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第9話 実力

やはり俺のスカウト人生は間違っている。 — www.pixiv.net · All chapters

第9話 実力

午後一時三十分。

エストレヤ千葉トレーニングセンター。

トップチームの午後練習が始まった。

「ウォーミングアップの後、ボール回し!」

ヘッドコーチ・中村の声がグラウンドに響く。

選手たちは素早く散らばった。

六対二。

ダニエルは、

エミリオ。

戸塚。

森川。

川崎。

材木座。

同じ組に入る。

「始め!」

笛が鳴る。

ボールがテンポ良く動き始めた。

エミリオ。

戸塚。

ダニエル。

ワンタッチ。

ダイレクト。

ヒールパス。

「はやっ……。」

戸塚が思わず声を漏らす。

ダニエルは笑った。

「まだ速くできる。」

その瞬間だった。

守備役が寄せる。

ダニエルは足裏でボールを止めると、一瞬で方向転換。

守備の股を抜いた。

「うおっ!」

そのままワンタッチで材木座へ。

材木座はダイレクトで森川へ。

森川からエミリオ。

再びダニエル。

守備は完全に振り回されていた。

「ナイス!」

材木座が笑う。

ダニエルも親指を立てた。

「Good!」

守備側は結局、一度もボールを奪えなかった。

少し離れた場所で郷田が腕を組む。

「やっぱ上手いな。」

その隣では、八幡が淡々とタブレットへデータを入力していた。

(判断速度は想定以上。)

(ボールを持つ時間が極端に短い。)

(味方を使う意識も高い。)

静かに評価を書き加えていく。

---

二十分後。

紅白戦。

マルコ・ベッルーニ監督がメンバーを発表する。

### 白組

GK 郷田

DF 葉山・長谷川・宇津木・毛利

DMF エミリオ・戸塚

LMF 森川

OMF ダニエル

RMF 川崎

FW 材木座

---

### 赤組

GK 玉縄

控え組中心。

戸部翔も赤組だった。

「始め!」

キックオフ。

---

開始三分。

エミリオからダニエル。

ダニエルは前を向く。

一人目をかわす。

二人目は切り返し一つで置き去り。

「速い!」

中村ヘッドコーチが思わず叫ぶ。

三人目が飛び込んできた。

その瞬間。

ダニエルの右足が振り抜かれる。

鋭いスルーパス。

「材木座!」

材木座は背負ったままボールを収める。

二人のセンターバックを引き付ける。

反転はしない。

ワンタッチで後ろへ落とした。

そこへ走り込んだ森川。

右足一閃。

ゴール。

「ナイス!」

白組が歓声を上げる。

しかし。

ダニエルは森川ではなく、真っ先に材木座の元へ駆け寄った。

「Perfect!」

肩を叩く。

「今のプレー最高。」

材木座は照れくさそうに笑う。

「いや、俺は落としただけだ。」

「違う。」

ダニエルは首を横に振った。

「お前が二人引き付けた。」

「だから俺がフリー。」

「だから森川もフリー。」

「全部、お前から始まった。」

材木座は少し驚いた表情を見せた。

その様子を見ていた八幡は、小さく頷く。

(ちゃんと見えている。)

(だから、お前を連れてきた。)

---

一方。

赤組。

戸部は歯を食いしばっていた。

(俺なら……。)

次のプレー。

ボールを受ける。

縦へ仕掛ける。

一人抜く。

二人目へ挑む。

しかし。

宇津木に止められた。

「くっ……!」

その瞬間。

ダニエルが全力で戻ってくる。

鋭い寄せ。

体を入れる。

ボール奪取。

そのまま前線へ運び、一気にカウンター。

「戻りも速い……。」

戸部は思わず息を吐いた。

攻撃だけではない。

守備意識も高い。

その姿を目の当たりにした。

---

二十五分後。

笛が鳴る。

紅白戦終了。

**白組 3―0 赤組**

ダニエル・ロドリゲス。

**1ゴール2アシスト。**

数字以上の存在感だった。

ボールに触れるたび、攻撃が前へ進む。

選手たちも、その実力を肌で感じていた。

---

給水時間。

マルコ監督が八幡の隣へ来る。

「どうだ。」

「予想以上です。」

八幡はタブレットを見せた。

走行距離。

スプリント回数。

パス成功率。

ボール奪取数。

チャンスメーク数。

すべてチームトップ。

「スタミナも問題ありません。」

「守備への切り替えも速い。」

「フィジカルでも負けていません。」

監督が笑う。

「つまり。」

「次節。」

「スタメンです。」

「はい。」

八幡は迷わなかった。

「彼を中心に攻撃を組み立てます。」

監督も力強く頷いた。

「異論はない。」

---

その会話を。

少し離れた場所で戸部が聞いていた。

拳を強く握る。

(スタメン……。)

(やっぱり俺は外れる。)

