第406話 前半を見終えて
第406話 前半を見終えて
ハーフタイム。
バーバリスタジアム。
前半終了を告げる笛が鳴ってから数分が経ち、ピッチ上から選手たちの姿が消えても、スタンドの熱はまだ冷めていなかった。
スコアは0対1。
アウェーのエストレヤ千葉が、前半三十八分にダニエル・ロドリゲスのゴールで先制している。
大型ビジョンには前半のハイライトが流れ始めていた。
仙台の攻撃。
小林庄雅のパスカット。
そこから千葉が一気に前へ出て、最後はダニエルが仕留めた場面。
映像が繰り返されるたび、ホーム側とアウェー側ではまったく違う反応が起きていた。
◇
ホーム側。
仙台アステルFCのサポーター席。
前半が始まる前から「千葉はまた何かやってくる」と嫌な予感を口にしていた数人の男たちは、売店で買ってきた飲み物を手にしながら、揃って難しい顔をしていた。
「やっぱり、何かあったな」
最初にそう呟いた男へ、隣の友人が苦笑する。
「試合前に言ってたやつ?」
「うん。小林のDMFと、あの19歳」
「宍道な」
「そう。最初は意味分からなかったけど、前半見たらだいぶ分かった」
その言葉に、前の席にいた年配の男性も振り返った。
「宍道は分かりやすかったな。あれだけ前から来られたら、センターバックも落ち着かない」
「初出場なんだよな?」
「そうらしい」
「全然、初出場の仕事じゃないよな」
三人とも、少し呆れたように笑った。
得点したわけではない。
決定的なシュートを打ったわけでもない。
それでも、仙台側からすれば宍道務は十分すぎるほど厄介だった。
センターバックが持てば走る。
GKへ戻せば、そのまま追う。
サイドバックへ出せば方向を変える。
しかも、ただ勢い任せに追いかけているわけではない。
中央へのパスコースを隠しながら、仙台に外を選ばせていた。
「もっと簡単に外せると思ってたんだけどな」
「俺も。19歳だし、最初の十五分くらい飛ばして後は落ちるかと思った」
「二十分過ぎても普通に来てたからな」
「こっちのCB、ずっと顔上げる前に来られてた」
仙台が夏以降磨いてきた後方からのビルドアップ。
その最初の部分で、普段より明らかに時間を使わされていた。
◇
ただ。
彼らが本当に気になっているのは、やはり背番号25だった。
大型ビジョンに、小林庄雅がダニー・フォーレンへの縦パスを奪う映像が流れる。
一人が、思わず顔をしかめた。
「これだよ」
「何回見ても腹立つな」
「小林、何本取った?」
「分かんねえ。途中から数えてない」
「五本以上はあったんじゃない?」
「もっとある気もする」
正確な数は分からない。
だが、仙台サポーターの印象としては、それくらい繰り返されていた。
中央へ縦パスを入れる。
そこへ小林が現れる。
また入れる。
また小林。
しかも。
派手ではない。
タックルで相手を吹き飛ばすわけでもなければ、激しい身体のぶつけ合いをするわけでもない。
「何であんなに取れるんだ?」
「パス読むのが上手いんじゃない?」
「でもDMF初めてなんだろ?」
「公式戦ではな」
「それであれは反則だろ」
「反則ではない」
「分かってるよ」
仲間内で笑いが起きる。
だが、表情までは明るくならなかった。
◇
別の仙台サポーターが、スマートフォンで前半の速報データを確認しながら首を傾げる。
「小林って、本当に守備的MFっぽくないんだよな」
「どういう意味?」
「身体当てないじゃん」
「ああ」
「フォーレンが受けた後に潰すとか、そういうこと全然してない」
「その前に取ってるからな」
「それが気持ち悪いんだよ」
確かに。
前半の小林は、一般的な守備的MFとは少し違っていた。
相手がボールを持ってから奪うのではない。
その選手にボールが届く前に、パスを切る。
届かなければ無理に追いかけない。
人を潰すより、道を消す。
サポーターにはその理由までは分からない。
だが。
結果として仙台の中央は何度も詰まった。
「前半途中から、うちも小林の前を避け始めてたよな」
「最後のフォーレンのやつ?」
「そう。右に流れたやつ」
「あれは良かった」
その話になると、少しだけ声が明るくなる。
前半終了間際。
フォーレンが中央から外れ、右のハーフスペースでボールを受けた。
そこから一気に前を向き、センターバックの間へ鋭い縦パス。
仙台CFが抜け出し、シュート。
最後は玉縄幸三に止められた。
得点にはならなかった。
それでもこの前半。
仙台が最も千葉ゴールへ近づいた攻撃だった。
「後半、あれ増やした方がいいよな」
「俺もそう思う。中央で小林に付き合う必要ない」
「フォーレンが右に出て、安西と絡んだら前に進めてた」
「最後の形は希望あったよ」
「一点差だからな」
そうまだ一点差。
前回のように、すでに試合が壊れているわけではない。
前半は苦しかった。
だが最後に一つ。
通じそうな形も見つけた。
それが仙台サポーターたちに、後半への希望を残していた。
◇
一方アウェー側。
エストレヤ千葉のサポーター席では、当然ながら空気は明るかった。
「いやあ、小林だろ。前半は」
一人が笑いながら言う。
「ダニエル決めたのに?」
「得点はダニエル。MVP候補はまだ早い。でも小林が効きすぎてる」
「それは分かる」
隣の仲間も頷く。
