第411話 仕事を終えた十九歳
第411話 仕事を終えた十九歳
後半四十四分。
バーバリスタジアムのスコアボードには、仙台アステルFC0対2エストレヤ千葉の数字が表示されていた。
残された時間は、アディショナルタイムを含めてもわずかだった。
千葉ベンチでは、マルコ・ベッルーニが時計を確認すると、すぐに後ろを振り返った。
「材木座」
「はい!」
呼ばれた背番号11、材木座義輝が立ち上がる。すでにアップは終えており、いつ呼ばれてもピッチへ入れる状態だった。
マルコは材木座を近くまで呼び寄せると、余計な説明を挟まずに指示を伝えた。
「前に入れ。ボールを収めろ。無理に三点目を狙う必要はない」
「はい」
材木座もすぐに意図を理解した。
二点リードで迎えた試合終盤。ここから必要なのは、さらに前がかりになって三点目を奪いにいくことではない。もちろん、決定機があれば狙えばいい。しかし何よりも重要なのは、仙台に攻撃する時間を与えないことだった。
前線で身体を張る。
長いボールを収める。
相手陣内で一秒でも長くボールを保持する。
それは、材木座がこれまで何度もチームのために担ってきた仕事でもあった。
やがて第四審判が交代ボードを掲げる。
**OUT 23 宍道務**
**IN 11 材木座義輝**
大型ビジョンにも二人の番号が表示されると、アウェーゴール裏から大きな拍手が巻き起こった。
「宍道ぉぉぉ!」
「ナイスアシスト!」
「よくやった!」
「務ー!」
その声に気づいた宍道は、タッチラインへ向かいながら一度だけスタンドを見上げた。
ユニフォームは汗で身体へ張りつき、呼吸もかなり荒くなっている。前半から、ほとんど休むことなく走り続けてきたのだから当然だった。
だが、試合開始前に見せていた硬い表情は、もうどこにもなかった。
プロ公式戦初出場。
しかも初先発。
優勝争いの終盤、それもアウェー仙台戦でいきなりCFを任された。
前半から仙台のセンターバックへ何度もプレスをかけ、ただ追い回すのではなく中央へのパスコースを切り続けた。仙台のビルドアップを外へ誘導し、小林が待つ中盤へ不用意な縦パスを入れさせるために走った。
そして後半二十八分。
塩川康文からのパスを背負って受けると、無理に振り向かずワンタッチで塩川へ返した。
その一つのプレーが。
プロ初アシストになった。
得点はない。
それでも、今日の宍道に求められていた仕事は、ほとんどやり切ったと言ってよかった。
◇
タッチラインへ向かう途中、戸塚彩加が近づいてきて宍道の背中を叩いた。
「ナイス!」
「ありがとうございます!」
エミリオ・アルバレスとも手を合わせる。
少し離れた場所では、ダニエル・ロドリゲスが親指を立てていた。宍道も笑いながら同じように親指を返す。
そして、小林庄雅が近づいてきた。
「お疲れ」
「はい……めちゃくちゃ疲れました」
「そりゃそうだろ」
小林が笑う。
宍道は大きく息を吐いたあと、もう一度だけアウェーゴール裏へ目を向けた。
「でも」
「ん?」
「楽しかったです」
その言葉を聞いて、小林の笑みが少し深くなった。
「なら、また出られるように頑張れ」
「はい!」
ライン際では材木座が待っていた。
近づいてきた宍道へ右手を差し出す。
「初出場にしちゃ、働きすぎ」
「そうですか?」
「俺の出番なくなるだろ」
「すみません」
「だから謝るなって」
試合前にも似たようなやり取りをしたことを思い出し、材木座は笑いながら宍道の肩を叩いた。
「後は任せろ」
「お願いします!」
二人の手が強く合わさる。
宍道がピッチを離れ。
代わって材木座が最前線へ入った。
