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いらっしゃいませ!

異世界コンビニ☆ワンオペレーション — novelup.plus · All chapters

いらっしゃいませ!

朝を迎えました……ほとんど眠れませんでした。 バックルームの椅子に座って、うとうととしていたらいつのまにか朝になっていた、そんな感じです。 外の景色は昨日のままで、元の世界には戻っていませんでした。草原が広がっています。 私はカウンターでぼんやりと外を眺めていましたが、ふとホットケースを見ると、中に昨日のチキンがそのままになっているのに気付きました。「廃棄しなきゃ……」 トングで掴み、ビニールの袋に入れて、そのままゴミ箱へ捨てました。 タブレットでチキンの項目を開き、廃棄数を入力します。「なにやってんだろ、私」 無意識にいつもの行動を取る事で、元の世界との繋りを求めたのかもしれません。 お店の中は昨日の状態のままです。荒れた店内を片付けたいけれど、カウンターから出る気になれません。 でもトイレに行きたくなり、躊躇います。 トイレはカウンターの外、結界から出なければなりません。 トイレに行っている間に昨日のように、魔物たちが襲来してきたら目も当てられません。 それがトイレ中だなんて、なおさらです。「どうしよう」 昨日は三回だけトイレに行きました。 怖さと緊張のせいで出るものもすぐに出てくれず、早く済ませたいのにいつもより時間が掛かってしまいました。 その時間は私にとって、非常に命取りなのだと分かります。 ちらりとキッチンのシンクを見ます。 水は出ます。 キッチンはカウンターからバックルームへ向かう途中にあるので、つまりキッチンは結界の中という事です。「……」 それをするには勇気がいります。人として、女としてどうかと思います。 でも命には代えられないのです。悩みましたがまだ我慢出来るので、少し保留です。 私はバックルームの冷凍庫から一口サイズの唐揚げを取り出して、三個だけフライヤーに乗せると、二番のボタンを押して五分作動させました。「なんでも揚げたては美味しいよね」 五分後、出来立ての唐揚げを楊枝に刺して食べながら、一人で呟きます。 よくホットケースの商品を無視して、揚げたてを作ってくれと頼まれるお客様も居ます。 私の場合そういう時は快く引き受けて、新たに作ります。 ホットケースの何時間経った分からない商品より、揚げたての方がいいという気持ちが分かるからです。  ちなみにホットの商品の廃棄までの時間は六時間です。 六時間近く経った商品と揚げたての商品とでは、味に差が出てしまうのは仕方ありません。 お店によっては頑なに断る店舗や、クルーも居る事でしょう。 でもそれくらいの融通は利かせてもいいのではないかと、私は思うのです。 そのお客様は次回もそれを求めるかもしれません。でもそれでリピーターになっていただけるのでしたら、それでいいのではないでしょうか。 断った場合、お店の印象が悪くなる事も考えられます。そのお客様はもう二度と来店されないかもしれません。 でも結局は、そのお店のオーナーの方針によるのです。 オーナー店ではなく、本部直営店だとそれも難しいのかもしれませんけど。直営店の事は私は分かりません。  このお店のオーナーは、そこら辺の細かい指導はしていないので、クルーの判断です。 私はそうしている、というだけです。「どうでもいい……」 本当にどうでもいい事でした。 今の私には、他に考えなければならない事があるはずです。「そういえば、名前……聞いてないや」 昨日の騎士さんは今日もパトロールに来てくれるでしょうか。 名前も聞いていなかった事に気づきます。私も名乗っていません。 そんな事を考えながら外を見ると、遠くに人影が見えました。 三人ほどの人が、犬らしきものを追っていました。 いえ、戦っていました。 犬と言うほどにはかわいいものではありません。オオカミとかもっと凶暴な感じのものが人に襲いかかっています。  三匹居るようです。 ひとりが杖を振るっていました。その先から光が迸ると、一匹の獣が倒れます。「魔法だ」 杖を振っている時点でそんな気がしました。 続けて、剣を持つ人が斬りかかって、もう一匹を仕留めます。 さらにもうひとりが盾で押さえつけた獣を、最初の杖の人がまた魔法を使い、止めを刺しました。 この世界には魔法も存在するようです。 昨日の騎士さんの結界を自然に受け入れていた態度が、それを既に証明していました。 三人は獣を倒した後、こちらに気づきました。 ああ、やっぱり来るようです。 草原にぽつんと建つ建物――コンビニをスルー出来る人なんて、居ないと思います。 ですが近付いてくるその中の一人が女性だと分かって、私は少し安堵しました。 杖を持っいた人が女性でした。 三人はガラスの抜けた扉をくぐるように入って来ます。「こんにちは」「こ、こんにちは、いらっしゃいませ」「ここは何かのお店ですか?」 剣を持った男の人が訊いてきました。「はい。そうなのですが、昨日ゴブリンに荒らされてしまいました」「ああ、そうだったのですか。それはお気の毒に。でもお怪我もなさそうで良かった」「はい。ありがとうございます」 この三人は所謂パーティーというやつなのでしょうか。 男性二人と女性一人のグループです。「ところで、このお店にポーションは置いていないですか?」 「ポーション……ですか?」「はい、このミュレイが先ほどのウルフに少し怪我を負わされてしまったのですが、今手持ちのポーションが切れているのです」 回復薬の事でしょうか。 ミュレイと呼ばれた杖を持つ女性は、腕に少し引っ掻かれたような傷がありました。「ポーションはないですけど、消毒液と包帯くらいなら、たぶんそこに……転がっているかと」 ちょうどお店の入り口付近に、それらの棚はあります。 ゴブリンによって、めちゃくちゃになっていますけど、食べ物ではないので、食べられたという事はないでしょう。 そのままどこかにあるはずです。「おお、本当だ消毒液があるぞ」 謎翻訳機能はこの人の頭に、日本語の漢字をこの世界の言語に翻訳させているようです。「包帯もあった。ではこれをいただこう。おいくらだ?」 おいくらと言われても、私の世界の金額を言った所で理解してくれるのでしょうか。  私は逡巡しましたが、この世界のシステムがどれほど融通を利かせてくれるのか、試してみる事にしました。「では一度、こちらへお持ちください」 私はカウンター越しに包帯と消毒液を受け取ると、そのバーコードをレジでスキャンします。 ピッピッと機械音が小気味良く鳴らされます。「二点で八百六十四円です」「わかった。ではこれを」 受け取ったそれは銀貨でした。でも私にはこれがいくら相当なのか分かりません。 もうやけです。そのまま銀貨をレジに放り込みました。 うちのお店のレジは既に、新型POSレジ・自動釣銭機となっていますので、お金を投入するだけで自動で釣銭が計算されて出てきます。 ジャララと出てきたそれをお客様、――目の前の剣を持った人に渡します。「確かに」 それを確認すると、男の人は懐にしまいました。 色からすると銅貨のようでしたが、私の知らない硬貨でした。 いったいいつ、このレジにそのような硬貨が入れられたというのでしょう。 この世界のご都合システムは、本当に都合のいい設定を作ってくれているようです。「ありがとう。では、また」 三人は出て行ってしまいました。 ああ、女性とお話しがしたかった……。 私は三人を見送り――「ありがとうございます。またお越しくださいませ!」 ――いつものように、姿勢よくお辞儀するのでした。 ポイントカードの有無を確認できなかった事は、ここ数年でも無かった、私の痛恨のミスです。