所と短所が少しずつ変わる。
攻撃面だけを見れば。
突出したものがあるわけではない。
得点能力。
突破力。
純粋な攻撃性能なら、他の前線選手に及ばない。
それでも。
宍道には。
一つ。
誰にも負けないものがあった。
前線からの守備。
相手CBにどう寄せるのか。
ボランチへのパスをどう消すのか。
どこへ追い込むのか。
いつ走り出すのか。
そして。
自分の判断で余計なことをせず。
チームから与えられた役割を忠実にやり続けること。
明日の仙台戦。
マルコが最前線へ求めたのは。
ゴールだけではなかった。
◇
マルコが宍道を見る。
「務」
「は、はい」
「明日」
一拍。
「お前が先発だ」
宍道はまだ信じられない表情をしていた。
それでも。
立ち上がる。
「はい!」
今度は。
大きな声だった。
室内から再び拍手が起こる。
プロ公式戦初出場。
その舞台が。
優勝争い。
残り二試合。
アウェー仙台。
普通なら。
緊張しない方がおかしい。
だが。
それでも。
宍道は選ばれた。
◇
そして。
スクリーンに十一人全員が並んだ。
GKは背番号21、玉縄幸三。
最終ラインは右から、29番の安原翼、5番の宇津木健太、35番の橋本翔、24番の高山俊樹。
中盤の底には25番、小林庄雅。
その一列前に7番エミリオ・アルバレスと18番戸塚彩加。
右サイドに14番ダニエル・ロドリゲス。
左サイドに8番塩川康文。
そして最前線。
23番。
宍道務。
ミーティングルームが静かになる。
かなり思い切ったメンバーだった。
いつもの顔もいる。
だが。
変化も多い。
郷田ではなく玉縄。
右SBには安原。
CBは宇津木と橋本。
左は高山。
中盤の底に小林。
右にダニエル。
左に塩川。
そして。
公式戦初出場の宍道。
◇
少し離れた位置で、中村が選手たちの表情を見ていた。
驚いている者。
納得している者。
悔しそうな者。
反応はそれぞれだった。
マルコは。
その全てへ説明しようとはしなかった。
今日まで。
非公開練習の中で。
誰が。
どの役割をするのか。
それはすでにピッチ上で伝えている。
今日の発表は。
確認であり。
覚悟を決める時間でもある。
明日。
本当に。
この十一人で始める。
そのための発表だった。
◇
「続いて」
くれはが言った。
「リザーブ」
画面が再び切り替わる。
**SUBSTITUTES**
という文字が大きく表示された。
「こっちも同じ演出なんですか?」
川崎が聞く。
「もちろん」
「気合い入りすぎでしょ」
「作った人に失礼でしょ」
「天童さんが作ったんですか?」
「私は指示しただけ」
「一番偉いやつじゃないですか」
また。
部屋の空気が少しだけ緩んだ。
◇
最初に表示されたのは。
**1。**
**GK 郷田京。**
35歳。
元日本代表。
クラブキャプテン。
長年ゴールを守り続けてきた絶対的守護神。
その名前が。
ベンチメンバーの一番最初に表示された。
郷田は何も言わない。
ただ。
先発する玉縄へ目を向ける。
玉縄も、その視線に気づいた。
郷田が一度だけ頷く。
それで。
十分だった。
◇
次。
**26。**
**DF 長谷川智樹。**
33歳。
経験豊富なセンターバック。
続いて。
**34。**
**DF 黒崎隼吾。**
19歳。
左右のサイドバック。
センターバック。
DFならどこでも対応できるユーティリティー。
ベテランと若手。
一人ずつ。
守備陣からベンチへ入る。
◇
中盤。
**3。**
**MF 笹森正義。**
20歳。
本職はDMF。
だが。
両サイドハーフ。
両サイドバック。
複数ポジションへ対応できる。
明日の試合でも。
展開次第で。
どこへ投入されるか分からない。
次。
**10。**
**MF 森川佑。**
元日本代表。
長く千葉の左サイドを支えてきた男。
明日は先発ではない。
だが。
後半。
試合を変えるための選手として。
ベンチにいる。
森川は静かに自分の名前を見ていた。
◇
続いて。
**20。**
**MF 戸部翔。**
「来た」
本人が小さく呟く。
神がかったFK。
高いパスセンス。
どうしても一点が必要になった時。
セットプレーが訪れた時。
戸部の右足は。
明確な武器になる。
そして。
**19。**
**MF 川崎大志。**
「よし」
川崎が小さく拳を握った。
両サイド対応。
フィジカル。
ドリブル。
足が特別速いわけではない。
それでも。
身体の強さを使って相手を押し切れる。
流れを変える力を持つ選手だった。
◇
残る二人はFW。
最初。
**9。**
**マティアス・ベニテス。**
現在。
千葉のCFとして多くの試合へ出場しているストライカー。
だが。
明日はベンチスタートとなる。
本人は不満を表情に出さない。
むしろ。
先ほどから。
初出場となる宍道の様子を何度も気にしていた。
そして最後。
**11。**
**材木座義輝。**
ポストプレー。