◇
試合が再開されると、二点を追う仙台はすぐに人数を前へ出した。
もう時間はない。
右サイドへ安西清勝が開き、そこへボールが入る。
だが、後半三十八分から入っている森川佑がすぐに距離を詰めた。
安西が中央を向こうとすれば、そのコースへ森川が先に立つ。外へ運んでも、フレッシュな脚でついてくる。
突破できない。
結局、安西は右サイドバックへ戻すしかなかった。
そこからダニー・フォーレンへ。
フォーレンはボールを受けると、すぐ中央への縦パスを狙った。
しかし。
また。
小林がいる。
フォーレンの右足がボールを蹴り出した瞬間、小林がパスコースへ足を差し込んだ。
完全なインターセプトにはならなかった。
それでも、ボールの軌道はわずかに変わる。
そのこぼれ球を宇津木健太が拾った。
「前!」
宇津木が迷わず長いボールを送る。
目標は。
入ったばかりの材木座。
仙台のセンターバックを背負いながら、材木座は落下地点へ身体を入れた。
胸。
ピタリと収める。
背後から強く身体を当てられても、簡単には倒れない。
足元へボールを落とし、背中で相手を押さえ込む。
宍道とは。
まったく違うCFだった。
宍道が走り続けることで仙台の最終ラインを落ち着かせなかったのなら。
材木座は。
そこに立ち続けることで。
仙台の守備者を前へ行かせない。
少し時間を作ったところで、左の森川へ落とす。
森川も無理には仕掛けなかった。
後ろの高山へ戻す。
千葉が再びボールを保持する。
仙台にとっては。
そんな数十秒すら。
もう重かった。
◇
後半四十五分。
第四審判が掲げたアディショナルタイムは四分。
その数字を見たホームスタンドから、最後の力を振り絞るような声が飛んだ。
「まだある!」
「一点返せ!」
「最後まで行け!」
仙台も諦めてはいなかった。
センターバックまで高い位置へ押し上げ、安西もフォーレンも、ダブルボランチも前へ出る。
一点。
まず一点を返す。
そこから、もう一度。
だが、千葉は慌てなかった。
ボールを奪っても無理に縦へ急がない。
戸塚。
エミリオ。
小林。
橋本。
宇津木。
一度戻して、もう一度やり直す。
仙台が前から来れば、その背後にできた場所へボールを逃がす。
無理に時間を止めようとはしない。
プレーを続けながら。
時計だけが。
静かに進んでいった。
◇
後半四十六分。
仙台が左サイドからクロスを入れた。
中央。
橋本翔が強く頭で弾き返す。
だがセカンドボールはフォーレンの足元へ転がった。
ペナルティーエリア手前。
ほんの一瞬。
前が開く。
「ダニー!」
ホームスタンドから声が飛ぶ。
フォーレンが右足を振り抜いた。
シュート。
しかし、その瞬間には戸塚が素早く距離を詰めていた。
完全にブロックできたわけではない。
それでも。
プレッシャーを受けたシュートは、わずかに狙いを外した。
ボールはゴール右へ。
「……っ!」
フォーレンは両手を広げ、悔しそうに顔を歪めた。
頭の中には。
まだ見えている。
だが。
前半から動き続けた身体には。
もう。
一番いい時間帯にあったキレは残されていなかった。
◇
玉縄幸三はボールを拾うと、急ぐことなくゴールキックをセットした。
前を見る。
中央には材木座。
玉縄が長いボールを蹴る。
仙台CBと材木座が競る。
材木座は身体を入れ、頭で後方へ逸らした。
そこへ走り込んできたのはダニエル。
右サイドでボールを拾うと、そのままタッチライン際へ運んでいく。
仙台の選手が二人寄せてきた。
それでも。
ダニエルは無理に抜こうとはしない。
身体を使う。
ボールを隠す。
最後は相手の足へ当て。
