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新宿、冬の喧騒の中で
2026年1月、新宿。
アルタ前の雑踏の中、五十嵐秋人はスマートフォンを握りしめていた。
今日ついに、数年間チャットだけで繋がってきた女性――ミーシャと会う。
(……落ち着け。仕事じゃない。ただのオフ会だ)
そう言い聞かせても、心臓は勝手に跳ね続ける。
人混みの向こうから、一人の女性が迷いなく歩いてきた。
「……アドルさん、ですよね?」
声を聞いた瞬間、息が止まった。
画面越しよりずっと綺麗で、凛としていて――
笹川冬美。ミーシャ本人だ。
「はい。アドルです。……ミーシャさん」
互いにぎこちなく笑った、その瞬間。
視界が白く弾けた。
◇
「……アドルさん!」
ミーシャの声が震えている。
気づけば、上下も距離感も分からない“白だけの空間”に立っていた。
「なに……ここ……?」
『落ち着け。説明する』
空間そのものが震え、人の形をした光のようなものが降り注いだ。
『私は次元管理神だ。君たちは時空の歪みに巻き込まれた。元の世界には戻れない』
「は……? 戻れないって……いや、意味が……」
アドルは言葉を失った。
ミーシャも唇を震わせ、ただ首を振る。
『元の世界に戻れない代わりに、剣と魔法の世界で生きてもらう』
身体が突然、熱に包まれた。
筋肉が締まり、視界がクリアになり、皮膚が若返っていく。
「ちょ、ちょっと待って……! なんで……!」
『肉体は20代前半に再構築した。精神はそのままだ』
冬美が自分の手を見つめ、息を呑む。
『アドルには【複製錬金】を授ける』
・素材さえあれば所有物は100%複製可能
・未知の物は“想像錬成”可能(低確率)
・鑑定で素材情報(レシピ)を把握
『ミーシャには【異空間保存】だ。時間停止・容量無限の収納空間を授ける。
そしてアドル、お主はミーシャの異空間保存に入っている物質を自由に引き出すことが可能だ』
「ちょっと待ってください! 私たち、そんな……!」
ミーシャが声を荒げる。
アドルも混乱のまま、ただ神を睨みつけた。
『説明は以上だ。あとは生きろ』
そして唐突に白が弾けた。
◇
絶望の森、最初の咆哮
湿った土の匂いが鼻を刺した。
アドルは地面に叩きつけられ、肺から空気が漏れる。
「っ……痛っ……! ミーシャ、大丈夫か!」
「だ、だいじょ……あれ……? なんで……若返って……?」
二人とも混乱したまま立ち上がる。
状況を整理する余裕などなかった。
藪が揺れた。
「グギャァァッ!」
濁った緑の肌。棘だらけのこんぼう。
ゴブリンが、餌を見る目で二人を睨んでいた。
「嘘……でしょ……?」
「ミーシャ、下がれ!」
若返った身体でも、素手では勝てない。
アドルは周囲の枝を掴み、反射的に叫んだ。
「錬成ッ!」
光が弾け――砕けた。
枝は粉々に散る。
「な、なんで……!」
ゴブリンが飛びかかる。
アドルの肩に棘が掠め、熱い痛みが走った。
「アドルさんっ! これ!」
ミーシャが震える手で、太い枝を差し出す。
アドルはそれを掴み、再び錬成を試みる。
「錬成ッ……!」
光が走る――が、またも砕けた。
二回目、三回目。
出来上がるのは脆く折れる木屑ばかり。
「くそっ……!」
脇腹に痛烈な一撃が入り、秋人は膝をつく。
「アドルさん! 立って……! まだ……!」
ミーシャが必死に周囲を探り、転んだ拍子に拾った“重い流木”を差し出した。
「これ……! これなら……!」
アドルはその重みを握りしめた瞬間、
構造、密度、重心――
“見えた”。
「錬成――ッ!!」
光が爆ぜ、手の中に棘のついたこんぼうが現れる。
「うおおおおッ!」
振り下ろされたゴブリンの武器を粉砕し、
そのまま脳天へ叩き込んだ。
乾いた音。
沈黙。
アドルは膝をつき、荒い息を吐いた。
「……ミーシャ……無事……?」
「うん……うん……よかった……!」
ミーシャは涙をこらえながらアドルの腕を掴む。
その呼び方が自然すぎて、アドルは気づく。
(……ミーシャって、普通に呼んでる……)
混乱の中でも、二人の距離だけは変わらなかった。
アドルは折れかけたこんぼうを握りしめ、息を整える。
「……とにかく……安全な場所を探そう。
飯と……寝床……それが先だ」
冬美は強く頷いた。
その時だった。
倒れたゴブリンの身体が、ゆっくりと光の粒になって崩れ始めた。
赤黒い血も、肉の重さも、地面に残したはずの痕跡さえも、すべてが淡い光に溶けて消えていく。
「……ミーシャ。これ……ゲームじゃないよな」
二人は言葉を失ったまま、消えていく死体を見つめていた。
光が完全に闇へ溶けた時、森の冷気だけが、現実として二人の肌を刺した。