攻撃の起点。
得点能力だけを見ればベニテスに及ばない。
だが。
ベニテスとは違う形で。
前線からチームを動かせるCF。
これで。
九人。
◇
スクリーンに。
明日の登録メンバー二十人が全て表示された。
先発は。
玉縄。
安原。
宇津木。
橋本。
高山。
小林。
エミリオ。
戸塚。
ダニエル。
塩川。
宍道。
ベンチには。
郷田。
長谷川。
黒崎。
笹森。
森川。
戸部。
川崎。
ベニテス。
材木座。
二十人。
決定。
◇
当然。
選ばれなかった選手もいる。
トップチーム三十人。
全員を仙台まで連れてきた。
だが。
全員が試合登録できるわけではない。
嬉しい者。
悔しい者。
驚いた者。
複雑な思いを抱える者。
その全てが。
同じ部屋にいる。
マルコは。
そんな三十人をゆっくりと見渡した。
「明日」
室内が静かになる。
「登録されるのは、この二十人だ」
一拍。
「だが」
今度は。
メンバー外になった選手たちへも目を向ける。
「二十人だけで、ここまで来たわけじゃない」
開幕。
五試合。
勝ちなし。
一時は最下位。
そこから。
長いシーズンを戦ってきた。
怪我。
不調。
補強。
競争。
交代。
勝利。
敗戦。
全部を繰り返して。
勝ち点69まで来た。
「明日」
マルコが続ける。
「ピッチに立つ十一人」
「ベンチの九人」
そして。
残る選手たちへ視線を向ける。
「ここにいる全員で戦う」
「はい!」
◇
小林は。
もう一度スクリーンを見た。
**25 小林庄雅**
その横には。
**DMF。**
正式に。
そこに書かれている。
FWではない。
中盤。
だが。
もう。
それを不思議だとはあまり思わなかった。
九月から。
少しずつ。
ずっと。
ここへ向かっていた。
ようやく。
明日。
試合になる。
◇
その少し前では。
背番号23。
宍道務が。
まだスクリーンを呆然と見つめていた。
小林が横から声をかける。
「宍道」
「はい!」
声が裏返った。
小林が笑う。
「固すぎ」
「す、すみません」
「別に謝るなよ」
「はい……」
「初出場だろ?」
「はい」
「しかもスタメン」
「はい……」
「緊張する?」
宍道は。
正直に頷いた。
「めちゃくちゃします」
「だろうな」
小林は一度。
自分の名前へ目を向けた。
「俺もする」
宍道が驚いた顔をする。
「小林さんも?」
「するよ」
「でも小林さん、ずっとプロで……」
「関係ない」
小林は小さく笑った。
「俺も明日、初めてだからな」
宍道が一瞬。
その意味を考える。
やがて。
小林の名前の横。
**DMF。**
そこへ気づいた。
「あ……」
「だから」
小林は言った。
「二人とも初めてだ」
宍道の肩から。
ほんの少しだけ力が抜けた。
◇
一方。
ダニエルは、自分の名前の横に表示された。
**RSH。**
その文字を見ていた。
そこへ八幡が近づく。
「大丈夫ですか?」
「何が?」
「右」
「問題ないと言っただろ」
「ならいいです」
ダニエルは一度スクリーンから目を離す。
「フォーレン」
八幡がダニエルを見る。
「意識してます?」
「していないと言ったら嘘になる」
少しだけ間を置く。
「でも」
ダニエルは笑った。
「明日は仙台に勝つだけだ」
「それなら大丈夫ですね」
◇
そして。
宇津木。
明日のキャプテン。
腕へ巻くことになるキャプテンマーク。
普段。
チーム全体のキャプテンは郷田京。
だが。
明日。
ピッチに立つ十一人を。
試合中にまとめるのは宇津木だった。
郷田が近づいてくる。
「健太」
「はい」
「俺が外から見てる」
「はい」
「でも、中は頼む」
宇津木は迷わず答えた。
「任せてください」
◇
最後に。
くれはがスライドを切り替えた。
大きく表示された文字。
**残り2試合。**
次。
**勝点69。**
さらに。
**首位・北海道と同勝点。**
そして。
最後。
**あと2つ。**
さっきまでスタメン発表の演出で盛り上がっていた選手たちが。
一斉に静かになった。
もう。
言葉はいらなかった。
◇
マルコが前へ出る。
「今日はこれで終わりだ」
三十人全員を見る。
「食事」
「ケア」
「睡眠」
そして。
「それ以外」
少し間を置いた。
「余計なことはするな」
選手たちが頷く。
「明日」
スターティングメンバーの十一人。
ベンチに入る九人。
さらに。
メンバー外となる選手たち。
その全員を見渡す。
「仙台に勝つ」
「はい!」
◇
第33節。
仙台アステルFC。
対。
エストレヤ千葉。
明日のスターティングメンバーが決まった。
その中には。
公式戦で初めてアンカーとしてピッチへ立つ男がいる。
背番号25、小林庄雅。
そして。
プロ公式戦初出場。
いきなりのスターティングメンバー。
背番号23、宍道務。
二人にとって意味の違う。
初めて、その二つが優勝争いの最終盤。
仙台という舞台で同時に訪れようとしていた。