スローインを獲得した。
千葉ゴール裏から大きな拍手が起こる。
「いいぞ!」
「そのまま!」
今。
必要なのは。
一点ではなかった。
一秒。
また一秒。
プレーが一つ終わるたび。
仙台に残された時間が減っていく。
◇
後半四十八分。
ここで千葉ベンチが、もう一度動いた。
マルコが背番号20を呼ぶ。
「戸部」
「はい!」
戸部翔がすぐに立ち上がった。
間もなく第四審判が掲げたボードに、二つの番号が浮かび上がる。
**OUT 25 小林庄雅**
**IN 20 戸部翔**
小林は自分の番号を確認すると、一度だけ大きく息を吐いた。
今日。
初めて公式戦で立った。
DMF。
アンカー。
前半から何本もの縦パスを読み、その中の一つはダニエルの先制点へ直接つながった。
後半。
仙台がフォーレンの立ち位置を変えてきても。
追わなかった。
中央を捨てなかった。
自分が守るべき場所に残り続けた。
その役目も。
ここで終わる。
小林はゆっくりとタッチラインへ向かった。
途中。
戸塚が近寄ってくる。
「小林さん」
「ん?」
「お疲れさまでした」
「まだ終わってないだろ」
「あ、そうでした」
二人が少し笑う。
次にエミリオと手を合わせた。
「悪くなかった」
「上から目線だな」
「初めてだから」
「はいはい」
軽口を交わし。
小林がピッチの外へ出る。
代わって。
戸部が入った。
◇
そこで。
千葉の中盤は。
慣れ親しんだ形へ戻った。
戸塚彩加。
エミリオ・アルバレス。
二人が中盤の底に並ぶ。
いつものダブルボランチ。
そして、その一列前。
OMFには戸部翔。
戸部はピッチへ入るなり何度も首を振った。
後ろ。
横。
前。
味方との距離を確認する。
今日ここまでのように、小林一人をアンカーとして置いた中盤ではない。
ここからは。
戸塚とエミリオ。
何度も組んできた二人。
その前に戸部。
残された時間を終わらせるため。
千葉は静かに。
いつもの形へ戻った。
◇
ベンチへ戻った小林に、中村が声をかける。
「お疲れ」
「はい」
「初アンカー、どうだった?」
小林はすぐには答えなかった。
ベンチへ腰を下ろす前に、まだ続いている試合を見る。
そして。
「疲れました」
中村が吹き出した。
「宍道と同じ感想だな」
「そりゃ試合なんだから疲れるでしょ」
「まあな」
近くにいた八幡は、まだピッチから目を離していなかった。
小林がそちらを見る。
「どうでした?」
「試合が終わってから言います」
「厳しいな」
「まだ一分以上あります」
「分かってるよ」
小林もそれ以上は聞かなかった。
ベンチへ腰を下ろし。
もう一度。
ピッチを見る。
◇
後半四十九分。
仙台には。
もう。
迷っている時間はなかった。
GKから長いボールが前線へ蹴り込まれる。
宇津木が競る。
中央へこぼれたボールを戸塚が拾った。
すぐに戸部。
戸部が前を向く。
仙台のボランチが慌てて距離を詰めた。
戸部は持ちすぎない。
ワンタッチで前へつける。
材木座。
センターラインを少し越えたところでボールを受けた。
背後から仙台CBがすぐに身体を当てる。
だが。
材木座は耐えた。
右足でボールを隠し。
背中で相手を押さえる。
もう一人。
仙台の選手も近づいてくる。
それでも。
倒れない。
一歩。
また一歩。
相手陣内へ進みながら。
時間を作る。
「奪え!」
ホームスタンドが叫ぶ。
仙台CBも分かっていた。
このまま材木座にボールを持たせているだけで。
試合が終わる。
焦った。
背後から。
強く身体を当てる。
材木座の身体が前へ崩れた。
芝へ倒れる。
次の瞬間。
ピーッ!
