ポイントカードはお持ちですか?(あったら怖い)
ポイントカードはお持ちですか?(あったら怖い)
コンビニで扱う商品を発注するための、DOTという端末があります。 タブレット型でタッチパネル方式になっています。 バックルームで何気なくそれをいじっていたら、見慣れない商品がありました。『レッサー・ヒール・ポーション 0/99』『ノーマル・ヒール・ポーション 0/99』 『ハイ・ヒール・ポーション 0/99』『レッサー・キュア・ポーション 0/99』『ノーマル・キュア・ポーション 0/99』『ハイ・キュア・ポーション 0/99』「これは!?」 先日の三人パーティーの方が言っていたやつではないでしょうか。回復薬ですよね、きっと。 発注出来ちゃうのでしょうか。これによると、最大発注数は99までとなっています。 でもヒールとかキュアとかって何でしょう。 DOTには商品詳細というボタンがあります。押してみます。 レッサー・ヒール・ポーション 体力回復・弱 レッサー・キュア・ポーション 毒治療・弱 なるほど、ポーションの種類が違う事が分かりました。 発注数を入力してみました。すべて最大数の99にしてみます。 入力を終えたら、DOTの画面をメインメニューまで戻します。 その状態で ストコン ( ストアコンピューター ) に繋がる充電スタンドに差し込みます。 これでDOTからストコンに情報が送り込まれます。 ストコンのモニターはいつもの画面ではなくなっていました。 いろいろと文字化けをおこしていて、読める所がほとんどありません。 しばらくモニターを眺めていると、やがて発注送信のボタンだけが読めるようになり、有効になりました。 押します。発注、送信、確認。 ――送信中。 このコンピューターはいったいどこへ情報を送信しているのでしょうか。 やがて送信も終わり、発注は完了しました。「まさか、ね」 まさかとは思います。 これが元の私の世界に送信されたとは思えませんでした。それに商品が私の世界の物ではありません。 私の世界の今までの商品も、DOTには表示されていましたが、それはグレーの色で色分けされ、発注数を入力できない状態になっていました。「これでポーションが届いたら、笑っちゃう」 どうせなら日用品が発注できたらよかったのに、と思いました。 店内にあった私にこれから必要そうな物は、既に回収してあります。 生理用品とか、トイレットペーパーとか、下着類とか、身の回りのものすべて。 消耗品はやがて無くなります。その後どうするかも考えなくてはなりません。「お風呂、入りたいな」 キッチンでお湯は出ます。でもお湯を溜めるスペースなんてありません。 売り物だったハンドタオルをお湯にひたし、体を拭く事くらいしか出来ません。 そんな事をバックルームでひとり、下着姿になってやっていると、むなしくなります。 防犯カメラはバックルームにも設置されていて、専用のモニターに私の姿が映し出されています。 録画もされています。 この映像を見る者が私だけだからいいようなものですが、カメラが向けられているのは気持ちのいいものではありません。 後で三脚を使って、カメラの向きを変えておきましょう。 防犯カメラのモニターは、すべてのカメラの映像を分割して、同時に再生しています。 そのひとつの、お店の扉付近を映すカメラに、ランドルフが現れました。「もうそんな時間なのね」 すぐに入店を知らせるチャイムが鳴ります。私はカウンターに出てランドルフを迎えました。「いらっしゃいませ。ランドルフ、こんばんは」「やあ、サオリ。今日は何もなかったかい?」 私はポーションの事をランドルフに伝えました。「それでポーションは入荷するのかい?」「わからないわ。まさかとは思うんだけど、ポーションが表示されたという事実が、私を半分信じさせてるって感じ」「もし入荷したら、うちに優先して売ってくれないか? 王都では今、ポーション不足なんだ」「そうなんだ? それはもちろん構わないわ。入荷したらだけどね」 一見、仲良さげに会話をしていますが、私とランドルフはカウンター越しです。 そして私はお店の制服を着ています。 ここは店内、私の職場なのです。そういう意識が、私のプライベート感覚を許しませんでした。 お店でイチャイチャなど言語道断なのです。「ちゃんと食事はとれているのかい? サオリ」「うん、一応。何だか脂っこいのばっかりだけどね。そうだランドルフ、うちのから揚げ食べてみる?」 私は冷凍庫から、から揚げの入った袋を取り出し、フライヤーに五個並べました。 モードB、二番のボタン。五分。 専用の紙の容器を組み立てます。折りたたまれているそれは、から揚げを入れるための折り紙容器なのです。 底を広げ、表裏四か所に折り目をつけ立体的にし、楊枝を刺す部分を開け、蓋となる部分に折り目を入れる。 ベテランの私のこの作業は、滑らに、流れるように速いのです。 このフライヤーもいつまで使えるでしょう。油が切れたら終わりです。「はい。おまたせしました。その楊枝を刺して食べるのよ」 ランドルフはそれを受け取り、楊枝をから揚げに刺し、一口に口に入れました。「熱っ」「揚げたてだもの。気を付けて」「でも美味いな、これ。味付けがいい」「揚げたては何でも美味しいのよ」 するとランドルフは鎧の腰の部分から硬貨を出しました。どうやら小物入れがあるみたいです。「これで足りるかい?」「……」 私はサービスのつもりで出しました。 でもランドルフのお金を支払おうとする、その姿を見て、固まってしまいました。 別にお金なんていらない。でもそのやり取り、その行為が私にはとても重要な気がしました。 私の体に染みついたもの、それを行う事でどれだけ心が落ち着くでしょう。どれだけ心が安らぐでしょう。 私はレジのタッチパネルで、から揚げ五個を呼び出し、タッチします。「二百十六円です。お客様」「じゃあこれで」 お金を受け取り、レジに放り込みながら――「ポイントカードはお持ちですか?」 ――ランドルフに訊きましたけど、首をかしげています。そりゃそうですよね。 レジから吐き出されるレシートを両手に持ち、お客様に捧げるように差し出します。 お釣りが出なかった所をみると、等価の判断をこのレジはしたらしいです。「二百十六円丁度のお預かりですね。レシートのお返しです。ありがとうございます」「ああ、ありがとう」「またお越しくださいませ」 両手を前に揃え、静かに軽くお辞儀をします。 私はこの一連の動作を、心をこめてやり遂げました。 私の日常だったそれは、今はもう違う世界のものです。 この世界にだって色々なお店もあるだろうし、その売買のやり取りも当然ある事でしょう。 でもこのお店で、この制服を着て、このマニュアル通りにする挨拶はここだけのものなのです。 私もこの先また、違うお客様に違う商品をお渡ししているかもしれません。 でもそれは、この世界での行為なのだと思います。 ポイントカードなんて尋ねる事もないでしょう。 レシートなんて渡す事もないでしょう。 だから今、このランドルフにした行為が、私の本当の意味での最後の接客だったのかも知れないのです。「本当に、ありがとうございます。お客様……ランドルフ」 私は涙を浮かべ、心をこめて……心の底から感謝するのでした。