そして私は途方に暮れる
そして私は途方に暮れる
洞窟の部屋の、岩の壁の一か所にだけ、扉があります。 私はラフィーと一緒に扉を抜けようとしたその時、またしても光の収束現象が起きました。 ミシェールが戻ったのかと思いましたが、また違う少女が降り立ちます。 その身長を越えた長い金髪は、床に流れるように垂らし、天使の共通点なのか、青い瞳を私に向けました。「私は第五天使カーマイル。あなたにこれを渡しておきます」 手にしているのは手紙でしょうか。 小さく折り畳まれた紙を一枚、差し出してきました。「これは?」「天使の羽根ペンはあなたに差し上げます。これにその使い方が書いてあります。神ジダルジータ様からの贈り物だそうです」 羽根ペン! すっかり忘れていました。 返す事になるかもしれないと、今持っているショルダーバッグの中に入れてあるのを思い出しました。「羽根ペン……貰えるのですか?」「はい。神ジダルジータ様がそのようにおっしゃっています。どうぞそのままお持ちください」 受け取った紙切れを広げると、一瞬見た事もない文字が見えたのですが、すぐに私の知る日本語――漢字と平仮名の文字へと変化しました。 ここでも謎変換が作用しているようです。 『お品書き――』「ちょっとこれ、献立でも書いて――」 最初の一行に反応して、これを渡してくれた天使に視線を戻すと、……既に居ませんでした。「もう居ないし……天使ってみんなマイペースなの?」 私はフゥと溜息を一つつき、紙切れに書かれた文字を読み始めました。 ◇ ◇ ◇「本当に着いた!」「こーな!」 お品書きに書かれていた『転移魔法陣・簡略文字列版』を天使の羽根ペンを使って実践したら、本当に転移出来てしまいました。 私とラフィーは今、洞窟からコンビニに瞬間移動して来たのです。「すごい……」 私はすぐにノートを開き、この簡略文字列に元の世界の自宅住所を記入してみました。 ――私は次の瞬間には自宅の自室に……という事にはなりませんでした。「この世界限定か……。神様も戻る方法を考えておくって言ってたし、そんなに簡単な事ではないのね」 この魔法の文字列は、見た事もないとても複雑な文字の羅列ですが、貰ったメモを見ながらなんとか書けます。 どういう文字かというと、――あ、『禁則事項』らしいので秘密です。「こーな」「はいはい。待っててねラフィー」 ウォークインで冷えたコーラと、私の分のミルクティーを手に取り、バックルームの椅子に座って待つラフィーの元へと戻ります。「数に限りがあるから、大事に飲んでね。ラフィー」「うん。こーなだいじ」 瞳をキラキラさせて、コーラを受け取るラフィーの姿はもう……可愛すぎて……なんて言っていいのか……天使です。 語彙力のない私は、天使の事を天使としか表現できないようです。 「可愛いなぁ……」 いやいや、目を覚ませ、私! このお店の結界が無くなった元凶は、この子じゃないですか。 ペットボトルのミルクティーの蓋を取って、一口飲みます。 この『午後から紅茶・ミルクティー』(略して午後ティー)は私のお気に入りです。「でも、ラフィーが居れば、安全……よね?」 クラーケンみたいな魔物が来てもラフィーは対抗出来るのでしょうか。 もし大物の魔物でさえ、どうにでもなるようでしたら――「可愛い分、お得じゃないですか」 コーラのペットボトルを、両手で持ってコクコク飲んでいるラフィー。 この可愛い生き物を私はじっと見つめました。 椅子に座っているラフィーに、体を屈めて目線の高さを合わせ、大きなブルーの瞳を覗きこみます。「ねえ、ラフィー」「ん? げふっ」 炭酸飲料のせいで、げっぷをする天使も可愛いです! いえ、そんな事よりも。――私はこの子にお願いがあったのです。「あのね、ラフィー。えっとね。えっと……」「なあに?」 私は思い切って口にしました。「私の事……『おねえちゃん』って呼んでみて!」 私は一人っ子なのです。 前から、可愛い弟か妹が欲しかったのです。 天使の子を妹設定にしようというのも、どうかと思いますけど、こんな可愛い子、妹にしないでどうすると言うのでしょうか。「おねえちゃん?」「あうっ」 眩暈がしました。――可愛すぎて。「も、もう一回言って」「おねえちゃん」「ラフィー!」 思い切り抱きしめました。「今日からあなたは私の妹よ? 分かった?」「ん?」 本人はよく分かっていないようですけど、この際どうでもいいです。 これからゆっくりと調教すればいいのです。「これからは私の事は、おねえちゃんって呼ぶのよ? いい?」「んー?」「そう呼ばなければもうコーラは無しよ」「おねえちゃん!」 よし! 心の中でガッツポーズを決めます。 超絶可愛い妹ゲットよ!「いい子ね、ラフィー。お姉ちゃん嬉しいわ」「ん?」「コロッケ食べる?」 怪訝な表情が途端に笑顔になって、コクコクと頷いています。 か、……可愛い……私の妹。「待っててね、すぐに作るから」 私は業務用冷凍庫からコロッケの入った袋を取り出し、フライヤーの所に行きます。 私たちが転移して出現した場所は、バックルームでした。店内の様子はまだ確認していません。 そういえば私はいったい何日の間、お店を空けていたのでしょう。 何の気なしに、フライヤーの位置から右側――お店のカウンターの方に視線をやりました。「え?」 もの凄い違和感が私を襲います。 「どうして?」 カウンターに出ました。 店内を一望します。「どういう事?」 違和感どころではありません。 私は元の世界に戻ったのかと錯覚しました。 すぐに外に視線をやれば、そこには昼間の草原の景色が広がっています。 ――異世界のままです。 変化は店内だけのようです。 その変化とは―― 「お店が……綺麗になってる!」 荒れに荒れていた店内は、ものの見事に元の綺麗な店内へと戻っていました。 散らかっていた商品は跡形もなく、何故か綺麗さっぱり消えていました。 空っぽの棚が綺麗な状態で整列しています。 エリオットがよく座って寄り掛かっていた、破壊されたお弁当の陳列棚も、新品同様の状態で収まっていました。「神様の仕業?」 綺麗な状態の店内を見ても、私は喜べませんでした。 逆に、背筋に悪寒が走ります。 嫌な予感しかしません。 バックルームに戻り、羽根ペンの使用方法が書かれている、折りたたまれたメモを開きました。 全部は読んでいませんでした。 『お品書き』と書かれたメモを、流し読みで最後まで目を通しました。 最後の最後に書かれた文字に、目を見開きます。 「なんて事……」 最後の方に書かれていた文字は―― 『回復魔法』 その次に―― 『蘇生魔法』 最後の最後に―― 『結界魔法』 本日二度目の眩暈に襲われます。「これって……」 新装された店内、そしてただの人間である私に、 過保護 ( チート ) とでも言うべき魔法の羽根ペン。 出来ないと思っていた『結界』の魔法。 天使(おそらく最強)の護衛付き。 神様がここまでしてくれる理由を考えて、私は愕然としました。 だって……だって。 これって、そういう事なのですか? 私、……私……。「帰れないのかもしれない」