主審の笛が鳴った。
ファウル。
千葉。
フリーキック。
◇
倒れた材木座は、一度仰向けになった。
空を見る。
そして。
すぐに起き上がった。
「よし」
小さく呟き。
拳を握る。
得点ではない。
アシストでもない。
だが。
後半四十九分。
二点リード。
相手陣内で得たフリーキック。
この時間帯において。
これ以上ない仕事だった。
アウェーゴール裏も分かっている。
「材木座ぁぁ!」
「ナイス!」
「よくやった!」
大きな拍手。
対する仙台の選手たちは苛立ちを隠せない。
「早く立て!」
「時間ないぞ!」
だが。
ファウルをしたのは。
仙台だった。
千葉に。
急ぐ理由などなかった。
◇
ボールの近くへ戸部が歩いてきた。
セットプレー。
その右足は、千葉でも屈指の武器だ。
もっとゴールに近ければ、直接狙う選択肢もあっただろう。
しかし。
位置は遠い。
そして何より。
今はゴールを狙う時間ではなかった。
戸部はボールを置きながら周囲を確認した。
エミリオ。
戸塚。
森川。
ダニエル。
誰も無理にゴール前へ人数をかけていない。
「急がなくていい!」
中村の声がベンチから飛ぶ。
戸部が片手を上げた。
主審が時計を見る。
ホームスタンドの声が一段と大きくなる。
「早く!」
「まだ終わってない!」
しばらくして。
戸部が動いた。
ロングボールではない。
短く。
エミリオへ。
仙台の選手たちが一斉に前へ出た。
エミリオから戸塚。
もう一度、戸部。
そこで戸部は左へ逃がす。
森川。
タッチライン際。
最後の力を振り絞るように安西が寄せてきた。
森川は抜こうとしない。
高山へ戻す。
仙台がさらに追う。
高山から。
宇津木。
最後まで。
千葉は。
ボールを捨てなかった。
◇
安西の足が止まった。
もう。
追いつけない。
中央ではフォーレンも肩を大きく上下させながら、ボールの行方を見ていた。
欲しかったのは。
まず一点だった。
一点を返し。
スタジアムの空気を変える。
千葉に焦りを生ませる。
そこから。
試合をもう一度動かす。
そのはずだった。
だが。
最後まで。
千葉は。
その流れを渡してくれなかった。
◇
宇津木から橋本へ。
仙台のCFが最後まで追う。
橋本は無理をせず、玉縄へ戻した。
玉縄が一度時計を確認する。
前を見る。
そして。
右の安原へ短く繋いだ。
その瞬間だった。
主審が腕時計へ目を落とす。
次の瞬間。
ピーッ。
ピーッ。
ピーッ――!
長い笛が。
バーバリスタジアム全体へ響き渡った。
◇
試合終了。
一瞬の静寂。
その直後。
アウェーゴール裏が爆発した。
「うおおおおおおおおお!!」
「勝ったぁぁぁぁぁ!!」
「七連勝!!」
宇津木が両腕を高く上げた。
橋本はすぐに玉縄のもとへ走る。
安原。
高山。
戸塚。
エミリオ。
ダニエル。
森川。
戸部。
材木座。
それぞれが近くの仲間と手を合わせる。
千葉ベンチでも。
宍道が勢いよく立ち上がった。
その横。
小林も。
そこでようやく。
大きく息を吐いた。
◇
大型ビジョン。
**FULL TIME**
**仙台アステルFC 0-2 エストレヤ千葉**
前半三十八分。
ダニエル・ロドリゲス。
後半二十八分。
塩川康文。
完封。
そして。
エストレヤ千葉。
七連勝。
◇
小林はベンチからスコアボードを見上げていた。
仙台。
0。
今日。
自分が初めて公式戦でアンカーを務めた試合は。
無失点で終わった。
相手へ激しく身体をぶつける必要はなかった。
無理なタックルへ行く必要もなかった。
怪我をした頃の記憶を呼び起こすような守備をすることもなかった。
その代わり。
出し手を見る。
受け手を見る。
相手がどこへパスを出したがっているのかを考える。
そして。
次にボールが通る場所へ。
相手より先に入る。
人を捕まえるのではない。
パスを捕まえる。
それを。
八十分以上。
続けた。
そして。
勝った。
◇
やがて戸塚とエミリオがベンチの方へ戻ってきた。
小林は立ち上がり、二人を見る。
「最後、やっぱりお前ら二人の方がしっくり来るな」
戸塚が笑った。
「いつものダブルボランチですから」
エミリオも頷く。
「でも今日は、お前がいたから勝った部分もある」
小林が少し驚いたようにエミリオを見る。
「珍しく褒めるじゃん」
「全部とは言ってない」
「一言余計だよ」
