トレジャー・ハンター
トレジャー・ハンター
私にはこの男の人がいったい何を話しているのか、よく理解できませんでした。 男の人の話の中に天使が出て来たあたりで、お店の外が騒がしくなりました。 ズズズ……と地鳴りがします。 草原だったはずの景色が、今は砂漠のようになっていました。 その砂の海に大きな影が見え隠れしています。「サンドワームだ。俺を探している」「それって……」 あんな大きなモノがこのお店を襲ってきたら、無事に済む気がしません。 やっぱり出て行ってもらった方がよさそうですが、どうしたら出て行ってくれるのでしょうか。「近いな」 見ると巨大なミミズのようなものが、お店の近くにまで来ていました。 砂の中から巨大な口が現れました。その口の大きさだけで、二メートルはあるのではないでしょうか。 大きな牙がその口をぐるりと一周するように、不規則に並んでいます。「ひっ」 私は小さく悲鳴を上げて、後ずさりしました。「その結界の強度はどれくらいだ?」「そんな事……わかりません」「君が展開しているんじゃないのか?」「……」 巨大なミミズの周りでサメの背びれのようなものが、いくつも見えました。 砂の海を泳いでいます。「サンドシャークまで来たか」 この人を追い出したら、あれに食べられてしまうのでしょうか。……きっとそうなのでしょう。 私は出て行ってとは言えなくなってしまいました。「迷惑をかけてすまないな」 迷惑どころではありません。今更追い出す事も出来なくて、私はどうすればいいのかも分かりません。 あれがいつ襲ってくるかと、気が気ではありません。 私たちは戦々恐々としたまま、その日の夜を過ごしました。 ―― 二日目 ―― 朝、バックルームからカウンターに出てみると、男の人は昨日の位置のまま座っていました。「おはようございます」「……ああ」 朝食にコロッケを二つ、男の人に作って差し上げました。「すまない。……美味いなこれは」 私はコロッケを一つだけいただきます。 外は今は静かになっています。砂嵐も収まっていました。 それでも時折、サメが砂の海から背びれを覗かせていました。「草原が砂漠みたいになっちゃって、このお店も沈んだりしないのかしら」「砂漠に見えるが、砂の状態になっているのは、あいつらが接触している部分だけだ。その下は普通に土の地面だ」「そうなのですか」 そんな説明を聞いても、私にはよく分かりません。「俺はエリオットだ」「私はサオリです」 ここでようやくお互いの名前を交換しました。「昨日の話の続きをしよう」 エリオットはコロッケを食べ終え、再び語り始めました。「俺はその部屋の中央にあるテーブルに近付き、調べてみた。引き出しの中は何もなく、テーブルの上にペン差しにささったペンがあるだけだった。 俺がそのペンを手に取って調べようとした時だ、すぐ近くの空間が歪んだ。光が急速に集まり膨張して、その中から現れたのはひとりの少女だった。俺はとっさに手にしていたペンを体に隠した。 鑑定 ( スキャン ) する暇はなかった。 少女は俺の前に立ち、こう言った。『私は第一天使ミシェール。神の間の守護者。招かれざる者よ、ただちに立ち去りなさい。さもなくば天罰が下されるでしょう』……部屋を見る限り盗めそうな物は見当たらない。 俺は隠し持ったペンに賭けた。それがただのペンなのか、とんでもないレアアイテムなのか。――天使が現れたせいなのか、俺の 感 ( スキル ) は働かなかった。そうと決めたらここに長居する必要もない。 ペンを盗んだ事がバレる前に、なるべく遠くへと逃げる事が優先だ。『俺はすぐに出ていく、だが洞窟には魔物が多い、近くの町でも何でもいいから、俺を送る事は出来るか?』――目の前のやつは天使だと言った。神の使いだ。 ならばそれくらいの事は出来るだろうと踏んで俺は言ってみた。そいつはこう答えた。『……洞窟の入り口までなら』――ビンゴだ。俺は一年掛けて辿りついたこの場所から、一瞬で抜け出す事に成功した。 こういった駆け引きはスキルに頼るまでもなく、俺の長年の経験だ。俺は洞窟の外に出ると、そこから逃げるように離れた。だがすぐにペンを持ち出した事がバレたようだ。俺に追っ手がかかった。 天使が直接追っては来なかったが、Aランクの魔物がこれでもかというくらいに襲ってきた。一匹や二匹だったらSランクの俺には余裕だが、それが十も二十もいっぺんにとなると話は別だ。 俺は戦っては逃げ、戦っては隠れ、それを三十日も続けた頃には、食糧も薬も武器さえも失った。その容赦のない攻撃は、ペンを取り返す事を目的としているとは思えなかった。 俺を殺す事だけが目的なのだと悟った。だから今更ペンを手放しても無駄なのだ。俺はそこからさらにしぶとく、逃げ延びた。――王都に向かってだ。王都を巻き込もうと考えた。 魔物の集団が襲って来ればさすがに王国も黙ってはいないだろう。そこに俺の助かる道があると思ったのだ。 だが王都はもうすぐそこ、という所で砂嵐に巻き込まれた。あまりにも不自然なその現象は、サンドワームを送り込むためのものだったのだ。そんな時に俺はこの建物を見つけたのさ」 そこまで聞いた私は、少なからず違和感を覚えました。天使という存在は、魔物を使役させるというのでしょうか。 私の中の天使のイメージからは、考えられない事でした。でもこの人はそれが当たり前のように、話をしていました。 エリオットは懐からペンを取り出しました。 羽根ペンのようです。「それが?」「ああ。これがそのペンだ」「 鑑定 ( スキャン ) はしたのですか?」「ああ、した。その結果は…… 鑑定不可能 ( アンノウン ) だ」「鑑定不可能?」「その時点でこいつはお宝確定だ。普通のペンが 鑑定不可能 ( アンノウン ) になるわけがない。だが肝心の能力が分からない。こいつを使って文字を書いたりしてみたが、何も起きなかった」「そんなもののために、ずっと命を狙われるのですか?」「それがトレジャーハンターさ」 それは決して女の私では理解の出来ない―― 男の人の世界のお話でした。