悔しさが込み上げる。

その時だった。

「戸部。」

八幡だった。

「はい。」

八幡はタブレットを差し出す。

「今日の走行距離。」

昨日より、

**一・八キロ増えている。**

戸部は目を見開いた。

「本当ですか。」

「ああ。」

「走ったな。」

「……はい。」

「続けろ。」

「追い抜きたいなら。」

「まず武器を増やせ。」

それだけ言って八幡は歩き出す。

戸部はその背中を見つめ、小さく笑った。

「……絶対。」

「レギュラー、取り返してやる。」

その目には、昨日まで以上の闘志が宿っていた。

---

練習終了後。

午後四時三十分。

分析室。

八幡はパソコンの前に座る。

次節の対戦相手の映像を再生した。

画面に映るクラブエンブレム。

**福岡レガーロ。**

リーグ屈指の堅守速攻を武器とする難敵。

八幡はコーヒーを一口飲む。

ホワイトボードへ相手のフォーメーションを書き始めた。

「さて……。」

静かな分析室に、ペンの音だけが響く。

「次は。」

「お前たちを、どう崩すか。」

八幡の視線は、すでに次の九十分へ向けられていた。

分析室。

午後四時四十五分。

八幡はホワイトボードへ福岡レガーロのフォーメーションを書き終えた。

「さて……。」

静かな部屋にペンを置く音だけが響く。

机には分厚い分析資料。

表紙には、

**次節対戦相手 福岡レガーロ**

と書かれていた。

コンコン。

「失礼します。」

入ってきたのは、

マルコ・ベッルーニ監督。

続いて、

ヘッドコーチ・中村。

強化部長・佐藤。

GM・竹内。

翌日のミーティングに向けた、スタッフだけの分析会議だった。

「始めよう。」

監督が椅子へ腰掛ける。

八幡はモニターを起動した。

福岡レガーロの試合映像が流れる。

「福岡は現在、失点数がリーグでも少ないチームです。」

「守備から試合を組み立てる典型的な堅守速攻型。」

画面が止まる。

「特に警戒すべき選手が二人います。」

---

一人目。

画面いっぱいに選手の写真が映る。

**LSB 風間琢磨**

**26歳 3月27日生まれ**

「左サイドバックです。」

映像が流れる。

相手ウイングへ鋭く寄せる。

スライディング。

ボール奪取。

すぐに縦へ展開。

「守備能力が非常に高い。」

「さらに足も速い。」

次の映像。

相手FWが裏へ抜け出す。

しかし。

風間が一気に追い付き、体を入れて防ぐ。

中村が思わず頷く。

「戻りが速いな。」

「はい。」

八幡は資料をめくる。

「一対一ではリーグ屈指です。」

「そして攻守の切り替えも速い。」

監督が尋ねる。

「弱点は。」

八幡はすぐ答えた。

「スタミナです。」

映像が切り替わる。

後半七十分過ぎ。

風間の足が止まり始める。

帰陣が一歩遅れる。

クロスを上げられる。

「九十分は持ちません。」

「終盤になるほど運動量が落ちます。」

「ですが。」

八幡は画面を指した。

「福岡にとっては。」

「隠れた心臓です。」

「彼が動ける間は左サイドから崩すのは難しいでしょう。」

監督は静かに頷いた。

「なるほど。」

---

続いて画面が切り替わる。

**DMF 笹倉友三**

**33歳 12月29日生まれ**

写真を見た竹内が呟く。

「元日本代表か。」

「はい。」

八幡が答える。

「海外リーグでのプレー経験もあります。」

「ただ。」

「ワールドカップは、怪我などの影響で一度も出場していません。」

映像が流れる。

相手トップ下へ縦パス。

笹倉は飛び込まない。

一歩引く。

パスコースだけを消す。

相手が横へ逃げた瞬間。

もう一人のボランチが奪う。

「上手い……。」

中村が思わず漏らした。

八幡は頷く。

「守備範囲ではありません。」

「守備の誘導です。」

「相手を、自分たちが奪いたい場所へ誘い込んでいます。」

映像では、

相手が中央へ追い込まれ、

三人で囲まれ、

ボールを失っていた。

「スペースを埋める能力。」

「守備の読み。」

「罠を張る能力。」

「どれも一級品です。」

監督が腕を組む。

「経験か。」

「はい。」

「Jリーグでもトップクラスでしょう。」

しばらく沈黙が流れる。

そして監督が尋ねた。

「弱点は。」

「こちらもスタミナです。」

映像が変わる。

後半七十五分。

笹倉の寄せが半歩遅れる。

一瞬空いたスペースへ縦パスが通る。

「年齢もあり、終盤は運動量が落ちます。」

「九十分間、同じ強度では守れません。」

八幡はホワイトボードへ二人の名前を書いた。

**風間琢磨**

**笹倉友三**

「この二人。」

「前半は無理に勝負しません。」

監督が微笑む。

「終盤勝負か。」

「はい。」

「走らせます。」

「ダニエル。」

「川崎。」

「森川。」

「この三人で揺さぶり続けます。」

「風間と笹倉の運動量が落ちた瞬間。」

八幡はフォーメーションに赤い矢印を書き込んだ。

「そこで、一気に勝負します。」

分析室は静まり返っていた。

誰も反論しない。

八幡の分析には、それだけの説得力があった。

監督は静かに笑う。

「面白い。」

「我慢比べだな。」

八幡も頷く。

「あちらの心臓が止まる前に攻めても意味はありません。」

「止まった瞬間。」

「試合を決めます。」

スタッフ全員の視線が、ホワイトボードの二つの名前へ集まっていた。