三人が笑った。
◇
その近くでは。
宍道務の興奮がまだ冷めていなかった。
初出場。
初先発。
初アシスト。
そして。
初勝利。
中村が横から声をかける。
「どうだった?」
宍道は少し考えた。
そして。
「疲れました」
「それは見れば分かる」
「あと……」
宍道はアウェーゴール裏へ視線を向けた。
「もう一回、出たいです」
中村が少しだけ笑う。
「だったら、また自分で勝ち取れ」
「はい!」
そこへ。
材木座も戻ってきた。
「材木座さん、お疲れさまです!」
「俺、五分くらいしか出てねえぞ」
「でも最後、ファウル取りました」
材木座が足を止める。
「そこ見てた?」
「見てました」
「お前、自分が交代したあともちゃんと見てたんだな」
「はい」
材木座は少し笑うと。
宍道の肩を軽く叩いた。
「じゃあ覚えとけ」
「はい」
「点取るだけがFWじゃない」
宍道は。
すぐに頷いた。
「はい」
◇
一方。
仙台。
安西清勝は両手を腰へ置いたまま、しばらくその場から動かなかった。
前回。
0対7。
今回は違った。
守備は崩壊しなかった。
戦った。
前半終了間際には、追いつくための決定機まで作った。
ハーフタイムには修正もした。
それでも。
0対2。
また。
千葉に勝てなかった。
そして。
最後。
森川が目の前へ出てきてから。
自分はほとんど何もできなかった。
「……くそ」
小さく声が漏れた。
◇
ダニー・フォーレンも。
少し離れた場所で。
立ち尽くしていた。
今日ほど長い時間。
試合へ関われなかった経験はほとんどない。
中央には小林。
外へ逃げれば戸塚。
逆へ行けばエミリオ。
動けば。
次の選手へ受け渡される。
何とかボールへ触ろうと走り続け。
最後には。
自分の身体から。
キレまで失われていった。
フォーレンの視線が。
千葉の背番号14へ向かう。
ダニエル・ロドリゲス。
今日の先制点を決めた男。
かつて同じクラブで。
自分が中央。
ダニエルが右。
そんな配置でプレーした時期があった。
今日も。
似たような場所に立っていた。
自分は中央。
ダニエルは右。
だが。
試合が終わった今。
残った結果は。
あまりにも明確だった。
フォーレンは何も言わない。
ゆっくりと。
ロッカールームへ向かって歩き始めた。
◇
千葉の選手たちは、アウェーゴール裏へ向かった。
今日。
クラブキャプテンの郷田京に代わって腕章を巻いた宇津木健太が先頭を歩く。
その後ろに。
玉縄。
橋本。
安原。
高山。
戸塚。
エミリオ。
ダニエル。
森川。
戸部。
材木座。
そして。
ベンチにいた小林。
宍道。
塩川。
ほかの選手たちも加わっていく。
今回。
千葉はトップチーム全員で仙台へ来た。
試合に出られる人数は限られている。
それでも。
全員で来て。
全員で準備し。
勝った。
◇
選手たちが一列に並ぶ。
そして。
深く頭を下げた。
アウェーゴール裏から。
大きな拍手と声が降ってくる。
「千葉!」
「千葉!」
「千葉!」
その中に。
自分の名前を呼ぶ声を見つけ。
宍道は少しだけ顔を上げた。
今日まで。
公式戦出場。
ゼロ。
プロの公式戦で一分もプレーしたことがなかった。
それが今日。
初めてスターティングメンバーとしてピッチへ立った。
走った。
守った。
味方を生かした。
そして。
一つ。
数字を残した。
アシスト。
宍道の口元が。
ゆっくりと緩んだ。
◇
第33節。
仙台アステルFC。
0対2。
エストレヤ千葉。
試合前。
誰もが驚いたスターティングメンバー。
小林庄雅。
DMF。
宍道務。
プロ公式戦初出場。
初先発。
試合前には。
その意図を誰も理解できなかった。
だが。
九十分が終わった時。
二人を起用した意味は。
はっきりとピッチに残っていた。
そして終盤。
塩川から森川。
宍道から材木座。
さらに小林から戸部。
小林が退いたあとは、戸塚とエミリオをいつものダブルボランチへ戻し、その前へ戸部を置いた。
試合の時間と状況に合わせ。
形を変え選手を変え最後まで仙台へ流れを渡さなかった。
◇
七連勝。
リーグ戦は残すはあと一試合。
第33節を勝ち点69で迎えたエストレヤ千葉は仙台の地でさらに三ポイントを積み上げた。
勝ち点72。
長かったシーズンはついに最終節だけを残す。
エストレヤ千葉の優勝争いは最後の一試合へ突入した。