試合前彼らも小林のDMF起用には驚いていた。
何をするのかなぜそこへ置くのか。
全く分からなかった。
それが四十五分だけでかなり印象が変わっている。
「俺、小林がもっとボール持つのかと思ってた」
「俺も。元FWだから、前へ運ぶとか」
「全然やらないな」
「取って、近くに預けるだけ」
「それでいいんだろうな」
目立つことをしない。
奪った後も。
エミリオ。
戸塚。
ダニエル。
周囲へ渡す。
小林自身が攻撃の中心になるわけではない。
だが仙台が攻撃を始めようとすると必ず背番号25が関わってくる。
「元FWだから、受け手の動きが分かるのかな」
「それはありそう」
「でも、あそこまで毎回読める?」
「知らん」
「結局そこは分からんのか」
「分からんけど効いてる」
それだけは誰が見ても分かった。
◇
さらに話題は初出場の宍道へ。
「23番もいいな」
「宍道?」
「点は取ってないけど、仕事してる」
「めちゃくちゃ走ってるよな」
「むしろ走りすぎて後半大丈夫か心配」
「それはある」
一人が笑う。
「初出場だから緊張して全部追ってるのかと思ったけど、違うな」
「ちゃんとコース切ってる」
「仙台のCB、嫌そうだったもん」
「GKまで追われたら面倒だろうな」
宍道が前で。
小林が後ろで。
その間には。
戸塚。
エミリオ。
試合前には「変なスタメン」としか思えなかった配置。
今では一つの形として見え始めていた。
◇
そこへ、別の仲間が話に入る。
「でも、最後ちょっと危なかったな」
笑っていた空気が少し落ち着く。
「ああ。フォーレンの縦パス」
「玉縄よく止めたよ」
「あれ入ってたら一対一だもんな」
「フォーレン、中央だと完全に消えてたのに、右に出たら急に仕事した」
「仙台も後半そこ使ってくるだろ」
「だよな」
千葉サポーターもそこは分かっていた。
前半の大半、フォーレンは試合に関われなかった。
だが最後、中央を離れた。
そこで初めて、自分らしい決定的なパスを通した。
「小林がついていくのかな」
一人が言う。
別の男が首を傾げる。
「どうだろ。小林、ずっと中央からあんまり動いてなくない?」
「じゃあ誰が見る?」
「戸塚かエミリオ?」
「塩川もいる」
「分かんねえな」
「まあ、スタッフは当然見てるだろ」
そう言って一人が千葉ベンチのある方向を見る。
「前半最後のあれ、そのまま放置はしないだろ」
◇
ただサポーターたちはハーフタイムに
両チームの控室で何が話されているのか知らない。
仙台がまさにそのフォーレンの右への移動を後半の突破口にしようとしていることも。
千葉がその動きを、すでに読んでさらに次の対応を準備していることも知らない。
スタンドから見えるのは前半四十五分そこで起きたことだけだった。
だからこそそれぞれ自分たちなりに試合を考える。
◇
ホーム側。
「後半、最初の十分だな」
仙台サポーターの一人が言った。
「そこで追いつきたい」
「フォーレンをもっと触らせたい」
「安西も前半かなりイライラしてたからな」
「でも最後は少し出られてた」
「右からだな」
「うん。右を使ってほしい」
それぞれが期待を口にする。
一点取り返す。
それだけで空気は変わる。
◇
アウェー側。
「追加点ほしいな」
千葉サポーターが言う。
「一点じゃ怖い」
「仙台、最後に形作ったしな」
「でも前半みたいに中盤で取れれば、またカウンター行ける」
「ダニエル今日かなりキレてる」
「ベンチにベニテスも森川もいるんだよな」
「材木座も戸部も川崎もいる」
「後半、カードはかなりある」
そう考えると心強い。
先発を大きく変えながらベンチには試合を動かせる選手が何人も残っている。
◇
大型ビジョン。
前半の先制点。
もう一度流れる。
フォーレンの縦パス。
小林。
カット。
エミリオ。
ダニエル。
前進。
宍道。
中央からずれる。
ダニエル。
内側。
シュート。
ゴール。
千葉サポーターから再び拍手。
仙台側からは小さなため息。
同じ映像。
だが見る側によって全く意味が違う。
◇
仙台サポーターにとっては。
「また千葉に狙われた」
そんな前半。
千葉サポーターにとっては。
「本当に狙いがあったんだ」
そう納得し始めた前半。
そして両者共通していることもあった。
**まだ終わっていない。**
一点差。
後半四十五分。
仙台は前半最後に一つの可能性を見つけた。
千葉はその一度の突破を見逃してはいないはず。
◇
やがてスタジアムの空気が再び変わり始める。
選手たちがピッチへ戻る時間が近づいてきた。
仙台側。
応援の声が徐々に大きくなる。
「行くぞ!」
「まだ一点!」
「追いつけ!」
対する千葉側。
「もう一点!」
「このまま行くぞ!」
「勝って帰るぞ!」
紺と金の旗が。
大きく揺れる。
青紫と黒。
ホームスタンドも負けじと声を張る。
◇
バーバリスタジアム。
仙台アステルFC。
0対1。
エストレヤ千葉。
前半。
千葉の奇策に見えたものは。
少しずつ狙いのある形へ変わった。
しかし最後の数分、仙台もその守備を一度突破した。
スタンドの誰もまだ知らない。
仙台がその最後の形を後半も続けようとしていることを。
そして千葉がその答えさえすでに待ち構えていることを。
間もなく後半。
その答え合わせが始まろうとしていた。